――とある道具屋のお転婆娘の心境
「はぁ……」
「何よ、ため息なんてついちゃって。京一番の看板娘が台無しよ?」
「京一番って言ったってねえ……張り合う相手が奈々ぐらいしかいないじゃない……」
「他にもいるでしょ……ええっと、ほら! 茶屋のお絹さんとか!」
「おばあちゃんじゃない……」
ボロボロになった椅子に座りながら友人である奈々に愚痴をこぼす。そんな私は十六歳の花の乙女、この錦道具店の看板娘こと紫ちゃんですっ! 最近のお悩みは何か朱点童子とかいう鬼のせいで京がそこらへんのボロ寺の方がまだマシなレベルでの廃墟になってしまい、かっこいい男の子が少なくなってしまったことなのです……一応知り合いに男子がいるといえばいるけどあんなへちゃむくれどもは……ねえ?
「いやいや、あの人あれで中々いい女よ? 何せあんな歳になってもまだ現役貫いてるんだから。さぞ昔は美人さんだったでしょうねえ……」
「もー奈々ちゃん何か年寄り臭いよ?」
「私なんか紫に比べたらおばあちゃんよ」
「いや同い年なんですけど……」
そんな私の隣で私の愚痴に付き合ってくれているのが、奈々ちゃん。うちの隣で……何だっけ、亜倶世鎖璃衣? っていう装飾品屋さんの看板娘であり私のライバル! ちょっとおばあちゃんっぽいのがまた魅力な女の子!
「あー……運命の出会いってないもんかなあ……」
「何よ、急に」
「だってさあ、私たちの周りにいる男何てへんてこりんばっかじゃん?」
「いやさすがにそこまでいうのは……ま、まあへんてこりんまではいかないんじゃない?」
「いやいや、行くって。しかも今の京の現状じゃあ新しい男が入ってくるのも夢のまた夢。ああ私の晴れやかな結婚生活はどうなってしまうの……」
「まあもう十六だからねえ……あ、でも最近緋衣家っていう武士の人のお屋敷に男の人が男の子連れて入っていくの見たってお絹さん言ってたよ!」
「っへ、どうせ幻か何かよ」
「どうしてあんたはそうひねくれてるのよ……」
仮に見間違いなどではなく本当に入っていったとしても、どうせろくな男ではない。多分そこの人の財産狙ってとかでしょうけど。お生憎様、どうせ今の京じゃ金持ちなんてせいぜい帝くらいなもんよ。
「おーっす、クソアマども」
「兄者、さすがにクソアマどもはねえだろ……」
そんな乙女談義に花を咲かせていると、ちょうど私たちの周りにいる男代表二人が店の中に入ってきた。
「えーぴったりだと思うんだけどなあ……」
「また半殺しにされても知らねえからな……」
入ってくるなり私たちに暴言を吐きかけてきたのは武具屋の双子の兄の方である金助。自分より美しくない女はすべからずクソとか妄言垂れ流しているアホだ。現在武器専門の鍛冶屋として修業中らしい。
「それでもまだいいようがあるだろ……男という肥溜めに群がるハエとか……」
「お前本当にさらっとひどいこと言うよな……」
そして、兄よりもひどいことを抜かした、少し天然が入っていそうな男は武具屋の双子の弟の方の銀助。大体は兄である金助の突っ込み役だが正直根はコイツの方が腐ってるのではないかというのが私の見解だ。ちなみにこっちは防具専門の鍛冶屋として修業中だ。
「てめえら揃いも揃って何? ぶっころすぞ」
「紫……あんたそんなんだから結婚相手見つからないのよ……」
「ぶっころしますわよ?」
「そういうことじゃなくてだね……」
「おうおうお前ってやつは本当に何で女に生まれてきちまったんだ? そんな足開いてお母さん悲しいよ……」
「頼まれたってお前の股から出てきてやるもんか。それに、私が女に生まれてきた一番の理由は、かっこいい男の人と結ばれるためよ!」
「駄目だこいつ、頭の中までハエに占有されてるらしい」
「よーっし待ってろ、今包丁持ってくる」
「おい待て話せばわかる! というか俺たちはこんな会話しに来たんじゃないんだよ」
「じゃあなに? 道場破り?」
「誰がするか、客だよ客。何でも朱点討伐に向かうから、今後お世話になる俺たちに挨拶に来たんだとさ。当主様直々に来てくれたんだぜ?」
「……朱点討伐、ね」
正直そんな連中はまだ京がこんなになる前には腐るほど見てきた。『朱点を倒したら結婚してくれ!』『俺、帰ったらあの子に告白するんだ……』『ちょっと大江山の様子見てくる』と言って、意気揚々と行ったものはいるが、大抵は帰ってこないか、帰って来れたとしてももう到底朱点討伐にはいけないほどの重症を負うかのどちらかだ。だから期待なんてしない。どうせ今回の客だって――
「こんにちはー!」
「お前はもう少し威厳ってものを持てないのか……つうか、世話になるから挨拶に回ってるんだからちゃんとしろよ……」
「まあいいんじゃないですか? それに、こいつに気を使う必要なんてありませんよ、なあゆか――」
「どうぞどうぞ! ここに座ってください! あ、今お茶と茶請け持ってきますね! お饅頭でいいですか?」
「あ、いえ。そんな長居する予定では――」
「いやいやいや、何を言ってるんだいナデくん。ここで彼女の気遣いを跳ね除ける方が失礼ってもんよ」
「いやお前饅頭食べたいだけ――」
「そうですよ! ほらほら遠慮なさらず!」
「ほらほらほら!」
「……はぁ……少しだけだからな」
「っしゃ、っしゃ!」
運命だった、それはまごうことなき……運命だった。ぶっちゃけ私は運命の相手というものを望んでいながら運命というものを信じていなかった。だってそんなん非現実的だし? だけど、今この瞬間から私は神様なんかより運命の方を信じる! 何としてでもここで仕留めてみせるわ……! 何か変な付属品ついてるけどそんなもの無視よ無視!
「おお……紫が狩人の目をしている……!」
「ありゃどちらかといえば獣の目だろ。ついでに俺もご馳走になろうっと」
「てめえはそこらへんの雑草でも食ってろ」
「おやおやおやぁ? いいのかなあそんなこと言っちゃって! じゃあ俺はそこらへんの雑草でも食べながら紫ちゃんの過去話でも――」
「なあに言ってるのよ! 私たち友達じゃない、ほら食べていきなさいよ!」
「ゴチになりまーす!」
「はっはっは、いくらでも食べていきなさい!……あとで殺す」
「兄者……墓は立ててやるからな……」
「俺は今が楽しけりゃあなんでもいいのだ!」
さて、とりあえず邪魔者は買収もとい友情のチカラで黙らせた……!ここからは私のお嫁力を最大に活かして……!
十分後
「でさあ、もううちのオヤジったらもうべろんべろんに酔っちゃって、裸で腹踊りしだしたのよ!」
「懐かしいなあ……うちのオヤジも一緒にやってたっけ?」
「あっはっはっは! なにそれ面白いじゃない! ちょっと、ナデも今度やりなさいよ!」
「お前の顔でもう十分面白いから鏡でも見てろ」
「よーっし表出ろ今日こそ決着つけてやる」
「お? やるか? お?」
「いやあ、あいつ十分も持たなかったな」
「まあ紫だし」
「そりゃそうか、それにしても……ああこの饅頭うめえ。ただで食らう饅頭うめえ」
「……ねえ、金助」
「あ? 何だよ、言っておくけど饅頭はやらんからな」
「いらんわ。そうじゃなくて……あの人たち、どう思う?」
「……どう、って?」
私は今も楽しそうに話している紫たちを――緋衣家の人間だという人たちを見ながらいう。
「……私ね、一度だけ緋衣家の人、見たことあるのよ。そうしたら、夫婦っぽい人たちが赤ちゃんを抱えてたわ、そりゃあもう宝物のように大事に扱いながら」
「あー、そういや何か生まれたって話あったな」
「……んで、あの子。緋衣家の当主だっけ?」
「……ああ」
「おかしいでしょ。私その後あの家で赤ちゃんが生まれたなんて話聞いたことないわよ」
「……どっかの分家の人間なんじゃねえの?」
「そんな情報を私のお父さんが掴んでないとでも?」
「お前の親父さんが町一番の情報通たって知らねえことはあるだろ」
「……」
「……」
「……」
「……ああもう分かったよ、俺も変だって思ってたからんな目でみんなって」
私が何も言わず、ただジッと見つめていると。金助は勘弁してくれといった様子で白状する。コイツはいつもこうなのだ。
「……あの子なあ、うちの方にも来たんだわ」
「挨拶回りでしょ?」
「そうなんだけどよぉ……あの子もさ、やっぱり鬼退治に出るらしいんだわ」
「まあ、でしょうね。そんなの今時珍しくもないわ」
「焦んなって、んで。その子なあ……剣士らしいんだよ」
「……で?」
確かに、珍しくはあるが、別にないわけではない。緋衣家は確か剣士と薙刀士の名家だと聞いたことがあるので別段おかしなことでもないだろう。
「だから焦んなって、それでよう。あまりにも喜んでるもんだから俺の中にちょっと悪戯心っつうもんが湧いて、うちの店で一番重い剣を持たせてやったのよ、小鉄って言うんだけどよ」
「それってあんたの最高傑作だっけ?」
「そう、ただ如何せん重くてなあ……オヤジにもこれじゃあまともに振れないって言われて放置してたんだわ。勿論ちゃんとしてあったし、たまに磨いたりしてやってたから新品同様だったけどな」
「……んで、それをあの子に持たせたの?」
「うん、面白いかなって」
「あんた最低ね、死ねばいいのに」
「ねえ何で急に辛辣になるの?」
「冗談よ」
「君たちそういえば俺がなんでも許すと思ってるでしょ?」
「違うの?」
「……違わねえけどさあ」
そして、こちらから目を逸らし。金助もあっちの方を眺めながら、呟く。
「……あの子さあ、振ったんだよ」
「……え?」
「軽々と、しかも武器に使われてるって感じじゃなくてちゃんと扱ってたんだよなあ……あれ、大の大人でも振れないって言われてたのに」
「……それで?」
「あげた」
「へ?」
「だから、あげたって」
「あげたって……その剣を?」
「うん」
「……あんたの最高傑作じゃなかったの?」
「別に俺剣に思い入れとかねえしなあ……それに、使われた方が剣も喜ぶだろ?」
「あんたって貧乏性のくせにそういうところだけ思いっきりいいわよね……」
「ほっとけ……まあ、俺が変だなって思ったのはそんぐらいさ。別にあのナデって男の方も変な風には思わなかったし」
「ふうん……」
「……さてと、ではここらへんでもうそろそろお暇させてもらいます」
「えー、もう?」
「だから挨拶しに来ただけっつってんだろ……それに、このあとも装飾品屋に用があるんだから。あ、あとで、イツ花というものがこの店に来ますので。またそのときはよろしくしてあげてください」
「……もう来ないんですか?」
「へ?……あー……そうですね。まあ普段はイツ花が来ることにはなると思いますが、大体はイツ花かと……何か不都合なところでも?」
「あ、いやそんなのはもちろんないんですけどね……」
「ん? 惚れたから毎日来て欲しいって話じゃ――」
「おほほほほほ! なあに言ってんのかなあこいつったら! そ、それじゃあここらへんで!」
そう言って慌ただしく銀助を連れて裏へと引っ込む紫。あいつ普段は元気いいくせに、意外と乙女みたいなところあるじゃん。
「じゃ、私もここらへんで。ねえ、ナデさん、うちにも来るんでしょ? じゃあ案内してあげるよ」
「ということは、あなたは……」
「装飾品屋『亜倶世鎖璃衣』の看板娘……ってことになってる」
「アクセサリー……」
「変な店名でしょ? じゃあ行きましょうか。紫ー、ご馳走になったわよー!」
「んじゃ、俺も撤退しますかね。このままここにいたんじゃ次の犠牲者は俺になっちまう。ごっそうさーん」
そう言って立ち、こちらにそそくさと金助が駆け寄ってくる。
「じゃあ、案内してもらえませんか?」
「はい」
「いやあ、紫ちゃんも銀助も面白いね!」
「だろ? これでも俺たちこの京一番の芸人としてかなり有名なんだぜ?」
「そんなの組んだ覚えないんですけどねー」
「あれ? そうでしたっけこれは失礼、では私が馬となってこのまま御殿へと送りましょうか?」
「わたしゃ殿様か」
「なるほど、面白いね! 今度芸とか見に行こうかなあ」
「本気にしないでよ……」
キラキラとした目でこちらを緋衣家当主……四葉が見てくる……来た時間的におかしい子ではあるけど、悪い子ではない……のかな?
「あ、そうだ。当主様、ちょっと忘れ物してきてしまったので取りに行ってきてくれませんか?」
「私当主なんだけど?」
「後で何か買ってやるから」
「部下の不始末は私の仕事よ!」
そう言って道具屋にまた戻っていく四葉。ああいうがめついところは少し紫に似ていて何だか親近感が沸いてくる、そして四葉が離れると。急にナデさんがこちらに振り向く。
「……当主様は……いや、四葉は、普通の女の子だよ。ちょっと騒がしいけどよ、まあ仲良くしてくれや」
「……!」
「……どうやら、そのようで。まあ少なくとも悪い奴ではなさそうですしね」
「いや、悪い奴ですよ。あいつ出会い頭にいきなり従者にいい拳を叩き込んできますからね」
「本当に悪い奴ならそんな直接的な方法は取りませんよ。もっとえげつないことしてきますって」
「……そうですね」
そして、しばらくすると四葉が帰ってくる。どうやら忘れ物はなかったらしい。というかそもそもどんなものかすら聞いてなかったからそりゃ見つかるわけもない。ナデさんは平謝りをして、また私に案内を促してくる。
「うっかりじゃ済まされないでしょこれは、当主を雑に扱ってさあ!」
「すまんて」
「奏太とイツ花にもお土産買ってくからね! 勿論ナデの自腹!」
「まじかよ……」
……普通の女の子、か。ナデさんと口喧嘩する四葉は、確かに普通の女の子に見えて……仲のいい、兄妹にも見えた。
ナデ 緋衣家:従者 性別:男性
緋衣家に仕える従者。イツ花とは分担していろいろな雑用を行っているが、正直家事もそこそこできるためもうひとりイツ花が増えたようなものである。
本来の世界でまた同じ家族の元に生まれ変わるために緋衣家の手伝いを行っているため、そんなに一族に思い入れはないが、それでも多少の親しみは感じている(尚当主)