ペルソナ4→3   作:第7サーバー

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さすがにこの話の文字数が多くなってきたので、そろそろ分割しようかなとか思う今日この頃。
でも、それやると検索の上の方に行っちゃうっぽいのが微妙なんですよね。
ちゃんと新話を投稿するって感じでもないので。
他のしっかりと書き上げてる人たちにも悪いかなーって。
まあ、6月部分を書ききったらかな。
それまでは長くて読みづらいかもしれませんが、このままですみません。


7月1日(水)~:※今のところ7月以降は全部ここ。

2009年7月2日(木)

 

沙織と一緒に居たせいで沙織に迷惑をかけたらしいことを湊から告げられる。(湊的には委員会コミュ5)。

 

 

-夜-【巌戸台分寮】

 

「あ、鳴上くん!」

 

屋上でやさい畑の世話を終えて、自室に戻ろうとしていた悠は、ちょうど階下から上がってきた湊と階段で鉢合わせた。

そんな湊はどこか不機嫌そうというか、名前を呼んだ声にも責めるような響きがあったために、悠は首を傾げた。

 

「どうした?」

「昨日、じゃない、一昨日かな? 沙織と一緒にいたでしょ」

「え、ああ……バイトの時に会って少し話したな」

 

突然の質問に悠は一昨日のことを振り返りながら答える。

 

「もーっ、鳴上くんのせいで、今日沙織が責められて大変だったんだからね!」

「どういうことだ?」

「まったく。鳴上くんはもうちょっと自分が人気あるってことを自覚した方がいいと思うよ。まぁ鳴上くんが悪いってわけじゃないから、私としても困るところなんだけど」

 

湊は直接的な状況説明をしなかったが、一昨日の事を振り返った結果、それらしい心当たりがあった悠は大凡のことを理解した。

つまり、あの時に様子を窺っていた女子生徒たちをキッカケとして、何かそういう面倒な事態が発生したのだろう。

 

「そうか……俺のせいで迷惑をかけたなら謝った方がいいな」

「ダメだって。そういうの逆効果だから。というか、鳴上くんは今まで通りでいいんだけど、少し注意して欲しいっていうか……うーん、こういうの苦手なんだよねー」

「そうだな」

 

眉間にしわを寄せて唸る湊に悠も同意する。

悪意とかそういう大袈裟な話ではなくて、それこそちょっとした嫉妬とか、その程度のことなのかもしれないが、それだけにその感情を解消するのは厄介だったりする。

目立つゴミをぽいっとするより、隙間の掃除のが手間が掛かる的な話だ。

 

「むー。やっぱり時間を掛けてちょっとずつ輪を広げていくのが一番なのかな」

「俺に何かできることがあればいつでも声を掛けてくれ」

「うん、ありがと。はー、愚痴ってゴメンね。あ、お詫びにこれあげる。また作ったの」

 

湊はポケットから取り出した物を、悠の掌の上にぽてっと乗せる。

 

「へえ、“ウサギのあみぐるみ”か……言っておくが、コミュは出ないと思うぞ」

「いらないから! ……私のコミュランク、上がってないよね?」

「上がってないな」

「なら、良し! じゃあ、またねー」

 

声を掛けて来た時とは逆に、満面の笑みを残して去って行く湊の後姿に、悠は何となく溜息を吐くと、階段を下りて自室へと帰った……。

 

 

 

 

 

2009年7月3日(金)

 

やっぱり気になったので、沙織に謝りに行く。

 

 

2009年7月4日(土)

 

湊がたなか社長と話している場面に遭遇、スカウトされる。(港区に住む人々コミュ1)。

 

 

 

 

 

「ずっとテレビ通販をメインにやってきたけれど、時代はとっくにネットに移ってるわ。そこでアタシもネット通販部門にもっと力を入れようと思っているのだけど、良い若手がいなくてね……。そこでアナタよ!」

「俺ですか?」

「そう! アナタこそ次代のスター! アタシの目に狂いはないわ!」

 

ずっと利用してきた番組の社長に目を掛けられるというのは素直に嬉しいことではあったが、さすがに話がいきなり過ぎることもあり、悠をしてその状況に戸惑っていた。

 

「社長! 私! 私はー!」

「アナタはダメよ。どう贔屓目に見ても“可憐な天使”ってところだもの。番組は戦場よ。“美しき悪魔”と言われるくらいになってから出直してきなさい」

「がーん……」

 

湊はたなか社長の指摘にショックを受けているようだ。

悠的には、“美しき悪魔”よりも“可憐な天使”でいた方がいいのではないかと思うのだが、今後、世の中を渡り歩くには悪魔の方がいいのだろうか……。

 

「……決断できないみたいね。なら、こちらも妥協して、素材の提供だけでも構わないわ。どう?」

「素材の提供?」

 

悠が迷いを持っていると思ったのか、たなか社長はネット動画への直接の出演から、素材の提供へとわかりやすくハードルを下げてみせた。

 

「あなたの写真を何枚か撮らせてもらえれば、あとはうちのスタッフが加工、編集して、それっぽい動画に仕立て上げるわよ。アナタはその通り看板として客引きをしてくれればいい。そうね……報酬は10万円でどうかしら」

「10万円……」

 

正直グラッとくる額ではある。

素材として、自分の写真を数枚提供するだけで、その額が貰えるというのなら美味しすぎるバイトだ。

だが、その額と引き換えに自分の姿がネット上に露出されることを考えると、簡単に頷いてしまってもいいのか微妙なところであった。

自分に自惚れているわけではないが、時価ネットの名前を背負って世間に露出する以上は、それなりの衆目の目に晒されることは想像に難くない。

 

「あのー、たなか社長。気になったんですけど、その10万円ってもしかして私が払った4万円も入ってるんじゃ……」

「アンタはちょっと黙ってなさい。今は彼と話してるの」

「むぅー……」

 

湊の意味深な横槍もたなか社長はあっさりと跳ね除ける。

4万円……なんで払ったのだろうか。

オカン級の寛容さを持つ悠は、そういった謎行動を受け入れながらも、オカン的な立場から湊の金銭感覚が気になって仕方がなかった。

 

「あ! じゃあ、鳴上くんの素材は私が集めます! というか、私が動画を作ります!」

「あら、アナタ動画編集とかできるの? ならせっかくだし任せてみようかしら。アナタたち仲良いみたいだし、彼のレアショットを頼むわ」

「任せてください!」

 

イマイチ決断できずにいた悠をぶっちぎって、なぜか湊が了承するようなことを言い出す。

自分だけ面白そうな話からハブられそうなのが嫌だったのか、それとも特に何も考えずにその場のノリだけで言っているのか、あるいは何か悠には計り知れない深謀を巡らせているのか。

とにかくまた湊に振り回されそうな気配に、悠はどうしたものかと思いながらも、自分自身興味があること自体は否定が出来ないまま、結局流されてしまうのであった。

とはいえ――。

 

「……」

 

>湊がやる気だ。なぜか、不安しか感じない……。

 

そう思ってしまうのも仕方ないことだろう。

 

我は汝…、汝は我…汝、新たなる絆を見出したり…絆は即ちまことを知る一歩なり。汝、“節制”のペルソナを呼び出せし時、我ら、失われた力を解放せん…

 

>“節制”属性のコミュニティである“港区に住む人々”のコミュを手に入れた!

>鳴上悠の失われた力“節制”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

その後、無駄にやる気を発揮した湊と、湊に協力を頼まれた風花の手によって、鳴上悠をモデルにした“とある高校生の華麗なるビフォーアフター”という動画が夏休み中に制作され、“闇ネットたなか・お試し版”としてネット上で配信された。

なぜ闇とかネガティブっぽく銘打っているのかは知らない。たなか社長の趣味だろう。

その動画の内容をかいつまんで説明すると、平凡な、あるいはちょっと地味目な高校生が、時価ネット商品を使って、最終的には物凄いハジけた青春を送るというもので、静止画編集でありながらも、その変わりようが話題になり、なかなかの再生数を稼いだ。

それに伴い、関連の商品も売れ、たなか社長は悠に投資した10万円どころではない額を手中に納め、左団扇で高笑いをしながら第二弾を計画中とか何とか。

 

もっとも、幸か不幸か、普段必要以上にはネットに触れるタイプではない悠は、その事実を軽く小耳にはさんだ程度で、その動画を素材として、更なるネタ動画が作られたり、拡散していってることは、当分の間 知ることはないのであった……。

 

 

※適当に画像検索すれば、P4スタート時からP4Dに至った番長の比較画像とかが見られるはず。湊と風花が作ったのはそういう素材を「これを使えばあなたも――」的なテロップをつけた動く静止画動画として編集したもの。

番長MAD動画がここから少し時間が流れた夏休み後に、この世界に解き放たれるという考え方でも間違ってはいない……かも。

 

 

2009年7月5日(日)

 

湊がクラブに入っていく姿を発見し止めるが、なら一緒にと連れて行かれる。

無達と知り合う。

 

 

 

 

 

2009年7月7日(火)

 

大型シャドウ戦。

 

 

寮の作戦室……。

風花が、ペルソナのルキアを召喚して周囲の様子を探っている……。

 

風花が加入するきっかけともなった前回の大型シャドウとの戦い。

その時に生まれた仮説、大型シャドウは満月の日に現れる、という考えからS.E.E.Sのメンバーは満月の日である今日、全員で寮の3階にある作戦室に控えていた。

いつもとは少し違う緊張感の中、不意に風花がその静寂を破る声を上げた。

ルキアの探知能力によって大型シャドウの反応を捉えたのだ。

 

「――決まりだ。ヤツらは満月の日に出現する」

 

5体目の大型シャドウの出現に、明彦が確信を持って頷く。

 

「月がなんか関係あるんスかねえ?」

「さあな。しかし物語では月で狂暴化する怪物の話はよくあるだろう。現実でもそうだったというだけのことだ」

「満月で狂暴化って言うと、狼男とかっスよね。つーことは、新説・狼男はシャドウだった! みたいな」

「フンフン。おもしろい考えだね。――そう、満月で()()化するという彼らは、満月を合図に()()して物語に出てくるような事件を起こしていたのかもしれないね」

 

大型シャドウに関して、進展があるかもしれないということで、作戦室には理事長の幾月の姿もあった。

唯一の大人であり、シャドウ研究の第一人者でもある彼の、どや顔で発せられた意見を、しかしS.E.E.Sのメンバーは真顔で流した。

 

「それで山岸。大型シャドウの正確な位置を教えてくれ」

『はい……ええと。場所は巌戸台の……白河通り沿いのビルです』

 

ルキアの球状のスカート内部から発せられる風花の声は、通信時のように傍にいても若干エコーがかった声で聞こえる。

そんな風花が発した白河通りという単語に、今回のシャドウ事情を理解した者たちが若干微妙な表情を浮かべた。

 

「ここ数日、影人間が2人1組で見つかるって聞いてたけど……なるほどねえ」

「? 白河通りってどんな所でしたっけ。私、あの辺にはあまり行かないもので……」

「行かれても困る」

「聞いたことはあるけど……」

 

ルキアを戻して尋ねる風花に、すでに事情を理解している美鶴とゆかりがやはり微妙な表情のままで応えた。

 

「あ、そっか。ホテルんとこか。だから、2人1組なわけね。風花も知ってんだろ? ホテル街だよ、ホテル街! ――ぐぼぁ!!?」

「鉄拳制裁!」

「え、えぇっ……」

「なかなか良いストレートだ。有里」

「……あー、うん。今のは当然だよね。完全にセクハラオヤジみたいになってたもの」

 

悶絶する順平に、湊を褒める明彦、動揺する風花に、冷めた目を向けるゆかり、そしてそれら全てをまとめて、そっとしておく鳴上悠。

作戦室からはすでに当初の緊張感が失われかけていた。

 

「はあ……なーんか、今回はヤな予感する……。行くのヤメよっかな……」

「ま、まーた、ゆかりッチ。意外なトコ子供なんだから」

「ちょっ、あんたねえ……子供はどっちよ! フラついてるくせに、少しは懲りろっつーの! ……フン、オッケー、行こうじゃん。私、今日の作戦は、前線で戦うの予約します!」

「え、予約制なの!!?」

「有里。リーダーは君だ。前線に連れていくメンバーを決めてくれ。残りは不測の事態に備えて山岸の護衛兼バックアップだ」

 

「それじゃあ……」

 

そして湊は、自分と同じくペルソナチェンジができる悠と、予約で押し切ったゆかり、そして風花の加入で今回の大型シャドウ戦では完全に戦闘要員となった美鶴の三人を選んだ。

 

「俺は留守番か。……まあ、お前がそう決めたなら仕方がない。今回譲るんだから次は俺だぞ」

「真田さんの中では次もあること決定なんスね。つーか、オレも留守番かよ」

「順平は足にキテるから」

「誰のせいだよ!!?」

 

「順平」

「順平」

「順平」

 

「ここで総攻撃!!? しかも悠まで!」

 

 

【白河通り】

 

影時間ということもあって、周囲は緑の夜。

普段は重苦しい空気感のそれも、そういうホテルに入るという気恥しさみたいなものを薄れさせるのには役立ってくれていた。

それでも、大型シャドウを探してホテル内のドアを開ける度に、散乱する衣服だとか、ベッドの上の二つの棺桶だとか、そういった行為を想像させるようなものは溢れていて、何とも微妙な感じにさせてくれる。

 

「……」

 

とはいえ、唯一そういったものでイチイチ騒ぎそうな順平が留守番のために、ゆかりが時折微妙な表情を浮かべる以外は、淡々と探索が進んでいった。

 

 

「この中っぽいね」

 

ホテルの三階、ちょっと他よりも豪華っぽい部屋の前で、リーダーとして先行していた湊が立ち止まる。

大型シャドウの気配……準タルタロス化した空間の歪みも見てとれた。

 

ここで悠は少し大型シャドウについて考える。

大型シャドウは何を理由にこの場所に存在しているのか。

そしてなぜ、大型シャドウと戦うのに都合の良いこんな空間が生まれているのか。

それらに関する考察だ。

 

4月、最初の大型シャドウは街中に現れたものを、明彦が発見し、交戦……手傷を負うが、回復する手段を持っていなかったために、寮へと撤退、それを追いかけて現れた。

その時は、まだ何も知らなかったこともあり、準タルタロス空間なんて気にしてはいなかったが、特別街に被害は出ていなかったはずだ。

 

5月はモノレール……ここで公共物を乗っ取るということをやらかしたために、大型シャドウは怪獣映画のように、無差別な破壊を行う存在、そんな可能性も浮上したように思えるが、実際の被害はオーバーラン……モノレールの暴走だけ。

単純な破壊を目的としていたのなら、そんな遠回りな手段ではなく、力の限り大暴れすればいいだけなのに、そうはしていないことから、大型シャドウは別に破壊を目的としているわけではないと考えられる。

 

6月……一度に二体現れた大型シャドウは、現れる兆候として、風花参入のキッカケともなる、オンリョウ事件の原因の一端を担っていた。

原因がこの大型シャドウであるのは、大型シャドウを倒した後に、意識不明となっていた学生たちが意識を取り戻したことからも間違いはないだろう……大型シャドウは精神の捕食を行ったのだ。

いや、より正確には、人間の中に存在するシャドウの解放だろうか……陽介の時のアレが、完全に特殊な事例というわけでなければ、そういうことになる。

 

「……」

 

ともかく、大型シャドウの目的は破壊ではなく、捕食……そう考えれば、それぞれの狩場や巣を傷つけないように、大型シャドウ自身が準タルタロス空間を創り出しているということも考えられるのではないだろうか。

そして――。

 

「(大型シャドウが準タルタロス空間を創り出しているとするなら……仮にタルタロスを創り出した存在がいた場合、それは、確実に大型シャドウ以上の力を持った存在ということにならないか……?)」

 

その考えに悠の心が少し冷える。

シャドウの王、魔王、神……子供みたいな想像ではあるが、こんな非日常の中での出来事だ、本当にそういう存在がいる可能性はある。

だとしたらそれが自分たちの真なる敵なのだろうか……。

 

「――鳴上くん、考え事? 集中して」

「ああ、わかってる」

 

まだ、情報が足りない……。

突入前にメンバーの調子を確認した湊に諌められたこともあり、悠は考察を中断すると思考をこれからの大型シャドウとの戦闘へと戻した。

 

 

『敵、個体名は“ハイエロファント”。アルカナは“法王”。電撃は反射されるみたいです。光と闇も無効化されます。それ以外の属性で攻撃してください!』

 

その大型シャドウは、でっぷりと太った男が女性をモチーフにした椅子に座るという姿をしていて、アルカナが“法王”な上に、そういうホテルに居るからというイメージもあるかもしれないが、教義を忘れ堕落した法王、そんな風に見えた。

 

 

戦いが始まって、悠たちが共通して感じたことは、この大型シャドウはあまり強くなさそうだというものだった。

三つの属性に耐性を持ち、バステも通じず、ゆかりには弱点となる電撃属性を使ってくるが、それでも力押しが通じる相手、そういう印象を持った。

 

実際、それは間違いではない。

悠たちがこれまでにタルタロスで得た経験は、ハイエロファントを圧倒できるレベルに達していた。

 

だが、それでも敵は大型シャドウなのだ。

普通ではない。

そういった僅かな緩みが戦況を一変させることはままある。

 

“滅亡の予言”。

 

ハイエロファントが使った、全体に“恐怖”を与えるそのスキルが、彼らにいずれ訪れる“終わり”を垣間見せる……。

 

 

 

 

 

『勝て……ない……』

 

“それ”を前にして悠は膝を屈した。

悠だけじゃない。

誰もが悠と同じように“それ”の発する圧力に這い蹲っている。

絶対に無理だ。

あんなの勝てるわけがない。

心も身体も、自分を形作る全てがそう言っている気がした。

やっぱりどこか甘く見ていたんだと思う。

何でも出来る気になっていたのかもしれない。

 

だってそうだろう。

それはすでに彼らが乗り越えた過去の出来事で、その結末を少し変えるためだけに自分がこの場所に来たというのなら、当然それは自分の力を加えるだけで出来ることなのだと思うだろう。

 

だけどそうじゃないのだと思い知らされる。

戦う戦わないの話ですらない。

 

『(俺が間違っていたのか? 不老不死でも何でもない俺たちは、最初から“それ”に――“死”という存在に敗北していることなんてわかりきっていたじゃないか……!)』

 

本当はもうダメだと諦めたかった。

真実を知ろうが、あるいは知ったからこそ、どうしようもないことというのが現実には確かに存在していた。

でも、諦めたら喪ってしまう。

それがわかっていたから、ここで意識を手放してしまうことはできなかった。

 

『無理しなくていい。キミが助けようと思ってくれたことは嬉しかった。でも、やっぱりこれは僕が――いや、俺がやるべきことなんだ』

 

『(誰、だ……?)』

 

不意に声が聞こえて、何とか視線を向ける。

悠たちに対して背中を向けた少年が、“それ”が待つ 空へと向かって、ふわりと浮かび上がる。

 

『行かないで……!』

 

誰かが叫んだ。

声は悲痛に満ちている。

直感でわかる。

 

“彼”は死ぬ……そしてそれはどうしようもない結末なんだと。

 

無力さが全身を覆う。

その状況にあって、“恐怖”が心から消えない。

自分が培った勇気なんてその程度のものだったのだろうか。

 

少年が人差し指を伸ばす。

 

『!』

 

誰だかわからない少年の姿に、悠もよく知る少女の姿がダブって見えた。

 

消える――……。

 

そう感じた瞬間、“恐怖”という闇の中に、わずかに火が灯った。

 

戦う戦わないの話ですらないなんて誰が決めたのか。

自分はまだ戦ってすらいないというのに。

少女と過ごした日常が駆け巡る。

 

『お、ぉおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!』

 

闇が斬り払われる。

“絆”が“恐怖”を燃やし尽くしていく。

 

少年と少女が、それを感じて振り返った気がした――。

 

 

 

 

 

――悠の目に今の敵の姿が映る。

ハイエロファント。

もう緩みはない。“恐怖”も。

 

横目に湊たちの復帰が映り、風花の通信も耳に入る。

 

先ほど見た光景はもう少ししか覚えていない。

ただ、その結末を迎えてはいけないことだけは心で理解した。

 

「イザナギ!」

 

電撃が効かないことはわかっている。

それでも、今はイザナギだと、なぜだかそういう思いがあった。

イザナギと同時にコンビネーションで攻める。

 

「続くよ!」

 

湊たちも悠に続いて追撃を仕掛ける。

元々力量の差はハッキリしていた相手だ。

そうやって攻勢に転じることが出来ればすぐだった。

 

>悠たちは大型シャドウ、ハイエロファントを倒した……。

 

>…………!?

 

そして再び“心”を試される。

だけど今度は――。

 

 

…………。

 

……。

 

…。

 

 

ふと。

気がつくと、悠は聳える壁を前に立ち尽くしていた。

壁は無数のブロックで構成されており、それらは例えばジェンガのように、引き抜いて別の場所に移したりできるらしい。

それを足場に、羊型の悪魔たちが壁の頂上を目指して進んでいる。

よくわからないが、悠もそうしなければならないようだ。

どうであれ、立ち尽くしていても仕方がない。

 

 

体感型のパズルゲームみたいな状況を乗り越え、悠は壁の頂上へと立つことに成功した。

そこには部屋がひとつだけあって。

悠は扉を開きその中に入った。

部屋は懺悔室のような装いになっていた。

 

悠が部屋の中に備え付けられていた椅子に座ると、中空に質問が文字として浮きあがった。

 

 

>好きなのはどっち?

 

【P3の女性陣】【P4の女性陣】

 

 

じゃんっと二本の紐が空から垂れてきた。

どちらかを引いて質問に答えろと言うことらしい。

左の紐ならP3、右の紐ならP4ということのようだ。

 

これは…………

       …………究極の選択だ。

 

単語の意味はわからないが、問われている内容は察してしまった。

つまり、現在の仲間と、かつて――あるいは未来の仲間とどちらが大切かという質問だ。

 

「違うでしょ、鳴上くん」

 

悠が答えについて悩んでいると、懺悔室の四方の壁が、パカッとドッキリのセットか何かのように倒れ、暗闇に包まれた空間にスポットライトが当たる。

ライトに照らされているのは、懺悔の椅子に座っている悠と、それぞれ左右の空間に現れた見覚えのある女性陣である。

 

「どちらが大切か……じゃなくて。どちらが好きか。ハッキリ言っちゃうと、この中の誰を選ぶのってこと」

 

声の主は湊だ。

 

「鳴上くんが良い人だってのは知ってるよ。前の仲間との絆だって大切だよね。でも現在はどうなの? 一緒にいるのは私たちだし、それは私たちを選んだってことじゃないの?」

 

P3の女性陣を代表して湊が悠に問いかけてくる。

 

「違うっつーの。鳴上くんは頼まれたから助っ人に行っただけ。本当はあたしらと一緒にいたいに決まってるじゃん」

 

ちょーっと待ったとばかりに、P4の女性陣から千枝が右手を伸ばして割り込んだ。

 

「あたしらっていうか、先輩は私と一緒にいたいんですよね? ねー、先輩」

「ちょっと、りせちゃん。ここ、抜け駆けする場面じゃないから」

「えーでもぉ、あの人だって、この中の誰を選ぶのかって言ってたじゃないですか。もういっそ、誰が一番か決めてもらった方が早くありません? どうせ、私が勝つに決まってますもん」

「何なのその自信……」

「だって、アイドルですし」

「ゆ、有名人が有利だと言うなら、僕だって探偵王子としての知名度があります」

「確かに直斗くんは色々と手強い気がするけどぉ。王子って別に有利な要素じゃないでしょ」

「うっ……」

「わ、私は女子高生女将だよ!」

「それって、先輩に旅館を継がせるってことですか? 先輩はそういうのじゃないと思うなあ」

「そ、それはりせちゃんの考えであって、鳴上くんがどう思うかは別でしょう」

「まあまあ、だったらここはいっそ、間を取ってあたしと警察官になるって言うのがいいんじゃないかなー……なんて」

 

「「それはない」」

 

「なんでさー! 鳴上くんが警察官っていいじゃん。将来的には堂島さんみたいな感じで想像できるでしょー」

「千枝。鳴上くんと堂島さんは違うから」

「スゴイ冷静に言われた!!?」

 

「――とまあ、鳴上くんはこういうノリに疲れたから都会に戻ってきたんですよね?」

「風花、黒! ……でも、そうだよね。もう攻略済みならどうでもいいじゃん。今度は私たちと絆を築いて、そのままゴールインしちゃえば」

「その通りだ、鳴上。君と彼女たちのあれこれはもはや終わった物語にすぎない。そして、君か、あるいは彼女たちは、そのただ一人になることは叶わなかった。チャンスを逃したのだ。私たちならばそんなミスは決して犯さない」

 

「一撃で仕留めるであります!」

 

「誰!!?」

「今はまだ秘密ですが、P3のメインヒロインという大役を仰せつかっています」

「ちょっと待って! メインヒロインは私じゃないの? コミュも恋人のアルカナだし、最初から仲間だし、回復役だし、完全にメインヒロインでしょ?」

「負けヒロインですね」

「ちょっ、風花! こっちにまで毒吐かない!」

 

悠は目の前で繰り広げられる女の戦いに圧倒されていた。

左か右か、右か左か、P3かP4か。

 

答えが出せないままに時間だけが過ぎていく……。

 

 

「答えが出せないってことは、どちらでもないってこと。あんたたちの時代はもう終わりってことよ!!!」

 

バンッと左右のどちらでもない、真ん中、悠の正面の空間に、新たな選択肢が紐と共に現れ、スポットライトが突然現れた彼女たちを照らす。

 

 

【P5の女性陣】

 

 

個性的な怪盗服に身を包み、素顔を隠した仮面の集団。

悠の記憶の中に完全に存在しない誰かが、新たに現れた選択肢についての主張を始める。

 

「時代は常に先に進んでいるの。悲劇ぶった過去の救済なんて終わりにして、私たちと怪盗ライフを始めれば万事解決よ!」

「そうね。たとえ人気アイドルだって私たちの知名度には勝てないわ」

「つーか探偵王子も二代目いるしな。初代はその仲間と一緒にお役御免ってことで」

「あなたの力。きっと私たちのところでも活かせるはず。私たちがまだ到達していない真実だって、あなたなら白日の下に曝け出せるかもしれないわ」

 

 

「――で。結局どれを選ぶの?」

 

いつの間にか悠の後ろに回り込んでいた湊が、椅子の背もたれに手を掛け、耳元で囁く。

 

「俺は……」

 

 

※現在の状態

 

 

【P3の女性陣】【P5の女性陣】【P4の女性陣】

 

 

         【YOU】

          【湊】

 

 

()()()なら、だれを選びますか……?

 

 

 

 

 

 

「――る上くん! 鳴上くん! おーい、鳴上くんってば!」

「あ、有里?」

「あっ、よかった! やっと気がついた。って言っても私もさっき気がついたばかりなんだけど」

「夢……だったのか?」

「うーん。精神攻撃ってやつかな。大型シャドウ、倒したつもりだったけど、倒せてなかったみたい。私ももう少しで鳴上くんを押し倒しちゃうところだったよ。あはは、危ない危ない」

「え?」

 

見ると湊の頬はほんのり上気しているようにも見える。

というか、シャンプーか何かの良い香りがする。

そしてここは、大型シャドウの反応があったラブホテルの一室……。

 

「ってか、鳴上くんもハダケ過ぎだから。とっととシャツのボタン止めなよ」

「あ、ああ……すまない」

「別に謝らなくてもいいけどね。ギリギリで何もなかったから。――ねえ、風花」

 

『え、あ、はい!』

 

「……何でちょっと慌ててるの?」

『え、その、ちょっとゆかりちゃんと桐条先輩が……じゃなくて! な、なんでもありません!』

「そこまで言ったら何でもなくないと思うけど」

「大変みたいだな」

「そうだね。――さ、じゃあ、本当に取り返しがつかないことになっちゃう前に二人と合流しようか」

「ああ、行こう」

 

その部屋から廊下に出て、風花の指示に従って、しばらく進むと、何やら微妙な雰囲気になっているゆかりと美鶴の二人の姿を見つけた。

 

「よかった。そっちは大丈夫だったのか?」

「な! 何も! べ、別に何もなかったわよ! ねえ、桐条先輩!」

「あっ、ああ……そうだな。何もなかったとも」

 

悠の気遣いに対して、何とかその状況を自力で抜け出したはずの二人が、これは完全に何かがあったのではと思わせる過剰な反応を見せる。

全てを知っているであろう風花も無言だ。

ついでに、二人の衣服に若干の乱れが見えているのもよくない。

 

「キスでもしたの?」

「し、してないから!」

 

湊のド直球な質問が飛び、ゆかりがパタパタと手を振った。

関係のない悠も、どうにも気が気ではない。

もし本当にしていたとして、それを告白されてもどうしようもないからだ。

そもそも、今はそんな状況ではないだろう。

倒し損ねたらしい大型シャドウを倒さなくてはならない。

 

にしてもと、悠は考える。

 

「(手応えは確かにあった……。本当に倒し損ねたのだろうか。再生能力を持つとか、分身だったとか、何かしらのトリックがあったのかもしれないな……まずはそれを見極めなくては)」

 

そう、ゆかりと美鶴のあれやこれやなどではなく、だ。

 

『あれ、この反応……あ! すみません。今わかりました。この大型シャドウは先程のとは別の個体です!』

「別?」

「なるほど……。先程の大型シャドウは倒せていなかったのではなく、先月のように、大型シャドウは初めから二体いたということか」

『そうなります……。すみません。もう一体いるなんて予想してなかったです。どうやらみんなを“悩殺”状態にしたのも、その二体目の大型シャドウの能力のようです』

「とにかくそいつを倒せばいいってことでしょ」

『はい。また大型シャドウとの戦闘になりそうですが、大丈夫ですか? 順平くんと真田先輩も控えています。無理はしないでください』

 

精神的なダメージを除けば、全員まだ充分な余力があった。

そう言えるだけの実戦を越えて来ている。

 

『もう一体の大型シャドウの本体は、先程と同じ部屋にいるようですが、入り口に結界が張られており、今のままでは手出しが出来ないみたいです』

「結界?」

『タルタロスの行き止まりのようなものですけど……ちょっと待ってください。ええと…………分かりました“鏡”です!』

「“鏡”……?」

『このホテルにある“鏡”のいくつかから本体と同じ反応が感じられます! 多分この“鏡”を壊せば結界が解けるはずです』

 

どういう原理かはわからないが、風花がそう言うのならそうなのだろう。

ナビを信じられなければ探索は進められない。

 

「“鏡”……そういえば、探索してる時になんか変に思ったような気がするかも。何でそう思ったんだっけ……」

「そうなのか? 室内が暗かったし、そこまで気が回らなかったな。有里に鳴上、君たちはどうだ?」

「いえ、俺もそこまでは……。シャドウとか分かりやすいものを警戒していたので」

「私もそんな感じだったけど……とりあえず見て回れば分かりますよ。ここも、戦う意志さえあれば、決着がつくまで影時間が終わらない感じですけど、もうだいぶ時間が経ってるし、一気に見て回りましょう」

「そうだな」

 

影時間になって、白河通りまで移動し、ホテルを探索し、大型シャドウと戦い、精神攻撃を受ける……確かに本来であれば1時間は経って、影時間が終わっている頃合いだ。

それでもこうして続いてるのは、タルタロスのように、戦う意志が消えていないから……。

 

「(大型シャドウも外敵である俺たちと決着をつけたがっているのか? まさか倒されたいと思っているわけでもないだろうし、結界を張っているとはいえ、それは俺たちを消耗させるための時間稼ぎだろう……。逃げる気ならとっくに逃げてるよな……?)」

 

そんなことを考えながらも、もう一度ホテル内を探索して回ると、自分たちの姿が映らない鏡があることに気づいた。

ゆかりが引っ掛かっていたのも、探索してる時に微妙な気持ちになって、視線を逸らした時とかに、自分が映っていなかったのをうっすらと認識していたかららしい。

悠たちは湊の指示のもと、手分けしてその鏡を割っていく。

 

そして再び、先の大型シャドウが居た三階の、ちょっと他よりも豪華っぽい部屋の前に戻ってきた。

 

『この先に本体がいます! 大丈夫ですか?』

 

「大丈夫」

 

湊が悠たちの状態を見てから頷く。

 

『先程も言いましたが、大型シャドウの“悩殺”攻撃には注意してください』

 

「うん。――じゃあ、行くよ!」

「安心して、風花。相手が何をしてくるかわかってるのに喰らったりなんて――はうっ!!?」

 

「「落ちたーーー!!?」」

 

湊が扉を開けて、戦闘状態に突入するとほぼ同時に、二体目の大型シャドウ“恋愛”のアルカナに属する“ラヴァーズ”が放った“エンジェルアロー”――ハートの矢が、何やら頼もしげなことを言っていたゆかりにさくっと刺さる。

 

『はぁ。ゆかりちゃん、“悩殺”されてます……。注意してください……!』

 

お約束とも言える展開に、溜息を吐きながらも、風花の注意を促す声が通信で聴こえてくる。

ちなみに、ラヴァーズは“恋愛”のアルカナに属しているということがわかりやすい、ハートに羽根が生えたような姿をした大型シャドウだった。

その身体は羽根の部分が流動し、触手状に、そして鞭のように打ち付けることが出来る構造になっていて、それがこの大型シャドウの基本となる物理攻撃のようだ。

 

「た、岳羽しっかりしろ! 意志を強く持つんだ!」

 

美鶴の叱咤にもゆかりの反応はない。

とろんとした虚ろな目で、ふらふらとしている。

 

「とにかく回復を――」

『あっ、待ってください! 敵大型シャドウの反応を見るに、戦闘中、一定の時間毎に“悩殺”スキルを使ってくるみたいです。基本的に対象は一人のようですが、一連の流れを見ても、非常に防ぎづらいと思います。それを考慮に入れて作戦を立ててください』

 

先程まで全員が“悩殺”されていたことに加えて、今回またあっさりと“悩殺”されたゆかりの姿を見れば、風花の言葉はもっともだ。

 

「え、それって、回復に時間を使うより、ゆかりを囮として放置してた方がいいんじゃないの。私“悩殺”されたくないもの」

 

ヒュン――と湊の頬を矢が掠める。

ついさきほどまでふらふらとしていたゆかりが、風花の忠告にそんな正直な感想を漏らした湊に対して反応したのか、明確に湊を標的として弓を構えている。

一筋の血が流れて、湊は一瞬の間を置いた後、脱兎の如くその場から逃げ出した。

 

「ゴメン、ゴメンってゆかり! 冗談! いつものジョーダンだから!」

 

必死に謝る湊だが、どうやらその“いつもの”というワードは逆効果だったようで、意識がないなりに“いつも”やられていることを思い出したのか、ゆかりの矢の勢いが激しくなる。

 

怒怒怒怒怒――ッ!!!

 

と、傍目には、まるで流星群のような矢の大群が乱れ飛んでいる。

 

「鳴上、こうなれば有里が岳羽を引きつけている間に、我々で大型シャドウを仕留めるぞ!」

「了解です」

 

その状況でも、冷静さを持った美鶴の判断に、悠も頷く。

二人で大型シャドウを相手にするというのはかなり辛いが、幸いというか相手は搦め手、精神攻撃を得意とするタイプのようだ。

その搦め手の最大脅威がゆかりに向いている以上、二人でも戦えないということはないだろう。

ラヴァーズは搦め手以外では、火炎スキルを使ってくるようなので、悠はペルソナを火炎を無効化できる“カハク”にして、まずは美鶴に“ラクカジャ”をかけて防御能力を上昇させた。

美鶴もそれを受けて、ペンテシレアと共にラヴァーズへと挑む。

 

「ちょっ、ちょっとぉ! まずはリーダーの私を助けるべきでしょー! わーーーっ!!? ズル、インチキ! なんでゆかりの弓は矢が尽きないのー!!!」

 

そんなことをしている間にも逃げ回っている湊の今更なツッコミ……それの答えは当然だがペルソナの恩恵であった。

ペルソナ使いが使う武器は、ペルソナ使いがパラメーターの補正を受けて超人化するのと同じように、特殊な強化が為される。

剣や刀ならそう簡単には折れなくなるし、ゆかりのように弓なら、矢が手元に戻って来たり、そもそもスキルのように、光の矢みたいなものを作り出して放つことが出来た。

その為、極論を言ってしまうと、ペルソナ使いは玩具でも戦えるのである。

ただ自分たちが“そういうもの”だと認識すればいい。

そうすれば、心の力であるところのペルソナが“そういうもの”なのだと世界に認知させる。

実際これまでにも、湊がラクロススティックで戦っていたり、ゆかりがまんま おもちゃの弓をびよんびよんしていたのが、それを示している。

 

「っ!」

 

激闘が続く……だが、どちらかというと、大型シャドウがどうこうと言うより、湊VSゆかりの戦闘が激しさを増していた。

 

「鳴上くん! 手、手だして!」

「手?」

 

薙刀を回転させて器用にゆかりの矢を切り落としていた湊が、連撃の隙間をついて、悠へと向かって凄い勢いで走ってくる。

悠はその勢いに押されて、刀を持っていない左手をパッと出してしまった。

 

「はい、ターッチ!」

「え?」

 

勢いそのままに悠の横を駆け抜けた湊が、パァンと自分の手を悠のそれに合わせ、そのまま彼方へと逃げる。

 

「ほら、タッチ! タッチしたから! ゆかり、次狙うのはあっち! あっちだよ! わかる? あっち!」

「……え?」

 

悠がツッコミを入れる間もなく、実際にゆかりの標的が悠へと移った。

いい加減湊との追いかけっこが嫌になっていたのかもしれない。

 

「そうなるのか……!」

 

悠は湊に恨めしげな視線を向ける。

対する湊は「頑張ってー」と満面の笑顔を浮かべて手を振った後、真剣な表情でとっととラヴァーズと対峙してしまった。

 

「……」

 

そして悠はラヴァーズから一転して、ゆかりと向かい合うことに。

 

「くそっ……!」

 

ゆかりの矢を半身、切り払いなどで躱していくが、なるほど、これは辛い。

それに仲間を相手に本気で戦うことはできない。

そこで悠の頭に浮かんだのは、かなり姑息な戦法――イザナギハメであった。

 

この戦法を例えば――そう、あくまで、例えば格闘ゲームで現すとしたら、□ボタンのコンボから、○ボタン連打でイザナギを呼び出し続け、パーフェクト、更には2戦目にバーストからの超必殺で完全勝利を収めるという……。

対人戦闘では、まず決まらないだろうが、もし決まってしまったら、それなりの仲の友人が相手でもガチ切れされ、リアルファイト必至の初心者殺し技と説明できるだろう。

 

まあ、実際には――。

 

「(電撃が弱点の岳羽をイザナギで一気に押さえ込む……!)」

 

程度の考えであったのだが、実際やってることはだいたい同じだから、例えは決して間違ってはいない。

だが、問題は、当のゆかりにはイザナギハメが効き辛いということであった。

 

「くっ……イザナギより、岳羽の矢の方が速いか……!」

 

湊が反則と言うのも頷けると、ほとんど途切れることのない矢の雨を前に、イザナギが防戦状態に陥る。

悠はそれを見て、その射線上からまずは自分が離れて、次にイザナギを消すと、すぐに別のペルソナ――タケミカヅチを喚び出した。

 

「!」

 

イザナギという目標を失った矢は、今はもう誰もいない明後日の方向へと飛び去り、横合いからのタケミカヅチの突進にゆかりの行動が阻害される。

悠のタケミカヅチは湊に遅れて、シャッフルタイムで入手したものであるが、なぜか古代人的な見た目の、その胸の部分にドクロの刺繍的なものが入っており、しかもやたらと物理に特化していた。

それもあって間合いを詰められると、相手からすればかなり厄介に思うはずであった。

それに一応ゆかりの弱点である電撃スキルも使える。

 

『鳴上くん、もう少し……タイミングを合わせてください! 湊ちゃんが総攻撃での決着を狙っています!』

 

なるほど――と悠は、タケミカヅチのおかげもあって、少し余裕のできた頭の中で“悩殺”を解除できる“チャームディ”を持つペルソナを準備する。

 

『――今です!』

 

どこかの軍師のような、ナビの合図に、悠はゆかりの“悩殺”を解除すると、その足でラヴァーズへの総攻撃に加わる。

“悩殺”を解除されたゆかりも、状況の把握に一瞬戸惑った様子を見せたものの、総攻撃をしてるということはわかったようで、少し遅れてそれに加わった。

それでも無意識の激情か、いつもより攻撃は激しい。

いや、そもそも今のことは覚えていなくても、その前にも“悩殺”でかなり恥ずかしい目に遭わされているのだ。

その激情は当然であった。

そして――。

 

>悠たちは大型シャドウ、ラヴァーズを倒した……。

 

「今度こそ終わりー!」

 

湊がラヴァーズが霧散していくのを見て、はーっと息を吐く。

 

「なんかあっさりだったね」

 

「「「…………」」」

 

「ちょっ、何よみんなしてその反応……」

 

そりゃあゆかりはいきなり“悩殺”されて、最後の総攻撃に参加しただけだし……と、言わないのはせめてもの優しさ。

ではなく、キレたゆかりの厄介さをその身で体験した防衛本能からなるものである。

 

「ううんいいの。ゆかりはもう何も気にしないでゆっくり休んで」

「……湊が優しいと何か不安になるんだけど」

「大丈夫だ。岳羽。何もなかった。いいな。何もなかったんだ」

「はあ……」

 

美鶴にも念押しされて、悠に視線を向けるゆかり。

悠はただ、そっとしておくことによってその場を逃れた。

 

とにもかくにも、7月の満月の夜。

五体目と六体目の大型シャドウの討伐に成功したS.E.E.S。

 

>また、ひとつ厳しい戦いをくぐり抜けた。

>仲間同士の信頼感が高まった気がする……。

 

>増え続けていた“影人間”も、これでまた減ることだろう……。

 

 

 

 

 

だけど、彼らはまだ知らない。

そんな彼らの人知れず行われているはずの戦いを、向かいのビルの屋上から観察していた人間が居たことを……。

 

――……影時間が終わる。

 

 

2009年7月8日(水)

 

元気のないネコを保護。(動物王国コミュ2?)。

 

 

2009年7月9日(木)

 

タルタロス、無骨の庭ヤバザ・前半が開放される。

 

 

2009年7月10日(金)

 

湊がクエストのネコを探すが見つからない。

犯人は鳴上悠。

 

 

「ネコがいなくて……」

「ネコ?」

 

「「…………」」

 

悠の腕の中でなぅーと鳴くネコの姿に無言になる二人。

 

「……ちなみにだけど、そのネコってどこで保護したの?」

「ポートアイランド駅の駅前広場の外れだな」

 

「「…………」」

 

「鳴上くんのせいかーーーっ!!?」

 

 

湊の怒りもなんとか治まって、話題は当たり前のように悠が保護したネコのことに。

 

「それで、この子ってどうするの? このまま飼うの?」

「別にそれでもいいが……」

「じゃあさ。名前決めようよ!」

「名前……何か候補はあるのか?」

「そうだなー。ネコでしょー? ソラ、モモ、レオ、タマ、クロ、コタロウ、ポチ……あ、ピーンと来た! モルガナってのはどう?」

「にゃー」

「ん」

「あっ、気に入った? いま反応したよね? よーし、今日からキミの名前はモルガナに決定!」

 

 

 

 

 

2009年7月11日(土)

 

ゆかりと風花が得た情報から、美鶴や幾月に事情を聞く。

 

 

 

 

 

-夜-【巌戸台分寮作戦室】

 

幾月と仲間全員が揃ったので、美鶴から、ホテルでの戦いの報告があった。

 

そして報告も終わり……聞く立場であった幾月が口を開こうとしたところで、ゆかりが待ったを掛けた。

 

「……あの、この際なんで桐条先輩に訊きたいことがあります」

「私に?」

「私だけじゃないと思うけど、ここに来てからビックリの連続で……。私……少し流されてきた気がするし、だから、この際、はっきりさせたいんです」

 

ここ最近、ゆかりが風花に頼んで、何か調べ物をしているのは悠も知っていた。

その上でハッキリさせたいこととは何だろうか。

 

「ズバリ訊きますけど……先輩、私たちにまだ何か大事なこと言ってないんじゃないですか? 例えば“影時間”や“タルタロス”のこと、分かんないみたいに言ってましたけど……あれって10年前の“事故”と関係あるんじゃないですか?」

「10年前のジコ?」

 

順平は何の話だときょとんとするが、悠にはその話に心当たりがあった。

前にゆかりが話してくれた、ゆかりの父親が巻き込まれたという事故のことだろう。

普段は抑えていても、それがゆかりの戦う理由として、根幹にある以上、キッカケがあれば噴出してくる。

それが今日このタイミングだったという話だ。

 

「10年前、学園の周りであった爆発事故でたくさん人が死んだって話……幸い生徒は無事だったみたいですけど、何かヘン。同じ頃、一度に何十人もの生徒が不登校になっているんです」

「それの何が変なんだ? ジコがあったから、ビビって休んだとかそういう話だろ?」

「そ。建前ではそうなってる。でも、実際は違う。不登校なんて記録だけで、実際には急に倒れて入院したって。これ、似てますよね。風花の時に意識不明になった人たちと」

 

少なくとも、風花の時の原因はシャドウだった。

なら、10年前にもシャドウが現れていたのだろうか、そしてその事故の原因も?

しかし、その割には風花の時の対応は後手に回っている。

 

「ちゃんと説明してください! 学園は桐条グループが建てたんだから、桐条先輩は知ってるはずでしょ! 私、ホントのことが知りたいんです!」

 

「……隠してる訳じゃない。必要のないことは告げていないというだけだ。しかし……」

 

静観していた幾月が仕方ないさと後押しをする。

 

「分かった。全て話そう……」

 

美鶴は一呼吸置いた。

そして、自分の知る事柄を話し始める。

 

「シャドウにはいくつも不思議な能力があるのは君たちも知っての通りだと思うが、研究によれば、それは時間や空間にさえ干渉するものらしい……」

 

時間に空間……影時間のことを考えればそれはよく分かる。

その中で活動しているのだから、何かしらの関連性もあるだろう。

しかし、悠はそれ以上に何かが引っ掛かっていた。

時間や空間を越えて起こる現象……他にも何か体験したことがあるような気がする。

いや、それどころか今この場所に居ること自体が……ダメだ、その考えはなぜだかまとまらない。

とりあえず、話の続きを聞こう。

 

「私たちは敵と思っているからあまり意識しないが、もしそれを利用できるとしたら……どうだ? 何か大きな力になるかもしれないと思わないか?」

「え……?」

「大きなというか……ペルソナになるんじゃないですか? この間の陽介―― 失踪者の時がそうでした。人間の中からシャドウが現れた。つまりペルソナとシャドウは表裏一体の存在……」

 

これまでのシャドウの“捕食”と思われていた行動も、同族に呼び掛け、そして増やしている行為だと考えることもできる。

繁殖よりも直接的に、シャドウの数を増やしているのだと。

 

「それは私としても予想外の出来事だった。だが、当然可能性としては考えられることだったのかもしれない。……」

 

美鶴はそこで一度目を伏せる。

代わりに口を開こうとした明彦を軽く手で制する。

 

「……私のペルソナは後天的なものだと言うと、少し意味が違うかもしれないが。君たちのように影時間に適応してすぐに使えるようになったものではない」

「どういうことです?」

「当時は召喚器がなかったというのもあるが、実験の末に無理矢理覚醒させたようなものだと思ってくれればいい。その際に、ふと、研究者たちにとっては、自分もシャドウと同じだな、などと自嘲した覚えはある」

「実験って……」

「実験とは言っても大層なものじゃない。ちょっとデータを取られたり、タルタロスのエントランスの調査に同行したり、その程度だ。一応適性自体はあったから、色々なことから、目を逸らすことを許されなかったのさ」

「そう、ですか」

「先程の話に戻るが、今から14年前。一人の男がシャドウの力を我が物にしようと考え、実践に移した。桐条グループの先代、“桐条鴻悦”……私の祖父だ。祖父は単純にペルソナを得ようと思った訳ではなく、何か大きなものを作り出そうとしていたらしい」

「大きなもの……?」

「詳しいことはわからない。しかしそのために祖父は、研究者を集い、大量のシャドウを集め始めた」

「シャドウを集めたぁ……? 正気かよ」

「集めるってどうやってですか?」

「さあな。ただ、倒すのではなく、集めるというだけなら、乱暴な話、そのシャドウには壊せない檻でも用意して、そこに追い立てればいい」

「なるほど」

 

話を続けるぞ……と美鶴はゆかりが気になっていた事故について触れる。

 

「10年前……計画開始から4年が経ち、実験の最終段階。12にカテゴライズされ、まとめられたシャドウをひとつにしようとした時に、“暴走事故”が起こった。それこそが岳羽の言っている事故だ」

「暴走……」

「強大な、強大となりすぎたシャドウの力を抑えきれなかったのだろう。結果として、制御を失ったシャドウの力によって、後には忌まわしい痕跡が残ることになった」

「それって……」

「そう。影時間とタルタロスだ」

 

それが始まり。

 

「(つまり、影時間やタルタロスは10年前に桐条グループが生み出した……。俺たちはそれぞれで決断したとは言っても、桐条グループの後始末をさせられている形になる訳か……)」

 

自然現象からなるものではなく、人為的な発生源があるのなら、解消できなくはないかもしれないと楽観的にはなれない。

悠だけじゃなく、その事実を初めて聞いた者たちは、誰もが絶句し、自らの思考の海に沈む。

その中で口を開くのは、やはり最初に真実を求めたゆかりだ。

 

「待ってください。今の話が本当なら、なんで学園がタルタロスに? まさか実験をやった場所って」

「……そうだ。全て君の考えている通りだ。傘下にあって、人も集まり、“最も好きなようにできる”場所……おそらく、ポートアイランドは最適だったんだ。実験の場所は紛れもなく10年前の月光館学園だ」

「それ……どういうことですか……! つまり私たちはそんなことの後始末をさせられてるってことですよね? なんでそんな! 私たち騙されていたってことですか!!? 桐条先輩だけじゃない……真田先輩だって知ってたんですよね!!?」

「……ああ」

「じゃあ、なんで教えてくれなかったんです! それとも先輩は、戦いさえできれば、戦う理由なんてどうだっていいってことですか!!?」

「そんな風に言った覚えはない!」

 

確かに明彦のこれまでの言動からは、戦いたがってる、としか思えない部分は多々あった。

だけど、それはあくまで表面的な部分であって、明彦の本質ではない。

それでも明彦は痛いところを突かれたとでも言うような、バツの悪さを見せた。

 

「……黙っていたのは、確かに私の意思だ。そういった筋道よりも君たちを確実に引き入れることが大切だと思ったんだ。理不尽だろうとシャドウを倒すことができるのは私たちだけ。ペルソナ使いだけだからな。……済まなかった」

「いまさら……!」

「岳羽君。罪は“過去の大人たち”にある。そして彼らは、みんな自らの行いによって、その暴走事故で命を落とした……。今はもう、当事者は居ないんだ。謂れのない後始末なのは、みんな同じなのさ」

「でも……」

「事故から10年、その事故で消失したと思われていたシャドウたちが、どうして今になって目覚めたかは本当にわからない。でも、目覚めたってことは、見つけて倒せるということでもある。――これ、どういうことか分かるかい?」

 

「……影時間が消せる?」

 

湊の呟きに、幾月はその通り! と手を叩いた。

 

「本当なんですか!!?」

「元凶のシャドウは消失したと思っていた。でも、影時間は残っている。原因不明。だったら、もうタルタロスを探索するしかない。これがこの間までの活動方針だ」

「はい……」

「しかし、大型シャドウが現れ、その研究をして、状況は変わった。今日は実はそれを伝えようと思っていたんだ」

「それ、影時間を創り出した存在がいるなら、それを倒せばいいみたいなことスか?」

「そういうことだね。可能性はかなり高いとみている」

「じゃあ、タルタロス探索も必要ない?」

「いや……それは継続した方がいいだろう。シャドウも強くなってきているし、タルタロスの存在が大型シャドウとリンクしてるのも事実だ。あの行き止まりとかね。探索することで実戦経験を積めるし、新たにわかることもあるだろう」

 

幾月の言葉が事実なら、何もかもが手探りだったこの状態で明確なゴールが見えたことになる。

だけど、気になることがない訳でもない。

悠はそれを尋ねることにした。

 

「ひとつ良いですか?」

「何かな?」

「影時間を創り出したのはシャドウで、そのシャドウは消失したと思っていたけど、生きていたから、それを倒せば、影時間やタルタロスは消えるに違いないってのは良いんですが、そもそもシャドウは影時間の前からいたってことですか?」

「……そうなるね」

「じゃあ、影時間を消しても、その他のシャドウは消えないってことでは?」

「そうかもしれない……。しかし、影時間という境界が曖昧なものがなくなれば、そこから生まれるかもしれなかった被害は消える。今は奴らの世界への扉が開きっぱなしみたいなものだと考えればいいだろう。それを閉じるというのは充分有意義なことだ」

 

確かにそうだ。

シャドウの発生理由はわからないが、そんなことは多くの生物に当てはまるようなことでもある。

理由なんて、気にすることじゃないのだろうか……。

それでも引っ掛かっているのは、シャドウが人間から出てくるところを見たからかもしれない。

 

影時間の始まりを知って、事態は進展したようにも思えるが、美鶴たちからすればすでに知っていたことであるのも事実だ……。

 

それに、これだけでゆかりの美鶴たちへの不審が拭い去れたという訳でもないだろう。

亀裂は確かに存在している。

 

それでも終わらせ方も知ることが出来たのは大きい……これからが本当の戦いの始まりだ。

 

 

2009年7月14日(火)

 

期末テスト。

 

 

Q.カバラを経典に持つ宗教は?

 

A.ユダヤ教

 

Q.水脈探しとして発達した、探し物の自然魔術は?

 

A.ダウジング

 

 

2009年7月15日(水)

 

Q.二千円札に描かれている人物は次のうちどれか。

 

A.紫式部

 

Q.欧米でデビルフィッシュと呼ばれ、あまり食べる習慣がない生物は?

 

A.イカ

 

 

2009年7月16日(木)

 

Q.黒船で来日した外国人が、武士のマゲを恐れた理由は何か。

 

A.飛び道具が発射されると思った。

 

Q.鎌倉幕府を創設した人物は誰か。

 

A.源頼朝

 

 

2009年7月17日(金)

 

Q.コンタクトレンズの原理を発見したのは誰でしょう?

 

A.レオナルド・ダ・ヴィンチ

 

Q.夏目漱石の作品の題名を選びなさい

 

A.倫敦塔

 

 

2009年7月18日(土)

 

期末テスト、最終日。

 

 

2009年7月19日(日)

 

屋久島旅行前日、準備。

 

 

2009年7月20日(月)

 

屋久島旅行。

 

 

2009年7月21日(火)

 

屋久島旅行。

 

 

そして最後の一人として、ある意味では全勝中の悠が金髪の少女に声を掛ける。

 

「こんにちは」

「貴方は……似てる……?」

 

最初はこれまでにない反応に好感触かと思われた二人の出会い。

しかし――。

 

「す、スープレックスだと……!!?」

「えええええっ!!? 何がどうしたら声を掛けただけでそういう展開になんだよ!!? 別の意味で予想外過ぎる!!?」

 

鳴上悠……状況は分からずも金髪の少女の、抱きつかれたと勘違いする時間もないくらいに突然のスープレックスにより――ペルソナチェンジをする暇もなく撃沈。

 

「ハッ、すみません。なぜだかそうしなければいけないような気がして……。貴方は危険……危険? はたして貴方は危険なのでしょうか?」

 

俺に聞くな……きっと意識があれば悠はそう思った。

とりあえずそれに対しての答えを二人の代わりに示すのならば、特別な意味はあってないようなものである。

悠が目覚める頃には分かっていることだが、金髪の少女は湊を守ることを使命とする存在だった。

その理由は金髪の少女自身よく分かっていないようだが、そこは今はいい。

その状況で悠が意識を刈り取られた理由。

それはつまり、正しく別の意味で悠が湊を攻略できる存在であるということを、金髪の少女がなんとなく感じとったからであった。

要は湊とコミュを築いたために起きた、物理的な衝撃を伴った弊害ということになる。

 

鳴上悠よ……安らかに眠れ。

 

※推奨BGM【Never More】

 

「なるほどなー」

 

   ・

   ・

   ・

 

>鳴上悠は遅ればせながらも食いしばった!

 

「……“アイギス”?」

 

長鼻の老人の夢を見る寸前で戻ってきた悠は、順平たちに運ばれた屋敷のソファの上から身を起こしながら、金髪の少女に関する話を聞く。

 

「そう。彼女の名はアイギス。見ての通りの“機械の乙女”だ」

 

空色のワンピースを着ていた時は分からなかったが、剥き出しになった関節部は確かに機械のそれで、知る限りの知識ではそれの完成がまだ無理なはずだとは思っても、目の前にいれば信じざるを得ない。

アイギスは二足歩行で人の形をした――ロボットだった。

 

 

 

 

 

2009年7月22日(水)

 

屋久島旅行。

 

 

2009年7月23日(木)

 

屋久島旅行、最終日。

ウォーターガンによるサバイバル鬼ごっこ。

 

 

「みんな、集合!!!」

「何、急に?」

「どうしたんだ?」

 

湊の号令に、ビーチ周りで各々楽しんでいたメンバーが集合する。

 

「このままちょっと遊んで帰るのもあれなので、最後に本気の勝負をします!」

「本気のって何やるの? ビーチバレーとか?」

「遠泳はどうだ。良いトレーニングになるぞ」

「それは勘弁ッス! というか、真田先輩はもう充分過ぎるほどガチに泳いでたじゃないッスか」

 

順平の言葉どおり明彦は先程から一人、かなりガチ目なトレーニングに精を出していた。

遠泳だけでもすでに数km、それに加えて砂浜でのダッシュだとか、遊び目的の面々からすると、この人は将来的に何を目指しているんだろうと、本気で思ってしまうようなメニューを一人で黙々と熟していた。

いつ「俺より強い奴に会いに行く」とか言って武者修行をしに行っても、割とすんなり受け入れられそうな状態だ。

 

「アイギス。礼の物を」

「了解であります」

 

まあそんな明彦の将来はともかくとして、湊はすでに打ち解けたらしいアイギスに合図を送り、どさどさと山盛りのそれを用意する。

 

「水鉄砲?」

 

確かにそれは水鉄砲であった。

100円ショップで売ってそうな安物から、電動式の結構本格的な物、さらには消防に使うポータブルCAFS的な――これは本当に水鉄砲と言っていいのかという物まである。

 

「そう! ウォーターガンによるサバイバルゲーム! これで勝負よ!」

 

湊はそれらを前にして満面の笑みを浮かべると、高らかにそんな宣言をした。

 

「サバイバルゲームって……ただの水鉄砲遊びじゃないの?」

「もちろん! これで撃たれたら――死にます」

 

「「「「!?」」」」

 

「社会的に」

 

「「「「社会的に!!?」」」」

 

湊の言葉に反応が良い悠たち二年生組が声を揃える。

美鶴と明彦は先輩の余裕なのか、静観の姿勢だ。

 

「というのも、このウォーターガンの中に入ってる水はただの水ではなく、桐条グループが総力を挙げて開発した、衣類だけが溶ける水だからです」

 

「「「「!?」」」」

 

「ちょっ、嘘でしょ!!?」

「うん、嘘」

「嘘かよ!!! ちょっと期待しちまったじゃねーかよ!!!」

 

順平が大袈裟に手を振って、残念さをアピールしている。

桐条の名前を使われた美鶴は「当たり前だ」と呆れ混じりの溜息を吐いた。

 

「まあ、水着の上に白シャツを着れば、透けるかもしれないけど」

「よっしゃあ!!! オレはやるぜーーー!!!」

「順平、あんた……」

 

この中で一番の被害者になる予感が、すでにひしひしとしているゆかりが険悪な目つきになるが、いつだって湊はそんなことでは止まらない。

 

「うんうん。シャツが透けるかはともかく、撃たれた人は罰ゲームだから。みんな本気でやってね」

「ば、罰ゲーム……湊が言うと絶対嫌なやつじゃんそれー」

 

加えて罰ゲームまで存在するという言葉に、ゆかりは味方になってくれそうな人物を探すが、どうにも居ない。

風花ですら、普段できない遊びに、ちょっと面白そうと思っているように見えた。

 

「サバイバルゲームか。好意的に見れば、ペルソナ能力なしでの俺たちの戦闘判断力を試すにはうってつけの場かもしれないな」

「そう! 私もそれが言いたかったの! さすが真田先輩!」

 

「……絶対その場のノリで言ってるよね、あれ」

 

諦めたようにゆかりが愚痴る。

とりあえず、遠泳させられるよりはマシかと、何とか自分を納得させようとしているようだ。

 

「それで、そのサバイバルゲームとか言うのはルールはどうなってる?」

 

「チーム戦とかでもいいんですけど、それだと乱戦時の判定とか難しくなっちゃうんで、今回は私が鬼の鬼ごっこルールでやります。とは言っても撃たれたらリタイアで、みんなは制限時間内を逃げ切るか、その時間内に私を倒せば勝ちっていうルールです」

 

「何? 有里一人で俺たち全員と戦う気か?」

「そうです。代わりに私は水の補給自由で装備も最初から最強! みんなは初期装備の水鉄砲以外は、エリア内で装備を見つけることで、最強装備の私とも戦えるようになっていくって感じで」

 

そう言って湊は水のタンクに繋がれたポータブルCAFS的な水鉄砲をその手に持った。

それがどんなものかと一応見た目の補足説明しておくと、要はサブマシンガンに水のタンクを付けたような代物だ。

まあ、これはあくまで水鉄砲なので、ポータブルCAFS的な見た目の代物であって、本当にCAFS泡が出る物ではなく、水の補充が出来るサブマシンガン的なものだと思えばいいだろう。

 

「あと、これとこれもっと」

 

ついでにと湊は普通の拳銃型の水鉄砲二つと、アイギスが持ってきた警察の機動隊が持つような透明のライオットシールドも装備する。

これで予備装備含めて防御も完璧だということらしい。

 

「なるほどな……。だが、初期装備でもお前を倒せば勝ちは勝ちなんだろう?」

「そうですけど。それ、完全に死亡フラグですよ。最初は素直に私から逃げながら装備を集めた方がいいです」

 

確かに100円ショップの水鉄砲で挑むには無謀と言える装備だろう。

難点を挙げるなら、水のタンクと合わせて10kg以上の重量があることか。

ペルソナ補正が無しだというなら、装備は強力でも、湊本来の機動力はあまり活かせないに違いない。

そこに勝機があるかどうか。

 

「ちなみに、ラスト5分になったら、無敵キャラのアイギスを投入します! なので、最後まで逃げたり隠れたりするよりは、それまでに装備を揃えて、私に挑んできた方がいいです」

「無敵?」

「メインの鬼はあくまで私だから。アイギスには水を当てても、10秒間動きが止まるだけ」

「10秒か……。なかなか厳しいな」

「でも、結局水鉄砲だしよ。いくら敵が湊で最強装備で固めてるとか言っても全員で囲んじまえば瞬殺できるんじゃねーの」

「うーん。そうかもねー。だけど、スタート地点はバラバラにする予定だし……あ、そうだ! それなら、みんなの中に一人裏切り者がいるって設定にしよっか」

 

順平の言葉に考える様子を見せた湊は、これは名案と手を叩いて新たなルールを追加提案した。

 

「裏切り者?」

 

「……裏切り者ってことは、最初は5人対2人の勝負になるってことか。そして鬼側の1人は裏切り者……ステルスだから、味方にも気をつけてないと背後から撃たれる可能性があると」

 

「そゆこと。それでステルスが発覚して撃ち合いとかになった場合は、私だけじゃなくてステルスもちゃんと倒さないとダメって感じで。時間切れなら関係ないけどね」

 

「なんかややこしいルールだね。メンドくさそう」

「そうかな。結構面白そうって思ったけど」

「風花って意外とこういうの好きだったりするの?」

 

「というか、ただの撃ち合いだとみんなに勝てないと思うから。どっちになるにしても作戦が入る余地があった方がいいかなって。みんなと合流できれば湊ちゃんが相手でも勝てると思うし、ステルスならステルスで色々やりようがあると思うから」

 

「探り合いなら本領発揮だもんね……。私は苦手かなー。みんなよりは遠くから動く的を狙うのにも慣れてるかもしれないけど」

 

ゆかりは適当な水鉄砲を手に取って、軽く撃つマネをして見せる。

とは言っても、拳銃型の水鉄砲の射程では、到底ゆかりが言うような狙撃のような真似はできない。

電動式の物でも2、30mが良いところだろうか。

 

「じゃあ、ルールの確認だけど、ゲームエリアは桐条邸の敷地内……って言ってもかなり広いから充分だよね。裏庭って言うか、森だし。川とかあるし。それで――制限時間は1時間かな。私的には10分ちょいで一人倒せればいい感じで」

 

「結構長いね」

「森の中で鬼ごっことかくれんぼしながら戦闘すると考えればこれくらいだと思うんだけど」

「あー、それもそっか」

「それでいいだろう。通常の影時間とも同じ長さだしな」

「なんかそう言われると本当に戦闘訓練みたいで微妙な気持ちになるんですけど……」

 

ゆかりは未だに愚痴っているが、何だかんだやる気になってる人間が多く、それぞれ置いてある装備を手に取ってみたりして、意外と準備に余念がない。

 

「あ、それと。基本的には私が公正に判断するけど、やられた時はわかりやすいようにそれっぽい台詞を言ってね」

「有里。それっぽい台詞とは何だ」

「あれっスよ。桐条先輩。――くっ……オレもここまでか。とか。後のことはオマエに任せたぜ……。とか。そういうやられ台詞」

 

 

※ルール説明補足

 

ゲームエリアは、A-1~C-3に区分けされており、それぞれ徒歩5分、一辺300~400m程度、つまり端から端まで歩くと1km程度となっている。

基本は森で、エリアの右端、A-3、B-3、C-3は海へと続く川に面した地形。

そして、ひとつのエリアに使える物から使えない物まで、5個くらいの装備がタルタロスのアタッシュケースのような感じで配置されている。

 

※イメージ図

 

   森   森   森

森[A-1][A-2][A-3]川

森[B-1][Bー2][B-3]川

森[C-1][C-2][C-3]川

   森   森   森

     [桐条邸]

 

※アイテム一欄

 

水鉄砲(拳銃型~ポータブルCAFS):メイン装備、10種類くらいある。これが無いと始まらない。

 

水風船:爆弾的な扱い。そのまま水風船だったり手榴弾型だったりする。

 

ライオットシールド:レア装備。2つしか配置されてない。あると被弾を無視した戦い方が出来るようになる。

 

補給用ペットボトル:リロード用。自分で飲んでもいいけど勿体ない。

 

補給用タンク:レア装備。1つしか配置されていない。リロード用。これがあれば補給の心配はほぼなくなるが、重い。

 

通信機、拡声器:他プレイヤーとの連絡用アイテム。ただし、通信機は2個揃わないと意味がなく、拡声器は鬼側にも声が届くためにリスクがある。

 

 

【プレイヤー名:鳴上悠】

 

装備:水鉄砲

 

体力:A

知力:A

技能:無し

 

特徴:万能型のプレイヤーで何事にも対応できるが、特殊技能はないため、特殊技能が必要な場面では他プレイヤーに頼る必要がある。

 

 

【C-2地点】

 

ゲーム開始の合図……湊からの連絡はない。

どうやらステルスではないようだ。

 

「(まずは装備を探しつつ、他プレイヤーと合流……ただしステルスには注意、か)」

 

クジで決まったC-2地点でゲームの開始を待っていた悠はそれを受けてプレイヤーとしての行動を開始した。

 

 

ゲームが始まってわずか数分。

悠は視界の端に映った影に、さっと傍の木に寄って身を隠す。

 

――湊だ。

 

どうやら湊はB-2地点でスタートしたらしく、とりあえず中央に行ってみようと考えた悠と進路が重なってしまったらしい。

湊は先ほど見た通り、警官隊とかが使うような透明の盾に、連射が効き、射程も長い、ポータブルCAFS――大型の水鉄砲を持って悠々と歩いている。

 

「(さすがにこの装備じゃ無理だな……)」

 

初期装備の拳銃型の水鉄砲と、湊の装備を含めた運動能力を比較して、そう結論づけた悠は、湊が立ち去るまでその場で息を潜める。

どうやら気づかれなかったようだ……。

 

その後、この先に湊はいないと、小走りで移動した悠は装備をひとつ回収。

だが、それはアタリともハズレとも言えない、補給アイテムである500mlペットボトルの水であった。

 

そしてゲーム開始から10分ほどが経って、悠は湊に続く二人目の人影を発見する。

 

「(山岸か……。普通に考えたら合流するところだが、山岸がステルスだったらと考えると少し怖いな)」

 

とは言っても、ステルス以外の人間とは、協力しなければ、湊を倒すことは難しいだろう。

アイギスの戦闘力は未知数だが、対シャドウ用だという話だし、参戦した場合の引きつけ役などもいないと厳しいに違いない。

 

それに確率で言えば、風花がステルスである可能性は5分の1だ。

運が悪くない限り、いきなりステルスに当たることはない……と思いたいが、風花は正直読めないところがあると悠は思っていた。

これが順平なら、分かりやすく背中を向けた瞬間に襲ってくるかもしれないし、明彦なら正々堂々と敵に回りそうだが、風花の場合は、時間ぎりぎり使って完全に信用させるか、絶対に避けようがないタイミングに急に撃って来そうな印象があった。

 

「(それこそ自分を犠牲に、自爆によって、一人は必ず脱落させるような戦法を取る可能性すらある気がする……。だが、そう考えた場合、仮にステルスでも序盤の山岸は安全なはずだ)」

 

悠は風花の前に姿を現した。

 

「! あ、鳴上くん……」

「山岸、そっちの状況は?」

「私はまだ、この水風船を見つけただけ。この中の水に当たってもダメみたい」

「手榴弾的な役割か……」

 

風花は最初こそ驚いた様子を見せたが、悠がちゃんと姿を現したからか、普段の態度で応対してくれる。

 

「鳴上くんは?」

「俺はこの水のペットボトルだけだ。それと有里を遠目に見つけて、とりあえず進行方向は確認した。反対に行ったからしばらくは遭遇しないだろう」

「そうなんだ。なら、安心だね。あ……鳴上くんは、ステルスじゃないんだよね?」

「ああ。もしそうなら、多少無理をしてでも山岸に奇襲を仕掛けてる」

「そうだよね。いくら初期装備でも、鳴上くんと私じゃ運動能力が違いすぎるもの。そうだ。この水風船も鳴上くんが持ってた方がいいよね。はい」

 

悠は風花に手渡された水風船を受け取る。

確かに地肩で投げることを考えれば、風花よりも悠が持っているべき装備だろう。

風花がステルスなら、先程考えた自爆戦法のためにも、水風船を渡してくることはしないだろうか?

それとも、この程度のアイテムで信用を得られるならと手放すか。

 

「(いや、そもそも自爆戦法自体が俺の想像だ。あまり考えすぎても仕方ないか……)」

 

思考を止めるわけではないが、考えすぎて動けなくなったら意味がない。

 

 

風花と二人で行動するようになってしばらく、アタッシュケースの中から通信機を発見する。

試しにと使ってみると、意外にもすぐに反応があった。

悠たちよりも早く通信機を手に入れていた人間がいたようだ。

その人間とは、ゆかりだった。

 

『鳴上くん、それに風花もいるんだ? 二人で行動してるってことは敵じゃないよね。よかったー。正直どう行動したらいいか分からなくてさー。できれば二人と合流したいんだけど』

「ああ、そうだな。現在地は分かるか? 俺たちはA-2地点だ」

 

『A-2? えっと、私はたぶんだけど――って、え、ちょっ、ま、きゃぁあああああっ!!?』

 

「岳羽!!? 岳羽!!! おい、どうした?」

 

『まずは一人目』

「有里……!」

 

次に通信機から聴こえてきたのはゆかりではなく湊の声だった。

 

『鳴上くんだね……。ゆかりは死んじゃったよ。せっかく警戒できてたのに、安心させちゃった鳴上くんのせいだね』

「……岳羽の仇は必ず取る」

『そう? 鳴上くんにできるかな。鳴上くんには誰も守れないってことを教えてあげるよ』

 

悪役に徹しているらしい湊の冷たい声に、悠は軽く歯噛みをした。

 

>岳羽ゆかり脱落……! 4/5

 

「そんなゆかりちゃんが……」

「……行こう。有里にこちらの居場所がバレた可能性がある」

 

悠は先程の通信でゆかりがこちらの居場所を復唱した後にやられたことで、その可能性が高いと踏んでいた。

 

「は、はい。……あの、ゆかりちゃんってほんとに脱落したんですよね?」

「え? どういう意味だ」

「こういうゲームだと脱落したフリしてみたいなのが手法としてあるのかなって……」

「! ……」

 

それは悠が考えていなかった可能性だった。

風花が言うと、なるほど、らしく聞こえる可能性だ……。

だが、そうやって意識を散漫にさせることが風花の狙いだとしたら……風花がステルスという可能性も、変わらずにまだある。

悠は自分の中に生まれていく疑惑の芽を摘み取ることができずにいた。

 

>岳羽ゆかり脱落……?

 

 

ゆかりとの通信から15分ほどが過ぎた。

もう1時間という制限時間もその半分ほどが過ぎたはずだ。

15分の間に悠たちはA-3地点に移動し、そのエリアを探索、少し良い水鉄砲を二つと補給用ペットボトルを見つけていた。

あまり引きが良いとは言えないが、意外とこのまま接敵しないまま行けるのではないかという安易な気持ちも少しだが出てきていた。

しかし、どうやらそう上手くはいかないらしい。

 

「あ、待って鳴上くん……。あっちで何か……誰か戦闘してる……?」

 

風花の指し示す方に意識を向ければ、木々で阻まれて見えづらいが、確かに何やら動く影が見えた。

あれは――明彦だろうか。

まだアイギスが投入されるまで時間がある以上、明彦が戦闘をしてるなら、相手は必然的に湊ということになる。

いや、明彦がステルスで順平や美鶴と戦っている可能性もなくはない。あるいはその逆も。

悠はそれを確認するために、風花に軽く合図しながら立ち位置を変えつつ目を凝らす。

 

「――有里だ! 真田先輩を援護する」

「は、はい!」

 

湊の姿を確認した悠は、風花に自分の斜め後ろ、少し離れた距離から追従するように指示を出し、木々の合間を縫って素早く戦闘中の二人へと接近する。

 

「(有里の後ろまで回り込めるか……?)」

 

水鉄砲は少し良い物を手に入れたとはいえ、あくまで玩具、その射程は心許ない。

に加えて、正面からの突撃は湊がライオットシールドを持っている以上無意味と言っていい。

実際湊は正面に盾を構えて、その場からほとんど動かず、何とか接近しようと試みている明彦に対して一方的に攻撃している。

まだ明彦がやられていないのは、ボクシングで鍛えたフットワークの賜物だろう。

湊の機動力は削られているのだから、できれば逃げて欲しいところだが、明彦の性格からして、敵の装備が強いからというだけでは逃げる選択にはならないのかもしれない。

 

湊の背後に回り込もうと動く悠と明彦の視線が合う。

湊にはまだ気づかれていない。

悠はアイコンタクトで明彦と意思の疎通を図る。

 

このタイミングなら――と、悠がGO! サインを出すと、明彦は湊へと一気に距離を詰める。

 

「(イケる……!)」

 

明彦はやられるかもしれないが、正面に気を取られていれば、その間に悠の射程にまで持ち込めるだろう。

湊を倒せればそれで勝ちだ。

 

だが。

 

「なっ……!」

 

湊は明彦に視線を向けたまま、半身で背後の悠を撃ってきた。

瞬間的に鞭のようになった薙ぎ払いの銃撃を、悠は近くの木の裏に転がるように跳んで避ける。

 

「その声は鳴上くん? 甘いよ。クレバーに立ち回ってた真田先輩が突然向かってきたら何かあるって思うじゃない」

 

明彦の銃撃は単純に盾でいなしたようだ。

悠が崩された為に明彦もバックステップで再び距離を取った。

 

「くそっ……! 真田先輩、一度退きます!」

 

奇襲を読まれた以上、その考えは間違いじゃない。

明彦も自分一人ならともかく、そうじゃなくなったからか素直にその指示に従った。

 

 

「はぁ……はぁ……どうやら有里の追撃はなさそうだな」

 

悠と明彦が揃ったことに警戒しているのだろう。

 

「まさかあれに対応されるとはな」

「そうですね……。有里、敵に回すと恐ろしい相手だ」

 

とにかく明彦と合流できたのは大きい。

装備さえ揃えられれば湊と対抗することもできるだろう。

 

不安要素はやはりステルスか。

まだ姿を見ていない順平か美鶴……風花は――もうないかもしれない。

風花がステルスなら湊と合わせて悠を脱落させることはできたのではないだろうか。

確実ではないから躊躇した可能性もあるが……。

そしてゆかりは?

本当に脱落しているのかどうか……。

 

「(この状況でステルスじゃないと確定できるのは有里と戦っていた真田先輩だけか……。だけど真田先輩の運動能力があれば選択肢は一気に――)」

 

ふと。

気配に振り返れば、明彦が悠に向けて銃を構えていた。

 

「鳴上、お前を殺す」

 

銃口から飛び出す水を、悠は避けることができない。

最初から読み間違えていたのだ。

明彦はどんな状況だろうと正々堂々と戦うというわけではなかった。

拳が封じられた上に、敵の数も多い……その場合の明彦は、ただただ最善を尽くし、勝てる確率の高い戦法を選択してくる。

いつものように湊と戦ってみせたのもフリだったのだ。

奇襲が通じるはずもなかった。

明彦自身が湊に悠が背後に来ていることが分かるように動いたのだから。

 

「鳴上くん……!」

 

動けない悠の前に風花が割り込む。

風花は戦闘力が低い自分を奇襲してこなかったことで、悠を白と確定していた。

だからこそ他の誰よりも悠を生存させることを優先して行動しており、明彦がステルスである可能性を消していなかったがゆえの反応であった。

 

「チッ、仕留めそこなったか……!」

 

風花を仕留めながらも、ここで脱落させておきたかった悠が生き残ったことで、明彦は舌打ちすると、すぐにその場から離れた。

悠が銃口を向けるが一瞬遅い。

 

「山岸!」

「よかった……鳴上くんが無事で。鳴上くんならきっと勝てるから……頑張って、ね……」

 

風花の身体から力が抜ける。演技派だ。

悠の頭の冷静な部分がそんなことを思ったが、とにかくこれでステルスは確定した。

風花でもゆかりでもなくステルスは明彦。

これまでの全てはただの考えすぎで、ゆかりも普通に脱落していたということだろう。

 

「(まさかここまでとは……)」

 

完全にハメられた。

そして問題となるのは、味方がまた一人減ってしまったこと、そして、素の運動能力なら、トップだと思われる明彦に、鬼である湊、さらには終盤に参戦してくるアイギスと、敵の戦力が充実しきっていることであった。

 

だが自体はさらに悪化する。

 

『ステルスは鳴上だ! 鳴上に山岸がやられた!』

 

拡声器によって明彦の声がエリア内に響く。

 

「(しまった……!)」

 

明彦があっさりとこの場から離れたのは、拡声器を確保していたことも理由だったのだ。

 

>山岸風花脱落……! 3/5

 

 

一方その頃……順平は水の中にいた。

B-3エリアでスタートとなった順平は、川の中に身を潜める戦法を選んだ。

川の中なら見つかり辛いことに加え、仮に銃撃を喰らっても、少しなら最初から濡れていたのだと誤魔化すこともできる。

逃げ切りをメインとした、卑怯もいいところの待ちの構えである。

だが、10分20分と時間が過ぎていくにつれて、さすがに何やってんだオレという考えも浮かんできていた。

そんな中である。

明彦の声が拡声器によって響いてきたのは。

 

「マジかよ。悠がステルスとか。うちのツートップが二人とも鬼じゃねえか。やっぱ潜んでて正解かもな。ガチでやったらゼッテー負けんだろ」

 

そう思ってその後も潜み続けることを選択した順平だが、ずっと水の中にいたせいで、身体が冷えて催してきた。

このまましてしまうかという考えも一瞬浮かんだが、さすがにそれはと川から上がり茂みへと向かい、下半身を露出。

 

そして。

 

「動くな」

 

ちょろっと出かけた尿意が一瞬で引っ込む。

悠の声だ。

完全に無防備な状態で、順平は後頭部に銃口を突きつけられていた。

 

「ちょっ、ちょちょ、さすがにこの状態はねーって! 悠、タンマタンマ!」

「いいから聞け。俺はステルスじゃない。本当のステルスは真田先輩だ。山岸は俺をかばって真田先輩に撃たれた」

「はあ? じゃあなんで今こんな状態なんだ。ってか、後で聞くからちょっと離れててくれよ! そんな傍にいられたら出るもんも出ねえよ!」

 

「――わかった。じゃあ、離れるけど間違えないでくれ。俺がステルスなら、いま順平を脱落させるのは簡単なんだ。それをしないってことは俺はステルスじゃない」

 

「わーった、わーったって! 真田先輩がオレらを混乱させようとしてんだろ! そんなことより、いいかげんオレは限界なんだよ!」

 

待つ事しばらく、順平が戻ってくる。

 

「はー。マジでヤバかったぜ……。んで、なんだっけ? 真田先輩がステルス?」

「そうだ。真田先輩に山岸は脱落させられた。そして岳羽も有里に脱落させられている」

「え、マジで? ヤベエじゃん。どーすんだよ。やっぱ川の中に潜むか?」

「……川? 順平、お前そんなことをしてたのか?」

 

賢いと言えば賢いが、それはだいぶ卑怯だ。

 

「へへっ、良い考えだろ?」

「いや、卑怯だ」

「はっきり言われた!!?」

 

「それにその作戦はたぶん無意味だ。有里はその程度読んで来るし、アイギスが投入されたら普通に引きずり出されるだけだろう。それまでにアイテムを集めていないと対抗できない」

 

「その通りだ」

 

ガサッと――唐突に悠たちの前に美鶴が姿を現す。

 

「「桐条先輩!」」

 

「だが安心していい。この辺りに散らばるアイテムはある程度回収しておいた」

 

美鶴に促されてその後について行くと地面にかなりの数のアイテムが安置されていた。

レア装備であるライオットシールドまである。

 

「うおーっ! 流石ッス、桐条先輩!」

「これだけあれば……」

 

「対抗はできるだろう。だが問題は多い。――どうやら明彦が敵だったようだな。つまり敵の戦力は有里とアイギスと明彦の三人。ペルソナ無しのこの状況ではかなりの脅威と言えるだろう」

 

単純に運動能力が高い上に、アイギスに至ってはシャドウと戦える性能を持ったロボットなのだ。

 

「有里と明彦だけならば何とかできなくもないだろうが……向こう側にアイギスがいて、しかもアイギスは脱落することがない。ラスト5分間という短期存在ではあるが、これはかなり厄介だ」

 

美鶴が神妙な顔で問題点を挙げるが、悠の考えは少し違った。

 

「いえ、アイギスは一時的なスタンしかできなくて厄介だと思うかもしれませんが、実際にはそうじゃないです。俺はそこにこそ勝機があると思っています」

 

「どういう意味だ?」

 

「どんな方法でもいいからアイギスの動きを止めることが出来たら、あとは10秒経つ直前――9.5~9.8秒あたりでまた引き金を引いて水を当てればいいんです。それを繰り返せばアイギスの動きはずっと封じることができる」

 

「え、セコ」と順平が先程までの自分の行動も顧みず呟くが、美鶴は「なるほど」と頷く。

 

「しかしそれだと、私たちの動きも制限されるが?」

 

「この盾を持っていれば、遠距離からの攻撃は防げます。アイギスが止まっている限り、敵は最大でも二人。両方がアイギスを解放するために向かってくるなら、その後ろを狙えばいいですし、一人なら盾だけでも凌ぎきることも可能なはずです」

 

「アイギスが戦線離脱しないからこそ成り立つ策という訳か」

 

「そうです。単純にアイギスに動き回られるのは防ぎたいというのもありますが、それを防ぎさえすれば、立場は一気に逆転させることができる。相手が時間を使ってくれるならそれに越したことはない。その段階までくれば、たった5分凌げればいいんです」

 

これまたかなり卑怯な作戦だが、最悪そこに引きつけて他の二人は全力で逃げるという手もある。

それほどに美鶴が回収してくれたこの盾の存在は大きかった。

 

そして決戦の時が来る。

 

制限時間残り5分となったことで最終兵器であるアイギスが鬼として投入され、時速130kmの脚とロボット的センサーによって戦場を把握。

遠巻きに悠たちの様子を窺っていた湊と明彦の二人と合流すると、そのまま三人揃って悠たちの前に現れた。

 

「――散開! 一気に殲滅するよ!」

 

「「了解(であります)!」」

 

木々を壁にした撃ち合い。

そんな中でも、フットワークの軽い明彦と、素のスペックが超人級のアイギスがどんどん距離を詰めてくる。

何ならこの二人は水鉄砲どころか実弾ですら普通に避けそうだから、この程度の弾幕では無意味ということだろう。

 

「作戦通り明彦は私が足止めする。あとは任せたぞ鳴上」

「はい」

 

美鶴は明彦の側に走り、明彦に牽制を入れながら戦場から離れる素振りを見せる。

実際逃げられたら鬼側の負けだ。

そしてこの時点で誰も追わなければ美鶴なら5分間程度は逃げ切るだろう。

 

「美鶴はこのまま俺が仕留める!」

「任せます!」

 

だから湊は明彦に追撃の許可を出した。

ここまでは湊側にしても想定の範囲内の行動であった。

 

「(問題はここから鳴上くんがどう動くか……)」

 

湊の視線の先では、アイギスの5本の指からマシンガンのように飛び出す水を、盾で防ぎつつ応戦する悠とそれを援護する順平の姿がある。

残り時間は3分と少し……アイギスの機動力ならペルソナ補正のない悠と順平を制圧するのには充分な時間だ。

 

「……順平、任せた」

「え?」

 

ここで、悠が選択したのは自爆戦法であった。

湊たちからすればまさかの選択だ。

盾を順平に渡して、周囲の木々に前もって仕掛けておいた水風船を一斉に落とし、そして自分もアイギスに突撃を仕掛ける。

どれか一つでも当たればアイギスはスタン。

 

「!? これは避けられません……!」

 

直後、悠の脱落とアイギスのスタンが確定する。相討ちだ。

悠がばたりとその場に倒れる。

確かに悠は実際の戦闘でもサポートに回ることは多かったが、やはりここぞというところで決める人間、そういう役回りだという思い込みがあった。

それをわずか10秒、アイギスを止めるためだけに使い捨てにしたのだ。

美鶴が明彦を足止めしたとしても、すでにゆかりと風花も脱落している以上、もはや残っているのは順平一人。

 

「(順平に全てを託した? それとも桐条先輩が真田先輩を撃破すると読んだ?)」

 

「悠! オマエの犠牲は無駄にはしねえー!」

 

湊が考えてる間に順平が盾を構えて前進、盾とアイギスそして木によって自分の三方を固める。

 

「あっ! そのパターンか!」

 

湊がしまったと思った時にはもう遅い。

順平は先に悠が言った方法でアイギスの行動を封殺した。

湊の射撃もライオットシールドが完全に防ぐ。

 

「こうなったら!」

 

湊の決断は早かった。

自分の機動力を落とすだけの装備をその場に捨て二丁拳銃を手に順平に詰める。

それに対して順平も盾を地面に突き刺し固定し、片手でアイギスを撃ち、片手で湊を牽制する形を取る。

 

「くっそ! まだかよタイムリミットはー!」

 

残りは1分……。

 

59:00

 

57:29

 

55:01

 

時は確実に刻まれていく。

 

湊はもう近くまで迫っている。

順平に心理的なプレッシャーがかかる。

 

41:35

 

その負荷から視線をいまだ律儀に倒れたままの悠に向け――天啓を得た。

 

「悠! いまだ!」

 

「!!?」

 

これなら押しきれると思っていた湊の思考に雑音が混じる。

悠が倒れたのはブラフではないかというものだ。

 

39:39

 

そして感覚を順平だけではなく悠にも向け――結果、まったく違う方向から銃撃を受けた。

 

「え……?」

 

湊がゆっくりと振り返る。

そこには湊が捨てた装備を拾って湊を撃つ美鶴と、その美鶴を一瞬遅れて撃ち抜いた明彦の姿があった。

 

「あー……そこまで計算済みかー……」

 

ばたりと湊がその場に倒れる。

 

35:14

 

湊がアイギスを解放するために装備を捨てて突撃してくることを読み、その捨てた装備をエリアを離れるフリをした美鶴がなんとか確保して湊を無力化する。

そこまでが悠たちの作戦だったのだ。

明彦が残っているとはいえ、少し距離があることに加えて、盾持ちの順平に対してもう30秒しかない。

しかも順平はアイギスを撃ってからのラスト10秒は、もうその場に留まる必要もなく、逃げてしまってもいい。

 

「(私たちの負け……か……)」

 

湊は自分たちの負けを受け入れた。だが――。

 

「げっ、水切れ!!?」

 

順平のそんな声が耳に入る。

 

「……再起動であります。さようなら、順平さん」

 

「え、ちょっ……ぎゃ~~~!!?」

 

ドドドドドと順平がオーバーキル気味に撃ち抜かれた。

 

「(え、えー……そんな終わり?)」――そんな終わりだった。

 

 

>鳴上悠、桐条美鶴、伊織順平 脱落……! 0/5

 

>鬼側の勝利だ……!

 

 

 

 

 

2009年7月24日(金)

 

期末テスト結果発表。

健二が叶先生に告白する。(クラスメイトコミュ4)。

アイギスが加入。

風花のビデオ。

 

 

 

 

 

「おーい、試験の結果、張られたぞー」

 

クラスメイトの言葉に悠たちも試験結果を見に行くことにした。

悠の成績は――なんと、学年トップだ!

周りから一目置かれている!

 

 

同日【???】

 

[月光館学園-裏サイト-ムーンサイド]

 

 裏試験対策:Part.13

 うちの学園の教師変じゃね?:Part.3

 桐条美鶴親衛隊:Part.17

 真田明彦F.C.:Part.11

 ポロニアンモールオススメ情報:Part.21

 ちょっと怪しいバイト情報:Part.1

 オンリョウについて:Part.4

 月光館学園七不思議:Part.1

 弓道着女子こそ至高:Part.2

 真田先輩に殴られ隊:Part.5

 生徒会長に罵られたい男子の集い:Part:29

 

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→謎の転校生:

        :有里湊Part.6

       →:鳴上悠Part.7

 

 

匿名希望:まだ3ヵ月なのに伸びすぎだろw

匿名希望:話題に事欠かない男

匿名希望:有里を突き放しに掛かってるな

匿名希望:生徒会長ペース

匿名希望:マジで謎の転校生だから笑うwww

匿名希望:2回連続学年トップとか

匿名希望:不正疑惑

匿名希望:ないと思われる。授業中もうちの教師の訳わからん質問全部答えててちょっと引くレベル

匿名希望:誰かこれまでに分かってることまとめて

匿名希望:陸上部:エース級 管弦楽部:普通に上手いっぽい 生徒会:会長の推薦 バイト:5か所くらいで目撃される 試験:2回連続学年トップ

匿名希望:どゆこと

匿名希望:謎の転校生を地で行ってるなw

匿名希望:苦学生?

匿名希望:通販に注ぎ込んでいるという噂

匿名希望:通販マニアwww

匿名希望:骨董店とかで謎の買い物してるのも見た

匿名希望:釣りマニアでもあるらしい

匿名希望:どんな高校生だよ

匿名希望:だから謎の転校生だろ

匿名希望:ファーwwwww

匿名希望:引き笑い止めろ

匿名希望:それで女性関係は

匿名希望:やめるんだそれは俺たちを苦しめる話題だ

匿名希望:転校初日から両手に花

匿名希望:ぎゃー

匿名希望:寮には生徒会長もプラス

匿名希望:うごご……

匿名希望:なんか他にも女子入ったって聞いた

匿名希望:ワイのとこと全然違うんやけど。どうなってんの

匿名希望:イケメンだから

匿名希望:リア充爆発しろ!!!!!

匿名希望:リアルな話、なんかあの寮に入るには審査があるらしい

匿名希望:優等生ばっかなのは認める

匿名希望:そうだっけ? なんか変なのいた気がするんだけど

匿名希望:ああ、あのハゲなw

匿名希望:友人枠だろ 女子の誕生日とかスリーサイズとか教えてくれる奴

匿名希望:ギャルゲーかよ

匿名希望:人生イージーモード

匿名希望:むしろ超ハードに見える件

匿名希望:確かに

匿名希望:確かに

匿名希望:俺たちとは違う時間を生きてるんじゃねーの

匿名希望:1日を36時間くらいにしてくれたら

匿名希望:それでも追いつける気がしないw

匿名希望:確かに

匿名希望:もういいよそれは

匿名希望:年齢を詐称してる可能性

匿名希望:ねえよ

匿名希望:うちの学校って留年とかないだろ

匿名希望:ある

匿名希望:図書室の人

匿名希望:荒垣

匿名希望:そいつは留年してない

匿名希望:荒垣ってだれ

匿名希望:うちの番長

匿名希望:そんなのいんのwww

匿名希望:いる

匿名希望:それなら鳴上が番長でよくない?

匿名希望:確かに

匿名希望:確かに

匿名希望:それやめろって なんかイラっとする

匿名希望:確かに

匿名希望:うぜえw

匿名希望:なんか今日だけで埋まりそう

匿名希望:大人気だな

匿名希望:しかも男子が多そうなのが

匿名希望:ホモォ

匿名希望:ほ、ホモじゃねえし!

匿名希望:彼女できたら発狂者多数

匿名希望:修羅場期待

匿名希望:むしろ余裕で6股7股しそうな予感

匿名希望:やめろよ……

匿名希望:やめてくれ……

匿名希望:会長だけは落ちないと信じてる

匿名希望:もう落ちてる

匿名希望:くぁwせdrftgyふじこlp

匿名希望:落ち着けよ まだひとつ屋根の下に一緒に帰る程度だ

匿名希望:まだw

匿名希望:orz

匿名希望:たった3ヵ月であの真田と並んだか……

匿名希望:それはない

匿名希望:無敗の男やぞ!

匿名希望:まだまだだね

匿名希望:真田×鳴上

匿名希望:やめろやめろw

匿名希望:腐女子は去れ ガチホモは許す

匿名希望:どっちも嫌だろ……

匿名希望:どう違うの

匿名希望:妄想か現実か

匿名希望:そんな解説すんなよw

匿名希望:恋愛は自由だから(遠い目

匿名希望:鳴上もまさか自分がホモネタにされているとは思うまいwww

匿名希望:見てたら笑う

匿名希望:え、見てませんよね……

匿名希望:たぶん あまり携帯とかパソコンとか触ってるイメージはない

匿名希望:見てても許してくれそうではある

匿名希望:オカンだしな

匿名希望:そこは共通認識

匿名希望:同意 番長でオカン

匿名希望:鳴上は番長でオカンってどういう結論www

 

 

【Rank up!! Rank2 刑死者・学園の生徒】

 

>“学園の生徒”コミュのランクが“2”に上がった!

>鳴上悠の失われた力“刑死者”属性のペルソナの一部が解放された!

 

>鳴上悠の評判が“謎の転校生”から“噂のアイツ”になった!

 

 

 

 

 

「?」

 

悠はそんな風に自分のことで盛り上がっている者たちがいるとは、つゆ知らず、不意に出たクシャミに首を傾げながらも、いつも通りマイペースに過ごしていた……。

 

 

同日-夜-

 

学園から戻ってきて、屋上のやさい畑の世話をした悠が階下に降りると、ちょうど湊が作戦室に入って行くところだった。

何かあったのかと思って、作戦室の扉に手を掛ける悠だったが、そう言えば前にもこんなことがあったなと思い出す。

はたして湊は――その記憶にある光景と同じく、モニターの前で何やら機材を操作していた。

今回映っているのは風花の部屋のようだ。

クッションにカーペット、ベッドと、室内は花柄のもので溢れており、さらにはドライフラワーやプリザーブドフラワーがパーティションラックやウォールシェルフに並んでいて、本当にそういうものが好きなんだなと思わせた。

 

「……」

 

だけど重要なのはそこではない。

悠がこの状況を静観……いや、ガン見しているのは、モニター内の風花がなぜか水着姿でいるからだった。

日付は7月15日……テスト期間中ではあるが、屋久島旅行に備えての準備をしているようだ。

 

「(○REC……くっ、ない!)」

 

悠もそこは男子なので、たとえばリモコンでも持っていれば、録画ボタンを連打するところだが、モニター内の風花の笑い声に、ふと我に返って首を振る。

風花はセパレートの水着でお腹が出るのを気にして、時価ネットで購入したウエストすっきり低周波パットを巻いていたが、その刺激がどうにもくすぐったいらしく、悠の理性を挑発するように身悶えていた。

 

「(こ、これ以上はダメだ……! 影時間でもないのに、バステに掛かる……!)」

 

モニターの中で水着姿のままで身悶える風花……その姿に、若干惜しいものを感じながらも、悠が湊に声を掛けようとした、ちょうどそのタイミングで画面が切り替わる。

 

「?」

 

画面が切り替わったとは言っても、部屋は変わらず風花の部屋だ。

ただ、風花は普通の私服姿で、ノートパソコンを前に何やら真剣な表情をしている。

先ほどまでとは、別の日の記録だろうか。

パソコンを操作しているので、まず頭に浮かんだのは、ゆかりに頼まれた調べ物をしていた時の記録というものだ。

 

「何だ?」

「何だろう……」

 

湊が当たり前のように悠の呟きに同調する。

 

「気づいてたのか?」

「うん。どこで声掛けてくるかなって、鳴上くんの人間性を観察してた」

「……そうか」

 

悠は傍から見る限りは平静に頷いていたが、実際には「(有里、恐ろしい子……!)」と、いったい自分はどういう判定を下されたのだろうかと、最初ガン見していた負い目もあって、そこそこ焦っていた。

 

『わ、ホントにあった……。っていうか、なんか結構知ってる人ばっかり……オンリョウって……うぅ、意外と多いし……にしても、やっぱり目立ってるんだ……うーん、せっかくだし、どれか見てみようかな……』

 

「それでこれは?」

「さあ。……えーっと、あ、リアルタイムかも」

「……それはさすがにマズイと思うぞ」

「そうだね」

 

「「…………」」

 

そう言いながらも、あともうちょっとだけと様子見をする二人。

そこら辺は歳相応な好奇心を持つ、似た者同士である。

 

『やっぱり、こっちの方が女の子が多いかな……』

 

「リアルタイムなら、また、岳羽に頼まれてとかそういうのではなさそうだな」

「でも、さっきオンリョウとか言ってたよね。もしかしてあれかな。ホラー系の投稿サイトとかそういうの」

 

湊の言葉に悠はなるほどと思う。

夏という怪談話が流行る時期ではあるし、風花のような大人しめな子が意外とホラー好きということはあり得そうだ。

 

『あ、これ私? ……ふふっ、確かに。…………。……女子、ガチホ……え、どう違うんだろう? ……聞いてみようかな、どう違うの、っと』

 

風花は時たま頷いたり、呟きを漏らしたりしている。

あまり変化のない光景だ。

風花の手がちょっと動いて、カタカタとキーボードで何やら打ち込んだようだが、その内容も詳しくはわからなかった。

 

「もういいんじゃないか。気になるなら山岸に直接聞いてみればいい」

「覗いてた内容を尋ねるってどうなの……。まあ確かに、これ以上の変化は――あれ? なんかキョロキョロしてる」

 

風花は当然のことながら、悠と湊が自分の様子を見ていたなんてことは知らないのだが、奇しくもあるサイトの中で『え、見てませんよね……』とちょっと不安になっていたところだった。

ここで湊も「はい、終了~」と、モニターを消す。

それとほぼ同時にクシャミをした悠に「風邪?」と尋ねるが、悠は首を傾げるだけの曖昧な反応を返す。

 

ノゾキと逸脱した世間話、第三者的にはどっちもどっちな状況であった……。

 

 

 

 

 

2009年7月25日(土)

 

美鶴からテストのご褒美やそれまでのアレコレでバイク(原付?)を貰う。(美鶴コミュ?)。

 

 

2009年7月26日(日)

 

夏休み開始。

 

 

2009年7月27日(月)

 

運動部特訓。

 

 

 

 

 

昨日から始まった、学生にとっては待望の夏休みだが、悠たち運動部に入っている者にとっては、逆に地獄の始まりであるとも言えた。

特に陸上部は、次の日曜日には、全国高等学校明王杯という大会がある為に、その最後の調整に余念がない。

それは普段、割と自由参加でいい陸上部の、唯一といっていい、全部員強制参加のイベントであった。

しかも、それらはあくまで特訓であって、合宿じゃないというのが悲しいところだ。

というか月光館学園の場合、タルタロスになってしまう為に、桐条の圧力で学園での寝泊りなども許されていない。

本当に朝から晩まで延々と特訓をしては帰るの繰り返しだ。

まあ、大会がすぐということもあって、倒れるまでやるとかそういうことではないのだが、とにかく陸上のことや身体の動かし方などの細かいことをひたすらに考えさせられる。

まさに陸上以外のモノに触れることを禁止されるかのような、陸上漬けの日々が一週間ほど続くわけである。

夏休みに入って、いきなりそれだと言うのだから、悠も含めて多感な男子学生たちには、これが地獄と思えても仕方のないことだろう。

実際、運動部の特訓をしている間は、他のことが出来そうにない……。

 

ちなみに女子テニス部に入っている湊なども特訓を行っているのだが、大会などに出るわけではなく、地方の学校との練習試合だった。

そしてそれは土日の2日間だけとはいえ、八十稲羽の老舗の温泉宿に遠征と、正直、悠からすればかなり羨ましい日程になっていた。

 

だが、一志との約束もある以上、挫けてはいられない。

1週間やり切らなければ……。

 

 

→→8月1日(土)

 

運動部特訓。

湊は八十稲羽へ合宿。

 

 

 

 

 

運動部の特訓の日々……。

走ってばかりいたせいなのか、まるでワープしたかのように、瞬く間に時間が流れていっている。

そんな折、湊から写真付きのメールが送られてきた。

笑顔の湊が地元の中学生らしき少女二人と写っている。

なんだか、二人共どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せない。

ん……背景にもう一人、ちょっと厳つい容姿の少年が写っている……その少年もどこかで見たことがあるような気がするが、どこだったか。

とにかく、湊は合宿を楽しんでいるようだ。

若干の羨ましさを感じながらも、悠はメールを保存して、携帯を閉じた。

 

 

 

2009年8月2日(日)

 

全国高等学校明王杯。

一志は予選に勝利するも敗退。

託された悠は決勝まで勝ち進むが、陸上を専門にして毎日鍛えている者にはさすがに勝てず、優勝は逃して上位入賞。

だが初めての公式戦で上位入賞は凄いと一志は褒める。

一志の甥っこも二人の頑張りを見て、自分も頑張ると宣言。

優勝は他校のエース早瀬護。

早瀬護と出会う。(港区に住む人々かアルバイト先の人々に出てくる)。

湊が合宿より帰還、お土産で八十神高校の制服。

 

 

 

 

 

普段の部活にはあまり出れていなかったが、影時間では移動中によく走っていたし、特訓も含めて自分なりに全力を尽くした。

それでも届かない。

 

「……」

 

悠はその事実に、悔しさを感じながらも微笑みを浮かべた。

 

そうでないと困る。と。

 

この場所には自分よりずっと陸上に懸けている人間が大勢いるのだから、その中のたった一人だろうと、自分の上を行く存在は当然いるべきなのだ。

それでこそやりがいがあるし、モチベーションにも繋がっていく。

何かに本気になるって言うのはきっとそういうことだ。

 

……とかなんとか考えてみても。

 

「負け惜しみだな……」

 

と、少し肩を落とす。

普段は超然としたところがある悠であっても、同年代に負けるのはやっぱり悔しかったようだ。

 

もっとも悠自身がこれを機に陸上に目覚めるかなんてのは完全に別の話だが――。

 

それもまた、可能性のひとつ。

 

 

「お。鳴上、こいつが俺の甥っ子の坂本竜司。小4」

「ああ。よろしく、竜司」

「お、おう。兄ちゃん、カズ兄より凄かった人だよな。決勝は残念だったけど、なんつーか、カッコ良かったぜ」

「そうか。ありがとうな。頑張った甲斐があったよ」

「へへ」

「竜司お前、俺の応援に来てくれたんじゃなかったのか?」

「応援っつーか、カズ兄が無理やり連れてきたんだろ。約束通り勝ったら俺にも頑張れとか言ってさ。で、負けてるしよ」

「ぐっ……すまん。だけど来年の選考会は必ず!」

「いいって。あ、いいって言うのはよ。俺との約束は気にしなくていいって言うか、その、俺も頑張るからさ。なんか兄ちゃんたちの頑張り見てたらやっぱ俺も走りてーってさ。事故ってこんなんなってさ。でも、ほんとはもうほとんど治ってんだ」

「え、そうなのか?」

「ただ、リハビリとか大変らしくて。ちょっとビビってたつーか……。でも、ちゃんとやれば中学では普通に陸上部に入れるだろうし……そしたら、俺、自分の力で一等賞になるからよ。兄ちゃんたちも自分の為に頑張ってくれよ」

「そ、そうか! そうだな! じゃあ鳴上、俺たちも竜司に追い付かれないようにまた頑張らないとだな!」

「ああ。俺に追いつけると思うなよ」

「へへっ! 絶対追いついてやるっつーの! 俺が兄ちゃんみたく高校生になった時には、世間をあっと言わせる有名人になってやるぜ!」

 

【Rank up!! Rank7 戦車・運動部】

 

>“運動部”コミュのランクが“7”に上がった!

>鳴上悠の失われた力“戦車”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

同日【???】

 

匿名希望:【速報:鳴上悠 明王杯優勝逃す!】

匿名希望:あー、ダメだったか

匿名希望:鳴上が敗けるとかアスリート界は奥が深い

匿名希望:上位入賞でも相当だろ

匿名希望:フ、鳴上は月高四天王でも最弱……

匿名希望:あと三人誰だよ

匿名希望:真田、桐条、有里

匿名希望:あ、最弱だわw

匿名希望:有里には勝ってるんじゃないの

匿名希望:せやな

匿名希望:有里が男だったら敗けてた

匿名希望:どんな前提だよ

匿名希望:その発想はなかった

匿名希望:真田や生徒会長は漫画キャラみたいなもんだし、比べるのが間違ってる

匿名希望:それもどうなんだw

匿名希望:謎の転校生コンビもそんな感じだろ

匿名希望:でも真田や生徒会長はガチでファンクラブとかあるくらいだしなぁ

匿名希望:鳴上たちにはないの?

匿名希望:ない方がいいよ 真田や生徒会長の奴らは正直やり過ぎ 真田を取り囲んでる姿とかよく見る

匿名希望:確かに。リアルでもここのノリで集まってるもんな

匿名希望:ここの利用者って月高生の1割とかだっけ?

匿名希望:でも部活のエースでしかもイケメンとかだったらそんなもんじゃね? 甲子園ヒーローとかのがよっぽど凄い

匿名希望:それな

匿名希望:ここで彼女いない歴年齢の自称文化部エースのワイが通りますよっと

匿名希望:その部の女子にちやほやしてもらえw

匿名希望:それ無理 女子いないし(泣

匿名希望:www

匿名希望:特定した

匿名希望:やめたれよw まあ自称だから実際どうか知らんけど

匿名希望:ファンクラブはともかく、有里の写真はなんか出回ってたな

匿名希望:あーなんか日常の隠し撮り的なやつな

匿名希望:それ普通に犯罪じゃね?

匿名希望:着替えとかならともかく日常だからなぁ 言い訳はいくらでもできんだろ

匿名希望:あの! 有里先輩じゃなくて、鳴上先輩の写真はないんですか? 違法性のないやつで

匿名希望:後輩女子キター!

匿名希望:血涙

匿名希望:他にも結構いるだろ つーか後輩男子かもしれんぞ

匿名希望:あっ……(察し

匿名希望:女子ですけど

匿名希望:やっぱり後輩女子キター!

匿名希望:血涙

匿名希望:涙拭けよ そして部活入って活躍してこい

匿名希望:無茶を仰る……

匿名希望:とりあえず写真欲しいなら、写真部とか新聞部に頼めば。夏休みとはいえ、今回の大会にも行ってるんじゃないの

匿名希望:あ、なるほど! ありがとうございました!

匿名希望:はー、後輩女子に慕われたい……

匿名希望:慕われるようなことすればいいだけでしょ

匿名希望:そもそも接点がない

匿名希望:寝て起きたら鳴上になってねーかな

匿名希望:それは微妙に嫌だw 過労死する自信があるw

 

 

【Rank up!! Rank3 刑死者・学園の生徒】

 

>“学園の生徒”コミュのランクが“3”に上がった!

>鳴上悠の失われた力“刑死者”属性のペルソナの一部が解放された!

 

>鳴上悠の評判が“噂のアイツ”から“校内の人気者”になった!

 

 

 

 

 

同日【巌戸台分寮】

 

 

「うん、似合う! 前から鳴上くんには学ランのほうが似合うんじゃないかなーって思ってたんだよね! ほら、イザナギもそっち系の格好だしさ!」

「あー……確かにイザナギって応援団っぽい格好だよね」

「そうそう! という訳で、今日から鳴上くんがタルタロスを探索する時の基本衣装は学ラン姿に決定しました! はい、拍手!」

「タルタロス?」

 

パラパラとまばらに拍手が上がる。

うっかり、乾の前でペルソナやタルタロスのことを口にしているが、乾も少し首を傾げる程度の反応なので、とりあえずはスルーしておこう。

 

「……分かった」

 

それはともかく、悠もなんだか異様にしっくりきたので、湊の提案を受け入れる。

 

>鳴上悠は魅力が限界突破した!

>鳴上悠は魅力が“番長”から“オシャレ番長”になった! (キーアイテム・八十神高校制服)。

 

「あ、ちゃんとみんなにもお土産あるから心配しないでね!」

「えっ……なんかイヤな予感」

 

まずは順平。

 

「エプロン……? なんでエプロン? ってかなんでジュネス?」

 

次に明彦。

 

「ほう。“FBIスーツ”か。FBIの名前を冠しているだけあってスーツの割には動きやすいな。悪くない」

 

そして乾。

 

「え! 僕にもあるんですか? ありがとうございます……ってなんですかコレ? 童話の王子様の服みたいな……どこで着ればいいんですか?」

「タルタロス!」

「つーかよ、さっきから普通に喋りすぎじゃね?」

 

またもや普通にその名称を口にする湊に、さすがに順平が軽くツッコんだ。

 

「だから、タルタロスってなんですか……」

「が、学園の演劇部の別名……とか?」

「僕は初等部ですよ」

 

ゆかりのそんなフォローによって、これまたとりあえずでそれらはスルーされた。

 

「風花はコレね」

「“探偵服”……?」

「そうそう。似合うと思うよ! それに、風花は探索に欠かせないからね! そういう意味でもピッタリの衣装でしょ」

「うん、ありがとう」

 

風花はタルタロスの探索においては、装備の変更とか必要ないからか、非日常的な衣装を貰って普通に嬉しそうにしている。

 

「桐条先輩はコレです!」

「……着物か」

「“付け下げ”ですっ。これを着て女子高生女将とか名乗ってもいいですよ!」

「ふっ……考えておこう」

 

美鶴も満更でもないようだ。

女子高生女将はともかく、付け下げを着た巌戸台分寮の寮母ならすぐにでも誕生するかもしれない。

 

「……というか、ちょっと待って。なんで私が最後なの。あんた、絶対なんか変なネタ衣装持ってきたでしょ」

「そんなコトないない! カッコイイよ! ゆかりへのお土産はコレでーす!」

 

湊が掲げた衣装に男性陣が反応する。

 

「そ、それはまさか……!」

「男の子の憧れ……!」

「懐かしいな。俺も昔はそんな風に強くなりたいと思ったものだ」

「……僕そっちがよかったです。いえ、なんでもありません」

 

「「「「“フェザースーツ”!!!」」」」

 

「そう! フェザーマンRのピンクコスチュームでーす!」

「……やっぱり、ネタ衣装じゃない」

「ちなみに、レッドは私です! ――あ、天田くんも安心して。実はこれ人数分あるから」

「えっ! ホントですか!!? うわーうわーっ! やったー!」

 

戦隊ものの変身スーツを手にした乾はとても嬉しそうだ。

座っていたソファから立ち上がって喜んでいる。

 

「――ハッ。……お、お土産ですからね。一応貰っておきます。そ、その、ありがとうございます」

 

乾はみんなの視線を集めている事に気づくと、こほんと一つ咳払いをしてから、テレた様子で再びソファに座った。

 

「っていうか、天田くんはともかく、なんで私がこれなのよ。別にフェザーマンとか興味ないわよ?」

「大丈夫! ゆかりはきっと3年後くらいに女子大生モデルとしてフェザーマン・ヴィクトリーのピンクとか演じてるはずだから!」

「何その妙に具体的な未来予想!!? 予言!!? やめてよね……モデルとか、その……ちょっとしか興味ないしさ」

「意外とノリ気じゃんか、ゆかりッチ」

「あっ、うそうそ! だから、そもそもフェザーマンには興味ないんだってば!」

「ちなみに、その頃、順平はフリーターかな」

 

「「「「「「あー……」」」」」」

 

「ちょっ!!? 巻き込まれた!!? しかも何でみんなして納得してんの!!?」

「日頃の行いでしょ」

「ぐはっ……」

 

さらりと放たれたゆかりの言葉によって順平はその場に崩れ落ちた。

 

「っていうか、人数分あるなら、別に私のお土産として出さなくてもいいじゃないの」

「あ、うん。安心して。ゆかり専用のお土産もちゃんとあるよ」

「えっ、そうなの? なんか催促したみたいでゴメンね。でもそれならそうと早く言ってくれればいいのに」

「はい!」

 

間。

妙な沈黙がその場に流れた。

 

「――って、なんで“鼻メガネ”!!!」

 

湊に掛けられた鼻メガネをゆかりは投げ捨てた。

 

「あー! ヒドイ! せっかく買ってきたのに捨てるなんて!」

 

湊はてててーっと鼻メガネを拾いに行くと、それを掛けて戻ってくる。

 

「ぶふっ……」

 

氷結魔法ではない。

単純に美鶴が噴き出した音だ。

どうやらツボに入ったらしく肩を震わせている。

 

「こんな素敵装備の良さがわからないなんて! ゆかりはおかしいよ!」

「おかしいのはあんたの頭でしょ……」

「よ、よせ、有里……すぐにその装備を外すんだ……わ、私を笑い殺す気か……っ!」

「っていうか、桐条先輩もこんなのでツボらないでくださいよ……」

 

しかし鼻メガネを外さない湊は、もう一つ同じ物を取り出すと、そっと悠に掛けた。

――美鶴にクリティカル!

美鶴はダウンした!

 

「さて――じゃあ、こっちが本当のヤツね」

「あ、うん……って放置するの!!? しかもコレ……“割烹着”? いや、今までのに比べれば全然良いんだけどね。うーん……」

「割烹着女子って流行ると思う!」

「そうかなー……」

 

ゆかりは湊の言葉に首を傾げながら、割烹着を手に眺めている。

 

「あっ、コロちゃんはコレね。“クマミミ”」

「わん……?」

 

忘れてはならないと最後にコロマルに青いクマミミを装着すると、湊は満足そうに頷いた。

これで全員分お土産が配り終わったようだ。

 

「あれ、なんか一つ残ってるぞ」

「あ、それ荒垣先輩の分」

「へー、荒垣さんの分も買ってきたのか」

 

順平が言いながら、その衣装をお土産袋から取り出す。

“特攻服・総長仕様”だった。

順平は頷くと、そっとお土産袋の中にその衣装を戻した。

 

「似合い過ぎだろ!!?」

「それで何か問題があるの?」

「え、いや、問題しかないと言うか……これ渡されて荒垣さんもどう反応すればいいんだよって話だろ」

「着ればいいと思うなっ!」

「着たら、その瞬間に逮捕されるレベルだっての……」

 

後日、実際にそのお土産を渡された真次郎は、ただ頷いてお礼を言うことしかできなかった。

少なくともその場で着るようなことは避けたようだ。

そして、湊に素で存在を忘れられていた幾月だったが、そのことを微塵も感じさせずに渡された鼻メガネをたいそう喜んで受け取ったらしい。

有里湊のテニス部の合宿はそんな感じで終わった。

 

 

 

 

 

2009年8月3日(月)

 

湊が目に怪我をした野生の子狐(P4のキツネ)をこっそり連れ帰っていたことが判明。(動物王国コミュ)。

失踪者救出・村林靖子、新村修一。(69F、83F)。

 

 

 

 

 

2009年8月6日(木)

 

大型シャドウ戦。

S.E.E.Sがストレガと対峙。

 

 

2009年8月7日(金)

 

長鳴神社で湊とテオドアに遭遇(ベルベットルームの住人コミュ1)。

湊に文句を言われる。(BLダメ! 絶対!)。

 

 

 

 

 

>テオドアとの間にほのかな絆の芽生えを感じる……。

 

「えっ」

 

我は汝…、汝は我…汝、新たなる絆を見出したり…絆は即ちまことを知る一歩なり。汝、“悪魔”のペルソナを呼び出せし時、我ら、失われた力を解放せん…

 

>“悪魔”属性のコミュニティである“ベルベットルームの住人”のコミュを手に入れた!

>鳴上悠の失われた力“悪魔”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

「い、いまの雰囲気もしかして……!」

 

湊が悠とテオの間の空間に対して、人差し指を突き刺して、ぷるぷると震えている。

 

「な、なんでー! どーしてー!!? 私とはコミュが出ないくせに、なんで鳴上くんには出るの!!? ……ハッ!!? も、もしかして、そういう趣味!!? だ、ダメダメ! BLダメ! 絶対!!!」

「……そういう趣味? BLとは何でしょうか? 鳴上様はお分かりになりますか?」

 

悠は言葉の意味は知っていたが、何だかそれをこの場で説明するのは憚られた。

勇気的には全然可能だが、そういう次元の話ではなかった。

特にテオは……イマイチ思い出せなかったが、後輩の誰かに体格というか、そういうのが似ている気がしたのだ。

雰囲気自体は正反対だったはずだが……初めて見かけた時にも、確かそんな印象を抱いたはずだ。

 

「有里、そんな訳ないだろう。こういうのは縁だ」

 

軽く首を振って否定する。

 

「どうかなー……。鳴上くんって、そういうところ老若男女問わずな雰囲気があるんだもの」

「言いがかりだ」

「じゃあ、女の子が好きなの?」

「それはそうだ」

「へー。ならどういう子がタイプ?」

 

 有里

 テオドア

→菜々子

 

>選ぶには記憶の欠片が足りないようだ……。

 

 有里

 テオドア

→菜々子

 

>選ぶには真実の欠片が足りないようだ……。

 

 有里

 テオドア

→菜々子

 

>選ぶには彼女があと10年は成長しないと逮捕される……。

 

 有里

 テオドア

→菜々子

 

>堂島さんはきっと怖い……。

 

 有里

 テオドア

→菜々子

 

>諦めるんだ……今回に関しては退くことが勇気だ……。

 

 有里

 テオドア

→菜々子

 

>……仕方がない。シミュレーションだけだ。

 

 

「菜々子だ」

「……菜々子?」

 

悠は菜々子について熱く語った。

 

「そうなんだ」

 

湊は悠の話をちゃんと全て聞いた後、慈愛に溢れた笑顔を浮かべ、携帯で黒沢に連絡を取った……。

 

 

>そして、世界は何も変わらなかった……。

 

 

【BAD END7:鋼のシスコン番長、あるいはナナコンの末路】

 

 

→有里

 テオドア

 特にない(強いて言うなら妹系)

 

「有里だ」

「そういうのはいいから」

 

ぐいぐい来るから有耶無耶にしようと思ったら、流された……。

さすがに手強い。

 

「なるほど。鳴上様のタイプは貴女なのですか……。ということは私とはライバルということになりますね」

 

「「え」」

 

「私も大切なお客人である貴女には好意を持っていますから。こういう場合、確かこちらの世界では河原で決闘をするのでしたか? おやりになりますか?」

 

……一瞬驚いた表情を見せた湊が、今ではキラキラした瞳でこちらを見ている。

河原で決闘をして欲しそうだ。

だが、さすがに、これはないだろう……自分の中の何かが時期尚早だと、訴えかけている。

 

「また今度にしよう」

「そうですか。分かりました。では、その時を楽しみにするとしましょう」

「えーっ、決闘しないの? ――私のために争わないで! って言ってみたかったのに……」

「……悪女だな。有里」

 

 

 

 

 

2009年8月8日(土)

 

コロマル加入。

タルタロス、無骨の庭ヤバザ・後半が開放される。

 

 

 

 

 

2009年8月10日(月)

 

夏期講習。

 

 

2009年8月11日(火)

 

夏期講習。

夏期講習後に生徒会の用事で来ていた千尋と千尋の希望で、少し前に見つけて気になっていたという喫茶ルブランへ。

ついででバッティングセンター。

 

 

面白いように打てる……まさか自分に野球の才能があったとは。

まるで気分はホームラン王だ。

野球経験はとくになかったはずだが、影時間でシャドウの攻撃を見切ったりしているからかもしれない。

あるいは、普段は前髪で隠れている額に第三の目――サードアイでも開眼したのだろうか。

心なしかボールのスピードもゆっくりに感じている気がする。

とはいえ、バッティングセンターという遊びの範囲でならの話だろうが。

 

 

 

 

 

2009年8月12日(水)

 

夏期講習。

 

「そうだ。野球をしよう」

 

夏期講習後にコミュメンバーやらを集められるだけ集める。

 

 

昨日のバッティングセンターでのホームランの感触がまだ忘れられていない。

ちょっと実践で通用するのか試してみたくなった。

 

『もしもし。悠先ぱ――じゃなくて、悠。どうしたんだ?』

「野球だ」

『は?』

「明日だ。いいから来い」

 

 

 

 

 

2009年8月13日(木)

 

夏期講習。

 

夏期講習後の午後にみんなで野球。結構集まる。

 

 

 

 

 

【鳴上チーム】

 

1番:遊撃手:花村陽介

2番:一塁手:宮本一志

3番: 投手:真田明彦

4番: 捕手:鳴上悠

5番:二塁手:伊織順平

6番:中堅手:早瀬護

7番:左翼手:友近健二

8番:三塁手:小田桐秀利

9番:右翼手:平賀慶介

 

  代打要員:天田乾、青ひげ店主

マネージャー:西脇結子、伏見千尋

 

「フ、完璧な布陣だ。真田先輩のボールはまず外野まで飛ばされることはないだろうが、飛ばされた場合に備えて早瀬にセンターに入ってもらえば、レフトとライト、どちらのフォローもあの足でやってくれることだろう。この勝負、貰った――!」

 

【有里チーム】

 

1番:中堅手:アイギス

2番:二塁手:桐条美鶴

3番: 投手:有里湊

4番: 捕手:荒垣真次郎

5番:三塁手:テオドア

6番:一塁手:無達

7番:遊撃手:岩崎理緒

8番:左翼手:岳羽ゆかり

9番:右翼手:たなか社長

 

  代打要員:コロマル、ベベ、神木秋成、黒沢巡査(保留)

マネージャー:山岸風花、長谷川沙織、舞子

 

    応援:北村文吉、光子

 

    審判:幾月修司

 

自分がほとんど誘うことをしなかった女子メンバーが多くて有利なはずなのに、悠は相手チームのメンバーを実際に見て、底知れない力を感じていた。

アイギスを筆頭に……人外の力を発揮しそうな気配がある。

いや、そうじゃなくても、坊主とか社長とか、なぜこの場に居るのかというクセ者メンバーだ。

決して油断はできない。

 

 

-1回表-

 

有里湊の第1球――ストライク!

 

「さすがは有里だな……」

 

湊の投げたボールは女子だというのに100キロ越え……110キロ以上出ていそうだった。

あまり野球をしたり、見たりしない者たちは、その速さに驚いている。

 

第2球――ボール!

 

だが、陽介は冷静にボールを見極めているようだ。

 

第3球――ヒット!

 

陽介の打ったボールはセンター前にポテンと落ちた。

「よっしゃ!」と陽介が一塁上でガッツポーズをしている。

対して、打たれた湊は納得がいかなそうな表情を浮かべていた。

確かに湊のボールは女子としては速かったが、ある程度運動ができる男子からすると打ち頃の速さというやつだったのだ。

 

その後、2番手の一志にも打たれたことによって湊もその事実を仕方なく受け入れる。

湊の口元がわずかに動いた。

 

「――“タルカジャ”」

 

タルタロスにおいて湊と連携することが多い悠は、マウンド上の湊が何をしたのか瞬時に理解した。

 

「(有里の奴……ペルソナを使う気か!)」

 

というか、グラブに召喚器を隠しての一瞬の早業……しかも、ペルソナの顕現化も無しと謎の技術を使用していて悠は感心してしまった。

 

「(そもそもどこに召喚器を仕込んでいたんだ……。有里はマジックとか得意なのかもしれない。後学のためにぜひ教えて欲しい。――が喜びそうだ……)」

 

ちなみに、ペルソナを使用すること自体は問題なかった。

互角に戦えた方が緊迫した楽しい勝負になるからだ。

 

――3番手は特に運動能力の高い明彦、“タルカジャ”改め、宿していればオートで効果が得られる“タルカジャオート”の力によって、球速が突如20キロ以上も上がる事態に見舞われたが、ボクシングで動体視力なども鍛えられていたからなのか初球打ち。

しかし、その打球はそのままセカンドの美鶴の正面に飛んでいき、ベースも踏んで、ダブルプレーとなってしまった。

 

「くそっ……!」

 

明彦は悔しがっているが、良く反応できたとも言える。

そして、ツーアウト、ランナー 一塁で悠の打席が回ってきた。

 

「来たね。鳴上くん……。鳴上くんには、とっておきの秘策を考えてきたんだから!」

「望むところだ!」

 

>熱い勝負の予感だ……!

 

とっておきの秘策と聞いて、悠は、もしかしてペルソナのパラメーター補正も受けるつもりかと思った。

しかし、それはさすがにないだろうとすぐに考えを改める。

スキルをちょっと使うだけなら、最高でも“チャージ”によって2倍ちょいの威力を発揮するくらい――要は男子と互角以上に戦えるようになるくらいだが、パラメーター補正を受けたら、その瞬間にはもう一般人置いてけぼりの超人野球になってしまう。

じゃあ、変化球か何かかと、悠は初球は見ることにした。

 

第1球――ボール!

 

おや? と悠は首を傾げる。

 

第2球――ボール!

第3球――ボール!

第4球――ボール!

 

「……」

 

悠は無言で一塁へと進む。

マウンド上の湊に視線をやると、したり顔である。

 

「って敬遠かよ!」

 

悠の代わりにベンチ上で陽介がツッコんでくれていた。さすがだ。

 

「フ……鳴上くん! 勝負の世界は非情なのよ! なんか、絶対に打ちそうな鳴上くんには全打席敬遠! これがとっておきの秘策よ!」

 

そこには勝負師の顔付きをしている湊がいた。

 

「……」

 

悠は無言だった……。

空が青い。

 

「はっはっはっ! 策士策に溺れるとはまさにこのこと! 悠のことばかり気にして、オレっちのことを忘れていたようだな! 野球と言えば、このオレ! 伊織順平様の独壇場だぁーーー!!!」

 

三球三振、スリーアウトでチェンジだった……。

 

 

-1回裏-

 

真田明彦の第1球――ボール!

 

明彦は“タルカジャ”も使っていないのに湊よりも球速が出ているように思えた。

下手すれば140キロ近くでている。

流石すぎる身体能力だ。

その分、コントロールは微妙な感じだが……何とかストライクゾーンに入ってくれれば、それだけでも簡単には打たれないに違いない。

 

カキン――ッ!

 

いきなり打たれる……アイギスは卑怯だと悠は思った。

しかし、2番手の美鶴は上手いこと抑えて、続くバッターは湊だ。

 

「(有里は俺たちに比べると筋力は低いかもしれないが、何でも器用にこなせる奴だ。桐条先輩と同じく厳しめに攻めよう……。とはいえ、真田先輩のコントロールじゃ内角は危ないから、外角を中心に、最悪歩かせてもいいくらいの気持ちでいこう)」

 

悠は打席に立つ湊をジロジロと見て、方針を決める。

明彦も悠の出すサインに素直に頷いた。

1球、2球と、上手いことストライクゾーンに入って、追い込むことができたが、じゃあ1球置こうかと思ったボール球が、狙った辺りには行かずに、打たれてしまった。

これでランナーを背負った状態で4番に打順が回ることになる。

湊チームの4番は真次郎だ。

雰囲気で言えば4番打者のオーラが出ている。

パワーも明彦以上にありそうだし、とても打ちそうだ。

悠は野手用のサインを送って、守備位置を少しだけ後ろにずらす。

そして明彦にもボール球を要求するが、明彦は首を振った。

どうやら真次郎に対してだけは、まっすぐ勝負がしたいようだ。

これは仕方ないと、悠はそれを受け入れて、ど真ん中でキャッチャーミットを構えた。

 

第1球――ストライク!

 

1球目は見逃しのストライクだった。

どうやら、初めから見ると決めていたようだ。

だが、明彦のボールもかなり走っている。

真次郎が相手だと気合が違うようだ。

 

第2球――ストライク!

 

「(また見逃し……? 真田先輩が3球勝負をしてくるって、荒垣先輩もわかっているってことか……)」

 

できれば、ここでせめて1球外して欲しかったが、甲子園が懸かった公式戦でもないのに、男の勝負に口出しはできない。

悠はミットを一度叩くと、変わらずど真ん中に構える。

 

第3球――打球は高く上がり、センターの護のグラブにスポッと納まった。

 

「やるじゃねえか……アキ」

 

アウトになっても堂々の風格である。

実際に風でも吹いていればそれだけでホームランになっていそうな打球だった。

真次郎の打席はあと何回あるのか……できるだけランナーを溜めたくない相手だと悠は息を吐く。

 

次のテオドアは、これまで何を見ていたのか、イマイチルールを理解していないようで、バットを上下逆さに持ったり、空振った上になぜか三塁に走っていこうとしたり、おかしなことをやっている間にストライクスリーでアウトとなった。

 

――これで1回は終了だ。

 

 

 

 

 

(中略・やたら長くなりそうなので、とりあえずダイジェストで)

 

 

 

 

 

湊の打った打球はまっすぐにピッチャーである明彦に向かっていった。

明彦はそれをカウンターの要領でグラブでキャッチ……ではなく、なぜか本当に拳で打ち返した。

良い子は絶対に真似しちゃいけない行動だ。

普通なら、拳が壊れる。

ボールが再び打席へと向かってくる。

悠がキャッチしてアウトにと、そう判断して動こうとしたのだが、それよりも速く、これまたなぜか再度湊が打ち返した。なんで走らずに打席に残っているのだろうか。

 

「なにっ!!?」

 

明彦が驚きつつも、何とかそのボールを避ける。

何だかんだで湊はアウトになったのだが、明彦は二度目のボールを避けてしまったことにかなりの敗北感を感じているようだ。

 

「いやいや、野球! これ野球ですから!」

 

どういうルールで戦っているんだと悠はツッコもうかと思ったが、その前に陽介がツッコんでくれていた。助かる。

 

 

 

 

 

「どらぁ!!!」

 

もはや坊主というか破戒僧だ……。

60歳を越えているであろうに、この打撃力……意外な伏兵かもしれない。

 

 

 

 

 

「ヒュ~ウ、ワンダホ~! みなさんご覧になりましたか! 今あたしが見事にキャッチしたこのゴールデングラブ。さらにはイチローばりのレーザービームを可能にするかもしれないマッスルドリンコをお付けして、お値段29800円! いかがです~!」

 

か、買わなければ……!

キャッチャーである悠には必要ないというのに、悠は見事なアウトを取った、たなか社長の口上にあっさりと乗ってしまう。

 

>悠は29800円を失った……。

 

「ぐはっ……!」

 

>悠はマッスルドリンコを飲んで“毒”になった……。

 

「は、謀られたか……!」

「いやいや、勝手に引っかかったんだろーが!」

 

“ポズムディ”ですぐに回復したが、悠の精神的ダメージは大きい……。

 

 

 

 

 

「「ブッ……!!?」」

 

「え……死――ッ!!?」

 

突然口から緑色の液体を吹き出し倒れた秀利と慶介の姿に、ベンチ内がザワつく。

談笑していたはずの二人にいったい何事が起こったのかと思えば、マッスルドリンコに続いて、青ひげ店主特製の青汁スムージーによる犠牲者が出たようだ……。

店主は好意でスポーツドリンクをすり替えていたようだが、それは今や罰ゲームアイテムとして学生たちの間に広まっているものである。

まさか味方の中に敵が潜んでいるとは思わなかった。

 

「あ、危ねえ……!」

 

陽介が手にしていたボトルを手放す。

運が良かったと陽介は安堵の息を吐いているが、彼は未来でガッカリ王子というあだ名がつく程度には不運な少年なのである。

そしてそれはすぐに証明されることになる。

 

 

 

 

 

「これくらい余裕だぜ!」

 

陽介がそう言ってグラブを出すが、イレギュラーバウンドによって、そのボールの方向が変わり、陽介の股間を直撃した。

 

「うごっ……!!?」

 

アレは痛い。

男性陣が同情している間に、その惨劇を生み出した張本人である湊はてててーと陽介の横を通りすぎていく。

ハッと気づいて、慌てて順平がボールを掴んだ時には、湊は三塁まで辿り着いていた。

 

「いぇい!」

 

敵チームだからだろうか、Vサインを出す湊に空寒いものを感じる。

もしや、イレギュラーバウンドすらも狙って、股間に当てたのではないかと、そんなことを考えてしまったのだ。

悠は自分がちゃんとファウルカップをしていることを何となく確かめてしまった。

 

 

 

 

回が進むごとに打てなくなってきている。

普通なら逆だ。

回が進むごとにピッチャーに疲労も出てくるし、その球速にも慣れてくる。

なのに、なぜ打てなくなってきているのか……その答えを悠はすでに見つけていた。

 

――風花だ。

 

風花がアナライズ能力によってこちらの能力を分析したのだ。

苦手コースや手を出しやすい球種、有里は器用にそれに応えている。

“タルカジャ”なしでも、軟投派で通用しそうな気がする投球だ。

しかし、まさか野球にも応用できるとは……さすがはS.E.E.Sが誇るナビであった。

 

 

 

 

 

「え~と、仕事で抜けられなかった黒沢巡査の代わりで来たんだけど……」

 

新米刑事の足立が湊チームの助っ人として現れた……。

野球の腕前はどうなのだろうか。

 

 

 

 

 

第1球――ストライク!

 

「!!?」

 

凄いボールが来た。

150キロ級……これは間違いない。

“タルカジャ”に加えて、“チャージ”を使った投球だ。

投球動作に移るまでにちょっと間があると思ったらこれか。

 

「最終回。私たちのチームが勝ってる状態で鳴上くんに打席が回ったら、その時だけは勝負するつもりだった。勝負よ! 鳴上くん!」

「望むところだ!」

 

>熱い勝負の予感だ……! 今度は真剣だ!

 

悠と湊、それぞれの目の奥にボッ! と炎が燃え上がる。

 

「ぐっ……」

 

2球目は空振り……だが、呻いたのは悠ではなくて、キャッチャーの真次郎だ。

先程よりもさらに速い投球……160キロ級。

 

「(有里の後ろにチャップマンが見える……。生霊か何かを、ペルソナとして召喚してないだろうな……)」

 

スピードガン導入以降、人類最速170キロを出したというチャップマン。

しかしその記録は2009年には存在しないものだということに悠は気づいていない。

 

「(でも、俺は負けない……! そっちが人類最速なら、俺は第2回WBC決勝のイチローだ!)」

 

こちらは時間的には間違っていない。

悠は2009年で一番の話題とも言える、イチロー伝説の集大成のような、あのシーンを思い出して集中力を高める。

 

第3球――ファール!

 

「掠った……!!? さすがは鳴上くん……。ここまでやってもついてくるなんて……!」

「(有里はやはりチャップマンとは違う。本物のチャップマンの投球なら俺はきっと打つことはできないだろう。だけどこれは、“タルカジャ”と“チャージ”で無理矢理作り出した速度だ。速いだけならタイミングさえ合えば打てないことはない……!)」

 

悠からは黄色の、湊からは青の、燃え上がるオーラが天高く舞い昇っているかのようだ。

 

第4球――ボール!

 

「(危なかった……。まさか、150キロフォークなんてものを、この目で見ることになろうとは)」

 

まるで速いだけじゃないと悠の考えを否定するかのようなボールだった。

しかし、これを堪えられたのは大きい。

湊は明彦と真次郎のように、全球ストレート勝負というわけではなく、これを決め球にしていたに違いなかった。

 

「(そうじゃなくても、次はストレートで来る……!)」

「(鳴上くんはストレート勝負と読んでる。ここで“タルカジャ”も“チャージ”も使わなければ、球速差がフォークと比べても40キロ以上……打ち取れる可能性は高い。でも……それじゃあせっかくの熱が冷めちゃうよね。うん! やっぱり熱血には熱血!)」

 

湊はマウンド上で悠に握りを見せた。

最後はやっぱり王道、ストレート勝負だというアピールだ。

悠は頷いた。

 

「来い!!! 有里!!!」

「行くよ!!! 鳴上くん!!!」

 

第5球――その速すぎるボールの行方を追えた者は少ない。

 

キィィィンという耳鳴りのような金属音で、バットには当たったのだろうと遅れて気づく者たちが出てくる。

そして、ベースを回り始めた悠と、自分の背後の空をゆっくりと仰ぎ見た湊の姿に、二人の真剣勝負の決着を知ったのである。

 

鳴上チームの逆転だ。

 

 

 

 

 

「代走! コロマル!」

「犬ー!!?」

 

陽介が居るとツッコミをしなくて済むから助かる。

何度目かになるそんなことを思いながら、その選択はアリだなと思った。

コロマルの速力はアイギス以上……コロマルは命令にも従えるし、それにもう最終回だ。

逆転してしまえば次の回はないし、それが無理でもまずは同点にということだろう。

悠が考えている間に、さらに湊が動く。

 

「代打! “神木秋成”!」

 

湊の言葉に、顔色のあまりよくない青年が打席に立った。

代打に出る前に少し揉めていたようにも思えたが、どういう意図での起用なのだろうか。

悠は秋成を観察するが、運動を得意としているような身体つきには見えない。

少なくとも、わざわざ美鶴を下げるほどの打者ではないだろう。

……大事な場面ではあるが、せっかく来てくれたから記念にとかそういうことなのか。

あるいは考えさせての四球狙い……?

とりあえず、バッターに意識を向けるよりも、良い球を投げてくれるように、そう思っていた方がいいかと悠は思考を切り替える。

 

「!」

 

秋成の送りバント。

ボールを上手く当てた秋成は、走る気はこれっぽっちもないようだった。

しかしコロマルは確実に2塁に進んだ。

 

「(なるほど……この場面でプレッシャーを感じない。プレッシャーに強いタイプだったか)」

 

野球部員が居るわけでもないし、いままでバントをしようという人間がいなかったので、失念していた。

塁に居るのがコロマルだったこともあって、とにかく前に落とせさえすればよかったわけだ。

まあ、そういう理由なら結局美鶴でもよかったのかもしれないが、やはりそれは、来てくれたしせっかくだからという考えもあったのだろう。

とにかく、これでワンナウトで湊……そして、その次の真次郎にも回る可能性が高くなってしまった。

 

湊にはどう攻めるべきか……と言っても、やはり後は明彦に投げ切ってもらうしかないが。

 

「!」

 

まさかのバントだ。

秋成に続いて、湊までバントしてくるとは、悠の考えにはなかった。

湊は自分で決めに来るはずだと思っていたからだ。

 

「(荒垣先輩に託したってことか……。ヒットひとつでコロマルはホームに還ってくる。それでも延長……いや、まだ他にも手があるかもしれない。ホームランなら逆転サヨナラか……。よくできた展開だな)」

 

先ほどホームランを打ったお返しかもしれないと悠は思った。

そして、打つとしたら湊自身ではなく、真次郎だということだろう。

 

 

 

 

 

ファールが続くが、さすがにそろそろ決着がつく頃合いだ。

というか、ストレート対決に拘っている以上、ここは最後にもう一球だけ、最高の球を投げてもらうしかない。

 

 

 

 

 

注文通り、最高の一球が来たと悠は確信する。

バットを振り切る真次郎……タイミングは合っている。

 

キィン――!

 

真次郎の打った打球は、空高く上がり――しかし、豪快なスイングとは裏腹に飛距離は伸びず、ピッチャーである明彦がガッチリとキャッチした。

 

――ゲームセットだ。

 

 

明彦が打席の真次郎へと歩み寄り、その左手に視線をやる。

真次郎はそんな視線から逃れるように両手をポケットへと入れた。

 

「シンジ……お前、有里の球を受けてたことで、手が痺れてたんだな」

「……言い訳はしねえよ。負けは負けだ。……アキ、最後の一球が一番速かったぜ」

 

結局、再逆転はならず、明彦の完投と、悠の劇的なホームランによって試合に決着がついた。

 

「負けたよ……。鳴上くん」

「有里」

 

いろいろあったが、良い勝負だったとお互いの健闘を称えて握手を交わす。

 

>湊のことがまた少し分かった気がする…

 

【Rank up!! Rank5 愚者・有里湊】

 

>“有里湊”コミュのランクが“5”に上がった!

>鳴上悠の失われた力“愚者”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

「こらぁーーー!!! 誰だ、ワシの車にボールを当てたのは!!!」

 

その声に、さぁーッと悠の周りから人が引いて行った。

 

「え?」

 

みんな早い……さっきまでの青春ドラマのような状況はどうしたのだろう。

いや、これから起こるであろう出来事もそれっぽくはあるのだが。

 

そして怒鳴りながら現れたのは、えらく出っ歯で特徴的な髪形をしたスーツ姿の男だった。

男の話を聞くに、2年後辺りに実現を目指している、学園交流の下見のために出向してきた、八十神高等学校の倫理教師“諸岡金四郎”というらしい。

 

諸岡はクドクドと説教を始めた。

 

ホームランのすぐ後に来なかったのは、いまさっき車の惨状に気づいたからのようだ。

これは本来なら逃げ出したいと思うことなのかもしれない。

しかし、悠は、その説教が何かとてもありがたいことなように思えて真摯に聞いていた。

もう二度と聞くことのできない大切なもののように思ってしまったのだ。

 

その悠の真摯な態度に諸岡は溜飲を下げたのか、悠のホームランによって壊れたというミラー代の弁償は免除してくれると言う。

 

マジメな学生相手には意外とイイ教師なのかもしれないと思った。

 

「うむ……。都会のガキは生意気なだけかと思っていたが、貴様の態度は悪くなかった。それでいい。そのまま真面目な学生として日々をキチンと過ごせ。わかったな」

「はいっ。ありがとうございました」

 

悠が頭を下げると、諸岡は悠の背中をバシンと叩いて、夕日をバックに去って行った……。

 

【Rank up!! Rank5 法王・学園の教師】

 

>“学園の教師”コミュのランクが“5”に上がった!

>鳴上悠の失われた力“法王”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

※打ち上げ。(展開まだ若干未定)

 

悠が隠しメニューを完食。

だが……。

 

「(ば、馬鹿な……あのはがくれスペシャル肉丼をこうもあっさりと完食するとは……あの男子学生、ああ見えてステータスがカンストしているのか……!)」

 

一応ツッコんでおくと、ただ大食いなだけである。

 

「おかわりを頼む」

 

「(な、なんだってーーー!!?)」

 

悠は噂のグルメキングに対して、かつてない敗北感を感じていた……。

見た目が小太りなだけだと、心のどこかで彼を侮っていた部分があったに違いない。

しかしその敗北感こそが、いつか悠を更なる高みへと押し上げる原動力へと繋がることだろう。

 

悠の胃袋が宇宙になる日も近い……のかもしれない……。

 

 

 

 

 

2009年8月14日(金)

 

夏期講習。

 

 

2009年8月15日(土)

 

夏期講習。

 

 

2009年8月16日(日)

 

S.E.E.Sメンバーで夏祭り。(衣装の浴衣をGET!)。

 

 

2009年8月17日(月)

 

順平、健二、一志と映画祭り。(クラスメイトコミュ5)。

叶先生と上手くいっているらしい。

帰りにゲームセンター。

港区のゲームマスターJINの存在を知る。(コミュは8月20日だからまだ。順平がチドリと会うのも20日)。

悠のステータスに器用さが追加。

 

 

 

 

 

「いやー、実は俺、叶先生へのアタック成功したんだよね~」

「は? いやいやいや、それはさすがに夢見すぎでしょ」

「マジだっての! 鳴上も言ってやってくれよ」

「マジだ」

「……マジで?」

「マジだ」

「マジ……かよ……」

 

「つーか、お前らはどうなの? オレらもう高2よ。彼女の一人も、当然いるべきでしょ」

「な、何だよ。オマエ。急に上から目線になりやがって……。ついこの前まで、芸能人相手に叶わぬ夢を見る同士だったのに。くそーっ、あの頃のオマエはどこに行っちまったんだよ!」

「フフ、これが年上の女と結ばれた者の余裕ってやつかな」

 

健二はイケメン顔で鼻の下を軽くこする。

猛暑続く夏だというのに爽やかな風が健二の髪をさあっと撫でた。

 

「ええい、誰かコイツを斬れ! 裏切りだ。ここに裏切り侍がいるぞ!」

「おいおい、裏切ってなんかないだろー。だから、心配してやってんじゃん。どうなの? って」

「どうもこうも何もねーよ!」

 

順平がガーッと健二にキレる。

確かに悠の目から見ても、夏休み中の順平は基本的に寮や駅前などでダラケ呆けているだけだった。

ちゃんとしてるのは影時間での戦闘中とかだけだ。

 

「宮本はどうなん?」

「俺は今は部活一筋だからな。ケガもしちまったし、女にうつつを抜かしてる余裕なんてねーよ」

「そうだそうだ。オマエみたいにフラフラしてる奴とは違うんだよ!」

「なんで伊織がそっち側みたいになってんの。オレと同じで帰宅部のくせに。お前だって別に青春を部活に懸けてたりしてないだろ」

「うぐっ……」

「それに宮本もさ。そういうの理解してくれる彼女なら癒しだとか張り合いになっていいんじゃないの。例えば陸上部のマネージャーとかどうなのよ。結構仲良い感じじゃん」

「マネージャーって西脇のことか? どうって言われても、あいつはガキの頃から知ってるし、マネージャーはマネージャーだからそういう目で見たりしねーって」

「何? 部活内での恋愛禁止とかあんの?」

「そんなんねーけど。そういうことじゃないだろ。お前だって、あの幼馴染相手にそう思ったりしてないんだろ?」

「理緒? まーそりゃそうだな。幼馴染以前に、そもそも年上にしか興味ないしなー。オレ」

 

人と人の縁は不思議なもので、周りからはお似合いとか、付き合ったら良いのにとか思うような状況でも、本人たちにはまったくその気がないということは結構ある。

それで後々後悔する者もいれば、完全にそういうものだと割り切ったままの付き合いを続けていく者たちもいるだろう。

彼らがどちらであるかは分からないが、この時の彼らの考えは確かに言葉通りのものだった。

 

「んじゃ、鳴上は――……いや、お前はいいや。女子人気も高いしな。その気になれば、彼女くらいすぐにできんだろ。お前が誰を選ぶのかは見ものだけど。つーか、調子に乗りすぎて、背中からブッスリとかはやめてくれよー」

 

 

 

 

 

「ついでだからゲーセン寄ってかねー?」

「いいぜー。オレっちのスゴ技でお前らに格の違いを見せつけてやるぜ」

 

 

 

 

 

「港区のゲームマスターJIN……一体何者なんだ……」

 

先程の特徴で完全に正体を把握してしまった気がするが、悠はあえてそう呟いた。

知ってはいけない彼らの日常の一部を知ってしまったようなそんな気分になったからだ。

彼らに関わるつもりならそれなりに覚悟を決めた方がいいだろう。

そんな気がしていた。

 

 

 

 

 

2009年8月18日(火)

 

明彦のビデオ。

 

 

2009年8月19日(水)

 

失踪者救出・小野塚サツキ。(95F)。

 

 

2009年8月20日(木)

 

ストレガのタカヤと遭遇。

 

 

「おや……貴方も買い物ですか?」

 

ストレガのタカヤ……悠は警戒するが、戦いの気配はなく、先の言葉を考えるに、別に悠が一人のところを狙って現れたという訳でもないようだ。

単純に買い物に現れたということなのだろうか。

 

「まぁ私も霞を食べて生きている訳ではないのでね」

 

それはそうと、タカヤもさすがに普段から半裸でいる訳ではないようだ。

いや、あまり変わらないかも知れないが、一応という感じで――前ボタンは全開であるものの――白のワイシャツを羽織っている。

だがそれも当然か……さすがに普段から半裸でいれば、いくら海が近いとはいえ職質をされる可能性も高くなる。

それはタカヤとしても望む状況ではないはずだ。

 

「……料理はしないのか?」

「特には。私にとって食事とは生を繋ぐ行為でしかない。そこに喜びを求めるようなことはありません」

「栄養バランスは考えた方がいい」

「必要ないのですよ。私たちにはね」

 

必要ないと言う言葉を悠は少し考える。

タカヤのその言葉には食に対する興味がない以上のものが籠められているように思えた。

 

「いえ、少し喋り過ぎましたね。まぁ、どうでもいいことです。問題があるならサプリメントでも飲めばいい」

「……余計なお世話かもしれないが、簡単なレシピを書く。気が向いたら作ってみて欲しい」

 

タカヤは無言で悠を観察するような視線を向けているが、断ることも立ち去ることもせずにそのレシピを受け取った。

 

「本当に余計なお世話ですが、一応お礼は言っておきますよ。そもそも人に世話を焼かれるという行為が珍しい事柄ですからね」

「そうか」

 

悠が頷くと、タカヤは唐突にジーンズの背中に差し込んでいたらしい銃を抜くとその銃口を向けた。

一時的なものかもしれないが周囲に人気はなく、二人が向かい合うその空間だけが切り取られたような状況になっており、見咎めるような者はいない。

タカヤはこの瞬間を狙っていたのだろうか。

 

「ペルソナが使える状況では圧倒的な力を持つ貴方でも、今ならあっさりと殺せるかもしれませんね」

「……」

「試してみますか?」

 

タカヤの挑発を悠は真っ向から受け止めて見返す。

それを確認すると、タカヤは銃を再びジーンズの背中に差し込んで歪んだ微笑みを浮かべた。

 

「ふっ……冗談ですよ。私たちには特別な力がある。故に決着をつけるのはこのような場所ではない」

 

周囲の喧騒が戻ってくる。

二人の姿も僅かにだが人の流れの中に紛れた。

 

「もっとも、貴方の反応がつまらないものであったら本当に撃っていたかもしれませんけどね。とりあえず合格です。貴方には特別足り得る理由があり、私たちの敵としても相応しい」

 

我は汝…、汝は我…汝、新たなる絆を見出したり…絆は即ちまことを知る一歩なり。汝、“道化師”のペルソナを呼び出せし時、我ら、失われた力を解放せん…

 

>“道化師”属性のコミュニティである“ストレガ”のコミュを手に入れた!

>鳴上悠の失われた力“道化師”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

「さて、それでは私は行きます。次に会うのはあの時間の中かそれとも……どちらにしても少しだけですが楽しみに思えている気がします。勘違いでないと良いですね」

 

そう言ってタカヤは去って行った。

街中でいきなり銃口を向けて来るとは、やはりタカヤは危険人物であるようだ。

ストレガと名乗る彼らは、きっと力を求めている。

特別であることを強く望んでいるようだ。

その気持ちはあるいは普通の感情なのかもしれないが、もっと深い何かがある気もした。

 

「ストレガ……S.E.E.Sの前に現れた敵……か」

 

悠はそれだけ呟くと、買い物の続きをしてから、寮へと帰った……。

 

 

 

 

 

2009年8月28日(金)

 

乾が加入。

 

 

「(これがシャドウ……怖い……リーダーも鳴上さんたちも、みんな、ずっとこんなのを相手に戦ってきたのか……! でも、こいつらと戦っていれば、母さんの死の原因に、あの仇に辿り着くはずなんだ……! だから――!)」

 

「(逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……!) ――ペルソナ!!!」

 

 

 

 

 

「……乾、大丈夫か?」

「は、はい! これくらい平気です」

「本当に? 戦闘が怖かったりはしないか?」

「そんなこと! ……いえ、確かに、これが生き物が相手で、もっと感情剥き出しだったり、血がドバドバ出たりしたら、多少は怯んだかもしれませんけど、シャドウってそういうのないじゃないですか。だから大丈夫です」

 

乾はちょっとだけ嘘を吐いたが、その口にした言葉もまた事実であった。

悠たちにしても、それは、ペルソナに覚醒してすぐに戦えるようになった理由のかなり大きな要因であると言える。

生き物ではないから何やってもいい感とでも言うとアレな感じだが。

これが例えば、人間とまでは行かなくても、普通にモンスターで、そして死体が残るような相手だったら、まず間違いなく躊躇していたはずだ。

シャドウが相手の戦闘にはそれがない。

でも……。

 

「(ストレガ……)」

 

今は人間の敵がいる。

そんな状況でまだ小学生の乾をメンバーに加えてしまってよかったのかどうか。

 

「(ペルソナは精神の力だ。俺たちという前例を見て、そういうものだと思い込んだ結果というだけかもしれないが、乾のペルソナ能力はこれまで探索を繰り返してきた俺たちにもそこまで引けを取らない)」

 

 

「(あるいはお化けとか妖精が子供にしか見えないみたいな感じで、子供の方が非日常に馴染みやすいのか。それとも……この年齢にしてすでに、何か絶対に譲れない信念みたいなものでも持っているのだろうか)」

 

 

 

 

 

2009年8月31日(月)

 

夜、悠と湊の二人でコロマルの散歩。(湊コミュ5)。

湊コミュが5になってる事を湊が知り、自主リバース発動。

 

 

「……5だな」

 

「「…………」」

 

「えーっ!!? なんで!!? 鳴上くん、いつの間に私をそこまで攻略してたの!!?」

「いや、だから攻略って……」

「ダメだって! そんなのダメ! 罠カード! 自主リバース発動!」

「は?」

「リバース状態だからね! 今、私リバース状態だから! 気安く話しかけないで!」

「……有里、何を言ってるんだ?」

「だからリバース状態なの! 行こっ、コロちゃん!」

 

「クゥーン……?」

 

「……そっとしておこう?」

 

 

 

 

 

2009年9月2日(水)

 

真次郎が加入。

人数が増えてきたので探索のパーティーを2つに分けることに。

湊と悠のダブルリーダー仕様になる。

湊が無駄に対抗意識を発揮。

 

 

「そうですねー……。いいんじゃないですかー……」

「ものスゴイ不満そうだな」

「べつに有里の指揮能力を疑っている訳ではない。効率の問題だ」

「……分かってます」

「そうか。なら、パーティーの分け方だが……」

 

美鶴がそう口にすると同時に上がる手が一つ。

 

「ハイ! 私、鳴上くんの方を希望します!」

「ゆ、ゆかり……私を裏切るんだ……」

「裏切るとかじゃないっつーの! あんたと同じパーティーだと着せ替え人形みたいな真似をさせられるからでしょーが!」

「ヒドイ! 私はゆかりの魅力を最大限引き出そうとしてるだけなのにっ」

「頼んでないから」

「ふ、ふーんだ! 将来モデルになってから私のありがたさが分かるんだから!」

「だから、その妙に確信したような予言は止めて欲しいんだけど……」

 

>ゆかりが悠のパーティーに加入した!

 

「まあまあ、湊。代わりにオレっちがお前のパーティーに入ってやるからよ」

「順平……」

 

湊が潤んだ瞳を順平に向ける。

だが――。

 

「気持ちは嬉しいけど、保留で」

「なんでだよっ!!?」

「だって……物理系なら荒垣先輩の方が見た目から強そうだし……真田先輩の方が回復スキルも使えるから……」

「ちょっとー!!! 理由がマジすぎて反論しづらいって!!!」

 

>順平、保留。

 

「わたしの大切は貴方を守ることであります」

「うん! アイギスは一緒に行こうね!」

「……そしてこの対応の差だよ」

 

>アイギスが湊のパーティーに加入した!

 

「俺はどっちでもいいぞ」

「僕も……」

「じゃあ、回復役のゆかりが取られたから二人共こっちで!」

「そうだな……それなら、私が鳴上の方に入るか」

「えっ……桐条先輩……」

「そんな目を向けられても困る。人数で言えば、有里の方はもう足りているだろう」

 

美鶴もゆかりと同じ理由がその判断の大部分を占めていたが、それを表情に出さないところはさすがである。

 

「全員こっちでもいいのに……」

「……なんの為のパーティー分けだ」

 

>美鶴が悠のパーティーに加入した!

>明彦と乾が湊のパーティーに加入した!

 

「残りはシンジとコロマルか……」

「オレー!!! 真田さん!!! オレっちも残ってますって!!!」

「……そうだったな」

「実際問題として鳴上があと一人を選べば、残りは山岸の護衛でいいのだがな」

 

美鶴の言葉に順平が必死に悠に向けてアピールを開始した。

悠はそんな順平の肩を叩き、じっとその目を見る。

 

「悠……」

「ああ。コロマルで」

「うおいっ!!?」

「……半分冗談だ。順平とコロマルが俺の方に入ってくれ」

「ちょっと待ったーーー!!! 順平はともかく、コロちゃんはこっち!!!」

「オレはともかくってさぁ……」

 

悠も半分は本気ってことだしよぉ……と順平は愚痴っているがそちらはスルー。

 

「ん? それでもいいが、なら荒垣先輩はこっちだな」

「ああ……」

「ぐ、ぐぬぬ……荒垣先輩がこっちでいいです……」

「そうか。じゃあコロマル。よろしく頼む」

「ワン!」

 

>順平とコロマルが悠のパーティーに加入した。

>真次郎が湊のパーティーに加入した。

 

結果として――。

 

有里湊パーティー:真田明彦、アイギス、荒垣真次郎、天田乾

 

鳴上悠パーティー:岳羽ゆかり、伊織順平、桐条美鶴、コロマル

 

というのが、これからタルタロスを探索するのに当たっての基本的なパーティーということに決定した。

 

「こ、これで勝ったと思わないでよっ!」

「そもそもどこに勝ち負けを感じてるのかが分からないんだが……」

 

悠の言葉も湊には届かず。

未だに自主リバース状態であるようだ。

 

「ふっ、だが結果的によかったな。久しぶりにお前と組める」

「そうだな……」

 

明彦に対してそう返す真次郎の視線は乾に向けられていた。

このタイミングで真次郎が復帰した理由は乾がいることと何か関係があるのだろうか。

 

「では、これで決定だな。その日の体調や探索状況に合わせて、どちらも一名を山岸の護衛兼備えとして待機させるようにしてくれ」

「分かりました」

「了解です」

 

基本的には体調の悪い者を残して行けばいいと思うが、風花がペルソナに覚醒した時に大型シャドウがエントランスに現れたことなども考えればそうとばかりも言えないかもしれない。

よほど絶好調の者でもいない限りはローテーションにでもするのが無難だろう。

 

そして今日も彼らはタルタロスへと挑む……。

 

 

 

 

 

2009年9月3日(木)

 

新人アイドル・久慈川りせと遭遇。(自称特別捜査隊?コミュ4~6? ←若干未定)

夜行動中、ポロニアンモールで携帯を拾い、渡そうと追いかけたところナンパされたりせを助ける。

失踪者救出・牧田令子。(108F)。

 

 

 

 

 

「誰デスカー? つーか、あんた。俺らの邪魔するとぶっ飛ばしちゃうよ?」

「あ、こいつまさか……」

 

二人組の一人が睨みを効かせながら詰め寄って来ようとしたところを、もう一人がハッと何かに気づいたのか、その肩に手をやって止めた。

 

「お、おい、待てって! こいつ月高の番長じゃ……」

「番長ってお前、昭和生まれかよ。いまどきそんな奴が――ってアレか!!? 復讐代行者を返り討ちにしたってやつ!」

「そう、それだよ! 前にこいつにあしらわれた奴らの一人が、こいつがリア充っぽくてムカつくってのもあって、シャレで復讐依頼したら振り込んだ金が数日後に返金されたって」

 

復讐代行……確かストレガのことだ。

しかしまさか復讐代行サイトの依頼対象にされていたとは、少し自重した方がいいのだろうか。

 

ああ、完璧な自分が憎い。……いや、冗談だ。

 

でもこういう冗談を、選択肢を選ぶようなノリで簡単に口に出してしまうと、きっとまた依頼される気がするから気をつけることにしよう。

 

「復讐代行者って拳銃(チャカ)持ってるって噂もあったよな……?」

「あ、ああ……」

拳銃(チャカ)持ってる奴を返り討ちにするってどんだけだよ! ヤベエ……行くぞ!」

 

少女に絡んでいた男たちは、こちらの返答を待たずに、自分たちで状況を完結させるとスタコラといった感じで去って行った……。

 

 

「大丈夫だったか?」

「あ、うん……えっと、番長なの?」

「いや、そういう風にからかわれたことはあるが、噂になってるのは初めて聞いた」

「そうなんだ。ふふっ、変なの!」

 

夜に男二人に絡まれるという緊張状態から脱したからか、少女は悠に対して笑顔を見せた。

 

「あ、携帯ありがとう」

「可愛いストラップだな」

「うん。お気に入り。失くしてたら大変なことになってたから本当に助かった。あ、携帯のことね。仕事の連絡も入るから」

「仕事の?」

「あ……うーん。内緒だけど、私、実はアイドルなの」

「そうなのか」

 

こそっと口元に手を当てて自分の秘密を披露する少女だったが、悠の反応が驚くでもなく普通であったためにぷくーっと頬を膨らませる。

 

「むー。あっさりした反応。まあ確かにまだまだ新人なんだけどね。――久慈川りせ、中学2年生の期待の新人アイドル! ……なんて、名前くらい覚えてね、先輩」

 

目深に被っていた帽子を取って、その場でくるっとターンして自己紹介をするりせ。

けれど勢いでやったことで恥ずかしくなったのか、それとも人目を気にしたのか、いそいそとすぐに帽子を被り直した。

 

それから悠も自己紹介をして、少しだけ世間話のようなこともして……。

 

「明後日ね、ここのクラブでシークレットライブをやるの。まぁクラブでやるとは言っても私の年齢の問題でお昼にやるんだけどね。今日は近くに来る用事があったから、ついででその下見っていうか……」

「そうか」

「うん……結構ね。毎回不安なの。少し前までは人前で歌うなんてこと考えてもなかったから。だからつい足が向いちゃったって感じかな」

「なるほど。――でも、この時間に中学生が一人で来る場所じゃない。駅までなら送るよ」

「あ、ありがとう」

 

駅へと続く道を二人並びながら歩く。

そんな中でりせがちらっと横目で悠のことを見上げながら、口を開いた。

 

「……あの、先輩って、前にどこかで会ったことある?」

「いや……ない、と思う。振り返ると、そういえばテレビで何度か見たような記憶はあるけど」

 

それは悠も感じていたことで、例えるなら……そう、陽介などと最初に出会った時の感覚に似ていたが、悠は不確かなそれを、テレビで見ていた芸能人と直接会ったからだということで納得させた。

……そういえば陽介は久慈川りせのファンだとか言っていたような気がする。

この状況を陽介に知られたら羨ましがられるだろうか?

 

「そっか。だったら、私の方が知ってる理由にはならないよね。……私、普段はこんな喋る方じゃないんだけどな……うーん、ま、いっか。じゃあ、悠先輩! 私はこれで。縁があったらまた会おうね!」

 

笑顔で手を振って、いつの間にか着いていた駅構内へとりせの姿が消えていく……ハズだったのだが、りせは不意に立ち止まり、くるっと振り返ると小走りで戻ってきた。

 

「――と思ったんだけど、縁って自分の力で作るものだよね! これ、私のシークレットライブに入れるチケット! ちょうどあまってたから悠先輩にプレゼント! よかったら遊びに来てね!」

「ああ。ぜひ行かせてもらう」

「うんっ。じゃあ今日は本当にありがとう!」

 

【Rank up!! Rank4~6 星・自称特別捜査隊?】

 

>“自称特別捜査隊?”コミュのランクが“4~6”に上がった!

>鳴上悠の失われた力“星”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

2009年9月5日(土)

 

りせのシークレットライブでトラブルが発生、通りすがりの探偵王子と協力して解決する。(自称特別捜査隊? コミュ)。

大型シャドウ戦。

 

 

 

 

 

2009年9月12日(土)

 

失踪者救出・北村文吉。(120F)。(湊のコミュ相手)。

 

 

 

 

 

2009年9月18日(金)

 

湊と相合傘イベント。

湊が自主リバース状態から復帰。(湊コミュ6?)。

台風よ去れー! と湊の指揮の下S.E.E.Sメンバーが総出で無駄にペルソナを発動してまで願う。(台風は去った)。

 

 

 

 

 

「みんな、ペルソナを出して! そして願うの! 台風よ去れーーー!!! ――はい、続いて!」

 

「「「「「「「「た、台風よ去れー……」」」」」」」」

 

「全! 然! ダメ! 特にゆかり! 今声出してなかったでしょ!」

「だって実際去って欲しくないしさ……」

「はい、アウト! ゆかり、アウト! これでもし台風が去らないで、文化祭が潰れたら、ゆかりは今後タルタロスをバスタオル一枚で探索します」

「ちょっ!!? あり得ないから!」

「いいえ、あり得ます! イヤなら声を出して心から願うの! 私たちペルソナ使いには奇跡を起こす力があると! 天候くらい変えられると信じてっ!」

「分かったわよ……」

「じゃあ、みんなもう一度ペルソナを出して!」

 

「イザナギ!」

「イオ!」

「ヘルメス!」

「ポリデュークス!」

「ペンテシレア!」

「ルキア!」

「パラディオン!」

「ネメシス!」

「ワォーン(ケルベロス)!」

「カストール!」

 

「――オルフェウス!」

 

「続いて、鳴上くんは私と一緒にペルソナチェンジをし続けて! 主に天候に関係ありそうなペルソナで!」

「分かった」

 

「イイ感じ! それじゃみんな行くよ! 台風よ去れーーー!!!」

 

「「「「「「「「「「台風よ去れーーー!!!!!」」」」」」」」」」

 

…………台風は去った。

影時間の間中、湊の号令の下に粘り続けたS.E.E.Sメンバーの想いは通常時間の天候に影響を及ぼしたらしい。

 

「やったね! 奇跡は果たされた!」

「奇跡か……」

「奇跡……」

「そうか。俺たちはやり遂げたのか……」

「っていうか、こんなとこで奇跡を使っちまってよかったんスかね?」

「……もうなんか、どうでもいい。それこそ、どうでもいいが口癖になりそうなくらいどうでもいい」

 

月光館学園――文化祭開催決定!!!

 

 

 

 

 

2009年9月21日(月)

 

敬老の日。

はしゃぎ過ぎたのか湊が寝込む。(湊的にはベルベットルームで新たな合体方法が解禁)。

看病イベント。(湊コミュ)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※カリギュラ効果。

 

見てはいけないものほど見たくなる。

してはいけないものほどしたくなる。

という心理効果のこと。

 

そんな訳で、ここで帰ったほうがいいです。

まあ、この先は本当にちょっとだけなんですけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009年11月9日(月)

 

望月綾時が転入してくる。

影の少年コミュが発生。(死神コミュ1)。

 

 

 

 

 

ひとりでにテレビが点いた。

モニターの中に誰かの姿が映っている。

月光館学園の制服……首には湊と同じようにMP3プレーヤーを提げてるが男子学生のようだ。

 

『……繋がった……キミが……そうか……』

 

ザザッ……ザーッ……。

 

モニターが消える。

影の少年。

彼は何を伝えたかったのか。

暗がりの中で見てもその姿はもう映らない。

 

我は汝…、汝は我…汝、新たなる絆を見出したり…絆は即ちまことを知る一歩なり。汝、“死神”のペルソナを呼び出せし時、我ら、失われた力を解放せん…

 

>“死神”属性のコミュニティである“影の少年”のコミュを手に入れた!

>鳴上悠の失われた力“死神”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>この先にはまだ踏み込むべきではない……。

>本当に踏み込みますか……?

 

→踏み込む

 踏み込まない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20××年○月×日(?)

 

悠が寮の屋上でやさい畑の世話をしていると、キィ……っと寮に繋がる屋上のドアが開いた。

現れたのは湊だ。

湊の様子がいつもと違うのはすぐにわかった。

湊はいつもの明るさを潜め、儚げな愁いを帯びた表情をしている。

悠の存在には気づいているようで、一瞬視線を向けたが、特に話しかけてくることもなく、腰よりは少し高いくらいの屋上の縁へと寄って、腰を下ろし、ぼんやりと眼下の街並みを眺め出した。

身体は内側に向いているが、その雰囲気もあってどこか危なっかしい。

話し掛けづらい――話しかけないで、とそういう感じのオーラが出ているが、悠はそれを理解した上で踏み込んだ。

 

「何かあったのか?」

 

悠の言葉に、湊は苦笑を浮かべながら視線を悠へと向ける。

 

「やっぱり鳴上くんは、こういう時に踏み込んでくるタイプの人なんだね」

「迷惑だったか?」

「んー。どうだろ……。でも、もしかしたら期待してたのかも」

 

湊は少し口を噤んで、はあっと一度白い息を吐き出してから、喋りだす。

 

「神木さんって言って鳴上くんは分かる?」

「神木……俺も何度か会ったことがある相手だな。色白で線の細い――」

「うんそう。神木さんね。死んじゃったんだ」

 

視線を街並みに戻し、ぽつりと湊はそう言った。

 

「……そう、か」

「病気。本人も自分の余命がいくばくも無いのは分かってて、私も知ってた」

 

冬の冷えた空気が、二人の心までも冷やしていくようだ。

かじかむ指先が妙に気になる。

 

「でもさ。知っていたからって、分かっていたわけじゃないの。その日に居なくなるって。あれが最期だなんて。そんなの分からなかった。嘘みたいだよね。もう居ないんだって、神木さん。もうどうやっても会えないの」

 

湊がまたはあっと白い息を吐き出した。

 

「私ね。こういうの初めてじゃないんだ。昨日まで居たはずの人が居なくなるってやつ。鳴上くんももう知ってるよね。私の両親が事故で死んだってこと。事故って言うか……それが始まりみたいなものだったらしいけどさ」

「……」

「家族が自分の目の前で死んだことで、私は“死”を乗り越えた気にでもなってたのかな……。結局あの頃とあまり変わってないのかも。弱いまま。誰かが死んじゃうんだってことを知っても、何もできはしない。それと戦わなくちゃいけないってのに」

「それは……別に弱さじゃない」

「そう? ねえ、鳴上くん。メンドクサイ質問するけど、生きるってどういうことだと思う?」

「生きる……」

 

悠の中にその答えは無数にあった。

これまで沢山の人たちが、それぞれの表現方法でそれを残しているからだ。

でも、それが悠自身の答えになるかと言えば、そうではない。

だったら、悠もまたそれを残すことが、生きるということなのだろうか。

 

「……私はね。実はもうほとんど自分の中で答えが出てるんだ。“生きるとは、命を懸けること”。自分の大切なものの為にその命を使い尽くすこと。私は、自分よりも大切だと思う誰かや、何かの為に、生きて――そして、死にたい」

「有里」

「なんて。ほんとはそもそも死にたくないんだけど。でも、私、みんなが好き。ゆかりも風花も順平も、桐条先輩も真田先輩も荒垣先輩も、天田くんに、コロちゃんにアイギス、それに、もちろん鳴上くんもね。誰にも死んで欲しくない。生きていて欲しいの」

「そんなの俺だって同じだ。有里だって死なせはしない」

「あはは、ありがとう」

 

湊は悠の言葉に笑顔を浮かべる。

その笑顔は含むものがない、いつもの湊のそれに見えた。

しかし、それもすぐに消える。

 

「神木さんにも、そう思ってたんだけどなあ」

「……」

「ねえ、分かる? 鳴上くん。これがきっと私たちの敵なんだよ。病気だから仕方ないって思ったり、それが天命だったなんて受け入れようとしてみたりさ。命を諦めたり、死を想うこと全部。――ね。本当のところ、勝てるわけないって思わない?」

 

湊は弱音を吐いているのか、それとも悠の覚悟を試しているのか。

その横顔からは伝わってこない。

コミュ能力の高い悠にも、それが分からないのは、湊の作り出す空気感に呑まれているせいか。

 

「それでも、諦めるわけにはいかない」

 

不安がないわけじゃなかった。

だから悠は自分に言い聞かせる為にもそう口にした。

 

真実を嘘にして、嘘を真実にする。

 

真実を探求し続けた悠からすれば矛盾する行為だが、今更でもある。

この戦いは、きっと初めからそういうものだった。

全ては、死ぬはずの人間の運命を覆す為にあったのだから。

 

「――だったら約束してくれる?」

「約束?」

「そうそう。そこまで言うんだから、鳴上くん、私を守ってよ」

「任せろ」

「そんな簡単に返事して大丈夫? 私、たぶんスゴイ無茶するよ。誰かがピンチになれば自分の身を投げ出すだろうし、難易度高いと思うな。だってどうしてもこれだけは譲れないんだもの。つまり、私を守るってことはみんなを守るってことだよ」

「任せろ」

 

悠は頷き同じ言葉を繰り返した。

それに関しては悩むまでもないことだった。

そもそもそれが悠の目的で。

そして、そんなのは今までずっと、影時間に挑むことを決めてから今日まで、ずっと繰り返してきたことなのだから。

 

「そうなんだ……。任せちゃっていいんだ?」

「ああ」

「そっかぁ」

 

湊は何だか納得したように頷く。

 

「じゃあ――指切り」

 

湊が小指を差し出してくる。

子供の時にも何回もやってないだろうそんなやりとりを、同級生とやるという状況に、悠は多少の気恥ずかしさを感じながらも、自分の小指を差し出して湊のそれに絡めた。

冷えた指先、そこにだけ熱が灯る。

 

「ゆびきりげんまーん、うーそついたらー、嘘ついたら――どうしよっか?」

「何でもいい。約束は守るからな」

「じゃあ、神様にケンカ売って、倒してくるとか」

「神様?」

「だってもしそんなのがほんとに居るなら、この状況を静観してるってことでしょ。一発くらい殴っておきたいなあって」

「なるほど」

 

ペルソナとは違う本当の神仏。

かつて未来でそれを倒した悠は、いまだその未来の先を知りはしない。

そしてそこでは過去であったはずの現在も。

 

実際これまではある意味で勝利が確定していた戦いだった。

けど、ここからは違う。

 

敗北必至――そして確実に人が、湊が死ぬ戦い。

 

湊のこの言葉ですら、すでにある未来を示唆するだけのもので。

だけど、悠はそれを覆す為に、ここに来た。

 

>湊のことがまた少し分かった気がする…

 

【Rank up!! Rank9 愚者・有里湊】

 

>“有里湊”コミュのランクが“9”に上がった!

>鳴上悠の失われた力“愚者”属性のペルソナの一部が解放された!

 

 

 

 

 

「――期待してるよ、悠!」

「え?」

 

ゆーびーきった! と絡めた指を解いて立ち上がった湊が、ぽんと悠の胸を叩く。

 

「どうかした? 鳴上くん」

 

湊は先程までとは違い、にやにやと試すような視線を向けている。

美しき悪魔は伊達ではないようだ。

 

「いや……」

 

だが、悠はそれに返すことはできない。

ヘタレているわけではなく、最後の戦いがどうなろうと、自分がこの世界から居なくなることをもう理解しているからだ。

それがヘタレだと言われればどうしようもないが。

 

「あーもー、ダメダメ! 鳴上くんはそういうラブコメの主人公みたいなびみょーな反応は似合わないよ。決める時はビシッと決めないと。あはは、なーんて。そういうのは全部終わってからじゃないと、ね。これは――未来を掴む為の戦いなんだから」

 

勝手なのは理解していた。

湊が語った神木秋成のように、どうしても死ぬ人間も出てくる。

毎日どこかで見知らぬ誰かが死んでることも知ってる。

それでも湊を助けたい。

頼まれたからとかじゃなくて、自分の意思で。

それが今の悠の紛れもない本心だった。

 

湊がみんなを守るなら、そんな湊を守る人間が一人くらい居てもいいはずだ。

 

「(いや、一人なんて傲慢だな……。未来を知れば、きっと彼女に関わったほとんど全員がそう思う。有里湊は、そういう人間なんだ)」

 

寮へと戻っていく湊の背中を見送って、悠は空を見上げる。

 

「(それと、もう一人……。必ず助けてみせる)」

 

物語の終わりが近い……。




PQ2!
ハム子が出る……だと……?
それってつまりキタローとも番長とも出会っちゃうやつじゃん。
公式スゴイな! 何でもやっちゃうな!
こっちは一向に進まないのに!

でもやっぱり3DSなのね……もう時代はとっくにSwitchのはずだけど。


こんな冬の日になぜ夏の暑さに頭をやられたような話を更新してるのだろうか……。
でもこれはあれなんですよ。
結構前、ジェイソンゲーとかが流行ってた時に書いたやつで、それを見つけてしまったので更新しとこうかなみたいな。
あ、7月23日のところです。またねー。

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