次の日。町長室。
ボクは昨日の事件について、正式に報告していた。
もちろん昨日のうちに、簡易的な報告はしたけどさ。それだけじゃ足りなかった。事件の張本人に話を聞く必要があったんだ。いわゆる事情聴取というやつ。
――魔瑠魔瑠教信者の大量自死事件。
凄惨すぎる事件だったけれども、結果としてみればボクの血によってリカバリできたともいえるし、実質的には誰ひとり死んではいないわけで、町のみんなも遠巻きに見ている状況のようだ。
昨日の今日でいきなり仲良しというわけにはいかないまでも、やっぱり隔たりはできちゃっただろうな。今後どうなっていくかはわからないけどショッキングな事件だったろうし。
ほかにはヒイロゾンビの数が15人ほど増えたらしいことも告げた。
「やっぱり宗教というのはコワイねぇ~~」
と、黙って聞いていた町長が初めて意見を述べた。
対するは、厳格な表情を浮かべている荒神神父。
「何を信じるかはその人のこころの問題です。なんの問題がありましょうか。素晴らしき存在を崇め奉るのは、人として自然な成り行きです」
またそういうこと言ってるし。
確かに信じることを止められないけど、信じるということに付随する"行為"はみんなに影響があると思う。内心だけにとどめておけばべつになにも言わないけどさ。
駐車場で真っ赤なお花(比喩表現)を咲かせたのは、ちょっと、ね。
さすがにみんなに対して影響がある。
自傷だけど他害性のある、みんなを傷つける行為のように思える。
ある意味、テロに似ているというか。そんな感じすらするし。
「お父さん。あんまり信仰の自由を言い訳にするのはよくないとおもいマス。ヒロちゃんも困ってマスよ。わかってマスか?」
乙葉ちゃんがぷんすこ怒っている。怒っている姿もかわいらしい。
「う、うむ。それはわかっておる」
少しは反省しているのかな。うーん。よくわからない。乙葉ちゃんのことは普通に大事な、ただのお父さんって感じで、そういった属性は、ボクも好きなんだけどね。
宗教家としての属性は一般人にはやっぱり重いな。
「ともかく、ここは僕がとりしきってるんですよ」葛井町長はあいかわらずニチャっとした笑いを浮かべている。「勝手なことをしてもらっては困ります」
「もちろん、信仰の自由を認めてもらえるならば、そちらに従おう。真神たる緋色様が手を貸している組織だ。無碍にはできまい」
「ヒロちゃんにはいろいろとよくしてもらってるからね。こちらもヒロちゃんが君たちを受け入れるというから、同じく受け入れる努力はしようって言ってるんですよ。そちらは、どのような努力をなされるんですかねぇ」
「人心を慰撫し、そちらの意に沿うようにしよう」
「既に人心は離れてると思いますけどね。僕も遠巻きに見てましたけど、あんなカルト的な行為をして、それでも皆が付き従おうとすると思いますか?」
町長の言うことももっともだ。
ボクという存在がいたからこそ、ヒイロゾンビ化することで何事もなく復活できたけど、ボクがいなかったらそのまま死んでるし、ゾンビのままなわけだし。
例えば、天国にいけますよって言って、だからいっしょに死にましょうって言ってくる集団があったら怖すぎるでしょって話。
もちろん、荒神神父もバカじゃないから、ボクという存在をあてにしてたんだろうけどね。神様を試しちゃいけませんってキリスト教では言ってるけど、魔瑠魔瑠教にはそんな教義はないのかな。
「我々を信じるのではない。緋色様を信じるのだ!」
「まあ、ヒロちゃんをひそかに天使だとか神様だと思ってる人は多いと思うけどね。それを形にしてしまうとマズイんじゃないかな。まっさきにヒロちゃんが困ると思うよ。神様扱いされて勝手に自殺する人たちが増えたらね」
そりゃ困る。
あんな真っ赤なお花事件が毎回のように起こったら嫌だ。
ボクとしては、ヒイロゾンビになりたいっていうのだったら、首筋にちょっとした傷をつけてでも感染させることはできるし、それでいいと思うんだけど。
それに――、ボクは配信者であって、神様じゃない。
ボクはみんなとは友達って気持ちだし、ご神体にはなりたくない。
「ほらね。ヒロちゃんもコオロギ食べたような顔になってるでしょ」
コオロギ食べたような顔っていったい……。
苦虫を噛み潰したような顔ってことだろうか。
「緋色様。我らが緋色様を信じ、お慕いするのをお認めいただけないでしょうか」
「信じるっていうのはそっちの勝手だから、ボクが止められることじゃないと思うけど、ボクはただの超能力少女だよ。神様とか天使とかじゃないんだけど」
「もちろん理解しております。そういうフリなのですよね」
「いやフリっていうか……」
同じ日本語なはずだけど、言葉自体がだいぶん違うって感じで、話がどこまでもかみ合ってないような気がする。
ボクが戸惑っていると、葛井町長が口を開いた。
「荒神神父さん。いまはとても重要な時期なんですよ。ヒイロウイルスの国際的な拡散があと少しでおこなわれる。そうなれば、こちらの価値もおそらく相対的に下落すると思います。それまでは自粛していただけると助かるのですがね」
下落する。薄まる。それがとても大事。
いままではボクの価値は高すぎた。なにしろ世界を救えるかもしれない唯一の存在だ。
だから、高すぎて売れなかった。
ボクの手には余っていた。
でも、安売りしちゃうと今度はそれはそれで困るみたいだった。
それをどうにかしようとしてくれてるのがピンクちゃんということになる。
荒神神父は葛井町長の発言が気に入らなかったようだ。
むっとしている。
「自粛とは?」
「簡単なことです。布教しないでいただくと助かります」
「宗教弾圧ではないか!」
「ええそうですよ。それが何か?」
葛井町長つえー。荒神神父のほうは、ぐぬぬってなってる。
でも、葛井町長のいうとおりだと思う。正直なところ、昨日の件もかなり微妙なんだよな。
宗教的な信条にもとづいて自殺したことがじゃない。
ヒイロゾンビが増えたっていうのが問題なんだ。
いまはヒイロゾンビの取り扱いも正直なところフワっとしてる。それぞれの国がどう扱うかはその国がやりたいようにやればいいと思ってるけど、たぶん、国際的な取り扱い要綱みたいなのも定めて、とりあえずこの方向でやっていこうみたいな感じになるはずだ。
例えば、ヒイロゾンビは一国100人までにしようとかさ。
それなのに、昨日たった一日で15人もヒイロゾンビが増えちゃった。
これはゆゆしき事態です。
国際法に違反してますってなるかもしれない。もちろん、遡及効無効で問題ないとは思うんだけど、ここ佐賀だけ特別扱いされちゃう感じで、いろいろと微妙になるかもしれないんだ。
「緋色様。我らが緋色様を信じるのは自由とおっしゃられましたね」
「うん。まあ言ったけど」
「では、緋色様を信じる者を我らが受け入れ、集合するのもまた自由であるはずです」
「積極的布教をするのではなくて、魔瑠魔瑠教に入信したい人がでたら受け入れてもいいかっていってるの?」
「そうです」
「積極的か消極的かの違いがよくわからないんだけど」
「緋色様は素晴らしいお方です。なにもせずとも、人心を掌握し、衆生を癒される存在といえます。我々が入信しませんかといわずとも、きっと緋色様を中心にひとつになれるでしょう。我々は左様な存在になるべきなのです」
「勧誘しないでも、ボクが黙認したって思われるだけで信者さんが増えそうで嫌だなぁ」
「既に全世界に5億人のヒロ友がいるではないですか!」
「うーん。ヒロ友と信者さんは違うっていうか……」
「なにをおっしゃいます。宗教とは――そうですね、作法のようなものなのです。宇宙の理に沿う人のあり方なのです。緋色様をお慕いする者が増えれば、この世界はもっと暮らしやすく、弱者が虐げられることなく、誰もが幸福のうちに暮らせるようになるでしょう。いや! そうなるべきなのです!」
怪しい目つきになってきてコワイんですけど。
どう考えてもボクの責任とかそういうのが過重されていて、そこんところが辛い。
「ボクが公式に魔瑠魔瑠教を認めちゃうと、神様としての責任を負わなくちゃいけなくなるよね。ゾンビについてはボクの能力が役にたつしなんとかしたいと思ってるけど、それ以外のことまで責任はもてないよ」
「しかし――」
「ヒロちゃんもこう言ってるんです」
荒神神父が何か言う前に、葛井町長が言葉を差し込んだ。
「しかし……」
「小学生に重責を負わせるのは忍びないと思いませんか? 宗教上の存在になるということは、例えば宗教戦争が起こったときに、その責任も発生するということです」
「緋色様はそのような空想上の存在ではない。ここにおられる! 実存する神なのだ。緋色様を中心とする平和的統一によって、すべての争いは消滅する」
「いや、ヒロちゃんだって生物だし、いずれはいなくなるよ。そのときは同じように空想上の存在になるよね」
「緋色様は永遠の存在である」
「それってあなたの妄想でしょう」
「貴様は緋色様のご寵愛を受けておらぬからわからぬのだ!」
ヒートアップする議論。
ボクは陸にあげられてピチピチ跳ねてる魚の気分だった。
死んだ目ってやつだ。
「お父さん。あまり迷惑をかけるのはどうかと思うデース」
乙葉ちゃんが荒神神父をいさめてくれた。
いくら宗教家でも娘には弱いのか、さっきとはまた別の意味でうなっている。
「乙葉よ。その身に緋色様のご寵愛を受けておきながら、なぜわからぬのだ」
「わからぬのだって言われましてもデース……」
「見よ。われらは既に人を超えておるのだぞ」
グッ。
荒神神父が右腕を持ち上げると、壁にかかってる額縁がガタガタと揺れた。
念動力が既に身についているみたい。
割と早いなと思うけど、ピンクちゃん理論によれば、集合的な人気があれば力が身につくらしいから、15人ばかりとはいえヒイロゾンビからの人気がある神父さんなら、それだけ力も強いってことだろう。腐っても宗教家ってわけだ。
「乙葉よ。おまえはわたしよりも強い力を得ているはずだぞ」
確かに乙葉ちゃんはアイドルで、登録者数も多い。つまりそれだけ人気なわけで、念動の力もピンクちゃんと同じぐらいはあるはずだ。
けれど――。
乙葉ちゃんはうつむいたままだった。
いつもは元気な顔もしぼんでしまってる。
「そうやってヒロちゃんの力を見せびらかすのはどうかと思うデース」
「見せびらかしているわけではない。我らは緋色様の使徒としての使命がある。緋色様の救済を広めていくという使命がな」
そんなミッションを与えた覚えはないんだけど。
「やれやれ、人の話を聞かない御仁だね……」
町長も張り付いたような笑みは変わらないけど、ちょっと疲れ気味のようだ。
だって話が通じないんだもん。
だからといって、ボクが無理やり言うことを聞かせたら、それはそれでうれしく受諾しそう。
やめてねってお願いしただけで、使徒認定されたって喜びそうだからどうしようもない。
どうしたらいいんだろう。いい案が思いつかないよ。
なんとはなしに、ずっと黙ったままのボクの隣にいる命ちゃんを見てみる。
天才な命ちゃんなら凡人には思いもよらない妙案が思い浮かんだりしないかななんて。
「人文系は苦手なんですけどね……」
「うん。ごめん」
でも人の心もパラメータ分析できそうな命ちゃんなら。
「教団のトップをアイドルにさせてみればどうですか?」
「アイドルって乙葉ちゃんに?」
「そうです。先輩が危惧しているのは野放図な勢力拡大でしょう。町長もそうお考えなのでは。だったら、こちらである程度コントロールが可能なアイドルがトップに立ったほうがいいんじゃないですか? もちろん、トップという名の広告塔ですけど」
「お、乙葉が教皇か……うーむ。娘は死ぬほど陰キャなのだが」と荒神神父。
陰キャ? あんなに元気いっぱいな感じなのに?
「ムリムリムリムリカタツムリデス!」
乙葉ちゃんはスライムみたいに小刻みに震えていた。
うーむ。自信がないのは本当らしい。
「問題ないですよ。今やってるアイドル業と同一線上でやればいいんです。肩書きがひとつ増えるだけ。むしろそうでないと困ります」
「どうして?」
ボクは聞いた。
「簡単なことです。宗教とアイドルっていうのは本質的には同じですからね。要は信者を束ねるということです。であれば、彼女が宗教家となったとしても人はアイドルの副業なんだなと思います。お遊びの一環として捉えられるということですよ。ガチになりません」
なるほどね。
ガチガチの宗教っていうよりはフンワリとアイドル業の一環みたいな感じに所属させとけばいいってことか。そうすれば、信者もファンもそんなに変わらなくなる。
「そうすると乙葉ちゃんがボクのファン筆頭になっちゃうけど。いいのかな」
「ヒロちゃんのファンなのは間違いじゃ無いデスガ……」
「正直なところ、わたしの視点ではそこで涙目になってるアイドルのほうがまだ信用できますからね。先輩のことを好きだって気持ちはウソではないみたいですし。なによりあんな事件を引き起こしておいて無罪放免なんてありえません。鈴くらいつけとかないとリスク高いですよ」
「ううむ。鈴をつけねばエサももらえん飼い猫か」
ますます唸る荒神神父。
命ちゃんの言ってることは、
一、乙葉ちゃんを魔瑠魔瑠教のトップに据える。
二、アイドル業と宗教をまぜこんで遊びの一環にみせかける。
三、宗教的色合いを薄める。
四、もしものときは乙葉ちゃんにお願いして、カヴァーしてもらう。
五、みんなハッピー。
こういうことだよね?
考えれば考えるほど悪くないって感じがする。
乙葉ちゃんは生粋のアイドルだし、みんなの心を掴むのがうまい。
乙葉ちゃんは教祖さまって感じがしないし、教団のトップがアイドルなら怪しい方向には進まないだろうし、みんなの警戒心もかなり和らぐんじゃないかな。
「しかし、乙葉さんがお父上の言うことを優先してしまうことも考えられるんじゃないかな」
葛井町長は懐疑的なようだ。
「もちろんそうでしょうね。ただ――、今のままだと魔瑠魔瑠教は排斥対象になるでしょう。排斥対象になった集団が体制側に牙を剥いたりすることも考えられるかもしれません」
敵対勢力になってしまえば。
異物になってしまえば。
確かにそういうこともあるかもしれない。
ボクが人から受け入れられているかもって思えるのも、友達と呼べる人がたくさんできたのも、配信してきたからだ。つまり、アイドルをやってきたから。
だとすれば、魔瑠魔瑠教もアイドル宗教にしてしまったほうがいい、
荒神神父からしてみても、布教禁止の今の状況よりはずっといいはずだ。だって、ファンが増えるのはボクとしても嫌とはいえないわけで。
さすが命ちゃんだなぁ。ボクはそう思う。だから、ここは荒神神父を説得しなくては。
「乙葉ちゃんのお父さん。どうかな。ボクとしても悪くない提案だと思うんだけど」
「乙葉を教団のトップに据えれば、布教をお許しくださるのですかな?」
「ボクが神様じゃなくて、単なる配信者って位置づけなら、まぁ……」
「アイドルも宗教ですからな」
「この町の長としては非公式なファンクラブ程度ならいいと思いますが、乙葉さんの舵とりがかなり難しいことにならないでしょうかね。正直、僕は不安です」と葛井町長。
「舵取りって?」
「乙葉さんはお父上とヒロちゃんとの調整を続けなければならなくなるということです。もしも荒神神父がヒロちゃんの意に沿わない行為をしようとするとき、乙葉さんは心を鬼にして止めなければならなくなる。鈴になれといってるわけだからね。親子の仲が引き裂かれることになるかもしれないということです」
「それは嫌だな」
親子の仲を引き裂くことになるというのは、やっぱりダメ。
この案はなかったことに。反射的にそう考えて、
ボクがそう言いかけると、
「鈴になるくらいで仲が引き裂かれるというのなら、それだけの絆だったということです」
命ちゃんの見事なまでのドライな割り切りだった。
「アイドル。あなたはどうなんですか。教団には鈴をつけないと、体制側は危なっかしすぎて認めることができないという状況です。あなたが鈴になれば――多少はお目こぼしがもらえる。あなたの負担は増えるでしょうが、概ねみんなが満足する結果になるでしょう」
「わたしではムリデス……」
「そうですか。では――この話はなかったことにしましょう。魔瑠魔瑠教団の皆さんには活動を自粛してもらって、我々の誰かが監視することになりますが、やむをえません」
命ちゃんが冷えた視線で乙葉ちゃんを見ていている。
「わたしにはムリ……ムリなんです」
そうしてぽつりぽつりと語りだす乙葉ちゃん。
「わたしは捨て子だったんデス。お父さんは捨てられたわたしを拾ってくれて育ててくれました。わたしはお父さんの言うことならなんでも聞きたいと思ってます。ヒロちゃんのことは好きですけど、お父さんの言葉には逆らえません。だからムリなんです」
オーバーフローした感情が、涙となって流れてた。
罪悪感が半端なかった。プロフィールだと、ドイツ人とのハーフとかしかかかれてなくて、お父さんが日本人なら、お母さんがドイツ人なのかなって思ってたんだけど違ったらしい。
捨て子と告白するとき、乙葉ちゃんは悲痛の表情だった。
捨てられたくないって想いを感じた。絆にすがっている感じ。それは依存に近しくはあるけど、他人がどうこう言っていいものじゃない。
「ごめん。乙葉ちゃん。無理しなくていいからね」
「すみませんでした」
命ちゃんも頭をさげた。
さすがに乙葉ちゃんの事情までは知らなかったのだろう。命ちゃんの提案も悪くはなかったんだけど、乙葉ちゃんには無理をさせられない。
「待ってくだされ」慌てたのは荒神神父だ。「乙葉よ。わたしは緋色様の言葉にはすべて従うつもりでいる。なにもするなといわれればそのようにする。布教するなといわれればそうしよう。そもそも前提として――、わたしと緋色様が対立するということがあるわけがないのだ」
えー。
でも、真っ赤なお花は、ぜんぜん望んでなかったんですけど。
と思ったけど、黙っておく。
「それに――、乙葉よ。連れが死んで、こころに凍えるような寒さを覚えたとき、おまえの存在はわたしにとって暖かな光そのものだったよ」
荒神神父はそっと乙葉ちゃんに肩に手をかけた。
「なにがあってもおまえを捨てることなどない。おまえはわたしの言うことを聞く素直な良い子であったが、もし悪いことをしたとしても決して見捨てることはしないと断言できる。なぜなら、わたしはおまえの父であり、おまえはわたしのひとり娘だからだ」
「お父さん……」
乙葉ちゃんが荒神神父に抱きついた。
頭をよしよしされてて、ボクはそっと自分の頭に右手を添える。
少し寂しくてあったかくて変な気持ち。
まあ、宗教っていう趣向というか、特殊な趣味はあるけど、悪い人ではなさそうかな。
――などと思っていたボクが甘ちゃんでした。
「だから乙葉よ。教祖になってもよいのだ」
と、なにやらのたまっている。
「いや、むしろ緋色様は乙葉が教祖になることを望まれている。これはもうやるしかないぞ!」
ぐっっと、親指でサイン。
おま……、ちょ……おま。
ボク絶句。
みんなも絶句している。
「わたしは司祭長あたりでよい。乙葉は教皇だな。わが娘ながら乙葉の見目はよいのだから、きっと信者も増えるだろう。すばらしい。エクセレント!」
「お父さん……」
「頼む。神聖緋色教の未来のため、教祖になってくれ!」
☆=
鈴になれるかというと、非常に疑問の残るところだけれども、結果として乙葉ちゃんは教祖になることを選んだようでした。
事情が事情だけにどうなんだろう。というか、あの神父さんが止まることってありうるのかな。もう言語規格がそもそも常人とは異なるというか、そんなレベルのように感じる。
でも、だからこそ――。
長年いっしょに暮らしてきたひとり娘の乙葉ちゃんが一番、手綱を握りやすいともいえるだろう。神父さんの言葉を常人の言葉にひきなおしてくれる。
それだけでもコントロールがしやすくなる。
と、町長は考えたのかどうなのか。いちおうは了承した。
「いやはや。強烈な御仁だね。正直なところ、今後がどうなるか不安でいっぱいだよ」
乙葉ちゃんと荒神神父が退出したあと。
葛井町長は疲れきった顔になっていた。いつものアルカイックスマイルも翳りが見える。
「宗教のことはボクもよくわからないです」
「まあ戦争とかにはならないように気をつけないといけないね」
「それはやだな」
「そうじゃなくても、派閥とか差別とか、人間の本性ってろくでもないからね」
「町のみんなはどうなんでしょうか。やっぱり不安?」
「それもあるけど……信者のみなさんが案外カンタンにヒイロゾンビ化しちゃっただろう。それをじかに見ていたから、自分もそうなりたいと考えている人が一定以上はでてきてるよ」
「えー、ゾンビだよ」
「天使の眷属とか、まあなんでもいいんだけど、ただのゾンビとは違うだろう。ピンクちゃんの資料も後押ししていると思うけど、最終的に言えるのは君のファンは多いってことさ」
「そうなのかな」
「みんな、ゾンビテロを体験しているだろう。ゾンビの怖さも体験済みってわけさ。だったら、その恐怖から解放されるヒイロゾンビ化っていうのは魅力的に思えるだろう」
確かにヒイロゾンビになれば、ゾンビに襲われることはなくなる。
最低保証ってやつだ。
「人間じゃなくなっちゃう恐怖はいいの?」
「そのあたりはバーターだよね」
「バーター? マーガリンじゃなくて?」
「英語よわよわガール……」
命ちゃんがボソって呟くように言った。
なーぜー。
ちがうよ。ボクだってそれぐらいはわかる。
ちょっとしたギャグのつもりだったんだ。
ようするに「選択」だっていいたいんでしょ。
人間をやめるという恐怖は、正直なところ理論的なものであって、頭の中でグダグダ考えるときに生じるものだし、対してゾンビの恐怖は現実的なものだからね。
どっちか選べといわれたら確かにヒイロゾンビのほうがいいのかな。将来的に国やあるいは人間自体からどういう扱いを受けるかがわからないということを除けばだけど。
たぶん、ボクという存在に慣れちゃったというのもあるのかもしれない。
ただし――。
ボクが想像していないことが一つあった。
町長室の扉が乱雑にノックされ、ボクは町長に視線をあわせる。
町長が頷いたのを確認してから、念動力で扉を開いた。
「ヒロちゃん。助けて! 感染させられる!」
ボクが想像してなかったこと。
ヒイロゾンビは自由意思を持っているということだ。
ヒイロゾンビは