あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル9

「――ちゃん。緋色ちゃん!」

 

「ふぇ、ふぇあ?」

 

 気づくとボクは飯田さんに話しかけられていた。

 ここが学校で、ボクはロッカーの中に純和風美少女――エミちゃん(仮)を見つけて、それから……。

 

 なんだったんだろう。

 あのイメージは。

 まるで、ボクがこの娘になりかわって、追体験したみたいな。

 夢――。ドリーム?

 まどろみから起きるときみたいに、意識がはっきりとしない。

 

 けれど、いまボクにはわかったことがある。

 エミちゃんは、たぶん、ゾンビじゃない。

 ゾンビに意識はない――と思う。少なくともボクにはそう思える。けれど、この娘には明確な意思が存在している。

 だから、ゾンビではない。

 簡単な論理だ。

 

 もちろん、エミちゃんがボクと同じくなんらかの特殊なゾンビという線も考えられるけれども、ともかく通常のうなり声をあげるだけのゾンビとはまったく違う存在なのは確かだ。

 

 だから、確かめなくちゃいけない。

 ボクはエミちゃんに抱きついて、その小さな胸に耳をぴったりとくっつけた。

 ロリコンじゃないよ! だってボク自身がロリだしね!

 

「尊い……」

 

 尊いじゃねえよ。

 

 あ、やっぱり――。

 ボクの疑問は確信に変わる。

 

「飯田さん。この子。生きてます」

 

「え? どういうこと?」

 

「心臓の音が聞こえます」

 

「ふむ……」

 

「あ、飯田さんはこっちで確かめてね」

 

 おもむろにボクと同じように胸に耳を近づけようとしたので、ボクはエミちゃんの手をとって、飯田さんに渡した。もちろん、脈をみてもらうためだ。

 飯田さんは若干残念な表情になりながらも、エミちゃんの脈を確かめる。

 

「ああ、ほんとだ。脈がある……ていうか、そもそもゾンビに脈ないの?」

 

「ないですよ。試したことありますから」

 

 お姉さんに密着したときに何度も確かめている。

 普通なら危険すぎてできないけれど、ゾンビ避けスプレーが効力を発揮していると思われているから、まさかボク自身がゾンビマスターだとは思わないだろう。

 

 エミちゃんについては――、とても浅いが呼吸している。このロッカーで数日間過ごしていたわけだけど、それでも死んでいないのは、やっぱり、正常ではないからなんだろう。本来なら、ロッカーの中は蒸し風呂状態でとても生きてはいられないはずだ。

 

 ゾンビではないけど、人間でもない……。

 

 つまり、エミちゃんはゾンビと人間の中間存在となって、ロッカーにたたずんでいた。

 

 生きることもなく、死ぬこともなく。

 ただ、このままだといずれは朽ちてしまっていただろう。

 日本人美少女として完成されている造形だけれども、お姉さんゾンビみたいに柔らかヒンヤリ人形って感じではなく、触るとほんのり暖かい……。

 

 その唇は水分が足りないのか、少し荒れてしまっている。

 

 ボクはバッグの中から500ミリリットルのペットボトルを取り出し、エミちゃんの口もとにあてた。エミちゃんは飲もうとしない。

 水は、硬く閉ざされた口元から、重力に任せるまましたたり落ちた。

 

 うーん。どうして、エミちゃんは動かないんだろう。

 

 そもそも、ゾンビがなぜ動くのかという永遠の謎があるから、曖昧なんだけど、もしかすると、ゾンビ化しても意識というか心というものはあるのかもしれない。

 

 この意識や心を『生』だとすると、ゾンビ化は『死』だ。

 

 ボクははじめ、死に塗りつぶされて生は消えたと思っていた。

 死という新たなプログラムが生になりかわって肉体を駆動する。

 だからゾンビは動くのだと、そう思っていた。

 

 でも、そうじゃないのかもしれない。

 生と死は人間という現象の両面であり、いまは死が表側にきて、生が裏側に隠れている。だから心がないように見えるだけで、本当は、からだの奥底に人間の心とかが残っているのかも。

 

 エミちゃんがゾンビ化しても動かないのは、ゾンビと人間の狭間にあって、生と死が膠着状態だからかな?

 

 だとすれば――、天秤を傾ければいいのかもね。

 

 ボクはエミちゃんのゾンビサイドに命令して、無理やり飲ませようとする。

 わずかに抵抗するような感覚がある。

 なんだか変な感じ。

 水の中を泳ぐときのような、そんな感覚だった。

 なんか……嫌な予感がする。

 これ以上『押したら』壊れそうな、そんな感覚だ。

 

 ボクはいったんエミちゃんのコントロールをといて、唇の筋肉あたりを動かすように意識を集中した。

 いままでのように、ゾンビを雑に動かすようにはいかない。

 だって、それはプログラムの部分的な改鋳だ。

 それも――、それすらも抵抗があったけれど、エミちゃん自身が水をのみたいと思っていたのか、ボクの意識のあずかり知らぬところで、薄紅色の唇が動く気配を感じる。

 

「お水のみたかったんだね」

 

 エミちゃんの唇はわずかに開かれ、わずかだったけど、白い喉元に透明な水がながれこんだ。ごくりと嚥下する喉。白くて……やわらかそうで。

 

――すごくおいしそう。

 

 あれ? いますごく変態チックなこと考えてなかった?

 内心で焦りながらも、ボクはエミちゃんの首元から目が離せない。

 

 そうか。この子はゾンビではないんだ。だから、これはまだ、ボクのモノじゃない。心臓が早鐘を打っている。

 

 はやく所有したいな。

 

 ボクがわずかでも噛みついたりすれば、たちまちのうちに『死』が彼女を覆い、人間としての『生』は抵抗力を失うだろう。ボクってたぶん、キャリアだろうし。キャリアという考え方は、ゾンビがウィルスであるという、そういう思想に基づくものだけども、おそらくその推測はまちがっていないと思う。

 

 ボクはゾンビっぽくないけどゾンビみたいなものだろうし。

 だから、ボクに噛まれたりひっかかれたりしたら、たぶん、その人はゾンビになっちゃう。あるいは、ボクみたいにゾンビっぽくないゾンビになるのかな?

 

 どっちなんだろう。

 

 けれどひとつだけはっきりしていることがある。人間的なものを完全に消してしまえば、ゾンビになったエミちゃんはある種の完成をみることになる。

 

 きっと、ソレはものすごく綺麗で。

 

 それはとても甘美なことに思えた。

 

 ボクの唇がエミちゃんの首元に吸い寄せられるように近づき――。

 

「この子、お持ち帰りしてもいいのだろうか……その、めちゃくちゃかわいいな。そこらのジュニアアイドルよりもかわいいというか。清楚というか」

 

 飯田さんの困ったような声に、ボクは唐突に我にかえった。

 なんなんだろう。さっきから、変な考えが多いぞ。

 

「えっと、そうですね。この子が生きているならつれてかえって、ご飯とか食べさせたほうがいいと思います」

 

 だって生きてるんだしね。

 生きてるなら食べなきゃ。ゾンビもおそらくエネルギーという意味では補給したほうがいいんだろうけれど、そういうレベルではなく、人間って毎日食べないとおなかすいちゃうし、かわいそう。

 

 エミちゃんが生きていくためには、食べさせないといけない。

 ゾンビ化させるのは簡単だ。たぶん、エミちゃんの生が弱まれば、死のほうに天秤が傾く。一度傾きが大きくなれば、ゾンビ化まったなしだろう。

 

 ボク的にはどっちでもいいけれど……。

 

「しかし、この子。ゾンビよりも動かないな。つれてかえるのも大変そうだ」

 

「そうですね……」

 

 今の彼女はゾンビ化するかどうかの瀬戸際だ。

 現状を維持するだけでもせいいっぱいなんだろう。

 時間が経過したら、人間側が勝つのかゾンビ側が勝つのかはわからないけれど。

 

 やむをえないな……

 

 エミちゃんの心的領域を侵食しないように、気をつけながら、ゾンビを駆動するプログラムを両手両足にだけ注力して、コントロールする。

 

 糸で吊られた操り人形のように、エミちゃんのからだがクククとぎこちなく動く。

 

「え? 動いてる?」

 

 飯田さんが緊張した声をあげた。

 

「動きますよ。だって生きてるんだから」

 

 ボクはエミちゃんの右手をとって、そのまま歩く。

 歩く動作を精密に操りながら、自分の身体も操るというのがなかなか至難。

 

 だって、これはボクの意思でほとんどコントロールしなければならないから。

 でも、脳みそごとのっとってしまったら、たぶん二度と元には戻らないだろうし、行動制御にだけ特化しないと危険だ。

 

 逆に――、ゾンビウィルス的な何かをボクの力で完全に沈静化させたらどうなるんだろう。さっきの生と死の論理でいえば、死が翳り、今度は生が表にあらわれるということになりそうだけど。

 

 ボクはゾンビを人間に戻す力があるのかな?

 

「でもま――、積極的に人間に戻すこともないかなー」

 

 そもそも、ボクはエミちゃんのことを何も知らないし、言葉を交わしたことすらないし、知り合いですらない。

 

 飯田さんとはなし崩し的にそれなりに仲良くなったかもしれないけれど、エミちゃんとも同じように仲良くなれるとは限らないんだし……、人と知り合うのは怖い。

 

「え、なにか言ったかい?」

 

「あ、うん。半分ゾンビでも襲われるかもしれないから、いちおう消臭しておいたほうがいいかなと思いまして」

 

「そうだね」

 

 はい。シュッシュ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 コンビニに到着した。

 飯田さんはマットの上に腰を下ろし、大きく息をしている。

 たった二時間程度の遠征でも疲れちゃったみたいだ。

 ほとんどボクのことなんか無視して、その場で上半身裸になって、タオルでごしごしこすってる。

 

 あの……ボク、少女なんですけど。

 露出狂の気でもあるんだろうか……。

 

 ボクは飯田さんを無視して、エミちゃんの持ち物を調べることにした。

 着ている服は、お金持ちな感じの外行きの洋服で、あまりサバイバルには向いてそうにない。ボクが見たイメージだと、お兄さんに急かされてって感じだったから、たぶん、一番好きな服を着てきたのかなと思う。

 

 その上から羽織っているカーディガンは今の季節には不釣合いだけど、これもまたクリーム色をした品の良い感じで、やっぱり育ちがよさそう。

 

 イメージの中のお家の様子も結構な金持ちふうだったし、ボクの安アパートとは大違いだったしね。

 

 それと――、これが本命。

 エミちゃんが背負っている小さなリュックだ。

 中身はほとんど服だけだと分かっているけど、一応確認する。

 

 うん。やっぱり中身はほとんど服だな。

 一応、懐中電灯とか、ピンク色をした折りたたみ傘とか、絆創膏と風邪薬とか入ってたけれど、たいして重要なものではない。

 

 少し重要なのは、スマホかな。電源は切れているけど、あとで充電でもしておくか。使えるかもしれないし。

 

 で、なにが重要なのかっていうと……、

 

 体操服が中に入っているからだ。

 

 知ってのとおり、小学校の体操服には大方ゼッケンというものが装着されている。これだよ。これ。これがほしかったんだ。べつにボクが体操服萌えな奇特な性癖を持っているというわけではなく――、

 

「常盤恵美(ときわ・えみ)ちゃんか」

 

 ボクが手にした体操服を見て、飯田さんが感慨深くうなずいている。

 そう、こういうふうに情報は共有しておかないとね。

 

「エミちゃんですけど……これからどうしましょうか?」

 

 ボクは聞いた。

 

「どうって?」

 

「エミちゃんは生きてます」

 

「うん。そうだね。ゾンビになりかけなのか、それともゾンビウィルスに抵抗力を持っているのか、わからないけど、普通のゾンビとは違うみたいだね」

 

「つまり、飯田さんの当初の目標であるゾンビな小学生には半分くらいは当てはまってますけど、半分くらいは違うともいえますよね」

 

「ああ……、なるほどなるほど……、緋色ちゃんは私がこの子に無理やりイタすというか、そういうことを危惧しているわけだね」

 

「まー、そんな感じです」

 

「さすがにそんなことはしないよ。私はゾンビは生きていないと思っている。だからこそ、好き勝手にしてもいいのではないかと考えてるのであって、まだ人間の、小学生相手にそんなことは……うーん、まあしないよ」

 

 ちょっと迷ったような声をださないでほしい。

 

「そもそもなんですけど、飯田さんがゾンビとヤッちゃったら感染するんじゃないですか?」

 

「さ、最近の小学生は進んでいるんだな。まあ……その……、ゴムぐらいはつけようかなと思ってるけど、感染したらそのときはそのときって感じかなー。そもそも、私は終わった人間なんだよ。いまさらゾンビになろうが、べつにいいかなーなんて」

 

「刹那的すぎますよ」

 

 闇深案件とか勘弁してほしい。ほんと人間は面倒くさい。

 

「私は惰性で生きているからね。強いてというか、ものすごくがんばって生きようとか、そういうのはあまりないんだ。そりゃ……死ぬのは怖いけど、何も残せなかった私がただ単に消えるだけだしな」

 

「あーもう! そういうこと言わないの!」

 

「でも……ねえ。正直なところ、君には未来がたっぷり残されているだろう。おじさんはね、もう疲れたんだよ」

 

「疲れたわりには……エロには熱心だよね」

 

「まあ……本能だし」

 

 ……。

 静寂。

 なんともいえない雰囲気が部屋のなかに満ちる。

 

「ともかく、おじさんはわりと紳士的な対応をしているつもりだよ。自暴自棄になっているわけではないし、他人を積極的に傷つけたいわけでもないから、そこは信じてほしい」

 

「わかりました。じゃあ、おじさんを信じますけど……。エミちゃんの今後はどうしたらいいですか? ボクがひきとってもいいですけど」

 

 子猫を拾ったみたいな責任感は、ボクのなかにもある。

 エミちゃんが今後、人間に戻るかどうか定かではないけれど、ボク自身の能力を測るうえでも、エミちゃんという特殊な存在は好都合だった。

 

「それなんだけどね……、緋色ちゃんは私のことを信じていると言ってくれたよね」

 

 念押しするように聞いてくる飯田さん。

 あ、これってもしかして――?

 

「その……もしよければなんだが、これからいっしょに暮らしていかないか」

 

「あー、うーん。そうきたかぁ……」

 

「君はまだ小学生なんだし、誰か守ってくれる人が必要なはずだよ。いくらゾンビに襲われないといったって限度があるだろう? それに悪い大人に襲われるかもしれない。私はロリコンだが、だからこそ君を守ると心の底から思える。どうかな?」

 

 少し悩む。

 ボクはゾンビに襲われないし、それどころか操ることもできるし、力も強くなっている。容姿もとびきりかわいい超絶美少女で、べつに飯田さんといっしょに暮らしていかなくてもひとりで生きていける。

 

 懇願の表情にチクリと心が痛んだけど。

 でも、ボクは飯田さんに心を開いているわけじゃない。

 

「おじさんのことは嫌いじゃないけど……、ボクはひとりがいいかな」

 

「そうか……。そうか…………。じゃあ、エミちゃんは私が面倒を見るよ」

 

 また選ばれなかったとか思ってるんだろうな。

 飯田さんの顔には言い知れない諦めがこびりついている。

 それから気まずくなって、ボクはそろそろと立ち上がった。

 お家に帰って、お姉さんに癒されたい。

 

「ときどきはこちらに来てくれるんだろう?」

 

「うん。そうだね。おじさんはゾンビ避けスプレーがなかったら、すぐに死にそうだし、エミちゃんのことも気にかかるから、また来るよ」

 

 じゃあねと、手を振って、ボクは飯田さんとわかれた。

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