千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
あれからしばらく経過し、俺たちは完全に学院に復帰した。
俺は未だに虚絶からの返事が無いが、ほとんど人間寄りになったのは感覚的にわかる。芳乃ちゃんの家からお湯をもらってきて指を突っ込んで痛みを感じるかどうかをチェックしていた。あと数日とかからない内に元通りだろう。茉子はまだドクターストップがかかっているが、これもそろそろ……と言った具合か。
一番寝ていた将臣が完全に戻っているあたり、人生ってのはそういうもんらしい。
欠片もだいぶ集まったみたいだが、道は遠い。しかしその果てがどうなるかは、俺も知らんのだ。
そして朝方には祟りが起きたらしくて、芳乃ちゃんに耳が生えてるのを確認した。
「で、なんだい急に呼び出してさ。レナさん」
「少しカオルに聞きたいことがあったんです」
そんなこんなで昼休み。珍しくレナさんが飯を食べるより先に俺を連れて、校舎の外へと出てきた。話があるとのことだが、なんだろう告白かね。
いや真面目な話だろうし、十中八九祟り関連だろう。
レナさんは真面目な顔をしながら、意を決したように──
「キョーカは一体、どうなったのですか」
と、言ってきた。
……いや、待って。あいつら祟りの説明はしてたけど虚絶の話はしてなかったの?
さて困ってしまった。
「レナさん、もしかして虚絶の話を聞いてない?」
「ムラサメちゃんたちからは、ややこしくなるからカオルに聞けと言われましたが……」
「ちょっと待ってね。──おい、ご所望だぞ帰って来やがれ。いつまでも黙るほど仕事あるわけでもないだろ」
実際に口して呼びかけてみる。
数秒待って、久しぶりに奴の声が響いた。
──何用だ──
出てこいと念じながら、まさかこんな風に返事されるとは思いもしなかったと少し考える。
すると俺の影がドロリと伸びて、それが人型を形作り、やがては見慣れた虚絶の人間態となる。
「……この姿では久しいな、りひてなうあー。我に何用だ」
「キョーカ!」
花が咲いたような笑顔を見せて、虚絶に飛び付くレナさん。百合の花が咲き乱れそうな絵面である。
しかし虚絶は無表情。全く風情を解せない奴だ。だが疑問が一つ。
今朝呼びかけても返事が無かったのに、何故今になって帰ってきたのだろうか。そこだけだ。
「単に、端末ではなく本体に身を移していただけのこと。なすべきことは完了したので、貴様に再接続しただけだ。寸分の狂いもなく、今の貴様は人間だ」
「ありがとよ」
「それで、どうしたのだりひてなうあー。貴公が我に抱き着くなど……我は貴公の母君ではないぞ」
「あっ、申し訳ありません……まるで、幻みたいに消えたキョーカが心配でして……でもこうしてまた会えて嬉しいですよ!」
「我を、心配……だと?」
「はい。だって何であっても、キョーカはキョーカなのですから」
「解せぬな」
そう言い放ちながらも満更でもない、柔らかい表情を見せる虚絶。こんな顔ができたものだと思いながら、ということはと本体である刀を呼び出そうとする。が、ウンともスンとも言わない。どうやら接続したものの、まだ力は使うなということか。
とにかく、今は事情を説明しようか。
「さて、レナさん。こいつの本当の名前は虚絶──虚を絶つ刀に宿る、俺のご先祖様さ」
「改めて名乗ろう。我が名は虚絶。千年の憎悪を束ね、鏖殺の刃にて復讐と絶滅を目的とする残影なり」
彼女を剥がしながら、虚絶は改めて名乗りをあげるも、レナさんとしてはピンと来ない模様。
なのでもっと噛み砕くとする。
「要は、ウチの一族に伝わる祟り神用の刀の精霊……ムラサメ様みたいなもんさ。あれより可愛げが無いけど」
「ご先祖様の、精霊? カオルとキョーカは複雑な関係なのですね。あっ、だから結婚していて子供もいると言っていたのですか」
「如何にも。齢は享年だ」
「キョーネン……しかし、今まで何処にいたんですか。急に現れて急にいなくなってびっくりしちゃいましたよ」
「馨……我が端末の意志が落ちたが故に、その肉体を我が操作していた。それに魔に近しくなっていたため、そちらの対処もあって中々現世に実体を見せられなんだ」
説明を受けてもちんぷんかんぷんな様子なのだが、まぁこれしか言いようがないのも事実。他にはどうしようもない。
「ま、そんなわけで俺と虚絶はすぐ近くにいるし、離れることもできるってわけだ。限度あるけど」
「不思議な関係ですね。でも、なんだか漫画みたいでワクワクしますっ」
「そうだったら良かったけどね……んで、そんだけ? なら戻すけど」
「名残惜しいですが、あまり時間もありませんし、そうですね。キョーカ、またお会いしましょう!」
「我は懐かれた、と見ればよいのか? わからんな」
とかなんとか言いながら俺の中に戻っていく虚絶。
「……けども、虚絶や俺に深入りするのはよくない。知ったところで、なんとも言えない苦味しか残らないしさ」
「人は苦味も好むものですよ」
「それは知りたいって解釈でいいのかな」
「カオルが話してもいいと、わたしを信頼してからで構いません。話して欲しいと思っても、少々わたしには難しそうな事柄のようですから」
「じゃ、君が本当に後悔しないつもりなんだと判断できたら、また声をかけるよ」
そう告げて、俺たちは教室へ戻ろうと歩き出す。
しかし、途中で将臣にお姫様だっこをされている茉子を見かけた。
「マサオミってばプレイボーイなんですね。あんな風にマコでお手玉してるなんて」
「それを言うなら手玉にとっているだね。ま、お手玉でもニュアンス通じるし、目くじら立てるほどでもないけど」
しかしなんでもない光景のはずなのだが、やや疑問を感じる。
茉子が本気で恥ずかしがっているということはつまり、そういうことなのか?
まぁいいか。あいつが誰に何を思おうと知ったことではない。
「カオル?」
そもそも俺と茉子の距離は近すぎるのだとこの前改めて実感したばかりだろう。何を気にすることがあろうか。というか最近思い出したが、その昔あいつ恋がしたいとか言ってたような気がする。
いいじゃないか、あの二人。というか間違いなく意識してるってアレ。いやでも将臣は芳乃ちゃんの婚約者なわけだけど、あいつそもそも誰かを好きになったのか? とか色々あるし。
……そうだよ、将臣も芳乃ちゃんも婚約の話忘れてるんじゃ……?
「カオルっ」
「……あー、悪いね。ボーッとしてた」
「嫉妬ですか?」
「茉子みたいなこと言うな、君は。別に嫉妬じゃないよ。珍しくあいつらがじゃれてるから驚いただけさ」
「確かに、二人がああしているのは珍しいですね」
出歯亀をするほど無粋じゃない。
とっとと戻ろうと言って、レナさんと俺は教室へと戻った。
……何か、引っかかる。
だがそれはきっと、ガキの頃の思い出がそうさせているに違いない。
無意識的に自分を特別視していた、というわけか。やれやれ、これじゃいつまで経っても子供のままだな。
大人みたく、上手に処理していきたいものだ。
──オマエハ──
声が響く。
誰かの声だ。聞き覚えは……無いようである。
──ワタシトオマエハ──
しかしそれっきり、声は静まった。
何が言いたかったのかはわからないが、どうせいつものことかと思考を打ち切る。
俺の知る由も無い。
──ドコカ、ニテイル……──
夜。
流石にまだ力が使えない関係から、今日は茉子と一緒に留守番をすることになった。
「昼、将臣にお姫様だっこされてたけどどういう経緯だ?」
気になったので初っぱなから聞いてみると、茉子は失敗談を明かす子供めいた態度を見せる。バツの悪そうな顔のまま、なんとも情けない理由を言った。
「実は木から降りれなくなった子猫を助けようとしまして」
「お前ホント無茶するよな。それで落ちて抱えられたってわけ?」
「はい……」
「呆れて何も言えんな」
はん、と鼻で笑い、床につっ転がる。
しばらくすると、茉子が不自然にあたふたし始める。こいつの過保護は今に始まったことではないが、しかし──それにしたって慌てすぎだろう。
「なにソワソワしてんのさ」
「心配じゃないですか! 今だって芳乃様と有地さんだけじゃ対応できない事態が起きてるかもしれませんし!」
「そこまで信頼ねーのは問題だぞ茉子。お前が見てきたあの二人は、一人欠けただけで何もできなくなるほど弱いか?」
「そういうわけじゃ──」
「そういうわけ以外のなんだってんだ。ムラサメ様だっている。いざって時のやりようはいくらでもある。ちったぁ周りを信用しろ」
そう言ったあと、俺は内に響いていた声に内心で呼びかけてみる。が、返事はない。何かしらの意志を持っているのならば、虚絶ほどではないにしろ、ちょっとくらい意思疎通が図れると思ったのだが……違うらしい。
意外と暇であるが、しかし他人の家。自由に動き回るには遠慮がある。ので、俺は横になってゴロゴロするか……と思ったが、ちょうどいい話相手が呼び出せるようになったことを忘れていた。
「虚絶、事態をどう見る?」
「どう見るも何も、それしかないならやるしかあるまい」
「やっぱな」
「うわっ!? びっくりした……呼んだなら呼んだって言ってくださいよもぅ」
「常陸の末裔か。久しいな」
「えぇ、お久しぶりですね」
どこか敵意を滲ませた態度と視線を投げる茉子だが、虚絶はまったく気にしていない。それどころかそもそも認識してもいないようだ。
「して、我が端末よ。回路は繋ぎ直した。故に戦闘行動も可能であろう。更に言えば、あの一件の影響で貴様と我の最大距離もかなり伸びた。この地であれば真反対にいても問題無いだろう」
「急に伸びすぎだろう。流石に怪しいぞ」
「まぁ、そこまで必要になる事態はあるとは思えんが」
嬉しい誤算ということか。
さて、本来の責務を果たしてもらおうじゃないか。
「おい虚絶、構え」
「年若い女子がいるのに千年も経った未亡人がいいか。変態め」
心底侮蔑したように顔を歪め、そんな言葉を吐き捨てる虚絶。俺はといえばいきなりそんな反応されて困惑してしまう。
そして呆れ返ったようにため息を吐くと、茉子を見て一言。
「この寂しがりやの童に構ってやれ。常陸の」
「……はい?」
「母性よりも姉性を好む度し難い変態には付き合ってられん。一足先に帰るぞ」
と言って再び影に消えていく虚絶。
そして舞い降りる沈黙の天使。
困りに困って、俺はこの前の失態を謝ってなかったことを思い出した。
そのあとは早い。行動までのラグはほとんどなかったと言っても過言ではない。
「あー……この前は悪かったな。思い出したよ、お前が何を望んでたのかを」
「……えっと……? あぁ、あのことですか。なんでそんな大事なことを忘れてしまうんですか」
「過去のことは朧げでな。正直自信無かった」
「なら、そうですね……許して欲しかったら、馨くんの初恋を教えてください」
そう意地の悪い笑みを浮かべた茉子だが、こちらは初恋といってもそれらしいものがわからない。
いや、思い浮かぶには思い浮かぶのだが……あれは初恋だったのだろうかという疑問がある。
そうして悩みながら黙っていると、何を勘違いしたのか、更にニヤニヤし始める。
「あは〜、言えない相手が初恋なんですか〜?」
「……初恋は誰だったのかを思い出してただけだよ。でも、それらしいのは一つを除いてないんだ。しかもそれが初恋かどうかもよくわからなくて」
隠しても仕方ないので素直に言うと、少し意外そうな顔をしてから、茉子は楽しげに尋ねてきた。
「その子のこと、教えてください」
「全然覚えてないんだ。ただ……とても笑顔が綺麗な子だったのだけは、絶対に忘れない」
「ほほぅ、中々にロマン溢れる話ですねぇ〜。それで、続きは」
「……ガキの頃、まだ面倒くさいクソガキだった俺を、一度だけ家から連れ出してくれたんだ。その時見せてくれた笑顔が忘れられない。でもその子が男なのか、女なのか。こっちに来る前なのか来た後なのか思い出せなくて……」
そこまで言って、茉子がとても驚いた顔をしているのが目に入った。
そんなに意外だろうか? こういうの、結構ありがちだと思うんだけど──
「……茉子、もしかして、心当たりあるのか?」
「いっ、いや……ワタシには、無い……ですね……うん。無いですね、はい」
「??? そっか、無いか……実はさ、一度でいいから会ってみたいんだ。会って、あの時連れ出してくれてありがとうって言いたい」
偽らざる本心を口にすると、どういうわけか茉子が恥ずかしそうにしながら。
「ず、随分惚れ込んでるね……」
と、そんなことを言った。
「惚れ込んでいるってか、恩人だしさ」
「そんなに大切に想っているのに、顔も名前も忘れて、覚えているのは笑顔だけって、馨くんは酷い男の子だね」
「言うなよ……」
「でも、きっと会えるよ。ううん、必ず会える。だって──ずっと側にいるんだから」
なんて、茉子にしては珍しく、本気でそう思っているのだとわかるように、笑顔を見せながらそう言った。
──その笑顔が、誰かの笑顔と被ったような気がしたけど、俺にはそれが誰だか、わからなかった。
「……茉子は、優しいな」
「あは、褒めたって何も出ませんよー」
「けどありがとう、少し……安心した」
む、この感覚はそろそろだな。
「さぁて、そろそろあいつら帰ってくるみたいだし、迎えてやりますか」
「大丈夫かなぁ、怪我とかしてないかなぁ……絶対大丈夫だよね馨くん……」
「いきなり沈むなってーの」
目前に控えて急にあたふたしだした茉子を宥めながら、俺は帰ってきた三人を迎えるのだった。
■
「どうしましょう、芳乃様……ワタシが多分初恋っぽくて……」
「もう諦めて言えばいいんじゃないかしら」
ざっくりと。
茉子は言葉の刃を突き立てられた。
芳乃と一緒に入浴したので、物は試しと相談をしてみたのだが、茉子の不安な心は容赦無く芳乃によってトドメを刺された。
「そんなもの、相談するまでもない。馨に言えばよいのだ。自分こそその笑顔であると」
「ムラサメ様まで……でも言えないですよ。あんな風に美化されちゃったら、どうしたらいいのか、わかんなくなっちゃって」
馨は完全に忘れていたが、茉子は完全に覚えていた。
目の前の自分が初恋らしき人物に、誰かはわからないけどとても笑顔が綺麗で忘れられない。もう一度会いたいなどと言われてしまえば動揺するのも当然だろう。
「というか、茉子は何を初恋かもしれない程度でそんなに動揺しておるのだ。いつまでも初恋を想い続けるほど、馨も重い男ではなかろう」
「けど、まさかそんな事になっているなんて。馨さんは結構ロマンチストだと思ってたけど、これは予想外だわ」
ムラサメから見た馨とは、言ってはなんだが割と軽い男だ。生娘だとかなんだとか言ってきたことを含めて、そこまで初恋を重んじるような男には見えない。
一方芳乃から見た二人の関係は完全に友達の物であったし、自分にはそうした感情を向けられてないのは自覚している。つまりそんな事になっていたとは思いもしなかった。
「……あんなに言われちゃったら、夢を壊したくないって思っちゃうよ……」
「茉子は優しいのね」
「いつぞや見たあの時もそうだが、放っておけない弟を気にかける姉のようだな」
「二人ともからかわないでくださいっ」
そんなこんなで、風呂場からは楽しげなのか恥ずかしげなのか、とにかく賑やかな声がしばらく絶えなかった。
しかし渦中の男どもは。
「なぁ、覗きに行かね?」
「お前って本当に最低の屑だな」
「はーん? 初対面のレナさんの胸に顔を埋めたラッキースケベに言われたかねーし?」
「なんでそれ知ってるんだよ!?」
「蛇の道は蛇だよ、将臣」
──実にアホらしい会話を繰り広げていたのは、言うに及ばない。