「お姉さん。ボクさぁ。誰かといっしょには暮らせないよぉ」
そう言って、ボクはお姉さんの膝枕に顔をうずめている。
なにも問題はなかった。
だって、お姉さんはゾンビですから。
わずらわしい人間関係なんて欠片も存在しない。
それどころか。絶妙といっていい距離感が存在する。
ボクが小学校遠征から帰ってくると、お姉さんも両の手いっぱいに洋服を持って帰ってきてた。
平均的な、あまり個性の見受けられない男性的な部屋に、色とりどりの花が咲く。
お姉さん……、やっぱり多趣味だ。
そして、お姉さんってもしかして少女趣味か何かなのかな。お姉さんの年は25歳くらいに見えるけれど、持ってきた服はボクにぴったりサイズで、なおかつかわいらしい。
夏に合った、肩紐のキャミソールにフリルつきのミニスカート。
いままでのシャツがなんだったのかというぐらい、めちゃくちゃかわいい。ていうかボクかわいい。かわいい!!あ~~~~~もう、かわいすぎるよ。
そして見えないところも見つめていたいそんなあなたには――。
――なんとボクはついに美少女必須のパンツなるものを穿かんとす。
ほいほいカプセルみたいなちっちゃなそれを見たときには、こんなん穿けるのかって思ってたけど、しっとりとした生地は伸びる伸びる。ボクのあるべきところにおさまったら、いままで穿いていたトランクスはゴミ箱にシュート!
完璧だ。完璧すぎるよ!
いまのボクはかわいさだけで世界征服できる。
でも、ゾンビなお姉さんにはほめてもらえない……。
そこが少しだけ不満だった。
「えっと……お姉さん。ほめて!!」
「うぅーあ?」
ボクの頭をなでるお姉さん。
お姉さん。そうじゃない。
それは嫌いじゃないけど、そうじゃない。
ボクはもっと……、こうなんというか、感想を求めているんだ。主体的で自意識に溢れた、そんな行為を求めているのです。
ねえ。なんかないの?
ジトー。
「ううあ」
お姉さんがんばって。お姉さんなら、そのうち口が聞けるようになるよ。
まあ、それってボクがそういうふうにプログラムできるようになったってだけのことだけど。
ともかく、いまのボクは傷心気味なのだ。
なぜって……、まあべつにたいしたことじゃないけれど、飯田さんと少しギクシャクしたからだと思う。
だから、お姉さんには思いっきり甘えるんだ!
さあ、お姉さんほめてよ。甘えさせてよ!
「あーう……」
そして、お姉さんはおもむろに手を上げて拍手した。
無音だった部屋の中に、パチパチと小さな音が鳴る。
まるで猿がシンバルを叩くおもちゃみたいに一定間隔だ。
違う! そうじゃない!
ボクはベッドで不貞寝した。
☆=
夕方になってノッソリとボクは起きだした。
「ふぁぁあぁぁ。エミちゃんのことも気になるし、コンビニいこうかな」
ふたりには食糧が必要だろうし。
ボクはゾンビは操れるけれど、人間は操れない。コンビニの周辺からはゾンビを遠ざけたけど、それ以外のところに行ってしまうと、もうどうなるかわからないんだ。ボクはそれほど鋭敏には人間を察知できないからね。
エミちゃんのほうはかすかにわかるけど……。
「どうも、こんにちはっと……」
コンビニのバックヤードに到着すると、飯田さんは笑顔で迎えてくれた。
ボクがもう来ないとか思ってたのかな。
そんなに薄情ではないつもりなんだけど。
「おじさん。エミちゃんはどうだった?」
スタッフルームに入りながらボクは尋ねた。
「それなんだけどね。あまり食べようとしないんだ」
かいがいしくも食べさせようとしたらしい。
スタッフルームのマットの上には、エミちゃんがおとなしく座っていて、まるでビスクドールかなにかのようだった。その周りには、菓子パンの包装紙にほんのちょっと齧ったあとのあるクリームパン。
それとカップ麺がホカホカと湯気をたてている。
いかがわしいことをされた形跡はない。
けれど、エミちゃんは口を開くことすらしない。
「最初は食べたんだけどね」
「え? どういうことですか」
「そのままの意味だよ。最初はそこにあるクリームパンを食べさせたんだけどね。すぐに食べなくなっちゃったんだ」
「それって……おなかいっぱいになっちゃったからじゃ」
「あ……、そうか。そうなのかな」
とはいえ、指先程度の齧りあと。
あきらかに少ない。
でも、半分ゾンビの彼女にとっては、これでも大量だったんだろうな。
そういやトイレはどうなんだろう。
「エミちゃん。トイレは大丈夫?」
ボクはエミちゃんに聞いた。
どうせ――、反応はないだろうけどね。
そんな投げやりな会話だったけど――。
「あ……」
ボクは目をまんまるくしていただろう。
エミちゃんはわずかに口を開き、明らかに意思を発していた。
「トイレ……我慢してたの?」
こくり、とうなずくエミちゃん。
なにこの娘、かわいい!
やっぱり男の人につれていってもらうのは嫌だったんだ。
ボクはエミちゃんのゾンビサイドを動かして立ち上がらせる。
人間サイドも抵抗してはいないみたいで、あっけなくエミちゃんは立ち上がった。ボクは両の手を引いて、エミちゃんを歩かせる。
コンビニのトイレは、バックヤードから出たところにある。開けたらすぐのところだけど、飯田さんもわりとびくびくしながら使っていたんだろうな。万全を期すなら全部バックヤード内で済ませていただろうけれど、悪臭がとんでもないことになっていただろう。
さて、トイレである。
冷静になって考えてみると、これってかなりいけないことなんじゃないだろうか。狭いトイレの中に、ふたりの小学生女児、ひとりはニセモノだけど……。
「えっと、とりあえず脱がせるね」
ボクは無心になって、エミちゃんのスカートの中に手を差し入れて、するりとパンツだけをずり下げた。すごーく犯罪チック。
すとんと腰をおろして……。
じっと、エミちゃんがボクを見つめている。
あ、出ろってことか。
「わかりましたよ。お姫様」
ボクはすみやかにトイレをあとにした。
さすがに音を聞くような真似もできないので、しばらくは店内をうろうろすることにする。そういや――、身体は拭かなくてもいいのかな。
コンビニ内はエアコンが効いていて涼しいけど、学校内はそうではなかったし、あのロッカーの中で多少なりとも汗をかいていたはず。
幸い半分ゾンビだからか、ほとんど臭わないけど、気持ち悪いはずだ。
せめてボディペーパーで拭くくらいはしてあげたほうがいいのかな。店内では百パーセントオフになった商品棚が陳列していて、ボディペーパーも当然存在する。
どうしようかな。
とりあえず、エミちゃん本人に聞いてみようか。少しずつだけど、人間らしい意思表示ができるようになってきてるみたいだし、聞けば嫌かどうかくらいはわかるだろう。
そんなわけで、トイレのドアをノックする。
エミちゃんの反応はないけど、特に抵抗感がない。あけても大丈夫ってことだろうか。
「あけるよー?」
ボクはそろりとドアを開けた。
すると、エミちゃんは既に立ち上がって、ぼんやりとした眼でボクのほうを見ていた。ちょっとだけビビッた。
この子はゾンビじゃないから、行動制御しない限りはどんなことをするかわからない。
「えっと、終わった?」
エミちゃんはこくんとうなずく。
「ちゃんと、ウォシュレット使った?」
またもやこくんとうなずく。
「えっと――、ボディペーパーとか持ってきたんだけど、からだ拭いとく?」
ジーっと見られてる感覚。
悩んでいるのだろうか。
ボクもTSしてなかったら、聞いてることはセクハラ犯罪事案そのものだからな。まあ、いまのボクなら外見上は問題ないだろうし、そもそも秩序が崩壊しつつある現状だと、誰がやっても犯罪にはならないとは思う。
こくん。
最後にはエミちゃんもうなずいた。
「じゃあ――、拭くよ?」
そっとほっぺたに手をあてて、首元から拭いていく。揮発性アルコールの類だから、あまりやりすぎると肌に悪そうだけど、老廃物をぬぐっていく感覚は気持ちいいはずだ。
ごしごしと丁寧に。首周りをぬぐう。白くて蝋燭みたいな滑らかを持つ肌が、こすられることで、ピンク色に染まった。
はぁ……すごく綺麗。
食べちゃいたいなぁ。
「ねえ。エミちゃん。ゾンビになっちゃう?」
我ながら、ねっとりとした聞き方だった。
エミちゃんはわずかに身じろぎして、よわよわしい抵抗を示す。
「冗談だよ」
それにボクは小学生女児に興奮するような変態さんじゃないからね!
ボクの趣味としては、断然綺麗なお姉さん系に決まっている。
自分のからだとしては、いまの状態がベストだけど、それはなんというか――、なりたい自分と、見ていたい対象とは異なるということなんだ。
エミちゃんの肩に手をかけて、ゆっくり便器に腰掛けさせる。
慌てることなく、サスペンダー部分をずらして、胸元のボタンをひとつずつ上から順番にあけていく。
熱を帯びたようなうるんだ瞳がボクを射抜いていた。
袖の部分を脱がせるのはそれなりに苦労した。まるで等身大のお人形さんを着せかえしているような気分。
「はい。万歳して」
万歳エディションだった。
意味がわからないと思うけど、ボクもわからない。
だって、狭いトイレの中でふたりきりで、ボクは小学生女児を脱がせている。
肌着を脱がせると正真正銘の上半身だけ脱いだエミちゃんが座っていて、ボクが立っているから、必然的に見下ろす形になって、エミちゃんは観察するようにボクを見ていた。
あともう少し幼ければ、なにも感じなかったんだけど、すらりと伸びた手足と蠱惑的で媚びるような視線に、ボクは体中が縫いとめられたかのように動かない。
細身のからだに、小さな胸。
小さくても、やっぱり女の子の胸。
目のやりどころに困ってしまう。
エミちゃんは――、なぜか手ブラ(手でブラジャーの意味だ。わけがわからないよ)して、胸を隠した。
いや、そっちのほうがえっちです。
いくらボクが同じ年齢の同性に見えても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいということなんだろう。変に意識してもしょうがない。
エミちゃんの気持ちを汲んで、ボクはできるだけ手早く終わらせるように努める。手ブラ状態はやむなく解除して、左手で右手をとり、丁寧に拭いていく。
気持ちいいのかくすぐったいのか、時折跳ねるような感覚が伝わってくる。半分はゾンビ的な共感覚なのかもしれない。
手をあげてもらった状態で、汗をかきやすい脇のあたりから、わき腹まできちんとぬぐった。
ほっそりとしたおなかまわりをグルグルと円を描くように。
背中はまっしろいキャンバスみたいで、肌が白く輝いてるみたい。便器のところでくるりと方向回転している絵図からすれば、座り方が逆になっていて、なんかヤバイ。
完全にバックな体制でした。
時折、肉感の薄い唇から、ゾンビ的な唸り声というか、なんというか――、その……嬌声みたいに聞こえる声が漏れ出て、とてもいけないことをしている気分になる。
ボクは念仏を唱えながら、きわめて事務的にやりきった。
上半身のあとは下半身だけど、さすがに女の子な部分はものすごい抵抗感があったので、やめとくことにした。エミちゃんが順調に回復すれば、そのうち自分でできるようになるだろうし、もしも回復しなければ、一回ぐらいはいっしょにお風呂に入ってもいいかもしれない。
そんなわけで下半身というのは、要するに下肢の部分のことだ。
靴下を片方ずつ脱がせ、足の指先から順調に綺麗にしていく。
さすがに足裏はくすぐったかったのか、多少ジタバタしたけれど、それ以外は特に抵抗感はない。
女の子のからだは男のものとはちがって、どこもかしこも曲線で構成されている。まっすぐに見える足もどうしてかとても柔らかそう。淡い肌色にくるまれているみたいだからかな。
ふともものあたりまで綺麗にし終わって、ようやくボクは一息ついた。
眼下を見下ろすと、小学生女児が、スカートのみ装備した状態で、便器に身体をあずけて、フゥフゥと猫みたいに息をしている。
目は朦朧しているのか、とろみを帯びていて、白い陶磁のような肌は、全身を寒風摩擦されたみたいにピンク色が浮かび上がっていた。
うーん。セーフ?
☆=
バックヤードに戻ると、飯田さんはなにやらしていた。
見ると、スマホをいじってるようだ。
あれはエミちゃんのかな。
「この子って、お金持ちの家の子だったんだね。フォルダの中にいくつか写真があって、見てみたら、いまどき屋上つきの一軒屋だよ。さすがに佐賀だとはいえ、すごい金持ちだ」
飯田さんが見せてくれたのは、いくつもの写真だった。
たぶん、最近買い与えられたのだろう。
慣れない人がとりあえず周りのものを撮りまくるみたいに、家の中の様子が無秩序に映っている。
ボクのアパートとは四倍くらいはスペースをとっている玄関口。
ボクの見たイメージどおりの家で、玄関口からしてお金持ちって感じだ。
何人用だよっていうぐらい巨大なテレビが置かれたリビング。隣にはマッサージチェア。牛革の豪華そうなソファ。照明はシャンデリアのような形をしていて、床にはどこかの王族でも使ってそうなカーペットが敷かれている。
二階。自分の部屋。かわいらしい女の子然とした部屋には魔法の国にいけそうなくらい巨大なタンス。
屋上――。
天体望遠鏡。
そして――、満天の星。
隣でおとなしく座っていたエミちゃんが軽く手を伸ばす。
星空を手に入れたい子どもみたいに。
飯田さんはエミちゃんによく見えるようスマホを突き出した。
ある写真のところで、エミちゃんが目を輝かせて、身をのりだす。
それは、金髪に頭を染めた高校生くらいの男の子だった。
――ボクがイメージで見たエミちゃんのお兄さんだ。
ゾンビのようにもがきながら、エミちゃんはスマホにとびつく。
飯田さんが驚いたようにかたまっていたが、エミちゃんは頓着することなく、スマホを見続けた。
「……オニイチャン」
それがエミちゃんがボクたちに発した最初の言葉になった。
☆=
それから数日間は何事もない穏やかな日々が続いた。
エミちゃんは着実に人間らしい意識を取り戻しつつあるみたいだけど、すぐに人間らしく振舞える程度まで回復したわけではなかった。
あいかわらず、発する言葉は一言、二言くらいだし。
なにかあっても「オニイチャン」くらいだ。
それが飯田さん的には何かのツボを刺激しているみたいだけど。
飯田さんは本当のお兄さんみたいに、エミちゃんの食事のお世話をし、ボクはトイレとかのお世話をする。
時々はボクが近所のスーパーとかから、食事を調達してきて運び入れたりして、少し安定してきた感じだ。
もちろん、お家でお姉さんに甘えたり、雄大に電話したり(いまは札幌から南下しつつあるらしい)、家でだらだらネットしたりはしたけれど、おおむね、前のニート生活に近づきつつある。
やっぱり、人生、こうでなくちゃ。
無理に生き急ぐ必要はないよね。
ボクは楽しくスキップしながらコンビニに向かう。
なぜかは知らないけれど、どんどん身体能力があがってるみたいで、ピョンとジャンプすれば、一メートル以上ある家の塀の上に乗ることができた。
まさかリアルらんま2分の1ができるとは思わなかった。
あきらかにボクって成長している……。
からだは一ミリも成長していないのに、どうしてだろう。この身体の性能をうまく引き出せるようになっていってるという感じなのかな。それとも、ゾンビを操ることで、なんらかの経験値がたまっていってるとか?
わからん。けど、悪いことじゃないし別にいいか。
平均台みたいに腕をふりふり、いつものコンビニに向かう。
それにしても、エミちゃんはどうなっていくんだろうね。いま平均台のようにわたっている、このブロック塀のように、人間であるということは結構危うい線のうえで成り立っているのかもしれない。
転落すれば――べつにゾンビになるだけじゃない。
普通じゃなくなるっていうのはわりとありうる話だと思う。
たとえば、人を殺してもなにも思わない殺人鬼とか。
そういうのは、薄皮一枚の差でしかないのかもしれない。
ピョン。
と、ふたたびボクはジャンプして、飛び降りた。
コンビニまであと少し――。
そんな折。
突然、静か過ぎる青空に、なにか巨大な獣が咆哮したような音が響いた。
ホラー映画で、よく聞いたことのある音とは違っていたけれど、明らかに人口的なそれは聞き間違いようもない。
コンビニの方角から聞こえてきたのは銃声だった。