イヤな事件だったね。
ボクと真実の年齢が同じくらいの、ボクと同じくらい陰キャでひそかに仲間だと思っていたぼっちさんが、まさか小学生女児にモテるというスーパーリア充だったとは。
ましてや、ちゅうまでされちゃって、愛の告白まで受けちゃうとは。
正直なところ、ぼっちさんのことを同年代の友人と思っていたこともあってか、ぼっちさんをとられちゃったみたいなモヤモヤ感もあって、逆に未宇ちゃんのことも妹が兄離れしていくようなさみしさもあったりして、ボクのこころはぐちゃぐちゃです。
若干、ぼっちさんに対するうらやまけしからん感覚のほうが強いけど。
陰キャがモテるなんて存在の矛盾だとか思ったりもするけど。
未宇ちゃんがよければそれでいいような気もするし悩みどころさんだ。
嫉妬なんかしてないんだからね! SHIT!(英語つよつよガール並感)
それはともかく。
ヒイロウイルスが増えたことも問題だけど、それ以上に厄介なのは、
――それでいいんだ。
と思われてしまったことだった。
これって魔瑠魔瑠教のときと同じ。
要するに他人がやっているのを見て、自分もやっていいと思ってしまう。
赤信号みんなで渡れば怖くない的な。
未宇ちゃんはハネムーンよろしく、ぼっちさんの腕にオナモミ状態でくっついているし、死んだ魚の目をしたぼっちさんを見たら、だいたいは察してしまう。探索班はヒイロゾンビになったんだなって思われてしまう。
間違いではない。ボクに近しい存在からどんどんヒイロゾンビになっていく。
出来事の因果連鎖は誰にも止めることはできない。
「いや、普通に止められると思うけどね」
「そんなふうに言わないでください。葛井町長だって止めなかったじゃないですか」
ぼっちさんが未宇ちゃんに襲われているとき、葛井町長はニヤニヤ笑うばかりで、何もしなかった。
それは同罪のはずだ。
「まあ、それなりに思惑があるから黙っていたわけだけどね」
「町長もヒイロゾンビが増えたほうがいいと思ってるんですか?」
なんというか、ヒイロゾンビはゾンビだらけの国においては国力そのもののような気がするしね。
ゾンビ避けができるだけでなくゾンビを操れる。
例えば、ゾンビを操って、エネルギー問題を解決したり、畑仕事に従事させたりも可能だ。
いまのところは何もさせてないけど、いずれそうなるかもしれない。
そのとき、ヒイロゾンビはたくさんいたほうが有利なのは確かだ。
「ヒイロゾンビは増えたほうがいいと思っているよ。でもそれは僕がアーリーリタイアを目指しているからだ」
「アーリーリタイアって、50歳とかで退職して悠々自適な生活を送るっていうアレ?」
「そう、そのアレだよ」
「どうやって?」
「ケマルアタチュルクって知ってるかな?」
「んー……なにか聞いたことあるような」
「ケマルアタチュルク。ある英雄の名前さ。僕のように美しく気高い人だよ。すべての栄華をおさめ名声を極めた瞬間にそのすべてを捨てた英雄。ヒロちゃんにわかりやすいのはロマサガ2の最終皇帝のほうかな。僕もそうなりたいと思っているんだ」
「この町の国力というか対ゾンビ性能を高めて、あとは国にお任せするとか、そういう感じ?」
「そういう感じだねえ」
「でも、ヒイロゾンビはピンクちゃんの受け渡しで勝手に増えるんじゃ? べつにこの町特有の存在でもなくなると思うけど」
ヒイロゾンビの数は、その国の考えに任せるつもりらしい。
つまり、その国が100人といったら100人だし、1000人といったら1000人だ。
いずれにしろ増える。
そうなったら、ヒイロゾンビの価値は相対的に下落する。
この町のヒイロゾンビがいくら増えようが、まあ抑制的にするかもしれないけど、あまり関係がないはずだ。
「僕の考えだとヒイロゾンビの保有数は国どうしの取り決めで制限されるとは思うけどね」
「じゃあ、ヒイロゾンビは増えない?」
「どうだろうね。人類にとってはゾンビ禍は歴史の中で初めての存亡の危機だ。ゾンビウイルスを消し去れるのは今のところヒイロゾンビだけ。ヒイロゾンビは人類が打ち勝つためには必要な存在だといえる。ただし――、ゾンビがいなくなってしまえばどうだろうね」
ボクにもそれぐらいはわかるよ。
ヒイロゾンビが国によっていいようにされる可能性があるってことだろう。
映画でもそんなのあったし。
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ゾンビ・リミット
ゾンビ映画だけどゾンビ映画じゃない。普通のゾンビ映画といえば、ゾンビが襲ってきてそれに対抗する人類というお話だが、この作品では既にゾンビハザードは収束している。ゾンビウイルスに感染した人間を人間のまま留まらせるワクチンができているからだ。ただし、そのワクチンを一生摂取しつづけなければゾンビになってしまう。要するに感染する病気になった人を差別していいのかという文学的な作品。
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ヒイロゾンビは勝手にゾンビに戻ったりはしないと思うし、ボクの感覚だと人間にオプションがついた感じだ。ピンクちゃん曰く、素粒子のうんぬんかんぬんで現実を侵食する能力がつく。超能力人間になるってだけ。
でも周りの人にとっては、「いつか」ゾンビに戻る危険性はあるという見方もあるだろうし、そのときに全員がヒイロゾンビになっていたら取り返しがつかないという見解も成り立つかもしれない。杞憂というか被害妄想というか、そんな感じだけど、人類は怖がりだから。
「でもそんなこと言い出したら、みんなゾンビウイルスには感染してるんだし考えたところで無駄だと思うんだけど」
そう。
ヒイロゾンビになってなくても、みんなゾンビウイルスには感染している。
みんな死ねばゾンビになって動き出すという現実は変わらない。
「理性的に考えればそうだけど、人は自分と違うものが怖いんだよ。そのときに対抗できるのは、悲しいことに理性でもなく感情でもなく、数だけ。そう、数だけなんだ」
ニヤァと笑いながら言わないでください。ただでさえ怪しいんだから。
「ヒイロゾンビの数が増えれば差別されなくなるって考えてるの?」
「そういうこと。国力を高めるというよりはヒイロゾンビたちの発言力を高めるといったほうが正しいかな。ゾンビの脅威が薄れるにつれて、ヒイロゾンビの価値は下落する。下落すると今度はヒイロゾンビが排斥される」
「ボク排斥されちゃうの?」
「狡兎死して走狗烹らる、という話さ」
「こうとししてそうくにらる? なにかの魔法言語? クトゥルフ的な?」
ニチャ。
「小学五年生にはまだ早かったかな」
「うぐっ」
小学生じゃないけど、大学生活でゲームばっかりしていたら受験知識が急速に薄れていくっておかしなことじゃないと思うんだ。
「犬を使ってウサギを狩ったりするんだけどね。ウサギが狩られたあとは、犬はいらなくなるってことだよ。転じて、必要なときは手厚くもてなされるけど、必要がなくなればあっさり捨てられるという意味を指す。そうならないようにしないとね」
「わかりました。でも――、ヒイロゾンビの数が増えるのと、町長のアーリーリタイアってどうつながるのかな? あんまり関係なくない?」
「まず君が危険に陥らないっていうのが第一。ヒイロゾンビはアラームになるだろうからね」
「アラーム?」
「ヒイロゾンビは死ににくいわけだし、殺されたりしたら君にすぐばれるわけだろう」
「うん」
辺田さんの霊圧は消えちゃったし、たぶん死んじゃったんだと思う。
結構離れてても、わかるし――、もしかしたら地球の裏側でもわかるかもしれない。
それに、これだけネットが発達している時代だ。
ヒイロゾンビの排除をだれにも悟られずにやり遂げる国家なんてないだろう。
「ヒイロゾンビの数が増えれば、ボディガードが増えるということになる」
ヒイロゾンビを盾にする気はないけど、ヒイロゾンビが害されたらすぐにわかるという意味では、町長の言ってることは正しい。
あれ?
そもそも、ボクって命を狙われたりするのかな。まあ既にテロにあったりはしてるわけだけど。なんというか、ボクのなかでは久我さんみたいな人は例外的で、人間のなかでは異端だと思っていた。実際、ヒロ友たちの意見やネットの掲示板でも、テロ死すべしという意見が大勢を占める。
でも――、それはゾンビをどうにかしなきゃいけないというのが前提にあるからで、ゾンビがほとんど見られなくなったらどうなるんだろう。
今後は? 将来的には?
「ボクが危ないと、町長も危ないの?」
「もちろんそうだよ」
「どうして?」
「君とお仲間だと思われてるからだよ。実際にお仲間なんだけどね」
「町長はヒイロゾンビじゃないのに」
「ヒイロゾンビのシンパだと思われるからだよ」
「ボクが殺されない限りは、町長はターゲットにならない?」
「ならないとまでは断言できないけど、危険はグッと減るだろうね」
「もしかして、町長はボクを見捨てて、ひとりだけ引きこもる気ですか?」
「アーリーリタイアだよ。それにそうならないように君にはボディガードをたくさんつけたほうがいいと言っている」
「ボクもアーリーリタイアしたいんだけど」
「君はまだ11歳だしね。リタイアするには早すぎるよ」
「町長も30代でしょ。まだ早いよ」
「早いからこそアーリーリタイアなんだ」
「町長が町長してくれてるとボク的に助かるんだけど」
「どうしてかな?」
「いっしょに仕事してきて、悪い人じゃないって思ってるから」
町長のニヤニヤ度が10%ほどアップした。
「それは光栄だねえ。とはいえ、最初にいったとおり、もともと僕はニートだと伝えていたよね。どんどん増えていく町民にいろいろ考えなければならないことが多すぎて、僕のパパはこんな大変なことをよく喜々としてやっていたものだなと今更ながらに思うよ。正直疲れてるんだ」
心の中で引きこもりたいって気持ちが芯にあるからこそ、ボクは町長の在り方を好ましいと思っているのかもしれない。ボクもちょっとだけ引きこもっていたからわかるというか。
「でもボクがヤダっていえば町長はリタイアできないよね」
ちょっといじわるな聞き方をした。
でも、町長はまったく表情に揺らぎがなかった。
「それはそうだね。なんといえばいいかな。君もリタイアして配信だけを楽しみたいっていうんだったら、政治的なあれこれとは距離を置いたほうがいい。これはわかるかな?」
「わかります」
「とはいえというやつだ。君はヒイロゾンビの中心的存在だし、ゾンビハザードが収まれば英雄であることはまちがいない。それにさっき言ったとおりウサギちゃんを狩りつくした後のお犬様的な立ち位置になる。国は……、地球人類は君を放っておかないだろう」
「うん。そうかも……」
嫌だけど、しかたないかな。
ゾンビハザードはなんとかするって宣言したし。人類は滅びないように努力するって言ったし。
ヒロ友はボクの友達なのだし。
「この国はもともと権力の多層構造に慣れているからね。君は形骸化した権力を握って、実質的な政治は他人にお任せするという形になるだろう。つまり今と同じだ」
「うん。そのときの実質的な政治部分は葛井町長にお任せしたいんだけど」
「そこが少し問題なんだよ」
「問題って?」
「形骸化する君とちがって、僕が政治を握り続ければ、僕は権力に固執した醜い人間になってしまう。君をいいように傀儡にして地球を支配する黒幕になりかねない」
「あー」
町長の言いたいことがわかってしまった。
「でも、ボクがやっぱり町長がいいって言ったら?」
「他の人の評価がどうなるのかはわからないしね。僕は暗殺されるかもしれないね。僕は君が言うように悪い人じゃないのにねえ」
「うぐっ」
「議論よわよわガール……」
命ちゃんのテクニカルな突っ込みが痛い。
でも、そうなっちゃう可能性もあるのかな。
国がヒイロゾンビをつかってゾンビハザードを完全に駆逐したとき、この町をどうするかという議論は絶対にでてくると思う。ボクを無視するっていうのはさすがにないだろうし、いまのままでというわけにもいかないだろう。
一番いいパターンはある程度の自治というか、小国家みたいな感じだろうけど。
そのときに、ボクはお飾りだとしても、本当の政治をまわす人が悪の枢機卿みたいに思われても困る。
そうなりそうなのは、今のところ葛井町長なんだ。
葛井町長はアーリーリタイアしてもらったほうがいいのかもしれない。
ちょっと寂しいけど。でも悪い人じゃないし……。
ボクがヒイロゾンビを数千人従える権力者になれば、町長やヒイロゾンビたちの盾になれるのかな。まさしく"数"が武器になる。
「まあ、それはだいぶん先の話になるだろうし、僕はいきなりやめたりはしないから心配しないでいいよ」
「うん」
「それにヒイロゾンビが増えてくれば――逆に君の意見は通りやすくもなる。君が引きこもりたいというのなら、それも可能になるはずだ」
☆=
退出後、本当かなぁと思いながら、ボクはいつものように横にいる命ちゃんに聞いてみる。
「ねえ。命ちゃん。町長の話ってどうなのかな」
「まちがってはいないと思いますよ。保身が理由とおっしゃってましたけど、先輩にとってもヒイロゾンビを増やしたほうがいいのは間違いありません」
「増えまくっても困らない?」
「先輩はいつも人類側にたって話をされますけど、顔バレ身バレして、盛大に配信しまくっている現状で、このままゾンビハザードが収束していくとそれはそれで困ります」
「確かにそうだけど、ボク、わりとがんばってきたんだけど」
「先輩がヒロ友を助けたいという一念でやってきているのはわかります。でも、実際にはテロ活動にあったりしてるわけでしょう。こちらが主導権を握るべきだと思います。先輩だけでなくヒイロゾンビになった皆さんも、あるいは――もしかすると、この町のみなさんも潜在的ヒイロゾンビだということで危険にさらされますよ」
そういわれてしまうと、ボクは黙るしかない。
ボクは『みなさまのために~』といいながらも、ボクやボクに親しい人たちが犠牲になるのは嫌なんだ。
みんながボクの弾除けみたいになるのも嫌だ。
「先輩は我儘ですね」
「あー、それって前にも言われた気がする」
「人は我儘なんですよ。ままならない現実が多すぎますから」
「うん。そうだね」
「わたしも未宇ちゃんみたいに先輩に無理やりキスしたいです」
「やめてください」
「ウソですよ」
「よかった」
「でも、したいのは本当ですよ?」
憂いを帯びた顔になる命ちゃん。
わりと我慢しているらしい。
命ちゃんにはちゃんとした返事もしてないし、ボクは決められないダメなお兄ちゃんです。
少し自己嫌悪に陥っていると、
「先輩。手をつないでほしいです」
命ちゃんが狙い済ましたように可愛いお願いをしてきた。
「いいよ」
その提案も、命ちゃんの優しさだと思いました。
☆=
しばらく命ちゃんと手をつないで廊下を歩いていると、20人くらいは住めそうな大部屋の扉が開き、そこからひとりの女の子が飛び出してきた。
いや――、女の子の格好をしている男の子。
確か名前は新太くん。女装が似合う小学生の男子だ。
今日もスカートを履いていて、つるりとした無駄毛のない素足を見せつけている。
かなりカワイイんだけど、お兄さんのほうはわりとマッチョな高校生なんだよな。
いやべつにだからどうしたって話ではあるけど。
遺伝子は不思議だなって感じるくらいで。
「ヒロちゃん。お願いがあります!」
小学生らしい弾丸のようなまっすぐさで、新太くんは口を開いた。素早く、快活で、ひらりとスカートをはためかせる様は、やっぱり少年っぽいところもあるんだなとボクは思った。
「なにかな?」
「ボクもヒイロゾンビになりたいです! お願いします」
迷いも悩みも一切見られない。
タイムリーなご提案というやつだ。
「えっと、お兄さんは何か言ってない?」
「お兄ちゃんは関係ないです」
「どうしてヒイロゾンビになりたいの?」
「ヒイロゾンビはなりたい自分になれるんでしょ」
「そんな効果もあるみたい」
「ボク、女の子になりたいんです!」
「なるほど」
できるのかと思わなくもないけど、恵美ちゃんみたいに髪の毛をブルーに着色したりもしてるしな。自分の肉体領域をいじるというのは、わりと簡単らしい。
「自分で言うのもなんだけど、ボクってまちがって男に生まれてきたと思うんです」
「そうなの?」
性自認が違うってやつなんだろうか。
「そうなんです。だから、本当の女の子になれる可能性が少しでもあるならヒイロゾンビになってみたいです」
「ヒイロゾンビになっても女の子になれるかはわからないよ。新太ちゃんの努力次第だと思う」
「努力なら慣れてますから」
うーむ。一見美少女に見える新太ちゃんも、努力して今の姿を保ってるということだろうか。
「話はわかったよ。まず――お兄さんはどう思ってるのかを聞いてから……」
「お兄ちゃんは関係ないですよ」
「関係あるでしょ。家族なんだから」
「ボクが女装することについても、ゾンビハザードが起こる前は、お兄ちゃんはわかってくれませんでした」
★=
ボク、五十嵐新太は望まれなかった子どもだ。
いや――、べつにそんなに重い話ではないけれども。
お母さんが言うには「ふたりめは女の子がよかったのに」って。
だからかな。
お母さんはボクが小学校に上がる前までは、しょっちゅうボクに女の子の服を着せていた。
ボクはそのときだけは女の子になって「かわいい」と言われて、ボク自身もうれしい気持ちはあった。
女の子がよかったのにという言葉には、ボクも激しく同意する。
女の子ならかわいくていい。
女の子ならちいさくていい。
女の子なら足が遅くていい。
女の子なら力がなくていい。
女の子なら助けてもらえる。
本当の女の子に言ったらたぶん怒られると思うけど、ボクにはない、たくさんの属性を持っている「女の子」がこころの底から羨ましかったんだ。
どうしてボクは女の子じゃないんだろうって思っていた。
身体には余計なものがついてるし、小学生高学年になる頃には、少しずつ体つきが男になっていく。お兄ちゃんみたいに筋肉質のゴツゴツした柔らかさの欠片もないからだになっていく。
それはまるで、自分の身体が――自分自身が望まれない子どもに向かって成長していくようで、たまらなく嫌だった。
ボクは女の子のままでいたかった。
お兄ちゃんはボクが女装することを最初から、あまりよく思っていないようだった。ボクが自発的に女装を始めてからは特にボクといっしょに歩くのを嫌がった。ご近所さんに「変」に思われるからだ。
近所の人は、ボクが男だと知っているから。
ボクが女装している変態だと知っているからだ。
迷惑なのかもしれない。
ボクだって、もしもお父さんと同じくらいの年の人が、すね毛の処理もせずに女装していたら似合ってないと思うだろうし――、その人自身は楽しいと思うだろうけど、他の人にとってみたら、何をするかわからない変な人という見られ方をしてもしかたないところだと思う。
少なくとも女装というのは、世間から変だと思われてることだ。
つまり女装をするってことは、変なことをしてしまえる人間だということになる。
自分を優先している我儘な人間だということになる。
迷惑で我儘な人間――犯罪者予備軍。
そんなマイナスイメージがあるのかもしれない。
でも、人間なんて大なり小なりみんな我儘でみんな迷惑をかけて生きている。
そんなに「女の子」になるのが悪いことなの?
ゾンビハザードが起こって、お母さんもお父さんも死んでしまってから、お兄ちゃんは女装についてはなにも言わなくなった。周りの人も言わない。
ボクが女装しようがしまいが、生きることにはほとんど関係がないからだ。
でも言葉は残り続ける。
さぼてんの棘が刺さったみたいに、ボクは『変』なのかなって、自問自答してる。
ボクは本当の女の子になりたいと願い続けてきた。
それはボクが『変』じゃないって証明したいから。
完全になりたい。不完全なまま死にたくない。地中で大人になれずに死んでしまうセミみたいに、女の子になれずに死ぬなんて嫌だった。
ボクは女の子になりたい。
☆=
「変じゃないと思うけど?」
ボクとしては、フェルマーの定理の簡単な解法について、幼稚園児のときからつらつらとボクに対して見識を求めてきた命ちゃんのほうがよっぽど変だと思います。あの頃の命ちゃんはかわいい宇宙人って感じでした。
「先輩……、わたし、そんなに変でしたか?」
「あ、いや、ぜんぜん。とてもかわいい女の子だったよ」
命ちゃんがジトってボクを見てくるもんだから、思わず真顔になっちゃったよ。
ともかく「変」とか言ってくる周りの目は放っておいてもいいと思う。
そう思われることは、周りの評価だから止めようがない。
ボクがボスゾンビとして一部の方々に悪く思われちゃうのを止められないように、誰がどう思うかはわりと運次第だからね。
とはいえ、その行為が周りに実際上の影響を与えてしまうと、抵抗が強くなるという面はあるだろう。
新太ちゃんが女の子になりたいっていう願いは、あまり周りに迷惑をかけるものでもないし、それはいいんじゃないかなって思える。
しかし――、ヒイロゾンビ化という側面は判断が難しい。
「ヒロちゃん。お願いします」
「うーん。保留で」
とりあえずはそんな感じです。
未成年者の意思も、もちろん尊重するけど、やっぱりお兄さんの意見も聞いてみなくちゃね。
☆=
続きまして、ボクがあてがわられた町役場の一室でくつろいでいると。
突然、部屋のドアがノックされた。
「はーい」
わりとボクの部屋にはたくさんの人が来る。部屋のドアの前に使用中ってプレートをかけてたら、入ってこないでねって意味だけど、ヒロちゃんのお部屋って書かれたプレートのときは誰かが訪ねてきてもいい。そんな感じです。
現れたのは、20代くらいの若い女の人だった。
手の中には赤ちゃんがいて、まんまるな瞳をこちらに向けている。かわいい。
この人、知ってるな。
確か、ボクが配信を始めた頃に、車でゾンビから逃げていた人で、赤ちゃんを車から投げ捨ててその隙に逃げようとした人だ。
ボクが助けたんだけど、お互いにあまりいい印象ではないと思う。
あのときはついつい語意が強くなっちゃったからね。
それ以来、ボクはこの人と言葉をかわしたことはない。当然名前も知らない。
「どうしたの?」
「わたし――、北波多早苗っていいます」
「夜月緋色です」
うん。まあ名前を知るぐらいどうってことないよ。
積極的に仲良しになろうってしないぐらいです。
「あの……お願いがあるの」
視線は下を向き気味に、おどおどとした態度だった。
「なにかな?」とボクは聞いた。
「わたしとこの子をヒイロゾンビにしてほしいの」
「えっと。確か配偶者いたよね?」
ゾンビに襲われてたときに、夫婦喧嘩してた男の人。
この人の夫に当たる人がいたはずだ。
その人はいいの?
「あの人。すごく怖がりだから、わたしの提案も嫌だって」
「ふうん。別れたわけじゃないんだ」
「結婚するときに、ふたりは別れないって誓いあうから」
「だったら、その人をきちんと説得してから来ればいいのに」
あとから夫婦喧嘩の種を作るのも嫌だしね。
「わたし怖いの。こんなゾンビだらけの世界で、いつ襲われるともわからない。ここの人たちだって、いつ襲ってくるのかわからないじゃない」
「町のみんなはボクがいる限り、そんなことしないと思うけど」
犯罪者はボクが追い出すし、ここは絶対安全圏だし。
合理的に考えて、大人しくいい子でいるほうがいいに決まってる。
ヒャッハーして生きていきたいならお外でやってください。
「ここじゃないところでよ! 人間は余裕がなくなったらなんでもする。他人のことなんかどうだっていいのよ!」
「そんなに興奮しないでよ。というか、ヒイロゾンビになってどこか別の場所に行くつもりなの? それはちょっと困るかも」
辺田さんは霊圧なくなったからいいけど、ヒイロゾンビが町の外に出るとマズいかもしれない。
「この子にも広い世界を見せたいのよ」
あどけない赤ちゃんを見せてくる早苗さん。えーっとなんというか、子どもをダシにつかってないかな。あのときみたいに。
「赤ちゃんについては、親が責任を持つってことで、ヒイロゾンビにするしないも決めていいとは思うけど……、ヒイロゾンビになったからといって、完全な自由が保障されるわけではないよ。むしろ、いろいろと制限がつくと思って?」
ボク、いますごく政治的にナイスなことを言ってる気がする。
「それでもいい。ゾンビに襲われるよりは。その制限とやらを呑めばヒイロゾンビになれるのね?」
「うーん。保留で」
とりあえずは、そんな感じです。
とりあえずは、そんな感じです。