あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル123

 もらった戸籍簿謄本だけど、ポシェットにしまうことにします。

 

 ボクの腰回りにつけているそれは、当然のことながらA4サイズの戸籍簿謄本を入れるにはいささかサイズ感が足りない。ほんのちょっとは、せっかくもらったものだから折り曲げないでおこうかなって気持ちもあったけど、紙はしょせん紙だって気持ちもある。

 

 ボクがうれしかったのは、この国にボクがボクでいていいって言われたからだ。

 つまり、物質的なものではなくて、精神的なもの。

 

 なので、できるだけ綺麗にたたんで入れました。

 

「そのあたりが男の子っぽいところかもしれない……」

 

 ギラりと瞳の奥が光ったような撫子さん。

 クールなスーツ姿のお姉さんは、ボクの行為を食い入るように見つめている。

 なんだか知らないけれど、マナさんっぽい気配を感じた。マナさん亜種なの?

 怖くなったんで、そそくさと後退します。

 

「あー、ヒロちゃん」

 

 一歩引いたところで幼女先輩に声をかけられた。

 いまさらながらだけど、ボクが元男だとばらしたのは、ほんのちょっとだけ後悔もある。

 それは、やっぱりボクのことを女の子だと思っていた人たちからすれば、ある種の裏切り行為のように思うから。

 

 それに単純に気味悪がられるかもしれないし。

 ゾンビなボクが、いまさらって感じだけど。

 でも、やっぱり、気持ち悪いと思われるかもって恐怖もあった。

 最終的にはボクがいた証を優先したわけだけど。

 割り切れないのが人間だ。ボクはやっぱり人間だった。

 

 そんなわけで、幼女先輩の声に対して、ボクはいささか緊張気味に答えることになった。

 

「なんでしょうか」

 

「いま、ちらりと見えたんだけど、そのポシェットの中に銃を入れてるね」

 

 全然違う話だった。さすが幼女先輩。動態視力が半端ないな。

 ボクはデリンジャーと呼ばれる小型の銃をみんなの前に見せた。

 

「護身用です」

 

「うーん。小学生が装備するにはいささか危険じゃないかな」

 

「小山内先輩。緋色さんは小学生ではありませんよ」と撫子さん。

 

「そういやそうだった。だがどうにも想像できなくてね。ヒロちゃんは本当に成人だったのかい」

 

 視線は先ほどから変わらず、小さな子どもを慈しむものだった。

 

「ボク、成人してました」

 

「それにしては、こうなんというか堂々たる小学生っぷりだったような。完璧な擬態というか。むしろ小学生そのものというか。今もそうだが……」

 

「え?」

 

「あ、いやなんでもない」

 

 ボク、小学生並みの行動だったってこと?

 そんな馬鹿な。

 ボクは命ちゃんを見てみる。命ちゃん頭を振る。

 命ちゃんはボクのことを知ってるでしょうが!

 

「幼女先輩。ボクわりと大人っぽいムーブもしてませんでした? してましたよね! 小学生らしからぬ、ゆとりある態度をとってましたよね!?」

 

「う、うーん。そうだね。そういう考え方もあるかもしれない」

 

 これは忖度されている!?

 

「ピンクちゃん!?」

 

 ボクは最後の砦であるピンクちゃんを見た。

 

「日本の大学生はモラトリアムだと聞いたことがある。つまり、精神的な幼形成熟であるからして、ヒロちゃんが小学生っぽくても、特段おかしなことはないぞ。大丈夫だ。問題ない」

 

 なんか難しいこと言ってるけど、それってボクが小学生並みの精神ってことだよね。

 ねえ、ピンクちゃん! そこ重要じゃない?

 

「ピンクとしては、ヒロちゃんのこと大好きだから大丈夫だ」

 

 なにが大丈夫かわからないよ。

 

「ともかく、話を戻すが」幼女先輩が顎に手をやりながら言った。「明日のセレモニーでヒロちゃんが銃を持っているのは何かとまずいんだよ。各国の要人が来ることになっているからね。ヒロちゃんはいわばもてなす側というか。簡単に言えば仲良くしようという儀式なわけだ」

 

「確かにそれはあるかも」

 

 武器を持ちながら仲良くしようねっていう態度はないよね。

 ただ、ボクには懸念がある。

 

――ジュデッカ。

 

 ボクにはよくわからない謎の組織だけど、実際に町役場ではプチゾンビハザードを引き起こして、実害を与えられたのは確かだ。実態のない蛇みたいな感じ。いつのまにか絡めとられて、誰が敵かもわからない。

 

 あの久我さんとかいう自衛隊の人は、ボクを憎んでいた。

 それはボクが『遅かった』からだと言っていた。

 あるいは、嘘つきというようなことも言われた気がする。

 ボクは全世界をだまして、自分の好みに作りかえようとしている悪の首魁らしい。

 

 もし、明日――ジュデッカが攻めてきたら?

 なんらかのテロ行為をしてきたら。

 

 そう思うと、自衛手段くらい持っておいたほうがいいよねって思ったんだ。

 

「ジュデッカについては対策しています」撫子さんがボクの不安を読み取ったのか、速やかに応じた。「例えば、各国のみなさんは"いんとれぴっど"に乗船できるのは、要人とボディガードひとりまでとなっております」

 

「一国に対してふたりだけってことですか」

 

「そうです。人数制限をしておけば、大規模なテロは起こしづらくなります。また、海上護衛は我が国とホミニスが共同で行うことになっておりますが、いずれも出自がはっきりした者を選抜しております」

 

 思想チェックとかしているんだろうか。

 

 テロっていうのは、ある種、無責任だからこそできる犯罪行為だ。

 その極端な例が『殺人』だったりするわけだけど、ヒトがヒトの意思を完全否定するという激甚な行為には、必ずそれに先んじて激烈な思想が必要となる。

 

 つまり、決意が。

 殺す覚悟ってやつがなければ、テロ行為なんてできない。

 

 思想チェックっていうのは、人のこころを覗くようで、あまりよろしくないように思うけど、防疫的には必要だよね。

 

 テロリストはウイルスみたいなものだし。

 

 ん。ボクのいまの思考。めちゃくちゃ大学生モードじゃなかった?

 

 やはり、ボクは大学生並みの思考力はあると思うんです。

 

「先輩……」

 

 ナズェミテルンディス。

 

「あー、ヒロちゃん」今まで黙っていた江戸原首相が口を開く。「護衛はプロに任せてもらえないだろうか。もちろん、君が護衛の必要がないほど強いことは知っているのだが、こちらにも意地というものがあるんだよ」

 

 プロか。

 幼女先輩を見てみる。直接戦闘力は、たぶんボクのほうが上だろうけど。

 いろんなことを知っている幼女先輩をボクは信頼すべきだろう。

 

「わかりました。幼女先輩にお任せします」

 

「よかった」江戸原首相がほっとしている。「それで、明日の件なんだが、その……我々が送った振袖は見ていただけただろうか」

 

 あ、そっちが気になってたんだ。ふーん。

 確かに振袖にポシェットって装備できないからね。

 明日は政治的セレモニーでもあるから、ボクに振袖を着てもらいたいってことなんだろう。

 

「ヒロちゃんに似合うのを用意したんだが」

 

 おずおずと述べる江戸原首相。

 

「明日は、振袖を着ますよ。かわいかったし」

 

 プレゼントしてくれた気持ちはうれしかったし。

 相手を安心させてあげるのも必要だ。このあたり悪女ムーブだな。自覚的なので大丈夫です。

 ボクは自分がかわいいことを知っている系女児ですゆえ。

 

「おおっ! ありがとうヒロちゃん!」

 

 江戸原首相はボクの手をとった。

 

 一応、日本のトップなんだろうけど、対する態度はやっぱり孫に相対するおじいちゃんというか。なんというか。ボクが成人男性だってことも、あんまり関係ないんだろうか。

 

「ぶしつけに触りすぎです。セクハラになりますよ」

 

「撫子くん。ヒロちゃんは元男だったわけだろう。何も問題ないはずだ」

 

「ダメです。周りからどう見られるか考えてください。明日は握手するのは、まあいいでしょう。政治的行為ですからね。ただ、肩を抱いたりするのはNGです。他にも視線を5秒以上合わせたらいけません。本当はこういうクローズドなところに連れ出すのもよくないんですよ」

 

「厳しすぎないかね」

 

「日本の総理大臣が世界的な英雄になる人物にセクハラしたと非難されれば、日本全体の恥です。絶対にやめてください」

 

「ううむ。わかった。わかった」

 

「それと――、さっそくですが、来たようですよ」

 

 タブレットをいじりつつ、状況報告をする撫子さん。

 なんだかダメなお父さんを必死に支える娘さんって感じで、クールだけど憎めない感じだな。

 親子関係に激甘なボクですゆえ。

 

「ん。クローズドな場所にヒロちゃんを連れ込んだ非難か」

 

「いえ。アメリカが会いたいといってきてます」

 

「追い出したらいいだろう。フライングしたのは確かにこちらだが、我々はヒロちゃんに選ばれただけだ。ヒロちゃんが着艦するときの映像は世界的に放送されているはずだ。なにもやましいところはない」

 

 まあ、そりゃそうだよね。

 ボクはもともと幼女先輩に会いたかっただけだし。

 じー。幼女先輩を見る。

 政治的な話は、幼女先輩の埒外なせいか、ふと目があった。

 すすすっ。ぴとっ。ふぅ。

 まいったなぁという感じで、後頭部をぽりぽりする幼女先輩。

 やむをえないのです。護衛対象なので守ってくだされ。

 

 その間にも事態は進行する。

 

「相手はかなり強引にVTOL機を"いずも"に着艦させたようです」

 

「本当にアメリカなのか。テロリストではないだろうな」

 

「コールサインはアメリカですし……、いえ、まさか」

 

 驚いた様子の撫子さん。どうしたんだろう。

 続く答えは、そこにいる人全員を驚かせるものだった。

 

「大統領です。合衆国大統領自らがVTOL機を操縦しています!」

 

「クソアメ公がっ! こちらは……うむむ。全力で遺憾の意を示せ」

 

「すでにやってます。ただ、アメリカは日米安全保障条約を盾に、いわば緊急事態が発生したということで、こちらに来ているようです。緋色さんへのフライングは有事にあたると……」」

 

「なにが有事だ。そんな条約、破棄してしまえ!」

 

「ノリで国防の要を破毀しないでください」

 

「だったら、こっちに来させないように人壁を作れ」

 

「既にやってます」

 

「あの~」

 

 ボクは幼女先輩の腰のあたりからそっと顔をだす。

 

「ん。どうしたんだい」

 

 江戸原首相は、険しい顔から一転、仏の顔になる。

 

「アメリカと会わなきゃいけないっていうんだったら会いますけど」

 

「いや。ヒロちゃんは政治にかかわることなんてないんだよ」

 

「そうですか」

 

 まあ、関わらないほうがいいってのは心底理解しているけどね。

 あの町役場規模でさえ、ボクがプチ炎上したのは、政治的な流れというか力に手をつっこんだせいだからだといえる。

 もちろん、いまヒイロウイルスを各国に渡すというのも、そうなんだろうけど、それはやむを得ないからそうしているわけであって――。

 

「ピンクさんに任せておけばよかったですね」

 

 命ちゃんの言葉が耳に痛い。

 でも、ピンクちゃんだけに任せて、あとはしーらないってひどくない?

 ボクは、ボクができることはするって決めたんだ。

 多少、ややこしいことになっても。

 

 撫子さんは、タブレット端末から音声を飛ばす指示に切り替えたようだ。

 

「E3区画より先へは絶対に行かせないでください」

 

 これは訓練ではありません、キリリと指示を飛ばす撫子さんがかっこいい。

 

 直接やりとりしているのは海上自衛隊のえらい人だと思うけど、向こう側の音が少しだけ漏れでている。

 

『いたぞおぉ! いたぞおぉ!』『なんだこいつ。ああ速い』『なんという……でかさだ』『我々には手が出せません』『触ったら犯罪だよな』『え、触らなきゃ確保できなくね?』『つーか、後で告訴されそう』『助けて幼女先輩!』『幼女先輩はヒロちゃんとキャッキャうふふしてるはずだ』『うらやまけしからん』『そっちいったぞ』『抜けられましたぁ』

 

「どういうことなの」

 

 撫子さんがシリアスな声を出す。

 

『幼女来ます!』

 

 海自の偉い人もシリアスな声だ。

 言ってる内容は、意味不明だけど。

 

 果たして司令塔の扉は開け放たれた。

 見ると、そこにいたのはボクと見た目同じくらい、背格好同じくらいの少女が凛然と腕を組んで立っていた。金髪に碧眼。不敵にほほ笑むその姿は自分に自信ありげです。

 

 陽キャ。こいつ陽キャじゃないか。ボクの苦手なお日様属性持ってないか。

 やべえ。

 

 追記――、どことは言わないですが、部分的にすごくデカいです。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「アメリア・デフォルトマン。11歳。わたしが大統領よ」

 

 シーン。

 

 司令塔内の誰も答えなかった。答えようがなかった。

 え、うそでしょ。11歳の女の子が大統領なの。

 

 戦闘機乗ってきたって言ってたし。めちゃくちゃだ。

 

 アメリカはめちゃくちゃ戦闘国家だけど、さすがに幼女からして戦闘機に乗れますとか、話がぶっとびすぎている。世界がゾンビだらけになっちゃったことより、ある意味現実味がない。

 

「おまえは大統領の娘だろう。嘘をつくな」

 

 ピンクちゃんがジト目でにらんでいた。

 

 ああ、なるほどそういうことですか。

 

 アメリアと名乗った巨乳小学生が、ぷるんぷるんとソレを揺らしながら、ゆっくりとピンクちゃんに近づく。モデルの人みたいにもったいぶった歩き方だ。ちなみに着ている服は、品のいいお嬢様学校風の制服みたいな感じ。

 

「ふぅん。あなたがドクターピンクね。実際に会ったのは初めてだけど、やっぱり小さいのね」

 

 ケラっと笑う少女。

 

「わたしね。嘘をついた気持ちはないのよ。だって、わたしのパパは大統領でしょう。そして、わたしは人類存亡の危機に対する救国の英雄となるの。次期大統領は確定だわ」

 

「ピンクは等身大なだけだぞ。おまえみたいに無理やり自分を大きく見せようとしてないからな」

 

 ピンクちゃん辛辣だ。

 勝手に"いずも"に乗船してきたことに、かなり怒ってるみたいだ。

 ピンクちゃんはアメリカ人なはずだけど、なぜなんだろうな。

 

「あなた、もう少し愛国心をもったらどうなのかしら。アメリカ人なんでしょう」

 

「おまえのは愛国心っていわない。ただ自分勝手なだけだ。ピンクは同じアメリカ人として恥ずかしいぞ。人間として厚かましいぞ」

 

「小生意気なガキね。やっぱり科学者は頭が固くてよろしくないわ」

 

 ぷくうっと膨らんでいくピンクちゃんのほっぺた。

 でも少女はピンクちゃんを半ば無視し、くるりと振り返りボクをロックオン。

 え、ボクですか。

 

「あなたがヒロちゃんね」

 

「あ、はい。そうですけど~」

 

 適当に愛想笑いを浮かべてしまった。

 圧倒的な陽キャオーラを感じる。

 

「もう一度、自己紹介してあげるわ。アメリア・デフォルトマン。次期アメリカ合衆国大統領よ。アメリアとアメリカで一字違いだから覚えやすいでしょ。あなた、ぼんやりしてそうですものね」

 

「うん。そうだね」たじたじ。「その、ボク……夜月緋色です」

 

「知ってるわ」

 

 アメリアちゃん、ズバっと切り裂く感じ。

 強気っ娘は、ボクの周りでは初めてじゃないか。

 ぐいぐい来るタイプというか。遠慮がないというか。

 公称年齢が同じだからっていうのもあるのかもね。

 

「ともかくこれで二人は知り合えたわけだし。私たち友人になれたってことでよろしいかしらね」

 

「友人?」

 

 友人ねえ。

 正直なところ、我儘な女の子がグイグイ来たところで、友人って感じはしないな。

 まあ、男だったボクからすると、敵愾心みたいなのは湧かなくて、小動物がなんか自己アピールしてるなってほほえましさもあるにはあるけど。

 

 とりあえず、大人としては、どうも~~ってごまかすか。

 

「なにが友人だ。いい加減にしろ! ピンクは絶対に認めないぞ!」

 

 ピンクちゃん激おこモード。

 火山が噴火したみたいに、ぷんすか怒っている。

 

「あなた何もわかってないのねえ」

 

「あ?」

 

「緋色と仲良くなるというのが国家的最優先事項なのよ。政治家も科学者もね」

 

「国益と友情なんて関係ないぞ」

 

「あるわよ」

 

 アメリアちゃん断言する。

 そこらにいる大人は、アメリアちゃんの独断場の前に何も言えない。

 

「日本とアメリカが半世紀以上同盟関係にあったことに、国益が関係ないと思っているのかしら。結局、自分のためになるからこそ、友情を育んできたわけでしょう」

 

「なんでそれが、いまヒロちゃんと関係があるんだ」

 

「夜月緋色は、どこの国にも属していない。いわばまっさらな新天地なわけ。いまの状況を鑑みれば、ヒロちゃんという一つの国が突然あらわれたようなものなの」

 

「……それはそうかもしれないが」

 

「そうでしょう。だったら、どこの国もまっさきに考えるべきは『ヒロちゃん』という国家とどうやって友誼を結ぶかなのよ。ドクターピンク、あなたが本当に愛国心にあふれているなら、夜月緋色をいますぐアメリカ人として国籍を取得するようお願いすることだわ」

 

「ピンクはそんなことしない。ピンクは国益とかそんなの考えなかったぞ。ピンクはピンクは……ヒロちゃんとただ友達になりたかっただけだ」

 

「だったら、あなたには愛国心も友情も足りないのよ」

 

 ピンクちゃんは科学者として、思考しちゃうタイプだ。

 

 なんといえばいいか、天才にもいろいろなタイプがあって、例えば命ちゃんはパソコンとか情報処理に特化している。

 

 ピンクちゃんはオールラウンダータイプではあるけれど、その属性を一点あげるとすれば、思考するというタイプだろう。

 

 だけど、議論って結局自分の意見を押しつけるってとこにあるから、相手の考えに対して『受け』にまわると、いくら天才でもいつかは崩れてしまう。要するに考えすぎて勢いに負けちゃうタイプだ。

 

「あの~。ボク自身はひとり一国なんて考えてないんですけど」

 

 ボクは傷心のピンクちゃんを後ろからギュっと抱きしめながら言った。

 この子のサイズってボクにちょうどいいんだよな。体温高めなのもポイント高い。

 命ちゃんがボクをギュっとしたらマトリョーシカ人形みたいになるな。

 なんて馬鹿なことを考えつつ――。

 

「あなた、あまり頭の回転早くなさそうだものね」

 

「ハハハ……」

 

――ぶち殺すぞヒューマン。

 

 なんて思ったりはしない。

 なんとなくわかったけど、このアメリアちゃんには悪意は一切ない。

 思ったことを、直列つなぎの善意として、まるきり疑うことなく出力しているんだ。

 曖昧にぼかしておいたら、よくないことになるかな。

 

「えーっと、アメリアちゃんに言っておくと、ボクは日本人なんだよね」

 

 さっき折りたたんでおいた戸籍簿謄本をアメリアちゃんに見せた。

 アメリアちゃんは露骨に嫌そうな顔になった。

 

「ふぅん。日本に先手を取られたわけか」

 

「いや、これは日本がどうとかアメリカがどうとかじゃなくてね。ボクは生まれたときから日本人だし、それを証明してもらったってだけだよ。ボクは宇宙人じゃなくて、この星の日本という国で生まれた一般人ってわけ」

 

「なるほど。わかったわ」

 

「わかってくれてよかったよ」

 

「だったら、緋色。あなた、アメリカ人にもなりなさい」

 

 わかってねえ!

 

 誰か助けて! ボクは周りを見渡してみる。ピンクちゃんはさっきからぷくぅって膨らんだままだし、命ちゃんは見事に陰の気をまとっている。大人たちは困惑といった様子だ。ここまでオレ様外交をされたら、言うべきこともなくなるというか。もしかすると、ボクの扱いを考えると、やっぱり、自国民ですと公言するのがまずかったりもするのかな。

 

「ああ……うーん。アメリア嬢」

 

 声をあげてくれたのは、江戸原首相だった。さすが総理大臣。

 

「なにかしら」

 

「ヒロちゃんは我が国の国民であるということは、まぎれもない事実であってね、アメリカの国籍を取得してしまうと、いわゆる二重国籍になってしまうのではないだろうか」

 

「なにか問題でも?」

 

「失礼な言い分になってしまって申し訳ないが、アメリア嬢の考えは、夜月緋色さんという個人をあまりにもないがしろにしていないだろうか。どこの国の国籍を持つかというのは、個人のアイデンティティにもかかわる非常に重要な事柄だ。無理に押しつけるものではないと思うのだがどうだろうか」

 

 めちゃくちゃ紳士的な物言いだった。

 ボクの中の江戸原首相の株がストップ高です。

 

「なるほど、だったら緋色がいいって言えばいいのね」

 

「ボクは日本人だからね。アメリカ人にはならないよ」

 

「考えてみなさい。緋色」近いです。おっぱいが先行して当たってますけど。「あなたに国土の一部を割譲するとか言ってきた国はないかしら」

 

「あったような、気が、ぷにんぷにんって、するよ」

 

「ぷにんぷにん?」

 

「いや、うん。そういう国もあったね」

 

「そうでしょう。このもらった国土を、あなたはどうするつもりかしら」

 

「まだ考えてないけど、ボクは名ばかりなんじゃないの? 権利だけ持ってるというか、場末の遊園地にヒロちゃんランドって名づけましたみたいな」

 

「まあ、あなたがそれでいいならそれでもいいんでしょうけどね。そこの土地から収益を出すことを考えたら、人を雇って人を動かしたほうがいいわよ」

 

「なんなら返してもいいけど」

 

「もったいないわね。じゃあ、あなたがアメリカ人になるメリットを教えてあげましょうか」

 

「まあ、どうぞ」

 

 この微妙な雰囲気どうにかしてください。

 

「あなた、配信しているから、配信するの好きなのよね」

 

「まあ、好きだよ」

 

「配信するのは、いろいろと設備とか電気とかいるわよね」

 

「うん。そうだね」

 

 ネット環境とか、マイクとか、パソコンとか、そういった物理的なインフラが必要なのは確かです。要するに、ある程度の文化力がないと配信できないのは確かだ。

 

 ボクは無人島にいって一人で暮らしたいわけじゃなくて、なんていったらいいかな、ゾンビハザードが起こる前の、コンビニにいけば何かご飯は買えるし、ゲームだってできるし、ありきたりで平凡な、そんな毎日でいいんだと思ってる。

 

 ボクが変わっちゃったから、そんな生活も難しいのかなって思うけど。

 ヒイロゾンビが増えれば、ボクの役割も薄まって、前みたいに平凡になれるかなって。

 

「アメリカは言うまでもないけれど、ナンバーワンの国よ」

 

「まあ現時点ではそうだろうね」

 

「つまり、あなたにいろいろ融通できる」

 

「ボクがアメリカ人にならなくても、日本は佐賀に電気送ってくれると思うし、べつにいらないかな。ボクにとってはたいしてメリットじゃないよ」

 

「百万人があなたの合図ひとつでかしずかせることもできるし、世界中の富豪が求めても得られない宝石を身に着けることができるわ。なにより世界一優秀なアメリカの国民があなたを支持することになる。目の前にチャンスがあるのよ。なぜ飛びつかないの」

 

 陰キャだからです。

 

「アメリアちゃん。ボクはあんまり実益とかに動かされないタイプなんだ。ピンクちゃんはすごく天才だから、そのあたりのこともすぐにわかってくれて、ボクに合わせてくれたんだよ」

 

 端的に言えば――。

 

 ボクはピンクちゃんによって、世界中にヒイロゾンビを増やしてもいいかなって思ったわけで。

 

 国益というか人類益的に見れば、ボクのこころを動かしたのはピンクちゃんだ。

 

 そんなピンクちゃんは、いまちょっと涙目になってて、ボクの袖のあたりをギュっと握ってる。

 

「それ以上の言葉は要らないよ」

 

 正直に言えばね。

 

 すこーしだけ、アメリアちゃんに怒ってるんだ。

 

 きみにはわからないだろうけどね。

 

 ボクが強引に言葉を打ち切ったからか、船内は奇妙な沈黙に包まれた。

 

 アメリアちゃんの顔にはじめて困惑が浮かぶ。

 

 大人たちも、きまずい表情になっている。

 

 緋色ですが、艦内の空気が最悪です。

 

――と、そこで。

 

 救世主のように現れたのは、渋い髭もしゃの男の人だった。

 すごく若い印象。40歳くらいかな。

 政治家にしてはって意味だけど、すごく若い。

 スタイリッシュな眼鏡をかけてて、濃い茶髪。髭も茶髪。蒼いスーツがめちゃくちゃ似合ってて、日本のサラリーマンのスーツ姿よりずっと着こなしてる感じ。ネクタイはしていない。わずかにあいてる胸元。カジュアルとフォーマルのはざまから漏れ出る色気というかなんというか。

 

 眼は青色。細身のように見えて、それなりに鍛えてそう。

 どこかの映画で言ってたけど、アメリカ大統領って最強の兵士って言ってたしね。

 イケメン顔で、ちょっとだけキュンとする。あ、いや違いますけどね。

 

 撫子さんが小声で。

 

「トミー・デフォルトマン。38歳。ゾンビハザードのときにご逝去された前大統領の子飼のひとりで、ゾンビ殲滅作戦の指揮をとっていた方です。ピンクさんが緋色さんと仲良くなられてからは、ヒイロゾンビによる駆逐作戦に転向してます」

 

 ふむふむ。38歳か。よい年頃だ。

 

「パパ!」

 

 アメリアちゃんが抱き着いた。

 

「トミー・デフォルトマンです。はじめましてヒロちゃん」

 

「夜月緋色です」

 

 だれよりも早くボクに挨拶してくるトミーさん。

 差し出される手に、半ば反射的に握手をしてしまった。

 イケボに惑わされたわけじゃないよ。

 敵じゃないって伝えてくる人に、なにも敵対心を抱かせることはないだろうと思ったんだ。

 ただ、この人は――アメリアちゃんをけしかけて――子どもをダシにつかって、警戒網を突破したってことになるんだけど。

 

「大統領。突然ご来訪されるとは誠に遺憾です」

 

 江戸原首相がさっそく抗議した。

 

「どうやら、最初に謝罪をしなければならないようだ。娘も迷惑をかけたみたいだしね。みなさん申し訳なかった。ただ――、実をいうとヒロちゃんと個人的友誼を結びたいという理由で来たわけではないんだ。可及的速やかに、しかも、絶対に傍受されない生身での情報伝達を行う必要があった」

 

 うーん。すごくイケボだな。あこがれる。

 ボクがイケボだそうとしても汚い声にしかならんからな。

 そんな思考とは裏腹に、トミー大統領は衝撃の事実を伝えた。

 

「ジュデッカが紛れ込んでいるらしい」




なんか微熱が続いて、これもしかしてって思ってたんですけど、おなかが痛くなって、つまり、ただの食あたりでした。そんなわけでちょっと遅れたんですけど、遅れた理由はキャラ出しすぎじゃね問題もあります。

この船での出来事のためには、あとひとりはキャラを増やそうと思ってるんですけど、さすがに多すぎですよね。

とりあえず、もう勢いでいくしかないので、次の話は、9時間後くらいにはアップできるようにがんばります。がんばってはみるけど、どうなるかは不明。なのでした。

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