あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル114

 ボクは女子中学生四人とラーメンを求めて旅をすることになった。

 といっても、日帰りだけどね。

 命ちゃんはラーメンにはあまり興味がないらしくお留守番です。

 

 そして、ボクはひそかに緊張していた。

 

 何をって決まってるでしょ。

 

 影に住まう者は光を浴びると朽ちてしまうのだ。

 ついていけるだろうか。光属性の彼女たちに。

 

 つまり、ボクとしてはまだ出会ってまだ数ヶ月くらいの女の子たちとサシで話し合わないといけないわけで、ゾンビに脅かされることもなくなった今では、彼女達はきらきらきゃぴきゃぴと小鳥のようにさえずっている。まるで光と戯れる小人さんたちみたい。うふふよろしくてよ。こっちにいらっしゃい。

 

 じゃねえよ!

 

 無理。

 

 それ無理ですよね。ボク的には、まあ普通に話す分にはできると思うんだけど、女の子トークってやつについていけそうにない。

 

 出会って間もない頃の疲労していた顔はどこへやら。

 令子ちゃんの人肉モグモグトラウマも大分薄れてきたのかなぁなんて思う。

 地味に、ヒイロゾンビ化による精神鎮静効果なんてものもあるのかもしれない。

 

「とぅ」

 

 前を歩く四人の少し後方を歩くボクは、人外めいた跳躍力でいつかのときみたいに塀の上に登った。お話の中に入れそうにないから、ひとり寂しく遊ぶのだ。

 

「ヒロちゃんも小学生だね」「あ、ほんとかわいー」「おこさまだー」

 

「ん?」

 

 気づいたらみんなに見られてた。

 なに言ってるのかちょっとよくわからないです。

 普通に高いところに登ると、なんかこう気持ちいいって感じで、落ちるという恐怖もほとんど消えた今となっては、なおさら高いところが好きだったりします。

 ただそれだけなんだけど、女子中学生のマインドでは解釈が異なるらしい。

 

「下に落ちたらマグマなんでしょ」「一機落ちるんだよね」「横断歩道の白いところ歩かないと死ぬみたいなやつ」「わかるわかるー」「あ、それやった!」「ジャンプするときスカート見てくるやついたよね」「ヒロちゃんも見えそうだよ」

 

 むむ。下から覗かれると見えそうなのか。マナさんが用意してくれる服って全部ふともも見えまくりのやつだから。とりあえず両手を使って伸ばせるだけ伸ばしてみたけど、たぶん効を奏してはいないだろう。

 

 とりあえずごまかしがてら、彼女達の話題に乗っかることにする。

 

「影を通らないと死ぬって遊びはしたかな」

 

「なにそれー」「くらいよー」「吸血鬼ごっこ?」「あ、でも男子達がそんなのやってたかも」「わたしもやったことあるよ」「えー、男子に混じってやってたの」「普通に女子だけでやってたよ」「わたしはそういう遊びはしたことないかな」

 

「まあ小学生くらいだと男子女子ってそれほど意識してなかったと思うよ」

 

「ヒロちゃんってどこ小?」「水鏡小学校ではなかったよね」「ご近所さん必須の」「ていうか、小学校区広すぎだし」「ここにはそれくらいしかないしねー」「少子化だし仕方ないよ」

 

 あらためて聞かれると困る。

 実をいうと福岡にある、とある小学校なんだけどね。

 ボクがまごついていると、何を思ったのか、令子ちゃんがぴょんと跳んだ。

 ブロック塀に足をつけて、ひらりと二段ジャンプ。

 塀の上に乗る。

 さすがのヒイロゾンビ。人間だった頃に比べると最低保証でも筋力は数倍はあるから、簡単に跳躍はできる。

 

「できた」

 

「へえ。わたしもそれできるかな」

 

 真面目そうな委員長ちゃんも楽しそうだ。同じような要領でジャンプ。

 

「わたしもやってみよう!」

 

 早成ちゃんもさすがにこの程度では尻込みしないらしい。むしろ置いていかれることに恐怖を覚えるタイプなのか。

 

 て、塀の上にさすがに四人は人口密度が、前と後ろを挟まれて動けないし。

 

 そして――、正子ちゃんは人間のままだからさすがに人外めいたジャンプはできない。

 

「ほら。正子」

 

 そのときの形容しがたい微笑は、どうにも表現しづらいものだと思う。

 

 ほんのりと、人間とヒイロゾンビの違いを感じて。

 さみしそうに笑ってたんだ。

 

 友情を信じてないわけではないと思う。

 その違いが致命的な亀裂を生むわけではない。

 でも――、違うんだ。仲良しグループだけど、ぴったりと一致しているわけではない。

 当たり前だけど違う人間。違う考えがある。

 

「みんなして塀の上に登ってどうするつもり」

 

「もちろん。落ちたら死亡だよね」「死んだらどうする?」「罰ゲームじゃん」「どんな」「えー、一番最初に好きになった人の話でもする?」「あんたの話もう何度も聞いたんだけど」「えー、まだまだ話したりないよ」「将来の夢とか」「知ってるし」

 

 きゃぴきゃぴ度数がまたあがってる。

 

「ねえ。ヒロちゃんは好きな人いるの?」「後輩ちゃんなんじゃないの?」「えー、でも女の子どうしだよ」「早成。それは差別発言。今の時代LGBTには厳しいんだから」「つっても、小学生でしょ。ヒロちゃんには早いんじゃ」

 

 少しずつ体温があがっていきます。

 

「でも、ヒロちゃんって天使ちゃんだし。性別とか関係ないんじゃないの?」

 

 令子ちゃんのなかでは、やっぱりボクは天使扱いみたいだ。

 天使に性別はないっていうしね。

 しかし、実際のところ、ボクってどうなんでしょうね。

 うーむあまり考えすぎるとよくわからん。

 

「命ちゃんのことは好きだけど……その名のとおり後輩ちゃんだし。ボクにとってはかわいい妹みたいな感覚なんだ」

 

 うん。これが偽りのない気持ちかな。

 

「ヒロちゃんのほうがどう見ても妹的ポジションのように思えるけど」「そもそも後輩ちゃんってなんで後輩ちゃんなんだろ」「後輩ちゃんって命ちゃんって名前なんだ。高校生だよね?」「高校生の後輩がいる小学生?」「ヒイロゾンビ的な後輩かなぁ」

 

「うーんとね。実を言うとボクは大学生なのです!」

 

 元男というのは、いっしょにお風呂に入ったりもしているし、とりあえず伏せておく。

 大学生というのは実害がない情報だからいいでしょ。

 君たち中学生とは歴然たる知識量学習量の違いがあるのだよ!

 

「ヒロちゃんって時々むふんってなるよね」「イキってるようで小動物が自分を大きく見せようとしているようにしかみえない」「あーわかる。リスとかが両手広げてガオーってやつ」「マウントとろうとするのが逆に小学生らしい」「大学生なのにあの作文はないよね」「どう考えても小学生ムーブなんだけど」

 

 JCの評価は思ったよりも辛辣だった。

 命ちゃん……ボク、くじけそうです。

 

 しばらく進むと、セーフティエリア外だからか、当然の権利のようにゾンビはそこらにたむろっている。アーアーいいながら、手を突き出して、誰か『人間』を求めている。

 

 正子ちゃんも人間のままだから、ボクがコントロールしなければ、当然襲ってくるだろう。

 令子ちゃんたちもゾンビに襲われた経験があるからか、最初の数分間は緊張していたけれど、すぐに慣れたみたいだった。

 

「ゾンビは怖くない?」

 

「怖いけど襲ってこないなら大丈夫」「襲ってこないゾンビなんて赤ちゃんみたいなものだよね」「映画みたいな腐って見た目ヤバイゾンビが少ないから大丈夫」「もしかしたら家族がいないかって見ちゃうよ」「おやじどこいったんだろうな」

 

 最後の発言は正子ちゃんのものだった。

 おやじというのは言うまでもなく、ボクが追い求めているラーメンおじさんだろう。

 実際、ゾンビというのは生前の行動をある程度受け継いでいるようなので、住んでいたところからはあまり離れない性質がある。

 

 ただ、これも絶対の法則じゃないし、現に彼女たちの親兄弟はみんな見つかってない。少なくともネットが復活した今なら、どこかの避難所に駆け込んでいるのであれば連絡をとろうとするだろうし。そうなってないということは、たぶんどこかでゾンビになっているんだろうと思う。

 

 そして――見つからない。離れた避難所近くでゾンビになったからか。あるいは――本当に死んでしまったからか。

 

 みんな明るい顔をしているけれど、そういった現実はあるんだよね。

 ラーメン食ってる場合じゃねえぞって感じで。ごめんなさい。ラーメン食べたくて……。

 

 でも、みんな気晴らしにはなったかもしれない。町のみんなはセーフティエリアを離れることはあまりない。町長がみんなには危険だからエリア外に出るのは届け出てからにしてほしいと申し伝えてるからだ。許可制ではなく届出制というところがミソね。

 

 なんで、そういうふうにしてるかっていうと、やっぱりヒイロゾンビの扱いがまだ確定していないこの状況だと、人間にさらわれたり、いいように扱われたりする可能性があるし、ヒイロゾンビがめちゃくちゃ感染拡大しちゃったら、それはそれで国際的な取り扱いも変わってくる可能性があるからだ。

 

 要するに自分と周りに責任が持てない限りは外に出ないほうが無難ってことです。

 ピンクちゃんの受け渡しは、いよいよ一週間後くらいに迫っているから、今急いで外に出なくちゃいけないって人は町民にはいないだろう。エリアの拡大スピードも周りの人が手伝ってくれてるから、早まってるし。

 

「ボクの釈明動画も役に立ったのかな」

 

 あの釈明動画のおかげで、外への説明はいちおうできたし、ヒイロゾンビが増えても、とりあえずのところ外部的な影響がなければ、国も静観してくれるみたい。外国はよくわからないけど、この国のことについては幼女先輩が教えてくれた。

 

「あー、あの釈明動画ひどかった」「正直、笑っちゃった」「募集と募るは実をいうと微妙に意味は違うから、ヒロちゃんの言うこともあながち間違いじゃない」「ヒロちゃんも大変だよね。あんな感じで質問されたらわたしだったら絶対泣いちゃう」「実際に泣いてたよね」

 

「ううっ」

 

 JCたちが厳しいとです……。

 

「あ、泣いちゃう」「泣かないでヒロちゃん」「え、ウソ。後ろからだと見えないんだけど」「あれくらいの釈明だったら町長に狐面被らせてやらせとけばよかったんじゃ」「町長だったら適当にのらりくらり言いそうだよね」「あの人が釈明してたら、怪しさ倍増でうちらヤバかったって」「ヒロちゃんのおかげで、追及すんのやめとこうって空気になったんだしさ」

 

 なぜか、後ろにいた令子ちゃんにギュっと抱きしめられています。

 命ちゃんの気配を感じる。これは不可抗力。これは不可抗力。

 

「あー、なんか後頭部あたりからいい匂いする」「なんのにおい?」「なんかー、えっと、練乳っぽい感じ」「あまーい」「実際舐めてみると甘いのかな」

 

「やめてくだしあ」

 

 たまらずボクは浮き上がり、みんなから距離をとる。

 

「あ、ズルい」「逃げた」「おいで。ラーメン食べさせたげるから」「正子が怪しいおっさんみたいなこと言ってる」「小学生からパパ活覚えたらまずいって」「パパ活っていうかお姉さん活動だから、おね活?」「あ、ますます遠くに」「かまいすぎると逃げるよ」「猫か」「ヒロちゃん猫っぽいしね」「確かにうちの妹もそうだったわ」

 

「おさわりは禁止です! 禁止!」

 

 ミツバチのあっため戦術で殺されるスズメバチの気分でした。

 ヒイロゾンビだからって油断できないなまったく。

 

「まあいいけど。ついたよ」

 

 そして、いつのまにやら目的地についていたらしい。

 

 ボクの目の前には、燦然と輝く『博多ラーメン』の文字があった。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 いや、ぶっちゃけ輝いていないんだけどね。

 

 正子ちゃんのラーメン店は老舗って感じで、看板も年季が入っていて、『ラーメン』の『ラ』の字がとれかかっている。看板は中が空洞になっていてライトで照らすタイプだったのか、アルゴンが抜けちゃった電灯みたいになんか全体的に黒くくすんでいる。

 

 だが! それがいい!

 

 この老舗な感じ。ラーメン一筋。他のことはなんも考えてないって感じが、実においしいラーメンを想像させる!

 

 ぐびりと喉が鳴った。ボクは文明人なので、文字だけで興奮できるのです。

 ビバ! 文明人!

 

「ああ、ラーメン」

 

「ヒロちゃんがお祈りポーズになってるんだけど」「浮きながらお祈りポーズだとマジで天使っぽいよね」「台詞はラーメンだけど」「ラーメンが食べたくてたまらないんだね……」「パンツ見えてるよ」

 

 JCズが何か言ってるけど、いまは気にならない。

 だって、本当に食べたかったものがそこにあるものだもの。

 地面に降り立つボク。天使の時間終了。いまのボクはラーメンを求めるただの小学生だ。

 

「さあ。正子ちゃん。つくろっか」

 

「いや、そんなつくろっかって言われてホイホイつくれるもんじゃないよ」

 

「えーっ。どうして?」

 

「どうしてって言われても、豚骨ラーメンってなんの材料でできてるか知ってる?」

 

「そりゃ。豚骨って言うぐらいだから豚の骨でしょ」

 

 大学生の知識量を舐めてもらっては困る。

 

「そう、豚骨。げんこつとも言うんだけどね。ちょうど骨の形が握りこぶしみたいだから」

 

「ふぅん……」

 

 知らんかった。

 大学生の知識、即敗北。

 でもまあいい。専門用語を知ってる正子ちゃんすごい。ラーメン店主になれるよ。

 浮かれていたボクだったけど、対称的に正子ちゃんの顔は暗い。

 

「あのさ。電気なくなってから何ヶ月経ってると思う」

 

「4ヶ月くらいかな……」

 

「豚骨どうなってると思う?」

 

「豚骨ゾンビになってる?」

 

「なに豚骨ゾンビって」笑われてしまった。「でも正解。見てみないとなんともいえないけど、たぶん使えないよ。仮に豚骨ゾンビになってないとしても味が落ちるし」

 

「じゃあ、ここに来た意味って?」

 

「香辛料とか、スープの素になる原料は残ってるだろうし、専門的なアイテムをいろいろとそろえる必要があるでしょ」

 

「豚骨はどうすれば……」

 

「九州内だと難しいかもしれないね。山口県あたりまでいってきて調達してくる?」

 

「ううーん……」

 

 停電状態なのは九州内だけ。だから、中国地方まで行けば電気はある。

 ちなみに九州内の主要な発電所はすべて物理的にぶった切られている状態らしい。

 らしいというのは幼女先輩に聞いたからで詳しいことはわからないけど。

 ともかくできることは、太陽光パネルを敷き詰めたりとか、そこまでの"線"をつなぐことかな。ボクだけじゃ人手が足りなさすぎるから、ヒイロゾンビが増えて誰かがやってくれることを願うばかりです。電力回復配信とかやったら人気がでるんじゃないかな。町の中だけだったら、吉野ヶ里の大規模太陽光発電からもらってくればいいから、そこまではやろうと思ってるけど。

 

 ともかく――。

 豚骨を手に入れるには、九州内じゃ難しい。

 いや、でも本当にそうかな。マナさんみたいに発電機を調達してる人がどこかにいないだろうか。ゾンビものでは定番の『プレッパーズ』とか。

 

 プレッパーズ。

 言わずと知れた備えるものたち。食糧とか防具とか備蓄しまくって終末に備える人たちのことを指す。当然、やる気に満ちた彼らは豚骨のひとつやふたつ隠し持ってるだろう。

 

 交渉次第では――、分けてもらえたりしないだろうか。

 

「ねえ。どこかにプレッパーズっていないのかな」

 

「プレッパーズ?」「英語よわよわガールじゃなかったの?」「備える者たちのことね」「豚骨ラーメンに備える人たちっているのかな」「プレッパーズが本当に備えているんなら、ヒロちゃんのこと知らないはずがないと思う」「インターネットとか無線機とか」「でも有線インターネットだけなら状況知らないで引きこもってる人もいるんじゃないの?」

 

 みんなボクの発言を吟味してくれている。

 

 ボクに豚骨を恵んでくれるプレッパーズさん、どこかにいないものか。

 正直なところ山口まで飛んでいって、また戻ってくるというのも、そこまで難しくはないと思う。ただ、もう少しでピンクちゃんのイベントが始まるわけで、ボクとしてはふらりとでかけていって帰らぬ人となったりしたら、みんなめちゃくちゃ困るだろう。ピンクちゃん主導とはいえ、ボクはヒイロゾンビの基点なのはまちがいないわけだし。

 

 それぐらいの自重はできている。

 せいぜい日帰りでなんとかしないといけない。だとしたら――、やっぱりボクの町で、そういう人がいるかどうか探してみないといけない。

 

 でも、備えてる人たちはゾンビハザードが起こったときに、ゾンビに見つからないように隠れるということも想定しているはずで、ボクもゾンビの一種なので彼らを見つけるのは難しいかもしれない。

 

 豚骨ラーメンへの道は険しい。

 

 そのまま、ワチャワチャと話しながら店内へ。

 

 店内はわりとキレイなままだった。窓が割れていたりすることもなく、店内に目に見えるような破損は見られない。少しだけ埃っぽいくらいかな。

 

 もちろん、店内に人気はない。ゾンビっ気もない。

 静かな空間だ。

 

「だれもいないよね」

 

 ボクは言う。いちおう、ヒャッハーさんがたむろってた場合も考えての発言だ。

 いま、中学生ズを守れるのってボクだけだからね。正子ちゃん以外はヒイロゾンビ化しているんで、そう簡単には死なないだろうけど。

 

「お化けがでないか怖いの?」と令子ちゃん。

 

「ぜんぜん」

 

 人間のほうが怖いんだけどな。

 みんなもそうじゃなかったの?

 でも、とりあえず人間の気配もないようだ。狭い店内だし、とりあえず本当にいなさそう。

 店内は電気がついていないので、薄暗く見通しは悪い。ただし、ヒイロゾンビは夜目が利くのでバッチリです。

 

 でも、人間の正子ちゃんも勝手しったる我が家だったのか、ズンズン奥に進んでいった。

 カウンターはすぐ傍にあって、厨房とカウンターが直結しているタイプのようだ。

 

「だいたいの道具はそろってるみたい。中見てみる?」

 

「見る見る」

 

 促されるまま厨房の中に入ってみる。わりと狭い。コンビニのバックスペースくらいの領域しかなくて、大人なら壁とカウンターに両手が届きそうだ。

 

 吊り下げられてるお玉とか調理器具の類。設置されたままの空の大きな寸胴鍋。中には大きめの鈍い銀色の冷凍庫があって、正子ちゃんは意味ありげな視線でボクを見た。

 

「見る?」

 

 冷凍庫の中を見てみるかと言っているんだろう。

 

「ここまできたらってやつだよ」

 

「チャレンジャーだね」

 

 そろりと開け放たれた冷凍庫。

 もしかしたらロッキーっていうボクシング映画みたいに、豚のお肉がつるされてたりするのかなって思ってたけど、そんなことはなく、中に置かれていたのは、普通に肉の塊だった。

 

 そして――。

 

「あー」「うー」「ああー」「ゾンビ肉」

 

 そうお肉はゾンビ状態だった。密閉されていたからハエはたかってなかったけど、浅黒い感じに染まってて、なんか変な臭いがした。豚骨はゾンビのように生き返らせることはできない。

 

「とりあえず……アイテムもってかえろうか」

 

 正子ちゃんの言葉に従って、ボクはラーメンのための道具を全部持ち帰ることにする。

 

 当然使うのは念動力。みんなにも小物は持ってもらったけど、さっきの寸胴鍋とかはボク担当だ。ガチャガチャと大きな音をたてながら、ボクはとぼとぼと帰宅。

 

「結局、豚骨がないというのが致命的だね。他はなんとでもなると思うけど」

 

 正子ちゃんのラーメンおじさんとしての発言は正しいだろう。

 香辛料とか卵とか、麺とか、そういうのは案外なんとかなるんだよ。実際、鶏とかご近所さんで飼ってる人とかいるし。生みたてをもらったこともあります。

 

 しかし――、お肉というのは、実際には、その前にご生前のお姿というのがあるわけで、自動的にキレイなお肉の塊が土から生えてくるわけじゃない。

 

「豚骨持ってるプレッパーさんを探さなきゃ」

 

「あるいは動物園とかで豚を捕まえてくるとか」「そういえば昔小学校で豚を育てて最後に食べるとかいう企画があったような」「ヒロちゃん。子豚ちゃんをキュってしめれたりする?」

 

「あ、いやさすがにそこまでは……」

 

 念動力使えば、キュっとできるけどさぁ。

 

「普通に、配信で頼んだら?」とは令子ちゃんの言。

 

 まあそれも考えました。でも、町のみんなの生存領域を考えると、難しいだろうし、町の外の人が豚骨を大量に持ってきて押し寄せるとか怖すぎる。豚骨まみれになっちゃうかも。

 

「知り合いがいいよね」「だったら幼女先輩かピンクちゃんなんじゃない」「ピンクちゃんならなんとかしてくれそう」「豚骨輸送作戦」「どんだけラーメン食べたいの?」

 

「いや、そこまでおおげさにしたいわけじゃないから」

 

「豚骨のためならそれぐらいしたっていいと思うけど」「ヒロちゃんが少しだけ我儘言ってくれたほうがみんなも安心するんじゃないかな」「友達にお願いするのはそんなに変じゃないと思うよ」

 

 女子中学生の結束は固いみたいだね。

 ピンクちゃんに頼んでみようかなぁ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「いいぞ。ピンクもこのごろヒロちゃんに会えなかったから行くぞ」

 

 即答でした。

 

 豚骨ゲット!(NEW)

 




パソコンぶっ壊れて、プロット崩壊の危機でした。
やはり保存は大事。超大事。

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