戒莉は、強かった。
鴬歌の敵うような相手ではなかった。
鴬歌もそれなりに剣には自信があった。たとえ剣客を生業としている者でも、こんなに非力そうな相手に、ここまで負けるとは思ってもいなかった。
戒莉には、手加減するという意識は一切なく、鴬歌は完全に打ちのめされた。
体格的に不利であるところから、戒莉という男はどれだけの研鑽を重ねて這い上がってきたのか。
鴬歌は、理解する。
この男は、ただ真っ直ぐなのだと。
鴬歌が『でかい』と思えば、そう口にするし、腹を立てればそういう顔をする。
体格が悪かろうと、そうしたいと思うことを、ただひたすらにする人間なのだ。結果を考えていない。それは欠点だが、そういう人間がいてもいいと、鴬歌は思った。
結果を考えて行動する人間も必要であるし、結果ばかり考えて、何もできなくなってしまう人間ばかりが存在していては、世界は成り立たない。
「参ったわ。完全に」
地面にへたり込みながら、鴬歌は心に浮かんだとおりの言葉を口にしていた。
戒莉は、鴬歌に手を差し伸べて、こう言い放った。
「あんたも悪くはなかった」
微かに笑みを浮かべている様は、やはり美人に相違なかった。
そのキレイな顔で、憎らしいことも言う。
「力はあると思う。でも、あんたは力に頼りすぎて、自分の力に振り回されているんじゃないのか」
全くもって、参った。
「少しくらい手加減してもいいのに」
白露はむしろ不満そうだった。
「いえ、あれで有難かったの。ああしてくれなければ、私は自分の力が分からないで終わってしまったと思うからね」
鴬歌は満足していた。
白露は、その笑顔を眺めて少し考えをめぐらせた。
ややあって、ふっとつられるように微笑んだ。
「そう、良かった」
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「白露が噂の美人を連れてきたんだってね」
珊揮は浮かれた様子で、宿に戻って来た。
その軽やかさそのままに、戒莉にそう問うた。
「ああ」
言葉が短い。
「残念だったねえ。私も是非お手合わせしたかったよ」
「あんたは止めておいた方がいい」
戒莉がそんなことを言うのが珍しくて、珊揮は訊ねずにはいられなかった。
「なんでだい?」
「あんたは、きっと負けるだろうから」
「私が? それは、それは」
珊揮は、戒莉の言葉の意味するところを、なんとなく理解した。
「それでお前は、勝ったのかい?」
「さあ」
その日の戒莉の言葉は、とことん短かった。
巧編始末記 『噂の美人』 了
天涯~編というものは、これで最後です。
単に国を限定できなくなってきただけなんですけどね。
『天涯』は、まだ続きます。ええ、まだです。