あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル112

 文化とは自我の総体である。

 

 どういうことかというと、文化というものは、あるひとりの人物が思いついて始めたことに対して、みんながおもしろいと思ったものには『いいね』して、自分もやりたいってなって、どんどん拡散していく。

 

 その中で、ある種のテンプレートというかお約束というものができあがって、自分なりのアレンジをくわえたりして、より洗練されていく。

 

 ゾンビ映画だってそうだよ。

 最初はロメロ監督が思いついたかよわい化け物が、いつのまにやらたくさんの人たちから

 

――自分も創りたい。

 

 と思われて、実際にそうなった。

 映画、漫画、小説、表現手段も多種多様。

 

 そして、文化になった。

 

 自我が出発点なんだ。自分も創りたいって想いが、絡まりあって、ネットワークを作り出し、群集と化し、それを消費する者たちが生まれ、また、クリエイターも生まれる。

 

「自己組織化する系ですね」

 

 マナさんが何か言ってる。

 

 でも、そう自己組織化する系、つまり、ひとりでに作られる創造力のネットワークというのが文化であって、それはみんなが自分だけの創造力を発揮しながら、でもひとりじゃないんだ。ゾンビとは違う。ゾンビはただの集まり。ただの集合体。同するだけのただの野合。

 

 ヒイロゾンビは違う。いわば、ヒイロゾンビは和する存在。自分が自分でありながら他と響きあう存在。

 

 だから、文化とは自我の総体論として結実する。

 

「やらかした現実から目をそらすように、哲学してるご主人様がかわいい」

 

 ううう。マナさんが何か言ってる。

 

 そう、ボクの目の前にはノートパソコンのスクリーンが広がっていて、そこには恵美ちゃんがかわいく自己紹介する動画が映っていた。

 

 この動画はアーカイブ。つまり配信済み。

 ボクの動画の関連動画として辿れるようになっていて、新たに生まれたきら星のような配信者として爆発的に有名になっている。登録者数、たった一日で530000だと。バカな。

 

 

 

 ※=

 

 

「ヒロチューバーのスカイです」

 

『ヒロチューバー?』『ヒロちゃん関係者?』『髪の毛染めてるのかな。かわいい』『すげーかわいい。この子だれ?』『アイドルかな?』『ピロピロ。オレのアイドル知識だとこの子はどこにも登録してない』『数秒で判断できるオレくんが怖い』『ヒロちゃんの真似して動画配信始めたやつもいるけどゾンビ関係じゃないとやっぱいまいち伸びないからな』『でもこの子かわいいから顔だけで売れる気がする』

 

「ヒロチューバーっていうのは、わたしが考えたの。ヒイロゾンビの配信者ってことで、ヒロチューバー。いい呼び名だと思うんですけど、どうかな」

 

『は?』『こんなかわいい子がヒイロゾンビなわけがない』『ヒイロゾンビって今どれくらいいるんだろうな』『めっちゃかわいい』『小学生くらい?』『顔つきは日本人っぽいけど』『超能力見せてー!』

 

「超能力まだ使えないの。でもみんながたくさん登録してくれたら使えるようになるかも」

 

『光の速さで登録した』『なにするの?』『パンツ見せて』『おいやめろ幼女はそっと愛でるもの。血の誓いを忘れたのか?』『オレくんにはオレのパンツを見せてやろう。じっくりとな』『アッー』『おまえら小学生配信者の前で見境なさすぎw』

 

「登録ありがとうございます。ん……なにか力が湧いてきた気がする」

 

『んっっていうところがえちえち』『小学生にセンシティブ感じるな』『おいちゃんと見ろ。ほっぺたに手を当てて曲げて立ててる紙のほうに向けると倒れたぞ!』『スゲーまるでハンドパワーだ』『じゃねーよww風かもわからんだろ』『登録した』『みんなスカイちゃんに元気をわけてくれ!』『うおおおお』

 

「えっと、じゃあこうして」

 

『キター!』『紙が飛んだ!』『また髪の話をしてる……』『鳥よ鳥よ!』『これでヒイロゾンビ配信者。ヒロチューバーであることが証明されたな』『ヒロちゃんの関係者なのかな』

 

「みなさんのおかげでできました。ありがとうございます」

 

『はにかむスカイちゃんかわいい』『うーん。やはり美少女』『手品かもわからんぞ』『ヒイロゾンビじゃなくても見るよ』『ハンドパワーやろ』『ヒロちゃんのときとおまえら反応変わらんよな』

 

「えっと、じゃあ……こうして」

 

『柔らかな肉を軽く切り裂く膂力』『王道をゆく自傷行為』『超再生能力確認』『ふーん。えっちじゃん』『えっち?』『女の子が傷つくのがえっち』『は?』『スゲー変態がいる』『みんなスカイちゃんにもっと集中しろ。初心者だぞ』『どんな配信していくの?』

 

「どんな配信か……えっと、ヒロちゃんみたいな楽しい動画にしていきたいです」

 

『やっぱりヒロちゃんの関係者?』『あんまり他の配信者の名前を出すのもどうかと思うが』『でも、ヒロちゃんはインフラだろ。ヒロチューバーにとっては切っても切れない関係なんじゃ』『いろいろと実験に協力してくれると助かります』『政府関係者か?』『ピンクちゃんのほうに行けよ。実験関係は』

 

「ヒロちゃんの関係者っていえるのかな。えっと、ヒロちゃんが配信する前にわたし、ゾンビに噛まれて半分くらいゾンビになってたんですけど、ほとんど自分のからだをうごかせなかったの。それで、ヒロちゃんに身体をふいたり、ご飯を食べさせたりしてもらってました」

 

『身体をふく』『センシティブ動画』『半分ゾンビってなんだ?』『抵抗力がある状態?』『ヒイロウイルスの影響で完全ゾンビ化を防いでいたとか?』『アンチウイルス?』『我々は全員ゾンビに感染している。だとすれば、全員アンチウイルスを多かれ少なかれ有しているということになるが』『噛まれてゾンビ化を免れていた例なんて無いぞ』『非常に興味深い……』『おまえらヒイロゾンビがいるからいまさら抵抗力とかどうでもいいだろ。よそでやれ』『スカイちゃんかわいい』

 

「ん? あれ、いま玄関のほうから音……」

 

『親フラ?』『スカイちゃん焦る』『動画やめないで!』『めっちゃ焦ってるww』『ヒイロゾンビの親ってやっぱヒイロゾンビなんかな』『オレもヒイロゾンビになりてえ』『外歩きたいよな』

 

「あー、あっ、お兄ちゃん!」

 

「お、おい。なにやってんだよ。配信はまだ早いって言っただろう!」

 

『兄フラ』『おにフラww』『お兄様!』『ひええっ』『あ、切らないで切らないで』

 

「でも、町の人たちもヒイロゾンビになったもんっ! お兄ちゃんもヒロちゃんもヒイロゾンビが増えたらって配信していいって言ったもん」

 

「そういう意味で言ってないだろ! 早く切れ」

 

『お兄ちゃんガチ切れwww』『ていうか町の人たちもヒイロゾンビ?』『いまヒロちゃんの町って確か数百人規模でいるって話だったよな?』『まさか全員ヒイロゾンビになってるのか』『おれもヒロちゃんの町に行きたい』『ヒイロゾンビってひそかにめっちゃ増えてるんじゃね?』『人類存亡の危機()』『オレもヒロチューバーになりてえ』

 

「えっと、じゃあ、そういうことで、ありがとうございました。次回配信は未定です』

 

 ブツっ――。

 

 

 

 ※

 

 

 

 やらかした現実。

 

 でも、それって恵美ちゃんの自我のせいだよね。

 ボク悪くないよね!?

 

「ご主人様がそう思うんならそうなんだろう。ご主人様の中ではな」

 

 ひえっ。

 

 でもでも――まさか思わないだろう。

 町のみんなをヒイロゾンビにしたときには、いまが微妙な時期だから、外部に漏らさないでねってお願いした。ピンクちゃんが他の国にヒイロウイルスを拡散するまでは、少なくとも、この町のことは伏せておいてねってみんなには言って、みんなもそれに了承したんだ。

 

 お行儀のよかった町のみんなは、どこにも情報を漏らさなかった。

 外部掲示板にも、ボクの動画のコメントにも、そういう情報は一切漏らさなかった。

 保身的な意味合いもあるんだろうけど、みんな結託して、ちゃんと情報封鎖したよ。

 

 でも――。

 

 思ってもいなかったのは恵美ちゃんの行動だ。

 恵美ちゃんは髪の毛が空色を思わせるブルースカイになっていて、自分も配信したいと言っていたけれど、恭治くんとの話し合いの中で、ちょっと待つようにお願いしたはずだ。

 

 そして、いちおうは恵美ちゃんも了承したはず。したよね?

 

「でも、町の人をヒイロゾンビにしてしまっていいかゾンビ荘のみなさんに聞いてまわってましたよね。そのとき恵美ちゃんも思っちゃったんじゃないですか? あ、これ――自分もしていいんだって」

 

「ヒイロゾンビになるのと配信するのは別!」

 

「恵美ちゃんのなかではいっしょだったんでしょうねぇ~。伝え損ね。報告連絡相談の齟齬。世の中にいくらでもある事象です」

 

「ボクの連絡ミスっていうこと?」

 

「いやまあ半分くらいは、恵美ちゃんのやっちゃえ精神だと思いますけどね」

 

「なんでやっちゃうかな」

 

「ひとつは配信環境が整ってきたというのも大きいでしょうね」

 

 最近、この町の周辺領域では無線インターネットというものを引いている。

 無線インターネットは山の上とか高いところから、ネット回線を配るものだけど、つまりそれさえあれば、町のどこからでもネットにつながったりできるわけだ。電気はまだ吉野ヶ里の太陽電気とつながってないから町役場で補充するしかないけど、それさえすれば――、町の中なら比較的どこでもつながるようになった。

 

 ボク、がんばりました。

 

 がんばった結果がこれだよ!

 

「もうひとつの理由としては、いまが黎明期であるということですね。案外、恵美ちゃんは商機というものを嗅ぎ取る能力があるのかも~」

 

「商機?」

 

「どんなものでも最初にはじめた人は強いってことですよ」

 

「バーチャルな配信者も確かにそうだったな。つまり、恵美ちゃんはこれから先、ヒロチューバーが増えることを予見して、みんなに先んじようと思ったってこと?」

 

「そうですね。おそらくそうだと思いますよ。無意識かもしれませんが」

 

「恵美ちゃんって頭よさそうだもんね」

 

 素の知識とかは小学生だけど、なんというか頭の回転とかが早そうだし。

 最後のお兄ちゃんとのやりとりはすごく小学生っぽかったけど、それ以外は早熟な女の子って感じだった。

 

「女の子の成長は早いですからね。ほろり」

 

「なぜ泣くのか」

 

「幼女指数が減っちゃうのは世界の損失ですから」

 

「そうですか……」

 

「ご主人様は成長しないでくださいね」

 

「なんかそれお口が悪い気がするよ!?」

 

 ボクだって成長してるつもりです。引きこもりじゃなくなりましたし。

 いまのボクは"お仕事"をしている。

 これはとてつもない成長ではないでしょうか。

 

「では――、ご主人様もお仕事をしていただきましょうか~」

 

「ふえ?」

 

「釈明のお時間ですよ」

 

「ふええっ」

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ヒイロゾンビが増えたことについては――もはや隠すことはできませんでした。

 恵美ちゃんの動画をもとに、町のみんなのスレに質問が投げかけられ、それに答える形で例の聖体拝領について明らかにされていました。

 

 その間わずか――数時間の出来事。

 さすがに、ピンクちゃんも命ちゃんもスレのすべてを把握することはできないし、監視するには人員がいる。書き込みっていうのは事前に防ぐことは完全にはできないし――、例えば中国のラインに似たアプリとかだと、特定の言語を弾いたりしてることもあるみたいだけど、暗号というか符号を使われてしまえば、それも意味がない。

 

 そもそも、ボクがそういう検閲めいたことを嫌がったんで、命ちゃんも自重してたっぽい。

 

 で、明らかにされる事実。

 引きずりだされた真実。

 そしてみんなの前にはボク。

 

 まさかまさかの釈明配信のお時間です。

 普通の配信がしたーい!

 

 たくさんの人がバラバラに質問しても、わけわかんないようになるんで、みんなの意見をまとめてもらい、何人かの記者さんが発言者になるようにしてもらいました。もちろん、みんなもコメントはできるんだけど、声を出せるのはその人だけって感じ。

 

 知らない人と話すのは緊張する。

 

――ヒイロゾンビについては、ヒロちゃんが意図的に増やしたのでしょうか。

 

「えーと、意図的といいますかなんといいますか。ボクが増やしたいって思って増やしたわけじゃないです。みんながヒイロゾンビになりたいっていうから、ボクがそれに応えただけというか。そんな感じです」

 

――具体的にどのようにみなさんのご意見を聴取したのですか?

 

「ボクが意図的に意見を集めたわけじゃないです。いつのまにかそういう空気感といいますか雰囲気だったんで、町長が町のみんなにヒイロゾンビの申込用紙を配布して、記入してもらうようにしてたみたいです。意思確認ってやつです。意思確認だいじ! だいじだよねうん」

 

 申込書についてはご丁寧にアップロードされていました。

 町のみんなも、もうやけくそだったんだろう。

 

――申込書を使ってコピーもしてくださいと。こういうやり方で幅広くヒイロゾンビを募っていることについて、ヒロちゃんはいつから知っていましたか。

 

「そういう文書をということについてはですね。ボクはつまびらかには承知していませんでした。ぜんぜんぜんぜん知らなかったです」

 

――この文書を見たことはなかったけど、募集をしているということは、いつからご存知だったんですか?

 

「ボクはですね。幅広く募っているという認識でございました。募集しているという認識ではなかったものです」

 

『?』『?』『?』『ふぁ?』『??????よくわからん』『募ると募集は同じ意味なんじゃないか?』『やはり小学生』『小学生だぞもっと優しくしろ!』『そうだそうだ。小学生でもわかる質問にしろよ記者!』

 

 ボクも言ってて意味がよくわかりませんでした……。

 

――わたしは、48年間日本語を使ってまいりましたけれども、募るというのは募集するっていうのと同じですよ。募集の募は募るっていう字なんですよ。

 

『つっこみが激しすぎる』『小学生だぞ。優しくしろ』『涙目なヒロちゃんがかわいすぎる』『やめてあげて』『48歳が11歳に言うには厳しすぎる言葉だと思います』『ヒロちゃんをいじめないで』『でもワイも意味がわからんかった』

 

「あの、それはですね。つまり町長がですね。いわば今までのですね。経緯の中において、それにふさわしい方々に声をかけていると」

 

――ふさわしい方に声をかけてるんじゃないです。これ見てくださいよ。コピーして。コピーしてくださいと、知人友人も誘ってくださいって書いてるんですよ。これが募るっていうことじゃないですか。

 

「ふさわしい方ということでですね。いわば募ってるという認識があったわけでございまして、例えばですね。新聞等にですね、広告をだして、どうぞということではないんだろうと」

 

『やばい泣きそう』『共感性羞恥』『ぷるぷる震えとる』『いまさら後にひけなくなってさらに苦しくなるヒロちゃん』『ごめんなさいまちがえましたって言うべき』『記者も手心加えろ』

 

「ごめんなさい。ボクがまちがってました……」

 

――あ、はい。その……わかりました。

 

「みんなの意見については文書は任せてたけど、町の全員から意見を集めてました」

 

――募集してたのですね?

 

「はい」

 

――いつからですか?

 

「たぶん、一週間ぐらい前です」

 

――乙葉さんが来られた直後ぐらいですね。何か関係はありますか?

 

「ボクのファンクラブの人たちがゾンビになって、普通のゾンビ状態からは治せなかったんで、ヒイロゾンビにしました。くすん」

 

『あー、泣いちゃった』『記者ひでえ』『小学生に詰問すんなや』『冷静に考えてノーマルゾンビから治せない状態って……』『死んだ?』『殺された?』『自傷……自殺か』『なんか熱狂的な信者っぽいもんなあいつら』

 

――つまり、ヒイロゾンビが一気に増えて、町のみなさんもヒイロゾンビになりたいと。そうなったわけですね。

 

「たぶんそうです」

 

――ヒイロゾンビになりたいという人が増えていたという認識はありますか。

 

「なかったです」

 

 ボクには町のみんながいつからヒイロゾンビになってもいい、なりたいと思っていたか正確なところはわからない。でもきっかけは些細なことだ。

 

 そういうことだ。

 

――これからもヒロちゃんは、ヒイロゾンビを増やしていくつもりですか。

 

「ボクとしてはいままでもこれからも町のみんながどう思っているか、どうしたいかを尊重したいです。ヒイロゾンビになりたいならどうぞって思います。でも、ピンクちゃんの件で、国レベルでどうしていくかが決まれば、それに従うつもりです」

 

『ヒロちゃんが大人っぽい』『今日もかわいかったー(こなみかん)』『なんだ、ただの天使か』『しかし、ヒイロゾンビになりたいって思えばならしてくれるなら、他県にも早くきてほしいぞ』『ヒイロゾンビの誰かが他県に来てくれねえかな』『スカイちゃんは小学生だから無理だろうが、他の大人なヒイロゾンビなら来てくれるかもしれんぞ』『知人友人ならワンチャンあるか?』

 

 みんなが声をあげてアレしたいコレしたいって言えば、例えば町の外だって出ていけるし、ヒイロゾンビの拡散は止まらないかもしれない。

 

 やってしまったことは取り返しがつかないけど――、少しだけビビるボクでした。




謝罪会見動画は伸びるらしいです。

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