ペルソナ4→3   作:第7サーバー

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6月8日合わせの投稿です。
……いやー、予告を守れてよかった。
まぁ正確には明日の0:00がこの日な気もしますが、7日も少し入るからいいかなと。


6月7日(日)~8日(月):ひとりじゃない

2009年6月7日(日)

 

「なるほど……事情は理解した。明日、そのもう一人の女子生徒に話を訊いてみるとしよう」

 

翌日、悠たちが真次郎から得た情報を美鶴に伝えると、美鶴は頷きそう言った。

今日は休日で学園が休みであるから妥当な判断だ。

なので悠や他の者たちも、休日は休日として過ごすことにした。

悠は一志、湊は理緒とそれぞれ運動部の友達と遊び、ゆかりや順平もそれぞれの時間を過ごす。

束の間の休みは穏やかに流れ……そして、戦いの日がやってくる。

 

 

2009年6月8日(月)

 

昼休み、美鶴によって生徒会室に呼び出された悠たち2年生組はそのドアを開けた。

その中にいたのは二人の人物。

一人は当然悠たちを呼び出した美鶴で、もう一人は――。

 

「あれ、あなた……」

 

日焼け肌に茶髪、ヌーディカラーのリップに、アイメイクといかにもな女子生徒の姿に、どうやらゆかりは覚えがあるようだ。

 

「……彼女が?」

「ああ。――さて、大まかな事情は聞いているが、山岸風花をどうしたんだ?」

 

悠が事情を察して美鶴に尋ねると美鶴もその通りと軽く頷く。

そして大した前置きもなく話の核心に触れた。

 

「違うの! ……違うのよ、こんな……こんなことになるなんて思わなかった……」

 

彼女――“森山夏紀”は、本来なら日焼け肌で分かり辛い顔色を、それでも周囲の者にそうなのだろうと思わせる雰囲気で青く染めながらポツリポツリと話し出した。

 

「……風花ってさ。ちょっと突いただけで世界の終わりみたいな顔すんだ……。すぐ分かったよ。コイツ優等生のクセに、根っこアタシらと同じ弱い人間だって……どこ踏んづけときゃ立てないかアタシには丸分かりだった……だから、」

 

夏紀はその日もいつものように風花をイジっていた。

遊びのつもりだった。

話の流れでなんかそんな感じになって、風花を体育倉庫に閉じ込めた。

5月29日。

夜中になって、さすがに自殺とかされるとマズイからと夏紀がツルんでいた三人の内の一人が鍵を開けに行った。

しかし、彼女は戻ってこなかった。

学園の校門で意識不明の状態で発見された最初の被害者だ。

状況は分からなかったが、風花がマズイかもと急いで体育倉庫に行ってみた。

けれど、そこは変わらず鍵が閉まったままで……開けてみても中には誰もいなかった。

 

「アタシらみんなビビって、次の晩から夜な夜な風花を探しに行ったの……! でも、その度に行った子が帰って来なくて……みんな次々……マキみたいに……!」

 

夏紀の絞り出すように発せられていた声は最後はかすれて消えた。

……事情は分かった。

なのでここからは解決方法を探さなければいけない。

 

「……なるほどな。それで病院へ運ばれた君の友人について、何か気付いたことはないか? どんな細かなことでもいい」

 

美鶴の言葉に対して一瞬の間の後に、夏紀は俯けていた顔を上げた。

 

「“声”だ……」

「声?」

「自分を呼ぶ“声”……そうだ。みんな病院送りになる前の晩……そういえば同じこと言ってた……気味の悪い“呼び声”を聞いたって……」

 

気味の悪い“呼び声”……それが影時間に落ちる者たちの共通点ということだろうか。

 

「桐条先輩」

「ああ。今まで誰が落ちるか事前に知る方法はないとされていたが……なるほど、“声”か」

「それってヤツらが……」

「そうなるな。つまりその者たちは偶然落ちるのではなくヤツらによって落とされるということだ。ヤツらは確かに人間を狙っているんだ。――事情は分かった。放課後にもう一度生徒会室に集まってくれ。私はそれまでに軽くやることをやっておく」

「やること……?」

「山岸風花が行方不明だということ……さすがに担任が知らなかったということはないだろう? 少しばかり灸を据えてやらねばな」

「な、なるほど……」

 

そう言って薄く笑みを浮かべる美鶴の姿は、まさしく女帝のそれで、その様子を見た者たちは風花の担任である江古田に心の中で合掌した。

 

「それと森山。今夜は私たちの寮に泊まるがいい。それが一番安全なはずだ」

「安全……?」

「あとは私たちに任せろということさ。それから……もしも“声”を聞いてしまったらすぐに私たちに教えるんだ。何かに呼ばれたように感じても、決して部屋から出るな。これさえ守ればキミは助かるだろう。……そして、おそらくは山岸風花もな」

 

 

同日 -放課後-【月光館学園生徒会室】

 

集まった仲間たちは、それぞれ思い詰めた顔をしている。

 

「――今夜、この学園への潜入作戦を行う。目的は山岸風花の救出だ」

「あの、いまいち分かんないんスけど、山岸って、ガッコの中にいるんスか?」

「しかも、なんで夜に? 0時になっちゃったら、学園は……」

 

そこまで口にして、ゆかりもその事実に気付いたのか口を閉じた。

 

「その通り。今回の件にはシャドウが関わっている。それは先程聞いた話からも確信が持てることだが、山岸もそうやって、タルタロスに迷い込んだんだ。もっとも幸か不幸か山岸には適性があったために未だ意識不明の犠牲者として名を連ねてはいないが」

「じゃ、まさか山岸さんって、体育館に閉じ込められてからずっと……」

「……そうだ」

「そんな! 10日も前の話じゃないッスか! それ……どう考えても……」

 

順平が口ごもるのも当然だ。

タルタロスに10日間も潜り続けていられる人間はいない。

シャドウはもちろん、人間として食事やら睡眠やらの問題もある。

 

「いや、悲観するのは早い」

 

みんなの頭に浮かぶそんな考えを遮ったのは明彦だった。

 

「タルタロスは影時間の間にしか現れない。なら山岸風花は、日中はどこにいると思う?」

「言われてみれば……」

「こいつは仮説だが、おそらく山岸はあの時からずっと影時間にいるんだ。つまり10日と言っても、山岸にとっては影時間を足し合わせた分しか時は過ぎていない。生存の可能性はある」

 

風花が行方不明になった時から今日までS.E.E.Sは今回の件の情報収集などを優先してタルタロスに挑んではいない。

挑んでいたとしても広大なタルタロスだ。

いると分かっていて探しでもしなければ見つかることはなかっただろう。

 

「でもタルタロスでは影時間が伸びることがあるじゃないですか」

「それは俺たちのように状況を理解している場合の話だ。タルタロスなんて普通の人間が長く留まりたいと思うような場所じゃない」

「なーる。探索しようなんて思わなければ影時間が伸びることはないってことッスね!」

「そうなるな。そして俺たちはそれに賭けるしかない」

 

出遅れているのは分かりきっていることだ。

だからこそすぐにでも彼らは山岸風花を発見し保護しなければならなかった。

 

「問題は探す方法ですね。桐条先輩の探知能力だけで探せるんですか?」

「……居場所が分からないとなると……厳しいな」

「じゃあ、手当たり次第ッスか?」

 

順平の言葉に明彦が静かに首を振った。

 

「方法はある。山岸とまったく同じ方法で中に入るんだ。同じ場所へ行って、0時を待つ。そうすれば短時間で辿りつける」

 

明彦はそう言うが、タルタロスの内部は変動する。

絶対ではない。

だからこそかなりリスクのある方法だと言えるだろう。

 

「その方法、大丈夫なんですか……?」

「正直に言えば、私はこの作戦には諸手をあげて賛成はできない。最悪、二重遭難という可能性もある」

「なら、見殺しにするのか! 助かる可能性があるのに、放っておくなんて俺にはできない……後悔したくないんだ。お前らが行かないなら、俺一人で行く」

 

明彦は冷静に見えて熱くなっているようだ。

人を助けるということに強いこだわりがあるようにも見える。

 

「大丈夫。俺も行きます」

「私も」

 

そんな明彦に賛同したのは悠と湊だった。

そして見れば、ゆかりと順平も決意を込めた目で頷いている。

 

「お前ら……」

 

S.E.E.Sはチームだ。

それぞれ戦う理由は違っても、誰か一人に押し付けてそれで終わりと思える人間はいなかった。

 

「……分かった」

 

その様子に美鶴からの了承の言葉も入る。

山岸風花救出作戦――決行は影時間に入るその少し前からだ。

 

 

同日 -23時30分-【月光館学園前】

 

再び学園の校門前に集まったS.E.E.Sの仲間たちは、山岸風花救出のために全員出撃準備をすませている。

さすがにこの状況でネタ衣装が入りこむ余地はなく、それぞれ制服姿だ。

体育倉庫に入るためにはその鍵を得なければならないのだが、この肝心な時に理事長である幾月とは連絡が取れず、一行は順平が仕込みをしておいたと言う鍵の開いた非常口から校舎内に侵入した。

 

「ブリリアント! よくやったぞ、伊織」

「え、ど、どもッス」

 

順平は美鶴に手放しで褒められて逆にちょっと引いていた。

 

「……ブリリアントって気に入ってるのかな」

「ハイカラだな」

「あのね、言っておくけど、それもちょっとおかしいからね」

「もうみんなお手上げ侍だね!」

「……薄々気付いてたけど、この集団ってちょっと変な人が集まってる気がする」

「ゆかりも含めて?」

「わ、私はフツーだってば!」

 

……悠は何も言わなかった。

それはきっと悠の優しさからなるものだろう。

 

「お喋りはそこまでだ。まずは体育倉庫の鍵を手に入れるぞ。体育館の鍵とペアになっているはずだ。鍵はおそらく職員室か校務員室にあるだろう。二手に分かれて探し、1階の玄関ホールに集合だ。いいな?」

「……職員室のガサ入れか。テストの問題とかあるかも? ウヒヒ」

「私の前で不正の算段か? 事実なら処刑だな」

「じ、冗談に決まってるじゃないですか! い、イヤだなーもう!」

 

美鶴の鋭い視線に順平は全身で応えた。

だが、そうは言うものの、あわよくばと多少は思っていたような気がしないでもない。

 

「それならいいが……とにかく、伊織、キミは私と共に校務員室だ。有里、キミは職員室だ。他に連れて行く仲間を選んでくれ」

「じゃあ、鳴上くんと真田先輩で」

「なんでその人選なわけ?」

「だって、ゆかりが傍にいるとからかいたくなるから……」

 

湊に選ばれなかったことを少し気にする様子のゆかりだったが、その答えを聞いて溜息を吐く。

 

「……はぁ、訊かなければよかった」

 

そんなゆかりは怪談と同じく、そういう話の発生源である夜の校舎というのも苦手にしているのだった。

 

 

同日 -23時37分-【月光館学園職員室】

 

「職員室には鍵がかかっていないのか……」

「えっへん。私がちょこっと細工しておきました」

「……そうなのか」

 

悠の疑問に応えて胸を張る湊。

順平といい、こういうことに慣れているような気配を感じるが、さすがにそれは考えすぎだろう。

 

「なら、その時に鍵を手に入れておけばよかったんじゃないのか?」

「…………ハッ!!? って、ダメですよ。ドアをいちいち確認する人はいなくても、鍵がなくなってたら気付かれる可能性が高いじゃないですか」

「なるほど」

 

元も子もない明彦のツッコミに一瞬湊の動きが止まるが、すぐに反論を思いついたようで再起動した。

ドアも鍵を掛けたらちゃんと閉まっているか確かめそうなものだが、現に開いているのだから、今回は湊の言葉が正しいらしい。

 

「探すのは鍵置場だ」

「はい」

「了解でーす」

 

明彦の言葉通りに鍵置場を探す悠と湊はすぐにその鍵を見つけた。

しかし、肝心の明彦はなぜか鍵置場をスルーして見当違いの方向を探している……。

 

「くそっ……やはり学生にも分かるところに鍵を保管してはいないようだ。こうなれば美鶴たちのほうにあることを願うしかないな」

 

「「…………」」

 

「どうした。グズグズするな。美鶴たちと合流するぞ」

「……先輩の目は節穴か!」

「なんだと!!?」

 

湊の強烈なツッコミに明彦は憤るが、悠が鍵置場を指差すと、若干気まずそうな顔をしてから、取り繕う。

 

「……まあいい、見つかったんだ。ほら、さっさと行くぞ!」

 

 

同日 -23時55分-【月光館学園玄関ホール】

 

待ち合わせ場所の玄関ホールで再び合流した仲間たちは、今回の作戦における人選をしていた。

救出班に明彦、待機班に美鶴は決定済みで、湊もリーダーであるから救出班。

同じくペルソナの付け替えができる悠も救出班になった。

人数的にはこれで決定でもいいのだが、やはり救出班のほうが負担が大きいはずなので、ゆかりか順平のどちらかも救出班にという話になる。

 

「なら私が……」

「ターイム、タイム、ゆかりッチ。ほら、オレ前にモノレールの時にちっと暴走しかけてメーワクかけちったじゃん? だから恩返しっつーかさ。汚名バンカイさせてくれよ、な?」

「はぁ? 変な見栄張んないでよ! それと、汚名は“返上”」

「――そういうことなら、汚名返上させてやる。これで決まりだな」

「よろしくっス!」

 

男の意地的なものに理解のある明彦の言葉で、救出班のメンバーが決定する。

必然的に待機班にゆかりが入ることになり、ゆかりは若干不満気に唇を尖らせた。

 

「えー……」

「なんだ、岳羽、美鶴と二人きりは苦手か?」

「い、いや、そんなことないですよ」

 

直で聞いてくる明彦の言葉にゆかりはパタパタと手を振るが、正直そうであろうことは透けて見えた。

 

「……」

「鳴上くん、何か気になることでもあるの?」

「いや……森山は大丈夫だろうかと」

「正直を言えば、影時間に絶対安全な場所などはない。だが、寮にいる限りは他の場所よりかは多少はマシなはずだ。どちらにしても私たちも人手があまっているわけではないからな。彼女のためだけに一人を割くことはできない」

「……分かってます」

 

夏紀に関しては、何か起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。

少なくとも今日まで彼女は無事だった。

それに対して、山岸風花の救出作戦ではタルタロスへと挑む以上、ほぼ確実にシャドウと戦うことになるだろう。

戦力を減らすわけにはいかなかった。

 

「……そろそろ時間だ」

「行くぞ!」

 

結局、チーム的な変更はなく、救出班の四人が体育倉庫の中に入り、その時を待つ。

そして、その時はすぐに訪れた……。

 

 

深夜0時 -影時間-【???】

 

タルタロスへと変容していく学園の中で、悠はその形容しがたい圧力によって意識を失っていた。

そして目を覚ました時、その場所にはおそらく悠一人で、周囲は深い霧に覆われていた。

 

「なんだ……?」

 

クマ印のメガネを掛けてもその霧は見通せないようだ。

 

「誰かいないか!」

 

大声を張り上げるのはシャドウを引きつけて危険かもしれないが、他の者たちの安否が気になった。

 

「桐条先輩! 桐条先輩、聴こえますか! ……ダメか」

 

美鶴との通信もノイズばかりで繋がらない。

仕方がないと悠は視界の利かないこの場所を警戒しながらも進んで行く。

どれくらい歩いただろうか、不意に尋常ではない気配を感じた。

 

「死神タイプか……?」

 

それくらいに強大な力を持った存在であるのは間違いない。

正直一人で戦うのは厳しいだろう。

しかし、逃げ場もない上に、それがこの状況の元凶である可能性や、放置すれば仲間が襲われる可能性もある。

――悠は覚悟を決めた。

相手もこちらの存在に気付いているのが分かる。

ほぼ同時に互いが踏み込み、剣戟の音が鳴り響いた。

 

「!!? ――待て! もしかして人間か!!?」

「そうだけど。そっちも?」

「ああ、そうだ。すまないシャドウと間違えた。俺に敵意がないなら剣を収めてくれ。俺もそうする」

 

その誰かは聞いたことがない声をしていた。

だけど男の声だ。

だから聞き慣れていないだけで山岸風花の声だったということもないだろう。

悠は念のため少し距離を取ると自身の武器である雷光を鞘に収めた。

どうやら相手もそれにならって剣を収めたようだ。

 

「まさかここに僕たち以外の人間がいるとは思わなかった」

「それはこっちの台詞だ。詳しく話を聞きたいところだけど、仲間とはぐれていて、今はそんな時間がないんだ。ここから出る方法は分かるか?」

「いや……僕もみんなを探しているところだから」

 

相手の男は同年代くらいの少年ではないかと思った。

こうして向かい合っても影でしか輪郭を捉えられないが、一瞬見えた相手の腕も月光館学園の制服だったような気がする。

 

「そうか……なら、しばらくは一緒に行動しないか?」

「いいけど……」

 

「「!!」」

 

「どうやら今度こそ本物のお出ましのようだな」

「そうだね。シャドウの気配だ……!」

 

普通に考えれば、出会ったばかりの人間、それも視界が利かないこの状況で、連携が働くわけがない。

しかし、何故だか二人は互いの息や行動の間が手に取るように分かり、現れたシャドウを完全に圧倒して倒した。

 

「……驚いた。キミ、強いんだね」

「それもこっちの台詞だな。顔を見てお礼を言えないのが残念だ」

「そうだね……そういえばまだ自己紹介もしてなかった。僕は――」

「鳴上くーん!」

 

影の少年が自分の名前を告げようとしたところで、別の声が遠くのほうから割り込んできた。

この声は湊だろう。

 

「キミの仲間……?」

「ああ」

「だったら行ったほうがいい。僕は一人でも大丈夫だから」

「大丈夫って……一緒に来ればいい」

「いや、僕のほうにも通信が入ったんだ。だからそっちには行けない」

「そうなのか……?」

 

悠のほうの通信はまだ回復していない。

だから悠は影の少年が気を遣っているのではないかと考えてしまう。

 

「キミは優しいな。でも本当に大丈夫だ」

「……なら、また会えるか?」

「どうだろう。でも、キミたちがここに挑んでいるというのなら……いつかきっと。だから、自己紹介もその時まで取っておくことにするよ」

「分かった。約束だからな」

「うん。どうでもいい……とは言えないかな」

 

影の少年は軽く微笑んだような気がする。

悠はその雰囲気に安心して、影の少年に別れを告げる。

 

「それじゃあ、また」

「うん。またね」

 

二人は互いに背中を向けてそれぞれの場所へと歩き出した。

いつか、その道が再び交わることはあるのだろうか。

 

もうすぐ終わりがくる。キミの選択が、僕のそれを超えることを願ってる

 

「え……?」

 

頭に直接響くようなその声に、悠が後ろを振り返るも、すでに影の少年の気配すらも感じられなかった。

 

「鳴上くんってば!」

 

気が付けば湊に腕を引かれている。

霧も完全に晴れ、周囲はタルタロス特有の陰鬱とした空気に戻っていた。

 

「有里」

「そうだよ。もうボーっとしないでよ。ここはタルタロスの中なんだからね!」

「ああ、すまない……」

 

今のは夢……ということもないだろうが、影時間やタルタロスにおいても特別な空間だったような気がする。

何よりも影の少年……彼はいったい何者だったのだろうか。

 

「ほら、まだ順平と真田先輩、それから山岸さんを見つけないといけないんだから、行くよ!」

「……了解だ」

 

考えるのは後だ。

悠は湊に続いてタルタロスを進みながら、その思考を切り替えた。

 

幸いにも……順平と明彦の二人とはすぐに合流できた。

 

「どーにか全員集合だな」

「今後は、こういう入り方は無理だな……」

 

さすがの明彦も、懲りたらしい。

意識を失ったり仲間とはぐれるという具体的な危険性があったのだから、それも当然の感想だ。

 

「あ、つーかさ。お前ら、ここに来る途中になんか“声”聞かなかった?」

「“声”?」

「あー、聞いた聞いた! 女の子の声だよね!」

 

順平の言葉に悠は影の少年のことが頭に浮かんだが、どうやらそれとは違ったらしい。

 

「誰……? 人……なの?」

「おっ、似てる! そうそうちょうどそんな声で……」

「私じゃないってば」

「えっ!!?」

 

通路の影から青白い顔の少女が姿を現した。

月光館学園の制服……花柄でエメラルドグリーン、タートルネック系の服をインナーとしている緑髪の女子生徒。

今回の救出目標である山岸風花だ。

 

「――山岸!」

「あっ……鳴上くん……よかった……」

「ん? 二人って知り合い?」

「おおっ! 生きてたー! スゲー! もう大丈夫だぜ! オレら、救助隊だからサ!」

「よかったな……俺たちと一緒に来い」

「ありがとうございます……私……」

 

風花は衰弱こそしているようだが、五体満足で無事のようだ。

風花の無事に悠も胸を撫で下ろしていると、クイクイっと制服の裾を湊に引かれた。

どうやら自分の質問をスルーされたのが不満のようだ。

 

「前に偶然ちょっと話しただけだ」

「そうなんだ」

 

それで完全に納得したのかは分からないが、湊は軽く頷くと手を放す。

 

「フッ……俺の判断は正しかったな。美鶴に連絡を入れておくか」

「ここ、いったいどこなんですか? 私、学校にいたはずなのに、なんでこんな……」

「んー……、その話はちっと長くなんな。戻ってから説明するっス」

 

明彦が美鶴との通信を試みるが、やはりノイズが酷くて上手くいかない。

 

「あ、ケガとか大丈夫か? つーかここ、化けモン出るだろ」

「じゃあ、やっぱり……ここって何かいるんですね……今のところ、何とか見つからずにすんでますけど……」

「――見つからずにって、一度もか?」

 

通信を諦めた明彦が話に割って入ると、風花は頷いた。

 

「ええと、何て言ったらいいか……居場所が、何となく分かるっていうか……」

 

明彦はその言葉に少し考え込むと、荷物から召喚器を取り出した。

 

「これを持っていてくれ」

「予備ですか?」

「山岸は適性者だったからな。ペルソナを召喚する必要を考えて美鶴に頼んでおいた」

「適性者? ペルソナ?」

「説明は後でする。とりあえず持っていてくれ」

「で、でもこれってピストル……!」

「お守りのようなものだ。弾は出ない」

「お守り……」

「よし、急いで戻るぞ!」

 

風花に召喚器を若干強引に手渡すと、明彦は行動を促した。

 

……タルタロス内にも外が見えるような見晴らしのいい場所はある。

ちょうどそういう通路に差し掛かった五人は、そこから見える満月に目を奪われた。

 

「月、デカッ! 明るッ!」

「月の満ち欠けはシャドウの調子に影響するって説がある。もっとも、人間も同じだがな」

「シャドウに……」

 

「「「…………!?」」」

 

「モノレールの時はどうだった!」

「満月……!」

「それに、私たちが寮で襲われた時も……!」

「なるほどな……そういうことか」

「みたいですね」

「うんうん。間違いないよ!」

「あ、あのー、そっち三人で納得しないでオレっちにも状況を説明して欲しいんスけど……」

 

何事かを納得する悠、湊、明彦の三人に、風花を除けば一人、話の流れについて行けていない順平がおずおずと切り出す。

 

「だから大型シャドウの出現タイミングだよ」

「大型シャドウ……?」

「いつも満月だっただろ」

「あ、あー、なーる……ってオレはモノレールのしか知らないスけど」

「そういえばそうだったか……とにかく、行き止まりの結界らしきものを解除する可能性を持つかもしれない大型シャドウ。それは満月の時に現れるかもしれないってことだ」

「え、それって今日出るっつー……」

 

その時、ザザっとノイズ混じりの通信が入った。

 

「美鶴か! どうした!」

『明、彦……シャ、ウが……』

「おい、聞こえているのか? 返事をしろ、美鶴!」

『気をつけ……』

 

明彦の叫びも空しく通信が途切れる。

待機班のほうで何か不測の事態が起こったようだ。

 

「なに……これ……」

「どうした!」

「今までのより……ずっと大きい……しかも……人を……襲ってる……」

 

「「「「!?」」」」

 

「くそっ……!」

「な、な、なんスかっ!!? 分かるように説明してくださいよっ!」

「出たんだ! 予想通りに大型シャドウがな! それも戦力の揃っている俺たちのほうではなく美鶴たちのほうにだ!」

 

 

タルタロス【エントランス】

 

息も絶え絶えに駆け戻ったその先にいたのは、大型シャドウという名前に相応しく巨大なシャドウだった。

それも二体。

まん丸い身体に手足を取り付けたといった感じの杖を持った女帝と、同じく丸いが、こちらは卵のような身体に手足を取り付けたといった感じの剣を持った皇帝の二体だ。

待機班だったゆかりと美鶴の二人は、それぞれ武器を構え、抵抗の意志を見せているものの、突然の襲撃からの戦闘に疲労の色は濃く、今にも倒れそうな状態だ。

 

「――有里!」

「うんっ!」

 

その様子を見て取った悠と湊の二人が目配せをした。

息を合わせ、意識を集中する。

 

「「ミックスレイド――“カデンツァ”!!!」」

 

それは彼らが目覚めた新しい力。

二体のペルソナを共鳴させることによって、それまでとは別の強力な効果を持ったスキルを発動させる。

二人のワイルドが揃っているからこそできる技。

これをもしも一人で発動させることができる者がいるとしたら、それは並外れたナニカをその身に宿す者だけだろう。

ミックスレイドとはそれほどに強大な可能性を秘めた力だ。

一人で背負うには重く、使えば誰もが特別視して、知らずその身をすり減らしていくようなそんな力……けれど、ここには二人いる。

本来なら存在しないはずのもう一人、未来からやってきたワイルド、鳴上悠が。

だから背負える。

二人ならいずれ立ち塞がる運命にも挑むことができるだろう。

これはそのための一歩だ。

 

「傷が癒えていく……!」

「それだけじゃない、すごく身体が軽い……!」

 

“カデンツァ”は失われた体力を取り戻し、なおかつその速力――回避力をも強化する。

その効果によって、状況は一瞬にして立て直された。

 

「待たせた!」

「鳴上くん、湊!」

 

悠の声と湊の存在にゆかりが分かりやすく喜色を浮かべた。

 

「当然、オレたちもいるぜー!!! ペルソナ!!!」

「ポリデュークス!!!」

 

続いて順平と明彦がそれぞれのペルソナを呼び出して、大型シャドウに組みつかせると、ゆかりたちから引き離した。

 

「久しぶりの実戦で身体がなまったか?」

「フッ、かもな」

 

明彦の軽口に美鶴もそれまでの重圧から解放されたように不敵に笑う。

六人のペルソナ使い、彼らは全員が揃ったことによる無敵感、万能感を感じていた。

しかし、その中でこの状況――ペルソナやシャドウといった異能の戦いに驚きながらも、少女は誰にともなく呟く。

 

「ダメ……このままじゃ勝てない……」

 

呟いたのは彼らの救出対象であった風花だ。

そしてその呟きは予言のように現実になっていく。

 

「コイツ、攻撃が効かないのか……!!?」

「――違う! 弱点が変化してるんだ!」

「んだよ、それ! いちいち見極めろってのか!!? 分かりやすく変身するんでもないのに分かるわけないって!」

「桐条先輩!」

「……無理だ! 戦いながら、それも短時間の連続した変化には対応できない!」

「なら総当たりか」

「精神力が持ちませんよ!」

「やらなきゃやられるだけだ! 俺はこんなところでやられてやるつもりはない! ――ポリデュークス!!!」

 

明彦が召喚器で頭を撃ち抜きペルソナを呼び出すと、自らも大型シャドウへと向かっていく。

電撃の耐性があるのを良いことに覚えたばかりの“マハジオ”で周囲に雷撃を降らせると、その電撃を突っ切って鍛え上げた拳を振るった。

 

「お前には魔法が効いてるように見えない……! なら、コイツが効くだろう!」

 

二体にまとめて電撃を当てることで反応の違いを見た明彦の拳が、大型シャドウをよろめかせた。

 

「効いた……!」

「だが微々たるものだ。それに耐性があるとはいえ明彦にもダメージが蓄積される」

「ちっ……弱点を変えたか」

 

身体を軽く焦がしながらも追撃を掛けようとした明彦だが、その手応えの違いに大型シャドウから離れて体勢を立て直す。

 

「ジリ貧だな……」

「桐条先輩。やはりこの戦いには探知能力が必要です。戦いは俺たちが引き受けますから何とか……」

「……やれないと言える状況ではないな。分かったその作戦で――む?」

 

大型シャドウの攻撃から飛び退くことを利用してそばに寄った悠の言葉に頷く美鶴だったが、不意にその視線がエントランスの入口へと向けられた。

視線の先にはフラフラと虚ろな目でこちらへと歩んでくる少女の姿。

 

「ふ、風花……」

「バカな! 森山夏紀……彼女がなぜ今ここに!!?」

 

夏紀の様子は普通ではない。

目の前で行われている異能の戦いもまるで目に入っていないようだ。

これが“声”に導かれるということなのだろうか。

 

「――まさか、森山さん!!? 逃げてっ! ここは危ないからっ!」

「風花……アタシ、あ、あんたに謝らなきゃって……」

「!」

「おい、危ねえ!」

 

二体の大型シャドウの内の一体が、乱入者の存在を捉えている。

 

「私が……守らなきゃ!」

 

風花は夏紀の言葉に戦いの恐怖も押さえつけて、駆け寄ると、自らのこめかみに召喚器をあてがった。

 

「……ペルソナ!」

 

カッ――と風花の覚悟に反応して彼女のペルソナが召喚される。

目を包帯で覆ったドレス姿の女性型のペルソナ……そのスカートの部分は球状になっており、召喚者の風花はその中に取り込まれるような形で存在していた。

大型シャドウが魔法スキルによる攻撃を仕掛けるも、自らは動くことなく夏紀の壁となって立ち続けている。

しかし――。

 

「ダメだ! そのペルソナは戦闘タイプではないはずだ!」

 

明彦の言葉通りであることは、風花にもすぐに分かった。

だから壁として存在することしかできない。

でも、心配はしていなかった。

この場で戦うのが自分だけではないことを知っていたからだ。

 

「イザナギ!!!」

「鳴上くん!」

「山岸、無茶しすぎだ」

「ごめんなさい。……でも、私、見える。私……あの怪物たちの弱いところ、何となくだけど見えます……!」

 

二体の大型シャドウ。

個体名はそれぞれ“エンプレス”と“エンペラー”。

“パラダイムシフト”というスキルを使い、弱点を変化させて戦う。

それ以外の属性は全て無効。

タネが見えなければ無敵のように感じる相手だったのかもしれない。

けれど、風花のペルソナ――“ルキア”の“ハイ・アナライズ”の前にはその何もかもが手に取るように見えた。

 

「順番に仕留めます……。まずは――火炎!」

「よく分かんねえけど、OK! 行くぜ、ヘルメス!!!」

「“カハク”!!!」

「次、疾風ですっ!」

「イオ!!!」

「ホウオウ!!!」

「氷結!」

「私の出番だな……ペンテシレア!!!」

 

甲冑を装備した女戦士といった姿の美鶴のペルソナの中級氷結スキル“ブフーラ”によって、エンペラーの動きが止まる。

 

「もう一体! 今なら打撃で行けます!」

「ポリデュークス!!!」

 

明彦のポリデュークスによる“ソニックパンチ”で同じくエンプレスも吹き飛ばされた。

 

「敵、二体ともダウン!!! 総攻撃を!!!」

「みんな、行くよー!!!」

 

六人のペルソナ使いによる総攻撃。

さすがの大型シャドウも、疲弊した状態で耐えられるものではなかった。

存在を保てなくなったシャドウは闇色の粒子となって消えていく。

戦いの終わりだ。

 

「敵……他に、敵は……」

「もう心配ない」

 

明彦の言葉に風花はキツク召喚器を握りしめていた指から力を抜くと、夏紀の安否を確かめようと視線を動かす。

 

「風……花……あんた……」

「け、怪我は、ない?」

「うん……」

「よかった……」

 

ペルソナの召喚に初めての実戦。

張りつめていた気が一気に緩んだのか、夏紀の無事を確認すると、風花はその場に倒れ込んだ。

同時にペルソナも消滅する。

 

「風花!!?」

「心配ない、疲れが祟っただけだ」

「風花……風花……あたし……」

 

夏紀は意識を失った風花を抱き抱えて涙を流している。

 

「森山さん……いいんですか? 全部見ちゃって、これから……」

「いや、彼女は俺たちとは違う。適性者じゃないんだ。影時間でのことは記憶に残らない。夢のようにな」

「じゃあ……山岸さんが恩人だったことも忘れちゃうんですよね……そんなのって……」

「大丈夫だよ! きっと大丈夫!」

「そうだな……彼女は自分がどうすべきだったか、分かっているようだ」

 

涙ながらに謝る夏紀の姿に誰もがそう思えた。

記憶は消えても、絆は消えない。

それはいずれ、どのような結末を辿ろうとも、確実に彼らにも訪れる運命だけど、きっと乗り越えられる。

 

今は誰も――ひとりじゃない。

 

――……影時間が終わる。




原作では体育館に閉じ込められた風花ですが。
体育館に閉じ込めるってちょっと不思議な状況なので体育倉庫に変更。
ついでにブフだと格好がつかないので、桐条先輩もブフーラが使える感じで。
まぁそれはともかく、これでようやく風花が仲間になりますね。
いやー、長かった……次はアイギスですね。
影の少年……?
影の少年は影の少年ですよ。
でもそれまでにもいろいろイベントあるし、そこに到達するまでどれくらいかかることやら。

それはそうと、ペルソナQのサブペルソナって、頑張ればみんなミックスレイド使えそうで怖い。

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