「ボク、この町の市長になります!」
高らかと晴天に向かって宣言する。
といっても、バーチャルな空だけどね。
それでも、どこか懐かしい原風景はボクらのこころを優しく撫でる。
突き抜けるような青空。
そして柔らかな稜線を描く緑豊かな山が遠くに見え、都会っぽさの見られないごく普通の町並みは、どこか故郷の風薫る。
『開幕矛盾』『町の市長。また新しいワードが』『なんの話?』『普通の日本風町並みだな。ものすごい完成度だが』『市長? 町長じゃ無くて?』『ヒロちゃんがいるところは町。佐賀市はむしろ大都会』『クリキン?』『おっさんよ。今だけは許してやる』『しかし、このどこか懐かしい風景は郷愁を誘う』『町っつーか下手すると村』『全体を見れば都会っぽい部分もあるぞ』『グンマーといい勝負してるよなぁ』
「あのね。みんなにありがとうって言いたくて。今日はボクにとっての特別な日なんだ。だからボクがいるところにみんなを招待したかったの。現実には難しいと思うからせめてバーチャルでね」
『ん。特別?』『なんの話?』『知ってるぞ……ヒロちゃんの』『ああああっ!』『どうした雷電』『そうだよ。ヒロちゃんの配信100回目記念じゃん』『おおおおおおっ』『マジか』『カウントしてる人いたんか』
カウントしてくれてる人いたんだね。
ボクもうれしいよ!
世界にゾンビが溢れて早くも5ヶ月。
ボクが配信を始めて早4ヶ月。
わりと暇だったこともあり、結構な頻度で配信してたせいか、いつのまにやら100回を迎えました。てか、命ちゃんが数えててくれたんだけどね。記念配信はしないのかって。
他の配信だと登録者数が何人を超えたとかですることが多いけど、ボクの場合はたぶん上限いっぱいまでいっちゃってるからもう増えようがない。もしかするとなんかのときのための予備アカウントとかも多くまぎれてるのかもしれないけどさ。
ともかく――配信回数だ。
人間キリがよいということに意味を持たせる生き物だからね。
『100回おめでと~』『オレらもよく5ヶ月も耐えたな』『もうすっかり冬だからな』『北海道は寒すぎてゾンビが白くなってた』『ホワイトゾンビか』『凍ってもゾンビって動くの?』『動きはさすがに鈍くなるけど普通に動くぞ』『マジかよ。北海道移住しとけば冬の間は大丈夫だと思ってたのに』『たぶん部分的に現実改変能力を使ってるんじゃないかな』『ピンクもそう思います』
世間はいろいろと大変だけれども、ボクはボクのできることをします。
ヒイロゾンビについてはピンクちゃんに任せたほうがよさそうだしな。流されているかもしれないけど、それはそれでボクの自由。ボクの選択だ。
「さて、このゲーム。もう気づいている人もいると思うけど、『市都空線』といって、自分好みの市や町や秘境みたいなところを作ることができるんだよ」
『直訳定期』『ちゃんと全部直訳できたね。えらいね』『市で終わらないで市都っていうところがポイント高い』『ピンクもそう思います』『ピンク、おまえは自分の動画配信がんばれよw』
今日のボクは単独配信。
でも、ピンクちゃんも見てくれてるみたいだ。
おそらくは西のほうでネットにつながってるんだろう。
「ピンクちゃんはマルチタスクができるからね。ボクの配信見ながら次の動画の準備をしているみたいだよ。実を言うと、この配信のための準備もだいぶん手伝ってもらいました」
『ヒロちゃんにしてはディテールが細かすぎると思った』『既にほぼ完成品じゃん』『現実のとおりの町並みなのか?』『完全コピーじゃないが空気感はでてるよ』『後輩ちゃんとピンクに手伝ってもらったのね』『じゃあヒロちゃんはなにしたんだ?』『そりゃ決まってるだろ。見てたんだよ』『世界一姫プが似合うユーチューバーだしな』
「あのねー。ボクだってちゃんとやったよ! ほら、こことか」
マウスをクリックしてマップを拡大する。
コンクリートの地面をみんなに見せる。
『なにもないように見えるが』『ん? ああ……これは地味にすごいぞ』『そうか田舎の道だしな。あえて白線を薄くしているのか。かすれてるしな』『それだけじゃない。道をいい具合に汚している!』『え、都市全部にこれを施したのか?』『狂気の産物』『時間泥棒されちゃってるな』
「そう、キレイに汚すのがポイントなんです。ピンクちゃんも後輩ちゃんも、マクロだと自然な感じにするのが難しいって言ってたし、がんばってゴシゴシしたんだよ。マウスを使って一生懸命ゴシゴシしたんだ」
『道ゆかば……』『それはそれとしてこのゲームって町を作るゲームだろ。これからなにするんだ』『これからヒロちゃんが単独で町を広げるんだろ』『後輩ちゃんもピンクちゃんもいないのにできるの!?ヒロちゃん!?』『誰か手伝ってあげて!』
みんなのボクに対する期待値が低すぎる。
「まあ、この町はもうほとんど完成しているけど、まだ、できあがってないところがあるからね。ほら、いまここK町とS市は道が断線しているでしょ。ここをつなげる作業が今日のメインかな」
ボクがいるK町。そして北西方向にあるS市。
ふたつの都市は今つながっていない。
『ほーん』『道をつなげるだけならまあ……』『ヒロちゃんがんばって』『道をつなげるだと……。なんて高難易度なんだ。もっと簡単にしてあげて』
だからどんだけ期待値低いんだよ。
道と道をつなげるのはめっちゃ簡単。今のところ二つの都市。ボクのいるK町とS市は完全に分離されている。よく映画とかであるように道路が寸断されていて互いに行き交うことができなくなっている。どうしてそんなことが起こるのかというと、現実世界と同じくいま両市はバリケードに覆われていて交通を遮断しているからだ。進撃の巨人みたいな壁に覆われた町をイメージしてほしい。もっともあの漫画みたいに巨大な壁じゃなくて、バリケードはブロック塀くらいの高さしかないけどね。
「ボクが市長として説明してあげるね。この状態のなにがダメなのかわかるかな」
『電気と水かな』『S市にも電気と水あるの?』『現実とは違うが、普通にぽつんと一軒屋の隣に原子力発電所立ててるやん。住んでる人軽く地獄』『公共の福祉』『大事の前の小事』『最大多数の最大幸福』『おまえらいい加減にしろw』『よく見たら隣は産廃場とサンドイッチ状態でさらに地獄』『サスケェ……』
「し、しかたなかったんだよ。この市都の中に建築しないと効果がないからね。それで、えっと、電気と水。正解です。K町は単独では電気も水もまかなえません。このままじゃ住民のみなさんが困ってしまいますね? だからふたつをつなげる必要があったのです。じゃあいきますよ」
ズビャっとマウスで線を描く。
こんなの簡単だよ。いくらなんでもボクにだってできる。
そこまで完成させたのはほぼピンクちゃんと命ちゃんだけどね。
ボクは道を担当したんだ。なんか達磨に最後に目を入れる作業みたいだけど、ボクだってちゃんと関わってる。ボクは市長なんです!
ってあれ?
「おかしいな。供給量が足りない?」
送電はされてるみたいだけど、肝心の人とモノの流れが滞ってるような。
『くっそ渋滞しとるやんけ』『あれだけの都市を一本こっきりの道でつなぐのは無理ぽ』『悲報。ヒロちゃん道をつなげられない』『つなげはしただろ。ただちょっと足りなかっただけだ』『やっぱりヒロちゃんは姫プしとくぐらいがちょうどいいんだよ』『はやく誰か助けてあげて』
「うぐぐぐ。ちょっと足りなかったみたいだね。で、でも大丈夫だよ。こんなの道を広げればいいだけだからね。あれ?」
道を広げようとしたらできませんの表示。
家をびっちりと配置したせいで置けないんだ。
超グラマーなひょうたんみたいな地形になっている。
うぐぐぐどうすれば。
変にゾンビ的な今の状況に似せたせいか、道を複線的につなげようとはしていない。
現実でもボクたちが佐賀市とつながろうとしているのも、動脈になっている大きめの道からやっていこうとしているから。それ以外の部分は何もない土地として表示している。
まさにひょうたんみたいな。いやこれはもう鉄アレイみたいな感じだよ。極端につなげる道が細くて、そこに両端から車が殺到しているせいで交通量がとんでもないことになってる。
「そ、そうだ。お家をちょっと取り壊して道を広げたら」
『公共の福祉』『大事の前の小事』『最大多数の最大幸福』『市民よ。幸福は義務です』
コメントがボディブローのように地味に効いてくる。
ボクだってできるならみんなのお家を壊したくないよ。でもどうすれば……。
「あ、ひとつ手があったよ。ボクの腹案聞いてください」
『これいろいろイジリすぎてダメになるやつだ』『ヒロちゃん。ダメになる前にセーブだけはしないようにね』『ピンクがデータコピーしてるだろ。大丈夫だ』『もういっそ町をぶっこわして一から作り直そうか』
「大丈夫だよ。ただの置き換えだからね。つまり、この道を全部線路に置換してしまえばいいんです」
『悲報。車や徒歩でいけない町ができる』『町から脱出できない系ホラー』『しょうがないんや。小学生にとって町の外は未知の世界なんや』『しかし、車両基地はどうすんだ』
「車両基地は……えっとえっと。あ、そうだ。この都市と都市の真ん中に置こうと思います」
ボクが着目したのはいわゆるデッドスペース。ピンクちゃんも命ちゃんもボクのために用意してくれてた何もないスペースだ。ここならなんでも置けるね!
つまり、○T○ こういう形です。○のところがS市。K町ね。
『……そのなんか公然猥褻』『いうな。小学生女児が作ったやつだぞ』『しかし、この形は無理がありそうな』『ああ……やっぱりお見合いしてる!』
「うぐぐぐ。なんでこうなるかな」
列車と列車がお見合いしちゃっててまったく動いてない。
しかも、都市部の駅とつながってないから、お客さんが乗る場所がない。
これだと両都市間の流入もシナジー効果もないよ。
あきらかに失敗だ。
「あ、そうだ。今度こそいいこと考えた」
『がんばってヒロちゃん』『なんだか楽しくなってきた』『ヒロちゃんが市長にならない理由』『バリケードにこだわるから失敗するんじゃないかな』『単純に両端の市都から道路を複数伸ばせばいいだけだからな』『細い道でつなげるのはなぜなのか』『正論だが様式美も必要だろう』
そうだよ。様式ってものがあるんだよ。
このS市とK町は、この小さな一本道でつなげるんだ。小さいっていっても佐賀県じゃ一番大きな道なんだからね。ただちょっと本数が足りなかっただけで。
リアルでの事情とかみ合わせたいというのはボクのワガママだけど、みんなを記念配信に招待したいというのが動機だからしかたない。
「ここで第二腹案発動です! この道を多段式にします」
『は?』『高架道路みたいなものかな?』『でも多段なんだろ』『多段ってなんだ?』『そんな道路あったかな?』『MODなんじゃね?』
「多段っていうのはミルフィーユみたいに高架道路を重ねます! 後輩ちゃんに作ってもらったMODです! なんか困ったら使ったらいいよってもらったデータのなかに入ってました」
別窓で命ちゃんにもらったデータのフォルダを開く。
MODの導入はなんとファイルをダブルクリックするだけで簡単に適用できるようにしてもらった。全部で100個ぐらいあるけど正直どんなのが入ってるのかは使ってみないとわからない。
ちなみにMODっていうのは改造データのことね。セットされているだけの建築物とかでも十分に遊べるけど、MODを入れたら日本風の駅とか道路とか郵便局とか、そこそこ田舎だけど都会になりきれない都市の空気感をよくだせます。
『後輩ちゃんの愛が重い』『でも多段ってよくわからん』『全部で100個もMOD用意するとか』『想像ができないな。どういうことだ』『ようは高架道路を多段に重ねただけだろ』
「そうです。まずこの道路の横道を作って……これを高架橋で空中に浮かせるよ。そして、この高架橋で空中に浮いた道路からさらに横道を作って高架橋でさらに空中に浮かせます」
『ソレは不毛の道』『また髪の話をしてる』『いやしかしそれは根本の交通量が変わらんのではないか』『合流地点が地獄』『これはひどい……』『ヒロちゃん。町はあきらめよう』『市のほうだけ生かす。町の住民には死んでいただく』『おいやめろ』
みんなあきらめるの早すぎ。
「K町とS市に人の流入がないと、物流も止まっちゃうしみんな死んじゃう。諦めるわけにはいかない!」
『キリっとしているのはいいんだけど』『見てくれよ。この無惨な道路をよ……』『こ、個性的な道路だね』『やったねヒロちゃん。道路で遭難できるよ!』『バイオハザードの建築家も賞賛するよきっと』
その後も、命ちゃんにもらったMODをいろいろと試していく。
「ワープ装置? なんで現実世界でワープ装置作っちゃうの? 却下却下」
「やっぱり複線道路だよ。あああ、合流地点がお団子様にっ!」
「空だ。空しかない。この町では定期的に飛行船がでることにします! 着陸地点がない! コストがコストが!」
幾多の試行回数の末。
たどり着いた妥協点。それは思いもよらないものでした。
「地下鉄。これだよ。むしろこれしかないよ!」
もうみんなも佐賀のことはだいぶんわかってきたと思うんだけど、もう一度復習しとくと佐賀の地盤はゆるゆるです。そのため、地下街とか地下鉄には適していません。もちろん、いまの技術力からしてできなくはないんだろうけど、コストに見合わないんだろうなと思う。
だから気づかなかった。
現実的にできそうで、あまりファンタジックでないもの。
地下鉄。
これで物流も電気も水も大丈夫だ。全部地下で流してることにすればいい。
「よーし完成したよ。どうみんな」
『見た目無惨な道路は残すのね』『観光名所だろむしろ』『いちおう収支は黒字だからいいんじゃね』『ようやく完成したね。がんばったねヒロちゃん』『おめでとう』
「ありがとう。でね。ここからが本当にしたかったことなんだけど、実はこの町、探索できるんだよ」
『ん?』『うおおおおおお。バーチャルヒロちゃんお久しぶり!』『バーチャル!』『ヒロちゃんがバーチャルにおかえりなさいしてる』『キター!』『そういうことか』
「これはボクのアバターです。でもそれだけじゃなくてね。ヒロ友のみんなを招待できるようになりました~~!」
『は?』『神アプデきた?』『もともとそんなんできなかっただろ。どんだけ魔改造してんだよ後輩ちゃんw』『ピンクもそっちいっていい?』『サーバーは持つのか?』『先着何名だ?』
「えっと、ピンクちゃんごめんね。ランダム抽選で400名になってます。エントリーはいまから受付開始します。30分後にインできるからみんなドンドン市民になってドンドンお金を落としていってください! 市民よ幸福は義務です」
『お口わるわるよのう』『うおおおおおいま最速でクリックしたぞ』『ランダム抽選なんだから早さは関係ないだろ』『宝くじにあたるよりも確率低そう』『ヒロちゃんのアバターに近づきたい』『そうか。直接ゲームで話せたりするかもしれないのか』
みんながクリックしてくれた数は、あっという間に千を越え、万を越え。
☆=
「ようこそボクの町へ! みんなよくきてくれました!」
ボクもアバターとして、この市都に降り立っている。みんなもそれぞれアバターを選んで触れ合えるような距離にいる。残念ながらVRというほど精密なものではないけれど、町並みは現実世界とかなり似ているよ。
『ヒロちゃんがすごく近くに。やべ。興奮してきた』『ヒロちゃんが近くにいると安心するなぁ』『バーチャルだけどヒロちゃん』『配信よりも近い近い!』『町は大きな家族なんやなって』『クラナドは人生』
「そんなに遠巻きに見てないで、みんなこっちおいでよ。いまからボクの町を案内するね」
400人を引率するボクは新米市長さん。
ボクも一部手を加えたところはあるけれど、命ちゃんとピンクちゃんのダブルエンジンで創った町並みはすさまじいリアルさを誇っている。
ボクはそこをすこし不完全にしただけ。
例えば、屋根とかをちょっと壊したり。意味のない道路を作ってみたり。
明らかに誰も使うことのない公園を作ってみたり。
そんな感じだ。
『不完全で汚れているところがいいんじゃないかな』『日本の町並みは温かみがあるからなぁ』『不完全な人間が創る不完全な町。それがいいんじゃないか』『つまり機械並みに精密な後輩ちゃんとピンクちゃんのデータにヒロちゃんのポンコツ成分を混ぜたのがこの町』『ポンコツはよくない人間味といえ』『ゾンビ味溢れてるな』
「ポンコツじゃないよっ。ちょっと今日は調子が悪かっただけ」
『せやな』『調子が悪いときは誰にでもあるからな』『遠めに見える公共工事の失敗作も市長の体調が悪かったからしかたなかったんや』『天空の道路』『なんかかっこいいみたいな感じだそうとしても無惨すぎるだろあれ』
「ううう……S市のほうはあとから紹介するから、まずはこっちからね」
ボクはアバターを動かして、みんなを引率していく。
まずは町の中心部。
「ここは町役場だよ。いまは300人くらいの人が住んでるみたい。そろそろ限界っぽいからいよいよ町の外にみんな出ようってことになってるよ」
『誰がどこに住むとかどうやって決めたの?』『狐面の町長が適当に割り振ったとかじゃない?』『不満は誰がどうやってもでるだろう。お金持ちの家に住みたいとかさ』『人が適当に少なくなるんなら町役場に残るのもアリなんじゃね? 電気も水もあるのってそこぐらいだろ』
「この町に入植してくれたみんなと同じで、抽選で決めたって言ってたよ! 水と電気の問題があるから、とりあえず半分の150人くらいが近々移る予定です。でも冬だからね。体力ある人だけだよ」
『抽選か。まあそれしかないよな』『集団生活じゃなくて個人のスペースが確保できるのはうれしいだろ』『いや俺の場合、屈強な戦士たちと寝屋を共にできるのはうれしいぞ(ぽっ)』『そうか。痔にならないよう気をつけろよ』『ヒイロゾンビになればそもそもゾンビに怯える必要ないだろうから、俺は普通になりたいけどな』『そのあたりの窓口はピンクが請け負ってるんだっけ?』『ピンクちゃんねるではそういう話だったな』『公海上でヒイロウイルスを渡すって話か』『はよしてくれ。間に合わなくなっても知らんぞ』『国民の意思が固まらんのよなぁ』
雑談多いね。
まあゾンビをどうするかっていうのは、もはやボクの配信では切り離せない問題だからな。
ピンクちゃんはボクの肩代わりをしてくれてるみたいだけど。
やっぱり、インフラであるボクを完全に無視することはできないみたい。
「はい。次に到着したのは、K町にあるS小学校だよ。道を挟んで反対側にS中学とS高校があります」
『ヒロちゃんもここで学んだのかな』『オレそこの小学校につい最近まで通ってたけど、ヒロちゃんみたいな美人さんはおらんかったような』『おまえ何歳だよ』『15歳だけど?』『うーん。小学一年くらいでもヒロちゃんなら一発でヒロちゃんだよな』
「あのー、ボクはそこの小学校には通ってないよ」
そもそも佐賀に来たのは案外最近なんだ。
よく考えると、佐賀のこの町でみんなといっしょに町おこしをしているのは、わりと偶然の産物なんだなぁと思う。
それをいったらボクが小学生並の女の子になって、ボスゾンビみたいになってるのも偶然なんだろう。人生、偶然が多いです。
でも、ボクが選んだこともある。
「はい。次はこの町でも結構有名なT温泉宿です。ボクも入ったことあるけど、お肌がぷるんぷるんなるよ」
ゾンビになった女の子――令子ちゃんを人に戻したり。
「ここは町の図書館だよ。そこまで大きくはないけど、なろう小説とかも置いてあるから結構楽しいよ。漫画はちょっとしかないのが悲しみ」
人類の文化を守ってみたり。
『なろう小説?』『知らないのか雷電』『うーん。聞いたことがないな』『なろう小説とはチート持ちの主人公がハーレムしたりスローライフしたり、俺またなんかやっちゃいましたかしたりする小説のことだ』『ラノベか?』『ラノベよりストーリーとかキャラが薄味なやつだぞ』『それのなにが楽しいんだ?』『哲学だなそれは』『俗っぽさがいいんじゃないか?』
俗っぽい文化も文化だよ!
文化に貴賎なし。
「ここはコンビニです」
『コンビニだな』『コンビニ?』『え? 普通のコンビニだよね』『こんな町のはずれにコンビニか。田舎のコンビニは24時間営業じゃなかったりするな』
「うん。ここは23時には閉まるよ」
『マジか』『働き方改革』『いいこと考えた。ゾンビに働かせておけば24時間営業可能じゃね?』『ゾンビの労働力転用か。赤い国だと案外できそうだけど民主国家系は人権屋が騒ぐからな』『だったらおまえらゾンビから人間に戻すときに、高齢者や障害者も分け隔てなく戻すのかって話だよな~』
ゾンビを働かせるという発想は実は珍しいものじゃない。
たとえば――。
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ザ・キングダム・オブ・ザ・Z
よくあるゾンビものと思いきや、キングダムの名のとおり国興しを考えているJKさん。
『ゾンビって休まないのよ。ずっと動ける。だから装置さえあれば無限に電気が作れる』
という台詞に痺れた人は多数いるはずだ。
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ボクの町もそういうふうになっていくのかな。
町を開放していく中で、有料老人ホームとか精神病院とかも見てきたけどさ。みんな元気になってワチャワチャ歩いていたよ。
その人たちをもしも人間に戻したら一気に介護しなければならない人数が増えて大変になる。町長はNOといった。ボクもしかたないのかなと思った。
そういう話だ。
ゾンビは消費ゼロで無限に電気を作れる究極の生産性を持ってることになるし、効率とか生産とかのキーワードだけで考えたら、みんなゾンビにしてしまえばいいんじゃないかなぁ。
とはいえ、家族が見つかった人も中にはいて、その人たちを人間に戻したりもしたけどね。
選別しているというのは、どうにもよくない気がする。
『ヒロちゃんがまたアンニュイ顔になってる』『ヒロちゃん大丈夫。ぽんぽん痛い?』『おまえらがゾンビを利用しようとするからだろ』『しかし、ゾンビに対しての恐怖心とかもあるしな。せめて利用して恐怖を克服しようって気持ちがあったっていいだろ』
「大丈夫です。えっと、最後の目的地はここですね。ボクのおうちです」
バーチャルとはいえ、ボクのお家を見せたのは始めてた。
すこしドキドキする。
でも、いままで配信をやってきて、ボクを受け入れてくれたみんなへのボクなりの誠意の見せ方だった。マナさんにはまた甘~いって言われちゃうかな。
『ほぅん。なんの変哲もないアパートやな』『ヒロちゃんも生きてここにいるんやなって』『どこかの天界から来てるわけじゃないんやね』『中に入れないのがつくづく残念』『町役場から歩いて十分くらいの距離か』『ヒイロゾンビ荘だったりして』『まあ引越しなんて秒で可能なんだろうが』『仮の住まいかもしれんしな』
まあ賃貸ではありましたけど――。
ボクにとっては初めてのボクのお家なんだよ。
☆=
「次はS市のほうを案内しようかなって思います」
問題はそこまでどうやっていくかだよね。
徒歩だと時間がかかるところだし、車やバスで行くにしても、あの芸術的な道路のせいで、めちゃくちゃ時間がかかってしまう。
しかたない。
ここはまた命ちゃんの力に頼りますか。
『後輩ちゃん。確か舞空術MODあったよね』
DMを飛ばして命ちゃんに聞く。
100もMODがあるとどうしても一息には理解できない。
適用しやすさのためか正規表現的な問題なのか、全部英語表記なんだもん。
英語よわよわガールだと難しい。
『ありますよ。先輩』
『なんて名前だっけ?』
「Z戦士とかそういうファイル名だったはずです」
「ありがと」
なるほどね。
Z戦士といえばドラゴンボールのことで、ドラゴンボールといえば舞空術だ。
見てみると、Zのファイルはふたつある。
[Zmode]と[ZW mode]
どっちなのかな。
まあいいや。似たようなもんだろ。
みんな待ってるし、早くしよう。
「はい。みんな集まってください」
『ん。どうしたの?』『ヒロちゃんが得意げな顔になってるな』『みんなあちゅまれー』『はーい(素直)』
「これからS市のほうに向かうのに、徒歩だと時間がかかるから、みんなに舞空術を授けます」
『おお。超能力』『やったぜ』『ヒイロゾンビになれば現実的にありそうな展開』『ピンクちゃんがふんわり浮いてたのは感動した』『緋色様のお力の一端をいただけるのですね!』
「じゃあ。いくよ」
MODの適用完了。
範囲指定になってるみたい。全員は入らないからとりあえず先頭の数十人を囲んでっと。
「よし。スタート」
★=
やつらが迫ってきている。
炎で包まれた町中をのそのそと早歩きしてくるやつら。
ヒロちゃんがMODを適用した瞬間に、前にいたやつらは軒並みゾンビになりやがった。
そして当然の権利のように、当然の事象として、当たり前に隣のまだ人間だったやつに噛みつきやがった。
「お客様お客様お客様!!!困ります!あーっ!!!困ります!!!ゾンビは困ります!!!あーっ!!!あーっ!!!ゾンビは!!!お客様!!!あーっ!!!お客様!!!」
ヒロちゃんが絶叫していた。
『ゾンビになるとどうやらコントロールできなくなるらしい』『せっかくヒロちゃんの町に入植したのに死にたくねえ』『あああああ。ヒロちゃんたずげで』『NPCも噛まれていつのまにやらゾンビだらけだぞおらぁ』『おまえもゾンビにしてやろうか』『てめえ。自分がゾンビになったからって楽しんでんじゃねえ」
はは。
なんか笑えるな。
身体はゾンビハザードが起こったときみたいに自然とゾンビから逃げるようにできているが、あのときみたいな深刻な感じじゃない。
ヒロちゃんの慌てふためいている顔が、そう思わせるのかもしれない。
あ、これコメディなんだなって。
現実はいまだゾンビに溢れてるが、ヒロちゃんはがんばってる。
なんとかなるさと、そう思えたんだ。
今回は記念なので番外編的なやつで次回から通常モードに戻ります。
配信は無限に書けるけど、ストーリー的には前に進まんからなぁ。
実質100話まで書き進めてこられたのは皆様のおかげです。
ありがとうございます。