あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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朝焼けの新世界編
ハザードレベル104


 町役場とアパートを往復する生活にも慣れちゃった。

 

 とりあえずのところの恐怖は去ったので、ボクはボクのために用意された町役場の一部屋で、のんべんだらりと過ごしていた。隣には珍しく命ちゃんもいない。

 

 今日はひとりで集中したかったからね。

 

 無為に過ごす時間ほど贅沢な時間はないと思う。

 

 一人で過ごす時間ほど自由な時間はないと思う。

 

 具体的には、お気に入りのサメ映画をフルスロットルで見続ける。四台くらいのノートパソコンを同時に開いて、サメ映画を四つ同時に視聴する。完璧すぎる布陣。

 

 大丈夫だ。ストーリー展開は全部覚えてる。

 

 最近、ボクが思うのは、ボクってマルチタスクが苦手だよなってこと。単線のひとつのことに集中するのはそれなりに上手くこなせるんだけど、わりと不意打ちを喰らってるような気がする。

 

 なんというか、飽和攻撃とか受けたらパニックになったりしてヤバいかもと思ったんだ。

 

 つまり、訓練。

 これは訓練だ。

 

 ふへへ。右を見ても左を見てもサメだらけ。たまらんぜ。えとらんぜ。

 

 サメることなき夢の世界。

 

 頭、サメ、いっぱい。

 

 サメトランス状態になりながらも、しかしボクが不満なのは、どう考えても世の中、ジョーズとディープブルーくらいしか認められてないってことだ。

 

 悲しいけど、これが多数派の意見ってやつだ。

 

 できればマイナーランキングにも目を向けてほしい。

 

 いや、しかし……もしかするとだけど、シャークネードはギリギリ、メジャーなのではないか。

 

 学術的な思考でうんうん唸りながら、サメ映画の真髄について考えるボク。

 

 お行儀悪く、足を長テーブルの上に乗せて、椅子を揺らしながら思考する。

 

 そんなときだった。

 

 突然のラインメッセージがボクのスマホに届いた。

 ライン通話したいらしい。

 

 開く。

 

 と、同時にアップ顔。

 

 涼やかさをまとう蒼い瞳と、生成り色というかなんというか、わかりやすく言えば金髪だ。

 

「わたしーのことー! 忘れてないデス~~~~か~~~~~!」

 

「忘れてないよ!」

 

 ボクは少したじたじとなってしまった。

 その理由はダバダバと涙を流す乙葉ちゃん。

 画面の向こう側にいる彼女のことを忘れていたわけじゃない。

 

――嬉野乙葉ちゃん。

 

 国民的アイドルグループのひとり。

 ボクとコラボ配信してくれた14歳の女の子。

 ハーフらしくてお肌の色素が薄くて淡い妖精のような印象の女の子だ。

 

 背はボクよりかなり高いけどね。

 

 ともかくかわいいそんな乙葉ちゃんだけど、コラボ配信のあと、なにがなんでもついてくるって感じだった乙葉ちゃんに対して、ボクは「うーんあとで」的な返事を返してしまった。

 

 その理由はヒイロウイルスの感染があっさり広がっていくことへの恐怖があった。

 いまでもその恐怖はあるけれど、ピンクちゃんが肩代わりをしてくれて、少しほっとしている。

 ボクにはご町内の平和を守る程度がお似合いだし。

 

 ボクも人と関わることについて、少し学んで、ちゃんと乙葉ちゃんとは連絡がとれるようにはしていたし、いろいろとほんのちょっとだけメッセージのやりとりはしてたんだ。でも、ご町内のいざこざとかいろいろあったから、無限に話をしたがってたふうの乙葉ちゃんに対して、ボクのほうは一言二言ですぐに連絡をうちきってしまってた。

 

 ごめんちょっと忙しいからあとで的な感じで。

 

 つまり、客観的に見ておざなりな態度。

 美少女アイドルに対して、あんまりと言えばあんまりな態度かもしれない。

 

「あの。スレッドとかいろいろあったんだよ。いろいろ」

 

「いろいろってなんデスか? いろいろって!」

 

 金色の髪の毛とサファイアのような青の瞳。

 青って神秘的だよね。ちょっと睨んでくると目力が強くて怖いけど。

 まるでそう、怒ったときの命ちゃんみたいな感じだ。

 

「えと……、スレッドとか見てない?」

 

 匿名掲示板には、けっこういろんなことが載っている。

 ボクの好きなものから嫌いなもの、身長、体重、靴の大きさ、わりとこころの中以外は全部載ってる感じがして、集団ストーカーされてる気分になって、ちょっぴりどん引きしたのは事実だ。

 

 まあ、それもこれもゾンビを操れるという特技のせいだろうけどね。

 ゾンビを操れるというのは、ゾンビが溢れた世界では言うまでもないけど、ものすごいインセンティブなんだろうと思う。例えばの話、それは砂漠の国で無尽蔵に水を出せるとか、そういうのと同じだ。

 

 誰もかれも欲しがる特殊な技能。

 

 だからこそ、ボクの一挙手一投足が気になるんだろう。

 

 スレッドには、町役場で起こった顛末もほどよく脚色されて、ほどよく物語風に、まとめられていた。

 

 当然、ゾンビテロのことも、ゾンビテロリストが逃亡したことも、その際にヒイロゾンビがまたひとり生まれたことも、みんな知っていることだ。

 

 乙葉ちゃんも知っているはずだ。

 

「見てますヨ~」

 

 口をとがらせる乙葉ちゃん。

 やっぱりアイドルだけあって、怒ってる顔も激カワ。

 でも、怒ってる顔もかわいいよなんて言い訳はしない。

 それは悪手だからね。

 

「乙葉ちゃんを呼んだら危険かなって思ったんだ」

 

「わたしのことおもってくれたデスか?」

 

「うん。もちろん」

 

「ひとときも忘れたことなかったデスか?」

 

「う、うん」

 

 ひとときもといわれると、どうなのかなって思ったりもするけれど。

 

 期待のまなざしでいわれると、ボクも否定はしません。

 

「じゃあ、ヒロちゃんに会いにいってもいいですか?」

 

「いいよ。でも会いに来る手段ってあるの? あの軍用ヘリ?」

 

「それなんですが……」乙葉ちゃんが暗い顔になる。「軍用ヘリだと問題があるデス」

 

「どんな?」

 

「あのヘリだとせいぜい6名くらいが限界デース」

 

 うん。そうだろうね。

 

 もともとは輸送ヘリというよりは武装ヘリに近い種別で、兵士をあまり積載するって感じじゃなかった。それでも民間のヘリなんかよりはずっと大きいみたいだけどね。ピンクちゃんのところのは規格外だったけど。

 

「乙葉ちゃん以外に誰か来たい人いるの?」

 

「そんなのあたりまえデス!」

 

 画面にめいっぱい顔を近づけて、迫る乙葉ちゃん。

 鼻息荒いけど、それでも美少女なのはさすがアイドル。

 

「実をいうと、わたしのおとうさんも行きたいと言ってるデース」

 

「ふうん」

 

「それに、わたしのコミュニティの人たちは全員行きたがってるデスよ」

 

「何人くらい?」

 

「30名くらいデース」

 

 ふむふむ。

 

 あれから少しずつ少しずつエリアを解放していって、いまではなんとかご町内を飛び越え、佐賀市と吉野ケ里の一部に手を伸ばしているところだ。

 

 吉野ケ里に手を伸ばしているのは、大規模太陽光発電所を解放するため。

 

 電気が解放されれば、おのずと水関係も満足されるからね。

 日本はもともと水資源が豊かな国だし。

 安全なエリアに住んでる人も300人くらいは超えたんじゃないかな。

 

 みんなよく餓死とかしないで数か月も暮らしていけたねって思うけど、わりとリアルに「カラス食ってた」とか言われたから、へえカラスって食べられるんだと思ったよ。わりとあっさりした味でそれなりに食いでがあるのがよいらしい。

 

 考えちゃいけないことだと思うけど、道端に放置されている死体をつっついたりしてないかなと思ったりもしました。死体からはある程度時間が経つとゾンビウイルスも散逸するから問題ないとはいえ、気分的には人肉を間接もぐもぐしているのといっしょだしな。でも、食物連鎖だよ。みんなどこかでつながってるからオッケーまるだよ。

 

 ちなみに雀は食べたらおなかをこわすらしい。かわいいものには毒があるのかもしれない。

 

 そんなこんなでボクの町も急速拡大中。インフラも整備中。配信で街づくりゲームしてた甲斐があったなぁ。

 

 みんなも少しずつニートから復帰して、おいしいものをまた食べられるようになるために、農業を始めたりもしているみたい。いまはまだ原始的な政治形態というか、ほとんどすべてがボランティアあるいは公共事業ということになるんだろうけど。

 

 やっぱり、探索班のみんなの物資集めというのはいまだに必要だけどね。

 ちなみに、みんなに供与するお家については抽選で決めてるみたいだけど、これって探索班がいちおうはお金の類は全部回収してます。ある程度、このゾンビハザードが収まってきたら、今度は資本主義が復活すると考えられるから、そういったときに不平等が生じないようにするためだ。おかげで、町役場の一室は札束と貴金属で埋められつつある。そのうち銀行とかに物理的に移動させないといけないかな。

 

「どうしたデスか?」

 

 おっと、思考が脇にそれちゃった。マルチタスクはやっぱり苦手です。

 

 とりあえず今のところ言えることは三十名くらいなら余裕ってこと。

 

「三十名くらいならべつに大丈夫だよ。ヘリ使って5回くらい往復すればどう?」

 

「ヒロちゃんのいるところに住んでもいいデスか?」

 

「町長に聞いてみないといけないけど、問題ないと思うよ」

 

 仕事はしろって言われるかもしれないけどね。

 

 電気が来て、ヒイロゾンビの問題に片がついて、資本主義なる得体のしれないものが復活して、コンビニでおべんと買えるようになれば完璧だ。

 

 ボクはまた時々配信するだけの引きこもりに戻るのもいいかもしれない。

 

 夢が膨らむなぁ。

 

「ヒロちゃんが何か変なこと考えてるデース」

 

「えー」

 

 変じゃないよね?

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 それから町長に話をして許可をもらって乙葉ちゃんが来る日になった。

 

 そわそわ。そわそわ。

 

「先輩がうれしさを隠しきれてない感じがします」

 

 命ちゃんがジト目でこっちを観察するように見てる。

 

 そんなに変かな。

 

 自分のことを気にかけてくれる存在がいるってことは、べつに変でもなんでもないし、むしろ人間として普通だと思うんだけど。

 

「アイドルにほだされてるようにしか見えない」

 

「そんなことないよ。ボクはただ……」

 

「ただ?」

 

「同じ佐賀県民として応援してるだけだし」

 

「もはや、県とか国とか言ってる場合じゃないと思うんですが」

 

 う。ごもっとも。

 

 公海上でのピンクさん主導のヒイロウイルス引渡しに向けて、いろんな調整がおこなわれている今、ゾンビという災害を基軸にして、世界がひとつにまとまりつつあるような気がする。

 

 もちろん、それは国とか県とか人の差異を否定するものじゃないし、いろんな国家間の利害調整をまったく無視するようなものじゃないと思う。

 

 たとえば、アメリカは世界一の国でありつづけたいし、それはゾンビが溢れた世界であっても同じままだ。

 

 匿名掲示板とかウェブ上の情報を見る限りでは、アメリカはわりとやんちゃしたらしい。

 

 つまりは、全力でゾンビを排撃したってことだけど、うちのゾンビは古式ゆかしい走らないタイプのゾンビだからね。まあ、早歩きレベルの早さはあるし、力も強いけど、軍隊が倒せないってレベルじゃない。

 

 マッチョイズムが大好きなアメリカさんは、大都会で戦争さながらに大乱闘を繰り広げたらしい。スマブラみたく。

 

 で、いちおうの安全は確保したっぽいけど、今度はボクというイレギュラーが現れてしまった。人権派な人たちは当然いろいろと主張するよね?

 

 もちろん、ゾンビも完全にいなくなったわけじゃないし、アメリカは国土も広い。

 日本みたいに単一民族というわけでもないし。

 ゾンビに人権を認めろとか、そういうことを主張する人たちも現れたり。

 ボクが天使で、天使の亜種なのがゾンビだから傷つけたらいけないとか。

 

 ともかく、ボクが考えたところでどうしようもないような大混乱があったみたい。

 

 その混乱がようやく収まりつつあるのは、ピンクちゃんのおかげだったりする。

 

 ピンクちゃんが属しているのは国籍上はアメリカだしね。アメリカが主導であるなら否はないということだ。ピンクちゃんの人気って、たぶんアメリカの支持なんだろうな。

 

 命ちゃんの人気度がピンクちゃんを越えることはあるんだろうか。

 お兄ちゃんは少しだけ心配です。

 

「哀れむような目で見ないでください」

 

「う……。あの、命ちゃんの力は最近どうかなーって」

 

 ヒイロ力が増してたりするんだろうか。

 登録数だけ見れば、命ちゃんはピンクちゃんを凌駕してたりするんだけどな。

 ボクにひきずられる形での表面上の数値ではヒイロ力は上がらないらしい。

 

「すこしはあがってきてます。最近流行りのRTA動画を生配信したらそれなりに人気がでてますよ」

 

「見たよ。すごいよね。機械みたいに正確な操作。突破率を事前に何パーセントとかいいながら、淡々とリセットするところとか。次々と世界一位になってるみたいじゃない」

 

「先輩がRTA風動画をあげたときみたいに人気がでないみたいです。どうやら、みんなポンコツかわいいほうがお好みのようで……」

 

「いや、命ちゃんはクールかわいいよ。クールかわいい!」

 

 どんどん落ちこみ、闇をまとう命ちゃんを、ボクは必死に励ました。

 命ちゃんは実際すごくかわいい子なんだけどな。ちょっと、闇深なだけで。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 空からパラパラと爆音が響いてくる。

 ピンクちゃんの無音ステルスヘリと違い、こちらは通常の軍用ヘリだ。

 音を掻き消すようなそんな機能はついていない。

 時間どおりの到着。

 乙葉ちゃんがいる福岡から、ここまでは片道三十分程度のフライトみたい。

 つまり往復一時間程度。6名乗りで30名ってことだから。5時間かかるってことか。

 

 例によって町役場の前にある駐車スペースをヘリが着陸できるように整備してもらって、ボクは空を見上げて待った。

 

 ピンクちゃんみたいに飛び降りてこないよね?

 

 さすがに、14歳のたぶん頭脳的には普通の範疇の乙葉ちゃんはそういう突飛なことをするでもなく、ヘリはゆっくりと降り立った。

 

 町のみんなもアイドルの乙葉ちゃんに対しては歓迎ムードだ。いろんな事件があったから外部の誰かが来るのは神経とがらせないといけない部分もあったんだけど、ひとまず安心。

 

 ひゅんひゅんという残響とともに、羽の回転が止まり、扉がゆっくりと開く。

 

 乙葉ちゃんはまるでお姫様みたいに静々と降りた。

 

 いつものチェック柄のスカート。アイドルの衣装だ。

 

 うん。いつもながら完璧なかわいさ。さすが国民的アイドルグループ。

 

 乙葉ちゃんはボクの顔を見たとたんに、ただでさえカワいい表情をさらに当社比128パーセントまでひきあげて、駆け寄ってきた。

 

 ボクにあえてうれしいのかなって思ったら、ボクも自然とうれしくなる。

 

「ヒロちゃん! あいたかったデース!」

 

 お姫様風スイングバイ。

 バイしちゃったらダメだけど。

 映画とかでよく見る、抱きつき空中回転だ。

 もちろん、ボクが普通の小学生ならそのまま吹っ飛ばされてたりするかもしれないけど、人外パワーに溢れてるいまなら、余裕ですよ。乙葉ちゃんの負担にならないようにくるくると回転する。

 

 それにしても、乙葉ちゃんの柔らかな身体がすごく密着……密着。

 14歳だけど、幼げな中にも育つところは育ってるというか。

 わざとなのか天然なのか、ひときわ柔らかいところが顔に押し当てられてるというか。

 

 ぎゅうぎゅう抱きしめられている。

 

 身体がちょっと熱いです。

 

 見ると、乙葉ちゃんはうるうるとした瞳で、ボクを見つめていた。

 

 蒼い双眸がほのかに水気を帯びると、まるで聖なる泉みたいで神秘的。

 

「ヒロちゃん……」

 

「うん……ん?」

 

 むちゅ。

 

 そう、むちゅとしか言いようが無かった。

 

 ボクにとって不意打ちは弱点であり、かわいい女の子も、それもとびっきりかわいいアイドルの乙葉ちゃんも弱点で。弱点が弱点とあわさり最強で、ボクは木っ端のクソ雑魚でしかなかった。要するに、まったくもって抗うことも逆らうことも反撃すらもできずに、唇と唇がドッキングしていた。

 

「おいおい百合かよ」「羨ましい」「どっちが」「ずきゅうううん」「さすがにここではズボンは下ろせない」「こころちゃん。ほら、女の子どうしでキスくらいフツーだよ」「迫ってくんな。怒るよ」「百合だー」「ありだー」「見ちゃいけないものを見ちゃった気がする」「フレンチキスのことを軽いキスと勘違いしてる人を散見するが、実際にはあのようにディープなキスのことをフレンチキスという」

 

 外野の声もどこか遠くで。

 舌が。

 舌がからんで。

 ふわってする。

 頭が痺れる感じ。

 とってもきもちー感じ。

 ふわわふわわ。

 

 と。

 

 チラっと視界に入る命ちゃんがすっごいクールな顔になってた。

 ボクの肝臓あたりも、すっごいクールになってた。やべっ。悲しみの向こう側に行ってしまいそう。

 

「あ、あの、むりやりはよくないと思うな」

 

 乙葉ちゃんの肩に手をあてて、ボクは渋面を作る。もちろん怒った感じも忘れない。

 命ちゃんの顔が怖いからではなく、あまりにもフランクすぎる態度だからだ。

 ボクも乙葉ちゃんも女の子どうしだけど、女の子どうしだからって同意もなくキスをしちゃいけないと思う。決して流されてたわけじゃありませんよ。そうなってもいいかなって思ったから抵抗しなかったわけじゃありませんよ。命ちゃん怖い。

 

「先輩。このアイドル。わざと感染しましたよ」

 

「あ……そうなの?」

 

 命ちゃんの言うとおり、乙葉ちゃんはキスで感染していた。

 いまでは立派なヒイロゾンビ。

 

「わざとじゃないデース。感極まって大好きなヒロちゃんにキスしてしまっただけデース。欧米では当たり前の挨拶デース。ヒイロゾンビになったとしても問題ありまセーン」

 

「うーん。ほら、乙葉ちゃんもそういってるし」

 

「この女。やっぱり最悪ですね。どうせ自分の使命とやらを果たすために自分から当たりに行ったんですよ。ドブネズミのほうがまだキレイです」

 

「ドブネズミ……」

 

 あ、今度は乙葉ちゃんがマジ泣きしそう。

 

「命ちゃん。そんなふうに人のことを悪く言っちゃダメだよ。世の中ラブ&ピース。さっきのは欧米の当たり前の挨拶だったんだよね?」

 

「そうデース」

 

「先輩アホですか。どこの世界にディープなキスをかます挨拶があるんです?」

 

「わかんないけど、文化っていろいろあるしね。そういう文化もどこかにはあるんじゃない?」

 

「先輩はそういう文化ですって言われたら、ほいほいキスされちゃう女の子なんですね?」

 

「まあその……乙葉ちゃんのことは信頼してるし……」

 

「その女だからキスしてもいいと、そうおっしゃりたいんですか?」

 

「ち、違います。そういうわけではなくてですね」

 

 外野のざわめきが遠くに聞こえる。

 

「百合三角形」「ヒロちゃんってなんか男的ポジ?」「いつもはヒロインポジだけどな」「ヒロちゃんリバーシブル」「乙葉ちゃんの人気すげえからすぐに後輩ちゃんをぶっちぎりそう」「人気の違いが恋愛力の決定的差ではない」「尊い……」

 

 命ちゃんと視線を交わす。

 真っ黒いタールのような闇を抱えた瞳だ。

 このままじゃ闇堕ち命ちゃんになっちゃう。

 

 くっ。やむをえない。

 ここは――。

 

 ふわりと浮き上がり。

 ボクは命ちゃんのほっぺたに唇を落とした。

 

「はい。平等」

 

「唇じゃないですけど」

 

 少し不満げだけど、だいぶん緩和されたみたい。

 ほっぺのところに手を当てて、少し照れてる模様。

 よし。

 

「日本人ならこれくらいが挨拶の限度でしょ。乙葉ちゃんが欧米式の挨拶をしたっていうなら、ボクはボクの知ってる文化の限度で挨拶をしたんだよ。ほんとは握手のほうがよかった?」

 

「いえ。でもできれば……」

 

「あとでね。あとで。とりあえず今はせっかく来てくれたんだから歓迎しよう。ね?」

 

「わかりました。先輩は約束は守る人ですから信じます」

 

 問題の先送りは凡人にゆるされた唯一の方策だ。

 

 ボクは乙葉ちゃんに向き直り、ほほえみを浮かべる。

 

「ようこそ乙葉ちゃん。待っていたよ」

 

 でも、ボクはこのときまだ知らなかった。

 あとから到着する彼らが――乙葉ちゃんのお父さんが特大級の爆弾を抱えてくることを。




遅くなりました。プロットをいろいろこねくり回してたらこんな時間に。
とりあえず最後までのプロットはできたんで、いまからは早めに書いていきます。
最低でも一週間に一度くらいのペースは保持したいです。
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