まる子、戦争にいく。   作:はせがわ

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ハミングが、きこえる。 

 

 

 あたしは、夢を観ている。 それを今、ハッキリと自覚している。

 

 何故ならあの“粛清“の後から、いきなり私の観ている映像が、映画のシーンのようにブツ切りになっていったからだ。

 

 あたしが寝る前に、読んでいた本。

 それがフィリピン戦の話ではなく、あくまで“フィリピン人討伐“についての本だったからかもしれない。

 

 もしくは、この後の事なんて“語るまでもない事“だったからかもしれない。

 

 

………………………………………………

 

 

 あの後すぐ、あたし達は上陸してきた米軍と戦い、そして壊滅した。

 あれだけの民間人を“ゲリラ“だと言い張って殺したのに、結局あたし達は、米軍に勝つ事が出来なかった。

 

 ジリジリと後退していき、最後は山の中へと逃げ込んでいったのだけれど、そこを待っていたかの如く、ゲリラが私たちを食い散らかしていった。

 

 そして最後は、ゲリラの情報提供を受けた米軍の爆撃機が、山ごとあたし達をナパーム爆弾で焼き払って、それでおしまい。

 あたし達皇軍は戦いに破れ、アメリカはフィリピンを取り戻してみせた。

 

 その後も生き残った日本兵たちは各地で細々と抵抗を続け、それは終戦の頃まで続きましたよ、というのがあらましだ。

 

 

 あたしが知っている知識としてだが、マッカーサーはフィリピン人との約束を守り、日本軍を追い出して見せた。

 フィリピンの人達からは“解放軍“だとして、それはもう大変な歓迎を受けたそうだ。現地にはマッカーサーの像が立っているんだってさ。

 

 けれど、アメリカの目的は決して人道的な物では無く、あくまで“利益を取り戻す事“。

 フィリピンを取り戻してからマッカーサーが行った事は、あくまでフィリピンの経済を戦前にまでに戻す事。利益を戻す事。それを重視した政策であったらしい。

 

 日本軍が去り、何十年の月日が経っても。

 フィリピンの人達は、ずっと貧しいまま――――

 

 戦後、あたしが読んだ本を書いた作者はフィリピンへと赴き、現地の人達へと沢山のインタビューを行った。

 そしてそのどれもに共通している“ある言葉“がある。

 

 それは、日本人であるあたし達に、経済的な援助を求める声だ。フィリピンの人達は皆、口を揃えて、こう言っていた。

 

 

「私は日本人を許せない。私たちの国を荒し、家族を奪ったのだ」

 

「兵士たちは“命令“だから仕方なかったと言っている?

 私たちを殺しておいて、そんな理屈が通るもんかぃ」

 

「しかし私はキリスト教徒だから、

 貴方たちの罪を許してもいい。私は温厚な人間なのだから」

 

「だから日本人に謝罪の気持ちがあるなら、ぜひ私に援助をして欲しい。

 職を与え、経済的な援助をして欲しい。

 いつでも門を開いているよ」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

『 クタバレ! ヒトゴロシ! ドロボウ!! 』

 

 柵に群がったフィリピン人達が、石を投げている。

 

『 ハジシラズ! バカヤロウ!! シネ!! 』

 

 そうフィリピンの言葉で叫びながら、トラックの荷台に乗せられたあたし達に向かって、石を投げつける。

 

 米軍に敗れ、逃げまどっていた所をゲリラに捕獲された、あたし達。

「アメリカに引き渡せば金になる」という、そんな理由であたしとたまちゃんは、殺されずに済んだ。

 

 あたし達と一緒に乗せられていた人の中には、フィリピンの人達が群がって来たのを見て、手を振ろうとした人がいた。

 恐らくなのだけど、彼はあたし達のように島の南部に配属されたのではなく、きっと別の所にいた兵士なのだろう。

 彼は現地のフィリピン人達と良い関係を築き、そして自分達の事を彼らが見送りに来てくれたのかと、そう思ったんだと思う。

 しかしあたし達に浴びせられたのは、感謝の言葉ではなく、口ぎたない罵声。

 彼がすごく驚いた顔をし、そして慌てて頭を守っていたのを、よく憶えている。

 

 今、トラックを警備しているアメリカ兵たちが、必死に石を投げるのを止めさせようとしている。

 そんな米兵達に向かい「なぜやらせないのか。なぜ殺さないのか」と、フィリピン人達が詰め寄っていく。

 

 

『 シネ! クダバレ! ハジシラズ! 』

 

 

 あたしはたまちゃんの身体を、ギュっと抱きしめる。

 

 必死にたまちゃんの頭を抱き抱える。飛んでくる沢山の石から、たまちゃんを守ってやれるようにと。

 

 そんな“あのあたし“の映像を、映画のような視点で、ただ見つめていた。

 

 

………………………………………………

 

 

 あたしが今、米軍の捕虜収容所に入っていった。

 いまは米軍のお医者さんに、怪我の治療を受けているのが見える。

 

 

 今度のあたしは、戦犯として裁判にかけられるようだ。

 一番上の兵団長はすでに死んでしまったので、上官たちは皆、罪の擦り付け合いに必死だ。

 

 

 次のあたしの映像は、もうすぐ戦争犯罪人の調査が始まるので、その前に上官から“方針“の説明を受けている場面。

 

 

 一、方針

 

    戦犯被害者を、最少限度にくいとめる事。

 

 二、対策

 

  1、討伐に参加したことを、極力否定する事。

 

  2、止むなく参加を認めざるを得なくなった場合は、以下の通りに答弁する事。

 

  (イ)○○大尉らがこれを指揮し、その命令に基いて行動した。

  (ロ)処刑実施部隊はリパ航空隊〇〇中尉、及びMG小隊〇〇准尉の部隊である。

 

   ※注 〇〇大尉、〇〇中尉、〇〇准尉は、何れもバナハオ山で戦死している。

 

  (ハ)兵団命令で●●中尉が指揮して実施した事実を、決して暴露しない事。

 

 

 …………というような、非常に身勝手な内容の指示だった。

 

 ようは口裏を合わせて嘘をつき、裁判の被害者を減らそうという指示。

「皇軍の名誉にかけても、討伐の事実は無かった事にせよ」という、そんなもっともらしい事も散々言われていた。

 

 ●●中尉は部下達にこう指示を出し、そして裁判の席では、部下へと責任を押し付けた。

 そして見事に、自分だけは戦争責任を回避する事に成功した。

 

 

 あれだけ民間人を殺させられ、

 戦争には破れ、

 最後にあたし達は、上官に裏切られる。

 

 夢の中、死んだ目のあたしが、その中尉の姿を見つめていた。

 

 

 

 …………その後十数年ほど囚われた後、恩赦で釈放されたあたしが、ようやく日本へと帰ってくる。

 

 生きて祖国の土を踏む事に、大した感慨も無いようだった。

 ただ、どんな風な顔をして、家族と会えば良いのだろう――――

 そんな事ばかりを、考えているように思えた。

 

 

 戦争はとっくに終わり、時が流れていく。平和な世の中に今、あたしが生きている。

 

 戦争の事、軍の事。 そして自分が戦地でしてきた事。

 その全てに、口に噤んだまま。

 

 家族にも夫にも、誰にもそれを話す事の無いまま、あたしが老いていった――――

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 この“夢の中のあたし“の姿を観て、あたしは今、何とも言えない気分でいる。

 

 人によって、世代によって。きっとその感想はまったく異なる物になるんじゃないかと思う。

 けれど、あたしにとってこの“戦ったあたし“の姿は、なんだかとても切ない物のように映った。

 

 善悪。

 正しさ、間違い――――

 

 “このあたし“の戦った戦場に、そんな物はひとつも、ありはしなかった。

 ただ、自分の思う物の為に戦い、大切な人の為に、戦った。

 

 

 あたしにあったのは、ただ、それだけ。

 

 悲しいくらい――――それだけだったんだ。

 

 

 

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 憶えている――――ここはあの時の場所だ―――

 

 あたしは今、“あの老人ホーム“にいるんだ――――

 

 

 

『フィリピンの方々に、申し訳ないという気持ちはありますか?』

 

 

 いま周りからは、子供たちのガヤガヤとした声が聞こえてくる。

 ここはあの小学校の時、あたしが修学旅行でやってきた老人ホーム。

 あたしがあのおじいさんに、戦争の話を聞かせてもらった場所。

 

 

 ――――ないよ。 あたし達は、戦争をしていたんだから。

 

 

 今あたしの目の前には、おかっぱ頭の女の子が座っている。

 赤い吊りスカートに、白いシャツ。桜色のほっぺをした女の子が。

 

 その子があたしに、質問を投げる。 あたしはその質問に、答えていく――――

 

 

『ゲリラではない住民たちまで殺していったのに、

 それが正しい事だったと、言えるのですか?』

 

 

 女の子の眉が、醜く歪む。

 口をへの字にして、あたしに問いかけてくる。

 

 

 ――――正しい、間違っている、じゃないんだよ。

 ――――――あたし達はあたし達なりに考えて、生きる為にそうしていったの。

 

 

 女の子は、さらにグムムっと眉を歪ませていく。

 そんなの言い訳じゃないか、勝手じゃないかと、そうあたしを責め立てる。

 

 

『ならゲリラなんか出来るハズない子供まで、なぜ殺す必要があるのですか?』

 

 

 ――――ゲリラに情報を流すからと、子供でも生かしておかない方針だったの。

 ――――――小さい赤ちゃんまで殺したのも、それが軍の方針だったからだよ。

 

 

 もう女の子はプンプン腹を立て、あたしを睨みつけんばかりの勢いだ。

 けれど、あたしにはこう言う事しか出来ない。

 この子が納得出来る正しさ、道理。

 そんな物……、あたし達には無かったんだから。

 

 

『フィリピンの方々に、謝罪したいとは思いませんか?』

 

 

 ――――出来ないよ。 あたし達は陛下の命で、軍の下で戦っていたから。

 ――――――あたし個人がフィリピンの人たちに謝る事は、出来ないよ。

 

 

『人をたくさん殺したのに、悪いとは思わないのですか?』

 

 

 ――――――思わない。 あたしは軍人として、職務を遂行していたから。

 

 

 

 …………………自分で言っていても、酷い言い草だと思った。

 しかも話は堂々巡りしているし、あたしの返答はいつも『軍が』『戦争だから』という物ばかり。

 全部が「自分のせいじゃない」と言っているように聞こえる、……そんな物ばかりだ。

 

 でも、それが分かっていても、それ以外の言葉が出てこない。

 あたしの返答は、いつも短い、端的な物ばかり。

 

 本当は、言いたい事がいっぱいある。

 ……なのにそれを口に出す事が、どうしても出来なかった。

 

 

 

 当時、あたし達が感じていた想い。 必死にしがみついていた物。

 

 それを今この子に言っても……、きっと“仕方がない“。

 

 本当に悪いけど、申し訳ない事だけど。

 だからこそ、これを口に出す事は、出来ないと感じていた。

 

 

 ……あたし達兵士が思っていた事なんて、言葉にしてしまえばきっと、すごく薄っぺらい物に聞こえると思う。

 この子も、いやきっと今の誰が聴いても、ただの自己弁護にしか聞こえないつまらない言葉になるだろう。

「やっぱりただの言い訳じゃないか!」とか、そんな風に言われてしまう気もしてる。

 

 実際、あたし達はとんでもない数の人間を殺したしね。

 この子のような若い世代の人達が、あたし達の罪を“断罪する“。

 それは至極当然の事かもしれないって、あたし達も思っているからね。

 

 

 ただ、あたしは自分の想いを、上手に伝える自信が無いんだ――――

 

 あの頃の気持ちを言葉にし、それを分かってもらえるなんて、到底思えないから――――

 

 だから……あたしの言葉は、短くなる。

 気持ちじゃなく、想いでもなく、ただハッキリしている事柄だけを、あたしは返答していくから。

 

 それを聞いて、この子が眉をしかめてしまうのも……、もう“仕方がない“。

 あたし達は人を殺した。だからあたし達は“悪い“。

 この子の言う事に、何一つ間違いなんか、ないんだから。

 

 

 もし、あたしが胸にある想いを語るとしたら……、それはきっと、友人たちにだけだ。

 共にあのフィリピンの戦場を戦った、友人達にだけなんだと思う。

 

 たまちゃん――

 はまじ――

 丸尾くん――

 長山くん――

 野口さん――

 

 きっとあの友人たちだけが、私の想いをぜんぶ、共有出来る。

 あの時感じていた事を、彼らだけが全部、分かってくれるんだろう。

 

 

 

 だから、あたしは喋らない――――

 

 誰にも、家族にだって、自分の事は語らない。

 

 あたしだけじゃなく、みんなも。

 そうやって口を、つぐんでいったんだと思う。

 

 

 ……卑怯者だと言うなら、言え。

 人殺しのくせにと罵るならば、罵るといいんだ。

 

 でもどうか……どうかこれだけは、許して欲しいのだ。

 

 

 

 赤い吊りスカートの女の子。

 その頭を、そっと撫でてみる。

 

 仏頂面をしたこの子に「ごめんね」と、そんな精一杯の気持ちを込めて。

 

 

 

 

 このあたしに残った、たったひとつの……、大事な気持ち――――

 

 それを口にしないまま死んでいく事を……、どうか、どうか、……許して欲しい。

 

 

 

 そうやって口をつぐみ、誰にも言わないまま―――

 

 そんな風にあたし達は、みんな消えていくんだろうなって、そう思う――――

 

 

 

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 長い夢から目を覚まし、ベッドから飛び起きたあたしが、最初にした事。

 

 それは、あの友人に『よくも風邪なんか移してくれたね!』と、文句のメールを打つ事だった。

 

 そして、どうやら寝ている間に流していたらしい、涙をぬぐう事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――fIn――

 

 

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