あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル102

 創作上のゾンビというものをあらためて考えたりするボクだけど、ゾンビものっていわゆるシェアワールド的な意味合いも強いんじゃないかなって思う。

 

 シェアワールドとは何かというと、創作者側が同じ舞台を使ってそれぞれが独自に創るってことなんだけど、厳密には違うかもしれない。だってストーリーもキャラもバラバラだからね。

 

 だけど、つながりがある。

 

 つまり、ロメロ作品から端を発した作品群はおのおのが独立した作品ではあるものの、ゆるーくゾンビという要素で連帯しながら独自の発展を遂げたジャンルなんだ。ゾンビというモンスターを登場させた瞬間に、ああゾンビものねって感じで受け手は一瞬で理解する。サメものでサメが出てきた瞬間に、サメものだと理解するのといっしょだよね。とりあえず、ゾンビに傷つけられたらゾンビに感染するっていうのはだいたい共通しているし、そこで繰り広げられるドラマも同じ方向性を向いているように思う。

 

 これって小説的に言えば、二次創作を読んでいるようなもので、ストーリーもキャラクターもまったくのオリジナルであったとしても、やっぱり様々な作品とのつながりのようなものがあるんじゃないかなって言いたい。

 

 なにが言いたいかというと、人の連帯っていいよねって話。

 

 誰かが残した足跡を誰かが感謝とともに踏み抜いていく。

 

 その緩い連帯が道になっていく。

 

 それはけっして束縛なんかじゃない。そうしなければならないってわけでもない。

 

 ローマ教皇か誰かが言ってたんだけど、この国って『ゾンビ国家』になってるんじゃないかって話があって、ゾンビというのは、要するに魂が貧困であるってことなんだ。魂が貧困であるというのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をあじわうってこと。ボクもその言葉には同感で、人のつながりを忘れたら、ボクたちは本当の意味でゾンビになっちゃう。

 

 いくら人間っぽく自由に思考できるといっても、ひとりでもかまわないなんて思ったら、それはゾンビと同じだ。

 

 何度もいうけど、べつにひとりでいたいっていう気持ちを束縛するようなものじゃなくて、これは世界観をシェアードするって考え方なんだ。他のみんなといっしょにね。

 

「ボクはそう思うんだけど……」

 

 ボクは久しぶりにゾンビ荘にて演説ぶってた。

 

 対するは常盤恭治くん。ヒイロゾンビな元高校野球男児だ。

 

 ムスっとした表情をしていてご不満の様子。

 

 どうしてこうなった?

 

 説明するとたいしたことじゃない。

 

 実をいうと、恵美ちゃんである。

 

 恵美ちゃんは黒髪ぱっつん美少女で半ゾンビ状態でがんばった女の子なんだけど、残念ながらというべきかなんというか、最終的にはヒイロゾンビになってしまった恭治くんの実の妹だ。

 

 その恵美ちゃんが、ある日、ボクが町役場のおしごとから帰ってみると……、その黒髪がブルースカイを思わせる色になっていたのである。びっくりした。アニメだとクール系キャラとかによく使われる青髪だけど、現実的に青い髪っていうのは、まあ目立つこと目立つこと。

 

「え、なんで?」と素に近い状態で聞いたのは確かだ。

 

「ピンクちゃんのピンクがキレイだと思ったから。わたしもなにかキレイな色にしたいなって思ったの。そしたらこうなったの」

 

 とのことだった。

 

 まあ、目立ってはいるけれど、染めている感じはしなくて、実によく馴染んでいた。触らしてもらったら先端まで抜けるような青色がつやつやに光っていてキレイだった。なんか宇宙的な粒子がでそうなくらい。

 

 理論上はピンクちゃんが言うようにヒイロゾンビには現実を改変する能力があるから、自分の領域に近い自分の身体なんかはわりと自由に変えられるらしい。それが実証された形になる。

 

 ボクも……もしかしたら女の子になりたいとか、こころのどこかで思っていたのだろうか。

 そんなことを思わされる出来事だったんだけど、事はそれだけで終わりませんでした。

 

「わたしも配信したいなーって」と恵美ちゃん。かわいらしいおねだり攻撃だった。

 

 当然これには恭治くんもNOをつきつけたのであります。

 

 恭治くんってシスコンで過保護だからね。わからなくもない。

 

 ただでさえややこしいことになっている今の状況で、ヒイロゾンビですと自ら名乗りでるような真似はしないほうがいいって考えだろう。配信することは必ずしもヒイロゾンビであるということとイコールではないけれど、このスカイブルーの青髪をゾンビ世界で保持するって相当な労力が必要だからね。

 

 ちなみにだけど、金髪に染めてる辺田さんとか恭治くんはさぁ……黒髪と混ざっててなんというか無理やり感があるんだよね。似合ってないってわけでもないんだけどさ。

 

 というわけで、ドラえもんも真っ青な青髪状態の恵美ちゃんは、たぶん言わなくてもヒイロゾンビだってバレる可能性が高い。

 

 ボクもそれはわかる。

 けど、なんというか恵美ちゃんって結構わがままというか、やりたいようにやっちゃうタイプなんだよな。

 

 というか、ボクの周りにいる女の子ってみんなそんなタイプばっかりというか。我慢する前にとりあえずやっちゃいましたとかいうタイプばっかりなんで、恵美ちゃんも我慢できるとは思えない。

 

 事後報告系少女多すぎ!

 

 いまは"チクタク"とかいう短時間の動画をあげるアプリもあることだし、恵美ちゃんもヒイロゾンビなんで機材調達くらいたいしたことなく可能だ。スマホひとつをどこかで調達でもしてくれば(たとえばその辺歩いているゾンビさんからちょっとお貸しいただければ)、チクタクを利用して全世界の皆様にお披露目することは簡単にできるってことになる。事後報告でお兄ちゃんやっちゃった♪とか言われた日には、恭治くんは血の涙を流すことになるだろう。ボクもガーンだよ。

 

 だからこそである。

 

 ボクは恭治くんを説得する必要がある。ヒロちゃんおねがーいってかわいらしく恵美ちゃんにおねだりされたからでは決してない。指先どうしをちょこんと接触させて上目づかいで小首傾かせてお願いされたからでは決してない。

 

「あと一か月くらいで、このアパートも町役場のセーフティゾーンとつなげる予定だし、とりあえずみんなも町役場と合流する予定でしょ?」

 

 いまはみんなをちょっとずつ顔見せくらいはしているけど、特にヒイロゾンビだなんだという説明はしていない。まあみんな内心ではヒイロゾンビなんだろうなって思われてると思うけど、聞かれてないから答えてないんだ。

 

 ただいずれにしろ。いつかは合流する。社会のなかで生きていくということであれば、配信だってしてもいいし、むしろ人とのつながりを求めて配信するのは悪いことじゃないと思う。

 

 まあボクとしてはこれまで配信してきたなかで、だいぶん絆ストックできた感じあるし……、恵美ちゃんの自主性を尊重したい。それが理由の最たるもの。恵美ちゃんが(略)。

 

「でもなぁ……。あえて目立つ必要ないだろ」

 

「もちろん、恭治くんの言うことは正しいよ。だから、もう少ししたらってことで時期を決めてから許可すればいいんじゃないかな」

 

 よくある常套句。

 

 いまはまだ早いって言い方だ。

 

 これならなんとか恵美ちゃんも我慢できるんじゃないかな。

 

「具体的にはいつからだ?」

 

「ピンクちゃんが公海上で各国のお偉いさんにヒイロウイルスを渡すらしいし、そのときでいいんじゃない?」

 

「それは余計目立つだろ。もう少し後でいい。だいたい小学生で配信とか早すぎるだろ」

 

 ボクの姿をじっと見てる恭治くん。

 まあ恭治くんには見た目詐欺だってことはだいぶん前に伝えてるからね。男だったってことは言ってないけど。

 恭治くんとしてみれば、小学生並みな容姿をしているボクがいるから恵美ちゃんも興味をもったって思ってるんだろう。だから、まあ半分はボクのせいって考えてるのかもしれない。

 

「最近では小学生で配信している人もたいして珍しくないよ」

 

 それで大人顔負けの収益をあげてる子だっているしね。

 

「恵美には早い」

 

「お兄ちゃんが厳しくしすぎると恵美ちゃん反抗期になっちゃうよ」

 

「恵美は反抗期にはならねーよ」

 

「お兄ちゃんのほうがむしろ反抗期でしたか」

 

「ちげーよ。そもそもなぁ……、人間と仲良くっていう方針はわからんでもないけど、オレはまだ懐疑的だぞ。ホームセンターでの出来事だってゲーセンでのアレも忘れたわけじゃないだろ?」

 

「まーね」

 

 最近はぽんこつムーブ著しいボクですが、人間の我意というのはずっと感じてる。

 その我意の衝突の結果、殺し合いが発生するということも実際に体験したわけだし。

 ゾンビワールドになってしまったほうが、そういう凄惨さとは無縁のクリーンな世界になるのもわかるんだ。

 だって、ある意味ゾンビのほうが慈悲があるからね。

 

「でも、ボクはたいして上等でもない人間っていうのが可愛く感じたりもするけど」

 

「貴族的思考か?」

 

「そうじゃなくて、人間には限りがあるからね」

 

 限りがあるし、死ぬし――だから生きたいと考える。

 その我意はキタナイからキレイだ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 工事完了です。

 

 いや、まあたいしたことないんだけど、今日のおしごとということで、予定していた区画の整理が完了しました。

 

 念動力使って青い車で適当にバリケード的な蓋をしたのです。

 

 予定としては、このまま佐賀市のほうにどんどん広げていって、物資調達ができやすい状況にするというか。海までセーフティゾーンをつなげて外国との門戸開放を目指すというのが一手。

 

 それまでの間に北東方面にもエリアを広げて、吉野ケ里のほうにある超ビッグな太陽光発電所を解放するなんてことも考えられている。そこの年間発電量は世帯にして5000世帯分くらいはあるらしいしね。停電する前までは、自衛隊が守っていたんだろうけど、一斉に退いたことによって逆に管理する人たちがいなくなり、ゾンビだらけになっちゃったというのが現状だろう。ここを開放できれば、どんどん膨れ上がっている人口もなんとかなりそう。あとは食料とか……。文化とか……学校とか。

 

 いろいろ考えることはあるけど、ボクはどっちかいうと道をつないだり人をつないだりするのが役目なのかななんて思ってたりもする。

 

 無人の街並みにいつか人がたくさん行きかうようになればいいなと思ってる。

 

 と、頭の上に暖かい感触。

 

「今日もよくがんばってくれたな」

 

 ゲンさんだった。最近また前みたいによく頭をなでてくれるようになりました。

 

 うれしいです。

 

「うん」

 

 あいもかわらず探索班がセーフティなエリアを広げてるわけだけど、街のみんなはそれぞれ抽選であたった住宅からあまり出ようとはしない。一応セーフティになった建物内とかくまなく探したり、バリケードが壊れてないかを確認するような別動隊はできたらしいけど、ヒイロゾンビの数が少ないから、エリア開放をするのはやっぱりボクといっしょにいた時間が長い探索班のみんなになっているということなんだろう。

 

 ただそれだけではないとも思う。

 それはある種の保守的な態度というか……、要は何もしなくても現状なんとかなってきてしまったから、引き続きそうしたほうがいいって思ってしまってるんじゃないかな。

 

 町のみんなにとっては探索班が自発的に行動している以上、そこにあえて加わって自分が危険を犯す必要はないというかそんな感じなんだろうと思う。

 

 食料はいまだに配給制だし、仕事をしなくても生きていけるわけだし。

 

 つまり、何もしないというのが一番インセンティブがあるというか。

 

 賢いやり方になってるっていうか。

 

 葛井町長は、そのうち仕事をさせるっていってたけど、奴隷制でもないんならやっぱり貨幣経済として仕事をまわしたほうがいいのかなぁ。ヒイロゾンビを増やしまくってさっさと既存の国家体制を復活させたほうが話は早いんだろうけどね。たぶんアメリカとかはそうするんじゃないだろうか。わからない。その国の考え方次第なんで、ボクはその点については関与しない。

 

 ヒイロゾンビが結果的に増えるのならそれも別にいいけど、それは人の自由な意志によるべきものだと思う。

 

 現時点におけるヒイロウイルスの財としての希少性はいらない。

 ボクとしてはヒイロウイルスを分け与えてその価値が薄まってもいいと思う。

 ただ、ここでやっぱり我意というのが問題になってくる。

 

 ヒイロウイルスは――神様としてふるまいたい人にとっては希少なまま押さえておきたいと考えるかもしれないってことだ。

 

 実をいうと、某所からボクを『アメノウズメノミコト』として認定するから、血を分けてほしいみたいな連絡がきたことがあった。

 

 ちなみにアメノウズメノミコトというのは最古の芸能の神さまです。この国の主神様って実をいうと超絶引きこもっていた時期がありまして、主神が引きこもってたら他の神様たちも困るんで、アメノウズメノミコトが引きこもってる主神様を踊りで誘いだして、無理やり外に連れ出したというエピソードがあります。

 

 引きこもりを無理やり外に出すのはマジで危険なんでやめましょうとしか言えないんだけど、ともかくボクがそういうふうに認定されたのは、たぶん、主神との関係上、ボクの立ち位置をそれなりのところに収めつつ、それなりの地位を与えておくことでコントロールしたかったのかもしれない。

 

 配信も芸能の一種だろうから、芸能の神様認定されたのはちょっとはうれしかったけどさ。

 ボクが目指してるのって、天使でもなければ神様でもなくて、単なる配信者なんだから、丁重にお断りしました。

 

 それはそれとして自分だけが特別の力を使える……って魅力的なことだと思う。

 

 たとえば、なんらかの権力のある立場にいる人にとって、その正当性を担保するためにチートを持っておくというのは、ものすごい安心感があるんだろうな。だって、独裁者だって銃の一撃で死ぬというのだったら、一発逆転みたいなことがありえるわけで。

 

 自分が特別な存在で、価値があり、誰かにかしずかれる存在で永遠にいたいって気持ちはわからないでもない。

 

 ヒイロウイルスが拡散していけばいずれは特別ではなくなるかもしれないけど、先行逃げ切りでとりあえず今ならまだその希少性から神様みたいに扱われるという可能性はなくはないだろう。

 

 だから、辺田さんからヒイロゾンビになりたいって言われたとき、最初は驚いたけど、むしろそういう考えのほうがオーソドックスなのかなって思った。

 

 国という正当性の塊にヒイロウイルスを渡すのは、これはヒイロゾンビの"責任"を国に受け持ってもらうために絶対的に必要なことだ。

 

 だけど、個人の想いに応えるべきかどうかというのはまた別問題として残されているような気がする。

 

 悩む……。

 

「先輩。悩みすぎて疲れたら、わたしといっしょにお部屋の中でイチャイチャするだけの生活をしましょう」

 

 命ちゃんってほんとブレないよね。

 

 まあ、命ちゃんにはボクからの返事を待ってもらってる状況なので、悪いと思ってるけどさ。

 

 たったひとりの女の子と付き合うことすら優柔不断なボクなんです。

 

 国の行く末とか、倫理とか、道徳とか、人とは何かとか、ゾンビとは何かとか……。

 

 世界には難しい問題が多く、時間はいくらあっても足りない。

 

「まあ、世界が全滅してもそれはそのときです。先輩が超強い生命体になれば、少なくとも先輩だけは生き残りますから。人間もゾンビも滅んでも先輩だけは大丈夫です」

 

「ひとりはいやなんだけど」

 

「だったらわたしを選んでくれますか?」

 

「もう少し待って」

 

「はい。わかりました」

 

 命ちゃんの覚悟に比して、ボクってよわっちぃなと思う。

 

 その覚悟を問われることになるのは、町役場に帰ってからのことだった。




いつもよりちょっと少なめです。
明日もアップできるといいな。

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