あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル11

 突然だけど、質問です!

 

 目の前のコンビニから銃声が聞こえてきたときにどうすればよいでしょう。

 

 どうすれば正しいかというより、どうすれば危険が少ないかの問題。

 

 つまり、リスクヘッジってやつ。

 

 見える危険を踏み抜かないようにするための知性。

 

 具体的には――遠目から様子を見たり、気づかれないようにこっそり侵入したりすることだと思う。銃を使うってことは、人間であるということだし、ゾンビは道具を使うことはあまりない。

 

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ゾンビは道具を使うか

 

作品のテーマとして、ゾンビの知性を取り扱ってるものは多い。ロメロ監督の『死霊のえじき』では、博士がゾンビをボブと名づけて飼いならす。大尉は鎖でつながれたボブをバカにする。ラストあたりで、ボブの傍に銃が転がり、それを手に取った。これはもしかして人を撃つものなのでは? ボブは訝しんだ。そして大尉はボブによって撃たれるのである。ただのうすのろだと思いバカにしていると、思わぬ反撃を食らうのがゾンビなのだ。

 

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 人間は道具を使う。そして知性があり同属意識がある存在だ。

 けれど――。

 人間だからって安全とは限らない。狂気にかられていれば危険。

 銃を持っていればなおさら。

 

 ボクの場合、どちら寄りなんだろう。

 ボクのこころは、ゾンビなのか人間なのか。

 数秒の間で答えなんてでるはずもなく。

 ほとんど考えもせずに、部屋の中に突入した。

 

 部屋の中を見ると、狭い室内には金髪の男の人が立っていて、飯田さんを見下ろしていた。

 飯田さんはその巨体を小さくちぢませて震えている。

 

 男がすばやく振り向いて、銃口をボクに合わせる。

 

 確か軍用ショットガン。

 レミントンとか呼ばれる映画とかでよく使われるスタンダードな散弾銃だ。

 

 ショットガンはBB弾のような丸い弾をシェルの中につめて発射する。

 近接での威力は熊でも一撃だといわれているくらいだし、ホラー映画ご用達の化け物退治専用銃ともいえるだろう。

 

 威嚇として撃ったのか、天井には弾痕がいくつもついており、パラパラと剥離した天井板の欠片が落ちてきている。

 

 いくらボクが超人的な力を持っているといっても、銃には勝てそうにない。ここでは避けるスペースもないし、狙われれば確実に殺される。

 

 怖い、と思った。

 

 その圧倒的な暴力の造形にボクは心臓がキュっと掴まれたみたいになった。

 ていうか、幼女! ボク幼女ですよ!

 まったく敵意なんてないんだけど!

 

 男の人はボクの姿を見て、一瞬戸惑ったみたいだった。

 

「え、女の子?」

 

「やめて……撃たないでぇ」

 

 ボク悪いゾンビじゃないよ。ぷるぷる。

 

 男はあっけなく銃をおろした。

 というか――この人は。

 この人は……、

 

「エミちゃんのお兄さん?」

 

 写真で見た姿のまま、エミちゃんのお兄さんが困惑していた。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「ごめんね。緋色ちゃん」

 

 エミちゃんのお兄さん――常盤恭治というらしい――は、ボクに謝った。

 

 常盤恭治(ときわ・きょうじ)。年齢は17歳。

 なにかスポーツをしていたのかそれなりに筋肉がついていて、シュっとした身体のつくりをしている。いわゆる細マッチョって感じかな。

 もともと大学生だったボクからしてみたら、『恭治くん』あたりが呼び名としてはふさわしいかもしれない。でも外見を考えると、エミちゃんのお兄さんを縮めて、『お兄さん』のほうがいいかな? どうなんだろうね。

 

 ショットガンは既に肩紐でかけて、エミちゃんの傍に座っている。

 

 このバックヤードって結構狭いから、四人もいると蒸し暑いね。エアコンは効いているけど、気分的に。

 

「私にも謝ってほしいんだが……」

 

 冷や汗をぬぐいながら、非難の声をだしたのは飯田さんだ。

 

「おっさんは別だろ。エミの髪の毛に気安く触れやがって」

 

 どうやら、ショットガン暴発に至ったのは、飯田さんがエミちゃんのお世話をしている一環で、髪の毛をブラシでといていたのが原因らしい。

 

 傍目から見ると、達磨みたいな男の人が、華奢な女の子に触っている情景だし、しかもそれが妹のこととなれば、激昂してもしょうがないのかもしれない。

 

 いや、冷静に考えたら、その程度で銃を撃つか?

 切れる若者怖い。

 そもそも、ゾンビもので銃を使うのは悪手だよね。

 このあたりのゾンビは全部よそにやったから、撃ったのかもしれないけれど。

 

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ゾンビと銃

 

ゾンビを蹴散らす武器として、遠距離攻撃は有能だ。噛まれたら終了なゾンビ相手に対して近づかずに排除できる武器は安全パイなのである。しかし、銃の場合、その大きな音がゾンビを引き寄せるということも考えられる。できることなら静かに倒すほうが無難だろう。例えば弓や投げナイフの類だ。珍しい武器としては、『フィスト・オブ・ジーザス』というショートフィルムで、キリストが魚を投げてゾンビを倒していた。わけがわからないよ!

 

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「それで――、お兄さんはどうやってここまできたんですか」

 

 ボクは空気がこれ以上険悪にならないようにするため、話題を変えた。

 

「ああ、スマホだよ」

 

 恭治くんがズボンのポケットから取り出したのは、何の変哲もないスマートフォンだった。たぶん、GPS機能をつかって、エミちゃんの持ってるスマホとつながってるんだろうと思う。文明の利器も捨てたもんじゃないね。そろそろ電気が終わりそうな予感もするけど、そうならないといいな。

 

「最初は小学校に行ってみたんだ。……オレは……エミがゾンビになってると思ってた。だから、ロッカーの中でそうなってるなら……これで」

 

 ショットガンを手にする恭治くん。

 

 続けて言う。

 

「ロッカーの中に誰もいなかったとき、オレはほっとするのと同時に焦ったよ。どこにいったんだろうって思った。あのとき手を離さなければって本気で後悔した。スマホを調べてみたけど、電気が切れているのかどこにいるかもわからない。だから――、もう一度スマホの反応があったとき、奇跡だと思ったんだ」

 

「オニイチャン……」

 

 恭治くんはエミちゃんと視線を合わせている。

 エミちゃんはさっきから落ち着きない様子だ。だいぶん人間らしくなりつつあるエミちゃんにとって、お兄さんの登場は、さらに回復を促すかもしれない。

 

「恭治くん。エミちゃんはその……なんといえばいいか。ゾンビと人間の境界に立っているのだと思う」

 

 飯田さんが神妙な面持ちで言った。

 

「そうか……。そうだよな。エミはあの時噛まれてたしな。でも、ゾンビになっちまったってわけじゃないんだな」

 

 取り乱すかと思ったが、恭治くんは案外冷静だ。

 飯田さんは恭治くんの反応を慎重に見極めながら言葉をつむぐ。

 

「エミちゃんは脈もあるし、体温も呼吸もある。量は少ないが食事もするし……、その……私ではなく緋色ちゃんが手伝っているのだが排泄もしている」

 

 まあ、ボクも半分くらいは男の精神が残っているという感覚があるけど、それは内緒。ここでボクが男でしたなんていったところで誰も得しないしね。ましてや、エミちゃんのことを半裸にひんむいて、めちゃくちゃ汗ふきまくって、ピンク色に染め上げたなんていえるはずもない。

 

「そうか……、そうですか。ありがとうございます」

 

 恭治くんは飯田さんのことを見直したのか、言葉遣いが少しだけ丁寧になった。

 

 今度はボクのほうに向き直り、

 

「緋色ちゃんも、手伝ってくれたんだろう。ありがとうな」

 

「いえいえ。ボクはその……特には」

 

 んー。こうやってストレートに感謝されるとなんか照れる。

 もともとは、飯田さんの小学生狩り(文面的にやばすぎる)に付き合った結果だし、エミちゃんのお世話をしているのもなりゆきだしな。

 

「それで恭治くん。今後はどうするべきだろうか?」

 

「エミはオレが引き取ります」

 

「引き取るとは具体的には?」

 

「オレにはコレがありますから」

 

 ショットガンをポンと触る恭治くん。

 

「しかし、エミちゃんは半分ゾンビ状態のせいなのか、あまり動けないよ。緋色ちゃんにはよくなついているのか、少しは動けるようになるみたいだが」

 

 飯田さん、よく見ているな。

 自分に対する他人の拒絶感とかそういうのを読み取る能力は優れているのかも。

 ボクが直接エミちゃんのゾンビ部分を操ってるとまでは悟られていないけど、気をつけないと危ないかもしれない。

 

「エミ。オレといっしょに行こうな」

 

 さて、どうしようかな。

 エミちゃんは自分で自分の身体をコントロールできない状態だ。

 それはもう介護が必要なレベルで、ほんのわずか立ち上がったりとか、よたよたとゾンビのように少しの距離だけ歩くとかはできるみたいだけど、ボクがゾンビ部分を無理やり駆動させないかぎり、まともに動くことはできない。

 

 いま、ここで立ち上がらせて、お兄さんについていくそぶりをしてもいいけれど、ボクが目の前にいなければ、そこまで精緻なコントロールはできないから意味がない。コンビニを出た後にボクがついていかなければ、その場で糸が切れた人形みたいになるだろう。

 

 エミちゃんは混濁した眼差しで、ただ恭治くんのほうを見ていた。

 恭治くんの顔が曇る。

 

「エミ……ダメなのか」

 

「背負っていくというのも危険だろう。エミちゃんは確実に回復している。少なくとも歩けるようになるまで、ここで静養しているのがいいんじゃないだろうか」と飯田さん。

 

「オレは……でも……」

 

 年相応といったらいいのか。

 どうにもならない現実に、恭治くんは葛藤しているようだった。

 

 しばらく時間が経った。

 飯田さんとボクは、恭治くんの決断を待っている。

 恭治くんがどこを拠点にしているかはわからないけれど、そこについていくという選択肢は、いまのところない。

 

 なぜなら、ゾンビ避けスプレーの存在が知られてしまうから。

 当然のことながら、ゾンビ避けスプレーというのはボクのうそっぱちから出た産物なんだけど、もしそういったものがあると知られればどうなるだろうか。

 

 ひとつはゾンビ避けスプレーを奪おうとするということが考えられる。

 もちろん、そうやって奪われても、べつにそれはそれでいい。

 ゾンビに囲まれて、それでそいつはオシマイだ。

 銃があればある程度は自衛できるだろうけど、弾は有限だろうし。

 

 問題は――。

 

 このお兄さんがひとりじゃない確率が高いってことだよね。

 

 だって、ショットガンなんて武器、どう考えても自衛隊にしか置いてない。自衛隊の駐屯地は確かすぐ近くにあったけど、さすがにまだ全滅とかはしてないんじゃないかなぁ。

 

 だから、単純に恭治くんには自衛隊員の誰かの伝手みたいなのがあって、そこから武器を調達したんじゃないかと考えるのが自然だ。

 

 もしも、ゾンビ避けスプレーを奪われて、その効力が嘘だとわかれば、ボクにそんな能力があるってバレちゃうかもしれない。

 

 そうでなくても、短絡的な人間なら、逆恨みすることも考えられる。

 

 ボクたちがエミちゃんとどうやって合流したかということを考えると、ボクたちが武器もなにもないなかで小学校から脱出したというのはいかにも不自然だし……、うーん、恭治くんがあまり考えない人だったらいいんだけど。どうだろうね。金髪の爽やか君って感じで、たぶん陽キャ。

 ボク的にはちょっと苦手なタイプだ。タイプが違うから思考も読めない。

 

 エミちゃんと同じ年代だからか、ボクに対してはめちゃくちゃ柔らかい態度だけど。

 

「あー、どうするかな」

 

 恭治くんがぽりぽりと頭をかいた。

 それからスマホを取り出した。

 

「すいません。仲間と連絡とっていいっすか」

 

「かまわないが……、できれば、ここの場所のことは知らせないでほしい」

 

 飯田さんは略奪とかを恐れているんだろうな。

 ゾンビ映画では、定番の状況だしね。

 ここにある食べ物は、エミちゃんとボクを含めても、たぶん2、3ヶ月は持つと思う。

 電気と水が切れたら、カップ麺系は厳しくなるけれども、それ以外の残ってるものは缶詰とか、だいたいが保存が利く食糧ばかりだ。味に飽きてはくるけどね。

 それが、もし、大きなコミュニティに属するってことになれば、そういった食糧をさしださなくてはならなくなるかもしれないし、悪ければ、全部一方的に取られてしまうことも考えられる。

 

 恭治くんは、エミちゃんがここにいるから、そういったことはさせないように努力するかもしれないけれど、他の人はわからない。

 

「わかりました」

 

 恭治くんはそう言って、電話しはじめた。

 

 バックヤードの外は危険だから、この場所で電話するしかない。

 

 若干、気まずそうにスマホを手で覆い、声を小さくして連絡をとりあっている。

 

「あ、大門さん。オレです」

 

「恭治くん。無事だったか。心配したぞ」

 

 ボクは強化された聴力で相手の声も聞き取ることができた。

 わりと便利な身体になったよね。ボク……。

 

 大門と呼ばれた人は、たぶん若い精力に溢れた男の人の声だ。声質からは三十代から四十代くらい。飯田さんと同じようだが、声が硬い。喉の筋肉がたぶん発達している。ということは全身の筋肉が発達しているということが予想される。体育会系かな。うわ。苦手っぽい。

 

「エミ……見つけました」

 

「……! そうか。よかったな。それで処理は……したのか?」

 

 驚き。

 一瞬の思考の間隙。そして声の感じからは、一見すると温かみがあるように思える。しかし、どうにもうさんくさい。

 この大門って人は、どうして恭治くんをひとりで送り出したのだろう。

 厄介払いだったのか。

 それとも、エミちゃんのところに行くことを恭治くんが強行したのだろうか。

 

「いえ。違います。信じられないかもしれませんが、エミは生きてました」

 

「ゾンビではないんだな」

 

「はい。ゾンビじゃありません」

 

 エミちゃんのことを視界に入れながら、恭治くんは頭を左右に振った。

 たぶん、厳密にゾンビじゃないけど、ゾンビっぽいところもあるから、どう伝えるべきか悩んでいるんだろうと思う。

 

 しかし、どのようなコミュニティであれ、ゾンビですなんて言って受け入れられるわけがない。インフルエンザで学校に突入するようなもんだし。ゾンビウィルス(仮)に罹患している患者を受け入れるところなんてないだろう。

 

 恭治くんの悩みはそこに尽きるともいえる。

 このコンビニで恭治くんが何日か置きにきてもいいんだろうけれども、ゾンビ避けスプレーの存在を知らない恭治くんからすれば、この場所はめちゃくちゃ不安定に見えるんだと思う。下手すると餓死の可能性もあるだろうしね。

 

 つまり、コミュニティには帰りたい。

 それが恭治くんの第一目標。

 けれど、エミちゃんが半ゾンビであると知られるとまずい。

 そんな感じか。

 結局帰ったら、そこでエミちゃんの状態を知られると思うんだけど、どう考えてるんだろうな。それでもここで生存戦略考えるよりはマシだと思ったのか。

 

「そうか。よかったな……それですぐ帰ってくるんだろ?」

 

「いえそれが、エミが動けない状態なんです」

 

「噛まれてはいないんだな?」

 

「……ゾンビ化はしてません」

 

「なら、なぜ帰ってこない」

 

「その……ひどく衰弱していて、オレが背負っていければいいんですが。大門さんのほうで人手をだせませんか」

 

「うーむ。オレか小杉が迎えにいくほかないが……小杉は当てにならんし必然オレか……、恭治くん。きみは今どこにいるんだ。小学校か?」

 

「いえ、近くのコンビニです」

 

「ひとりか?」

 

「いえ、生存者がエミ以外に二名います。大門さんと同じぐらいの年齢の巨漢がひとり。もうひとりはエミと同じくらいの年齢の女の子です。どうやらエミを保護してくれてたみたいで」

 

「……そうか。だったら、その男のほうに背負ってもらって、おまえが守りながらこっちに来るのはできそうにないか?」

 

 無理そうですよね? 的な聞き方って、わりとズルいと思う。

 そこには、一定の思考誘導が含まれているから。

 

 恭治くんはまた悩んでいるみたいだった。

 ショットガンひとつで、この集団を守りきれるかを考えているのかもしれない。

 そして、ボクたちはいっしょに行くとは一言もいってない。

 

 うーん……、ついていくという選択肢はそれはそれで面倒くさいと思ってしまう。こんなことを考えてしまうのも、ボクにはゾンビに襲われるという危機感がないからだ。

 はっきり言えば、お家に帰って、お姉さんといちゃいちゃしたい。

 人間関係って、すっごく面倒。

 

 でも、ボクがもしゾンビに襲われる普通の少女だとしたら、そんなことを考えたりするのは不自然かもしれない。

 

 普通だったら――、つまり自分の生存率を高めるという発想に基づくならば、ボクは大きなコミュニティに属したほうがいいし、大人についていくというのが合理的だ。

 

「なあ……、おっさん。緋色ちゃん。オレの仲間のところに来てもらえるか?」

 

 電話はいつのまにか切ったらしく、恭治くんはボクたちのほうに振り向くと、そんなことを言ってきた。

 

 どうしよう。




あけましておめでとうございます。
正月期間はできるだけ書きまくりたいな。
そろそろプロットを書こう。
そしてtsロリ配信して、みんなに褒めてもらうんだ。
などと思う今日このごろです。

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