しまりんの幼馴染は、なでしこの飼い主になりました 作:通りすがりのキャンパー
あの後、リンを落ち着かせ、泣いてる女の子にハンカチを渡して、俺たちは焚き火のところまで戻った。
女の子に事情を聴くと、女の子は涙ながらに話してくれた。
「えっと……つまり、今日静岡から引っ越して来たばかりで」
「うん……」
「それで、自転車に乗って富士山を見に来た」
「うん……」
「で、来たはいいけど、疲れて横になったら、そのまま寝て、気が付けば夜だったと」
「へぶぅ……」
なんと言うか、話を聞けば聞くほど、この子はアホなんじゃないかと思えてきた。
しかも、家族に何も言わず、突如思いついたから行動に移した為、誰もここまで来てることを知らないと来た。
「あっちは下り坂だし、トンネル使えばすぐに下まで行けると思うけど」
「むりむりむりぃっ!怖すぎるよ!」
まぁ、俺も明かりなしに、夜の明かりのないトンネルを使うのは嫌だ。
「なぁ、携帯は持ってないのか?家に連絡して、迎えを呼べばいいんじゃないか?」
「あ、そっか!」
女の子は、慌てて自分のコートのポッケを探り出す。
「スマホスマホ、最近買ったスマホ。スマホスマホスマホスマホスマホス~マホス!」
そう言って、彼女が取り出したのはトランプのケースだった。
俺たちの空間を静寂が襲った。
「…………ババ抜き、する?」
「してる場合か?」
「だよね~…………」
女の子はしょぼんとしながら、トランプケースをしまった。
「私のスマホ、貸すからこれで家に電話かけたら?」
「来たばっかで、家の電話番号わかりません」
「なら、自分の携帯電話番号なら分かるだろ?」
「記憶にございません」
いや、流石に自分の携帯電話番号分からないのはまずくないか。
こうなったら最終手段だな。
「リン、この子、俺が下の方まで送ってくる」
「え?」
「いくら暗いトンネルでも、二人ならそこまで怖くないだろ?下まで行けば、帰り道はわかるか?」
「多分……」
「じゃあ、そうしよう。リン、悪いけど、少し一人で待っててくれ」
リン一人を残すのは、ちょっと気が引けるが、まぁ、ソロキャンしてたぐらいだし、一人でも大丈夫だろう。
そう思った瞬間、突然、女の子の腹から、空腹を訴える音が聞こえた。
思わず、そちらを向いてしまった。
女の子は、恥ずかしそうに俯いていた。
「ラーメンあるけど、食べる?」
すると、リンがリュックからカップのカレー麺を取り出す。
「くれるの!?」
女の子は勢いよく、顔を上げ、よく見ると、口の端から涎が出ていた。
「1500円」
リンがそう言うと、女の子は自分の財布を取り出し、中を見て青ざめ、震える手で100円玉を出した。
「じゅ、15回払いで勘弁して下さい」
「嘘だよ」
100円を持つ手を押し返し、リンはお湯を沸かし始めた。
この子を送るのは、飯の後だな。
お湯が沸くのを待っていると、女の子は焚き火の方が気になったのか、聞いてきた。
「ねぇ、あっちの方でやらないの?」
その辺のことはよくわからないので、リンの方を向く。
リンは溜息を吐くと答えた。
「できなくはないけど、焚き火でやると煤で真っ黒になっちゃうから」
「そうなんだ!なんか、プロみたいだね!」
((なんのだよ?))
きっとリンも俺と同じことを思ったに違いないだろうな。
伊達に幼馴染やってない。
ちなみに、流石に女の子を地面に座らせるのはどうかと思うから、俺の椅子を譲って、俺は手ごろな薪を椅子代わりに使ってる。
「はっ…くしゅん!」
すると、女の子が突然くしゃみをした。
よくよく考えたら、長時間寒空の下で寝てたんだ。
体が冷えていてもおかしくない。
俺は薪を何本が焚き火に加え、鞄の中からまだ使っていないブランケットを彼女に渡した。
「これ、まだ使ってない奴だし、洗い立てだから使いな」
「うわ~!ありがとう!」
女の子はお礼を言い、ブランケットに包まる。
しばらくすると、お湯が沸騰し、リンがカップ麺にお湯を注いでいく。
待つこと、3分。
「どうぞ!」
「ありがとう!カレー麺!カレー麺!いただきます!」
女の子は手を合わせ、勢いよくラーメンを啜った。
ずるる、ずるるる、と気持ちのいい音を響かせ、ラーメンを啜り、カレースープを、ずずっと飲む。
同じものを食べてるはずなのに、彼女が食べてる方のラーメンがうまく見えてくる。
(うまそうに食うな………)
「ん~!ぷはぁ!口の中火傷した!」
そう言う彼女は、すごくいい笑顔だった。
何が楽しいんだが………
でも、彼女を見てるとこっちまでなんだか幸せになってくる。
「ねぇ、あなた何処から来たの?」
「わたし?ずっと下の方。南部町って所」
「南部町!?ここから、40km近くも離れてるぞ」
すぐ近くに住んでるかと思えば、まさかの南部町に住んでたとは思わなかった。
流石にその距離を一人で帰らすのはな………
かと言って、南部町まで送ってやる時間もないし…………
そんなことで悩んでると、またリンが口を開いた。
「よくここまで来たね」
「『本栖湖の富士山は千円札の絵にもなってる』ってお姉ちゃんが言っててさ。それなのに、長い坂上ってきたのに、曇ってて全然見えないんだもん」
「見えないって、アレが?」
「えっ?」
「あれ」
「あれって……あ」
そう言うリンが指さす先には、富士山が出ていた。
雲が晴れ、月明かりに照らされ、富士山が輝いてるように見えた。
「……見えた」
先程までのテンションの高さが嘘みたいになくなり、彼女は富士山を見つめていた。
「あっ!私、お姉ちゃんの番号知ってた」
「うちの馬鹿妹が、本当にお世話になりました!」
あの後、リンのスマホを借り、彼女は姉に連絡を取った。
彼女の姉はすぐに車で迎えに来て、車から降りるや否や、彼女の頭を三発殴り、ガミガミと叱りつけた。
彼女はと言うと、頭を押さえて泣いていた。
一通り叱り終えると、お姉さんは俺とリンに頭を下げてお礼を言ってきた。
「いえ、そんなお気になさらないでください」
「そんな大したことは」
「いえいえ、そんな。これ、お詫びです。どうぞ」
そう言って、お姉さんは俺たちに沢山のキウイが入った袋を渡してくる。
「あんたねぇ!持ち歩かなきゃ携帯とは言わないのよ!ほら、さっさと乗れ!豚野郎!」
お姉さんは彼女の首根っこを掴み、車の中に放り込み、おまけに足蹴にしながら、押し込む。
「ちょ、ちょっと!イテッ!イテテッ!お腹は、止めっ!カレー麺、出るッ!」
彼女を押し込み終えると、お姉さんも車に乗り込み、エンジンをかける。
「それじゃあ、おやすみなさい!風邪ひかないようにね!」
お姉さんはそう言って、車を発進させた。
「なんて言うか、すごい姉妹だったな」
「だね。……ラーメンがキウイになった」
「デザートができたな。それじゃ、戻るか」
「うん」
キャンプ地に戻ろうとしたその時
「待ってー!」
すると、彼女が車から降りてきて、俺たちに近寄る。
「これ!私の電話番号!お姉ちゃんに聞いたんだ!後ね!私の名前!各務原なでしこって言うの!カレー麺、ご馳走様!」
メモを俺たち二人に渡し、彼女、各務原なでしこは急いで車へと戻る。
「今度は、ちゃんとキャンプやろーねっ!じゃーねー!」
途中で振り返り、手を振りながら、そう言い車へと戻った。
車が見えなくなるまで見送ると、俺とリンは手渡されたメモ用紙を見る。
そこには走り書きされた電話番号と、各務原なでしこと書かれた文字があった。
「初対面の人とキャンプをする約束とか……ヘンな奴」
「おまけに異性にまで不用心に電話番号渡すもんな」
リンと顔を見合わせ笑う。
「ま、登録ぐらいはしといてやるか」
「一応な」
笑い合い、キャンプ地に戻ろうとしたその時だった。
「あっ、ブランケット、貸したまんまだ」
早速、電話番号を使う時が来たようだ……………