白露は、大いに不満そうだった。
自分と同室だというのが気に入らないのだろうと、戒莉は思っていた。
白露の身辺警護をするなら、同室であるのが一番いい。だが、白露にとってみれば、戒莉は得体の知れない男の一種でしかない。
その男と同室とは、むしろ不安なのかもしれないし、屈辱的であるのかもしれない。
まあ、同室といっても、居間をはさんで別々の寝室で寝るのだから、大したことではないだろう。
戒莉は、そんな風に考えていた。
食堂に行くことも警戒し、部屋に食事を運ばせることにしたのだが、それについては戒莉は少々後悔していた。
白露は、一緒に食べようと言い出したのだ。
まあ、同室で別々に食事するということの方が不自然だが、戒莉には白露と向かいあって食べるというのが、とてもぐあいの悪いことのように思えた。いままでも、朝餉などをとることもあったが、その場には珊揮もいた。ふたりきりというのが、どうも気まずい。
戒莉は、無言で食べ続けることに専念することにした。
とにかく食べ続ける限り、喋る必要はない。
食べる量が、常よりも多くなっていく。嫌な汗が戒莉の額に噴出しつつあった。
これをなんというのだろう。戒莉は、自分のなかにある言葉の引き出しをかき回した。
ひらめく言葉があった。
―― 前門の虎、後門の狼
いや、前が狼で、後ろが虎だったろうか……などと、戒莉の思考はどこか現実から離れつつあった。悪い癖だ。
ふと、気付く。
なぜか、昼間あれほど話しかけてきた白露が、ひとことも口をきかない。
そんなにも、自分と同室にさせられたのが腹立たしいのかと、戒莉は考えた。やはり、こういうところが我がままなお嬢さんなのだろうか、と。
どんなに白露が嫌がろうと、このお嬢さんを守るのが戒莉の仕事なのだ。そのためにどんな態度をとられても、同じ部屋にいる方が都合がいい。
それにしても、賊の狙いはどちらなのだろう。
荷物は、珊揮が守るだろう。いや、荷物など珊揮は守っていない。ただ、待ち伏せているのだろう。
珊揮は、賊が荷物と騎獣狙いなのだと踏んだのだろう。だから、そちらで賊を待つ方を選んだのだ。
戒莉を白露の方へ寄越したのは、そういう意図もあるのだろう。
相変わらず、珊揮は自分を信用していない。
戒莉は、こめかみに痛みを感じた。
「これ、味が濃くない?」
ふいに、白露の声が問いかけてきた。
「別に」
戒莉は、思索中に降り込んできた声に、短く答えた。
それは単に、今口にしている料理の味を、戒莉が濃いと思わなかったというだけの理由だった。
白露は、それを拒絶と感じたのか、それ以上は言葉を続けなかった。
戒莉は、そのままぼんやりと白露のことを考えながら食べ続けた。
白露は、大学へ行くのだ。あらためて思い出す。もちろん、そのための旅だ。決して忘れた訳ではない。だが、その意味するところを戒莉は、あまり考えたことがなかった。この、まだ若い娘は大学に行く。なんとなくだが、それは大変なことなのだということも分かる。
これから、白露は戒莉とは全く違う道を歩んでいくのだ。輝かしい将来、とでも言うのだろうか。
戒莉は、自分が行く道とはどんなものなのかを考えるに至った。
「あんたは、何で大学に行くんだ?」
自然と、戒莉はそう問いかけたくなった。
白露は、びっくりしたという顔のまま、戒莉を見返していた。
そのうす緑の瞳に、血塗られた道を行く自分の姿が映るのが、戒莉には厭わしいことに思えた。
つい、先に目を逸らしたのは、戒莉の方だった。
白露は、少しの間をおいて、固まった表情をふっと緩めた。
「私はね。官吏になりたいの」
その声は、いままでに戒莉が聞いた白露の声とは、様子が違っていた。
ああ、この人は、政に関わる人間なのだ。
戒莉は、気付いた。
なんの為に官吏になりたいのかと問う前に、戒莉はその声音に、白露の意志を聞いたような気がした。
戒莉の手には、国のために、多くの人のために何かできる力はない。ただ、血で穢れているだけの手だ。
けれど、そんな手でも、守れるものがあるのかもしれない。
そんな気がした。
15の夜。18だけど。