「ラーメンが食いたい」
授業終了後、軽く自主練をしていた一夏は、唐突に呟いた。
「ラーメンだと?」
「学食で食べれば良いじゃ無いの」
一緒に自主練をしていた鈴と箒が揃って言うが、一夏は首を振って、その意見を却下する。
「違うんだ」
「何が違うのよ」
「いや、学食のラーメンも確かに美味しいんだが、そうじゃ無いんだ。もっとこう・・・コッテリしたガッツリした奴が食いたいんだよ!」
力強く自分の気持ちを宣言する一夏に対して、二人は今一気持ちが理解できずに首を傾げるが、一夏の下に見方が現れる。
「話は聞いたで御座る!!」
「小田!」
どこからともなく湧いて出て来たオタクは、一夏の言葉に同意して言った。
「拙者も常々思っていたで御座る・・・この学園のラーメンはアッサリした物ばかりだと・・・濃厚コッテリ系のラーメンが無いと・・・醤油と塩と味噌しか無いと・・・!」
「ああ、そうだとも!そうであろう!もっとニンニクの利いた。背脂がタップリ入ったジャンキーな味が欲しいんだ!」
互いの意見に共鳴して、がっちりと熱い握手を交わす二人を、鈴と箒は冷めた目で見ながら全く理解出来ないと首を振った。
「夢に見ていたんだ・・・分厚いバラチャーシューと濃厚な豚骨系のコッテリスープ、セルフサービスで入れ放題の摺り下ろしニンニクに、しつこい程に存在を主張する真っ白な背脂・・・一度食べれば最早離れる事は出来ない強力な中毒性」
「間違いなく身体に悪いと分かりつつも、それでも、スープの最後の一滴まで楽しみたいと思う暴力的な旨味、免罪符の様に堆く積まれた大量のもやし、そこに存在するのは偉大なる先人達の残してきた足跡・・・!」
詰まる所、要約すれば二人とも魚介豚骨濃厚スープか、背脂チャッチャ系のガッツリした奴が食いたいと言う、ただそれだけの話である。
そんな二人の意見に同意できる女子が、この学園にどれだけ居るだろうか、いや一人も居ないはずだ。
どこぞのアイドルと小泉さん以外の女の子は、アッサリ醤油か塩ラーメンしか食べないと言う作者の偏見と共に話は進み、一夏とオタクは共に校外へとラーメンを食べに行くと言う事で話がまとまった。
どう言う訳か、鈴と箒も連れて行けと言う主張を聞き流す事が出来なかった一夏とオタクは、渋々ながら同行を許し、妙に時間の掛かる二人の準備が終わるのを校門で待つ。
「なんでシャワー浴びて制服着るだけなのに、こんなに時間掛かるんだ?」
「デュフフフwww古来よりおにゃのこ様には金と時間が掛かると相場が決まっているで御座るwww」
「そうなのか?千冬姉は早いぞ?シャツとGパン着て財布と携帯持つだけだったからな」
「オッフw担任の女子力の低さに拙者、どんな顔をすれば良いか分からないで御座るwww」
「笑えば良いんじゃ無いか?」
等と言う遣り取りをして更に十分ばかりが経過した頃、漸く二人が姿を現した。
「お待たせー!」
「遅ぇよ。どんだけ時間かかってんだよ」
「女の支度には時間が掛かる物なのだ!」
「デュフフフwwwでは、早速向かうで御座るwww」
オタクの言葉を合図に四人は駅に向かい、そこからモノレールで暫く揺られて、本土に渡った。
「で、何処に行くんだ?」
行き先を尋ねる一夏に、オタクが答える。
「デュフフフwwwこんな事も有ろうかと!リサーチは終わっているで御座るwww」
高らかに宣言したオタクは、淀みない足取りで歩き始め、目的の店へと向かう。
「あの店で御座る」
そう言って指差したのは、赤い看板に大きく白い文字で書かれたシンプルな店名、L字型のカウンター席と二つのテーブル席の然程大きくない店内は、掃除はされているが、少し見窄らしい印象を受ける。
「地元に居た頃から良く食べていたで御座るwww」
「この店か・・・岩手にもあるんだな」
何やら懐かしそうに感慨深く言う男子二人と、無言の女子二人の四人は、スライド式の扉を開けて店内に入り、迷う事無くカウンター席に着いたオタクに続いて他の三人も席に着いた。
「チャーシュー大で」
「ネギ味噌の中」
「早!?」
「ちょっと待て・・・え~と、味噌ラーメンの中を御願いする」
「鈴はまだか?」
「ちょっと待ちなさいよ!・・・え~と、え~と・・・醤油ラーメン小!」
注文を終えた4人に、威勢の良い返事を返した店主が麺を鍋に投入して器の準備を始め、ラーメンが出来上がるまでの間、オタクと一夏は黙って待った。
「何だかシンプルな店だな」
「本当ね~何か実家の店があった頃を思い出しちゃうわ」
二人の話す声を耳にしながら、ラーメンを待つ一夏とオタクだったが、不意に一夏がオタクに尋ねた。
「そう言えばネギ丼とかチャーシュー丼は頼まないのか?」
「今日はラーメンだけの気分で御座るwww」
「そうか・・・しっかし、本当に久し振りだ。何だか入学式の時よりも緊張してきたな」
「デュフフフwww拙者も丸一年ぶりくらいで御座るなwww」
そして、二人の待ちかねていた品が、店主の手によって渡された。
「お待ち!」
今や遅しとラーメンの入った器を受け取った一夏とオタクは、挨拶をして一口目のスープを啜る。
それから備え付けの摺り下ろしニンニクを隣の女子二人が引くほどに入れて、思い思いの順番で食べ始めた。
「美味過ぎる!!」
小田は、先ずはスープに浸ったノリを食べ、次に厚く切られたチャーシューに箸を延ばす。
対する一夏は、ニンニクを良くを絡ませてネギと一緒に麺を一気に吸い込む。
「・・・」
「・・・」
暫しの間、無言でラーメンを食べるだけの機械になってしまった二人に対して、女子二人もそれぞれ思い思いにラーメンを食べる。
「出来た・・・!」
「ん、んん!ううんっ!」
鈴は大きなレンゲにスープと麺とチャーシュー等を盛ったミニラーメンを作って笑みを浮かべ、箒は豪快に麺を頬張りながらもスープが飛び散るのに気を付けて食べる。
何だかんだ言いながらも、女子二人もラーメンに夢中になって食べ進め、程なくして全員が完食すると代金を支払って店を出た。
「ああ・・・美味かった・・・!」
「いやはや・・・このジャンキーな味はクセになるで御座るなwww」
「だな・・・二人は如何だった?」
互いに感想を言って、一夏は鈴と箒にも話を振った。
「まあ・・・アレだ・・・美味しかったな」
「そうね。たまになら良いわね」
「そうだろう!」
自分と同じ意見だと言う事が余程嬉しかったのか、一夏は満面の笑みを浮かべて二人に近づくが、それと同時に鈴と箒の二人が後退った。
「?如何したんだ?」
「うむ・・・一夏・・・それと豚」
「アンタ達ニンニク臭いから近寄らないで」
この後、男子と女子の間に大きな溝がある事を再確認したオタクと一夏は、学校に着くなりシャワーを浴びる様に命じられ、オタクは何時もの手洗い場で水浴びをして歯を磨いた。
「ふう・・・」
さっぱりしすぎる程さっぱりしたオタクは、適当なベンチに腰掛けると、懐からマルボロを取り出して口にくわえた。
「校内は禁煙だぞ」
「固い事言いなさんな・・・それに、女史も吸う気満々じゃ無いですか」
そう言って、オタクは愛用のジッポーで火を着けると、隣に座った千冬に火を着けたまま差し出した。
「ん・・・」
オタクの手にあるジッポーでタバコに着火した千冬は、同じタイミングで煙を吐いた。
「・・・ん?」
「如何しました?」
「貴様・・・ラーメン屋に入ったな?」
「分かりますか?」
驚異的な嗅覚でオタクがラーメンを食べた事を看破した千冬は更に臭いを感じ取って、店と種類まで当てて見せた。
「・・・この臭いは・・・醤油豚骨だな。摺り下ろしたニンニクの臭いと、チャーシューの脂の香り・・・あの店か」
「良く分かるな」
「まあ、私も餓えていると言う事だ」
大凡、年頃の女性の言う事では無い気がするのだが、オタクは何も言わずにフィルターを口に付けて深く息を吸う。
「この学園のラーメンも美味いが、少しアッサリしすぎだ」
「女史以外は不満は無いのでは?」
「・・・癪に障るな・・・真耶を誘っても言葉を濁されるし、一人で行っても良いが・・・帰ってくると怪訝な顔をされる」
「女史は、そんな事は気にしないと思っていたが?」
「私も人間だぞ?それに女だ」
「・・・」
「何か言え・・・まあ、女一人でラーメン屋に居ると、何かと五月蠅い輩がいる。その程度でどうにか成る訳では無いが・・・態々、小蠅に集られに行くのも何だ」
憂鬱そうに言う千冬は、少しだけ寂しそうに見えた。
「拙者で良ければ、付き合いますぞ?」
「・・・考えて置くが、その気持ち悪い喋り方は私の前では止めろ」
「サーセンw」
「・・・っち・・・豚」
「・・・何ですか?」
「今夜付き合え・・・私も久し振りにラーメンが食いたくなった」
「前回の様なのは御免ですよ?」
「アレは、男のお前の責任だ・・・それに、私の身体が見られたのだから役得だろう」
「程々ですよ・・・真耶先生は?」
「真耶は今夜は仕事だ」
「では、1900に駅で」
「ああ・・・」
そう言葉を交わしてオタクと千冬は一端別れ、その夜に居酒屋で軽く飲んでから屋台のラーメンで締めて学園に帰った。
それを目撃した真耶によって二人は追求を受け、そこから話が漏れて一夏の中でオタクが義兄に成ると言う話が現実味を帯びてきたと言う考えが浮上するが、それは別の話で有る。
書いている最中、ラーメンが食べたくなる作者。
ヒロインを有りにするか無しにするか、非常に悩むところです。