あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル122

 ボクたちは空の上から下の海を眺めていた。

 眼下に広がるのは、蒼空と海が混ざったような曖昧な色。

 お日様が地平線から登ってきて、水面を鏡みたいに照らし出している。

 

――まぶしい。

 

 ここから見える船の様子は、ほんの小さな豆粒のような大きさだ。

 でも、みんなが集まってくれるのはうれしい。ちいさな力が寄り集まって大きな力になるというイメージは、人間なら誰でも安心するような気がするんだ。自分が自分でなくなるような怖さもあるけど、大きな流れに寄り添ってるような安心感というか。

 

 こころがホカホカしてくる。

 

「ランデブーポイントは近いのかな。結構あったかいね」

 

「ん。そうだな。だいぶん南下しているはずだぞ」

 

「受け渡しのセレモニーは"いんとれぴっど"で行うんだよね?」

 

「そうだぞ。国の数だけで200近くあるからな。"いんとれぴっど"の甲板で行うことになってる。みんな要人だから、護衛もつけてくる。となると、相当な人数だからな。超大型空母の甲板でもギリギリのスペースだ」

 

「要人だけに用心しないとね」

 

「先輩……そのギャグ、すでに32回目です」

 

 み、命ちゃん。ボクまちがったこと言ってないよ。

 ていうか、カウントしてるの!?

 

「ん。それは、ようじんとようじんをかけたジョークというやつだな。おもしろいぞ。さすがヒロちゃん。日本語がお上手だぞ! HAHAHAHAHA」

 

 やめてあげて。

 

 ピンクちゃんが全力でほめてくるので、逆に恥ずかしくなるボクでした。

 

 それからしばらく空の風景を楽しんでいたんだけど、そろそろ話すこともなくなってきたので、高度を落とすことにした。

 

 風船が空に飛び立つのを逆まわしにするみたいに、ボクたちはゆっくりと降りていく。

 

 当然、高度が下がるにつれて見えてくる艦容。

 

 空母や戦艦、巡洋艦、揚陸艦に、なんだかよくわからない真四角の船。ハリボテっぽい真っ白い駆逐艦。いろんな形、様々な国のお船が集まっているみたいだ。

 

 その中の一つに、ボクは見知った日本の船を見つけた。

 

 みんなもわりと知ってるかもしれない。護衛艦"いずも"。

 

 オスプレイが乗るとか乗らないとかでニュースにもなったデカいお船。昔でいうところの空母だけど、空母みたいな直線が引かれてるんじゃなくて、ヘリコプターが停まるためのアスタリスクみたいなマークがついているのが特徴です。*なマークね。

 

「幼女先輩。いるかなぁ」

 

 そわそわっ。

 

「ん。ヒロちゃん。会いにいきたいのか」

 

「うん」

 

 テレビ会議とかで話したりはしているけど、実際に会うのは今回が初めてだ。

 この会合のためにいろいろと調整してくれたみたいだし、お礼も言っておきたい。

 明日でもいいんだろうけど、たぶん明日は忙しいだろうしな。

 そわそわっ。

 

「命ちゃんもいいかな」

 

「先輩がしたいようにどうぞ。幼女先輩のどのあたりが先輩の興味を引いているのかはよくわかりませんが。まさか男の人が好きというわけでもないでしょうし……」

 

「えー、かっこいいじゃん」

 

 そう、幼女先輩は名前以外はめっちゃかっこいい。

 バリトンボイスというのかな、渋ーい声を聴いてると、なんだかふわふわっってしてくるし。

 FPSもめちゃんこ強いし。

 なにより、なんだか守られてる感が強くて、つい甘えたくなってしまう。

 

「日本だけ優先しているように見られるかもしれませんが……」

 

「んー」ボクは一瞬考える。「いいよ。べつに」

 

 だって、ボクは幼女先輩を実際にひいきしてるんだからね。

 日本優先も嘘じゃない。日本だけズルいとか思われて風当たりが強くなったとしても、ボクがやめてねってお願いすれば済む話だ。

 

「先輩にしてはかなり強引な……よっぽど会いたいんですね」

 

「うん♪」

 

 そんなわけで、ボクは高度を落とし"いずも"の甲板めがけて、ゆったりと降下していくのでした。

 

 

 

 ★=

 

 なんで陸自の私が海自にいるのか。

 

 私、幼女先輩こと小山内三等陸佐(出世した)は、ぼんやりと海をみている。

 

 海をかきわけるように進む"いずも"の司令塔に私は所在なくたたずんでいる。

 

 そう、所在なく……。借りてきた猫みたいな気持ちだ。

 

 所属が違うんだぞ。おかしいだろ!

 

 と、心の中で叫んだところでどうしようもない。

 

 今は陸だの海だのにこだわっている状況ではないのはわかる。ただし、命令系統が別種の私が海のうえで何をどうこうできるわけもなく、ただただぼんやりと司令塔に座っているだけなのは、運命のめぐり合わせというものを考えざるをえない。あー、海は広いな大きいな。

 

 そもそも私は戦略とか戦術を考えるより、いかに敵の頭を華麗にぶち抜くかを考えるほうが好きな性質だ。戦闘狂ってわけじゃないんだが、要するに考えるより頭を動かすほうが好きなタイプだといえる。

 

 ここに来るまで、いろんなところに根回し根回し根回し根回しの連続で、会議会議会議会議会議の連続で、押印押印押印押印押印の連続で、最後のあたりは押印マシーンになったのかと錯覚するほどだった。早くゲームで遊びたかった。

 

 そんなわけでようやく、長かった超連続勤務も終わり、朝焼けの世界が始まる。

 暁の水平線に勝利を刻むのだ。

 

「小山内くん。明日はよろしく頼むよ」

 

 そんな茫洋とした思考をしていると、ようやく一時間前に軍用ヘリでお越しの、江戸原総理が直々に私に話しかけてきた。本来、三等陸佐程度の私に首相が話かけてくることはない。首相はシビリアンであり、国民の意思が化体された存在だ。つまり自衛隊のトップに対して命令できる立場である。

 

 ただこれもまた緊急事態というやつなのだろう。

 

「小山内先輩。明日は緋色さんの歓待。何卒宜しくお願い申し上げます」

 

 最近、政治家秘書に転向した撫子くんが綺麗の一礼した。

 

 彼女のおかげで、私の意見が通りやすくなった面は大変ありがたいのだが、しかし、私に押し付けれた役割は、ヒロちゃん係だった。

 

 正確には、特殊災害対策本部夜月緋色歓待係。

 

 ペットじゃないんだからさとは思うものの、いま世界のどの国を見渡してもヒロちゃんをないがしろにする国はないだろう。

 

 彼女の気分ひとつで世界は滅びるかもしれないのだ。いや、私自身は彼女が世界を滅ぼすような悪性は持っていないと信じることができる。

 

 しかし、ヒロちゃんに直接かかわっていない者たちは、その有している利益や力のあまりの強力さに、恐れおののいているのだろう。情報の非対称性が対象の評価を誤らせているのだろうと思う。ヒロちゃん自身は……そうだな、例えれば、世界に好奇心半分恐れ半分の子猫ちゃんという感じだろうか。

 

 やはり、ヒロちゃん係は正しいネーミングかもしれない。

 

 と、そのとき。

 

 司令塔がにわかに騒がしくなった。

 

「ん。あれはなんだ?」「人? え、まさか」「鳥だ! 飛行機だ! ヒロちゃんだ!」「え、どこでありますか」「天使のヒロちゃんを発見!」「ただちに目標地点に向かい、周辺を清掃しろ」「了解!」「ハイ……ワカリマシタ」「全軍。清掃開始!」「突入せよおおおおっ!」

 

 は?

 

 ヒロちゃんやってきちゃったのか。

 

「天使! 直上!」「うそだろ。マジで空飛んでるよ」「この距離から見ても美少女だな」「みえ……みえ」「おまえ小学生の何を見ようとしているんだよ」

 

 人影は三人。

 ヒロちゃんとピンクちゃんと後輩ちゃんだな。ゆったりと円を描くように、空を旋回する鳥のように、舞い降りてきている。時間をかけているのは、私たちを驚かせないようにする配慮だろう。

 

 五分くらいかけて降りてくるつもりだな。

 

 オレはさっきも述べたが、陸自であって海自じゃないので、命令する権限はない。

 ヒロちゃん対策係としてワンマンアーミーを求められているので、特にすることもない。

 いや、とりあえず首相には聞いておくか。

 

「どうしますかね? 江戸原首相」

 

「な、なにを言ってるのかね。君。これはすさまじい僥倖だぞ。いますぐ配信だ。全世界に我が国とヒロちゃんとの友好を見せつけたまえ」

 

「あー、はい」

 

 なんというか、大人の事情というやつで。

 撫子くんを横目で見るが、彼女は首を振った。是非もなしか。

 

「着艦が近いぞ! 急げ!」「大丈夫だ。問題なあああああい!」「小官も清掃係に!」「ダメだ!」「ダメだ!」「ダメだ!」「対空警戒対空警戒」「進路090。高度505」

 

 ほとんど意味もなく飛び立つヘリ。

 おそらく上空から降りてくる様子を撮影するつもりだろう。

 撮影許可とってるのか。

 

 空母の甲板をスクラブするように磨きをかけ、どこかから持ってきたレッドカーペットが甲板の上に敷かれていく。連中本気すぎるだろ。

 

 どんだけ歓待したいんだ。

 

 双眼鏡で覗いてみると、案の定、困惑した顔になっている。

 

「しかたない。行くか……。首相はどうなされます」

 

「小山内くん。こんなチャンスはめったにない。行くに決まっているだろう。ヒロちゃんはサミット前に、特別に! 我が国のところに来てくれたんだぞ! わかるか。この意味! ああ、ヒロちゃん! パパがいま会いにいきます!」

 

 唾が顔まで飛んできた。この人、ゾンビウイルスに感染していたら、オレも感染してただろうな。

 

 撫子くんの顔をみる。

 やはり、首を横に振った。

 この首相、本当に大丈夫なんだろうか。

 いささか失礼なことを考えつつ、私たちはヒロちゃんを歓待しに甲板へ降りて行った。

 

 

 

 ☆=

 

 

 いやぁ眼福眼福。

 

 ガンダムとかそういうのと同じで、でっかい機械が動いているのを見ると、それだけでなんか楽しいって感じわかるかな。

 

 実をいうと"いずも"の甲板は全稼働式になっていて、なんというか船体自体が巨大なエレベーターみたいになっているんだ。つまり、甲板自体がせりあがって、立体駐車場みたいな感じでヘリコプターを外に出したりするんだ。

 

 向こうも突然来られたら困るかなと思って、ゆったり旋回しながら降りてたら、なんかその駆動部分がせりあがってたくさんの人がわらわらでてきて甲板を掃除しはじめた。草刈り機みたいな、たぶん甲板を掃除する機械が一列になって、甲板を磨き始めたんだ。なかには竹槍で特攻するみたいにモップで磨くという原始的な行動をしている人もいた。

 

 そのあとは灰色の甲板にモフモフとしたレッドカーペットが敷かれた。

 

 いまは、ヘリコプターは二機ほど甲板に停まっていて、三機が上空を飛び、ボクたちのことを撮影している。甲板自体は駆動しておらず、まっ平に戻り、たぶんほとんどみんなが甲板に出て、ボクの到着を待っている。

 

 もう数十メートルくらいの高さです。

 ボクは空気が読める子ですから、あちらの準備が終わるのを待っていたのです。

 

「帽ふれー!」

 

 なんだか偉そうな人が、声をあげた。

 一斉に、みんなが帽子をぬいで、帽子を持った手を振っている。

 いささか過剰ともいえる歓待っぷりにボクはちょっぴりビビってしまった。

 幼女先輩に会いに来ただけなんだけどな。

 

 とはいえ、これで準備完了かな。

 

 すたんっ。

 降り立ちました。

 

 レッドカーペットは足が沈み込まない程度に柔らかく。

 両隣に配置されたトランペット部隊がやっぱり勇壮な音楽を奏でる。

 

「生ヒロちゃん……ああっ」「このあと握手してもらえっかな」「後輩ちゃんと手をつないでいるのてぇてぇ」「日本の夜明けは近いぜよ」「ピンクちゃん。ちっちゃい。かわいい」

 

 そして、カーペットの向こう側には、ボクの見知った顔。

 幼女先輩が待っていた。

 

「やあ。ヒロちゃん。元気してたかな」

 

「元気してましたー♪」

 

 渋い声で、脳を揺さぶれてる感じがします。

 幼女先輩の声、溶かされます。ふにゃん。

 

「元気そうでなによりだよ」

 

「フライング気味で来ちゃってごめんなさい」

 

「謝ることはないよ。もともと私たちがお願いをしている立場だ」

 

「ヒイロウイルスについては、ボクが広めるんじゃなくて、国が主導したほうがいいに決まってますから、お互い様だと思います」

 

「そう言ってくれて助かるよ。あと、ひとついいかな」

 

「ん? なんですか」

 

「いま、私たちのやり取りは全世界に衛星回線を使って放送されているんだ。これこそまさにフライングなんだけどね。私の権限では止めることができなかったんだ。厚かましい願いになってすまないが、差し支えなければこのまま続けていいかな」

 

「いいですよっ。うん」

 

「先輩が、幼女先輩にグラブジャムンよりも甘い態度とってる……」

 

 世界一甘い食べ物だっけ。

 

 そんなに甘いかな。なんというか、ボクのことを考えてくれてる大人な態度に対して、ボクも誠実な態度をとろうとしているだけなんだけど。

 

 決然と、ボクはうなずいだ。

 うん、社会的動物である人間として、社会的な態度をとっただけだよ。

 なにも変なところはない。

 

「先輩って……」

 

「えっとぉ」ボクはことさら大きな声でいう。「お隣にいるのは誰ですか」

 

 見た感じスーツ姿で縁のある眼鏡。白髪混じりの髪の毛で、スーツ姿。

 普通の人よりもわずかに清潔感があるけど、普通のおじさんって感じだ。

 そして、その隣にいる人は、マナさんと同じくらいの二十半ばくらいのお姉さんって感じの人だ。なんというかシュッとしてて、冷やっこい感じ。命ちゃんタイプかな。

 

「紹介してもいいかな」

 

「いいですとも!」

 

 幼女先輩の声に反射的に答えるボク。

 どうやら紹介してもらえるらしい。

 

「こちらの方が、現日本の首相。つまり内閣総理大臣だね」

 

「江戸原です。よろしくお願いいたします」

 

 落ち着いたボイスで差し出される右手。国のトップということで緊張するかなって思ったけど、そうでもなかった。それは――ボクがこの人を知らなかったからだ。

 家にテレビもなかったボクは、国会中継とかも見たことない。ネットで、さすがに首相の顔くらい知ってたけど、この人は新しく首相になった人っていうことだし。前総理はゾンビにモグモグされたって話だし。つまり、えらい人って言われてもピンとこなかったんだ。

 

 人好きのする、普通のおじさんって感じ。それにボクのこと好きそう。ナルシストっぽいなと思いつつも、なんとなくそんな感じがする。

 

 うん。ボクもちゃんと握手できました。

 

「夜月緋色です。よろしくお願いいたします!」

 

 パシャパシャとカメラのフラッシュがたかれる。

 これって、新聞とかに一面トップで載るやつだ。新聞なくなってるけど!

 たぶん、厚労省のトップページとか、いや官報とかに載るのかな。

 幼女先輩がカメラを指さしたんで、よくある国のトップどうしがやるみたいに握手したまま、カメラに笑顔をふりまいた。

 

『歴史的瞬間キタ』『ちょっと日本だけズルくないすか?』『はー、マジ日本。パールハーバーのときと同じかよ』『センシティブ発言やめろw』『日本のフライングに対して、我が国は遺憾の意を表明する!』『ちょっとぉ。日本!』『ヒロちゃんが来てくれてひとまず安心するところだろ』

 

 なんだろうなって思ってた背後に置かれた超巨大モニターから、いつもの配信みたいにみんなのコメントが流れた。デカいと圧倒されるな。普通に映画のスクリーンくらいある。

 

 言うまでもないけど、これは正確にはボクのチャンネルじゃない。

 たぶん日本の公式チャンネル。わずか五分かそこらで準備したってことか。

 ボクのためにというか、政治的なあれこれはあるんだろうけど、幼女先輩に会いたかったんだからしかたないよね。うん。

 

「緋色さん。こちらのほうにお願いいたします」

 

 甲板の上に置かれていたのは、首相が時々外国のえらい人とかといっしょに座ってるような豪奢な椅子だ。

 もしものときのために、持ってきてたんだろう。

 甲板の武骨な感じとはミスマッチな椅子だけど、ボクはお客様という扱いらしい。

 

『ちょこん』『椅子でかいな』『毒ピンくつろぎまくってるな』『はーマジ日本』『すまない。そちらに向かってもよいだろうか。盟友として』『合衆国大統領。臆面もなくwww』『ジャイアニズムなお願いやめろ』『ピンクちゃんは我が国の国民だぞ! 何が悪い!』『明日まで待ってろカス』『50以上のおっさんたちが唾飛ばして言い合うのやめろ』

 

 あーあ、もうめちゃくちゃだよ。

 対する江戸原首相は、優しいおじさんって感じだった。

 

「撫子くん。なにかスイーツでも用意できるかね」

 

 傍らで立ったままだった綺麗なお姉さんに江戸原首相は話しかける。

 タブレットをいじりながら、お姉さんは落ち着いた調子で口を開いた。

 

「ショートケーキ。モンブラン。プリン。緋色さんがお好きだというパンケーキもございますが」

 

 そろそろお昼時だから控え目がいいかな。

 

「えっと、プリンで」

 

「ピンクもヒロちゃんと同じので頼むぞ」

 

「同じので」

 

 プリン食べながらの会談になったのだった。

 ちなみに最高級なプリンは超おいしかったです。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 オープンな会談が終わったあとは、クローズドな会談です。

 江戸原首相がなにか張り切ってるらしく、幼女先輩は追従する感じ。

 幼女先輩ともっと話したいな。できればゲームとかいっしょに楽しみたかったりして。

 でも、いちおう、今は明日に向けての最終調整。

 ボクとしては唯一といってもいい"お仕事"なのだから、いまは我慢です。

 

「艦内を案内してあげようかね」

 

 優しいおじちゃんって感じだなぁ。

 肩のあたりにすっと手を置かれて、自然な形で誘導される。

 

「首相。セクハラです」

 

「何を言ってるんだね。撫子くん。小学生じゃないか」

 

「小学生でも女性です。気を付けてください」

 

 撫子さん。しっかりしている人だなぁって感じ。

 ボクとしては、この程度だったら別にどうとも思わないけどね。

 いざとなったら、腕をねじきれるくらいのパワーを持ってるせいかもしれないけど。

 

 さっきプリン食べさせてもらったから甘いというわけじゃない。

 それに、なんというか撫でられたりすると、気持ちいいし。

 単純にその感覚が好きっていうか。

 

 首相自ら案内してくれた"いずも"のなかは、基本的なつくりは空母なせいか、"いんとれぴっど"とあまり変わらなかった。大きさは"いんとれぴっど"より小さいけど、レストランとか運動するところとか、ブリーフィングルームとか変わらない感じ。

 

 通路の狭さとか、急な階段とかもそれほど変わらないかな。

 

 ある程度見まわった後は、司令塔に案内された。甲板に出ていた自衛隊のみんなは、今は仕事に戻ったみたい。チラッチラって視線は感じるけど。

 

「あらためて、この国の内閣総理大臣としてお礼を言わせてくれないかな」

 

「あ。はい。大丈夫です」

 

 幼女先輩に会いに来ただけだし。

 ボクが視線を投げると、幼女先輩はフッと笑い返してくれた。

 とぅんく。

 

「それで……その、なんだ。我が国としては、ここらでハッキリさせておきたいことがあるのだが、少しいいだろうか」

 

 言い淀む江戸原首相。

 なんだろう。なにかボクにお願いごと?

 

「えー、あー、ヒロちゃんが住んでいるところなんだけどね」

 

「はい」

 

「我が国、固有の領土なわけだ」

 

「ん? 出てけって話」

 

「違う違う違う違う! そんな話じゃなくて、逆だよ。逆。ヒロちゃんは日本国に住んでいる日本人ということでいいのかいってことが言いたいんだよ」

 

「あー」

 

 これってもしかしてあれか。

 

「緋色さんは国籍をお持ちなのでしょうか」撫子さんが話を継いだ。「残念ながら我が国の戸籍システムは遅れておりまして、市町村ごとに独立しております。また、緋色さんの本籍地がわからないため調べようもありませんでした」

 

「ボクは日本人です」

 

 出生地としても血統としても日本人なのは間違いない。

 ただ、本籍は佐賀県ではない某県にあるんだけど、そこが滅びてないかどうかはわからない。

 戸籍データもたぶんコピーとか、いろんなところにあるんだろうけど、ゾンビハザードで燃やされたり、完全に滅失している可能性もなくはないかな。

 

 そもそも戸籍からして、20歳男ということになるわけだし、検索不一致になるという問題もあるわけだけど。

 

――そうか。

 

 ぶるっ。身震いしちゃった。

 冷静に考えたら、命ちゃんや雄大がボクをボクだと信じてくれたのは奇跡みたいなものだ。

 ボクは命ちゃんに知らない人って思われる可能性もあったんだ。

 ボクがボクでいられるのは命ちゃんのおかげだったんだなって。

 

「先輩のことをわからないわけがないです」

 

「ありがとうね。命ちゃん」

 

 ほっと息を吐くボク。安心の吐息。

 

「その……言いにくいことだったら言わなくてもかまわないのだが、ヒロちゃんが日本人ということを証明する手段はあるかね。つまり戸籍があるかということなんだが」

 

「うーん」

 

 戸籍システム自体がぶっ壊れてるかもしれないしな。

 ただ、ボクにもお父さんやお母さんがいたことをなかったことにはしたくない。

 

「戸籍はあるんですけど、ちょっといじってもらう必要があるかもしれません」

 

「いじる? つまり元データがあるということなのかね」

 

「そうです。ボクは夜月緋色。本当の名前です。ボク……」ちょっとだけピンクちゃんを見たり、幼女先輩を見たり。「彗星が降る前は、男だったりー、なんかして。へへっ」

 

 ちょっとだけ怖いんだけど、真実を暴露しちゃいます。

 ボクが男だったという事実は、ボクの"人気"からすると、なんというか微妙に暴露しないほうがいいような気がするけど、そこは真実の戸籍を保持するためのバーターです。

 

 そこにいた人たちは、にわかに息をのんだのか。

 ちょっと時間が止まっていた。

 一番影響がなかったのは、もちろん真実のボクを知っている命ちゃん。

 ついで、ピンクちゃんだ。

 

「なるほど、ヒロちゃんは男の子だったんだな。ピンクと結婚できるな」

 

 ぶふっ。

 

「ふふ。冗談だぞ。ヒロちゃんがちょっと不安に思ってたのはわかったぞ。べつに元が男だろうが女だろうが関係ない。ヒロちゃんはヒロちゃんだし、ゾンビと人間の違いに比べたらどうということはない。そうだろう。エドバラ」

 

「う、うむ。確かにたいしたことはないな。だとしたら――、本籍地といくつかの事項を教えてもらえれば、戸籍をいじることは可能だ。しかし、親戚関係の問題もあるし、もしかしたら新しいまっさらな戸籍を作ったほうが――うぐっ」

 

 撫子さんが首相の脛を蹴った。

 

「首相。緋色さんが本当のことをおっしゃってくださったのも、ご両親との絆を消したくないからでは。無粋なことはやめてください」

 

「う、うむ……。もちろんだとも、今後のヒロちゃんのことを考えて可能性を述べたまでだ」

 

 撫子さん。クールだけどいい人だなぁ。

 

 親も親戚もいないから、ボクが本当の戸籍と結びついても、誰にも迷惑はかけないはずです。

 それと、仮にボクの戸籍が世界中に広まったとしても、もともとボクを日本人と考えてない『ヒロちゃん宇宙人派』からすれば、そんなの偽物だってなるはずだから関係ない。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ。ショタだったら、どストライクなんですけどね」

 

「は?」

 

「なんでもありません。ええと、それではいくつかの情報を教えていただけますか。連絡が取れている市町村であれば、戸籍の確認が可能です」

 

「えっと、じゃあ……いいますね。でも、他の人に知られたくないので、こしょこしょ話で」

 

「はい。どうぞ。少年のこころを持ってるのかなぁ。この子」

 

「え?」

 

「いえ、なんでも」

 

 ふぅむ。よくわからない人かもしれない。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 三十分後。

 

「確認がとれましたよ。どうぞ」

 

 ボクは撫子さんから、うやうやしく書類を受け取る。

 そこには、夜月緋色。11歳。生年月日は生まれた年だけ改変しました。

 

 性別:女。

 生まれた性別を変えるのはしょうがないかなぁ。

 

 でもいいんだ。

 お父さんとお母さんの子ども。

 そこは変えてないから。

 

 うれしくなって、ボクは小さな紙きれを愛おしく抱きしめた。




もにゅってした作り。

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