寮内で戦慈の仮面を外すことに、もちろん誰一人不満が出ることはなく受け入れられた。
夕食も終わり、男子達が交代で風呂に入りながら寝るまでのんびりしていると、
「物間がA組の寮に行ったぁ?」
「ハイ。物間クン、突然飛び出して行きマァシタ」
ポニーからの報告に一佳は顔を顰める。
一佳、里琴、唯、切奈は風呂から上がって、洗濯物などを片付けてから1階に下りてきたのだが、そこで困惑した表情で玄関に立っているポニーや泡瀬達、そして呆れた表情で腕を組んでいる戦慈を見つけて声をかけたのだった。
「なんでまた?」
「俺らが分かるかよ……」
「訓練の話してて、たまたま話の流れでA組の名前が出たんだよ。そしたら『ああ!そうだ!ちょっと偵察に行ってくるよ!』とか言って、あっという間に出て行ったんだよ」
切奈の問いかけに、泡瀬と骨抜が呆れた表情を浮かべながら答える。
一佳は大きくため息を吐いて、
「嫌な予感しかしないな……」
「まぁ、煽りまくってるだろうね」
「ん」
「……面倒」
「けど、ほっとくのもA組に申し訳ないな……。連れ戻してくる」
「ワタシも行きマァス!」
一佳は眉間に皺を寄せながら、ポケットからヘアゴムを取り出して下ろしていた髪を纏める。
それを見た切奈は戦慈に顔を向けて、
「じゃあ、拳暴も付いて行ってやりなよ」
「なんでだよ」
「いくら校内とはいえ、もう夜だしさ。一佳とポニーだけに行かせるわけにいかないじゃん?」
「……はぁ。わぁったよ……」
ヒーロー科に在籍していて、それはそれでどうかと戦慈は思ったが、切奈の言い分は間違ってないので小さくため息を吐いて抵抗を諦めた戦慈。
そこに里琴が先ほど奪った仮面を取り出して、戦慈の肩に飛び乗って顔に付けてやる。
「いいのか?」
「どうせ力づくで連れ帰るんなら、俺の方がいいだろ」
「あんまり大人数で行ったら迷惑だろうし、私達は寮でダラけてるよ」
「ん」
「まぁ、いいけどさ……」
一佳は切奈の言葉に苦笑して、ポニー、戦慈、里琴を引き連れてA組の寮へと向かう。
里琴は戦慈の肩に乗った時点で、付いて行くのだろうと誰も疑問に思うことはなかった。
A組の寮は隣なので、3分もかからずに到着する。
チャイムはないので、一佳はドアをノックしてから不作法だが扉を開けて隙間から顔を覗かせる。
すると、玄関に歩み寄ろうとしていた八百万がいた。
「あら?拳藤さん?」
「こんな時間にごめんよ、八百万。物間の奴がこっちに来てるって聞いたんだけどさ……」
「あぁ……いらっしゃってますわ。今は男子のお部屋を見て回ってます」
「はぁ……ホントにゴメン。ちょっとお邪魔させてもらっていいか?」
「ええ、もちろんですわ」
八百万は快く頷いて、ドアを開けて正式に招いてくれる。
一佳は申し訳なさそうに頭を下げて、戦慈達も後に続く。
「エレベーターは4階に上がったので、恐らく今は4階にいらっしゃるかと」
「なんで、この時間に部屋を見て回ってるんだ……?」
「視察とか言ってたよ?」
面白そうなので付いてきた芦戸の言葉に、一佳達は呆れるしかなかった。
ちなみに戦慈の肩に乗っている里琴についてツッコむ者は誰もいない。もはやA組ですら当たり前の光景と受け入れられていた。
まっすぐエレベーターに乗り、4階へと上がると、
「B組はねぇ、陰でそう言う努力をしてるわけ!調子乗っちゃってるA組はどうせ部屋で寛ぐことしか考えてないんじゃないのぉ!?そういうとこだよ、そういうとこ!やっぱり見に来てよかった!遠慮なく自堕落な生活をして、僕らB組の元に跪い――」
「跪くのはお前だ」
なにやら高笑いをしながら、切島を指差して大声で話している物間の首に、一佳は迷うことなく鋭い手刀を叩き込む。
一佳は呆れながら、膝から崩れ落ちた物間を掴んで戦慈に無造作に渡し、戦慈も呆れた表情で物間の襟を掴んで持ち上げる。
「あ、拳藤さん。それに拳暴君達も……」
緑谷や飯田達が一佳達の登場に僅かに目を見開く。
ポニーは真剣な表情で物間を心配そうに見つけており、里琴はいつも通り戦慈の頭の上に顎を乗せてダラけていた。
「悪かったな。すぐに連れて帰るから」
「拳藤さん。わざわざ来ていただいたわけですし、とりあえず一度談話スペースでゆっくりしていってください」
「それにぶっちゃけそのまま連れ戻されても、また来る気しかしねぇ」
「……悪い」
ニコニコと提案してくる八百万とメンドそうな顔を浮かべている上鳴の言葉に、一佳は項垂れるしかなかった。
とりあえず、物間からも謝らせるべきだと思った一佳は八百万の言葉に甘えて、談話スペースへと下りる。
ソファを勧められたので、物間、一佳、ポニーの順でソファに座らせ、戦慈はソファではなくテーブル側の椅子に座り、里琴はず~っと戦慈の肩の上にいる。
その様子に轟が首を傾げ、
「……ずっとそこにいるのか?」
「放っても戻ってくんだよ。だから、もう諦めた」
「……定位置」
「あははは……」
戦慈と里琴の返答に緑谷も苦笑いするしかなかった。
そこに飯田が、
「しかし、拳暴くんも巻空くんも無事に回復したようで何よりだ」
「ホントだぜ」
切島も飯田の言葉に頷き、緑谷や他の者達も頷く。
戦慈は神野区での映像で、里琴は毒ガスからの回復が一番遅かったことを聞いていたのだ。2人とも林間合宿での戦いにおいても中心にいたので、それもあってA組でも心配の声が上がっていた。
しかし、戦慈は仮面の下で呆れた表情を浮かべ、
「お前らだって、神野区で爆豪助けようと無茶したって聞いたぞ。人の事言えねぇだろ」
「え!?そ、それは……」
「まぁ、無茶したけど、俺達は無傷だったしな!」
「切島。多分、拳暴が言いたいのはそういうことじゃねぇと思うぞ」
「と言っても、拳暴が一番人のこと言えないけどな」
緑谷がキョドり、切島がニカッと笑いながら胸を張ると、砂藤が呆れながらツッコむ。
更に一佳が参戦して、ジト目で戦慈を見ながらツッコむ。
それに里琴とポニーが力強く頷き、戦慈は腕を組んでそっぽを向く。
「拳暴君が言い包められてる……」
「毎回ボロボロになって、最後には1人で抜け出して、入院したんだから当然だ」
緑谷が思わず感心していると、一佳が顔を顰めながら言い放ち、再び里琴とポニーが頷く。
その言葉にA組陣は緑谷に目を向け、緑谷は他人事ではないと理解したのか胸を押させる。
「うぅ……!」
「超パワー系の『個性』持ちは似た者同士なのかもね!」
「硬化系の切島と鉄哲もそっくりだしね」
葉隠と芦戸の言葉に、当人達以外が頷く。さりげなく復活した物間も頷いている。
「で、本当に毎度毎度、物間がごめんな」
物間の頭を掴んで、無理矢理頭を下げさせながら謝る一佳。
物間は眉間に皺を寄せながら、
「……邪魔しないでくれるかな、拳藤。せっかくボロが出ないか偵察してたのに」
「視察じゃなかったのかよ」
ポロッと本音が出た物間の言葉に、上鳴がすかさずツッコむ。
偵察は『敵の内情を探ること』だ。視察とは似ているようで意味が違う。
うっかり本音を言ってしまった物間は開き直って一佳の手を振り払って、胸を張る。
「フン!せっかくB組代表として遊びに来たのに、お茶も出ないのかなぁ!?」
「おいおい、遊びに来たことにしやがったぞ」
「鋼のメンタル……」
「ああ!そうですわね!少しお持ちくださいまし!」
「俺も」
上鳴が呆れ、緑谷が謎に感心すると、八百万と砂藤が食堂のキッチンへと向かう。
「おい、緑谷」
「え!?ど、どうしたの?」
「お前、右腕どうしたんだ?」
「あ……」
戦慈は緑谷の右上腕部の皮膚が変色しているのが目に入った。内側にも大きな傷跡が残っている。
「林間合宿で少し無茶し過ぎちゃって……」
「……左腕もか?」
「うん……。後2,3度同じ壊し方をしたら、腕が二度と使えなくなるって言われちゃって……。だから、今飯田君に蹴りを教えて貰ってるんだ」
困ったような笑みを浮かべ、明るくなるように努めながら話す緑谷。
一佳や物間達、そして詳しく聞いていなかったらしい轟や芦戸達は目を見開いて、緑谷を見つめていた。
戦慈は腕を組んだまま、緑谷を見つめる。
「……あんまり焦らねぇことだな。お前の『個性』は身体の強度にある程度依存するんだろ?身体なんて、そんな1,2か月で一気に変わるもんじゃねぇしな。無理を続けると、
戦慈は自分の身体を指差しながら言う。
その言葉に全員が戦慈の身体に刻まれた傷痕と戦慈の過去を思い出す。
自分の『個性』をコントロールしようと周囲から引かれるほどに無茶を続けた成れの果て。
《自己治癒》があっても、どのヒーローよりも傷付いた体となった。
似た『個性』を持っており、しかし《自己治癒》は出来ない緑谷が同じ真似をすれば腕どころか歩くことすら出来なくなるだろう。
「うん……気を付けるよ。……ありがとう」
礼を言う緑谷に、戦慈は肩を竦めるだけで答える。
それに里琴が戦慈の頬に腕を伸ばしてペチペチと叩いて揶揄う。
「ウゼェよ」
「……照れ屋」
「照れてねぇ」
「お待たせしました!」
八百万がティーカップを、砂藤がケーキをトレイに乗せて運び、戦慈達の前に置いて行く。
流石に里琴も戦慈の肩から降りて、隣の椅子に座る。
「今日のケーキはレモンシフォンケーキだぜ。ホイップクリームは蜂蜜を入れてみたんだ」
「紅茶は私がブレンドしたものなので、お口に合うといいですけど……」
「いやいや、十分過ぎるから」
「とってもオイシソウデース!!」
「拳暴さんはコーヒーがなくて申し訳ないのですが……」
「別にコーヒーしか飲まねぇわけじゃねぇから気にすんな。人が淹れてくれたモンに文句言う気はねぇよ」
「……美味」
里琴は早速食べ始めており、一佳達も砂藤のケーキを食べて美味しさに目を輝かせる。
「……うまっ!」
「紅茶もピッタリデース!」
「よかったですわ!」
「……ちゃんとしたおもてなししないでくれる……」
物間は完璧なケーキセットを憎々し気に睨みながらも、食べる手は止まらない。
「B組ではお菓子作れる人とかいないの?」
「飲み物の方は林間合宿からして、拳暴君のコーヒーなんだろうけど」
芦戸と葉隠がケーキを頬張りながら訊ねる。
「コーヒーはそうだけど……。お菓子はなぁ……」
「今度クッキングしたいデース!」
「まぁ、確かに拳暴ばっかに作らせるのは悪いか」
「今更だろ」
「って言うか、拳藤って料理できるのかい?」
「うるさいな!出来るよ!一人暮らししてたんだから!」
「かふっ!」
失礼な事を言う物間に手刀を叩き込んで抗議する一佳。
それにケーキを食べ終えた切島が戦慈に顔を向けて、
「けど、拳暴のコーヒーって興味あるな」
「……流石にお前らの分まで作る気はねぇ。機材も豆も足りん。ただでさえ、毎日10人分以上淹れて、もう豆が無くなりそうなんだかんな」
「毎日……」
「朝と帰寮時、そんで寝る前に毎回淹れれば、俺の小遣いで買える豆なんざあっという間になくなるに決まってんだろ」
『あ~……』
しかも、里琴達の好みのブレンドを個別に作っているので、更に消費が激しいのだが、そこは黙っていた。
それに一佳は申し訳なさそうな顔を浮かべて、
「ちゃんとそこは皆で話し合ったよ。今度の休みの時に、頼みたい奴は個別に豆を買おうってなった。だから、今度豆の種類教えてくれよ」
「いつの間に……。まぁ、それならいいけどよ」
「マジで大人気だな。拳暴のコーヒー」
「俺達も砂藤のケーキの材料代出すべきじゃね?」
「あれれれぇ!?君達、人にケーキを作らせておいて材料費も出してないのかい!?」
「お前もまだ出してねぇだろうが!っていうか、なんだかんだで完食してんじゃねぇか!砂藤のケーキの前じゃ、お前も完敗だな!」
「ふっ。あんな部屋の君に言われても、何も悔しくないね」
上鳴の言葉を鼻で笑って言い返す。
上鳴はカチンときて、再び物間に喧嘩を売る。
「そんなに言うんだから、お前の部屋はさぞかしセンスがいいんだろうな!?これでだっせぇ部屋だったら大笑いしてやる!」
「ダサくなかったら?」
「電気で茶を沸かして……いや、B組の風呂を沸かしてやるよ!」
それを聞いた物間は不敵な笑みを浮かべながらスマホを取り出して操作し、ある写真を見せる。
その写真は白いアンティーク家具を絶妙な配置で置いてあるフレンチスタイルの洒落た部屋だった。
「これ、僕の部屋」
「っ……!?」
「なにこれ超おしゃれ!」
「まぁ!こういう部屋もいいですわね」
葉隠と八百万が素直に称賛し、上鳴はイチャモンが付けられない部屋に打ちひしがれる。
「で、いつ沸かしに来てくれるのかなぁ!?」
「いいかげんにしろ」
「うっ」
「お前、さっき上で寛ぐだけの部屋を貶してた癖に……。人のこと言えないだろ」
一佳はソファに崩れ落ちる物間を見下ろしながら呆れる。
そこに葉隠が、
「ねぇねぇ!拳藤さんの部屋は!?」
「私?」
きょとんとする一佳。
すると、里琴がフワ~と飛んで葉隠の前に移動して、
「……ん」
と、スマホの画面を見せる。
一佳の部屋はアメリカンスタイルで、ユーズド感がある木と黒いフレームで造られたテーブルや棚が置かれてる。
バイクの写真や模型も並べられており、ライダー趣味なのが良く分かる部屋になっている。
「おお、かっこいい!!」
「拳藤さんらしいですわ」
「これ、俺らより男らしくね?」
「……悪かったね。可愛らしいのは落ち着かないんだよ」
「いやいや!いいなってことだよ!」
上鳴が慌てて否定するが、一佳は恥ずかしそうにそっぽを向く。
「け、拳暴の部屋はどうなんだ?」
「……これ」
話題を逸らそうと上鳴がキョドりながら言うと、里琴が再びスマホを操作して写真を見せる。
戦慈の部屋は娯楽的なものはない普通の部屋だ。
「普通だな」
「普通だね」
「当たり前だろが」
「巻空さんは?」
「……ん」
里琴の部屋は、黄色の家具や薄い赤のシーツやカーペットで彩られている。
それでも物間と比べたら普通の部屋である。
「なんかもっと拳暴カラーかと思った」
と、芦戸が正直に思った事を言う。
それに戦慈が、
「俺と里琴の部屋の家具は、知り合いに買ってもらったもんなんだよ」
「あ、そっか。2人は施設出身だから……」
「暴れてた頃に世話になった警察やヒーローが金を出してくれたんだ」
だから、洒落た物などねだれなかったし、買って貰った物は大事に使う。
雑に使うことは出来なかったので、必然的に家具を買い替える機会はほとんどなかったのだ。
「じゃ、次は角取さん!」
ポニーの部屋はアニメのポスターやフィギュアが所狭しと飾られている部屋だった。
葉隠が見知ったアニメのポスターを見つけて盛り上がり、更に緑谷が日本未発売のオールマイトフィギュアを目敏く見つけて感動していた。
仲良く交流していた一同だが、完全に放置された物間が苦い顔をして立ち上がって帰ろうとする。
しかし、部屋を馬鹿にされた上鳴と地味にずっといた尾白が立ちはだかる。
「ちょっと待てよ。いきなり勝手に来て、人の部屋貶して、ケーキ食って帰るってやりたい放題にもほどがあるじゃねぇか。なぁ、尾白」
「うん。言われっぱなしって言うのは、ちょっとね……」
「いやいや。僕は貶したんじゃないさ。見たままを言っただけだけど?」
「もっと質が悪いだろうが!」
「普通の何が悪いんだ……!」
珍しくA組側が物間に突っかかる状況に、物間は底意地悪い笑みを浮かべて即座に乗っかる。
「えええ!?それじゃあどうするの!?帰さないって言うからには何かあるんだろうねぇ!?勝負かい!?勝負する!?どっちが上か決めちゃううぅ!?」
興奮気味に挑発する物間。
妙な成り行きに一佳が物間を諫めるが、物間には聞こえなかった。
「勝負してやろうじゃねぇか!逃げんじゃねぇぞ!?」
「こっちが勝つのに逃げるわけないだろう!?」
「君達、いい加減にしないか!寮内で勝負なんて許されるわけがないだろう!?」
「何を言ってるのかなぁ!?A組委員長!ここは雄英だよ!?どこであろうとプルスウルトラさ!それに殴り合わない勝負にすればいいだけだろ!?」
「むぅ!?つまり日常生活の中でも、常に競い合って高めていかなければならないということか!」
「んなわけねぇだろ」
「……お馬鹿?」
「いや、真面目過ぎて勝手に良いように解釈してるだけだ」
「あははは……」
簡単に丸め込まれた飯田に、戦慈と里琴がツッコみ、轟がズレた説明をして緑谷が苦笑いする。
八百万が顔を手で覆ってため息を吐き、他の者達も呆れて見ているだけだった。
そして、勢いそのままに勝負方法を決めるが、3人揃って何も考えていなかった。
3人でアレは駄目だ、ソレも駄目だ、とヒートアップしながらも話し合いを進めて行く。
一佳達は口を挟む余裕がなく、唖然とその結末を見守るしか出来ず、戦慈は速く帰りたいと思っており、里琴は戦慈の背中にもたれ掛かってコクリコクリと船を漕ぎ始めている。
その時、
「あ」
「ん?どうしたの?轟君」
「勝負が決まりゃいいんなら、いいもんがある」
その言葉に物間達も轟に顔を向ける。
そして、一度部屋に戻った轟が持ってきたのは、樽を模した玩具『海賊危機一髪』だった。