まる子、戦争にいく。 作:はせがわ
ここは戦地へと向かう船の中。
現在あたしとたまちゃんは、自分達に割り当てられた部屋で歌を歌ったり、おしゃべりに花を咲かせたりしている。
遠い異国の地へと赴く事にはなるが、そこにはたまちゃんという親友をはじめとして、数多くの友達が一緒の小隊に居てくれる。それをとても心強く思うあたしである。
「それにしてもたまちゃん? フィリピンっていったいどんな所なのかな?
バナナとか沢山あったりするのかねぇ?」
「まるちゃん……今から戦争に行くっていうのに、食べ物の事を……?
どうなんだろうね。バナナはわからないけど、
元々はサトウキビがたくさん採れる国だったらしいよ」
若干たまちゃんの額に、「どよーん」みたいな線が入っているのがわかる。少し呆れられてしまったかもしれないけれど、これは仕方の無い事だと思うのだ。
だってあたしはフィリピンなんて国、今まで名前くらいしか知らなかったのだから。
あたしが脳内でサトウキビを齧る想像をしていると、同じ部屋にいた長山くんが会話に加わってきてくれた。
長山くんはメガネにおかっぱ頭の男の子で、クラスで一番の秀才だった物知りな男の子だ。
「そうだね、日本がアメリカの植民地支配から解放する前までは、
フィリピンはココナッツやサトウキビの原産地だったんだ。
それで沢山の利益を上げていた、アジアでも有数の豊かな国だったんだよ。
もっとも日本が来てからは、主に綿花を作ったり、
銅を採ったりするようになったらしいけれど」
「え、なんで綿花なんか作るのさ?
ココナッツやサトウキビの方がいーじゃん! 美味しいじゃん!」
「あはは……。日本は戦争を始めてから、
よその国から綿花を輸入出来なくなったからね。
それでサトウキビ畑を潰して綿花を栽培しようとしたんだけど、
風土の違いもあってか、なかなか上手くはいかないんだって」
だったら尚更サトウキビ作ってたらよかったじゃないかとあたしは思うのだが、これは言っても仕方の無い事なんだろう。
でも今まで頑張ってサトウキビを作ってたフィリピンの人達は、畑を潰されて、いきなりやった事も無い綿花の栽培をさせられ、しかも上手くはいかなかったのか。
きっとすごく怒った事だろうなと思う。あたしなら怒るもん。
「フィリピンは何百年もの間スペインの、そしてこの40年は
アメリカの植民地だった国なんだ。
だからキリスト教とかの欧米文化が浸透してるし、
同じアジアと言っても、日本とは全然文化の違う国だと思うよ」
同じアジア人でありながら欧米の文化を受け入れ、西洋の服を着る。これは自分達日本人からしたらとんでもない事だ。
なにせ自分達にとってアメリカは敵国。鬼畜米英だのなんだのと言われている存在なんだから。
それに今でこそ日本軍が解放したとはいえ、フィリピンという国は常にどこかに支配されてきた国だという事。
言葉も、文化も、資源も。その全てを他国によって好き勝手にされ続けてきた。
それが一体どういう事なのか、日本人のあたしには想像する事しか出来ない。
「僕らがフィリピンへ行くのは、
またアメリカが上陸してくる時の為の備えだね。
陣地構築や、フィリピンの治安維持なんかが主な任務になると思うよ」
「治安維持、かぁ~。
あれだろ? 銃剣持って住民が悪さしないよう見張ったりするんだろ?
せっかく兵士になってお国に尽くせると思ったのに、
まーだ戦ったりは出来ねぇんだな。つまんねぇ!」
あたし達の会話に、関口も参加してきた。
気が付けば一緒に遊んでいたのであろうはまじやブー太郎といった面々も、ウンウンといった風にこちらを見て頷いている。
「俺はアメリカ兵をたくさんブッ殺して、いっぱい手柄を
立ててくるってかーちゃんと約束してきたんだよ。
命令だから仕方ないけど、フィリピン人のお守りなんてしたくねぇな」
「そうだブー! フィリピン人なんて欧米かぶれのヤツら、
どうだっていいんだブー!」
「ちょっとあんた達っ! 何いってんのさっ!!」
さすがに聞き捨てならないと、あたしは声を荒げる。
「なんだよまる子、お前あんなヤツらの肩もつのかよ。
アイツらアジア人の誇りも持たねぇで白人に尻尾振ってたんだぞ。
しかも、せっかくアメリカの支配から解放してやったっていうのに、
アイツら俺達に対して、ゲリラ仕掛けて来てるって言うじゃねぇか!」
「そーだよ、守ってやる価値なんかねーよ、そんな恩知らず。
俺達が必死でアメリカと戦ってるっていうのによ?
アジアの国みんなで白人の支配に立ち向かおうって時によ?
一緒に頑張るどころか、アイツら足引っ張ってきてんだぞ。
恥ずかしくねーのかって話だろ」
「ブー! そうだブー!!」
「 あっ…………あんた達ぃぃぃーーーーーッッ!!!! 」
気が付けばあたしは、関口に飛びかかっていた。
胸倉を掴み、後ろに押し倒し、ワケのわからないままにドッタンバッタンと暴れる。
はまじはあたしの肘が当たって鼻血を出すし、ブー太郎は何かに股間を強打されたらしくブーブー呻きながらうずくまっているし。
あたしの髪の毛をひっぱる関口を止めようとたまちゃん長山くんが奮闘し、なんにもしていないハズの山田が何故か泣き出し始め、それを永沢と藤木のコンビが我関せずといったようにただ見守っている。
そしてこれは、騒ぎを聞きつけた丸尾くんがオロオロと部屋に駆けつけて来るまで続いたのだった。
………………………………………………
「ちょっとぉ、さくらさぁん?
下手したら私たち全員が連帯責任で懲罰だったのよ?
ちゃんと分かってるのぉ?」
「……ご、ごめんなさい。みぎわさん」
あれから三十分ほどの時が過ぎ、現在あたしは船の甲板にて、みぎわさんにお説教を頂いていた。
あたし達の隊……通称“三年四組小隊“の隊長は、士官学校を出て少尉となった丸尾くん。その中でみぎわさんは、あたしやたまちゃん野口さんといった女子勢の代表として指名されていた。
思えば小学校時代も、彼女は丸尾くんと共に学級委員長をやっていたものだ。
「まったく、いい迷惑よ。私が居なければ今頃どうなってた事か。
次からはもっと良く考えて行動して頂戴。小学生の時とは違うのよ?」
「め……めんぼくないです……ごめんなさい……」
迷惑もかけてしまったし、実際みぎわさんのおかげで懲罰も回避出来たし、もうあたしは平謝りする事しか出来ない。
思えばついカッとなって掴みかかっていったものの、あたし最近までフィリピンの事なんか何にも知らなかったじゃないか。それなのに私はいったい何に対して怒っていたと言うのか。
フィリピンの人達を悪く言われて、腹が立った。でもあたしはフィリピンの事をよく知らないし、まだ会った事も無い。
それならば口汚かったとはいえ、まだ自分の意見をしっかりと持っていた関口たちの方が、よほど真っ当に思える。
あたしはよく知りもせず、ただ「気に入らない」って気持ちだけで突っかかっていった、ただのバカ者なのだ。反省する他ない。
「ま、男子の言ってる事なんて気にする事ないわ。
アイツら馬鹿で子供だしね。まともに相手するだけ無駄よ」
ションボリと項垂れるあたしを気遣ってか、さり気なく慰めの言葉をくれるみぎわさん。別にあたし達二人は仲が良いというワケでもないし、気が合うワケでもないのだが、こういった所があるからあたしは彼女を憎めないでいる。
これこそが今まで、なんだかんだと友達としてやってきた理由であるのだ。
まぁ今目の前で「花輪くん以外の男子はみんなクズよ」みたく愚痴を言っている事には閉口するしかないが。彼が私たちの小隊に居なくて残念なような、よかったような。微妙な心境である。
「……ただ、フィリピンの人達の事だけどね?
正直な所、少し覚悟をしておいた方がいいかもしれないわ。
私は現地から送られてきた報告書なんかを読ませて貰ったりしてるけど、
お世辞にも、“良好な関係“とは言えない物だから」
「えっ……」
「はまじ達も言ってたでしょう、ゲリラの事。
……あれは本当よ。本当にフィリピンの人たちは、
日本軍に対して凄く大規模なゲリラ活動をしてる。
あの国の若者の大半が、皆こぞってゲリラに参加してるって程にね。
何十万という数のゲリラ達がフィリピンにはいるの」
「なっ……なんで!?」
思わず叫んでしまうあたし。だってぜんぜん意味が分からないのだ。
日本はフィリピンを欧米から解放したんでしょう!?
何百年も続いた植民地支配から解放したんでしょう!? それなのに何故敵になるのか!?
「さぁ? あちらにもあちらで、なにか思う所があるんじゃない?
日本は“八紘一宇“を掲げ、大東亜共栄圏という大義を持って戦争をしてる。
欧米の植民地支配に代わり、アジアの国々がひとつになって共存共栄していこうってね。
でもその戦争継続の為に、フィリピンから沢山の資源を調達しているし、
形だけは独立国家にさせたとはいえ、実際のフィリピンは日本の傀儡政権よ。
よく“三割自治“だなんて言われてるしね」
「………………」
「フィリピンは元々裕福な国だったけれど、それは全部アメリカのおかげよ。
“解放軍“だと言って日本軍がやってきてからというもの、
あちらでは通貨経済が崩壊し、食料は不足し、餓死者すら出たらしいわ」
「アメリカはフィリピンを植民地として支配していたけれど、
代わりに教育や文化、タバコやチョコレートを与えた。
国が豊かになればなるほど、その分アメリカが取れる利益も増えるもんね。
けれど貧乏で戦争継続に必死な日本は、フィリピンに何もあげる事が出来ない。
ただ貰うだけ。搾取するだけになっているのでしょう」
「八紘一宇も、大東亜共栄圏も、フィリピンの人達にとって知った事じゃない。
何百年ものあいだ白人に支配され続けてきたフィリピン人は、
東洋民族の誇りも、守るべき文化も持ってはいない。
白人もアジア人も関係ないの。ようは“どちらがマシか“って事なのよ。
アメリカに支配されてた時は裕福だった。でも日本が来てから生活が苦しい。
……きっと、そういう事かもしれないわね」
頭を、ガンッと殴られたような衝撃だった。
相づちを入れる事も出来ず、私はただ黙り込んで、話を聴くばかり。
アメリカの支配から解放し、「アジアの家族として共存共栄していこう」と手を差し伸べた日本。
しかしそのやり方は、フィリピンの人達にとって良くない物だったのは分かる。
やっている事は同じ植民地支配で、しかもアメリカのそれよりも酷い物だったからフィリピンの人達は怒ったのだ。
そして今フィリピンの若者たちはゲリラとなり、武器をとって襲ってくる。日本人を殺す。
しかし、あたしの胸に今、とても黒い感情が渦巻いているのが分かる。
日本が悪かったんだ、やり方を間違えてしまったんだとそう言いたいのに、どうしても割り切れない何かが胸の中にある。
『白人もアジア人も関係ない。ようは“どちらがマシか“って事なのよ』
この言葉が、どうしても頭から離れない。あたしの言葉を詰まらせてしまう。
「関口たちが言っていたように、日本人はフィリピン人をとても軽蔑しているのよ。
アメリカ人に道路や自動車を与えられ、ジャズや映画で享楽主義を植え付けられ、
東洋民族の誇りも魂も奪われてしまったヤツらだとね」
「私たち日本人は“進め一億火の玉だ“と言って、国民最後の一人になるまで
アメリカと戦う覚悟を持ち、この戦争をしてる。
アジアの国々を白人から解放しよう、そんな大義を掲げて戦っているわ。
そんな私たちから見たら、フィリピン人の姿というのは、とても悲しい物よ。
怒りを感じてしまう事もあるでしょう」
「現地からの報告書なんかを読んでいるとね? そりゃもう酷いモンよ?
『比島人は個人主義にして、愛国心なし』とか『怠惰にして労働を蔑視する』とか。
こいつらは東洋民族ではなく、色が茶色いだけの欧米人だ~なんて言葉もあったわ」
「その様をまるで“犬畜生“だと、日本兵はフィリピン人を軽蔑し、横暴を重ねる。
フィリピンの人達は更に憎しみを募らせ、ゲリラ活動は活発になっていく。
同じ東洋民族の私たちに向かって手榴弾を投げてくるのよ。
支配者たる白人に対しては、機嫌よく尻尾を振っていたというのにね。
そんな悪循環よ」
ずっと遠くの方を、地平線を眺めながら言葉を紡いでいたみぎわさん。今その彼女はこちらに向き直り、ふぅっと静かにため息を吐いた。
「それがフィリピン。私たちが今から向かうトコロ。
……どうかしらさくらさん? どう思う?
関口くん達は、お母さんに自慢できる手柄を立てられそうかしら?」
静かな声で、悲しそうにみぎわさんが笑う。
「……ふふ、冗談よさくらさん。
ちょっと脅かしてみただけだから、あまり気にしちゃダメだからね?」
何気なく眼鏡を外し、みぎわさんが再び遠くの方を見つめる。
編み込んだ二つのおさげが、潮風に揺れている。
「それに、私達は兵士。
皇軍の一兵として、ただ任務を遂行していくのみよ、さくらさん。
たとえそれが、どんな任務であろうとも。
……ふふっ、天皇陛下万歳ってね」
………………………………………………
あの星明りに照らされた船の甲板で、ふたり話をした、すぐ後の事。
みぎわさんは、死んでしまった。私たちの中で一番先に。
あたし達が現地に到着し、司令部のある街へと向かう道中。突然朗らかな笑みを浮かべながら「オー日本ノ友達。シガレットサービス」と言いながら近づいて来たフィリピン人によって、手榴弾で吹き飛ばされたのだ。
たまたまあたし達の案内役だった大人の男の人の、一番近くに居た。
たったそれだけの事で、みぎわさんは死んでしまった。
上半身が吹き飛ばされ、もうみぎわさんだとはワカラナイ、奇妙な形になった。
………………………………………………
フィリピンに赴任したあたし達。
初年兵のあたし達“三年四組小隊“に任されていた任務は、荷運びや警備といった雑務が主だった。
関口はまじなどの男子たちは、みぎわさんの事があってからずっとピリピリしている。やっぱりフィリピン人は信用できねぇと、更に不信感を強めたようだった。
それだけでなく、こうして雑務に勤しんでいる日々の中でも「どこどこの小隊がゲリラに襲われた」「誰々がゲリラの待ち伏せに合い殺された」などといった話が、いつも絶え間なく聞こえてきていたのだ。
それほどまでに、ここフィリピンの状況は酷かった。
たとえ銃剣を携えたあたし達であっても、常にひとりになる事無く、いかなる時でも二人三人といった集団で行動する事が推奨された。
そうしなければ、あっという間にゲリラにやられてしまうから。
街に居る時も、田舎道を歩いている時も、建物の中にいる時にでも。常に警戒を怠ってはいけない。相手が女や老人であっても気を抜いてはいけない。
そんな気疲れと息苦しさを、いつも感じていた。
あれから山田は笑う事をしなくなり、長山くんは何かを考え込んでいる事が多くなった。
山根はいつも胃が痛そうにしていたが、それを口に出して言う事はせず、ただじっと我慢するばかり。
カラ元気でみんなを鼓舞する丸尾くんの声が、どこか寒々しく聞こえていた。
……そんな中あたしが考えていた事と言ったら、申し訳ないけれど、もうひたすら遊ぶ事ばかりだ。
もう暇さえあれば、隙さえあれば「よっしゃ!」とばかりに地元の子供達をとっ捕まえ、一緒に遊んでいた。あたしは筋金入りの怠け者なのだ。
「警備をしろ」と言われてここにいるにも関わらず、知った事かとばかりにひたすら遊ぶ。これは軍務において非常に重要な、地域住民との交流なのであります!
要らなそうな紙を取って来ては子供達に渡し、それで紙飛行機の作り方を教えてあげたり。いらない木材を削ってみんなで独楽を作って遊んだり。
みんなとても喜んでくれたし、色々な遊びを知っているあたしを気持ちよく尊敬してくれた。ロクに言葉は分からずとも「おねえちゃん、おねえちゃん」と慕ってくれているのが分かる。それがとても嬉しい。
そんなあたしの姿に呆れながらも、子供達の為にと、一緒に大縄跳びを回す役をしてくれるたまちゃん。
たまにあたし達の所にフラッと顔を出しては、メンコ遊びで子供達相手に無双し、何も言わずに去っていく野口さん。
遠い異国の地に来たけれど、あたしの周りには沢山の笑顔があった。
フィリピン着任の当初、そんな風にあたしは楽しく過ごしていた。
………………………………………………
そんなある日の事、雑務に従事していたあたし達三年四組小隊は、突然呼び出しを喰らった。
なんでも「ゲリラとおぼしき数人を憲兵隊が引き渡してきたので、お前達が行ってくるように」との事だった。
そう命令されたあたし達の小隊は、いそいそと現地へと移動する。
「おぉ来たかお前達。こいつらを見てみろ」
あたし達がやってきたのは、街のはずれのヤシの林。そこに今、目隠しをされた状態の十人ほどの男が立たされている。
土にまみれ、ボロボロになった服をきたフィリピン人の男達。言われるがままにその姿を見つめる。
「もう尋問は済ませたし、自分で穴も掘らせた。あとは“処分“をするだけだ」
横一列に並び、顔をこわばらせるあたし達に向かい、上官が言い放つ。
「――――お前達はまだ人を殺した経験が無い。役に立たん新兵だ。
故に度胸をつける為、今から刺殺訓練を実施する」
ドキンと、心臓が跳ねたのが分かった。
当然視界が真っ白になり、身体が固まってしまったように動かなくなる。
それでも、目の前の上官の言葉は止まる事無く続いていく。
「各自、着剣して一人づつアイツらの後ろに着け!
どいつの後ろでも構わん!」
その声を聞いた途端、ハッとあたし達は我に返る。そして急いで銃剣を取り付けていく。
上官の命令をきかなくては――――その身体に染み付いた意識だけで、腕を動かしていく。
「……ッ! ……ッ!!」
隊長である丸尾くん、そして関口たちの行動は速かった。瞬く間に銃剣を装着し、男達の後ろへと立った。
……しかし、たまちゃんはそうはいかなかった。
「……ッ! …………………ッッ!!」
銃剣を付けられない。何度やっても、上手く装着する事が出来ない。
だってその手は、ひどく震えていたから。カチャカチャ、カチャチャと、必死な音だけが鳴る。
その姿を、みんながじっと見つめる。目を潤ませながら銃剣を着けようとするたまちゃんの姿を、何も言わずに見ている。
上官も、ただそれを見守る。もたついているたまちゃんを咎める事も、怒鳴りつける事もせずに、ただ黙って終わるのを待った。
あたしはその姿に、優しさではなく「決して止めさせない、逃げさせない」という意志を感じた。
……やがてなんとか着剣したたまちゃんが、ゲリラの後ろへと立つあたしの隣にやってきた。
ここに居るゲリラの数は十人。それに対して、あたし達の小隊は十二人いる。故にあたしとたまちゃん、長山くんと山田は、一人の男にふたりで当たる事になったのだ。
「…………まっ、……まるちゃん……っ!」
上官に気づかれないよう、ピタリとたまちゃんに寄り添うようにして立ち、その手を握る。
「……まるちゃん……! ……まるちゃん……っ!」
何も出来ない。何を言ってやる事も出来ない。
ただ黙って、手を握ってあげる。それだけが、崩れ落ちそうなたまちゃんに対して、あたしが出来る唯一の事。
「では中尉殿! この丸尾末男、任務を遂行致しますっ!」
そう言い放ち、丸尾くんが敬礼をする。脚はガクガクと震え、声は上ずっている。それでも男の方に向き直り、銃剣を構えた。
獣のような掛け声を出した。
それで何かを振り切るように、丸尾くんが銃剣を突き出した。
へっぴり腰で、不格好で、とても士官学校で学ぶような綺麗な突きでは無い。それでも丸尾くんは、しっかりと男の背中を突き刺した。
倒れ込んだ背中に向かって、もう一度、二度、三度。万が一にも仕損じる事のないように、しっかりととどめを入れていく。
目を見開き、歯を食いしばりながら、その使命を果たす。
その姿はまるで自分自身に対して、必死に何かを言い聞かせているかのようだった。
きっとそれは、「わたくしは隊長なのだ」という意志。
みんなの代表、みんなの手本。だから自分が一番先に示さなければならないのだという、丸尾くんの気持ちが見えるかのような姿。
皆がその光景を見守る中、やがてゲリラの男は完全に動かなくなった。
それを見届けた後、次々とみんながゲリラ達を“処理“し始めた。
ドスッ、ガスッ、ドシャッと、慌ただしい音が辺りに響く。
はまじも、藤木も、山根くんも、次々に銃剣を突き刺し、殺していく。
震えながら、涙を流し、獣みたいな声をあげて。
「……せーのっ……」
そんな小さな掛け声の後、長山くんと山田が、同じ標的に向かって銃剣を突き出す。
倒れ込むゲリラの男。銃剣を突き出したままで固まっている山田。長山君は目を瞑りながらも、必死にとどめを入れていく。動かなくなるまで。
あの穏やかで優しかった長山君。彼のそんな姿を見た時に、あたしの身体は動いた。
あたしはたまちゃんの手を放し、腰を少しだけ落として、銃剣を構えた。
「……ッ! ……まるちゃん……ッ」
たまちゃんが、息を呑んだのが分かった。
ダメだ、やめてと、縋りつくような目であたしを見ているのが分かる。
けれど、それを聞く事は出来ない。決して止める事は出来ないんだ。
「……いい? たまちゃん?
あたしの銃剣を、一緒に握って」
たまちゃんが、目を見開いていて、あたしを見ている。
ホントはこんな事させたくない。あたしが全部……ぜんぶやってあげたい。
でもたまちゃんに“やらせない“って事……、それはきっとその場凌ぎの、何の意味も無い行為。
だから――――
「いっしょにやろう、たまちゃん。
……さぁ手を添えて。
あたしの手を、握ってるだけで良いから」
……………………
………………………………………………
「「 うーたを歌うならぁ~♬ ぼくらに~♬ まかせろぉ~♬ 」」
いつも手を繋ぎ、仲良く学校まで歩いた。
そんな風に歌いながら、笑い合いながら、ふたりで歩くのが好きだった。
バカなあたしは、いつもたまちゃんを困らせていた。沢山たくさん振り回してしまってたと思う。
でもそんなあたしの話を、たまちゃんはいつも楽しそうに聴いてくれた。いっぱい相談にも乗ってくれた。
いつもいちばんの味方でいてくれた。いつでもあたしの事を、助けてくれた。
そんなたまちゃんに何か恩返しをするとして……、あたしにはいったい何が出来るだろうか?
……残念ながら、なにも思いつかない。
バカなあたしがたまちゃんにしてあげられる事なんて、なんにも浮かんではこない。
ただ、あたしはたまちゃんの事がだいすきだから、いつもいっしょに居たいと思ってる。
一緒に遊んで、一緒に給食たべて、一緒に歌を歌ったりなんかしたいと思ってる。
もしたまちゃんが困ってる事があれば、とにかく真っ先に飛んでいくよ。
もしたまちゃんの悪口を誰かが言ったりなんかしていたら、あたしはそいつをおもいっきりひっぱたいたげる。
そして寂しい時は、あたしがそばに居てあげる。ぜったいたまちゃんをひとりになんかしないよ。
たまちゃん、だいすきだよ。
ずっといっしょにいようね。
あたしたちは親友。ずっとともだち。
ふたりならきっと、なんだって出来る――――――
…………………
………………………………………………
ドスッっという感触が、手に伝わった。
………………………………………………
その後の事は、はっきりとは憶えていない。
ゲリラ達を殺し、穴に放り込み、土を被せたのだろうけど、その時の記憶がイマイチはっきりしないのだ。
「うむ、お前達は非常に優秀だ。
普通はとてもこうはいかん。皆最初はガクガクと震えるばかりでな。
この調子で、これからも励めよ」
そんな風な事を言われたような気がするが、あたしはきっと、もうそれどころじゃなかったのだろう。
気が付いた時には夕方で、あたしは銃剣構えて街角にボケッと突っ立っていた。
なんか言われるがままに、警備の仕事をしていたらしい。
『 まるちゃん! もういいの! もう死んでるからッ!! 』
『 さくら! しっかりしろ! もう止めろってッ!! 』
『 あああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああッッ!!!! 』
……そんな誰かの声と、叫び声を聴いたような気がする。
それが耳にこびりつき、いつまでも頭の中を反芻している。
だが不思議と、その事を考えるのを、頭が拒否でもしているかのよう。
頭はボンヤリとし、何も考えられなかった。
夜になり、当てがわれた部屋へと戻ってくると、なにやら赤いのでバリバリに固まったあたしの服が置いてある。
それを何気なしに桶に放り込んで、あたしはグースカと眠った。
………………………
………………………………………………
それからもあたし達は、ここフィリピンで雑務の日々を送った。
ある日、なんちゃって警備の仕事から帰って来たあたしの所に、関口が嬉しそうにして声を掛けてきた。
「今日な、俺たち上官に連れられて、街でゲリラ狩りをしてきたんだぜ。
そこで密告にあった、学校の教師だっていう男を捕まえてよ?
木に吊るし上げて、白状するまでブン殴ってやったんだよ」
「アジトはどこだ、リーダーは誰だって訊いたんだけどよ?
そいつ強情で……、なかなか口を割らねぇんだよ。
上官が『斬るぞ』って感じで軍刀抜いてから、やっと話しだしたけど、
それでも『今は旅に出ている』とか言って、散々粘りやがってよ」
「何食わぬ顔して仲間のゲリラに情報流しといて、
『私は日本軍に協力してきたつもりだ』とかよ。
うっとーしーったらなかったぜ」
「………吐かせた後か?
もちろん後腐れの無いように、殺したよ」