まる子、戦争にいく。   作:はせがわ

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はじまり。

 

 

『はーい皆さん、この教科書の〇〇ページを開いてみて下さいね~』

 

 これはあたしの過去の記憶。あたしの目の前で、当時の音楽の先生が皆に向かって指示を飛ばしている所。

 

『ちょっとこの教科書に、間違った事の書かれた余分なページがありました~。

 ですので今から配る紙を、そのページにノリで張り付けてくださいね~』

 

 そういって女の先生は、前から順番に白紙を配っていく。

 この紙を教科書に張り付けて、その間違ったページを見えなくしてください。隠してしまって下さいと指示を出した。

 突然の図画工作めいた作業に、クラスのみんなはワイワイと騒ぎながら白紙を張り付けていく。

 特に疑問を抱く事もなく、あたし達は先生に言われるがままに、音楽の教科書からそのページを消した。

 

 不思議な事に、その“教科書の不備“は、ただの一度きりでは無かったように思う。

 学年が変わり、音楽の教科書が新しくなる度に、毎年のように音楽の先生は私達に白紙を配っていた記憶がある。

 いつもとてもにこやかな笑顔で「このページを消して下さいね」と指示を出した。これはそんなよくある事だったのだ。

 当時は特に気に留めていなかったし、教科書にも間違いってあるんだなぁと、ただ可笑しく感じていただけだったけれど。

 

 あたし達があの時、「白紙を張り付けろ」と指示されたページが、いったい何だったのか。それに気が付くのは、もっと後になってからの事。

 学校を卒業し、あたし達が大人になってからの事だ。

 

 不意に気が付くのだ。

 TVのオリンピック中継や、ボクシングの世界戦なんかを観ている時に。

 

 

 そういえば自分が、“君が代“の歌詞を知らなかった事に。

 一度たりとも、学校で教わった記憶が無い事に。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 小学校2年生の時、初めて“道徳“の授業で戦争の映画を観せられた。

 それは広島の人達が、原子爆弾によって醜く焼けだたれている姿を描いた映画。

 

 全身に大やけどを負い、それでも生き残った広島の人達が、まるで幽霊のように手を前に出しながら、列をなして炎の中を逃げまどっていた。

 BGMはおどろおどろしく、おばけ映画や恐怖映画のよう。まるであたし達子供の心にショックを与える事をこそ目的としているようだと、あたしは感じた。

 

「可哀想だろう?」

「惨いだろう?」

「お前は、こうなりたくないだろう?」

 

 そんな声が、映像から聞こえてくるかのようだった。

 

 映画を観終わったその後、あまりのショックに放心しているあたし達に向かい、熱っぽく興奮気味に先生が語る。

 

『戦争は駄目なんだ!』

『絶対にしてはいけないんだ!』

 

 20分も30分も、たっぷりと時間をかけて熱弁していった。

 凄惨で残酷な映画を観せられた後、教師である大人にハッキリとそう言われる。

 では今から感想文を書いて下さいなどと言われた所で、あたし達子供が書く事など、そんなのはもうひとつしか無い。

 

「戦争はいけないと思います」

 

 あたしも、みんなも、そう作文に書いた。

 

 

 その後もあたし達は学校でたくさんの戦争映画を観せられた。そのどれもが悲惨で、残酷で、恐怖心を煽る類の物だ。そしてその度に「戦争はいけない」と作文を書いた。

 たまに映画をちゃんと観なかったり、おちゃらけて作文を書く男子がいたけれど、その子達は本気で先生に怒られていったので、次第に誰もやらなくなった。

 

 文化祭では、戦争写真の展示会を行った。

 原爆で黒焦げになってしまった人達の写真、日本兵に首を切り落とされる捕虜の写真、自分で墓穴を掘らされた後に生き埋めにされてしまう兵士の写真。

 そういった物を小学2年生のあたし達は展示し、来場者の方々を迎える。

 

「日本はこんなに酷い事をしましたよ」と、小学生のあたし達が、来場した大人達に説明していった。

 

 

 学年が上がっていく度に、こういった“教育“や催しはだんだんと増えて行った。

 2年生の時、あたしはクラスの劇で、白雪姫の小人の役をやった。

 でも5年生の時は、原爆にやられて炎の中を逃げまどう人の役をやった。

 

 週に二度は反戦についての授業があり、その度に広島や長崎の事、そして戦争の事を教えられていった。

 その度にあたし達は授業の感想文を書かされていたのだけれど、一度あたしの書いた感想文が皆の前で取り上げられ、印刷されて配られた事がある。

 いわゆる“素晴らしい感想文“を書いたという事で、取り上げられたのだ。

 

 まるで「これが正しい感想ですよ」と。「ちゃんと“戦争反対“と言えるさくらさんはエライですね」と。

 みんなも見習いましょうねとばかりに、あたしの書いた作文が読み上げられたのだ。

 

 その時に感じた気持ちを、今も憶えている。

 あたしは先生に対して「してやった」と、そう心の中でほくそ笑んでいたのだ。

 

 ようは、「こういうのを書いたら良いんでしょ?」と思い、狙って書いてみた作文だったのだ。

 戦争はいけない事だと、ただそう熱っぽく書けば、それで褒めて貰えるんでしょう?

 こういうのを書いて欲しいんでしょうと、先生が“喜びそうな文章“を想像して書き上げたのが、まさにその作文だったからだ。

 

 あたしの書いた“戦争反対“の作文を誇らしげに読み上げている先生の姿を見て、それをどこか間抜けに感じていた。

 思えばあたしゃ、大変にひねた子供だったなぁと思う。

 

『わが校は、素晴らしい反戦教育を行っている学校だとして、

 全国的にも有名なんだ』

『みんなもこの小学校の生徒として、自覚と誇りを持つように』

 

 先生はいつも馬鹿みたいに、そう誇らしげに語っていたから。

 それに対し、反発心もあったのかもしれない。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 6年生になったあたしは、広島へ修学旅行に行った。

 主に原爆資料館に行ったり、被爆者の方から戦争体験の聞き取りをする為に。 

 

 正直な所、あたし達は最初から楽しみでも何でもなかった。せっかくの修学旅行だというのに、みんな口を揃えて「行きたくなーい」と言い合っていたものだ。

 でもまあ正当な理由でもない限りは行かなければならないし、それを先生に言うワケにもいかない。だから渋々といった感じで出かけて行ったのを憶えている。

 原爆資料館などに行った所で、今更何だと言うのか。被爆者の写真や死体の映像など、低学年の頃から飽きる程あたし達に見せてきただろうに。

 良かった事と言えば「お土産に貰ったもみじ饅頭が美味しかった」

 あたし達にとって良い思い出など、そんな事くらいしかない。

 

 

 ただ、今でもあたしは、その修学旅行での事をよく思い出す。

 何か戦争についての本を読む度に、TVでそういった番組を観る度に、あの広島にある老人ホームへと、戦争を体験した方々に聞き取りをしにいった時の事を。

 小学生のあたしに自らの戦争体験を語ってくれた、あの時のおじいさん。

 ふとした瞬間に、あのおじいさんの姿を、よく思い出す。

 

 

 おじいさんは高齢で、とてもじゃないが、もうまともに会話など出来はしなかった。

 声は呟くように小さかったし、あたしには話の大部分を聞き取る事が出来なかった。正直な所、おじいさんが何を話してくれたのかなど、まったく分からない。

 それでもあたしは、真剣におじいさんの話を聞いていた。

 

 時折話の中で、単語だけではあるけれど断片的に言葉が分かった。

 おじいさんはなんとかあたしに伝えようとするように、振り絞るような声で「悲惨」と言っていたのをよく憶えている。

 あたしはその言葉を、ただただ黙って聴いていた。

 

 

 あたしの目の前に座り、自らの戦争体験を話してくれていたおじいさん。

 今思えばおじいさんは、一度もあたしの目を見なかった。最初から最後まで、小学生であるあたしの目を見て話す事を、決してしなかったと思う。

 そんな事に、後になって気が付いた。

 

 

 あたし達は普段学校で「昔の日本人は悪い事をした」と、ただただそう教えられている。

 “とにかく“昔の日本人が戦争を始め、沢山の悪い事をし、そのせいで空襲や原爆で国を焼かれてしまったのだと。

 だからこのような事は、二度としてはならないのだと。二度と繰り返してはならないのだと教えられてきた。

 意味もわからないままに死体の写真を見せられ、残酷な映像を見せられ、ただただ「戦争は嫌だと言え」と教育されてきた。

 しかしその“昔の悪い日本人“であるおじいさんは、いったいどんな気持ちで、あたしに自分の話をしてくれていたのだろう。

 

 今の人達に「悪い事をした」と言われ続け、そしてこの修学旅行では、自身の戦争体験を子供達に聞かせてやってくれと頼まれたおじいさん。

「子供達の為に」と、「二度と繰り返さない為に」と、そんな大義名分を先生達に言われた事だろう。

 子供達に対し「自分の“罪“を話せ」と、そう教師に言われていたのだ。

 

 

 おじいさんは俯き、呟くような小さな声で語ってくれた。

 下を見て、ずっとあたしの目を見れないまま、自らの戦争体験を話してくれた。

 

 その姿を、まるで懺悔のようだと思った。

 おじいさんの姿は、まるで罪人のようだったと――――――今にして思う。

 

 

 なぜあのおじいさんは、そんな目に合わなければならなかったのか。

 戦場へと赴き、国の為に立派に尽くし、必死で生き延びて帰ってきてくれたのに。それなのに何故、おじいさんは子供に対して罪人のように項垂れなくてはならなかったのか。

 それが今でも、あたしには分からない。

 

 あのおじいさんの姿が、今も忘れられない。

 

 

 

…………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 きっと風邪をうつされたのだと思う。

 現在あたしの身体は大変に熱っぽく、なにやら頭はポ~っとしているのだ。

 

 実は先日友人達と共にカラオケなどに行ってきたのだが、その中の一人が「なかなか風邪が治らないのよ~」などと愚痴っていたのだ。

 だったら最初からカラオケ来ないでよ。うつさないでよと思いはするのもの、所詮は後の祭りだ。あたしの身体は今、すでに病に侵されているのだから。文句を言ってもしょうがない。

 

 現在夜の11時。氷枕や冷えピタなどを駆使しながら布団に横たわってはいるものの、頭に浮かぶのは過去の事。それも良くない事ばかり。

 この茹った頭ではロクな事を思いつかない。

 あたしが小学校の時に感じた嫌な気持ち、そして妙な思い出ばかりが頭に浮かんでくる。

 あたしゃ小学校の頃は、それなりに楽しい事が沢山あったハズなんだけどねぇ。おかしな話だよまったく。

 

 このような状態で眠る時、観るのは決まって悪夢だ。

 きっと過去最悪を記録するような、ロクでもない夢を観るに決まっている。今からそんな確信めいた予感がある。

 

 それに、さっき読んでいた本の内容も悪かった。

 もうハッピーエンドどころか、結構どころじゃなく胸糞の悪い系の話だったし、もしその本の内容が夢に出ようモノならば一体どうしようかね?

 あたしゃ、夢の中でとんでもない目に合ったりしないかしらん?

 

 ただそうは言っても、布団に入ったからにはもう眠るしかない。

 もう時刻は23時。眠らなければ風邪だって治ってくれないのだ。大変遺憾な事に。

 あたしは目を瞑り、じっと睡魔が訪れるのを待ち続ける。ある種の覚悟を胸に抱きながら、しかしそれさえもやがて忘れてしまう。

 そんな、己を“無“にするような眠りが、あたしの元へ訪れた。

 

 熱に侵され混濁する意識の中、あたしの意識がどこかへと飛んでいく。

 連続して浮かぶ断片的なイメージ。あたしの意識が形を無くし、段々あたしじゃなくなっていく。

 

 紅茶、信号機、さっき読んだ本。

 洋服、紫陽花、ラーメン、お姉ちゃんの顔。

 

 えんぴつ、原稿用紙、インク、九九式小銃。

 

 汽車、軍艦、ブーツ、家畜、火の着いた民家。

 

 悲鳴、銃声、赤――――

 

 

 

 あたしは今、夢をみている。

 

 これは夢なのだと、ハッキリそう自覚している。

 

 でも、その境目は分からない。

 

 あたしと“このあたし“の境目が、段々曖昧になっていく。

 

 

 あたしは、さくらももこ。小学三年生。

 ちびだから「ちび」、そして女の子だから「子」。そこに「ちゃん」をつけて『ちびまる子ちゃん』なんて呼ばれている。

 

 お父さんとお母さんの家に生まれ、クールだけどたまに優しいお姉ちゃん、そして大好きなおじいちゃんとおばあちゃんがいる。

 そんな家族を守る為、この国に尽くす為に。

 あたしは今日、遠くへと出かけていくのだ――――

 

 

………………………………………………

 

 

 

「ほら~。まるちゃん急いで~! 戦争いくよ~」

 

 

 遠くに、汽車の出入り口から顔を出した“たまちゃん“の姿が見える。あたしの名前を呼んでくれている。

 軍服に身を包み、肩から「祝、穂波たまえさん、御出立」と書かれたタスキをかけている。

 そしてそれと同じ物が、あたしの肩にもかけられていた。

 

「おーぅたまちゃーん! 今いくぅ~!」

 

 待って待ってと、あたしは汽車の方へと駆け出していく。

 乗り遅れないように、置いて行かれないように。あたしはたまちゃんの乗る汽車の入り口へと飛び込む。

 そして二人で手を取り合い、「えへへ」と笑い合ってみたりする。

 これから遠くへ行くけれど、たまちゃんと一緒なら安心だ。二人ならきっと、どんな事だって出来る。

 

 遠くから、万歳の声が聞こえる。

 街の人々が、そして家族が、あたし達の無事と健闘を願って声をあげてくれている。

 

「お父さーーん! お母さーーん!

 いってきまぁーーーす!!」

 

 席に移動してすぐに、あたし達は窓を開け放ち、おもいっきり手を振る。

 街の人々に、大好きな人達に、私達の笑顔を憶えていてもらえるように。

 

「おじいちゃぁーーん! 行ってくるねーー!!」

 

 もうオイオイと泣き崩れてしまっているおじいちゃんに向かって、あたしは生まれて初めての敬礼を贈る。

 

 ビシッと、バシッと、カッコよく。

「あたしは大丈夫だよ」と、おじいちゃんに示すようにして。

 

 

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