あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル106

 乙葉ちゃんが町役場にやってきた記念配信。

 それは料理配信でした。

 

 なぁにたいしたことはない。

 なにも考えることはない。

 ただ、パンケーキの元を、パンケーキを焼く機械でジュウジュウするだけの簡単なお仕事。

 

 それこそ小学生でもできる単純作業。

 

 ボクは乙葉ちゃんに手料理をご馳走しようとしてたんだ。

 配信で、料理つよつよガールであるところを見せたかったというのもある。

 

 そんなわけで――。

 

 料理風景はまるまるカット。

 くぅ。疲れました。

 

 多くのことがあった。

 数え切れないほどの悲しみ。喪失。そして痛み……。

 

 いや多くは語るまい。

 語りえぬものは厳然と存在するのだ。

 

 ボクの目の前にあるパンケーキになるはずだった希望の種も。

 誰も語りえない。

 語りえぬものには沈黙せざるをえない。

 

 だから、深海のような重たい沈黙が場に満ちている。

 

「ていうか炭ですよね」

 

 み、命ちゃん。そのツッコミは厳しすぎるよ!

 

「料理レベルゼロガール……」

 

 乙葉ちゃんが何かすごく絶望的なことを言っている!

 

「なんで止めてくれなかったの!?」

 

 ボクはふたりに抗議した。

 そう、目の前で料理してるんだったら止めることぐらいできたよね。

 

「先輩が楽しそうに料理してるし」と命ちゃん。

 

「自信満々だったし」と乙葉ちゃん。

 

「そもそも料理?」

 

「なんか遊びのようでもアリマシタ」

 

「先輩が男の子みたいな遊びするから」

 

「一瞬でしたし、止める暇もアリマセンでした」

 

 それでも、炭になる前に声をかけるぐらいはできたよね。

 

『やはり料理よわよわガール』『メシマズ少女』『これはひどい』『ゾンビーフとかよりはマシなんでは?』『料理がよわよわでもかわいければいいのよ』『いやしかし、なぜあそこでライトセイバーごっこを始めるのか』

 

 コメント欄でも言われたけれど、ライトセイバーごっこがよくなかったのかもしれない。

 

――ライトセイバー。

 

 いわずと知れたスターウォーズの主力武器。

 

 光る剣のことだ。

 

 男というものはそれこそ五歳のときから、野原をかけるときにとりあえず棒状のものを拾うことにロマンを感じる生き物だ。ジェンダーフリー。そんなの関係ねぇ!

 

 あんまり暴力とかは苦手なボクにしろ、雄大とチャンバラごっことかはよくやったしね。ソシャゲばっかりやってる陰キャってわけでもないのですよ。

 

 いまは女の子でしょってツッコミはなしの方向で。

 

 それで、あの武器って高熱で焼ききったりすることもできるんだよね。

 

 そう熱があるんだ。

 

 ふと握り締めたお好み焼きとかをひっくり返すやつを視界に入れたとき、ただ料理するだけだと、地味かなって思ってしまいました。

 

 なんか、こう配信のときって華が必要じゃない。

 

 映えを求めるのが配信者の宿命みたいなものだし。

 

 ボクの光る緋色の翼も出力を一定方向に収束させれば同じようなことができないかなって考えたんだ。

 

 つまり、ちょっと大きめの返しを持ち「ブーン」と口に出しながら、緋色の光を伸ばしてみた。

 

 できた。

 

 気分はもうジェダイです。

 

 デデデ、デーン、デン、デデデ、デーン、デーンというお決まりのテーマを口ずさみながら、ボクはうれしくなって、ヒイロセイバーをプレートに置いたパンケーキの種に突き入れたのです。

 

 結果はごらんの有様だよ!

 

 パンケーキだったものは完全にまっくろくろすけになり、原型を留めていなかった。

 

 それどころかプレートごと真っ二つに引き裂いている。

 

 テーブルはなんとか大丈夫みたいだ。

 

『そうはならんやろ』『やっぱフォースの暗黒面なのがよくなかったんやな』『緋色だしな……ヒロちゃんだけに』『そもそも料理で遊ぶのはよくないと思います』『炭だけにスミませんってか』『審議』『滅』『ない』『極寒』『絶対に笑ってはいけないでも笑わんわそんなん』

 

「スミマセン……」

 

『泣かないで』『かわいそうかわいい』『乙葉ちゃんや後輩ちゃんがフォローする暇もないとか』『ヒロちゃんには料理を食べる係になってもらったほうがいいんじゃ』『しかし、炭っていうかもう完全に炭化して風に舞いそうなくらいボロボロやな』

 

 黒くなった炭状のものは、ツンとつついたら崩れ落ちた。

 

「以上です」

 

『終わろうとするな』『スタッフがあとでおいしくいただきました』『緋色様がおつくりになったものならたとえ炭でもいただきたい』『小学生の手料理ぞ。炭でも食べるわ』『さすがに料理じゃないのはちょっと……』

 

 まあ、料理はできなかったけど、乙葉ちゃんと久しぶりに配信できてよかったよ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 配信が終わって、いよいよ乙葉ちゃんのお父さんが降りてくる時間になった。

 

 総勢30名という大所帯が、福岡あたりから佐賀まで移動してきたことになる。

 

 その内訳はほとんどが魔瑠魔瑠教とかいう謎の宗教団体らしいけど、乙葉ちゃんの人となりを知っているボクとしては、さほど不安はない。

 

 町のみんなも乙葉ちゃんの笑顔の営業活動のおかげか、ボクと同じような感じみたい。

 

 友好ムードよりかな。

 

 無骨で大きなヘリが空中を舞っている。風が強く巻き起こって、ボクは手で日差し避けをするみたいにした。

 

「どうやら何事もなく到着しそうだね」

 

「そうデスネ。最後に来るのは魔瑠魔瑠教の幹部の皆さんみたいデース」

 

「ふぅん。幹部ってことは司祭とかそういう感じなの?」

 

「住職だったかと思いマスが、まあそんな感じデース」

 

「西洋なのか和風なのかよくわかんないだけど」

 

「わたしもわかりマセンが、考えるだけ無駄デース。きっと、お父さんもあまり考えてないんじゃないかな」

 

「へえ……」

 

 宗教のいかがわしさっていうのは、やっぱり一般人感覚だとあるような気がする。

 

 前に命ちゃんが言ってた『誰かを愛することは誰かを愛さないことだ』というのと同じロジックで、何かを強く信じている人は何かを強く否定するかもしれないからだろう。

 

 信条がぶつかるような――。

 

 侵食されるような――。

 

 自分の考えを否定されるような肌感覚が気持ち悪いと感じるのかもしれない。

 

 でも、乙葉ちゃんの顔を覗き見ると、父親がやってることに思春期らしい嫌悪感は見られない。

 

 むしろうれしそうだ。

 

「ん? どうしたデスか?」

 

「乙葉ちゃんのお父さんってどんな人かなって思って」

 

「んー。普通のお父さんだと思うデスが」

 

「普通?」

 

「普通にわたしのことを愛してくれてマス」

 

 ふむ。とりあえず乙葉ちゃんにとってはいいパパさんのようだ。

 

 町役場の駐車スペースに、ヘリは降り立った。羽の回転が緩やかになり、やがて止まる。横スライドしたドアから、ゆっくりとした歩調で出てきたのは、なんというか普通の日本人男性だった。年はたぶん50代半ばくらいで、乙葉ちゃんの年齢を考えれば少し年がいっているように思う。

 

 髪の毛が相対的に少ない感じというか……なんというか。

 でもそんなことより特徴的なのは着ている服かな。

 日本人の顔なんだけど、神父さんが着ているようなゆったりめのローブのような服装だった。神学校が多い長崎方面では日本人の神父さんが多いから、見慣れていると思うけど、一般的には日本人顔でローブのような服装って珍しい。

 

 彼はきょろきょろと見渡すような仕草をし、それからボクと目があった。

 

 うれしさが爆発するとはこういうことをいうんだろうか。

 

 子どものように一直線にこっちに向かってきて――

 

「ヒロちゃん様ァァァぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 土下座だった。

 

 ジャンピングというか、すべりこみというか。ともかく土下座だった。

 

「お会いしとうございました。あなた様の敬虔な信徒でございます」

 

「は、はぁ……こんにちわ」

 

 とりあえずボクは挨拶した。

 

 そうこうしている間に、ヘリから降り立った男女が同様に地面に這い蹲るようにして土下座していた。

 

 土下座というか平伏なのかな。

 

 正直、ドン引きなんだけど!

 

「あの、立ってください」

 

「崇高なるあなた様の前では立ちあがることなどできません」

 

 えー、ボクがいたら匍匐前進でもするつもりなの?

 

 それに超ローアングルになってて、今日のボクはもふもふジャンパー装備だけど、下は元気にミニスカートなんですけど。見えそうなんですけど。

 

 女児に対して土下座する大人というのも外聞が悪い。

 

「お父さん。いい加減にしないとヒロちゃんが迷惑してマス」

 

「おお、乙葉よ。その様子だと、無事ヒロちゃん様の使徒にしていただいたのだな」

 

 使徒って?

 

 ああ、ヒイロゾンビのことか。

 

 あれは事故というか、乙葉ちゃんが無理やりって感じだったけどね。

 

 あいかわらず、乙葉ちゃんのお父さんは膝をコンクリートの地面につけたまま、立ち上がろうともしない。その格好でジッと固まってるから、町のみんなも少し様子がおかしいことに気づく。

 

 まずいかもしれない。宗教戦争勃発。派閥争い。いろんなマイナスイメージが思い浮かぶ。

 

 マイナー宗教を信じる信じないは勝手だけど、ボクをご神体にするのはやっぱりやめてほしい。

 

 でも、乙葉ちゃんにお父さんだし、あまり強く言うのもよくないかな。

 

「先輩。強く言ってあげたほうがいいですよ。こういう強い存在に依存する人たちには、はっきりと伝えたほうがいいんです。忖度させると逆に意に沿わない方向にいきそうですし」

 

 命ちゃんのアドバイス。

 確かにそうかもしれない。

 

「えーっと。嬉野神父さん?」

 

「あ、いえ、違いマスよ。お父さんの名前は荒神といいマス」

 

「え? そうなの」

 

 乙葉ちゃんからの訂正に、ボクは面食らう。

 乙葉ちゃんって嬉野乙葉って名前だから、ボクはてっきり嬉野神父さんなんだと思ったんだけど、違ったのか。もしかして、乙葉ちゃんの名前って芸名なのかな。

 でも、さっき乙葉って言ってたよね。

 わからぬ……。

 

 まあ、ともかく気を取り直して。

 

「えっと、荒神神父さん」

 

「はい」

 

「立ってください」

 

「はい」

 

 うーん。敬虔な信徒って感じかな。

 そろりと立ち上がる荒神神父。視線はボクをガン見している。

 

「ヒロちゃん様」

 

「はいなんでしょう」

 

「ヒロちゃん様を信望している者として、是非にお願いしたいことがございます!」

 

「なんでしょう……」

 

 ものすごく迫ってくるから圧がすごい。ていうか、近い近い。乙葉ちゃん一家は人との距離が近い家風だったりするんだろうか。

 

 さりげに両の手を包み込まれるように握られているし!

 

 飯田さんみたいに変な感じはしないから、小学生女児に性的に興奮するような感じじゃないんだろうけど、これはこれで別種の興奮があるみたいでコワイです。わたし神様に触れちゃってます的な血走った目をしてるし。人違いじゃないでしょうか。

 

 ていうか、真にコワイのはボクの隣にいる命ちゃんの冷気。

 

「わが宗教――魔瑠魔瑠教は世界が変革したときよりヒロちゃん様を信仰してまいりました」

 

 あー。言っちゃったよ、この人。

 町のみんなの前で。誰も聞いたことのないような宗教名を口にしている。

 荒れるかなー。荒神って名前だし。

 

「へーそうなんだ」

 

 と、ボクはなにげないふうを装うことしかできません。

 

「それでなのですが――、魔瑠魔瑠教という名前をぜひとも神聖緋色教へと改名いたしたく」

 

「却下!」

 

 乙葉ちゃんから聞いたとおりになったよ。

 

 ボクの名前の宗教とか絶対勘弁です。そんなのいまの状況で黙認しちゃったら、全世界のヒロ友の一部が追随しそうだし。

 

「なぜでございますか!」

 

「なぜって……そりゃ恥ずかしすぎるでしょ」

 

 そう恥ずかしいのです。

 いや本当は恥ずかしいとかそういうことよりも、いろいろと弊害がありそうじゃない?

 そこんところをわかってほしいのです。ボクは神様じゃないので。

 

「ヒロちゃん。ごめんナサイ。お父さんはこういう感じの人なんデース」

 

 乙葉ちゃんは悄然とした様子だった。

 まあ、父親が宗教家というのはいろんな意味で大変だと思うよ。

 ともかく却下。

 

 ボクをひそかに想ってくれるというのは、まあ悪い気持ちでもないんだけど、なんというか神様の代わりにしちゃうっていうのは荷が重い。だから、名前を使ったりとか、ボクの容認をうまく引き出したりするのは本当に迷惑。

 

「ヒロちゃん様はわが信仰をお疑いなのでしょうか」

 

「べつにそういうわけじゃないけど、ボクは神様じゃないですしおすし……」

 

「いや、ヒロちゃん様こそ神。世界の理を塗り替えるかけがえのないお方なのです」

 

 そういうふうに力説されましても。

 

 町のみんなも困惑しているみたいだし。

 

「美少女が神なのは疑いようのない事実」「つまりヒロちゃんは神?」「神ってる?」「かわいさは神がかってるよな」「ていうかあの神父? 髪薄くね?」「つまり信仰心も薄い」「おいやめろよ。ハゲ」「誰がハゲだよ」「知ってるか。ハゲネタはハゲは笑えないんだぞ」「髪の話をするのはやめろ」

 

 困惑してるんだよね?

 

「ごほん」とりあえず場を整え。「神父さんが信仰しているのを止めはしないけど、ボクはなんの干渉もしないからね。容認もしないから」

 

 ガーンと衝撃を受けたように固まる荒神神父。

 

 この世の終わりを見たような表情だった。

 

 少し悪いことをしているような気分。

 でも、こういうことは、はっきりさせとかないと後々引きづるような気がする。

 

「わかりました……」

 

 苦悶の表情。

 心苦しいけど、退いてくれてほっとする。

 でも、それは一秒後に、ボクの勘違いだったと気づいた。

 

「わが信仰が足りないと仰せなのですね」

 

「いやそういうわけでなく」

 

「ならば――!」荒神神父は後方で平伏状態の幹部の人たちにチラリと振り返り言った。「僭越ながらお見せしましょう! わが溢れる信仰心を!」

 

 話を聞かない人である。

 信仰を見せるとか意味わかんないし。

 だんだん自分の目が据わってきたのがわかる。

 いわゆるジト目状態で、荒神神父を見ることしばし。

 

 花が咲いた。

 

 真っ赤な真っ赤なお花が咲いた。

 

 もちろん、それは比喩的表現で、いくらなんでも自傷するなんて思ってなかったボクは、驚きのままなにもできない。

 

 見れば、信徒の人たちもその何割かは、持っていた小型のナイフなどを使って、自分の首元に刺し入れていた。

 

 動脈を深く傷つけた人は、本当に時代劇みたいにプシュウと飛ぶんだ。

 

 そんなことがわかってしまった。

 

 幾人かはさすがに、恐れからかそこまではできなかったみたいだけど。

 

 町の役場の駐車場が紅く染まっていく。

 

「なにやってんだよ」

 

 本当に理解不能だ。意味がわからない。

 どうしてこんなことするの?

 ボクが回復させられるから?

 それともヒイロゾンビになりたいから?

 

「ああ……甘美」

 

 荒神神父は陶酔しきった表情を浮かべていた。

 信仰心といっていいのかはわからないが、彼が彼の信念に殉じようとしているのはわかる。

 首元から今も大量の血を流し、青白い顔になりながら、やがてバタリとその場にくず折れた。

 

「お父さん! なにしてるの!」

 

 乙葉ちゃんが驚き慌て、倒れふした荒神神父の身体を優しくいたわるように――悼ましい表情で抱いている。

 

「乙葉よ……。よいのだ。自分の信仰を疑われるのは……ごほっ。わたしにとっては耐えがたきこと。それよりはまだ死んでモノいわぬゾンビに成り果てたほうが幾分かマシなことなのだ」

 

 それはボクにはわからない。

 信仰って、ボクのようなちゃらんぽらんな存在には縁遠いものだったから。

 せいぜいが、命ちゃんのことは守るとか、かわいい女の子とは仲良くしたいとか、そういう程度のもの。

 

 神父さんのような強烈な意志は――殺意ぐらいしか経験したことがなかった。

 だからボクには、神父さんの行動が得体の知れないものにしか思えず、正直なところちょっと気持ち悪いと思ってしまった。

 

 だけでなく――生きるという生物の本能に抗う姿に、逆に生命そのものを侮蔑するような感覚がして、怒りのような感情すら覚えていた。

 

 そう、ボクは怒っていた。

 

 だから、回復しない。勝手に死ねばという気分だ。

 

「助けてください」

 

 乙葉ちゃんが懇願しても、ボクは動かない。

 

 だって、乙葉ちゃんもヒイロゾンビだ。ゾンビになっても乙葉ちゃんが血を与えれば回復できる。ボクが回復する必要すらない。もしかしたら、そうなることも織り込み済みなのかもしれない。ボクはかわいい女の子に甘いし、一等かわいいアイドルの乙葉ちゃんに対しては甘いと思われてるんだろう。

 

 そういう思考を辿ると――やっぱり沸々と怒りが湧く。

 

「乙葉ちゃんだって知ってるでしょ。ヒイロゾンビにしてしまえば、ゾンビから復帰できるって。だから、こんなの信仰心を示すことでもなんでもないんだ」

 

 自分でもビックリするほど冷たい声が出ている。

 

「わが信仰をお疑いになられるのであれば、どうか――わたしがゾンビになっても、どうか――そのまま捨て置いてください」

 

 荒神神父は、かすれるような声でそんなことを言う。

 その殊勝な態度が本当のものかは、ボクにはわからない。

 

「乙葉よ……。大変無念ながら……わたしは緋色様のご不興をかったようだ。緋色様がお赦しになるまで、けっしてわたしを蘇らせたりはしないように」

 

「なんでそんなこというの」

 

 泣きはらした乙葉ちゃん。

 でも、ボクには茶番めいたように思えて冷めて見ていた。

 ボクは酷薄なのかな。

 でも、信仰っていうのが本当によくわからないんだ。

 

 ただ――、この人たちって自分のことしか考えてないなって。

 自傷するのも自殺するのも自分が気持ちよくなるためなんだって思えて。

 そう確信すればするほど、勝手に死ぬのはいいけど、迷惑にならないように死んでくださいとしか思えなかった。

 

 もしも、乙葉ちゃんのお父さんでなければ、ボクの目の前ではないところでひっそりとゾンビになっているのだったら、ボクは「ふーん」といって、それで終わりだっただろう。

 

 荒神神父と、幾人かの信徒達はそれで終わり。

 

 数分も経たないうちにゾンビとして動き出した。

 

 腕を突き出し、どこを見てるとも知れない視線で、ゆっくりと起き上がる。

 

 町のみんなはさっきからドン引き状態で、ゾンビになった人たちから距離をとるように離れた。

 もちろん、あまりみんなを怖がらせてもいけないから、ボクはゾンビをコントロールして、ボクの近くから離れないようにしている。

 

 気が重い。

 乙葉ちゃんとは仲良しだと思ってたけど、ボクは彼女にバッテンをつけなくちゃならないから。

 

「さっきも言ったとおり乙葉ちゃんの好きにしていいよ」

 

「ヒロちゃんは怒ってマスカ」

 

「そりゃそうだよ。みんなに迷惑かけて、駐車場を真っ赤に汚して――自分勝手じゃん」

 

「ごめんなさい」

 

「乙葉ちゃんが謝ることでもないよね」

 

「でも」乙葉ちゃんは土下座した。「お父さんを戻してください」

 

「だから、乙葉ちゃんが戻せばいいじゃん」

 

「父はわたしに戻すなと言ってました」

 

「言ってたね」

 

「だから、ヒロちゃんが良いというまで、わたしは戻せません」

 

「じゃあ、ゾンビルームにでも保管しとく? ボクは戻すつもりはないけど」

 

 だいたい、さ。

 死ぬのは怖くないって、他人からしてみればめっちゃコワイよ。サイコパスの所業だよ。自分で自分のいのちを断つのは究極的にはまあその人の自由であり権利であるのかもしれないけれど、そんな人たちと仲良くなりたいかっていうと、ボクはなりたくない。

 

「お願いします。父を救ってください。なんでもします。一生、ヒロちゃんの奴隷でもいいです。わたしが代わりにゾンビになれっていうのならなりますから」

 

 乙葉ちゃんは、すごくお父さん想いの子だっていうのはわかったよ。

 でも、それって娘に期待している父親の構図というのもありそうで、荒神神父の思惑に乗るようで嫌だ。

 

 乙葉ちゃんは好きだけど。

 乙葉ちゃんに対しては叶えられる願いは叶えてあげたいけど。

 ふぅ……。

 

「じゃあ、この場で裸になって配信してよ」

 

 ボクは地面を見ながら言った。

 

「アイドルとして終わって」

 

 ボクは冷たく言った。

 

「だったら考えてあげてもいいよ」

 

 ボクは攻撃的に笑った。

 

 乙葉ちゃんに一瞬でも逡巡があったら――と、考えたけど。

 乙葉ちゃんは文字通りの意味でまったく躊躇なく、自分の服に手をかけた。

 その動きにはよどみが一切ない。

 

 乙葉ちゃんのお父さんへの想いのほうが、乙葉ちゃんのお父さんの信仰心より上回ってるように思うし、ボクの視点からすれば尊いように思える。

 

 ほんのちょっとの尊さが人間の価値を決めてるのかなぁなんて。

 

「もういいよ」

 

 寒い年の暮れ。乙葉ちゃんは純白のブラジャーを皆さまの前にお見せすることになってしまいました。ボクはもこもこジャンパーを脱いで、乙葉ちゃんに着せてあげた。

 

 もこもこジャンパーの下にはなんとキャミソール姿のボクがいるのです。さむっ。

 でも、ヒイロバリアで寒さ無効です。寒くないっ。

 

「ヒロちゃん……」

 

「ごめんね。乙葉ちゃんを試すような真似をして。でも、知っていて。ボクはこの人たちとのつながりなんてまだほとんどないし。乙葉ちゃんがお願いするからやむなく――しょうがなく、助けるんだからね」

 

 そもそも助けるとかそういうのとも違うような気がするけど。

 

 荒神神父をひざまづかせ、ボクは手のひらを切り裂いて血を与える。

 また、ヒイロゾンビが増えちゃうな。

 そんなことを思いつつ、ボクは信徒の人たちにも血を与えてまわった。

 途中で、命ちゃんや乙葉ちゃんも参戦。

 結局三十人中、ゾンビになってしまったのはその半分くらい。そしてその人たちはみんなヒイロゾンビになってしまったのでした。

 

 そして――。

 乙葉ちゃんの父親はまた最初のように平伏している。

 

「ご不快にさせてしまい申し訳ございません」

 

「乙葉ちゃんに感謝したらいいと思うよ」

 

 荒神神父は乙葉ちゃんに向き直り。

 

「すまんな。乙葉。おまえにも迷惑をかけてしまった」

 

「お父さんが生き返ってよかった」

 

 親子愛には、ボク弱いんですよね。早くに両親なくしてるから。

 子が親を慕う気持ちをふみにじりたくなかったというのが大きい。

 けっして乙葉ちゃんの下着姿に興奮したからではないことを知っていただこう!

 

「先輩が、アイドルにほだされてる……」

 

 だから違うって!

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「はぁ、今日はなんか疲れちゃったな」

 

 フカフカのベッドに倒れこみ、ボクは一息ついた。

 

 たくさん血が流れたし。

 たくさんヒイロゾンビが増えちゃったし。

 

 あれだけたくさんのヒイロゾンビが増えてしまったら、それをみんなの前で見せてしまったら、そのあたりの影響もでてくるかもしれないな。

 

「ティーザー効果ですね」

 

 ボクの部屋にいるのは、ゾンビお姉さんことマナさんだ。

 なんかのコンサンルタントみたいな仕事をしていたらしく、よくわからない言葉をいろいろ知ってる。

 

「ティーザー効果って?」

 

「プレゼンみたいなものですよ。プレゼンはご存知ですよね?」

 

「うーん。広告みたいな」

 

「そう。そういう感じです。英語つよつよガールですね」

 

「うん」

 

 ボクは英語よわよわガールではないのだ。

 

「ともかく、みなさんにとってヒイロウイルスが未知の存在ではなくなり、十分に実効的なものとして広まったと思いますよ」

 

「なにが起こるのかな」

 

 ボク、お布団を両の手でつかみながら、マナさんに聞く。

 

「一番考えられるのは、そろそろ自分もヒイロゾンビになりたいという考えの人たちが増えてくるかもしれないってことですね。それとともに、やはり宗教的な影響もあるかもしれません」

 

「なんだか面倒そう」

 

「ふふ。ご主人様がお布団をなんとなくつまんでるのがかわいいです」

 

 ん? ああ、べつになんでもない感じだけど、冬の寒い時期にお日様の光をいっぱい吸ったお布団をつまんで、フニフニするのってなんか気持ちいいんだよね。

 

 なんか疲れちゃったから。エネルギー補充中です。

 

「添い寝していいですか?」

 

「えー」少し考える。「いいよ」

 

 お布団干してくれたのマナさんだしなぁ。

 電気のきてないボクのアパートだと、湯たんぽくらいしか暖房器具がない。

 それと――人肌。

 

「今年一番のラッキーお姉さんに選ばれました♪」

 

 すごくうれしそう。なんだか、マナさんのそういう純粋なところは好きだな。

 

 それにあったかいし。

 

「ふぅ。おやすみなさい」

 

「はい。おやすみなさい。がんばりましたね」

 

 よしよしされながら、ボクの意識は暗闇に溶けていった。




あけましておめでとうございます!
遅くなりました。寝正月ってやつです。
これからはもう少し早く……。
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