数日暮らすには問題ない程度の予備の着替えや日用品を詰め込んだアタッシュケースを抱え、僕は目の前のドアを2回ノックする。横目で隣人の様子を軽く確認すると、酷く緊張した様子の緑谷がいた。
道中、慣れないながらも励まそうとしてみたものの、僕の立場から言えることは少なかったため、あまり効果は無かったようだ。
どうしたものかな、と逡巡しながら、応答の無いドアの前で待つことしばし。
「やぁやぁ!よく来たね!」
「───!?せ、先輩!びっくりさせないでくださいよ!」
閉じたドアの真ん中から顔だけがヌッと現れたスマイルに、緑谷が思わず、と言った風に声を荒げた。当の本人──通形ミリオは悪びれもない笑顔を保ったまま、HAHA、と笑う。
「ごめんごめん!でも、2人とも気難しい顔をしているのも悪いと思うんだよね!」
とくに、サーの前では、と笑いながらドアを開けたミリオ先輩は、僕らに道を示す。
「ようこそ───ナイトアイ事務所へ」
この日から、約1ヶ月間の
⭐︎
実績ある、もしくは実力があると学校側が認めた者のみだけ採用された特例の1学年からのインターン活動。その期間の授業は公欠扱いとなり、インターン終了後に補講への参加が義務付けられる。特例措置のため正確には判明しないが、2学年に進級後にも授業進度に影響する可能性がある為慎重に選ぶように、等等。諸々の説明を担任から聞き受けた上で、打ち合わせ通り僕と緑谷はナイトアイ事務所を希望した。
学校側からの許可を得たものの、OFAを巡って対立していたナイトアイからの許可が出るかの懸念もあったが、申請は通ったようだ。
そして僕もナイトアイも、このインターンがお互いの要求を通す最後の機会という事も理解している。
現在事務所でナイトアイによる緑谷への圧迫面接を見守っているミリオ先輩やバブルガールには申し訳ないが、僕らはナイトアイを説得する為にここに来た。本来のインターンの目的からはかけ離れたものであり、その内容も迂闊には口に出せない。
「貴様がここで働くメリットは承知した。だが私が貴様を雇用するメリットは?社会に対し自分はどう貢献できるのか?他者に対し自分がどう有益であるか認めてもらうためにはそれを示さねばならない」
「僕が社会にどう役立てるのか…」
「貴様が我が事務所にどう利益となるか、言葉ではなく行動で示してみるといい」
ナイトアイと緑谷の会話は続く。途中、一瞬だけナイトアイが僕に目配せしたが、すぐに緑谷へ視線を戻し、手に持っていた印鑑を顔の前まで持ち上げる。
「3分だ。3分以内に私から印鑑を取ってみよ。私のもとでヒーロー活動を行いたいのなら貴様が自分で判を押せ」
「え、えっ…!?」
「実技試験ってコトですか?サー!」
「そうだ。ミリオとバブルガールは退室を。午前のパトロールに励め」
「は、はい」
「元気が無いな」
「「───イエッサー!」」
見事な敬礼を見せ、ミリオ先輩とバブルガールが部屋の出口へ向かう。途中、バブルガールが退室を命じられなかった僕に不思議そうな視線を向けた。
「ここを緑谷に紹介したのは貴様だったな、物間。責任を持って緑谷を学校まで送り届けるといい」
「僕のインターンの初仕事がそうならない事を願いますよ」
軽口を叩きながら、僕は横目で2人の退室を見送る。扉が閉じた事を確認し、僕は“全鎧”を準備している緑谷を手で制す。実技面接もあえて僕を残したのも、僕らにOFAについての話があるというメッセージだ。彼と戦う必要なんかない。ただ、話し合うだけだ。
「───やっと、落ち着いて話が出来ますね」
「あぁ、そうだな」
僕とナイトアイは互いに頷き、彼は所長用の椅子に、僕は近くのソファーに腰を下ろす。僅かに話しに付いていけてない緑谷は立ったままだが、別に問題ないだろう。
まず最初に、僕から話を切り出す。
「わかってると思いますが、ここに来たのはヒーローとしての実力を磨く為ではありません」
「───では何故ここに来た?」
「緑谷出久をOFA継承者とするという方針のまま、僕らに協力すること──この要求を呑んでもらう為に」
つまりは、交渉だ。あくまで事務的に、感情を表に出さぬように話を進める。僕らはまだ満足に話し合いも出来ていないのだから。
「…っ、あなたが僕じゃなく、通形先輩や物間君にOFAを継承して欲しいのは知っています。確かにオールマイトを間近で見てきたあなたにとって、僕なんて比べる価値も無いっていうのも…分かってます」
緑谷が緊張した面持ちで、それでも、と続ける。
「そのオールマイトが託してくれた、あなたが認めた物間君が信じてくれた───その期待を、裏切りたくないんです」
表情は固くとも、真っ直ぐな視線。緑谷は頭を下げた。
「──お願いします。僕らに力を貸してください」
ナイトアイは一瞬だけ口を開き、すぐに閉じた。少しの間無言の状態が続くも、意を決したように、改めてナイトアイが口を開く。
「…私の考えは変わらない。OFAの後継者は、貴様であるべきではない」
「じ、実力なら!確かに物間君みたいに上手くは扱えないですけど、彼から教えて貰ってることで、成長は実感してるんです!」
「…まぁ、オールマイトよりかは効率的に教えられます。根っからの感覚気質なので、あの人」
「だから、今は未熟でも、きっと──!」
「
僕らの言葉を一刀両断するかのような鋭い口調に、僕も緑谷も思わず口を閉じた。それっきり、ナイトアイも続きを話そうとはしない。いや、話す事を拒んですらいた。
だが、ここで踏み込まなければ、今日ここに来た意味が無い。
「──6年前、貴方はオールマイトの未来を視た。緑谷出久を後継者に選び、その育成途中に、敵によって殺される未来を」
だから、間に合わないという表現を使った。今この状況を打破しない限り、未来は変わらない、と。
なんてことはない、この人はオールマイトの未来を視た6年前からずっと、それを否定しようと抗い続けた。彼の行動の全てに、その抵抗の意志が含まれる。
───だからこそ、僕らの説得には頑なに応じない姿勢を見せる。
これらの情報を統合すれば、その先にある答えに辿り着ける。少し考えればわかる事だった。
「貴方はこれから僕や緑谷、オールマイトと、
なんとも不思議な話だ。今こうして相対しているナイトアイは、僕らの説得を聞き入れ、僕らと共に戦ってくれると、《予知》は判断した。つまり僕らは、半ば目的が達成される事を確信してここに来ている。
───そして、恐らくここに、6年前のオールマイトとナイトアイの相棒解消の真実がある。
「今日僕らが突き付けた要求を呑み、僕らと共に敵連合に立ち向かう───その結果が、オールマイトの死である事を知った貴方は、オールマイトから離れることを選んだ」
そして今も抗い続け、未来を変えられる事を証明しようとしている。
そして6年後に、僕らがオールマイトとの和解を目的にここに来る事も視えていた。だからこそ、僕らを諦めさせようとしている。違いますか?、とナイトアイに視線を向けると、彼は観念したように息を吐く。
「…私は、貴様らの助けなど求めていない。だが、《予知》がそれを否定した。信じられない事に──その先にある結末を知っていながら、貴様らと手を組み、共に死ぬ未来…震えたよ、自分の愚かさに」
黙って彼の話を聞く僕らを一瞥し、ナイトアイは続けた。
「私の《予知》は万能ではない──いや、万能では無くなった、が正しいか。全てを視る力は、今の私には無い」
「6年前の《予知》では、オールマイトの未来を断片的な未来としてしか視る事が出来なかった。貴様が脳無を《コピー》出来ないのと同じ理由か、もしくは───無意識下で、私自身が全て視る事に耐えられなかったからか」
僕は補足するように口を挟む。
「貴方はそれ以来、《予知》の使用を控えている───使わなくなった身体機能が衰えるように、今のその力では全てを見通す事は出来ない」
「…オールマイトの視界を通して視た未来でも、私が《予知》を使う素振りは無かった。私に何か調べさせていたようだが…貴様らが私の個性をそれにアテにしているのなら、先に言っておこう。その期待には応えられない」
《予知》を使って雄英内部にいる内通者を暴く──その計画を聞いていた緑谷が心配そうな顔で僕を見る。僕は緑谷を手で制しながらナイトアイに答える。
「そんなのは大した問題じゃない。僕らには───オールマイトを救うには貴方の力が必要だ」
「───その言葉を信じた!その結果を知っている!それでは何も変わらない…変えられない!それがわからないのか!?」
「僕らは、6年前貴方が何を視たのか知らない。それでも今、貴方を救けないといけない事は──わかる」
「…っ。理解が出来ない、非合理的だ───私と関わらなければ、変えられるかもしれないんだぞ!?」
「───それでも…!」
声を荒げたナイトアイにつられて、僕の声に感情が乗る。ナイトアイの《予知》には頼れないとか、本人が救けて欲しくないと言い張っているとか───そんなものはどうでもいい。
「それでも貴方は、あの日、僕に関わった!僕にOFAの事を教え、縋ろうとした!それが無ければ、今ここに僕は居ない!」
6年前から、ナイトアイはオールマイトの未来から僕の事を知っていた。僕がOFAの秘密の共有者である事も知っていた───だから、僕に目を付けた。その結果、OFAの後継に相応しいと判断し、期待し、縋った。
「僕がOFAを継げば、オールマイトとの和解も、死を回避する事も───全てが上手くいくと期待していたんじゃないのか!貴方が求めたのは、そんな幸せな未来じゃないのか!」
だけど結局、その希望は砕かれた。僕がOFAを拒んだ事で、彼が視た未来と同じ道を歩んでいる。
オールマイトのファンという痕跡を感じない、殺風景な事務所の一室で、僕は声を荒げる。側にいられない程のトラウマと化した6年前からの悪夢に囚われ続け、最後に縋った僕という光は閉ざされた。そうやって苦しみ続けたナイトアイに向かって。
「貴方との関係を
僅かに息切れした呼吸を落ち着かせながら、僕はナイトアイを真っ直ぐに見据える。ナイトアイは目を瞑って僕の言葉を聞いていたが、その顔は険しい。
「…そうか───私はいつか、その言葉に…救われるのだろう。貴様らと共に歩んだ先にあるのが、破滅とも知らずに」
緑谷が、はっと息を呑む。柔らかいナイトアイの口調に、期待の雰囲気が漏れる。しかし。
「───だが、どうやらそれは今では無いようだ」
そんな雰囲気を切り裂くように、ナイトアイは告げた。
「一時の欲に溺れ、貴様を巻き込んだ責任を取らねばならない。だからこそ、貴様の救いの手は───とれない」
苦痛に歪むその表情と、その言葉の意味を理解した。──あぁ、と頭の中で納得する。
ナイトアイが視たのは、オールマイトの死だけでは無かったのだ。
「まさか…!ナイトアイ、そんな…!」
僕と同じように不穏な雰囲気を察知し、理解した緑谷が、動揺を露わにする。僕は、静かにナイトアイに問う。
「教えて下さい───6年前、貴方が視た未来を。どうやら僕には、その権利があるようだ」
そう問い詰めた僕に、ナイトアイは告げる。それは、僕らが口を閉ざすには充分の答えだった。
「貴様だけではない。この場にいる全員が──オールマイトよりも先に死ぬのだから」
そういう未来だと決まっている、そう付け足し、彼は語り出す。
⭐︎
平和の象徴と呼ばれた、一人の男の最期を。
それは、断片的なモノだったという。6年間全てを映像として視る事が出来なかったのは、OFAという特別な個性への“干渉”だったからか、その“未来”が《予知》使用者の精神を蝕む程の悪夢だったからか。
最初に語られたのは、5、6年前ほどの敵との邂逅。その大まかな特徴を口頭で説明していくたびに、緑谷が敵ネームとその倒し方、裏エピソードまで解説してくれた。当然の事だが、ナイトアイの視た未来と緑谷の確実であろう情報に齟齬は無かった。
その後、同じような例がいくつか挙げられ、過去の事例とも一致していた事から、同じ未来を辿っている事がわかる。恐らくだが、当時のナイトアイはニュースを眺めながら視た未来で得た情報を確かめていたのだろう。どんな些細な事でもいいから違っていてくれ、と。
だが、そんな希望を打ち砕かれつつも、時は過ぎていく。
6年後──つまり現在に近付くほど、《予知》の情報量が少なくなっていったという。
根津校長との会話──雄英で後継者を探さないか、という提案を視た。
ヘドロ状の敵に駆け寄る少年を視た。
衰えていく自身の力に悔やしさを覚える姿を視た。
巨悪と対峙する瞬間───平和の象徴の終わりすらも、8年前に視ていた。
その日の晩、どこかの砂浜に
それからは、生徒を視る事が多くなった。
特にオールマイトの視界に入っていたため視る機会が多かった2人───かつてヘドロ敵に立ち向かっていた緑髪の少年、砂浜でオールマイトと共にいた金髪の少年だった。
会議室で何か話しているのを視た。朧げな会話から、OFAの関係者と判断した。後継者は緑髪の少年───緑谷出久であるとわかった。
いくつかの場面転換を経て、再びその会議室を視た時には、目つきの悪い少年が増えていた。
生徒に対して教鞭を執る姿──良き教師であろうとするその姿を視た。神野での引退以降、戦いから離れた影響だった。
だからこそ、オールマイトの未来では、このインターンの内容までは視る事ができなかった。
会議室には自分を含めた5人が集まっていた。それはたったの一回、それも短時間のものだったが、雄英は閉鎖的な対応を取っている事も視えていた為、その影響と納得した。
その日、自分とオールマイトが笑い合いながら握手をしていた。
その後は、何度か2人で顔を合わせて話しあっていた。書類のやり取りと“鷹見”という人物について話し合っていたようだった。
断片的に視た未来の中では、それがオールマイトの最後に視た自分の姿だった。
雄英の生徒1名が、行方不明になったというニュースが流れていた。画面には“これで3人目、関連性は”というテロップも流れており、それを悔しそうに眺める──そんなオールマイトを視た。
次に視たのは、錯乱状態の住民に罵声を浴びせられたオールマイトの姿だった。辺りを見渡せば、同様に錯乱状態の者や、座り込んで絶望している者がいた。“ここは安全だ”と避難を誘導しているようだった。
“災害”が起きた事だけがわかった。事態が加速する。
次に視たのは、病院のベッドで眠っている満身創痍の緑谷出久を眺める姿だった。
次に視たのは、ヒーロー科の生徒38名を雄英の外門で迎え入れる姿だった。その多くがボロボロで、戦いの跡が残っていた。そこには、緑谷出久と物間寧人の姿だけが無かった。
そして。
幾許かの時が流れ、終わりを迎えた。
避難場所としての設備を備えていた雄英という城を、怪物───怪人脳無によって攻め落とされた。敷地内に侵入されて戦いになった時、そこには“ヒーロー”が居ないに等しい状態だった。ヒーロー飽和社会は、とっくに崩壊していた。
怪物の太い腕によって、腹を貫かれる姿を視た。ゆっくりと崩れ落ちながら、眼球だけを動かしていた。
周囲には誰も居なかった。救けてくれるヒーローも、救けを求める市民も。力と未来を託した少年も、その少年の相棒も、そして自らの相棒も。瓦礫の山と化した雄英の、最期の生き残りだったオールマイトの視界が、霞む。
そして、何も視えなくなった。
⭐︎
俄には、信じられない内容だった。戦線を退いたオールマイトの未来の為、得られる情報自体は少なかった。そんな限られた情報でも、僕らに衝撃を与えるものだった。
と、そこに。
「こら、“ファントムシーフ”!いくら見張りとはいえ、ボーッとしていい訳じゃないんだからね!」
「…いやぁ、あまりにも動きがないもので」
「まぁ、気持ちはわかるけど」
思わず考え込んでいた僕の頭を、バブルガールがツン、と小突く。誤魔化すように笑いながら、僕は見張り対象の屋敷に目を向ける。
指定敵団体、死穢八斎會──現在は敵予備軍として扱われ、その中でも昔の風潮を強く残した極道を歩む数少ない組織。
最近───正確には神野での柱の喪失から死穢八斎會は表立った活動をするようになり、罪の摘発を免れながらも裏社会での影響力を強めているとみられる───以上が、ナイトアイ事務所が出した推論である。
その為、現在では基本活動である担当区画のパトロールと、死穢八斎會の動向の監視、調査を受け持っている。
インターン初日に僕が駆り出されたのは後者であり、死穢八斎會の本拠地と見られる屋敷をバブルガール、ナイトアイの3人で監視していた。
前者のパトロールをデクと共に担当していたルミリオンから連絡が来たのは、その途中だった。
曰く、死穢八斎會の若頭、治崎廻と接触したと。
5人が合流し、意見の擦り合わせを行っている時、デクが小さく呟いた。新たに判明した、治崎の娘と思わしき子の事だ。
「エリちゃんと呼ばれてました。手足に包帯を巻かれて、何も分からないけど助けを求めてた。どうにか保護してあげられていたら…」
「───傲慢な考えをするんじゃない」
その呟きに反応したのは、ナイトアイだった。
「事を急いては仕損じる。焦って追えばますます逃げられる。助けたい時に助けられるほど貴様は特別じゃない」
それは、ナイトアイらしい建設的な意見だった。彼は常に先を見ている。そういう生き方をしてきたのだろう。
「現在こちらも他事務所とのチームアップを要請中だ。まず相手が何をしたいか予測し、分析を重ねた上で万全の準備を整えなければならない」
緑谷から反論が出なかったのを確認して、ナイトアイは僕ら学生組は先に事務所に戻っていろと指示を出す。
気付けば曇天からは雨が降り出しており、その雨足は少しずつ強まっていった。俯く緑谷の髪を濡らしていく。ミリオ先輩は自分が傘を持って来るから、僕ら2人は近くの屋根で雨宿りしてて、と言ってくれたため、その厚意に甘える。
《透過》を使えば、全身ビショ濡れになる事は無いのだろうか、なんて考えながら僕は緑谷の横でミリオ先輩を待つ。
未だ俯き、落ち込んだ様子の緑谷を見ながら考えるのは───ナイトアイが語ってくれた未来の事。あの後、ミリオ先輩とバブルガールがパトロールから帰ってきた事によってあの場は解散、以降、僕と緑谷もその件について話していない。
まぁ、無理も無い。あれだけの話を聞かされた上に、治崎と接触して思う所もあったのだろう。気持ちを整理させる時間が必要だ。憧れの人の死の顛末を知り、それを理解するのはナイトアイに限らず辛いものだ。
それに───あの未来、不可解な点がいくつかある。ナイトアイはあの断片的な情報の中でも、僕ら3人はオールマイトが死ぬ以前に命を落としていると判断した。その根拠はきっと、“災害”とやらで雄英が避難場所となった時、未来を知る僕らならそこでオールマイトを守ろうとする、もしくは彼と共に移動するからだろう。
もうこの世にいないから、それが出来なかった。そう考えるのが妥当だ。
僕らがいつ死ぬのかは“災害”の時期も不明の為突き止める事はできないだろう。だが、“災害”の後──雄英が避難場所となった時点で、少なくとも緑谷は生きている。その後彼は雄英とオールマイトから離れ消息不明となった。
よほどの事情が無い限り有り得ない事だ。緑谷がオールマイトを危険に晒すなんて。“僕やナイトアイが生きていれば”その判断だけはさせなかった筈だ。
つまり、僕とナイトアイは“災害”の最中かそれ以前には死んでいる。恐らく、これは間違いないだろう。
だが、僕が死んだからといって、他の人間が緑谷を引き止めない筈もない。これから事情を共有する爆豪だって、力ずくで緑谷を止めるだろう。
「………いや」
確か、僕と緑谷以外の傷だらけのヒーロー科の面々を見た未来があった。最初に聞いた時は、生徒まで敵との戦いに参加しなければならない程追い詰められてると汲み取ったけど、実際はそうじゃなかったのかもしれない。
…緑谷出久を止めるために、戦った?
そして、緑谷はそれに応じる事はなかった事になる。38人を相手に対処出来る程強くなったかどうかは置いておいても、その説得を拒絶したこと自体信じ難いものだ。彼らしくない。
いったい、未来で何が───。
「───行かないで、って言ったんだ」
ハッ、と考え込んでいた顔をあげ、掠れた声で呟く緑谷を見る。
「あの子…エリちゃんは、震えてた。きっと、行かせるべきじゃなかった」
僕が、もっと強ければ、と呟く緑谷の頭を叩く。少し強めに叩くと、緑谷は頭を抑えながら涙目でこちらを見る。僕はため息を吐いた後、呆れた様子で言った。
「もし僕が君の立場だったら、ナイトアイや通形先輩と同じ判断をするだろうね」
あの場での急いでの保護は難しい。時間をかけてもいいから、安全に、確実に、と考えるだろう。緑谷の行動を全否定するような言葉に、少し傷付いた顔を見せた。でも、と僕は続ける。
「───これは、僕だけの判断だ」
「…え?」
意味を理解出来ず呆けた緑谷に向かって、ニヤリと笑う。
「
「───ッな、なんで…?」
目を見開き、一瞬言葉を失った緑谷は僕に問う。僕はなんてことないように告げる。
「
それを聞いた緑谷は、脱力し、呆れたように口元を緩ませた。
「君がそう言うと、どんな事でも出来るって思っちゃうよ」
「僕ら2人で平和の象徴を超えるっていうんなら、大抵の事は出来ないとね」
そう言って、笑い合う。
全盛期だったあの2人を超えるつもりなら、こんな所で足踏みしていられないだろう。それこそ、死んでいる暇などない。
僕は極力、緑谷の意志を尊重したい。緑谷がヒーローになりたいという意志を、その夢を叶えたいと思った。身の丈に合わない“個性”で両腕を破壊してでも、いじめっ子を無謀にでも救いに来た彼を見て、僕は。
…ほんの少しだけ、憧れた。それはきっと、僕が持っていないもの。真似とか、手本とか、そういう次元を超えた───“常軌を逸した救ける想い”に、ついて行きたいと思った。その隣に立ちたいと願った。
だからきっと僕は、緑谷がどんな茨の道を進むとしてもそれについて行くんだろう、と会話をしながら再認識した。
だから、だろうか。
緑谷出久が雄英を去ろうとするその時、
緑谷と戦ったかもしれない一年A組の面々と、それに同行したB組。果たして僕のクラスメイトも、緑谷を引き止めに行ったのだろうか。
解は出ない。どんなに予測を立て、推測しても、僕には未来なんてわからないのだから。だから僕らは、今を生きるしかない。
級友と戦う未来に備える現在を、生きていくのだ。