アメリカ式のイケボからもたらされたのは意外。
ジュデッカの暗躍。
いや、ぜんぜん意外でもなんでもなかった。
でも、なぜだろうという思いも当然ある。
――どうしてそのことを知っているのか。
「大統領閣下はどこからその情報をつかんだのでしょうか」
仕事のできる撫子さんが当然のように疑問を口にした。
「うちのほうに、ジュデッカから転向したいというものがきてね」
「つまり、ジュデッカ内の裏切り者ということですか」
「イェア。まあそうだね」
若干の歯切れの悪さ。
「その転向者に話を聞くことは可能ですか?」
「可能ではあるが、あまり意味はないだろう」
「なぜです?」
「ジュデッカがいわゆる組織とは異なるからだ」
「意味がよくわかりませんが」
「なんといえばいいか」言葉を選ぶ大統領。「組織としてのジュデッカはとうの昔に解体されているんだよ。しかし、ジュデッカ本体は生き残っている」
「どういうことでしょう」
「脱皮する蛇みたいなイメージだね。実際の本体部分はどこか物陰に隠れてしまって、そいつは暗闇の中から我々を狙っている」
なんか抽象的でよくわからない話だ。
「具体的にその転向者はどのような話をなされたのです?」
「今回のサミットでテロを起こす計画があるということだ」
「テロの可能性は我々も考えておりました。小山内先輩」
撫子さんが幼女先輩を呼んで、幼女先輩が大きめな図面を取り出す。
うん。やっぱり幼女先輩のほうがかっこいい。
図面には"いんとれぴっど"のほか、"いずも"や各国の艦容が黒くて細長い抽象として書かれている。配置図というのかな。
そして、配置図は"いんとれぴっど"を中心とした、いわゆる輪形陣をとってるみたいだ。
「武装については最低限の自衛に必要なもの以外はずすよう指示しています。ほとんどあり得ないとは思いますが、どこかの国の艦をのっとられたときのための処置です」
戦闘艦が乗っ取られたりすることってあるのかな。
沈黙の戦艦っていう映画では、ほとんどギャグみたいな感じで楽勝に乗っ取られてたけどさ。
飛行機が乗っ取られた事例もあるし、ないとは言えないか。
ただ、船については何百、何千という人が組織的に連動しないと動かせないはずだから難易度は高いと思うけど。
「おそらく、ジュデッカがテロを起こすとすると、こういったどこかの艦をのっとるというような手法ではなく、こちら側に無害なふりをして乗り込むという手法だと思われます」
幼女先輩が、すごくキリっとしている。
大統領はうなずいた。同じくらいの年頃で、元軍の人ということもあってか、幼女先輩と響きあうものがあるみたい。
「また、こちらの受け渡しをする際には、一度"いずも"に乗船していただきます。当艦が検疫を果たすということです」
「ふむ。"いずも"でジュデッカかそうでないかを選別するわけか」
「そうです。検疫の最中には、当艦からは護衛ヘリ一式と、哨戒機も出しますし、"いんとれぴっど"からも同様です。閣下の国に所属しているのですから、ご存じでしょうが、潜水艦や戦闘機などによる攻撃はほぼ不可能と断言できます」
まあそりゃそうだよね。
P-1哨戒機とかの対潜水艦哨戒能力は、世界的に見ても優秀だって聞いたことがある。
なぜ日本が潜水艦絶対殺すマンになってしまったのかは省略するとして。
「この"いずも"にジュデッカが既に乗り込んでいる可能性はないのだろうか。あるいは"いんとれぴっど"内に既に潜んでいるということも考えられなくはない」
「ありません」幼女先輩は断言した。「少なくとも当艦については、船員を選抜しております」
「"いんとれぴっど"については、私のほうが把握している。愚問だったな」
ピンクちゃんのママが艦長っぽいことをしている"いんとれぴっど"は、微妙な立場ではあるけど、船籍としてはアメリカになる。つまり、大統領閣下が船員について把握していないわけがない。
その後もいろんな話が続いたが、結局持たされた情報の多くは、TNT爆弾の一部が盗まれたようだとか、テロは少人数で行われる可能性高いだとか。そういう話ばかりだった。そもそも、ジュデッカ自体が、あえてこういった情報を流した可能性もあるんで、疑念が疑念を生むというか、もうさ。なんというか……。
――正直、眠たくなってきた。
いや、ボクも真面目にお話を聞かなきゃって思うんだけど、基本的にこれさ、姫プなんだよね。
ボクは最奥で守られてて、ただひたすらみんなが来るのを待っているだけというか。
テロの可能性があるってだけで、心理的圧迫感はあるんだけど、ボクの仕事って、明日振袖着て、新年あけましておめでとうございますして、にっこり笑顔をキープするぐらいというか。
案外、テロよりにっこり笑顔をキープのほうがきっついかもしれない。
そうこうしてぼんやり考えこんでいると、大統領の腰あたりにくっついているアメリアちゃんが、右手を目のあたりに持っていって"あかんべえ"した。ボクに対してかなと思っていると、違った。いまだにすねてるご様子のボクの手の中でイジイジしているピンクちゃんに対してだ。
「嫌いだぞ」
ピンクちゃんが初めて自分の価値観を戦わせてる感じだな。
さっき言い負けたのがよっぽど答えたんだろう。
とりあえず撫でておこう。
「ふぅ」
少し落ち着いたみたいだ。対するアメリアちゃんは――。
「パパ。わたし飽きたわ」
突然子どもっぽい思いつきで言葉を発した。
「いま大事な話をしているのだから我慢しなさい」
「NO。この艦内を見て回ってもいいでしょう? せっかく来たのだから」
「わたしが案内いたしましょうか」
撫子さんが提案した。
大統領はわかりやすく破顔した。
「もうしわけないが頼めるだろうか」
「かしこまりました。では、アメリアさん参りましょうか」
「いやよ」またも爆弾発言するアメリアちゃん。「子どもどうしで自由に遊びたいの。おばさんなんて要らないわ」
「お、おば……」
撫子さんは綺麗なお姉さんです。
ていうか本当に若いよ。まだ20代半ばくらいだし。
でも11歳という若さのカタマリからしてみれば、総じてみんなおばさんだしおじさんだ。
「ねえ。緋色。いっしょに艦内を見て回らない?」
金髪巨乳ロリがデートのお誘いをしてきた。
コミュ力つよつよガールだな。
さっきのボクの拒絶の言葉なんて、光の速さで忘れ去ってそう。
「その前にピンクちゃんに謝って」
「は?」
「アメリアちゃんの、なにげない一言がピンクちゃんを傷つけた」
「傷つくのなんて、その人の勝手よ。わたしはその子のママじゃないのよ。傷ついたならママに泣きついてればいいじゃない」
ママもパパもいない子なんて珍しくもないんだけどな。
想像力が足りなさすぎる。
べつに『ざまぁ』したいわけじゃないんだけど、正直、お近づきになりたいとは思わないというか。ボクとしてはピンクちゃんファーストだからね。
こんなかわいい子を傷つけておいて、お兄ちゃんは許しませんよ。
謝るなら、まあ、金髪ロリ巨乳という属性爆盛に免じて、許してやらんでもない。
「まあ、アメリアちゃんがそういう信条を持っているなら、べつにいいんだよ。でも、そういう子とは友達になりたくないなってだけで」
「友達になりたくないって言ったの。わたしと!? 次期大統領のわたしと友達になりたくないって。ありえないわ」
「いや、アメリアちゃんって、いまはただの子どもだよね。日本語話せるのは頭いいとは思うけど、ピンクちゃんに比べたらただの子どもだよ」
「馬鹿にして!」
「傷ついたのはアメリアちゃんの勝手だから、パパにでも泣きついたら?」
「むぐぐ……」
アメリアちゃんがバグってる。
なんということだろう。なろう式の『ざまぁ』をまさかリアルにやってしまうとは。
現実で年下にやると、スカっとはしないな。
むしろ、自分がクソ雑魚メンタルなせいか、しぼんでいく風船のような気持ちだ。
「レディ。ドクターピンクと喧嘩したのかい?」
イケボなアメリカ大統領が、膝をついて、アメリアちゃんに問いかけた。
「わ、わたし悪くないわ」
「そうかい。君がそう思うのならそうなんだろうね」
まさか漫画的なネタじゃないと思う。日本語流暢だけどアメリカ人だし。
ボクが日本のサブカル話せるからって、各国の偉い人はめちゃくちゃ勉強しているらしいけど。
ま、まさかね? ドキドキ。
まあ、大統領閣下がそんなネタを言うわけもなく、ただの論法だったらしい。
優し気な声は続いた。
「レディ。君が本当に自分のことを悪くないって思っているんだったら、僕の目を見て話せるはずだ。どうして目を伏せてるんだい」
「パパが、わたしを叱るから」
「そりゃ叱るさ。君が悪いことをしたら叱る。僕は君のパパだからね」
「わたし叱られるようなことしてないわ」
「本当に?」
「本当よ。だって、わたし、たくさんの友人を助けたわ。助けを求めにきたみんなを収容したし、ゾンビから避難できるように手配したし、食べ物だって毛布だってあげた。わたしはみんなに感謝されたのよ。さすがパパの娘だってほめられたの」
なにやら本国ではそういうことをしてきたらしいアメリアちゃん。
うがった見方をすれば、友人たちにお願いされてって感じだろうけど。
「みんなゾンビになりたくないし、はやくこんな事態から解放されたいって思ってるのよ! ドクターピンクとは意見が違ったみたいだけど。緋色と仲良くなろうとするのがそんなに悪いことなの? わたしは自分が与えられるものを提示しただけ。パパみたいになりたいから、アメリカのことを考えて行動しただけよ!」
「そうかい……。レディ。もし君が大統領になりたいなら、一番必要な能力はなんだと思う」
「計算能力? 調整能力かしら」
「そういうのも必要かもしれないね。ただ僕としては人に優しくあることだと思うんだよ。私たちの国にはいろんな考えや異なる宗教を持つ民族が暮らしている。そういった違う考えを束ねていかなくてはならないからね。相手に感情移入する必要がある。もちろん時には決断することも必要だけれども、できるだけ対立は避けるべきだ」
でも、大統領はVTOL機で、日本のお気持ち考えずに無理やり着艦しちゃってますよね。
この艦からしてみれば、無理やり肩におさわりされたようなもので、セクハラですよね。
と、考えたのは内緒だ。
一応、ジュデッカのことを伝えたかったという理由があるしね。
つまるところ、テロに対する恐怖への感情移入ともいえるわけだし。
結果として、来てもらってよかったともいえるわけだし。
ボクは、そういった善意の行動は目をつむることにしている。
「君に傷つけるつもりがなくても、相手は傷ついたと思うことがあるかもしれない」
「傷つけるつもりはなかったわ」
「でも相手はそう思っていないかもしれないわけだろう。友達になるには、まず、その子のことをよく観察してみるんだ」
アメリアちゃんがこちらを見てくる。
いや、正確にはボクの手元に収まってるピンクちゃんを字義通り観察している。
い、いや大統領が言ったのはそういう意味じゃないんだろうけど。ある意味素直な子なのかな。
ピンクちゃんを、ちょっと斜め方向から見てみたら、あいかわらずクソにらんでました。
「不満に思ってるようだわ」
「なにか彼女にとってよくないことを言ったのだろうね」
「愛国心が足りないって言ったことかしら。それとも友情が足りないと言ったことかしら」
「どうすればよいかわかるね?」
「ええ。わかったわ」
こちらに近づいてくるアメリアちゃん。
ピンクちゃんの目の前。つまりボクの目の前で止まり。
「悪かったわ。だからあなたも許しなさい」
ピンクちゃんがスマホみたいにプルって震えた。
ひえっ。
「あの、アメリアちゃん。その……なんというか、全体的に言葉をもっと選んだほうが……」
穏便にいこうぜを作戦として選びたい。
もしかすると、日本語に不慣れなせいで、激辛に思えるだけかもしれないけど。
「嫌いだ」とピンクちゃんの評価もあいかわらず辛い。
「まだるっこしいのは嫌いだから単刀直入に聞くけど、何が気に入らなかったわけ? 誓って言うけど、わたしに悪意はなかったわ。悪意があるように受け取ったのはあなた」
「本当に馬鹿なんだな、おまえ」
ぴ、ピンクちゃんも棘モードです。これはもうフグのようにほっぺたが膨らんで、ハリセンボンに進化しようとしています。
「馬鹿で結構よ。だって、わたしはテレパスでもなんでもないもの。あなたの気持ちなんてわからないわ」
「だったらもういい。お前とは友達にならないだけだ」
ピンクちゃん、今度は貝モード。
ああ、うーん。これはこれでよろしくない感じがする。
「えっと、ピンクちゃんはね。たぶん、ボクと友達だっていうことをすごく大事に思ってくれてたみたいなんだよ。だから、そこに国益とかは関係ないってわけで」
ボクが解説するのってズルなんだろうなぁ。
ピンクちゃんには嫌われるかもしれない。でもこのまま不仲というのもどうもよろしくないというか。ボクって基本的にはラブ&ピース派だからね。
「ふぅん。つまり、友情が足りないって言ったのがよくなかったわけね」
「そういうことかな。ピンクちゃん。そういうことだよね?」
「ふんっ。ヒロちゃんもこんなやつに付き合う必要はないぞ」
ピンクちゃんさらに拗ねる。
「悪かったわ。本当よ」
アメリアちゃんが再度謝る。今度は言葉も選んでいるし、形だけで見れば悪くない。
本心がどこにあるのかはわからないけど、案外、心底他人がどう思ってようが関係ないってタイプなのかもしれない。
「ピンクちゃん。えっと、こういってることだし、許してあげたらどうかなーなんて」
ピンクちゃんのちっちゃいおててを持って、無理やりプラプラさせてみる。
されるがままの状況。はい握手しようね。握手。
アメリアちゃんもおずおずと手を差し出し、握手はなされるかに思えた。
が、ダメ!
圧倒的な斥力がピンクちゃんの掌から生まれている。
ヒイロちからを全開にして、握手を拒んでいる。
まるで磁石みたいに反発している状況では、普通の女の子であるアメリアちゃんには、何もできない。
「こ、こいつ。こなっ。謝ってるじゃない!」
「そんなの謝ってるうちに入ってないぞ!」
ひえ。誰か助けて!
☆=
結局、二十分かけて、ボクがピンクちゃんをおだててなだめてよしよしして、アメリアちゃんの理というか、言い分にも少しは正当性があることを言って、ピンクちゃんとの友情は絶対に変わらないという、いわゆるズっ友宣言をおこなうことで、ようやく握手はなされました。
ピンクちゃんは、めっちゃふてくされて、顔は90度そむけてたけどね。アメリアちゃんのほうもひきつった笑顔だったけれども……。
握手は握手。仲直りは仲直りだ。そういうことにしておいてほしい。
ボクの仲裁力もなかなかのものでしょ。HAHA……。
はぁ。
同じアメリカ人どうしでこれだからね。まったく知らない国の人どうしがこんな調子で争われたら、もうどうしようもない気がするよ。
「本当に申し訳なかったね。ヒロちゃん」
こちらに謝意を述べてきたのは大統領閣下だ。
あれから、アメリアちゃんのことは再度叱っていたけれど、この人の叱り方って、なんというかドラマのフルハウス方式なんだよな。よくあるアメリカの激甘パパというか。
まあ良し悪しはあるかなって感じです。
「いろんな考えの人がいるんだなって、当たり前の事実に気づけてよかったです」
「娘はあんな感じだからね。父親としても心配なんだ。こんな世の中だからね。わりとパワーだけでなんでも解決できてしまうように思うけど、それだけじゃダメなんだ。あとから軋轢をうんでしまう」
「それはそうですね」
ボクもパワーばかりあふれてるけど、人のこころだけはままならない。
アメリアちゃんは、ピンクちゃんの何が気に入ったのか、やたらと撫でようとしている。ピンクちゃんはジト目で、斥力つかって完璧にシャットアウト。
「触らせなさい」「いやだぞ」「どうしてよ」「触られたくないからだぞ」
みたいなやりとりが続いている。
不毛な争いを見ていると、心が穏やかになっていくなぁ……。
「そういえば、そろそろお昼になりましたが、お食事はどうなされますか」
撫子さんが微笑みかけてきた。
「そういや、もうお昼だ。いったん"いんとれぴっど"に帰ったほうがいいかな」
「わが艦でもご用意できますよ。どちらでもかまいません」
「うーん。ピンクちゃんはどうしたい」
「うん。ピンクはもう帰るぞ」
ちょっとお疲れのようです。かまいすぎた後の子猫みたいな感じ。
「じゃあ、そういうことでいったん帰ります。命ちゃんもいい?」
命ちゃん。陽キャから隠れていたのか、一言もしゃべらなかったけど、ここでもコクリとうなずいただけだった。女の子だったら比較的大丈夫かなと思ったらそうでもなかったみたいだね。
「あ、緋色」
アメリアちゃんです。ドキっとしちゃうのは決して惚れたとかそういうことではない。
「はい。なんでしょう」
「わたしもつれていきなさい」
「えっと、どういうことかな」
「簡単なことよ。アメリカの特別感を演出するため、わたしたちは一日早く乗船するの」
「それこそフライングなんじゃ」
「なにいってるのよ。"いんとれぴっど"はアメリカの船よ。大統領が乗船するのを拒む権利はだれにもないわ」
ああ、またピンクちゃんがみるみる膨らんで。
「その、申し訳ない」差し込まれたのは大統領の声だ。「艦長にはすでに許可をとってある」
「ママの許可をとったのか……。んーむ」
ピンクちゃん、沈思黙考。
なにかしらの葛藤があったみたいだけど、処理自体は5秒くらいだ。
「しかたないから特別に許してやるぞ。ただ、"いんとれぴっど"は、ママの船だ。ママが一番えらい。それを忘れるなよ」
「一番偉いのはパパに決まってるでしょ。何言ってるのよ」
そのあとのやりとりは、ご想像にお任せします。
ただ、離艦までに、あと一時間かかったとだけ。
今日はもう一話くらい更新できるかもしれないです。
思ったよりも筆の進みが悪い。というか、わかったけど、配信ってかさましできる方式なんだなって。一つのアクションに10ぐらいの反応書けるから当然なんやなって。
つまり、配信がないと時速遅くなるわけですね。
アメリアとピンクは10年後くらいには悪友な親友になって。同じようなノリでワチャワチャやっていく感じで書いてます。本当に仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうですけど、それまでの間は主人公が円滑材になるんです。
就職時のときみたいに、円滑油になるのです。