これは、陽炎の見せた幻か、それとも夢か、それとも…。そんなのは些末なことだ。とにかく、俺が体験したこの夏の一連の出来事は、確かに俺が体験したことだけど、不確かで、まるで現実味のない事だってことだ。
これはそんな、陽炎のように透き通った、夢のように現実離れした出来事だ。
一
すごく悲しい夢を見た気がする。運命の輪とか、追放とか、よくわからない夢だった。しかしそれよりもまず、鳴り響く耳障りな目覚ましを黙らせーーー
「ーーーられない。なんで、だっていつも足もとに」
混乱と混乱に次ぐ混乱だ。目覚ましがどうこう以前に、まずこの部屋に見覚えがない。幽閉、監禁、軟禁、なんきんじょうってこの軟禁だったっけ。軽い思考の末、ある仮説にたどり着く。
「まさか、目覚めたら異世界でした。なんて笑えない冗談だったり…しないよな」
信じたくはなかった。夢であってほしい。でもつねったほっぺたは痛い。とにかく、いつまでもおろおろしている訳にはいかない。早く脱出して学校へ行かなくては。
割と簡単に脱出できた。まず鍵を探したら机の引き出しの中にあり、扉を見ると、一般的な内側から鍵をかけるタイプのやつだった。驚くことに、部屋の外の内装はうちと全く変わらない。と言うよりか、少なくとも俺の部屋の周りは、床の傷まで寸分たがわず同じだった。
とにかく、意を決して居間に出てみる。だがそこには、家族の姿はなく、物静かそうな少女が座っていた。ふと、顔が熱くなるのを感じた。決して照れているのではない。喉の奥から、得体の知れない濁った何かがせり上がってくるのがわかった。目眩がする。でも構わない。ともすれば千鳥足のような足どりで、女との距離を詰める。そして間髪入れずに掴みかかった。
「妹はどこだっ。父さんは。母さんは。みんなをどこへやったッ。それに、ここはどこなんだよ、なァ。」
少女に向かって、濁った何かを吐き出してやった。しかし、少女は微動だにせず、冷静と言うより、冷淡にも感じられる表情で、
「さあ、私は存じ上げません。ただ、ここは焔町という所だ、ということはお伝えできます」
と、ささやいた。にわかには信じられない。この家があるのは、要町という、辺鄙な田舎町だったはずだ。それに、焔町なんて地名、聞いたことがない。もしこいつの言うことが本当なら、大変な事態だが、ありえない。何か目的があって嘘を言っているのか、あるいは妄想癖の強い不思議ちゃんか、そのどちらかだろう。
「あ、そうだ携帯。これのGPSで確認すれば…」
結果、焔町は存在した。ついでに、ここは焔町で間違いなかった。
二
「お前の言うことは本当だった。で、そもそもお前何者だ」
「私ですか。私は、あなたの身の回りのお世話をするよう命じられ、今朝、こちらへ到着致しました、名を日下部夏乃(くさかべ かの)と申します。いわゆるお手伝いさんです。よろしくお願いします、寺井慶三(てらい けいぞう)様」
「っ」
こいつ、なんで俺の名前を。
「主から言いつかっております」
「その、主って誰なんだ」
「それは言うなと言いつかっております故、お答え致しかねます」
「そうか。それで、飯を作るのも業務内容に入っているわけか」
「左様でございます」
なるほど、料理の腕は確かなようだ。俺の目の前には美味そうな料理が一人分並べられていた。
「ん、一人分?」
次回は、メインヒロインが全員登場します。さあ、どんなキャラなんでしょうね!お楽しみに!
春色の回走もよろしくです!