あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル121

 ピンクちゃんのママとの話し合いも済み、何を着ていくかとりあえず決めたよ。

 

 やっぱり、振袖くらいは着ていこうかなって思う。それが政治的な傾斜を生むとしても、ボクって日本人だもん。日本びいきしてもいいよね。ピンクママさんの他国はボクを日本人だと思わないって発言に、ちょっとだけ嫌だなって思ったのが理由です。

 

 つまり、ボクは『ボク』だけど、例えば、命ちゃんに慕われていたり、全人類の十分の一くらいにヒロちゃんとして認識されていたりするわけで、そのひとつに日本人という装飾もついていいんだって考えだ。ボクは生身で裸身のボクでいるってことは稀で、大体の場合は社会的な肩書がついてくる。その中で、ボクが好きな肩書をひとつふたつ自由にくっつけることの何が問題だろう。

 

「自分が自分であることに誇りを持つということは大事なことだ」

 

 ピンクママさんもそう言ってくれた。

 

 それと、実をいうと明日は元旦なのです。つまり今日は大みそかってことだけど、紅白もガキ使もないと、さっぱり大みそか感がでないよね。だから振袖着てみたいなって。ヒロ友のみんなも喜んでくれるかなって。明日のイベントは配信することになってるから、いままで着たことのない服を着てみるのです。魔改造された浴衣っぽいのは着たけどさ。ガチの本物はさすがにまだない。ウン千万円の着物を着るのも初めての経験だ。

 

 女の子の服ってことに、すこーしだけ抵抗感があるけど、まあボクってかわいいしなと思うと、わりと薄れるよ。自分を客観視すればいい。

 

 そんな感じで決めたのです!

 

「どうせなら結婚式のようにお色直しするとかもいいぞ」

 

 ピンクちゃんが意見を述べる。

 

 それも考えなくはないけど、振袖って結構装備するのに時間がかかるイメージがあるな。よくわからないけど脱ぐのも同じくらい時間がかかるんじゃないかと思う。明日はお偉いさんが来るわけで、ボクとしてはさっさとイベント自体は終わらせたいんだ。みんなにヒイロウイルスを渡したあとは、適当に配信して、家に帰りたいです。

 

 だって、ほとんどの国が政治的トップクラスの人が来るんでしょ。

 チートを持ってても小市民なボクはこころが持たないよ。

 

「ピンクもヒロちゃんとおそろいの振袖を着たいぞ」

 

「それは問題ない。モモの分もきちんと送られてきていた。後輩ちゃんの分もだ」

 

 ピンクママさんはピンクちゃんをかいぐりかいぐりしながら言った。

 

「おお。日本もなかなかやるな。えらいぞ」

 

 ピンクちゃん上から目線で日本をほめる。無邪気なので嫌味はない。ボクとおそろいの服を着たいってところに、ふわっとしたうれしみを感じます。

 

「じゃあ、ピンクちゃんは振袖ね。命ちゃんはどうする?」

 

「わたしは遠慮しておきます」

 

 命ちゃんはきっぱりと言った。

 

「どうして」

 

「やはり、政治的な傾斜配分が気になりますから。わたしは普通のドレスでいこうかと思います」

 

「ふうん。命ちゃんがそれでいいならそれでいいよ」

 

「ですので――、先輩好みのわたしに染め上げてください」

 

「ぼ、ボクが決めるの?」

 

「はい」

 

 うつむきがちに頬を染める命ちゃん。

 うーむ。ボクの服飾センスなんて、たかが知れていると思うんだけど。

 

「あー、ピンクもピンクも選んでほしいぞ!」

 

 じたばたもがくような感じでピンクちゃんが言う。

 でも、ピンクちゃんのママが拘束を強めた。抱きしめた感じ。

 

「モモ。振袖は日本だけ。日本は奥ゆかしいのか三人分しか送ってきていない。つまり、選ぶという能動的作業の余地は残されていない」

 

「むぅ……」

 

 ピンクちゃんのほっぺたがフグのように膨らんだ。

 ママの前では人並みに八歳児だな。そこがかわいいところなんだけど。

 

「まだまだですね。ピンクさん」

 

 み、命ちゃん様。まさか八歳児と張り合っておられるのですか。

 

「ヒトは本当に欲しいもののためなら、たとえ相手が幼女だろうと本気を出すのです」

 

「命ちゃん。目がこわいです」

 

 野生の瞳ですよ。猛禽類あたりに狙われている小鳥の気分だ。ボクに抵抗する術はほとんど残されていない。

 

 あとでめちゃくちゃコーディネイトしました。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ピンクママさんといったん別れ。

 

 ボクが次に案内されたのは当然の権利のようにピンクちゃんの個室だった。命ちゃんの部屋とかにも案内されたことがあるボクだけど、純粋な女の子の部屋に案内されたのってこれが初じゃないか?

 

 ピンクちゃんがさりげに手をつないできた。

 ボクをぐいぐい牽引している。

 

「明日までヒロちゃんと遊びたいぞ」

 

 やはり、かわいい。

 ロリコンとかそういうのではなく生物的にかわいいピンクちゃんである。

 

「うん。いっしょに遊ぼうね」

 

「先輩。わたしって純粋な女の子じゃないんでしょうか」

 

 消沈した命ちゃんの声。

 

「幼馴染の部屋はやっぱりちょっと違うかなって感じがして。べつに命ちゃんが女の子らしくないとかそんなことを言いたいんじゃないよ。命ちゃんはボクにとっては家族だから」

 

「家族ですか。先輩はぬるくてゆるやかではっきりしないファンシーな世界が好きなんですね」

 

「ん……。まあそうだよ」

 

 現実はいつだって峻別する。

 

 生と死。端的に言えば、生が利益で、死が害だ。

 そうじゃない世界にボクは行きたかったから。曖昧な世界が好きって言われればそのとおりだ。

 

 でも冷静に考えたらそれってカオスなんじゃなんて思うけど。

 

 そんなことを考えながら、ピンクちゃんの部屋に足を踏み入れ、ボクは息をのんだ。

 

――カオスじゃん。

 

 本当のカオスがそこにはあった。

 

 科学者だし理系だから、なんというか簡素な部屋を想像していたけれど、むしろ雑然とした法則性のないような奇妙さがある。

 

 空母内にしては広く、25㎡くらいはありそうな部屋。

 

 そんな広い空間に、足の踏み場がないくらいモノがおかれている。なんだこれ。キリンのぬいぐるみ? 棘のついたバランスボールのようなもの。英語か何かで印字された文字が書かれたメモ。分厚い辞書みたいな大きさの本。よくわからない機械。かろうじて雑多なアイテムに埋もれずにいるのは、部屋の端っこに鎮座している大きめのベッドだけだ。

 

「お……汚部屋だ」

 

 説明するまでもないけど、汚部屋とは、整理整頓清掃がなされていない汚らしいカオス係数の強めのお部屋のことをいう。ボクもマナさんが来てくれる前は、そこまで綺麗な状態じゃなかったけどさ。さすがにこのレベルじゃなかったよ。

 

「この配置が最高に使いやすいんだ」

 

 いやいやそれって掃除できない人が言う言い訳ナンバーワンだよ。

 

「掃除とかなさらないんですか?」

 

 なぜか丁寧語になってしまった。

 

「してるぞ。そこらで自動掃除機が徘徊してるはずだ」

 

 自動掃除機って、あの丸いやつですかね。

 

 そう思っていたら、不意に物陰からウイーンウイーンという小さな音が聞こえてきた。

 

 ボクはそっと視線をやる。

 

 すると、黄色くて小さくて馬みたいに四足歩行している機械と目があった。

 

 モノアイがあやしく赤く光っている。少し突き出た部分がまるで豚の口みたいになっていて、鼻先を近づけるように床を掃除していた。確かにお部屋の中をよく観察してみると、埃っぽくはない。

 

 カシャンカシャン言いながら歩いてると、なんとなくかわいらしい感じもする。

 

 でも――。

 

「災害救助みたいになってるんだけど」

 

「大丈夫だぞ。物の配置は把握している」

 

「ウイーン。ウイーン言ってるんだけど」

 

「静穏設計だ。問題ない」

 

 いや確かにそこまでうるさくはないけどさぁ。

 

「欧米だと、ハウスキーパーを使わない限り、自分の部屋は自分で掃除するということなのかもしれませんね。ピンクさんもご自分でという発想が、ああいうロボットを造るってことになってしまうのかも」

 

 命ちゃんがそっと部屋の中に入りドアを閉めた。

 

 ボクはおそるおそる提案してみる。

 

「ちょっと掃除したほうがいいんじゃないかなぁ?」

 

「え、そうなのか?」

 

「ベッドの上くらいしか足の踏み場もないしね。遊べないよ?」

 

「むぅ。ピンクはベッドのうえでいっしょに枕投げとかできればよかったぞ。漫画とかでしてるやつだ。それか、いっしょに布団の中にもぐっておしゃべりするんだ。楽しいぞ」

 

 ピンクちゃんって同年代の友達がいないって言ってたから、そういう普通の遊びにあこがれていたんだろうな。とはいえ、ガールズトークはボクも初心者ですけどね。

 

「えーっと、ボクとしてはもう少しお部屋が片付いていないと、そっちが気になっちゃうな」

 

「そうか……。じゃあ、少し片づけよう」

 

「ボクも手伝うよ」

 

「いや、それには及ばない」

 

 ふわりと本やら機械やらを浮かせて、ピンクちゃんが片づけていく。

 もうすでに十分なヒイロちからを備えているピンクちゃんなら、そういった片づけ方も可能だと思ったけど、明らかに物の移動スピードが速い。本とかを書棚に片づけるにしろ、すさまじい勢いでマルチタスク処理をしている。あるいは自動的――といった感。

 

 ピンクちゃんの処理能力が速いからかなって思ったけど、明らかに異常なスピードだ。

 なんというか時間が巻き戻るのを見ているみたいな。

 それで、数十秒もしないうちにお部屋の中はきれいに片付いてしまった。

 

「どうしてこんなに早く……」

 

「ヒイロウイルスは現実を改変する能力があるからな。例えば、空間配列情報に所与の配置を記録しておくということも可能なわけだ。つまり、ピンクは元の部屋の状態を記録しておいて、それを展開させただけだぞ」

 

「ピンクちゃんってもしかしてボクより力の使い方がうまいよね」

 

「ピンクにはさすがに町役場を持ちあげることはできないぞ。ただ、ヒロちゃんも火をおこしたり、氷をてのひらから出してみてもいいと思う。いずれこういった力の方向性も体系化していこうと思うが、科学のようにいつでもだれにでも扱えるわけではないから難しい部分もあるな」

 

 ピンクちゃんはいろいろ試しているんだろうと思う。

 

 ボクはただ単に便利そうだから使ってるだけだ。パソコンがどう動くかわからないけど、とりあえず使っているのと同じ。

 

 ボクってほとんどの場合、サイコパワーで脳筋プレイしているからな。

 

 ライトセイバーもどきを掌から出したりもしてたし、念動以外の現象再現もできなくはないんだろうけど。いまいち、そういった変則的なのは苦手です。

 

 やろうと思えばできるんだろうけど、面倒くさいっていうか。

 だって、火をつけるんだったらライター使えよって話で、わざわざ念じる必要性ってないじゃん。

 

「先輩って勇者ですからね。基本的には回復魔法と雷系しか使えないっていう」

 

「じゃあ、命ちゃんはなんなのさ」

 

「うーん」少し考える仕草。「お嫁さんでしょうか」

 

「そんな職業はないよ!」

 

 ほのぼのとしたやりとりがしばらく続いた。

 ちなみに、ピンクちゃんのベッドのなかでイチャイチャもしました。

 

 

 

 ☆=

 

 

 結局、ボクたちはピンクちゃんのベッドの上で、トランプしたり、枕投げしたり、ベッドの上で意味もなくぴょんぴょんしたりしただけだった。命ちゃんはさすがに高校生だから恥ずかしがってぴょんぴょんはしなかったけど、ボクは見た目小学生だ。まったく恥ずかしくない。幼女化しているなんて言わないで。

 

 これもピンクちゃんの情操教育なのです。つまり、ピンクちゃんに合わせたのです。

 お兄ちゃん的行動なのです。

 

「言い訳乙です」

 

 と、命ちゃん。あいかわらずクールな一コマだけど、命ちゃんはボクが頭をくっつけて寝ていた枕をまた吸ってる。何がいいのかボクにはわからないけど完全なヒイロ中毒者です。治療法は残念ながら確立されていません。

 

 ピンクちゃんがもそもそとベッドから起きだしてきた。

 

「ヒロちゃん。ちょっと相談なんだが」

 

「どうしたの」

 

「ピンクは、いままで配信っていうのは一方的な供与と思っていたんだ」

 

「供与?」

 

「つまり、配信者側から視聴者へ適当に気が向いたように情報を振り向けるだけのものと思ってた。でも違うんだな。ピンクは――いまむしょうにこの時間をみんなと共有したいぞ。ピンクフレンズにヒロちゃんといっしょにいるっていいたいんだ」

 

 この子。かわいすぎませんか。

 とりあえず、そっとピンクちゃんを撫でる。

 

「ピンクちゃんがそうしたいなら、ボクは協力するよ」

 

 特に反論する人もいないので、突発的な配信になったのです。

 いつものように命ちゃんに配信用カメラで撮ってもらって。ネット接続は実はこの船ならどこでも常時接続のようです。

 

『うお。いきなりベッドの中』『甘い空間』『空気がうまいな』『すぅぅぅぅぅぅぅぅ』『開幕掃除機やめろ』『かわいい女の子がベッドの中から配信とか最高すぎるやろ』『ざーこって言ってくだしい』『おう。クソ雑魚なめくじはこっちでオレと戯れような』『アッー!』

 

「えっと、明日にはいよいよヒイロウイルスの受け渡しなんだけど記念配信するね。今日は特に何をするって決めてないんだ。雑談しようか?」

 

『人類の存亡をかけた一日が雑談で消費される件』『毒ピンがヒロちゃんに濃厚接触しているな』『まあすでにインフェクテッドなので問題ない』『ヒロちゃん。いまどこにいるの?』

 

「いま、ボクがいるのはね。空母の中かな」

 

 ベッドから起きだして、両の手を広げ、ピンクルームを見せる。

 雑然としていたお部屋も今では綺麗に整理されている。

 壁とかはむき出しの鋼鉄なので、わりと空母っぽい。でもやっぱり空母なら外に出なきゃね。

 

「ピンクちゃん。外の様子を撮影していい?」

 

「ん。ちょっと待ってくれ。ママに聞く」

 

 ピンクちゃんがすぐにスマホで聞いてくれた。普通だったら重要機密で、モザイクとかかかりそうなところだけど、今日は特別らしい。

 

 ピンクちゃんの部屋から甲板までは撮影し放題だ。

 

『これが最新鋭の空母の中か』『ヒロちゃんもついに欧米進出なんやなって』『ヒロちゃんはオレが育てた』『ガチで国連的な組織にいるんだな』『ゾンビもそうだけど現実味ねえよ』

 

「どっこい。これが現実なんだよな~。みんな見て。甲板ってこんなに広いんだよ。戦闘機もすごくきれいなフォルムしてるし、おっきいよ」

 

 甲板に出たら、やっぱりその広大なスペースに圧倒される。

 端っこにおいてある戦闘機もボクの身長の何倍もあって、白くて流線形のフォルムは見ていて飽きない。隣にいるピンクちゃんがうっすらとほほ笑んでいた。

 

「みんな、大丈夫だぞ。いろいろ不安はあるかもしれないが、希望はある。明日は今日よりよくなっていく。ピンクはそれを一番に伝える必要があったんだ」

 

 たぶん、町のみんなに伝え損ねたことをピンクちゃんは後悔していたのかもしれない。

 ただ事実を伝えただけで、ピンクちゃんはちっとも悪くないけど、でもその事実だけだとみんなは納得しなかった。

 ピンクちゃんはわりとドライな性格をしているけれど、それでも感情という重さを知ったんだと思う。

 

『なんだ。毒ピンがついに天使に昇格したのか』『控え目にいってピンクちゃんにバブみ感じるわ』『朝焼けの水平線を見ると、なんというかただ美しいとしか』

 

 ボクは言う。

 

「上にいこう」

 

 それは字義通りの意味だった。空中浮揚で空に浮いて、甲板の上空に躍り出る。

 あまり離れすぎると配信ができなくなるけど、ほんのちょっとだけ浮くんだ。

 ピンクちゃんは自前で浮けるようだけど、命ちゃんはまだ難しそうなので、ボクが手伝った。

 

 蒼くきらきらと輝く大洋に、大きな船が豆粒のように見える。

 

 人の作り出した英知。世界中の国々から集まってくる船たち。

 ここ、いんとれぴっどに向かって、どんどん集まってきているのが見えた。明日までにはまだたくさん集まってくるだろう。小さい船。大きい船。自分の国の国旗を掲げて、こっちに近づいてきている。

 

「見てどんどん集まってくるよ」

 

「綺麗だな」「綺麗ですね」

 

『はえー。幻想的』『空中浮揚撮影とか控え目に言って天使』『後輩ちゃん。しつこくねぶるようにヒロちゃんを撮影するの草』『朝焼けの光っつーことは、ちょっと移動してんのかな』『ランデブーポイントはランダムらしいからな。つってもそんなに日本から離れてはないっぽいぞ』

 

 あと一日で何が変わるのかはわからないけど、目の前に広がる光景は、燃えるような熱さと峻烈なまでの光の束だった。

 

 世界の始まりは朝焼けに似ていた。




未来はより良い明日になるだろう - ダン・クエール

といったわけで、キャラ増えそうで、また脳内でワチャワチャしております。

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