本編、その後です。
蛇足とも言う。
「どうして、そんな風に生きなければならないのだろうか。
ここにいたい。それだけだ。」
白露の侍女が、相当の美女であるという噂があったのは、鴬歌も聞いていた。しかし、全く興味はなかった。白露の言い分では、とてつもなく仕事の出来ない女だと聞いていたし、なにより美女だと聞いて心惹かれる習性は、鴬歌にはなかった。
その噂の美人を目の前にして、鴬歌の興味の度合いは、まさに頂点を極めようとしていた。
それは、雪のように白い肌に、一滴の光も許さない黒い髪を持った、なるほど美人に違いなかった。鴬歌が今までに会った、どんな美人も霞むほどのとびきりの美人だ。
朝の薄光の中で、露をおいてひっそりと咲く白百合にも似た神々しさだ。
いや、そんなことよりも問題なのは、これが男だということだ。
最初は信じられなかった。しかし、その声を聞いて、それが女でないことが何となく分かった。
そして、その言葉を聞き、行動を見ているうちに、それが男であることが鴬歌の中で明確になった。
その美人は、戒莉と名乗った。
美人の侍女が実は男で、しかも杖身であったという二重の驚きを味わうことができたのは、鴬歌を含めたほんの数人だけであった。
大学で起きた朝ごはん盗難事件の真相も、ごく一部の者しか知らないことだ。
白露は、退学をも覚悟しているようだったが、そうはならなかった。
毒を食事に混入させた女は、役人に突き出されたが、白露が事件にからんでいることは、公にはならなかった。
それには白露の父が、陰で動いたのだということだ。
なんとも歯切れの悪い結末に、鴬歌は何も言わなかった。
ただ黙っていた。
「鴬歌は意地が悪い」
白露は、恨みがましい目を鴬歌に向けて、笑った。
「あら、人聞きが悪いわね」
しら、と鴬歌は応えた。
「わたしが、何も言わないことをおかしいと思ってるはずなのに、何も言わないなんて」
白露の言い分は、おかしい。
何も言わないでいる意図を汲んで、何も訊かないでいるのだから、褒められてもいいくらいではないか。
鴬歌は、そう考えて、また飲み込んだ。
「じゃあ、話してくれる?」
「……本当に意地が悪い」
白露が語った事件の顛末に、鴬歌は胸が悪くなった。
人間というのは、どうにも勝手な生き物だ。勝手に絶望して、勝手に自らの命を絶つ。そして、勝手に人を怨んで、勝手に人を殺そうとする。
皆、自分勝手だ。
そんなことを考えている鴬歌にしても、その勝手な生き物の仲間であることは否めない。
「まあ、無事で良かったわね」
白露の話が終わり、一呼吸置いたところで、鴬歌はそれだけ言ってみた。
「随分、飾り気のない感想ね」
白露は、呆れ口調で微笑んだ。
「あら、私はそう思ってるのよ。貴女が無事で、本当に良かったって」
本当だ。他人の勝手で、白露が官吏の道を閉ざされるなど、考えただけで憤りを感じる。
白露は、優秀だ。そして、熱意がある。何より、正しい心の持ち主だ。こんな荒んだ国には、こういう人間が本当に必要だ。
こんな風に考えるのも、鴬歌の勝手なのだけれど。
薄く自嘲って、鴬歌は白露の顔を眺める。
「あら、ありがとう」
照れ隠しのように、鴬歌の口調を真似て、白露は礼を述べた。