5月序盤は相変わらず駆け足。
日常シーンを書き足そうかなとか思ってたけど、まだ5月だしなぁと止めました。
2009年5月1日(金)
悠は学園が終わった後、ポロニアンモールにある“ビー・ブルー・ヴィー”という名のヒーリングショップでアルバイトをしていた。
湊たちは明彦の検査入院のお見舞いに行くという話だが、あまり大人数でもどうかと思って悠は断ったのだ。
ふと、店の外を見た悠は、ホテルのドアマンのような青い服を身にまとった人物と、お見舞いに行ったはずの湊が妙なやり取りをしているのを見て取った。
ここでアルバイトを始めてからそれなりに時間は経っている。
どうやらお見舞いは済んだようだが――。
「綺麗な“完二”……?」
自分で呟いた言葉に首を傾げながら、意識を二人から外すと、悠は仕事に戻った。
2009年5月2日(土)
悠は下駄箱で陸上部のマネージャーである西脇結子の姿を見つけた。
「西脇」
「え、あ、鳴上くんか」
「よければ一緒に帰らないか?」
「あー、うん。いいけど」
結子が了解したので二人は一緒に帰ることになった。
ポロニアンモールの喫茶シャガールに寄る。
「鳴上くんってこういう店に来るんだ?」
「バイトもしてる」
「え、そうなの! 部活もバイトもって、大変でしょ? 他の部員にも見習わせたいわ」
結子は部員に対する愚痴を言い始めた。
「だいたいみんなさ、マネージャーを扱き使い過ぎ……。うちの部の男共って子供だし。図体はデカいけど。やれ、俺のタオルどこ? だのさぁ……。私は保母さんじゃないっての」
「すまない」
「えっ、鳴上くんは謝らなくていいよ! 鳴上くんは全然そういうところないしさ! ――ってか、愚痴ばっか聞かせてごめん。なんか鳴上くんって聞き上手っていうか、頼りになる雰囲気があるから。つい喋っちゃって……」
「別に構わない」
「そう? でもごめん。……って、謝られてばっかでも困るよね。そだ! 注文! 追加しよっと! すいませ~ん!」
結子はさらにケーキを二つ注文するようだ。
「……ひょっとして食べ過ぎ? で、でも、食べた分のカロリーはマネージャーの仕事で消費するもんね?」
「そうだな」
>結子との間にほのかな絆の芽生えを感じる…
>結子のことが少し分かった気がした…
【Rank up!! Rank3 戦車・運動部】
>“運動部”コミュのランクが“3”に上がった!
>鳴上悠の失われた力“戦車”属性のペルソナの一部が解放された!
ペルソナ全書を見るが、影が一つ少しくっきりとした輪郭になっただけだった。
やはり悠がそれらを制御できるLVにならなければ、いくら解放されても意味がないらしい。
しかし、コミュは個人との絆かと思っていたが、グループによって築かれていることもあるようだ。
コミュがあるからないからではなく、多くの人たちと交流を持つことこそが絆を深めるためには大切なのかもしれない。
「今日は色々話せて楽しかったよ! よかったらまた声掛けてね!」
結子と別れて寮に帰った……。
2009年5月3日(日)
今日は憲法記念日。
3日間のゴールデンウィークの始まりだ。
なんとなくテレビを点けると、ちょうど通販番組が始まるところだった。
耳に残る曲が流れ、軽妙なトークで男が商品を勧める。
『さ~あ、本日紹介する商品はこちら! ズバリ、“ツカレトレール”! あなたの健康を守ります! ヒュ~ウ、ワンダホ~! これになんと! “マッスルドリンコ”を2個お付けして、お値段はたったの1980円!』
悠は携帯を取り出すと商品を注文した。
その後、寮を出る。
何をしようかと考えて、辰巳ポートアイランド駅にある映画館“スクリーンショット”でアルバイトをすることにした。
そして夜は、今月18日からある中間テストに向けての勉強。
悠はゴールデンウィークの初日をかなりマジメに過ごした。
2009年5月4日(月)
初日をマジメに過ごした悠だが、マジメなだけではつまらないだろう。
というわけで、その日は部活仲間である一志に遊びに誘われたこともあって、休日の学生らしく遊んで過ごした。
一志は休日でも変わらずジャージ姿だった。
どうやら一志は見た目よりも機能性を優先するタイプのようだ。
1日遊んで、少し一志のことを理解した気がする。
>一志との仲が深まった気がした。
同日 -夜-【辰巳東交番】
特に何を買うわけでもないが、ポロニアンモールに来たついでに顔を見せた。
黒沢の機嫌は良い。
……そういえば、前に機嫌が良かったのも月曜日だっただろうか。
これは偶然かそれとも。
青ひげファーマーシーは土曜日がセールだと分かっているが、こちらは黒沢の機嫌に寄るので、それが分かれば買い物もしやすくなるのだが。
来週も覚えていたら確認してみようか。
悠はそんなことを考えながら、結局世間話を少しだけして交番を出た。
2009年5月5日(火)
今日はまず通販で頼んでいた商品が届いた。
そして、中身を確認していると、携帯が鳴って、今度はクラスメイトの健二に誘われた。
悠はせっかくなので健二の誘いにも乗ることにした。
「よっ! さてと、今日はどこ行く? ……そういえば、前の時も思ったけど、お前の私服姿ってかなりイケてるよな。タッパもあるから大人っぽい感じでさ。……よし! 今日は服見に行こーぜ。俺にどんなのが合うかお前の意見も聞かせてくれよ」
「ああ。分かった」
健二の要望で服屋を中心にポロニアンモールを見て回った。
1日遊んで、少し健二のことを理解した気がする。
>健二との仲が深まった気がした。
2009年5月6日(水)
そうして、ゴールデンウィークは瞬く間に終わってしまった。
また今日から学園が始まる。
休み明けということも影響してるのか、授業中に順平から質問の答えを聞かれたりもしたが、それは正解を教えることができた。
放課後になって、少し学園を回ってから、帰るために下駄箱へと向かうと、どこか疲れた顔をした担任の鳥海と遭遇した。
「なんか疲れているみたいですけど大丈夫ですか?」
「ああ、鳴上くん……。ちょっとね。……あ、鳴上くんはネットゲームってやる?」
「いえ……」
悠は順平に貰ったゲームのことを思い出しながらも、やってはいなかったので正直に答えた。
「そう。私ね、ちょっとハマってたゲームがあったんだけど、最近どうもいまいちでね。もう止めようかなって。良いストレス解消だったんだけどね~……」
「そうなんですか」
悠は鳥海の言葉に対してどう答えるかと考えていたところで、通販番組で手に入れたアイテムの存在を思い出した。
「あの、あまり役には立たないかもしれないですけど、これをどうぞ」
「え、いいの?」
「はい。それで少しでも元気が出れば、俺も嬉しいですから」
「鳴上くん……ありがとう。――そうね。こうして気遣ってくれる生徒がいるなら、私もまだまだ頑張れるわね。教師としては生徒に励まされるなんてダメかもしれないけどね」
>鳥海との間にほのかな絆の芽生えを感じる…
>鳥海のことが少し分かった気がした…
我は汝…、汝は我…汝、新たなる絆を見出したり…絆は即ちまことを知る一歩なり。汝、“法王”のペルソナを呼び出せし時、我ら、失われた力を解放せん…
>“法王”属性のコミュニティである“学園の教師”のコミュを手に入れた!
>鳴上悠の失われた力“法王”属性のペルソナの一部が解放された!
ペルソナ全書を見ると、すでに登録済みだった“オモイカネ”が強化されている。
弱点が変わり、その対策含めて、色々な耐性をスキルとして持っていた。
ただ、LVが増えてはいないので、使う気なら少し成長させなければならないだろう。
シャッフルタイムで得られたペルソナは、スキルがない限り勝手に経験値が入ったりはしないのだ。
コミュで強化されたことによって、これからはそうではないかもしれないが……。
しかし、前にも思った通り、人の絆をコミュだけで測る気はないが、コミュの発生するタイミングによっては、いまいち使うタイミングのないペルソナも出てきそうではあった。
「鳴上くんも何か困ったことがあったら私に相談してね。私は鳴上くんの担任なんだから」
悠はその言葉にお礼を言うと、学園を出た。
その帰り道……なんとなく“長鳴神社”の方面から帰ることにした悠は境内から湊の声を聞き取った。
気になった悠がそちらに足を向けると、ランドセルを背負った女の子とお喋りをしている湊の姿があった。
悠の気配に気付いたのか湊がこちらに顔を向ける。
「あ、鳴上くん。寮に帰る途中に寄ったの?」
「ああ」
「……お兄ちゃん、だーれ?」
「私のお友達だよ」
「鳴上悠だ。よろしく」
「“舞子”は舞子だよっ!」
「そうか、舞子ちゃんか……」
悠は舞子の姿に誰かの面影を見た。
その感覚に戸惑った悠は、二人と軽く話した後に別れた。
長鳴神社を出たところでポケットに手を入れる。
取り出した手には一枚の写真が握られていた。
それはある“家族の写真”だ。
悠には舞子よりも年下の――妹のような存在がいたのだ。
そして兄と父の中間のような存在も。
「……次に会う時、がっかりされないように頑張らないとな」
あるはずのない写真という違和感には気付かず――。
悠はただ、より強固な意志で、これからの学生生活や影時間に挑むことを家族に対して誓ったのだった。
2009年5月7日(木)
悠は2-F教室前廊下で生徒会会計の伏見千尋と出会った。
「あ、千尋。――あれから、生徒会に顔を出せていなくてすまない。何か大変なこととか起きていないか?」
「いっ、いえ……。制服の廃止がどうとかそれくらいで……、そ、それに、生徒会長から、鳴上さんたちは、通常とは違う形で生徒会に関わるって聞いてますから……」
千尋はオドオドとした態度でそう言った。
ちなみに千尋がオドオドしているのは、別に悠が千尋のことを名前で呼んだからではない。
いや、多少はそれもあるのかもしれないが、千尋だけではなく、悠が下級生を名前で呼ぶことはすでに周知の事実として受け入れられている。
なので、これは千尋の性格……人見知りというか、元々男性を苦手としていることが原因であった。
「そうか。……千尋。俺のことが怖いのか?」
「えっ、あ、いえ……そんなことは! ……ただ、その、私ちょっと男の人が苦手で……ごめんなさい」
千尋は申し訳なさそうに頭を下げた。
千尋自身、そういう性格を直したいとは思っていても、よし直すぞ! と思って、その通りに直せれば、そもそもそんな性格にはなっていないという話である。
「謝らなくてもいい。――そうだ、よければ俺とどこか遊びに行かないか?」
「ええっ!!?」
悠も千尋の性格はすでに理解しているのか、気長な対応――あるいは気楽な感じでそう提案するが、千尋は大袈裟に驚いた。
「あ、いや。一緒に帰るくらいでもいいんだ。せっかく知り合ったんだからな。それにこの先、生徒会の仲間として一緒に仕事をすることもあるはずだ。……今の俺が言っても説得力ないかもしれないが」
「そっ、それは確かにそうですね……。あ、あの、こ、心の準備をしたいんです。で、ですから、その今日は……」
「分かった。また声を掛ける」
「は、はいっ。よろしくお願いします……っ!」
恐縮したように頭をぺこぺこ下げる千尋に、手を振ってその日は別れた。
2009年5月8日(金)
放課後、健二に誘われて、順平と三人で“鍋島ラーメン・はがくれ”でラーメンを食べて行くことにした。
「そういや、お前ら、我が校の“グルメキング”って知ってるか?」
「あー、グルキンだろ。実物は見たことはねえけど、たまに噂を聞くな」
「スゲェ食うって話だよな。ここにも通ってて、なんか“隠しメニュー”を出してもらえるって話だぜ」
「隠しメニュー?」
「そういうのがあるらしいぜ? よっぽどの常連にしか出さねえらしいから、興味あんならお前もここに通うことだな」
「つっても、オレっちもここに結構来るけど、そんなん知らないぜ。話半分か、何か条件でもあんのかもな」
悠はグルメキングとはがくれの隠しメニューに関する話を聞いた。
グルメキングとはその名の通り、大食いなど食に関することで有名な学生らしい。
まぁそれらの話はともかく――その後は、例のごとく健二の女性理論のようなものを聞いたり、雑談をしたりして過ごした。
>健二のことがまた少し分かった気がする…
【Rank up!! Rank2 魔術師・クラスメイト】
>“クラスメイト”コミュのランクが“2”に上がった!
>鳴上悠の失われた力“魔術師”属性のペルソナの一部が解放された!
ペルソナ全書を見ると、影が一つ少しくっきりとした輪郭になっただけだった。
残念ながらLV不足で制御できないペルソナらしい。
前に考えた仮説が正しいなら、悠の現在のLVが15なので、そのペルソナはLV16~20の間のペルソナということになるだろう。
これからの探索では少しその辺りにも気を付けてみてもいいかもしれない。
しかし、前の時から悠のLVはそれほど上がっていない。
実際問題、これ以上の経験を得るためには、あの行き止まりの先に進まないと難しくなっている。
いったいどうすればあの先に進むことができるのだろうか……?
あれから日数が経過しているというのに、何が条件になっているのかは未だにわからず、手探りな日々が続いていた。
2009年5月9日(土)
影時間――。
「ふぅ……」
彼らの暮らす寮の四階に位置する作戦室。
四階の一フロアを丸々占めているその部屋は、応接室のようなセットに壁一面のモニターという構成で成り立っている。
そのソファに一人座り、美鶴は情報支援用の機材を操作しながら溜息を洩らした。
「何だ、まだやっていたのか?」
「――まあな。敵はいつ来るとも限らない」
作戦室に顔を出した明彦に声を掛けられ、作業を中断した美鶴は、やはりどことなく浮かない様子だ。
「タルタロスの外まで見張ろうなんて、そう簡単にできるものか?」
「本音を言えば、力不足だな……私の“ペンテシレア”では、情報収集はこの辺りが限界かもしれない。――しかし、ペルソナの力と言うのは、想像していたより、だいぶ幅広いものらしい。何しろ、次々とペルソナを替えながら戦う者まで現れたくらいだ」
美鶴のペルソナであるペンテシレアは、情報支援もできるというだけであって、それを主としているわけではない。
桐条が開発した特別製の機材を使うことによって、それの真似事ができる程度というのが本音だ。
けれど他にそれができる者もなく、強力な戦闘能力を持つ二人が仲間に入ったこともあって、得意ではなくても、美鶴は甘んじてその位置に就いていた。
「あの二人か」
「ああ。あの二人の能力には特別なモノを感じる。覚醒してまだ間もないと言うのにな」
「……本当にそうか?」
「うん? どういう意味だ?」
悠と湊、二人の能力に特別なモノを感じるというのは、その能力を知る者の共通意見だろう。
それは明彦にとっても同じはずだ。
だから明彦が感じた疑問は、その特別さではなく、その後に続く言葉の方だった。
「俺は通信を聞いてるだけだからなんとも言えないが、有里はともかく、鳴上はペルソナの召喚に慣れているように感じる。召喚器を必要としないことに関してもそうだ」
「――ふむ。だがそれは鳴上の精神力が並外れているというだけのことだろう? 鳴上に関する資料にもおかしなところはない」
桐条グループは当然ながらS.E.E.Sに所属する者達の素性を詳らかにしている。
だが、それによって集められた悠の資料に、おかしなところはない。
確かにどんな生活をしていれば、そこまで強力な自己を確立できるのかという興味はあるが、むしろ美鶴的には――10年前にこの港区で両親を交通事故で喪っているという湊のほうが、その経緯やその後の対応に、若干何か引っかかるものがあるくらいだった。
「まぁ俺の考え過ぎかもしれんが……シャドウを初めて見た人間がああも立ち向かえるものかと思ってな」
「先月の話か。確かに模造刀一振りであれと戦り合うのは相当の勇気がいると思うが……ん? 待て! 噂をすれば影ということか? シャドウ反応を見つけた!」
点けっぱなしにしていた情報支援用の機材に現れた反応に、美鶴は声を上げ、その反応を確かめる。
「何っ!!? ホントに見つけたのか!!?」
「でも待て、反応が奇妙だ。大き過ぎる……これは、まさか――っ?」
「ひょっとして、先月出たのと同じ、でかいヤツか!!?」
美鶴の言葉に明彦の勘もまた、その答えを弾き出す。
今まさに話していた二人が覚醒するための“贄”となった大型シャドウの襲来。
「……間違いないだろう」
「そうか……思いがけず楽しめそうじゃないか。他の四人を起こすぞ?」
「ああ」
緊急招集――緊急時の警報が寮内に鳴り響くと、すぐに四人が作戦室に駆け付けた。
「お待たせしました!」
「何スか!!? 敵スか!!?」
突然の招集だったこともあり、四人はそれぞれ制服だったり部屋着だったりバラバラだった。
順平などは普段のキャップを外して坊主頭を晒しているために、それに気付いた湊が物珍しそうにじーっと見ている。
「タルタロスの外で、シャドウの反応が見つかった。詳しい状況は分からないが、先月出たような大物の可能性が高い」
「それって、真田さんに怪我を負わせたっていう……」
「ああ。外に出た敵は仕留め損なうわけにはいかない。影時間は、大半の者にとってないものだ。そこで街を壊されたりすれば矛盾が残る」
眠っていたわけでもないのに、気付けば目の前の建物が壊れていたとかそういうことになれば、誰もが混乱するだろう。
今回の戦いはそれを防ぐためのものということだ。
「ま、要は倒しゃいいんでしょ? やってやるっスよ!」
「また、あんたは……」
「いい心がけだ順平! 今回は俺も!」
順平のやる気に、明彦もまた先月のリベンジだと普段から着用している皮手袋をキュッと締める。
「――明彦はここで理事長を待て」
だがそんな明彦の参戦には、美鶴によって待ったが掛けられた。
「なっ……冗談じゃない! 俺も出る!」
「まずは身体を治すほうが先決だ。足手まといになる」
「何だと!!?」
「彼らだって戦えるさ。少なくとも、今のお前よりはな。明彦……もっと彼らを信用してやれ。みんなもう実戦をこなしてるんだ」
「……くそっ!」
戦いに関してはかなりの自負を持っている明彦だけに声を荒げるが、続く美鶴の正論に悔しげにしながらもそれを受け入れた。
「任してください! オレ、マジやりますからっ!」
そんな明彦に対して、何があるのか分からないタルタロスの探索よりも分かり易いヒーローの仕事に、順平はテンション高くそう言うが――。
「仕方ないな……。現場の指揮を頼む、有里」
「やっぱそう来るんスね……」
結局、明彦たちがまず頼りにするのはリーダーの湊であるために、スカされた感じがするのか面白くなさそうな様子を見せている。
「頼むぞ……できるな?」
「任せてくださいっ!」
マジメな雰囲気の中、一人順平の坊主頭に手を伸ばすか伸ばさないか、内心で葛藤していた湊は、そんな葛藤は微塵も感じさせずに力強く頷いた。
「ああ、期待しているぞ。――鳴上もフォローを頼む」
「はい」
「よろしくねっ!」
「分かった」
信頼した笑顔をみせる湊に悠も頷く。
「つーか、もうこのまま、リーダー固定っぽいよな……オレ、男なのにさぁ……」
「安心しろ。俺も男だ」
「いや、知ってっけどもね……」
どうやら順平は最初に立候補した時から変わらず、リーダーになりたいという気持ちが強いようだ。
しかし、湊をリーダーとしての作戦行動は順調であるために、その意見が聞き入れられることはなく、不満を抱いているらしい。
「男も女も関係ない。できる者がやるだけだ」
「どの道、この状況で指揮系統を変えるわけにはいかない」
「ここで正論キタ!」
「いいから、四人は先に出ろ。美鶴は準備がいるんだろ?」
「ああ、駅前で落ち合おう」
「了解です。じゃ、行きますかっ!」
新都市交通 -あねはづる-【巌戸台駅前】
「先輩、まだかな……」
「すぐ来んだろ」
「今夜は満月か……。なんか、影時間に見ると不気味ね……」
象徴化した人間もちらほらと見える駅前ロータリーの階段付近で待機している四人。
そんな中で見上げた満月は、煌々と影時間を、緑色の夜を照らしている……大型のバイクが近付いてきた。
いつも美鶴がタルタロス内に持ち込んでいるバイクだ。
「遅れてすまない」
「バ……バイク」
颯爽とバイクから降り立つその女子高校生らしからぬ風格に若干気圧されてしまう順平をよそに、美鶴はさっそくと作戦内容を告げる。
「いいか。要点だけ言うぞ。情報のバックアップを、今日はここから行う。君らの勝手はこれまで通りだ。シャドウの位置は、駅から少し行った辺りにある列車の内部。そこまでは線路上を歩くことになる」
「線路歩くって、それ危険なんじゃ……」
「心配ない、影時間には機械は止まる。無論列車もだ、動くはずはない」
「や、でもそのバイク……」
「これは“特別製”だ。それに、状況に変化があったら私が逐一伝える。 ――よし、では作戦開始だ!」
こう話している間にもシャドウが何か悪さをしないとも限らないと、美鶴は号令を掛け、後を現場リーダーの湊に託す。
湊は頷くと腕を振り上げた。
「皆の者、出動だっ!」
「ああ、戦果を期待しているぞ」
「――いや、皆の者って……ってか、流した!!?」
【モノレール前】
「これ……だよね?」
『――全員、聴こえるか?』
駅から線路に降り、歩くこと数分……四人が止まっているモノレールを見上げていると、美鶴からの通信が入った。
「あ、はい、大丈夫です。今着いたんですけど、パッと見じゃ、特に……」
「いや。影時間内で駅でもないのに、ドアが開いてるのはおかしい」
悠は冷静にその状況における異常を口にする。
「あっ、そっか。確かに……」
『……敵の反応は、間違いなくその列車からだ。全員、離れ過ぎないように注意して進入してくれ』
しかし、シャドウがその中にいるというのならやはり調べてみるしかない。
美鶴の言葉に四人は顔を見合わせて頷き合った。
「分かりました」
「へへッ、腕が鳴るぜっつーか、ペルソナが鳴るぜ!」
「じゃ、乗り込みますか!」
ゆかりが真っ先に、乗車口へ続く足場に飛びつき、上っていく……。
「……はっ! ノゾかないでよ」
線路上からモノレールに乗ろうとすれば、まぁ見える。
そのことに途中で気付いたゆかりはジト目で男子二人に警告を発した。
「へいへい、ノゾかねえっつの。……ってか、見えたらしょうがねーよ?」
「――湊。順平、ここに埋めて行こうか」
「作戦許可!」
「いやいやいやっ!!?」
【モノレール内 最後尾車両】
「これ、人間……つか、乗客だよな?」
棺のようなオブジェが立っているのを見て、なんとか処刑を免れた順平が気味悪げに呟く。
「あっ!!?」
全員が乗り込み、象徴化した乗客の姿に気を取られていると、モノレールのドアが全て閉じてしまった。
『どうした、何があった!!?』
「それが、閉じ込められたみたいで……」
『シャドウの仕業だな……。確実に、君らに気付いているということだ。何が来るか分からない。より一層、注意して進んでくれ!』
「りょ、了解です」
悠はその気配を前方から感じ取った。
「……いる」
「あっ!」
「出やがったなッ!」
だが、現れたシャドウは背を向けると、前の車両へと逃げ去っていく。
「ちょっ、こらッ!!?」
『――待てっ! 敵の行動が妙だ。イヤな予感がする』
すぐにそのシャドウを追いかけようとする順平を、美鶴が鋭い声で制した。
「そんなっ! 追っかけないと、逃がしちまうっスよ!!?」
『有里、現場の指揮は君だ。この状況……どう思う?』
「……慎重になるべきです」
『私も同意見だ。迂闊に追うべきじゃないな』
「何でだよっ!!? あんなのオレらで倒せんじゃん!」
――順平はこの中で一番普通だった。
父親がアルコールの依存症で苦労したなんて背景があっても、それだけだ。
そんなだからこそ、そういう現実から切り離された非日常の存在に期待していた。
隠された時間の中で、誰にも知られることなく特別な力を持って戦うヒーロー。
そのヒーローに自分は選ばれたのだと、最初は無邪気に喜んでいた。
しかし非日常であっても現実だ。
能力の高い者は優遇され、期待される。
そしてそれは順平ではなかった。
順平が得た特別は、その二人の特別さに比べれば全然普通で、だからその二人のことは嫌いじゃなくても苛立ってしまう。
「落ち着け」
力を手に入れたのにヒーローになれないなんて、生殺しもいいところだ。
「でもよっ!」
「シャドウがあれだけとは限らない。そもそもあれは大型シャドウとは言えない。モノレールに俺たちを閉じ込めたことといい、囮の可能性が高い」
だけど――。
「あっ……そ、そか。悪ぃ。ちょっと突っ走りかけてた……」
その特別な二人は、ともすれば一人で何でもできるような万能感をみせるくせに、そんな順平を仲間として素直に頼ってくるのだ。
「――いや、その姿勢は頼もしいよ。モノレールに俺たちを閉じ込めたのは、攻撃手段を限定する意図もあると思う。いや、仮になかったとしても、タルタロスとは状況が違うんだ。攻撃力の高い順平をメインに、俺たちは回復やサポートに回るべきだ」
「うん、そうだねっ。それで行こうっ! 頼むよ、順平っ!」
「あ、ああっ! 任せとけって!」
だから順平はやはりその二人が嫌いじゃなくて――というか、嫌いになれなくて、別に一人でヒーローにならなくてもいいかな「(ほら、たとえばフェザーマンとかは戦隊モノだしな)」なんてことも考えたりもして。
そう、きっとこの苛立ちはまだ消え去ったりはしないだろうけど、それでも出会ってからこちら、友好的に接してくれる二人と仲違いしてまで、貫きたい意地じゃないと、その踏み出し掛けた一歩は、自分のためじゃなく仲間のために出すことを選んだ。
『話はまとまったな。――む。後ろから来るぞ! やはり囮だったかっ!』
現れたシャドウは二体。
だが、態勢の整っている四人の敵ではない。
続けて逆側から更に三体のシャドウ。
四人はそれも蹴散らした。
『よし! いいぞ!』
「へへっ、オレらが揃ってりゃ、余裕だっての!」
「……ったく、調子良いんだから」
『――待て。敵の動きが急に静まった。警戒を怠るな!』
美鶴の忠告とほぼ同時に、なんと影時間内だというのにモノレールが動き出した。
「おわっ……何だよ! 動かねェんじゃなかったのかよ!!?」
『どうやら、列車全体がシャドウに支配されてるらしいな……』
「らしいって……ちょっと、大丈夫なんですか!!?」
さらにモノレールの速度が上がる。
「お、おい……ヤバくねえ?」
『マズイ、このままスピードが落ちないと、数分で、一つ前の列車に衝突する!』
「「「「衝突!!?」」」」
「ど、ど、ど、どーすんだよっ!!? オレらの命がマッハでピンチじゃん!!?」
「……現時点でモノレールの最高速度はだいたい80~90km/hのはずだ」
「そんな豆知識要らねえーっ!!?」
『いいか、落ち着いて聞くんだ。さっきから先頭車両に強い反応を感じる。たぶんそれが本体だ。行って倒し、列車を止めるんだ!』
しかし、そんな四人を阻むように三体のシャドウが現れた。
「クッソ! なんのアトラクションだよ、ったく!!!」
順平が悪態を吐くが、その気持ちは誰もが同じだ。
速攻でシャドウを倒し、先頭車両へと向かう。
『時間がない! 走れ! 計算によると、列車衝突まで――あと3分だ!』
「マジかよっ!!? シビア過ぎだろっ! 普通8分くらいあるんじゃ!!?」
「――なんの話よっ! いいから走りなさいよっ!」
その後もシャドウが現れては秒殺し――……。
『あと1分40――いや、30秒だ! 本体はその中だ! 準備はいいなっ!』
「大丈夫ですっ! みんな、行くよっ!」
中には運転室への扉を塞ぐようにして座る――座りながらもモノレールの天井まで届く体長の巨大な人型シャドウ。
個体名“プリーステス”。
女性型でその髪は無数の帯のような形状で長く、意志があるかのように蠢いていた。
「いたっ! ――うっわ……すげーことになってんな……。コイツが本体?」
「先はもうないし、コイツで間違いないよ!」
ただ天井まで届くとは言っても、影時間内では時間や空間を超越するような現象が普通に起きる。
実際、この大型シャドウの影響なのか、モノレール内はすでに準タルタロスのような空間と化しており、ご都合主義のようにペルソナを召喚したり、剣を振れるだけのスペースが存在していた。
そうでもなければ、きっと戦闘の余波だけでも、モノレールはとっくに壊れているに違いない。
『急ぐんだっ! 残り約1分! ――敵のアルカナは“女教皇”だ!』
戦闘は四人がその姿を確認すると同時に開始された。
髪が触手のように、けれど刃のような鋭さで襲ってくる。
それを刀でいなしながら悠が叫ぶ。
「今更、こんなヤツに弱点があると思うな! 自分の最強の技で攻撃するんだ!」
「了解ーっ! ――ヘルメス!!!」
悠と湊がそれぞれ攻撃力を上昇させる“タルカジャ”と防御力を上昇させる“ラクカジャ”を掛けた上で、ヘルメスが斬り込む。
「続いて――イオ!!!」
イオの放つ疾風属性の魔法スキル“ガル”がモノレール内を吹き荒れた。
『車内の温度が急速に低下――気をつけろ! “マハブフ”だ!』
「そんな攻撃、私のジャックフロストならっ!」
雪だるまのような姿のジャックフロストは氷結無効。
しかし、湊が一人攻撃を無効にする事も見越したように、新たな小型のシャドウが現れる。
『――敵、さらに二体出現! 召喚したのか!!?』
「嘘でしょ! もう時間ないのにっ!!?」
「そいつはさっき見た! 弱点は氷結! 俺たちを惑わす気だ! ――有里!」
「了解っ! 個別に撃破すればっ! ――ジャックフロスト!!!」
湊は氷結属性の魔法スキルを使ってくる大型シャドウは無視して、小型を“ブフ”で狙い撃ちダウンさせると、ペルソナをチェンジして、大型を狙い撃つ。
「――“グルル”!!!」
現在、湊が使えるペルソナの中で最強の攻撃スキル“パワースラッシュ”を持つグルルだ。
「足りない――っ、鳴上くんっ!」
『残り30秒切ったぞ!』
「小型も起き上ってくるっ!」
「――カーシー!!!」
カーシーが“マハガル”を放つ。
カーシーは悠が持つペルソナの中でも数少ない、全体攻撃スキル持ちだった。
魔力はそれほど高くないが、すでに湊がだいぶ削っている。
カーシーの放つ風がシャドウをまとめて斬り刻んだ。
小型は倒れた――。
「順平!!!」
「おぉおおおおおっ!!! ――ヘルメス!!!」
順平のヘルメスがトドメとばかりに大型シャドウに突っ込んだ。
だが――。
「……ダメだっ! ちょっとばかし足んねえっ! 誰か――ッ!!!」
「オルフェウス!!!」
「イザナギ!!!」
二体のペルソナがその叫びに応えるように突っ込み、さらに悠が自身のペルソナを跳び越えると、そのままの勢いでイザナギの攻撃と十文字になるように大型シャドウを斬り裂いた。
「やった――っ!」
「――って、止まんねえじゃんかっ!!?」
「ブレーキ!」
『急げ! 残り約10秒!!!』
「任せろ! 知識にある!」
「キャァァッ!!?」
それは傍目に見てもギリギリだった。
むしろちょっと当たってるくらいかもしれない。
「……止まった?」
「助かった……のか?」
『おい、無事なのかっ!!?』
「は、はい、無事、です……でも、どうして……」
咄嗟のことだったので、ゆかりは状況が掴めずに呆然と呟く。
その頃、運転室では手を重ねるような格好だった悠と湊がブレーキから手を放した。
「あ、あはは……焦った~~~……!」
湊が崩れるようにその場に座り込む。
「お疲れ」
悠がそんな湊の肩を叩いて言うと、湊はへにゃっと微笑った。
二人揃って運転室から出る。
「お、お前ら……よく、ブレーキ分かったな」
「前に本で見た」
「女の勘」
湊はグッとサムズアップして応える。
「っておーいっ!!? 悠はともかく、湊ッチ、オテンバ過ぎっ!」
「湊ッチ?」
「悠?」
「あ、あー……鳴上と有里な」
どさくさの中で出た名前呼びを見咎められ、順平はテレたようにキャップのツバを弄る。
そんな順平の姿に悠と湊は顔を見合わせて笑う。
「悠でいい」
「でも、湊ッチはちょっと語呂が悪くない? 普通に呼び捨てでいいよ」
「あ、そ、そっか? じゃあ、これからは二人ともそういうことで」
今度は首に手を回し、若干俯きながらもニヤけている順平。
危機的状況を協力して乗り越えたことで、順平の中のアレコレは結構あっさりと収束する方向に向かっているのかもしれない。
「そっち和んでないでよ。あー、や、やば、私、ヒザ笑ってるよ……」
「オレだって、メチャメチャ、ヤな汗掻いたっつーの」
何はともあれ――だ。
彼らは勝利した。
今回現れた大型シャドウが、何をするためにモノレールに現れたのかはわからないが、何かを起こす前に防ぐことに成功したはずだ。
『ふぅ……無事らしいな。今回は、バックアップが至らなかった。すまない……私の力不足だ。シャドウの反応はもうない。よくやってくれた、安心して戻ってくれ』
美鶴の口からもはっきり戦いの終わりが告げられた。
「――つか、帰りなんか食ってかねェ? 安心したら腹減っちったよ」
「あんたねぇ……。逆に食欲なんてないっつの」
「私、ラーメン!」
「……湊。あんたは自分が女子だってことを、もうちょっと自覚しなさいよ」
「ほえ?」
「可愛く言ってもダーメ! 普通、女子はこんな時間にラーメンなんて食べないっ!」
「えーっ!!?」
「そこで驚かないでよ……あんたってば、ホントにもう……っ!」
「あははっ、冗談冗談っ! それよりさっきの連携良かったよねー! 合体攻撃って感じで!」
「お、それいいっ! 今度から機会があったら狙ってみっか?」
「そうだな」
「……え。冗談? 何が冗談? 私もしかしてあの子にからかわれてる?」
>特別課外活動部は厳しい戦いを経験したことでより戦いへの決意を固めた!
>戦闘中に“合体攻撃”が提案できるようになった!
一方その頃――【作戦室】
「俺だ」
『こちら現場だ。たった今、全て片付いた。モノレールにも目立った被害はない。……ギリギリだったがな』
「ご苦労さま。桐条君。やー、列車を乗っ取られたと聞いた時は正直どうなるかと思ったけど、上出来だよ。これなら明日の朝刊に変な大見出しが出るようなことは、なくて済むね」
現場に行くことができずにイライラしながら待機していた明彦と、大型シャドウ出現の報を聞いて駆け付けた幾月が美鶴からの通信を受けて作戦の終了を知る。
『彼らが良くやってくれました。短期間で驚くほど成長しています』
「しかし、シャドウの様子……ただ事じゃないですね。モノレールを乗っ取るなんて、調子に乗り過ぎてる」
「こちらでも調べてるよ」
こちらというのは当然だが桐条グループのことだ。
実際に戦えるのがペルソナ使いである彼らだけであっても、この状況を知る他の者たちが何もしていないわけではない。
特別チームによる研究や調査は、変わらずに続けられているのである。
『遂に……始まった、ということなんでしょうか?』
これまでは緩やかだったと、一足早く覚醒していた美鶴は思う。
その存在を知りながらも戦力が足りなくて挑めずにいたタルタロスに挑めている現状といい、ここに来て明らかに戦える者が増えている。
そしてこれまでにない異質な敵の存在。
それらの状況に、何かが始まったと考えるのは決しておかしなことではないだろう。
「うーん……まだ早計には言えないけどね……。ま、とにかく、まずは現れるキッカケを突き止めないことにはね。いつも、こんな土壇場まで分からないのはどうにもマズイ」
『私にもっと力があれば、みんなの負担を軽くできるんですが……』
「気にしなくていいさ。君は良くやってくれてる。そんなことよりね……。真田君さー……何か、飲み物持ってない?」
「は……? というか幾月さん、今日、何だか疲れてませんか? まさか、表に停めてあった自転車……」
「明日、いや、明後日辺り……筋肉痛かな、こりゃ」
影時間内では機械は動かない。
そして“特別製”は特別な物なのだからそう数があるわけではない。
きっとそういうことだ。
――……影時間が終わる。
鳥海センセーのコミュのアルカナが違うのは仕様です。