天涯~巧編~   作:清夏

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巧編始末記 白露視点Ⅴ

 

『同質』

 

 

 その夜の宿では、珊揮が厩で眠ると言い出した。

 白露は、なんのつもりであるか、さっぱり分からなかったが、別にどこで寝てくれてもかまわないと答えた。

「心細いかもしれませんが、近くに戒莉をおきますから、安心してください」

「は?」

 どうして、そういうことになるのだと、白露は目を見開いた。

 珊揮は、にこにこと微笑んでいるばかりだ。

「あの、近くというと」

「警護の為ですよ」

 つまり、同じ部屋に泊まれということらしい。

 さすがに、それはいかがなものだろうか。

「そこまでしなくても、よいのでは?」

 白露は、何とかこの危機を回避しようとしていた。

 そう、白露の心はこれを危機としていた。

「なに、気にしないでください。これが我々の仕事ですから」

 珊揮の言うことは、全く白露の胸の内と噛みあっていない。だが、珊揮は知っていて、そんな風に振舞っているのにすぎない。いかに、白露がやんわりと拒否したところで、彼が受け容れるはずがなかった。

「気が休まらないので、一人にさせてはもらえないですか」

 やや、強く言ってみる。

「戒莉は、貴女に干渉しませんよ。一人でいるようなものですから、気になさらないでください」

「気になります」

「何も同じ寝台で寝るわけではないですよ」

「当たり前です」

 白露は、声を荒げてしまった。

 いままで、こんな扱いは受けたことがない。白露は、人に傅かれ、人の羨望や尊敬、畏怖の念すら集めて生きてきた。それを鼻にかけたり、それに酔いしれて生きてきた訳ではない。しかし、知らず知らずの内に、周囲は自分に一目おいて、優しく接するのが当たり前のように感じていたのだ。だからこんな風に、当たってくる人間を前にすると、白露は戸惑いと苛立ちを覚える。

「宜しいですね」

「でも」

「なんです?」

「戒莉は嫌なのではないですか」

 白露は、最後の頼みにすがるように戒莉の方を見た。

 戒莉は、急に自分に向けられた矛先に揺らぐことはなかった。

「俺は、かまわない」

 白露は、それ以上言うべき言葉を見失った。

 

 

 夕餉は、珊揮の指図で、部屋でとることになっていた。

 何故だろうか。珊揮は、警戒をしているようにも見える。

 その割に、白露の側を離れるというのも奇妙だ。

 一緒に食卓に就く事に、戒莉はあまり気乗りはしていない様子だった。だが、やはり珊揮が何か言ったのだろう、ぶすっとした顔つきで白露の向かいの席に座っている。

 一言も発することなく、こちらが何か言うことも拒絶するような雰囲気に、白露はひとりで食べた方がましだと思う。

 ちらりと戒莉を見ると、不味そうに汁物を口に運んでいる。それは食べることが苦痛だとしか言いようのない表情で、何が彼をそんな風にさせているのか、その理由を問いただしたくなる。

 白露は、昼間に調子にのって質問攻めにしたことを反省するあまり、何も喋ることが出来なくなっていた。

 食器と箸が触れる音と、微かに咀嚼されるものの音。それだけしか聞こえない空間。

 奇妙だ。

 白露は、緊張する。

 仏頂面をした美貌の剣客は、張り詰めている。

「戒莉」

 思い切って、白露は声を発した。

「……」

 みごとに空振り。

 戒莉は、まさに苦虫を噛むようだという表現が相応しい。

 白露も溜息しか出ない。

 再びの沈黙、それが実際はどれだけのものであったのか、白露には分からなかった。けれど、感覚的にひどく長いものだったような気がしていた。

 

 

 唐突に、それは聞こえた。

 

 

 

「あんたは、何で大学に行くんだ?」

 これが、どこから出た声なのか、白露は戸惑った。

 ここに居るのは、白露と戒莉だけだ。白露は言っていない。ならば、この言葉は戒莉のものだ。

 白露は、ひとつ大きく息を吸い込んで、吐いた。

 

「私はね。官吏になりたいの」

 官吏になりたい。それは嘘ではない。たぶん。

「それには大学に行くしかないでしょう」

 戒莉は果たしてこの答えで満足しただろうか。

 いや、戒莉は今、さらに疑問を抱いているかもしれない。

 誰よりも、白露がそれを問いただしたい気持ちに駆り立てられていた。

 

 なぜ、官吏になりたいのか?

 

 




白露視点は、これでお終いです。
ここから本編の『因縁』へ続いていきます。
こっちの方が、戒莉がウジウジしていなくて良い気すらしてきました。
嗚呼、本当に。うっとおしい男です。
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