ポンコツ魔術師として自分の中で定評があったが、なんとか屋上に息を切らしながらも辿り着く。既に我らが英雄王もフェンスの上に器用に足を乗せて外へと顔を向けている。
「遅いぞ雑種。」
「す、すみません!」
「だが…面白いモノも見れたので許す。貴様も雑兵どもを高みから見るといい」
言われるがままにフェンスの近くに行くと、足元に何かが当たる。
「……うわぁ!? む、虫!?」
淡い光が僅かに灯る巨大な蛾は、今にも息絶えんと弱々しく転がっている。
「ふん。大方、魔術師の使い魔だろうよ。誰の仕業かなど知らぬがな。それとも――
いえ気にとめるとかではなく単純に気味が悪いのです。あと使い魔って聞いたら大丈夫な気がしてきました。
即座に頭を切り替えて校庭を見下ろす。
視力を魔術で強化し、ついでに光の感度を上げると、時代にそぐわぬ剣やら槍やらを高速でぶん回しながら闘っている二人。そして、少し離れたところに立っている少女は確か隣のクラスの子だったか。反対側では、もはや小学生にしか見えない女の子が、目の前の異常事態にむしろ喜ぶようにぴょんぴょん跳ねている。
………え。あれ本物の武器?
「あの…あの人たちは…サーヴァントとマスター…ですか?」
「流石に察する程度は出来るようだな。」
………。
聞いてない。戦いって、マジなやつなの?
てかサーヴァント同士の戦いヤバくない? もう人間が手出しできる次元じゃないよ!?
「あ、あの…王様。あれって寸止めとかそういう…」
「戯け。殺し合うのに生かす道などもとよりない」
私はその場でへたり込み、自分から血の気が引いていくのを感じる。
本家が参加していたかったのって…これなの?
こんなヤバいガチな殺しあいなんて聞いてない!
いやいや…いやいやいやいや…これは…むr…
「今更怖気ついたか雑種。だが、この我の命を放棄するわけではあるまい?」
「え…いえ…その…」
殺意が私の心臓を射貫く。ここで逃げ帰ろうと背中を見せれば私の明日は来ないだろう。そう肌で感じた私は、頷く。
「……戦いとかは分かりません。でも…貴方がいる限り、私は逃げません」
「ふっ…及第点だがまぁ良い」
私は殺意が消えたのを感じて胸をなでおろす。あとでこんな事に巻き込んだ本家潰そうと、決意を固めて戦いに再び目を向ける。
二刀流の戦士が繰り出す幾重もの連撃を、槍は決して常人では出せないスピードで弾き流しながら的確に相手の懐を狙い撃つ。
六階建ての屋上にすら武器がぶつかる音は勿論、衝撃までもをビリビリと全身で感じるそれは、近代兵器合戦の戦争ドキュメンタリー番組をテレビ越しにみるよりも遥かに激しく、恐ろしい。
嫌でも自覚してしまう。
あぁ、これは現実なんだと。
☩ ☩ ☩
なんだこれ。
真人の思考はそれに支配される。
アニメで見たような戦いがいま、目の前で繰り広げられている。
もし、こんなことが起きればすぐにでも歓喜し順応する自信があった。
けれどどうだ。月明かりに照らされるそれは、こちらの体を容易に停止させている。
結局、人間とは想定外にはうまく対処すらできない。弱い生き物なのだ。
「すんすん……お兄さん…おいしそうなニオイしてるねー!」
「っ!?」
いきなり目の前に現れた小さな女の子に、真人は腰を抜かして転倒する。
同時に、向こうの戦いもぴたりと止まり、ほぼ全員がこちらに視線を向けている。
心音は一気に加速する。
先ほどのこの女の子の動きは明らかに人間じゃなかった。化け物以外に表現不能な未知なる存在。
逃げろ。逃げないとヤバイ。けれども体は動かない。
目を輝かせた女の子の小さな手が、ゆっくり真人へと迫る。
刹那、遠くからサイレンが鳴り響く。
「っ!来るなぁあ!!」
「わっ!?」
真人は女の子を突き飛ばし、体は昇降口へと走り出す。
これほど本気で走ったのはいつ以来か。恐怖だけを原動力にしてひたすらに逃げる。
門にはパトカーが止まっており、警察もいたが、止まれば追いつかれる気がしてわき目もふらずに全速力で逃げる。
どれだけ走っただろう。
気が付けば自分以外誰も住んでいないボロアパートの前で、息を切らしていた。
暗い夜道を振り返るが、点滅している街灯は誰も映していない。
「………なん…だったんだ…」
思わずその場で倒れそうになったが、冷たい外気は不安をじわじわと掻き立てる。
震える足で切れかかった蛍光灯の下まで歩き、部屋の鍵を開けて即座に鍵をかける。
そこまでして、ようやく鼓動が落ち着いていく。
電気をつけ、座布団に腰を落とすと、手に持つ袋のなかには牛丼が入っていたことを思い出し視線を移す。が、
「……あー…グチャグチャだよ……糞。マジで何だったんだ…」
冷静に考えれば、何かの撮影だったのかもしれない。
あんな非現実的なもの、どうせ偽物だ。
ようするにそんなものに自分はビビって、飯すらこの有様にしてしまった訳だ。
「……阿保くさ。」
一気に疲れが襲って来る。
昔、床に意気揚々と油性で書いた魔法陣が、今では目に入るたびに嫌な気分にさせてくれる。もう寝てしまおうか。
喉の渇きを癒そうと冷蔵庫を開けると、黒ずんだ
腐った林檎をゴミ箱に捨てようとすると突然、
ガチャガチャ!!
と扉の方から音が響く。林檎を拾おうとした手は反射的に引っ込み、声が出そうになった口を咄嗟に塞ぐ。
まさかさっきのアイツが来たのだろうか。いや、先ほど確かに撒いたはずだ。いや、もし仮に本当に人智を超越した奴ならそれも容易なのか。
だが、その後はいつまでたっても音は響かない。嫌なほどの静寂が支配していた。
気のせい。そう思いかけた時、部屋の中に扉が飛んできた。
「鬼ごっこ!! わたしの勝ちー! 」
侵入してきた女の子は、先ほどと同じような眩しい笑みを浮かべながらピースをする。その手は、赤黒く染まった液体が滴っている。
先ほどは暗くてよく見れなかったが、今は破れた服にこちらがむっとするほどの血が染み付いているのが確認できる。
「あ! ごはん! 」
血濡れの少女は、足元にグチャグチャの牛丼が転がっているのを確認すると、真人への興味をぱたりと止めて手で食べ始める。
理解したくなくても現実が逃してくれない。鉄の扉を吹き飛ばし、全身に血が付いた者などが、ただの人間であるはずがない。ついさきほどの戦い…いや、殺しあいの光景は鮮明に頭に焼き付いている。
逃げたくても、部屋のど真ん中で食べ物を漁る少女の横を通らねば玄関には出られず、窓も反対側だ。
真人は手元にあるものを探る。腐った林檎に、壊れかけた椅子。
正常な思考でないことは理解している。
年端も行かない少女相手に怯えている高校生はさぞ見ものだろう。
しかし、動物の本能的な衝動が、やらなければ死ぬ。と告げていた。
真人は、椅子をそっと片手で寄せると、一気に立ち上がって振りかぶる。
「うわぁあああああああああ!!!」
鈍い音が響く。がら空きの少女の背後に吸い寄せられた椅子は、安価なせいか一部が破損し窓にヒビを入れた。
化け物たる少女は、声を発せぬままその場に転倒する。魔法陣の落書きにじわじわと赤い染みが広がっていく。
真人の手から椅子がすり抜けるように落下し、初めて人を道具で殴った嫌な感覚が溢れ出す。
へたり込みそうになった足を、どうにか部屋の外に出そうとして―――
足首が物凄い勢いで握られ、真人の視界が天井に向く。
彼の上に女の子が愉しそうに笑いながら飛び乗る。頭から血が流れているにもかかわらず痛がる様子は特にない。
「あはは! お兄さんも遊びたいんだ!まったくもー!」
少女の瞳は妖しい光を帯びる。そして、不気味な青白い光が灯った右手が振り上げられた。
「でも。お兄さんじゃつまんないから―――バイバイ」
―――あぁ、こんなところで死ぬのか。
あっけなく。誰とも知らない奴に殺されるのか。
思えば、ろくでもない人生だった。
親には捨てられた上に、友などついぞ出来なかった。
誰にも、助けてもらえなかった。
でも、もういい。
どうせ誰にも興味を持たれること無いまま。
黒神真人の人生は終わる
あの、転がる。腐った林檎のように――――
部屋全体に風が吹く。
少女の動きはそれに合わせてぴたりと止まる。
背中に面した床が熱い。ビリビリとした感覚が全身を襲う。
横目で見ると、厳密には床ではなく、腐敗した林檎と共に落書きとして書いた魔法陣が光っている。
そう気づいた刹那、視界は眩い光に覆われる。
顔を覆った途端、鉄のようにこちらにのしかかっていた重しが突如外れる。
「……っっ……え?」
光が収まると、真人の上に少女はいない代わりに、目の前にそれはいた。
漆黒の装いはドレスにも見えるが丈は短く、猫のような尻尾が伸びている。すらりと伸びた体の上へと視線を移すと、多少乱雑に伸びているものの灰色の髪は猛々しく腰まで伸びており、頭には作り物とは思えない獣耳が乗っている。
顔の周りの髪だけは僅かに赤みがかっているが、その眼光は底冷えするほどに冷たく鋭い。
「………下らんものに…呼ばれたものだ」
「え…あ」
真人が話しかけようとすると、それは彼を睨み付け、外へと飛び出す。
目まぐるしくまわる展開に意識がショートしそうになるが、なんとか真人も扉の無い玄関を出ると、先ほどの少女と獣の女性は激しい肉弾戦を繰り広げていた。
「あははは!! あなたサーヴァントね!」
「黙れ。子どもを偽りし殺戮者が。 」
獣の女性の腕が黒く輝き、巨大な爪となって少女を切り飛ばす。
しかし、幼子はあらぬ方法に曲がった手を地面につけながら着地する。腕はすぐさま正常な向きへと戻った。
「おぉ……ちょーびっくり。けっこう強いね! じゃあ今度はこっちも…!」
『こっちは一度退くぜ。マスター』
「ほえ?」
少女の体は不意に宙へと浮かび、電柱の上で制止する。すると校庭にいた槍使いの男の姿が突然現れた。
「全く。お前の気分屋には困ったもんだ。そこにいるのは…バーサーカーか?」
「ちっ……よもや貴様の方がサーヴァントとはな。」
「応よ。うちのマスターはちと特別でな。とはいえ、お互い初見だしよぉ。ここらで分けって気はないか?」
獣の女性の無言を是としたのか。男は少女を小脇に抱えたまま不敵に笑う。
「ハッ。いつか俺ともやろうぜバーサーカー。まぁそんときは―――殺してやるよ」
「むぅ…お腹空いた!」
男が電柱から他の家の屋根から屋根へと飛び移り、姿が見えなくなったのを確認すると、真人の意識は容量オーバーと言わんばかりに遠のいていく。
この日最後に見たのは薄汚れた天井ではなく、獣の女性だった。