「えー、前夜祭的なやつです」
あれから遅い食事をみんなでとりまして、はじめての喧嘩にベッドにダイブしたピンクちゃんをなだめつつ、結局なんやかんやあって、配信することになりました。
ていうか――また、アメリアちゃんだよ。
理由は「あなたの配信でわたしを紹介しなさい」だった。
なんという自儘で奔放な、と思わなくはなかった。
自慢するわけでもないけど、事実上、ボクはいま一番有名なヒロチューバーなわけで、ボクが紹介すれば、自然と知名度が爆上がりするのは間違いないから。
しかも、おそらく人類史に刻まれるであろうイベントの前夜。
最高のタイミングといえるだろう。
しかし、アメリアちゃんの言ってることは、よく聞くと政治的事柄も含んでいる。
今回のサミットは、アメリカと日本が主体になっているのはまちがいない。その一つはピンクちゃんだし、そのひとつはボクが理由だ。
ただ、ここホミニスという組織は人類の英知を結集した、なんというか国際機関みたいな側面もあるんだよね。
そう考えると、やはりアメリカがいち早く、ここ"いんとれぴっど"に乗船しているのはフライングであるといえる。
つまり、アメリカ合衆国が自らルールを破るのは少々外聞が悪く、その外聞を少しでも取り繕う必要があるというのが理由だった。
アメリカが自分で言い出して、一抜けするって、よくあることだけどさ。
そんなわけで、アメリアちゃんの依頼は、アメリカ側の正式な要請なわけで、ボクとしても断りにくい。政治的な誘導を強く感じるけど、ピンクママも断り切れないわけで、ピンクママからいわれると、ボクも断りにくいってわけ。
アメリアちゃん自身は、単純に自分が一番目立ちたいだけっぽいけどさ。
もうなんというか破れかぶれな気分だよ。
「さて今日も配信はじめるね。その前にみんな横にいる女の子が気になってるんじゃないかな」
『だれだ』『ろりきょぬー』『ぱいおつかいでー』『おい。おまえら不謹慎発言やめろ』『またロリだ。またロリだー!』『だれだろ?』『ヒロちゃんの関係者なのか?』
「この子は、アメリアちゃん。ボクの友達です」
いちおう、そういうことにしておく。
ピンクちゃんにも謝ったし、ギリギリ最低限の礼儀はわきまえているし。
まだ子どもだから、判定甘めです。今後の成長に期待しましょう。
「アメリア・デフォルトマンと申します。現アメリカ大統領、トミー・デフォルトマンの娘ですわ。今日は皆さまに謝罪するために、ヒロちゃんにお時間をいただきました」
なんか猫を三重くらいかぶってるけど。
まあ、初配信なんてみんなそんなもんだ。
ボクも初配信のときは、なんかもじもじしてたし、AVみたいな感じだったしな。
ありありですよ。
『アメリアちゃんおっきい』『かわいいね。でゅふふ』『謝罪ってなんだ』『コメントがきめえ』『隣にいるピンクちゃん、めっちゃふてくされてね?』『どうしたピンク?』『後輩ちゃんはいつもクールで美しいな』
ピンクちゃん。あいかわらず、ぷっくり膨れている。
最初に出会った時から、アメリアちゃんとはソリがあわないみたい。
配信にでなくてもいいよっては言ったんだけど、自分の仕事だって言って出るのは固辞した。
結果、りんごみたいなほっぺたが膨らんだ、やさぐれピンクちゃんのできあがりだ。
「ピンクはやさぐれてなんかいないぞ」
膨らみすぎたほっぺたがかわいすぎて困る。
対するアメリアちゃんは余裕の表情だ。その外貌だけみれば、すさまじくかわいらしい女の子が、圧倒的強者のオーラをまとって座っているような感じ。
謝罪と自ら言っているのに、まったくそんな感じがしない。
「謝罪については、言うまでもないことですけれども明日のサミットの件ですの」
流々と語るアメリアちゃん。
まったく淀みなく、決められた台本を読むような感じだ。
『明日のサミット』『人類の夜明け』『日本だけフライングしてズルいって思ってたけどまだ何かあるのか?』『もしかしてアメリカも……』
「お気づきの方もおられるかと思いますが、先の"いずも"へのヒロちゃん着艦事件は――」
事件なんだ。
「ヒロちゃんの日本との個人的友誼によるものです。誰も日本が優待を受けたとしても文句をいう筋合いはございませんし、もしも文句を言いたいというのなら、陰でこそこそ言うのではなく、ヒロちゃんに直接言うべきですわ」
え、ボクが釈明すんの?
『話としてはわかるが』『ヒロちゃん幼女先輩好きすぎるからな』『でも、世界中の国が歩調をあわせようとしているのに、日本だけやっぱズルいわ』『ジャップはクソ。はっきりわかんだね』
日本ズルい論がわらわらと湧いてくる。
ボクも釈明しようかと、少し身構えた。
しかし――。
『おまえ、さっきヒロちゃんの国籍アップされてたの知らないのかよ』『あー、日本の戸籍謄本な』『ご両親の名前とか住所とかは黒塗りされてたけど厚生労働省のヒロちゃんのページに載ってたな』『ヒロちゃんペディアにも載ってたでよ』『日本人をクソ呼ばわりする=ヒロちゃんをクソ呼ばわりする=ヒロ友じゃない=君もう帰っていいよ』『すみませんでした』『おまえのてのひら、ドリルかよwww』
仕事が速いな日本。
それにしてもみんな喧々諤々というか。
ご意見がたくさんおありのようです。
みんなボクに合わせるために日本語で発言しているけど、文化とか考え方の違いとかは結構はっきりしているような気もするね。
「さて、ここでわたくしの国、ユナイテッドステイツについても釈明いたしますと――、ヒロちゃんとわたくしの"個人的友誼"から、明日に先んじて、ここ"いんとれぴっど"にお呼ばれいたしましたの」
さっき個人的友誼を強調していたのも布石だったようだ。
既定路線だな。
『アメリカがまたジャイアニズム』『うーん。しかし、個人的友誼というと、ヒロちゃんと仲良しってことだよな』『最初に友達って言ってたし嘘じゃないんだろうな』『アメリカの陰謀だよ。おまえら騙されんな』『一日早まったかどうかが問題じゃなく、アメリアちゃんがヒロちゃんと仲が良いというのが最も言いたいところなんだろうな』『あー、だからピンクちゃんがむくれてるのか』『毒ピン友達をとられて拗ねてるのかわゆ』
陰謀というか。単なる我儘というか。
アメリカ式のやり方は、意見は押さえつけない。言われるがままにまかせる。
けど強権を振るうし、時々は釘を刺すというやり方だ。
アメリアちゃんも子どもっぽいけど、政治的感覚は鋭いのかもしれない。
「ヒロちゃんはピンクの友達だぞ……」
うんうん。わかってる。わかってるから。
「アメリアちゃんの謝罪だけど、みんなわかってもらえたかな。この船はアメリカの船みたいだし、一日ぐらい早くてもいいよね」
『でもアメリカもレナルドだかロナルドだかわからんが他の船で来てたんだぞ』『一日でも早くヒロちゃん汁ほしいです』『我が国の経済はボドボドだっ』『経済死んだのはどこの国も同じだぞ』『はよヒロちゃん汁はよ』
なぜヒロちゃん汁という言い方が定着しているんだろう。
ボク絞れちゃうの?
☆=
アメリアちゃんの釈明も終わり。
楽しいゲームの時間だ。こんな時にゲームだって?
友情を育むグローバルな感覚こそが、ゾンビウイルスに抗する唯一の手段なんだよ!
わかってくれ。むしろわかれ!
「というわけで、髭面のおっさんがカートに乗ったゲームやりますよ~~♪」
言わずとしれたゲーム。
そう、もはやタイトルなんて要らない。
髭がカートする。それだけで伝わる特異性。もちろん、みんなでワイワイするのに、こんなにも適したゲームはない。
『ヒロちゃん。日本人なのに日本産英雄を髭面のおっさん扱いw』『いきなり友情破壊ゲームとは難易度たけえな』『毒ピンも後輩ちゃんも精密操作うまそうだからな。ヒロちゃん大丈夫?』『プロゲーマーが負けるわけないだろw』『ヒロちゃんは素人ゲーマーだよ』
「そう。ボクは素人ゲーマーなんで、みんなで遊んで楽しみたいだけです」
『ゾンビのことも忘れないでください』『アメリカと日本が仲良しだってことを見せしめる最大のパフォーマンスなのかもしれんぞ』『そういや年越しカウントダウン配信ってやんのかな』『やるに決まってるだろ』
「年越し配信は夜になってからするね」
残念ながら、今はゾンビでせわしない世の中。
はっきり言って、紅白みたいなアーティストたちのパフォーマンスはできるような状況じゃない。
でも、ボクはできるだけ楽しかったあのころを取り戻したい感じだ。
ヒイロゾンビが増えて、世の中がそうなればいいと思っている。
というわけで、ボクが選んだのは髭面のおっさんだ。
案外若かったような気もするけど、まあそれはいい。まぎれもなく日本が産んだ英雄のひとりです。イタリア人って設定だけどね。
そして、ピンクちゃんはピンク色したお姫様。よくさらわれると評判のお姫様だ。
アメリアちゃんは、恐怖キノコ人間を選択したようだ。マタンゴじゃないよ。
最後に命ちゃんが緑の兄弟を選んだ。
いこうぜ兄弟(今はシスターのほうが正しいかもしれないけど)。
「あ、緋色。ちょっといいかしら」
ん。スタンバってるときにアメリアちゃんが急に話しかけてきたものだから、ボクは前かがりにポーズボタンを押した。
「な、なにかにゃ」
『噛んだ』『噛んだな』『ぎゃわいい!』『ふぅ』『ありがとうと神に感謝』『素材提供ありがとうございます』『神のMMDにネタにされるヒロにゃん』
「や、やめろぉ」
すぐにネタにされちゃうんだよぉ。
ヒロ友多すぎだしね。
「で、なにかな。アメリアちゃん」
「このバトルに勝ったら何か優勝賞品はあるのかしら」
「んー。そんなの考えてなかったけど……じゃあ、ボクができる限りのことはするってことでどうかな。なんでもじゃないよ。なんでもじゃないから変なコメント書かないでね」
『ん』『ん?』『いまなんでもするって』『いってねーから騒ぐな』『しかし、ヒロちゃんも太っ腹だな』『いままでヒロ友は謙虚だったらかな』『だがアメリカなら……アメリカなら……』
「じゃあ、わたしが優勝したら一足早くヒイロゾンビにしてもらおうかしら」
「ふえ……。まあいいけど。本当に一日早いだけで意味あるの?」
「そんなのあるに決まってるじゃない!」
『あるよな』『ないよ?』『ないあるよ』『いや普通に考えて明日の受け渡しはプロージットするんだろ?』『プロージットって何語だよ。ドイツ語かよ』『乾杯ね』『ヒロちゃん汁で乾杯するんでしょ。知ってる』
「みんなといっしょに乾杯してヒイロゾンビになるって演出も悪くないと思うんだけどな」
「いやよそんなの。緋色。わたしが勝ったらわたしとキスしなさい!」
「ええーっ」
わりと本気でドン引きです。
命ちゃんがマジでヤバい雰囲気になっている。
ピンクちゃんも今にもポッポーって湯気がふきでそうな感じだ。
『アメリカ強引すぎる!』『後輩ちゃんが黒いオーラを身にまとってるんだけど』『毒ピンもだ。やべえぞ』『どうなってしまうんだよ』『悲しみの向こう側へ逝ってどうぞ』
「ばかー。うんこー! ヒロちゃんをとるなぁ!」
おっと、ここでピンクちゃんが配信で言ってはいけない言葉を出しちゃいましたか。
とはいえ、ボクが思うのはピンクちゃんって成長したなぁって気持ちだ。
いままで、妙に大人っぽい感じの言葉とかを使ってきたからね。
人並みになることの難しさはいやというほど知っている。
特に命ちゃんのことを想えば――。
「ピンクちゃん。お口わるわるになってるよ」
「んむぐ。すまなかった。取り乱してしまったぞ。みんなもすまない」
『ピンクちゃんの発言使える』『どこをどう使うんだよ』『とるなぁって発言がてぇてぇんだよ……わかるかよ』『わかるよ』『オレたち』『仲良しだよな』『きゃっきゃ』『うふふ』
みんなも平常運転のようだね。
「まあキスはちょっとどうかなって思うけど、いいよ。フライングで感染するっていうのがアメリアちゃんのお願いね。ピンクちゃんはどうする?」
「んーん。ピンクはそうだな。ピンクもキスする」
「あ、あのピンクちゃん。ボクの属性忘れてないよね?」
成人男性なんですけど。
みんなには知られてないことかもしれないけどさ。
ピンクちゃんはそれでいいのかって話だ。
「ん。大丈夫だ。でも、アメリアにもできるんなら、ピンクにもできるはずだ」
だめだ。ピンクちゃん。その道はボクをロリコンなロリにしてしまう。
「こ、後輩ちゃん」
「わたしもキスでお願いします」
平常運転。
『盛り上がってまいりました』『百合の全国放送はこちらですか?』『パンツはもうない』『おまえら、後輩ちゃんやピンクちゃんがアメリアちゃんに対抗心むき出しの精神的なところにこそ百合の神髄を見るべきだろうが』『なんか百合上級者いるな』
だめだこいつら……早くなんとかしないと。
いまさら言った言葉は取り消せない。
キスキス連呼するリアルなヒロ友と、ネットのヒロ友が両面まんべんなくうざい。
いまさら『あれは嘘だ』って言える雰囲気じゃねーぞ。
こうなったら……こうなったら勝つしか。
レースで優勝して、みんなをぶっちぎて、孤高のヒロちゃんになるほかない!
☆=
勝つ。
その一念しかない。
ふ……ふ……ふ。
無策だと思ったか、小娘どもが。馬鹿め!
このゲーム、命ちゃんはともかくとして、おそらくピンクちゃんもアメリアちゃんも遊んだことはないと思われる。いままでボクはレースゲームを遊んでこなかったしね。ゾンビゲーが主だったことは置いておいて。
それで、このゲームだが、実をいうと精密操作はそこまで必要ないのだ。
もちろん、精密操作が必要な場面もある。リアル系のレースとは違って、カーブを曲がるときに加速するテクニックや、小刻みなブーストテクニックももちろんはずせない。
しかし――。
このゲームで最も必要なのは、
このゲームで最も勝率が高いのは、
――アイテムだ。
要するにアイテム運が良ければどんなにぶっちぎられていようと勝てる。
逆にどんなにぶっちぎっていようと、周回遅れとかでもない限り油断はできない。
たぶん、ゲームバランスの問題で、うまい人もそうでない人も接戦ができるようにデザインしているんだと思う。
その結果、ボクはあえてスタートをおくらした。命ちゃんとかスタートダッシュという知ってる人しかできない技を使ってたけど、本当勝つためには手段を選ばないところ、超クール。
みんな血相を変えて、死ぬ気で一位を狙っている。
それが罠! それがみんなが陥りやすい罠なのです!
さあ来い。キター!
ボクが手にしたのは瞬間ブースト能力の高い、お星様だ。
これなら、2位か3位ポジションに付けていれば勝てる。
『狙ってやがるなこいつぁ』『恥も臆面もなく初期知識でイキる小学生がいるらしい』『後輩ちゃんはアイテム運を寄せ付けないほど逃げ切り先行か』『ピンクちゃんがむしゃらにがんばる姿かっこかわいいよ』『ヒロちゃんがんがぇ』『後輩ちゃんもピンクちゃんもさすがにうめえな。超精密動作してやがる』
一応ボクもエイム力とかあるし、普通にふたりと同じくらいはうまいよ。
完全精密操作という意味ではふたりには劣るけどね。
そして、アメリアちゃん。この子は見たところボクと同じぐらいのスピードで走っている。今のボクは流し気味とはいえ、普通に曲がるところは曲がり、直進するところは直進するという堅実な走りをしている。
普通にプロ級並みの反応速度は出していると思うんだけど、普通についてきているな。
むしろぴったりというか。
「えいっ」
ちょまっ。
ボクがカーブを曲がろうした絶妙なタイミングで甲羅をなげつけられた。
ぶっ飛ばされたボクはコースアウトになってしまい、立て直すのに時間がかかる。
釣り糸で池ポチャ状態から回収されながら、横目で見ると、アメリアちゃんがにやっと笑っていた。こいつ……できるっ。
一番危険な相手が誰か理解したボクは、すぐさまお星さまを使った。
ともかく、周回遅れはヤバい。
これ以上遅れるともう追いつけなくなる。
お星の様のブースト力で、二位につけていたピンクちゃんに追いついた。
「むっ、ヒロちゃんか」
「ピンクちゃん。申し訳ないけど勝たせてもらうからね!」
競り合い。同じぐらいのスピード感。
同時にアイテムをとる。ボクは――キノコか。
キノコは瞬間的なブーストができるアイテムだ。使い方次第では、お星様よりも相手を突き放すことができる。
でも、ピンクちゃんは赤甲羅。
シールドのように展開されるそれに当たればコースアウトは免れない。
『白熱する』『後輩ちゃん淡々と一位を続けてるな』『ピンクちゃん、少しだけ逡巡するところが本当に尊い』『最後にはやっぱり本気でヒロちゃんにぶつけにいくところもてぇてぇよ』
本気をだしてくるところはえらいね。
だが、その瞬間に割り込んでくる影。
発射されたのはアメリアちゃんの甲羅だ。
ピンクちゃん撃墜される。
「アメリア、バカ。やめろー!」
ピンクちゃんものすごく悔しがる。
アメリアちゃんケラケラ笑う。
ボクはこそこそ抜け出しました。このゲームで大事なのは速さを求めることじゃない。みんなの妨害をいかに潜り抜けるかだ。
『なんか毒ピンとアメ嬢がイチャイチャしてんな』『イチャイチャというかワチャワチャというか』『つっかかるアメ嬢に嫌がるピンクという構図』『それもまた百合なのだよ』
なにはともあれチャンスだ。
最後のアイテムチャンス。
やった。また星だ。即使う! いっけぇぇぇぇぇ!
その時。
奇跡が起こった。といっても、ピンクちゃんが雷を使ったってだけなんだけど。
雷の効用は一瞬の停止。
しかし、お星さまの力で無敵状態なボクは効かない。
その停止時間を使って、ボクは命ちゃんを追い抜きゴールした。
「やった! やったー! 勝ったよ! 優勝したよみんな!」
『ん?』『なんか変じゃね』『硬直時間ってこんな感じだったかな』『え?』『忖度?』『忖度じゃね?』『んー。微妙な感じだな』
「は? なに言ってんの。忖度とか……あるわけないよね? こ、後輩ちゃん」
ボクは命ちゃんを見た。
フイっと視線を逸らす命ちゃん。
うそでしょ。おい。
最近の髭面カートは、実はちゃんとすべての走行を記録できる。
髭面TVを見れば、忖度かどうかなんて一発でわかるんだ。
「えっと……ここで、ピンクちゃんの雷が来てるよね」
スローモーにしてみたり。
スイっと追い抜く瞬間。あれ、みんな動いているのに、命ちゃんだけなんでゴールで止まってんの? これって。
「忖度じゃん。後輩ちゃん。なんで忖度してんの」
「そのすみません……、先輩が困ってるみたいだったので」
『後輩ちゃんって忠誠度高いよな』『それもまた百合なのだ』『ヒロちゃん微妙な顔になってるな』『忖度はあかんやろ』
「まあいいけどね。じゃあ優勝者さん。どうしたいの?」
少しは恥ずかしい気持ちもあるけど、あそこまで明確に勝ちを譲られたんじゃ、先輩としてはどうしようもないよ。もう好きにしてって気持ち。
「じゃあ、しますね」
「うん」
全国の皆様の前でボク、されるがままになっちゃうんだ。
ちゅ。
感触があったのは、唇ではなくほっぺたへのキスだった。
『あえてほっぺたというところに尊みがあふれる』『勝って負けてまた勝って』『後輩ちゃんはやっぱり後輩ちゃんだなという感じ』『正妻宣言』『ゾンビだらけなのになんでゲーム楽しんでるんだろうなオレら』
★=
月が頂点にかかる頃。
くだらないゲームに興じる夜月緋色を見て、オレはまた黒色をした憎悪がぐつぐつと煮立つのを感じた。
「どうした。近藤。夜月緋色の動画でも見て、また身体を無駄に熱くしているのか。楽しいじゃないか。馬鹿らしくて。愚かしくて。実に人間的で……」
「近藤ではない。それは一つ前の名前だ。間違えるな」
「ふ……そんなのわかっている。いまはクウガという名前だったな」
久我とクウガ。
そんなに近しい名前で本当にいいのかは疑問だが、今のオレは――名も知らぬ小国の姫君の護衛だった。正確には護衛という位置に落ち着いたというべきか。
戦艦でも駆逐艦でもなく、少し大きめのクルーザーにすぎないここで、オレは静かに明日が来るのを待っている。
相対するは、オレの妹と同じくらいの年頃の少女。
肌の色は褐色。齢は10程度。水色に近しい瞳の色が幻想的で、実に夜月緋色に似ていた。
が、その瞳は混濁しきっていて、この世界に絶望しきっている。
だからこそ、オレも安らげた。
小国の姫君が――、普通だったら、会うことすらままならない天上の地位にあるものが、地上をはいつくばって生きるオレと同じ気持ちを共有しているのだ。
痛快でしかなかった。
安心でしかなかった。
オレの共犯。
――ゾイ・トゥリトットリ・ビットリオ。
彼女とオレは同じ部屋に押し込められている。
「いうまでもないが――、この部屋にお前と私がいっしょにいるということはすでにそれ自体が異常事態ともいえる。ハッキリ言えば、お前は私を好きに味わってよいと言ってるようなものだ」
「何を言っている?」
「わからないか。通常、王家の貞操はもう少し厳重に守られているものだ」
「まあそうだろうな。だがお前はまだ子どもだろう」
「子どもだろうがなんだろうが――王家は利用しやすいところから利用する」
「そうかもな」
「いや、クウガよ。おまえは何もわかっていない」
ゾイはオレが体を休めているソファへと寄ってきた。
ぴたりと吸い付くように身を寄せるゾイ。
「わたしはお前のことは聞いている。おまえは私のことを知っているか」
「知らん」
「だとすれば、それは不均衡だ。教えてやろう」
「知りたくもない」
「まあ聞け。でなければ、私がなぜここにいるのか。なぜジュデッカに付き従っているかの確信も持てんだろう。それでは私も困るということだ」
――なあ、お前様。
そういって、ゾイはオレの胸元に無機質な指を這わせた。
その指は、木製の義手で構成されていて、硬く冷たかった。
彼女は、シェヘラザードのように、怪しくオレに語り始める。
そういうわけで、空母の最後の一人は褐色美少女だったりします。
次回は久しぶりにゾンビ物の神髄をお見せしたいです。