鴬歌は白露に誘われ、珊揮の宿を訪ねた。
珊揮と手合わせしてみたいと鴬歌が呟いたところ、白露がそうしようと言い出したのだ。
珊揮の元に行けば、戒莉に会うのではないかと思うと、胸がむかついた。しかし、あんな男の為に白露の申し出を断るのも、何となく面白くない。
白露の心中は、自分でも驚く程に乱れていた。
『何故なのか?』
それを考えるのも腹立たしいくらいだ。
そして間の悪いことに、珊揮は不在だった。
戒莉は、詰まらなそうな顔で白露と鴬歌を出迎えた。
「珊揮は出かけてる。人に会うらしい」
と、戒莉は言っていた。
なるほど、おいてけぼりをくったという訳かと、鴬歌は推察した。
実際のところ、珊揮は女と会っていたらしいのだが、この時の鴬歌には知るよしもなかった。
「せっかくだから、戒莉と手合わせしたら?」
白露がそう提案した。
とんでもないことだと、鴬歌は思った。
「戒莉は、こう見えて強いのよ」
そう微笑む白露に悪気は一切ない。
だが、戒莉の表情をちらと見てみると、『こう見えるっていうのは、どう見えるといいたいんだ?』と、悪態をついているようだった。
どうやらほっそりとした体格も、比類なき美貌も、戒莉にはあまり有難いものではないらしい。
鴬歌は、その時に気付いた。
初めて戒莉を見た時に、自分は何と言ったのか。
『これが噂の美人なのね』
きっと、戒莉はかちんときたことだったろう。
嫌味のひとつくらい返したいところであったろう。
鴬歌は、戒莉を『嫌な男』だという見解を、改めなければと思い至った。
しかし。
しかし、と思う。
それぐらい聞き流すくらいの度量があってもいいではないか。
そんな考えが、鴬歌の中で頭をもたげる。
はたして、戒莉は『度量の狭い奴』だという新たな見解を、鴬歌は持つこととなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆■◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
白露と鴬歌が宿に現われたのは、珊揮が愛人のところに出かけて行った後のことだった。
鴬歌は、珊揮と手合わせをしたいと思って来たらしく、ひどく残念そうな顔をしていた。
それを見かねた白露が、こう提案した。
「せっかくだから、戒莉と手合わせしたら?」
そう言われた鴬歌は、明らかに『不満だ』という表情をした。
まあ、伝説の剣客である珊揮と手合わせするつもりが、よく知りもしない戒莉などと手合わせすることになれば、そういう顔もするだろう。
戒莉は、それは仕方のないことだと思った。そして、無理に鴬歌が自分と手合わせする必要はないと考えていた。
だが、白露はこう言い添えて、鴬歌に手合わせを勧めた。
「戒莉は、こう見えて強いのよ」
なるほど。と、戒莉は感心すらした。
少し前には、戒莉が心無いことを鴬歌に言ったと、白露は怒っていたのだ。
その同じ口で、今度は戒莉が傷つくようなことを言う。
悪気がないというのは、どうしようもないことだ。よほど自分の言動に気を配っていないと、人を傷つけてしまうものなのだ。