しまりんの幼馴染は、なでしこの飼い主になりました   作:通りすがりのキャンパー

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初キャンプ

唐突だが、今日からキャンプデビューすることになった。

 

きっかけは些細なことだ。

 

いつも通りの休みの日。

 

俺は自室で積みに積み上げた本を消化しようと読書に勤しんでいた。

 

お気に入りのコーヒーとお茶請けのクッキーを準備し、早速本を読もうとしたその時だった。

 

勢いよく、部屋の扉が開けられた。

 

何事かと思い部屋の扉を見るが、俺の部屋をノックなしに開けてくる奴を、俺は一人しか知らない。

 

そこには、腰まで伸ばした髪を頭の上で大きな団子状に結った小柄な少女が立っていた。

 

彼女の名前は、志摩リン。

 

俺の幼馴染だ。

 

そのリンから、「これから本栖湖までキャンプに行く。カイも来い」と言われ、俺は抵抗空しく、初キャンプすることになった。

 

普段は一人でソロキャンプを楽しんでるリンが、突然俺をキャンプに誘った理由はわからないが、折角の誘いを断るのもなんだし、付いていくことにした。

 

こうして、俺、月見里(やまなし)海淵(かいえん)は、現在自転車に乗りつつ、リンに言われた最低限の荷物だけを持ち、リンの後ろに付いて行ってる。

 

トンネルを抜け、目的地まであと一息と言った所で俺の耳に何かが聞こえた。

 

よく聞くと鼾だった。

 

どこから聞こえてくるのかと思い、音が聞こえてきた方を向く。

 

すると、そこにはベンチに寝っ転がりながら鼾をかく少女がいた。

 

(女にしては、中々にはしたない鼾だな。てか、この季節だと風邪ひくんじゃ………)

 

そんなことを考えていると、リンはさっさと自転車を走らせる。

 

(え?放置でいいの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、キャン場近くの管理場に着き、リンが手続きをしてくると言い残して管理場へ向かい、俺は一人、スマホを弄る。

 

すると、某無料通信アプリに一件の通知があった。

 

俺とリンの共通の友人、斉藤恵那からだった。

 

斎藤『今何してる?』

 

それを見て、俺はササっと返信をする

 

『リンに誘われてキャンプしに来てる』

 

斎藤『おおっ!カイもとうとうキャンプデビューか』

 

『行き成りのことで少し驚いたが、まぁ悪くない機会だし、ちょっとキャンプを体験してくるよ』

 

斎藤『楽しんできてね~』

 

斎藤『あっ、土産話、期待してるから』

 

「カイ、行くよ」

 

ちょうど斎藤とのやり取りに区切りが付いた所で、リンが帰って来た。

 

「ああ、わかった」

 

自転車を手で押し、キャンプ場に向かう。

 

キャンプ場に着くと、まず目に入ったのは、本栖湖と富士山だった。

 

残念ながら、雲がかぶさり富士山は帽子を被ってる状態だった。

 

「すごい光景だな」

 

「だろ?」

 

「ああ。………しかし、人はやっぱりいないんだな」

 

「シーズンオフだしな。でも、ほぼ貸し切り状態。やっぱりシーズンオフ、最高」

 

そういう楽しみ方もあるのかと納得していると、リンが自転車から荷物を下ろす。

 

「この辺にテントを張るぞ」

 

「張るのはいいが、俺はキャンプ初心者だから、何も分からないぞ」

 

「大丈夫。私が慣れてるから、やり方教える」

 

リンからやり方を習いつつ、二人でテントを組み立てる。

 

ものの数分程度でテントは完成した。

 

「結構時間かかると思ったんだが、そうでもないんだな」

 

「まぁ、そういうテントもあるけどね」

 

「てか、本当にいいのか?一緒のテントで寝るなんて」

 

「……別に。私は気にしない。それに、二人ぐらいなら何とか入るし」

 

そう言って、リンは持ってきた椅子の組み立てを始める。

 

そう言う意味じゃないんだが…………

 

普通に考えて、幼馴染とは言え年頃の男女が同じテントで寝るのはどうかと思うぞ。

 

まぁ、これも一つの信頼の形として受け取っておくか。

 

そう心の中で呟き、俺も持参した折り畳みの椅子を出す。

 

寛ぐ為の準備が整うと、リンはカイロを取り出す。

 

「ふぅ……温かい……」

 

「焚き火はしないのか?」

 

「これでも十分温かい。それに面倒だし」

 

(絶対、面倒ってのが本音だろ)

 

そう思いつつ、俺もカイロを取り出し、持って来た本を読み始める。

 

そして、僅か数分後。

 

俺の隣で、リンはガタガタと震えていた。

 

「やっぱ、カイロだけじゃ無理があったか」

 

「みたい」

 

「諦めて焚き火した方がいいんじゃないのか?」

 

「でも、火を起こすの面倒だし、煙臭くなるし、火の粉で服に穴あくし………」

 

「だからと言って、風邪引いたら元も子もないだろ。手伝うから、焚き火しようぜ」

 

「……わかった」

 

リンに連れられて、林に向かう。

 

「薪を拾えばいいのか?」

 

「そうだけど、その前に……おっ、あった」

 

そう言って、リンが拾ったのは松ぼっくりだった。

 

「松ぼっくり?」

 

「着火剤代わり。傘が開いていて、乾燥してる奴がいい。薪も同様、乾いてる奴がいい」

 

「なるほど。わかった」

 

リンに言われた通り、松ぼっくりと薪を拾う。

 

少々拾い過ぎたかと思ったが、リンが「まぁ、よし」と言うので、よしとしておく。

 

拾った薪は、太い奴は鉈で縦に割って細くし、そこそこ長い奴は真っ二つに折って長さを調節する。

 

「これでよし……ちょっと、トイレ行ってくる」

 

「あ、俺も行く」

 

リンに付いていき、先ほどの管理場近くのトイレに向かう。

 

すると、先程のベンチに、あの寝ていた女の子はいなかった。

 

(流石にもう起きたよな)

 

そう思って、トイレに向かい、用を足し、リンが出てくるのを待っていると、また鼾が聞こえてきた。

 

「まさか………」

 

少し移動してみると、先程の女の子はベンチから落ち、そのまま転がって移動したのか、ベンチから少し離れた地面で寝ていた。

 

「いや、流石にそうはならないだろ……」

 

などと思いながら、リンが戻ってくるのを待つ。

 

流石に声をかけた方がいいかと思ったが、下手に声をかけて痴漢と思われたりしたら嫌なので放置することにした。

 

まぁ、流石に暗くなる前には起きて、帰るだろう。

 

先程の位置に戻り、しばらく待つとリンが戻ってきた。

 

そのままキャンプ場に戻り、リンから火の起こし方を習い、俺が焚き火を起こす。

 

見事火が点き、俺もリンも炎の温かさを噛みしめ、再び読書を再開する。

 

俺とリンは本を読みつつ、火の勢いが弱くなると、交互に薪を足して行き、本を読むを繰り返していた。

 

読書に耽っていると、時間はあっという間に過ぎ、気づけば日は沈んでいた。

 

「リン、そろそろ、飯にしないか?」

 

「あ、もうこんな時間か。そうだな。……その前に、トイレ」

 

リンはそう言い、LEDランタンを手に取る。

 

「危ないから、俺もついていくよ」

 

「いい。すぐ戻るから、待ってて」

 

リンはそそくさと移動し、俺はその場に取り残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しまりんSIDE

 

トイレに向かいつつ、私は溜息を吐いた。

 

「結局、いつも通りだった」

 

今回、私は初めて幼馴染の月見里海淵、またの名をカイをキャンプに誘った。

 

今まで何度か誘おうかとしたが、流石に恥ずかしくて誘えずにいた。

 

すると、斎藤の奴の「今度、カイ君をキャンプに誘わなかったら、この前撮ったリンの恥ずかしい写真、カイ君に送るから」と言う脅しに屈し、カイを誘った。

 

何を隠そう、私はカイが好きだ。

 

幼馴染と言うことを抜きにしても、カイが好き。

 

このキャンプに誘ったのも、告白しようとしたからなのだが、気づけばいつも通りの展開になってしまった。

 

「…………まぁ、告白は次回と言うことで。次から本気出す」

 

誰に言うわけでもない決意表明をして、ようやく今の自分の状況に気づく。

 

考えたら、暗い夜道をランタンの光だけで進むって滅茶苦茶怖い…………

 

そう言えば、こんなシチュエーションのホラー映画を昔、カイと見た記憶がある。

 

確か、夜の山道をランタンの明かりだけを頼りに歩いてる女性が、殺人鬼に襲われるって奴だ……………

 

「やっぱり付いてきてもらうべきだった」

 

少し前の自分を全力で怒りたくなった。

 

少し急ごう。

 

歩くスピードを速め、トイレへと向かう。

 

無事にトイレに着き、用をたし、カイの所に戻ろうとした時だ。

 

「そう言えば、アイツどうしたかな?」

 

アイツとは、この近くのベンチで寝ていた女の子のことだ。

 

ここに来た時から気になりつつも面倒だったから関わらなかったが、流石に今でも寝てたらまずい。

 

そっと覗き込むが、そこには誰もいなかった。

 

「流石に帰ったか」

 

そう呟き、振り向いた瞬間だった。

 

私の眼前には、目、鼻、口から様々な液体を垂らした髪の長い女が立っていた。

 

「う、うわああああああああああ!!?」

 

その瞬間、私は脱兎の如く逃げ出した。

 

「ま゛っ゛て゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

 

背後から聞こえる言葉も無視して……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイSIDE

 

リンがトイレに行き、数分が経った。

 

「流石に遅いな……迷ってるのか?」

 

やっぱり付いて行くべきだったかと思ったその直後だった。

 

『うわああああああああああ!!?』

 

突如、叫び声が聞こえた。

 

「リン!?」

 

その声の主が、リンだと気づき、俺は慌て声の方に走り出す。

 

道を走っていると、向かいから何かが見え始める。

 

そのシルエットに、見覚えがあった。

 

あれは間違いなくリンだ。

 

「リン!」

 

「か、カイ!」

 

リンは俺に抱き付く様にぶつかると、そのまま急いで俺の後ろに隠れた。

 

何があったのか聞こうとした瞬間、ドンっ!という衝撃が、俺の体に走る。

 

前を見ると、俺の胸に顔を埋める様にぶつかってきた誰かがいた。

 

その誰かはゆっくりと顔を上げ、俺を見る。

 

「ひ゛ど゛か゛い゛た゛ぁ゛……………」

 

涙声になりながら、俺の服を鼻水と涙でベットベトにしたのは、ベンチで鼾をかいていたあの女の子だった。


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