サークル「かきまぜぼう」様から発刊される合同誌に掲載予定の一部です。
2章以降は公開予定のない試し読み部分ですので、悪しからずご承知おき下さい。
世界を曲げ門を闢くとき
百八の正と悪が対峙する
1
たぶん、これはいけないことなんだ。
「またなんだぁ……」
冬の朝、京都メトロの列車が東山駅を通過し、三条京阪を向かうあたりで、予想と違わずそれはやってきた。
人口密度が高まって、情報素子の超微弱電磁波が相互に攪乱されて干渉しあい、ノイズが共鳴して情報空間に穴が開く一瞬。
「今年に入って、何回目だっけ。痴漢」
ごくありふれた京都の日常だった。
痴漢は、超情報化社会において爆発的に拡散していて、超情報化社会の出発点である日本から全世界に拡散してしまった流行だ。
この圧倒的な格差社会では、適切な年齢に達していることと、犯罪歴が無いことを条件に、官能に関するあらゆるデータが
政府は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利の中に、猥褻な情報を閲覧することも含めている。社会の秩序維持に、最低限の猥褻さは必要だと公共が判断した。
そのような猥褻さに満ち足りた今の京都で、何故、この男はわたしの臀部に触れようとしているのか。リスクを取って、わざわざ卑劣な行為に出ようとしているのか。
それは、性的なことがごくごく個人的(パーソナル)なもので、肉質的なものだからだろう。
どれだけ
だから、みな、
共有情報に平坦化された、記号のような官能素ではない。
わたしも使っているけれど――言い訳をしながら告白すれば、
知っている人の仕草は、とても性的なのだ。
この痴漢も、「わたし」という子を狙っているのだろう。既にわたしが痴漢を認知してから五回目の遭遇だ。きっと、誰でもいいわけじゃない。「わたし」を狙った犯行に間違いない。わたしの息遣い、熱、うぶ毛の感触、身体の曲線、痴漢が五感で切り取った私のそんなあれこれに触れるということが、今の痴漢にとってとんでもなく甘美なのだ。わたしに触れたい、壊したい、そんな
要は、この男は、最低限度の猥褻さで満足できず、公共空間にはない「わたしを汚すシーン」を手に入れようとしている。手に触れて、ダウンロードできない肉欲を奪おうとしている。
いくら個人情報のセキュリティを高めても、痴漢のように身体に直接触れることは防ぎようがない。肉質的な官能は、情報社会において犯罪の養分だ。
「うえぇ」
その気味の悪さに、吐き気がする。
だから、わたしはわたしの物理的情報が手で触れられ
情報空間のセキュリティホールを突いて、痴漢がわたしのふとももに触れようとしたとき、わたしは周囲に攻撃的な情報発信をした。隣で経済面のニュースを眺める中年の会社員、子どもをあやしている乳母、わたしと同じように学生服を着て、おめかししている女の子。同じ車中にいる人のすべての啓示視界をハッキングし、わたしの視線を
たった一秒。しかし、決定的な一秒だ。
車中の全員の目が、私の目になる。
みなが、痴漢の手を見た。それぞれの啓示視界を通して。
その一秒後、
みなが、痴漢を見た。自分自身の視界を通して。
車内全員に振り向かれ、ぎょっとした痴漢の表情を前に、わたしは勝ち誇ったように宣言する。
「きゃあぁぁ、この人、痴漢です」
いくばくか演技がかかっていた
三条京阪駅の警察に突き出し、ほんの僅か警察官に時間を貸して、わたしは痴漢が二度と手を触れられぬプライベートな時間へ歩き出す。
あーあ。またやっちゃった。
たぶん、いけないことだったんだろうな。
ここまで、すべて計算ずくだった。
遊びだった。
警察もそろそろ怪訝に思う頃かもしれないな――なぜ、京都メトロの痴漢は