千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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今回かなり直接的に情事の話題が出ます。
つまり結構性的です。
というかそればっかりです。
苦手な方はご注意ください。


重なる

 翌日。

 待ち合わせの場所に行くと、茉子の姿があった。

 

「待ったか?」

「ほんのちょっとだけ」

「そっか。なら埋め合わせしないとな」

 

 そんな俺たちにしては珍しく素直なやり取りをしてから、やっと気が付いた。

 茉子の服装は、あの時のデートで芦花さんからもらった洋服だということに。

 

「洋服にしたんだ」

「本当の恋人としてのデートだから、心機一転というか、そんな感じで」

「ありがとう。よく似合ってる」

「可愛い? それとも綺麗?」

 

 くるりと回りながら、微笑んでそんな意義悪な質問をしてくる。揺られるスカートの裾、風で散った花びらがまるで彼女を彩るように。

 なんと絵になる、素晴らしく美しく、そして可憐な女の子であろうか。

 ……さて、彼氏としてはどう答えたものかな?

 

 もちろん、答えはたった一つだけだ。

 

「あぁ──とっても可愛い」

 

 綺麗よりも可愛いの方がいい、というのは前学んだ。流石に二度も同じ間違いは……するかもしれないが努力しないよかマシである。

 すると茉子は少し驚いた顔をして──そんなに意外かね……?

 

「綺麗って言わないんだ」

「もう綺麗って言うほど、遠くないだろ?」

「……うんっ」

 

 花の咲いたような笑顔で、俺の手を取る。ぎゅっと握ってくるその小さな手を、ぎゅっと握り返して。

 

「じゃ、行こっか」

 

 珍しく彼女が俺の手を引いて歩き出した────

 

 まぁ行くのは田心屋なんだけどさ。

 他に何かねーのかって? 刀無くなれば財政が危ういのが浮き彫りになるほど穂織は何も無いぞ。

 

 

 目的地に着いた時、前回とは違って手を離すかなど聞かない。俺も離したくないし、茉子も離さない。

 ……なんともわかりやすいことだ。

 

「……わぁ」

 

 戸を開けて早々に、目が合った小春ちゃんが仕事すら忘れて素を露わに、こんなことを呟いた。

 というか心底から驚愕した表情はやめていただきたい。そんなに意外か。

 

「あのね君ね、そんなに変かな」

「変というか意外というか……いざ恋人になった二人を見るとこう、色々」

「色々って何ですか色々って」

「いやウチのダメ兄のこと思い出して……」

 

 二人して顔を見合わせる。

 ……まぁ、兄の愚行で苦労しているのだ。彼女も身近な人が付き合うというのは色々思うものがあるのだろう。

 けれどそのあと、すぐに彼女らしい笑顔になってくれたので一安心。

 

「でも、素敵だなぁって」

「素敵って、この関係になるまでぐっだぐだでしたよ? 馨くんヘタレだし、ワタシもワタシであんまりよろしくなかったですし。一歩間違えばドロドロの関係になってたかも……」

「それでも幼馴染の二人が長年の想いを伝え合って結ばれるって、中々にすごいことだと思いますよ」

「……なんだかそう言われると、妙に気恥ずかしいですね。あは」

「ガールズトークするのはいいんだけどさ二人とも。小春ちゃん、悪いけど案内してくれない? 流石に邪魔だろ。詳しい話は学院でさ」

「あっ、ごめんなさい。じゃあえっと……恋人の二人には──」

 

 と、小春ちゃんはよりにもよって端っこの目立たない席に案内してくださった。そんなに気を回さなくてもとは思ったが、こういうのも案外悪くないというもの。

 ──ただ。

 

「なあ茉子、隣に座ってどうした」

「隣がいいの」

「いや確かに客少ねえからまぁ……許されるっちゃ許されるけどさ……」

 

 茉子が俺の隣にぴったりと座っている。めっちゃいい匂いするし柔らかいしあったかい。

 個人的には物凄く気になる。これじゃ茉子の顔が見れない……というと変態的だが、しかし実際、いくら人が少ないとは言っても一つの席しか使ってないというのはどうなんだ? とは思う。

 

「何頼もうかな。馨くん、何か希望ある?」

「んー、特には。俺だと食べてないものになっちゃうしさ。茉子の食べたいのでいいよ」

 

 ……んん?

 いや待て。なんで俺たち同じもの頼もうとしてるんだ?

 

「……ちょっと待った。なんで俺たち別々のものを頼もうとしてないんだ?」

「あっ」

 

 普通に考えても、同じものを食べようとはするが、一つにして分け合うというのは中々……しかも互いに無意識にそうしようとしていた。どれほどまでに飢えているのかと。

 

「……まぁ、そういうのがしたいなら全然構わないけどさ……。あんまり、茉子のそういう顔を、誰かに見られたくない……かな」

 

 ただこんな可愛い彼女の彼氏としては、何処の馬の骨とも知れぬ奴らにそういう顔を見られるのは大変我慢ならんというか。周りの目を気にするというか。

 

 一瞬だけぽかんとしたものの、茉子はニヤニヤとしながら──

 

「あは、ジェラっちゃう?」

「めっちゃジェラる」

 

 素直に答えると、ニヤニヤとした顔が可愛らしい笑顔に変わって──

 

「ありがと。大好き」

「お、おう……俺も好きだ」

 

 やばい。

 可愛い。こんなにも可愛い彼女が、更に可愛い。可愛すぎてやばい。もっと好きになる。こんなにも可愛いが……マジで可愛いな。

 

「じゃあ、羊羹にしよっか」

「お、いいな羊羹」

 

 そんなこんなで決めて、そんなこんなで適当に飲み物も決めて、そんなこんなで注文する。

 待ち時間の間、茉子をチラチラと伺ってみたが、とても上機嫌に俺の隣で手を握っている。可愛い。

 

「楽しい?」

「うん」

「そっか」

 

 何が楽しいのかはイマイチわからないが、とにかく茉子が嬉しそうだからなんだっていいか。

 

「二人ともこの前よりもっとお熱くなっちゃってまぁ」

 

 そんな時、ヒョイと意地悪い笑みを浮かべながら芦花さんが現れる。

 

「そりゃ別に意地張る必要も無くなったしさ」

「ほほぅ? つまり馨は意地張ってもあんなにデレデレと」

「うっせぇな、心底から惚れた女に素直な反応して何が悪い」

「だってさ、常陸さん」

「いざこうして聞くと、意外とむず痒いですね」

 

 シレッと茉子にパスを渡し、茉子は茉子でなんでか頬が赤い。

 いやこの程度で照れられても困るというか、なんというか。

 

「あ、この洋服、ありがとうございます」

「いやいや、アタシのお古だけど気に入ってくれて何よりだよ。うんうん。それで二人は今日もデート?」

「まぁそうだけど」

「この後は?」

「いや特には。な、茉子」

「そう、だね。うん」

「ふーん……にひひ、これは後で感想聞かないと

 

 なんか意味深な反応した後、小声で何かを呟いた芦花さんはニコニコしながら奥へと戻っていく。何しに来たんだろ、冷やかしかな?

 

「……そういえばさ」

 

 出てきた飲み物を飲みつつボーッとしていると、急に茉子が声をかけてきた。なんねなんねと振り向けば、とても困った顔をしながら──

 

「芳乃様に今日のデートの感想を教えてって言われてるんだけど、なんて言えばいいかな。もう、隣にいるだけ幸せだから、その……」

 

 嬉しいことを言ってくれると同時に、なんでそうなってるのかさっぱりわからず混乱するようなことを言ってくれた。

 少しモジモジとしてるのが大変可愛らしい。

 

「そもそもなんで芳乃ちゃん知ってるの?」

「昨日、花渡してくれたじゃん。嬉しくって惚気ちゃって」

「あぁ、うん……よかった」

 

 微笑みながらそう言われてしまえば、俺は安心するしかない。喜んでくれて本当に何よりだ。

 そうして運ばれてきた羊羹は、相変わらずフォークは一つだけ。まぁつまりそういうことだ。

 

「はい、あーん」

「……わかったよ」

 

 ニコニコしながらヒョイと俺に向けて羊羹を差し出してくる茉子には、逆らえない。

 

 

 その後はしばらく、そんな風に楽しくというか比較的恥ずかしく過ごした。茉子が楽しそうで嬉しそうだったからなんでもいいが、たまには俺にもあーんさせて欲しい。ほとんど俺がされてばっかりじゃないか。

 

「これからどうする?」

「馨くんとなら、どこでもいいけど」

「困ったなぁ」

 

 田心屋を出て、手を繋ぎながら歩きつつ、さてどうしたものかと悩む。

 

 昨日のことから考えて、恐らく……なら。

 

「ウチ来るか?」

「……へ?」

「いやだからウチ。どーせ誰もいないし、二人きりになれるし……」

 

 そう言った時、茉子はポカンとした顔を見せてから──

 

「……なら、ワタシの家でいい?」

 

 頬を赤らめながら、若干視線を逸らしつつ、小さな声でそう言った。

 

「ワタシの家……お母さんもお父さんも隣町に買い物に行くから、しばらく帰ってこないよ……」

 

 隣町とは言っても車移動。大体二時間くらいだし、そもそも買い物含めで考えたら三時間近くかかる。

 確かに平気だが……やっぱりあれなのかな?

 

「……エロ本出しっぱの男の部屋は嫌か?」

「いっ、嫌じゃないけど! でもその……印象がね?」

「ま、そうだよなぁ……じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

 

 サラッとカマをかけて引っ張り出しながら、満更でもないけど複雑そうに反応する茉子に微笑む。

 

 なんか、今更だけど、すごくその……緊張するな。茉子の家なんて何回も行ってるし、なんなら茉子の部屋だって結構な回数訪れてるのに。

 動揺を隠しつつ、俺たちはゆっくりと歩いて、彼女の家を目指すのだった。

 

 

 

 ──久しぶりに訪れた茉子の部屋は、昔と何も変わっていなかった。丁寧に整理整頓されたタンスとか、所々に見える女の子らしさとか。

 ただ窓際に青い緋衣草が置いてあるのが、大きな違いか。

 

 ……いやまさか、この部屋に彼女の男として来ることになろうとは。夢ではあったが、現実として起こると中々に実感が難しい。

 しかし『永遠にあなたのもの』──なんて、だいぶ気取った花言葉の花を選んでしまったなあと、少し恥ずかしくなる。だが時期的に愛を伝える花言葉を持つ花はそこまで咲いてないというのもあって、ある意味では妥協だ。いや妥協ではないんだけど。

 

 ……いっそ薔薇を一本だけとか、そっちの方が楽だったかもしれないけど、庭には咲いてないからな。まぁ機会があれば、ぜひ送りたいところだ。

 茉子は、花がよく似合うから。

 

「ワタシ、お茶用意してくるね」

「ん。待ってる」

 

 トテトテと部屋から出て行く茉子を見送りながら、一つ深呼吸をする。

 ……身体が硬い。

 

 ──なあ馨。これから初体験を誘うわけだけどさ。キミ大丈夫かい?──

 

 ……めっちゃ緊張してる。

 どんな気の利いた事を言えばいいのかな。

 

 ──お前が欲しいくらいでいいと思うよ──

 

 だよ、なぁ……

 落ち着かず視線を泳がせていると、不意に白い物が目に入る。

 それは──布団。

 多分昨日の夜から敷きっぱなしのもの。

 

 …………これは、まぁ、そういうことだ。

 

 おかしいな。

 一応、こっちから行くつもりだったが、まるで罠を仕掛けられていたかのような光景だ。

 もうちょっと甲斐性を見せさせて欲しいというか、何というか──

 

「持ってきたよー」

「んぁっ!? あっ、あぁ。うん……」

 

 戻ってきた茉子に声をかけられて、無様なほど動揺した声を出してしまう。急いで彼女を目で追うと、ものすごい勢いでお盆がカタカタしていた。

 ……いや、誘ったお前が緊張してるのかい。よく見れば視線は落ち着かないし、モジモジとしている。

 

 ガッチガチに緊張しながらお茶を一口……比較的、なんかどうでもよくなってきた。

 対面に座る茉子を見ると、何処か動作もぎこちない。そんなに緊張するのか。お前の方が俺よりがっついてたじゃないか。

 でも実際、茉子から仕掛けてくるということは……無い。誘った割には。

 と、なれば……俺のやることはただ一つだ。

 

 ──あのさ馨──

 

 黙ってろ。

 つか出てけ。

 なんかやりたいことあるんだろ。

 

 ──……いやあの──

 

 うっせぇ。

 これからヤることヤるんだよ。

 あんたは子孫とその彼女のまぐわいをマジマジと見たいのか。

 

 ──それならコマちゃんはどうなるのさ──

 

 ノーカウント。

 

 ──あたしの扱いだけ酷くない?──

 

 ……切るぞ。

 

 ──あちょっ!?──

 

 強引に回線を切る。

 これで俺から繋ぎ直さない限りは、京香の茶々も入ることはあるまい。

 もう一口お茶を飲んで、覚悟を決める。

 

「茉子」

「ひゃいっ!?」

「……こっちにおいで」

 

 おずおずと隣に移動する茉子。

 視線を合わせていない内に、一応位置を確認しておく。

 

「……えっと……馨、くん」

「──っ」

 

 不安げな瞳。

 けれど何処か期待した雰囲気。

 だから。

 

「んむ……っ」

「んん……っ」

 

 有無を言わせず、茉子の唇を奪う。

 強く抱き締めて、深く、深く、全て繋がるようにと身体を傾けて、布団へと倒れ込む。そのまま彼女の口内に舌を入れて、二、三回舌と舌を絡めてみて誘う。

 

 応えるように舌が絡んでくる。

 

「ん……っ、ぁ……っっ……んちゅっ、ちゅ……ちゅる……れる、ぁんむ……っ」

 

 ──もう言葉も何もいらない。

 貪るように唇を重ね、染めるように互いの唾液を交換し、溶けるように舌を絡め、身の芯から心の芯まで繋がってしまえばいいと、何度も、何度も。

 

「んんっ、んちゅ……っむ……ん……っ……じゅるる……っ……」

 

 ぴちゃ、ぴちゃと湿った音が響き渡って、内に燻っていた情欲が燃え滾る。

 もっと、もっと──最愛の人と、■し合うほどに愛したいと。

 

「あむ……ちゅ……っ、ちゅく……ちゅぱ……は、ん……っ、れぇる……っ、はぁ……むっ、んっ……ちゅぱ……んちゅぅ……」

 

 淫らな音が獣性を掻き立てる。

 甘く優しい香りが心を溶かす。

 柔らかな感触が欲望を刺激する。

 絡まる舌の味わいが理性を破壊する。

 流し込まれる唾液の味が情動を解放する。

 

 ……茉子を。

 常陸茉子を。

 最愛の人を。

 

 ────()したい。

 

 愛に餓えた四肢に、情欲の歓びが燻り滾り、心底から咽びながら、渇いて今も疼く愛情を携えて決して逃さず必ず()す。

 

 かつて分断され、今は遠い場所にある悍ましい部分が慟哭を上げる。奈落の底から咆哮する。今すぐに彼女を愛せと。従わない理由が無い。

 ただひたすらに、愛する。

 

 どれほど時間が経ったかはわからない。息が辛くなってきた辺りで、どちらからともなく離れて、接吻のようで決してそうではない、唇と舌を用いた性行為は終わりを告げた。

 荒い呼吸のまま見つめ合う。唇と唇の間にかかっていた唾液の架け橋はプツリと途切れ、それが茉子の胸元に垂れて大事な服に染みを作る。

 

「ぁ……ぷぁ……んっ、はぁ……っ、すごいね……キスって……ワタシ、やらしくなっちゃう……」

「……なんか、悪いな。堪え性のない男で」

「ううん、いいよ。全然……けど、ちょっと意外。だってワタシから行けるかなって思ってたから」

「少なくとも俺は、ひと段落ついたら恋人と褥を共にしたいと、お前の全てが欲しいと心底で渇いていた程には男だよ」

「……嬉しい」

 

 蕩けて情欲を宿す瞳、上気して薄い桃色に染まった肌、荒い呼吸、どこか弱々しい姿勢、間近で感じる甘い吐息。

 誰も見れない、俺だけが見れる茉子のあられもない姿。

 そろそろ我慢の限界だ。

 

「あの……馨くん。ワタシその……えっちだけど、引かないでね?」

「引くもんか。全部まとめて愛してやる。ダメな茉子も、カッコいい茉子も、可愛い茉子も、綺麗な茉子も、えっちな茉子も。だから──」

 

 しゅるりと彼女のネクタイを解き、胸元のボタンを開けていく。淡い水色の、ちょっと可愛らしい下着が見えたと同時に、もう一度茉子の顔を見つめる。

 ちょっと出鼻をくじかれたような、けれど羞恥と興奮の方が勝ってるのか、嬉しそうでも目を伏せたその可愛らしい表情が、たまらなく愛おしい。

 

「いい……よな」

「優しくして……ね……?」

「努力する」

 

 ──あとのことは言うまでもない。

 欲のまま、愛のまま──溶け合うように身を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馨くんのベッドヤクザ」

 

 事が終わって、事前に茉子が沸かしていた風呂に二人で浸かっていたら、ムスッとした表情と共にこんな一言が。

 ……まぁ、うん……否定はできない。でも仕方ない。

 

『顔……見ないで──』

 

 とか反応されたら意地悪の一つや二つくらいするだろう。幼い男子が好きな子に意地悪するように、俺もそんな衝動に従っただけに過ぎない。

 というか、どれだけ愛しているのかを行為で示せと言ったのはそっちのはずなんだが。

 

「ワタシ優しくしてって言ったけど」

「最中にもっと乱暴にしろって言ったじゃん」

「それはそうだけど……ううっ、あんなの忘れられないよぅ……」

 

 何やらぶつくさと言いながら、だけど満更でもなさそうな幸福感に満たされた、女の子の顔している茉子がとても愛おしい。

 優しくしろだ乱暴にしろだ、注文が多かったがまぁ……可愛い彼女のお望みだ。出来うる限りは答えようとしたが、どうにも……俺も狼ということだ。

 

 色々と思い出したのか、お湯に浸かって赤くなった肌とはまた別な朱色を宿して茉子はその表情を羞恥に塗れたものへと変えた。

 それを忘れるように、何かふと思い付いたのか普段通りの表情に戻りつつ尋ねてくる。

 

「というか、なんであんなに……テクニックすごかったの?」

 

 訂正。

 全然普段通りだが、忘れ去ることはできなかったようだ。

 

「なんでって……なんでだろうな?」

 

 その辺を落とした記憶も無いし、正真正銘これが初体験だ。茉子がだいぶ良い声で啼いていたが、さて。

 

「ま、お前がマゾなんだろ。誘い受けのオナ陸さん」

「んなぁっ!? わわわワタシの何処がマゾなの!? というかオナ陸さんやめて!」

「あんまり寄っかかるなよ、狭いんだから」

 

 慌てふためきながらこっちにガーッと掴みかかってくる茉子をいなしつつ、さっきまで腰抜けてた割には元気だなぁとぼんやり思う。

 ……というか、ご自分を慰める頻度が高過ぎやしませんかねオナ陸さん。多分芳乃ちゃん起きてんぞソレ。想われるのは嬉しいが、暴走していただくのは想定外というか。

 今日は初回だから一戦で終わったが、こりゃあ慣れたら夜が明けるまで付き合わされるかもしれん……

 

「ごめんて。だからそう怒らないでくれ」

「……睦言といい、どうしてこういうところでだけ甲斐性あるかなぁ」

「さてなぁ? 俺は俺の全てを知っているわけじゃなし、色々と疑わしい。ただあの言葉に偽り無いし、その通りに俺はお前を愛し続ける。それだけは、何があっても嘘にしない。裏切りを疑うなら、何度だって問うてくれ。俺の答えは変わらない」

 

 途端、茉子がいじらしく目を伏せて、モジモジとし始める。

 あんまりに可愛いもんだからくしゃくしゃと頭を撫でると、振り向いて俺に背中を預けてくる。

 

「それ好きだな」

「あは。だって、馨くんから抱き締めてくれるんだもん」

「……お前なぁ」

 

 花の咲いたような笑顔を、あの日見たとても綺麗で可憐な笑顔をこうして見せられてしまえば、こっちは降参するしかできない。

 まぁ、それがお望みならばと手を回す。

 ……俺は普通に抱き合う方がいいんだが。

 

「茉子」

「何?」

「……芳乃ちゃんには、アレだけは内緒な?」

「……うん。アレだけは、ワタシとアナタだけの秘密だね。あは……っ」

 

 ──アレ。

 情事の最中、互いに果てる寸前に、昂ぶった心のままに告げてしまった、あまりにも恥ずかしすぎる永遠の愛の告白。

 

 茉子は嬉しそうに蕩けた笑顔をしているが、俺としては恥ずか死ものである。

 らしくないというか、気取りすぎというか。

 

 恋人としての更なる一歩。

 今まで足踏みしてた分、いざ歩き出すとすんなり行けてしまうのか。

 そう考えると、恋人になるまでのもどかしい距離感だった時の事も、存外悪くないと思えた。

 

 ──……終わった?──

 

 あっ、忘れてた。

 回線中々繋げないようにしたつもりだったんだが。

 

 ──……泣くよ、流石に……──

 

 別に泣けば?

 俺は茉子を優先するだけだし。

 

「風呂上がったらアイスでも食いてぇなあ。なんか、夏場運動したみたいに結構疲れた」

「あ、ワタシも食べよーっと。まだあったはずだし」

 

 結局、俺はそれからしばらく茉子の家で過ごし、おばさんたちが帰ってくるギリギリまでいたのだった。

 

 

 

 

(……すごかったなぁ……)

 

 夜。

 茉子はシーツを取り替えた布団に包まりながら、昼間の情事を思い返していた。

 

(すっごく、幸せだった)

 

 幸福感と満足感に満たされて、更に求められているのだと感じて──もはや言葉では表せぬほどの幸福な時間だった。

 

 ──おい──

「わぁっ!?」

 

 そんな中、内に潜む犬神が彼女に声をかけたのだが、すっかり忘れて余韻に浸っていた茉子は無様な声を出す。

 しかしそれも一瞬。すぐさま平常を取り戻した茉子は要件はきっと情事だろうと当たりをつけ、言葉を待つ。

 

 ──痛みが幸福とは随分倒錯した感情なのだな──

「……あ、あは〜……見てたんですか」

 ──厳密に言えば見せられていた、か。伊奈神の者は復讐鬼を遮断していたようだが──

「別に痛みが幸福というわけではありませんよ。ただなんていうか……それすらも心地良かったんです。好きな人に求められて、その温もりを全部感じられたんですから」

 ──うむ。よくわかった。人間の感情などさっぱりわからんとな──

「えぇ……そんな自信満々に言われても」

 

 自信満々に犬神は理解できんと明るい口調で言い放ち、茉子は呆れるというよりも困り果てた。

 それでは恋を通じて知りたいことが知れないのではないかと。

 

 だが。

 

 ──まぁ、有意義ではあった。理解できんが、しかしそういうものなのだろうとな。姉君もまた、理論や理屈を超えて矛盾した感情を得たのだろう──

 

 理解はできんが納得はしたと。

 犬神は確かに、愛について学んでいた。

 

 ──……してお前。あの男の、伊奈神馨の何を好きになったのだ?──

「何……何って、具体的に言うのは難しいですね。ただ本気で好きですし、墓の下から先も一緒にいたいと考えてますよ」

 ──ならばあれか、喧嘩をしない関係性とでも言うべきか──

「いえ、普通に喧嘩すると思いますよ。というか喧嘩の一つや二つして当然じゃないですか。喧嘩も無いカップルなんて、逆に不気味ですよ」

 ──……ふむ、喧嘩するのは自然とな──

「はい。でも喧嘩したって許し合えるし、それでも一緒に、側にいたいと思える特別な人……それがワタシにとって馨くんなんです」

 ──なるほどな……特別、か──

 

 意味深な呟き。

 そこで茉子はふと思い出す。犬神がこうして恋から何かを探そうとする理由を。

 

「アナタにとってあの方は、恋でなかったとしても、そうした特別な方だったんですよね」

 ──そうだな……喧嘩も散々した。苦言も申した。だがそれでもなお……あの方と過ごす日々は、不思議と心地良かった──

「あは」

 ──……なんだ──

「声、だいぶ柔らかくなってますよ〜? 普段の威厳は何処へやらですね」

 ──やかましい。ああまったく、見られたくないものを見られたな……──

 

 拗ねるようにそうボヤく犬神。

 そうしたらしくないところが妙に年下を相手にしているような気分にさせてくれる。

 だからだろうか。

 

「何処か、見たい場所とかありますか?」

 

 そんなことを、優しい声で尋ねた。

 

 ──あるにはあるが……まぁ、しばらく後で構わん。ではな──

 

 やけに彼らしくない素直な答えだったが、後回しで構わないというのは、恐らくはもう少し恋人としての時間を過ごせということなのだろう。

 変なところで気を使う犬神に苦笑しながら、いつまでもこの愉快な同居人とこんな楽しい会話ができればいいなと、茉子は思った。

 

 中々に貴重なのだ。

 彼女にとって、こんな相手は。

 

(馨くん……ワタシもアナタを愛してるよ)

 

眠る直前、最愛の人から告げられた言葉を思い返しながら、心中で愛を囁く。

 

 ──俺は……お前を、常陸茉子だけを永遠に愛し続ける。

 君に捧げた、青い緋衣草の花言葉に誓って──

 

 なんとも気恥ずかしい告白だが、茉子にとってそれは、何よりにも勝るものであったのだ。




ディープキスならセーフだろ……多分

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