まる子、戦争にいく。 作:はせがわ
立派な兵士になりたい。
あたしはいつも、そう思い描いていた。
お国に尽くし、立派に戦い抜き、故郷の家族を守る。みんなの為にがんばる。
それが、あたしの願い。あたし達の決意。
たとえ死ぬ事になっても、自分には仲間たちがいる。
おんなじ学校を出て、おんなじ釜の飯を食い、「死ぬ時は一緒だ」と誓い合った友達がいる。
靖国神社で、会える。
だからあたしは、何にも怖くなんてないんだ。いつか死んでしまうとしても、きっと誇らしい気持ちで死んでいける。
立派に戦って散った事を、きっとお父さんもお母さんも褒めてくれる。おじいちゃんもあたしを抱きしめてくれる。
ならば、恐れる物はない。何にも怖くなんてないよ。
兵士として役目を果たす事。
それが今の、あたしの全て。
きっと何だって出来るって、そう思ってたんだ。
…………………
………………………………………………
1、最近のゲリラの跋扈の状況に鑑み、兵団は警備地区内の“徹底的討伐“を実施する。
2、善良な住民とゲリラとの判別がつかないので、現住民は“総てゲリラと見倣す“。
3、皇軍に協力する証拠の顕著な者以外は、たとえ婦女子といえども容赦なくこれを殺し、全警備地区内を“無住民地区“とし、以って戦闘を容易ならしむ。
4、十人以上殺した者は中隊長、三十人以上の者は大隊長、五十人以上殺した者は兵団長がそれぞれ褒奨する。
………………その内容を理解するのに、一体どれだけの時間がかかった事だろう。
しばらくの間、あたし達はバカになったみたいに、その場で立ち尽くしていた。
みぎわさんに続き、山田が死んでからも、ゲリラによる被害は日増しに増えていった。
二日前にも「第○中隊長を含む五名がゲリラの待ち伏せに会って殺された」という話を聞いたばかり。
その中隊長は満州時代からのベテランだとして、とても皆に頼りにされていた人物だったらしい。
そんな状況の中、夜になり部屋に集められたあたし達の小隊は、上官である中尉殿より命令を伝達された。
司令部より発せられた、ゲリラ粛清命令。
通称“無人化作戦“と呼ばれる、明日から行われる討伐作戦の概要を。
頭の中にいくつも疑問符が飛び、たった今説明を受けたハズの事を、上手く飲み込む事が出来ずにいる。
まるで「パンは食べ物じゃないから捨ててしまえ」などと、そんな意味の分からない事を言われてしまったみたいに。
ぜんぜん理解が追いつかず、現実感が持てないでいる。
「……な、なんて命令を出すんだ……」
あたし達に作戦概要の説明を行い、中尉殿が部屋を去って行ったその後……、長山くんがボソリと呟く。
「この地域のフィリピン人たちを……、全て殺してしまえって事だ。
男だけじゃなく、女も子供も老人も……みんな」
………………………………………………
一月、ついに米軍はルソン島リンガエン湾へと上陸してきた。
その際に、日本軍は前方からアメリカ軍、そして後方からはゲリラ達の襲撃に合い、大変な苦境に立たされたらしい。
今回のゲリラ討伐作戦は、その手酷い目に合った戦訓による物。
ようは『アメリカと万全に戦えるよう、背後および周囲を無人化しろ』という事だった。
現状のまま推移すれば、対米戦を待たずして自滅に至ると、司令部は考えている。
「ゲリラ達を殺さなければ敗戦に追い込まれ、自分たちは殺されてしまう」、そんな強迫観念にかられていたのだと思う。
「先に手を出して来たのはアイツらの方だろ。ならやっちまえば良いんだ」
そうみんなを鼓舞する関口。
「わたくし達は軍人として責務を果たす、ただそれだけです」
そう真剣な目をして話す丸尾くん。
何かを振り切るようにして声をあげる子。じっとその場で押し黙っている子。その様子は様々。
しかし、この場の誰ひとりとして反対の意見、「間違ってる」と発言する子は居なかった。
みんなの胸の内は、分からない。
だけどあたし達が決してそう口にしないのは……、それがぜんぜん“意味の無い事“だからだ。
だって、あたし達は“兵士“だから。
大本営や司令部で発案され、陛下から下される“命令“。それに対する拒否権など、あたし達にはありはしないから。
たとえ今どんな意見を出し合ったとしても、あたし達は明日、必ず人を殺す。
フィリピンの住民たちを、この手で殺していく。これはもう、“決まっている事“。
それがわかっているからこそ、誰も何も言わない。
「こんな事はダメだ」「間違ってる」「やりたくない」
そう口にする事に、何の意味も無かったんだから。
やがて話し合いも終わり、早朝からの作戦に備えて寝床に入ろうとした頃……事件が起こった。
藤木のした事というのは、ひとつの答えだったと思う。
きっとこれが陛下から下された命に逆らう、たったひとつの方法なのかもしれないと思った。
突然の銃声に表へ飛び出したあたし達が見たのは、血に染まった地面。そして地面に倒れた藤木に泣きついている、永沢の姿だった。
その夜、ピストルで自分の頭を撃ち抜き、藤木は自害した。
………………………………………………
「……怖いよ、まるちゃん。……わたし、怖くてたまらないよ……」
みんなで藤木の遺体を埋めてやり、寝床に入った時、わたしの隣に眠るたまちゃんが語り掛けてくる。
あたしの手を握り、今にも消えそうな震えた声で。
「お国の為にがんばろうって、立派な兵隊さんになろうって思ってきた。
辛くても怖くても頑張らなきゃって、そう思ってきた……」
「……でも明日の作戦は、本当に正しい事なの……?
何もしてない人達を殺す事が、お国の為になるの……?」
あたし達には、善良な住民とゲリラを見分ける術なんてない。
いつも撃たれた後で“敵だった“と分かる――――そう山根が言っていたように。
……だから、フィリピンの人達を全て殺す。
米軍と戦う為に、この地域の住民達を皆殺しにしなければいけない。
「戦う覚悟は……、してきたつもり。
死ぬ覚悟だって、ちゃんとあるよ? みんなと一緒なら怖くなんてないの。
でも私……、何もしてない人達を殺す覚悟なんて……、してないっ……!」
あたしもたまちゃんも、すでに人を殺している。
あの刺殺訓練の日から、憲兵隊から引き渡されてきたゲリラの幾人かを、この手にかけている。
銃剣で人の身体を突き刺す。……その度にあたしの心から、何かが切り取られていくような気がした。
『この人はゲリラなんだ。仲間を殺した敵なんだ』
そう自分に言い聞かせて人を殺す度……、いつくもいくつも、あたしの心が切り取られていった気がする。
……でも、明日あたし達がする事は、それとはまったく意味の違う事。
敵ではなく、“民間人を殺す“。
良い人も、何もしていない人も。あたし達は殺さなくてはいけない。
「立派な兵隊さんになりたかった。お国の為に尽くしたかった……。
でもこんな事……、立派な兵隊さんがする事じゃないよっ……!」
たまちゃんは声を殺し、さめざめと泣く。
あたしの手を握りしめ、胸に引き寄せるようにして泣いている。
きっと“理由“がいるんだと、あたしは思う。
お国の為。家族や仲間たちの為。そして信念の為……。
あたし達が戦うには、そんな理由がぜったいに必要なんだ。
……そうじゃなきゃ、人が人を殺したりなんか、絶対に出来ないんだから。
でも、今のあたし達には、それが無い。
殺さなきゃいけないのに、絶対にしなくてはいけないのに……、その“民間人を殺す“理由が、あたし達には無いから。
だから、何にも縋る事が出来ない。行為の全てが、自分自身に跳ね返ってくる。
立派な兵士は、民間人を殺したりなんかしない――――
こんな事をしても、家族は喜んでくれたりなんかしない――――
……ならばあたしの信念は、決してあたしを守らない。
ただ“無くなっていくんだ“。 あたしの心から。
あたしが信じて守ってきた物は、全部あたしの心から、無くなっていくんだ――――
「――――たまちゃん、よく聞いてね?」
あたしはたまちゃんの手をギュッと握り、顔を突き合わせた。
「もしたまちゃんがどうしても『出来ない』って言っても、
あたしはたまちゃんを責めない。ずっとたまちゃんの味方でいるよ」
暗闇の中、たまちゃんの目を見つめてあたしは語り掛ける。
もうあたしは、色々な物を無くしてしまったと思う。……でも最後にこれだけはと、そう決意を固めて。
「もし逃げてしまいたいなら、あたしも一緒に行く。
もし藤木のようにしたいなら、あたしも一緒にやるよ。
だからたまちゃんには……、よく考えて欲しいの」
任務を放棄して逃げれば、銃殺だ。加えてその罪は、あたし達の家族にも行く。
自害は通常なら“戦死“として扱われる。これは何より“軍の名誉“の為にそうされる事が多い。
「あたしが決めてあげる事は出来ない。
嫌な事からぜんぶ……、守ってあげる事も出来ない」
あたしは、たまちゃんと約束する。
命令でもなく、使命でもない。でもこれだけはあたしは…………、最後まで守る。
「ごめんねたまちゃん……。本当にごめん。
でもあたしは、ずっとたまちゃんの傍に居る。
どんな事になっても……、ずっとたまちゃんの、味方でいるから――――」
…………
…………………………
………………………………………………
翌日、あたし達がいるこの場所に、最初のトラックがやって来た。
朝になり、大きな協会へと一同に集められた、村中の男達。
そこから10人ほどづつがトラックに乗せられ、順にこの場へと運び込まれてくる手筈となっている。
あたし達の待ち構える、この“粛清場“へと。
「降りろ。ひとりづつだ」
そう指示を出し、あたし達は地面に降りた男達を後ろ手で縛る。布を巻いて目隠しをしていく。
そして男達を、その場にある大きな家の中へと入れていった。
――――一斉に、ドスッという音が鳴る。
男達を床に跪かせた後、丸尾くんの合図の下に、あたし達が銃剣を突き刺す。
勢いよく後ろから突き刺した銃剣は、胴体を貫通して脚まで刺さる。それでも人間の身体はとても強くて、一度ではとても殺し切れない。
だから、二度三度と、息絶えるまで銃剣を突き刺していった。
殺した男達を部屋の隅に押しやった後、すぐに次のトラックがこの場に到着した。
あたし達は家の外へと出て、やってきたトラックの下へと向かう。
「降りろ。ひとりづつだ」
そうして再びあたし達は男達を縛り、家の中へと連れて行く。
丸尾くんの合図で銃剣を突き刺し、息の根を止める。終わったら隅へと押しやっていく。
またすぐここへやってくる者達に、少しでもスペースを開けておく為に。
………………………………………………
住民たちは日本兵に「通行証を渡す」と言われ、村にある教会などへと集められていた。
戦時中で余所の村への行き来も制限されていたから、住民たちは皆喜んで集まって来たらしい。
トラックでこの場へと来て、なにやらただならない雰囲気を感じた者の中には、必死に逃げ出そうとする者もいる。
そんな者達を、あたし達は容赦なく銃で撃って殺していった。
この場合は仕方ないが、基本的に“粛清“には、出来るだけ銃剣を使って殺す事が推奨されていた。
銃声が鳴る事を嫌ったのか、または“沢山殺すので弾など使っていられない“という事情からなのか、あたしには分からない。
ただ力の限りに、あたしは銃剣を突き刺していく。刺しては足を使って抜き、また突き刺しては抜く。
ザクリザクリと。完全に息絶えてくれるまで、それを繰り返した。
やがて一階が住民の死体で埋まり、次は二階にと丸尾くんが指示を出す頃には、みんなの動きはとてもスムーズになっていたように思う。
最初は一刺しごとに掛け声を出していた山根や野口さんも、数をこなしていく内、もう声を上げずに刺すようになった。
殺すまでのスピードも、格段に速くなっているのが分かる。
あたしも、はまじも、そしてたまちゃんも――――みんなが手際よく住民を殺し、とどめを刺せるようになっていった。
それでもこの場には、次々とトラックが到着していく。
やってもやっても、絶え間なく住民達が、送り込まれてくる。
「おい、どんどん来てるじゃねえか! 間に合わねぇよ!
いちいち銃剣使ってらんねぇよ!」
そう言って関口は、縄を使って住民を殺し始める。
跪かせた首に縄をかけて、足で背中を押しながら思いっきり後ろに引っ張る。そうやって首を絞めれば時間をかける事無く、百発百中で殺す事が出来たんだ。
銃剣なら何度も突き刺して生死確認をしなければいけなかったけど、その手間も省けるとして、みんなが真似する事にした。
ズルリという銃剣が突き刺さる感触や、断末魔の声。
それらを感じたり聞かなくて済むようになったのは有難い事なんだろうけど、そんなのはもう誰も気にしていない。
ただこっちの方が、手早く確実に殺す事が出来る。それを心底有難いとだけ感じた。
……やがてお昼が過ぎ、夕方、夜になるまで、あたし達はこの“粛清“任務に従事した。
最後のトラックが去っていく頃には、この場にあったいくつかの大きな家の中は、すべて住人の死体で埋まる。
そしてもうトラックがやって来ない事を確認した後……、あたし達は手分けをして、家に火をつけていった。
「………………」
「………………」
ゴゥゴゥと燃え盛る家々。
任務を終え、炎に照らされているみんなの姿を、まるで幽鬼のようだと思った。
そんな中で、あたしとたまちゃんは手を繋ぐ。
二人言葉を交わす事無く、ただ二人、炎を見つめ続けた。
………………………………………………
その翌日、男達が居なくなってしまった村へと、銃剣を持ったあたし達が押し入った。
家を一軒一軒周り、住民を殺して周っていく。
最初は、家に向かって機関銃を掃射する。
そしてそれに驚いて家の外へ出てきた住人を、あたし達が討伐していくという方法をとった。
いきなり家に入れば、もしかしたらピストルを持った住民に殺されるかもしれない。だからこういう方法を取るのだと丸尾くんが説明してくれた。
家を見つけては物陰に隠れ、関口が機関銃で撃っていく。
そして悲鳴、時には泣き叫びながら外に出てきた住民たちを、あたし達が殺していく。
弾で、銃剣で、軍刀で。出来る限り手早く仕留めていった。
一度、機関銃で撃ったにも関わらず、決して家から出てこようとしない一家があった。
あたし達がいくら大声で「出て来い!」と呼んでも、いくら撃っても決して家の中から出てこようとはしない。
その高床の家に、あたし達が火を着けた。すると女の人が手だけをニュッと出して、必死にその火を消し止めた。
あたし達が火を着ける。するとまた手だけを出して消し止める。そんな事が二度三度と続いた。
やがて火が身体から髪に移った後、その人は火に包まれて焼け死んだ。
そんな風にして何件かを周っていく内、当然の話だけれど、そこにはあたしの見知った顔もあった。
そういう場合、あたしはみんなを押しのけて、自分でその人を手にかける。
あたしを見て驚いた顔をする人、信じられないような目であたしを見る人、そのすべからくを銃剣で殺していった。
一度だけ、たまちゃんが辛そうにあたしを見たのが分かったけれど、その後すぐにたまちゃんはクッと歯を食いしばって、あたしと一緒に銃剣を構えた。
「……ガキだ。どうすんだよ丸尾」
そして当然、家から飛び出してくる住民の中には、子供の姿もある。
あたし達より幼い子供、中には母親に抱かれた乳児もいる。あたしが紙飛行機や独楽を作ってあげた子供の姿も、ある。
丸尾くんは銃剣を構えたまま、押し黙っている。
軍の方針は“無人化“。子供であっても生かしてはおかないという方針は、この作戦の前に全員に伝えられている。
けれど、いざとなった時、必ず良心が顔を出す。
中には幼い兄妹がいる者、そして兵士の中には子供がいる者だっている。
誰もがその時になれば迷い、また「自分には出来ない」と、泣きながら許しを請うのだ。
「――――どいて」
あたしははまじ達を押しのけ、銃剣を一突きする。
それは喉へと突き刺さり、その子がゆっくりと崩れ落ちていった。
「……おっ……お前っ……!」
はまじが一瞬、あたしに詰め寄ろうとした。けれどすぐに言葉を飲み込んで、顔を背けたまま歩き去っていく。心底悔しそうな顔をして。
あたしはその後姿を、ただじっと見送っていた。
「…………さくらさん。貴方は、任務を果たしたのです」
少しだけ俯き、歯を食いしばった丸尾くんが、あたしに告げる。
「わたくし達は、あの子の親を殺した。周りの大人達も全て。
たとえここで見逃そうとも、もうあの子が生きていく事は、出来ないのだ」
「……そしてこれは、皇軍である我々の使命。
ごめんなさい、さくらさん。……もうわたくしは、迷ったり致しません」
そう言い残し、銃剣を構えた丸尾くんが、次の家へと向かって行った。
………………………………………………
死体を、井戸に放り込んでいく。
ズルズルと引きずり、よいしょと持ち上げ、次々と投げ入れていく。
こちらの井戸は日本とは違い、とても横に広い形だ。だから300、400人と入れても、まだ全然底の方。
見知った子供も、子供を抱いていた母親も、知らない老人も。あたし達は区別する事なく次々に井戸へと投げ入れていった。
あの子は、キョトンとした顔であたしを見ていた――――
喉を銃剣で突かれても、じっとあたしの顔を見つめ続けていた――――
きっと何も、理解出来なかったんだと思う。
紙飛行機を作ってくれたお姉さんが、自分に何をしたのか。それを分からないままで、あの子は地面に倒れていった。
そんな事を考えながら、あたしは身体を動かしていく。
延々と、死体を井戸に放り込んでいった。
ふと横を見れば、あたしと同じように、たまちゃんが死体を引きずっているのが見える。
たまちゃんも、あたしと一緒に沢山殺した。一緒に縄跳びをやった子供達も。
……あの夜、たまちゃんは逃げ出さなかった。自害を選ぶ事もしなかった。
あれから言葉を交わす事も無く、あたし達はただ手を握り合い、朝を迎えたのだ。
なんとなくだけど、あたしはたまちゃんの気持ち、分かるような気がする。
そしてそれは、きっとあたしとまったく同じ気持ちなんじゃないかって、そう思ってる。
逃亡兵として家族にまで罪がいくのは、論外としても。あの時自害をするという選択肢は、確かにあたし達にはあった。
けれど、自害を選ばなかった理由。
それは、『とても無責任な事だ』と、あたしは感じていたからだ。
……藤木の行動は、責められない。あたし達にはその気持ちが、痛いほど分かるから。
卑怯だの何だの言われたって、藤木は根は、すごく優しいヤツだったから。
けれど、もしあたしが自害をしたら、きっとあの子供を“はまじが殺す事になってた“。
あたしが殺すハズだった人々を、あたしが「やりたくない」と跳ね除けた事を……、全部仲間に押し付ける事になる。
あたしにはそれが、どうしても我慢出来なかったから。
関口やブー太郎のようには、割り切れない。
丸尾くんのような、責任感もない。
そして“立派な兵士になる“という夢も、すでに無くなってしまった。
もうあたしの中に大切な物は、何も残ってはいないんだと思う。
……だから今、あたしにあるのは“仲間“だけ。
たまちゃん、長山くん、野口さん――――
そして丸尾くん、関口、ブー太郎、はまじ、永沢、山根――――
そんな仲間だけが、今のあたしを支えている物の、全て。
だから押し付けたり出来ない。
自分だけ、逃げたりなんか出来ない。
今のあたしにある、たった一つの大切な物。それが友達。
大事にするよ。最後まで一緒にいるから。
だからどうか、あたしと一緒にいて欲しい。あたしの手を、握っていてほしい。
もし、生きて帰れたとしたって。
きっとお母さん……、もうあたしの事“まる子だ“って、分かんないから。
……………………
………………………………………………
討伐は、約一か月ほど続いた。
毎日毎日、住民がひとりも居なくなる時まで。あたし達は、ひたすらに殺し続けた。
300人ほどの住民を家の中へと押し込め、爆弾で家ごと吹き飛ばした事もある。
あたし達が連れて行った者達は二度と戻らなかったから、次の日に女や子供たちがやってきて『夫を帰して!』、『子どもを帰してくれ!』と、一日中責められた事もある。
殺してしまったと本当の事を言うわけにもいかず、しらを切って、じっと我慢していた。
兄妹のいるブー太郎は、最初泣いた。山根はみんなに黙って、こっそりと逃がそうとした。
でも最後はみんな、分け隔てなく子供も女も殺していくようになった。
誰だって最初は、嫌々やるんだ。
出来ない、許してと言いながら、それでも仕方なしに殺していくんだ。
「これは良い、これは駄目」、そんな風に少しずつ自分の心を殺していきながら。
最初は男、次は女、その次に老人で、最後は子供――――
そうやって順番に、だんだんと殺せるようになっていくんだ。
でもそうしていく内に、途中から何も感じなくなる。最後はハエでも潰すかのようにして、人を殺せるようになっていく。
それを、兵士としての成長と言うのか、はたまた麻痺と呼ぶのかは、あたしには分からない。
ただ分かってるのは、
たとえ今は何も感じなくても、人を殺したって事実からは、決して逃げられないって事だけだ。
それだけは、今のあたしでも確信を持って言える。
いつか戦争が終わり、日本に帰る事が出来ても、あたしはもう以前とは、まったく違う人間だ。
それを今だけは、忘れられているだけ。
ここにいて、仲間たちと共に居る、この時だけ。
あたし達は、それから逃げる事が出来る。
………………………………………………
ある日、すでに討伐を終えた村の中を見回りしていた時。
前日あたし達が死体を放り込んでいた井戸の下へと、桶で食べ物を送ろうとしていた老婆がいた。
それを見つけたあたしと永沢は、生かしてはおけないと、その老婆を殺す。
後で井戸の中を覗き込んでみると、そこには息をする為に、必死に積みあがった死体にしがみついている女性の姿があった。
銃剣で刺され、井戸に放り込まれても、生き残ってしまった人だった。
それを見た永沢は、キョロキョロと辺りを見回した後、一抱えほどもある大きな石を持って戻って来る。
そして何気ない仕草で、永沢は石を井戸の中へと落とす。
頭を砕くゴシャっという音が、ここまで聞こえてきた。
永沢は、表情を変えない。
そしてそれは、あたしも同じ。
「もうここら辺は大丈夫だ。
さくら、みんなの所にもどろう」