私は再び首を折れる勢いで下げる。否、下げなければいけない。推しを一定時間直視すると精神が死ぬ。
「む…どうした雑種。恐れおののくのも理解できるが、
「いえ……その……失礼ながら王、貴方をなんとお呼びすれば…」
空気が僅かに張りつめる。死亡率が上がったにも関わらず同じ空気を吸ってるだけで尊い。もう…抑えきれない。
「本来の我ならば、この時点で殺していたが……この我はどうやら多少は寛大らしい。英雄王と呼ぶがいい。」
「英雄王……好きです」
「……なに?」
空気が変な方向に抜けた気がした。頭を上げずとも何言ってんのコイツという空気が伝わってくる。
「貴方の存在そのものが、私の拙い言葉では表しきれず。ですが敢えて言うのならば…尊いです。全てが尊いです英雄王…尊いです…好きです」
「…………………」
何言ってんの私。
緊張とか嬉しさとかのせいか全部ぶちまけてしまってんだけど? え? 私泣いてない? 普通にキモイレベルなんですが。
まぁ、これで殺されても仕方ない。むしろ最期に推しと話せるだけでも幸せではなかろうか!
「………くくくく…ふふふふふ……アハハハハハハハ!!! 正気か貴様! まともに開いた口が我への告白とは! 魔術師の分際で道化もここに極まったか!!フハハハハハハハハハハ!!!!」
顔を上げると、先ほどまで纏っていた殺意は収まっており、推し…英雄王は高らかと笑っている。
あぁ、馬鹿にされているはずなのに。
全然悔しくも悲しくも無いや。
「良い。貴様の道化ぶりに免じて、今この時は我の傍付きとなることを許す。せいぜい励めよ?」
「っ!?!? あ…あああありがっっ…」
私は反射的に立とうとして、急速な眩暈に襲われる。
思えばこんなに一度に魔力使ったの初めてだ。研鑽どころか普段ちょくちょくしか使ってないからなぁ。
「阿呆か。休息など百年早い。我を退屈させるな、雑種」
英雄王はこちらの状況などお構いなしに工房を出て行ってしまう。
私は頬を何度か叩き、膝に力を入れる。そうだ。ここで女子力を見せずしてどこで見せる!!
私は、普段の私を脳内で再現する。イメージするのは―――常に最強の自分だ。
外に出る気のないジャージ。
自室には際限なき推しのポスターとフィギュア。そして―――抱き枕カバー。散在する……薄い本。
………駄目だこれ。ただのオタクだわ。おもてなしとかそもそもしたこと無いんですが。
せめてお風呂とか……ぁぁ…推しの入った後に風呂とか無理…でも一番風呂がいいって言ったら…お湯かえて入ろ。同じ湯に浸かったら確実に鼻血的な意味で風呂場が血の海になる。
あれやこれやとおもてなしを錯誤しながらリビングに出ると、王は私の特等席に座っていた。
「…………雑種。貴様……」
「は、はい! なんなんでしょう!」
「我の椅子はかつて貴様のモノだろうが元をたどれば我のモノ。故に我の椅子だ。良いな?」
「え…あの…地下に多分。これより全然素材が豪華なやつとか…見た目が高いのとかあるのでそれ持ってきますが…」
「戯け。我がこれで良いと妥協したのだ。文句を言う権利も拒否権も与えぬ」
あっ、気に入ったんですか? 『人をダメにするソファー』。
「英雄王がそれでいいのなら…」
「全く、陳腐な椅子よな。嘆かわしいほどにな。だが良い。特別に許す」
とか言いつつ、そこから動かない英雄王。
あ、そういえば本家から召喚出来たら手紙寄こせって言われてたっけ。まぁ後でいいか。
「ところで雑種。我を呼んだからには、下らぬ願いとやらがあるのであろう? 良い。退屈しのぎに聞かせよ」
「願い……ですか?」
私は絨毯に正座しながらクエスチョンマークを浮かべる。
「はっ。よもやなんの願いも無しに聖杯戦争に参加するわけでもあるまい?」
「………はい?」
願い? というかこの単語をまた聞くなんて。本家はこれに出るつもりだったのかな? 賞品かなにか貰えるの?
「あの……聖杯戦争って…何ですか?」
「………………」
王様が絶句してらっしゃる。すみません。にわか魔術師でほんっとうにすみません。
「もうよい。まさかここまで無知なる者に呼ばれるとは思わんかったぞ。では今の言葉は忘れよ。叶えたい願いだけを聞かせるがいい。無論、下らぬことなら―――分かっているな?」
え。何もしかして生死の境目に立ってるの私? 願い次第でデッドエンドなの?
って言ってもなぁ。願い……願いか。
「……死ぬまで楽しく生きたいです」
「ほう? 己の人生を彩る娯楽のために生きると?」
「まぁ…彩るかどうかはともかく…別に根源への到達とか興味ないし、えーと…それに……」
「それに?」
「あの……今こうして推し…じゃない…あなたに会えたこと自体が幸せで…どう答えていいのか……すみません!」
あぁぁ!! すっごい恥ずかしい上に曖昧な答えにしてしまったぁぁぁ!!
死にたい! 誰か私を殺して! でもまだここにいたい! どうしよう!
「………ふっ…つまるところ、我の存在そのものが、貴様の愉悦か」
酷薄な笑みがこちらの心を嘲笑う。そして、王はゆっくりと立ち上がり、こちらを天からの如く見下ろす。
「良い。興に乗ったぞ雑種。貴様の願いを叶えんとするこの戦、我が見定めてやろう」
「えーと…つまり?」
「此度の戦争に勝利せよ。貴様の願いはどのみちそれ以外では叶うまい。」
……戦争というのはまだ全然分からないけど。
ひとまず…推しと過ごせるってことでいいですか!? ありがとう私の幸運値! 人生謳歌万歳ハレルーヤ!!
大歓喜発狂をなんとか抑えて小さくガッツポーズ。そこでふと、自分の左手の甲に赤い紋章が浮かんでることに気づく。
「あの…英雄王。コレなんです?」
赤い紋章を見せると、英雄王は目だけで「それすら知らんのか戯け」とこちらに言ってるように見えた。
「それはサーヴァントを召喚したマスターとしての証よ。貴様には我に対する絶対命令権が三度あるが、一度でも下らんことに使えば―――その腕ごと無くなると思えよ?」
最後の一文のみ本気の殺意が含まれていた。こちらの背筋が一瞬凍った間に、王様はやがて扉へと歩き出す。
「あ、あの…どこに?」
「決まっておろう。他の呼ばれし凡俗なる雑種どもの顔を見に行く。すぐさま支度せよ」
「は、はい! あっ!ちょっと待ってください!」
「…我に命令か? 雑種」
「いえ……今十二月ですし…絶対寒いですよ? なにより…その格好だと…周りの人に目立ちまくります…」
「………そうだな」
私はまだ何も知らぬまま―――ただ、喜び一杯に。その人のあとを追った。
戦争という単語を実感したことがない私は、再びその戦争という単語を隅へと追いやってしまった。
あと、その頭に頑なに乗ってるプチプチには、いつツッコめばいいですか?
☩ ☩ ☩
こびり付いた汚物を削り続ける。
建前では禁煙でも、パチンコ屋のトイレなどたばこ臭いし酒臭い。
だが、人と触れ合うバイトより遥かに楽だ。
アニメを見るにもグッズを買うにも金が要る。生活費は勿論、学費だって馬鹿みたいにこちらから搾取している。行く意味などとうにないが、流石に中卒で就活をすれば悲惨なこと間違いない。生命線であるアニメやネットが絶たれればそれこそ死ぬ。
ただでさえ、友達どころか親すらいないのだ。頼れるものなど誰もいない。
かつてアニメかゲームだかの影響で、魔王やら勇者やらに憧れた時期もあったが、今となってはどうでもいい。
どうせなれやしない。
選ばれし人間は何かしらに恵まれている。何もない奴には何も与えられない。
努力しろと高らかに言うやつに限って成功してる奴だ。何の参考にもならない。
誰も、成功したことが無い奴など気にも留めない。
運命から捨てられた奴のことなど、皆どうでもいいのだ。
20時30分のアラームが安い腕時計から響く。
「……飯買って帰るか…」
まだ汚れは落ちきっていないが、時間通りにトイレを出る。
それを咎める者などいない。どうせ、誰も見てないのだから。
☩ ☩ ☩
軽く私が食事を済ませ、王様にとりあえずとして、ブツブツ文句を言われつつ推しのコスプレ白コートを着てもらう。家を出る頃には20時を30分ほど過ぎていた。
「さむっ……大丈夫ですか王様……タクシーとか使っても大丈夫ですよ?」
「戯け。我の財を侮るなよ。防寒など完璧だ。もとより――歩いた方が面白いモノも見れよう」
「え?」
英雄王は双眸を細めながら意味深に微笑む。それすら絵になってしまうのだから困りものである。具体的にどう困るのかといえば私の頬と胸が熱くなる。
王の歩く道は毎日見ている。つまり学校への通学路だ。
これって……遠くから見ればデートに見えるのでは……なんちゃって! なんちゃって! 別に浮かれてないけども!
「あ、カップル!」
ビクンと反射的に体が跳ねる。大きな声に対し、ゆっくりと私が振り向くと、一人の小さな可愛らしい女の子がこちらを指さしていた。
「ねーねーお姉ちゃんとお兄ちゃんカップルでしょ?」
「あはは……違うよぉ」
私は膝を折って少女の目線になると、そうなりたいという願望を沼に沈めながらやんわりと否定する。
「ね、ねぇ?」
私が英雄王に一応振ると、英雄王は私をパスを無視して愉悦此処に極まりといった感じに口角を上げる。
「カップルとは……令呪に縛られし主従関係を貴様らはそう呼ぶのか?――――アサシンの小娘」
「……はえ?」
私は素っ頓狂な声を出しているうちに、少女は三歩ほど距離をとる。つい今ほどの無邪気さだけの少女はそこにはいない。獲物の隙を疑う狩人の瞳がこちらを見据えている。
「…妾を初見で見破るとは思わんかったぞ? 」
「戯け。貴様程度の陳腐な演技など。道化にも劣るわ。」
「くっふっふ。まぁ―――お主らを見てただけでも十分じゃ。そこの女。せいぜい夜道には気を付けるがいいぞ?」
「ほう? 誰が貴様を逃すと? 」
「妾がそうすると決めたからのう。では―――またね! お姉ちゃん!……にぱっ!」
アサシンは最後だけ無邪気な少女に戻ると、街の明るい方角へと姿をくらましていく。
英雄王は姿が見えなくなったのを確認すると、一度小さく鼻を鳴らす。
「我を些か侮り過ぎていたな、暗殺者風情が。」
「あ、あの…アサシンって…もしかして…」
「あれもサーヴァントだ。聖杯戦争では七騎のサーヴァントが魔術師に呼ばれる。我に本来クラスなどないが……此度の我を強いてクラスに当てはめるなら、キャスターらしい」
キャスター……イメージ的に魔術師のクラスってことかな。アサシンは名前の通りだとしたら、かなり物騒だな。
七騎…か。他のクラスには何がいるだろうか。……ちょっと怖い。
僅かに芽生えるこちらの不安を、知ってか知らずか王は語りだす。
「雑種、言っておくが我以外のサーヴァントなど皆等しく凡愚よ。 この世の存在は二つにしか分けられぬ」
「二つだけ…?」
「我と、それ以外だ」
分け方雑過ぎません? 俺様ワールド全開ですね。
……でも王様の言葉は妙に説得力があって、『あぁ、そうだね』って納得できてしまうから不思議だ。
そして王様はついに私たちの学園の裏門前で止まる。まだ大して夜中でもないのに学園の周りに人はいない。大都会東京であるにもかかわらず、明らかに異常だ。
「ふん。広範囲の人払いとはな。……既に戦いは始まっているか。」
「え? なん…」
の? と言い終わる前に僅かに地面が揺れる。何かがぶつかり合う音すら反響しており、中で何かが起きているのは流石の私でも分かった。
「では拝むとしよう。なに、もとより此度は見物が主だ。雑種、一番高い屋上まで来い。我は先にいく」
「え? えっちょっと!? 英雄王さん!?」
英雄王は青白い粒子となってその姿を消す。途端に体に不安と恐怖が絡まりかけるが、ここで引き返せばそれこそ合わせる顔がない。いや、それすらあの王様は試しているのかもしれないが。
「……くぅぅ…あーもうっ! 行くしかないじゃん!!」
本日二度目の登校は、夜中の21時3分前。私は魔術師の端くれと言わんばかりに鍛えてなどいない足に魔力を回して樹へ大ジャンプ、続けて校舎と校舎をつなぐ連絡橋へと着地し、さらに段差を足場に上へと目指していく。
目指すは、校庭が見渡せる6階建て主学舎の屋上。こんなことならロッククライミングの動画見ておけばよかったと深く反省する私であった。