あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル127

 いよいよ年が明けます。

 

 ボクは"いんとれぴっど"の船内で、年明け配信をしている。

 

 そこそこの広さのあるブリーフィングルーム。

 

 わが祖国、日本が贈ってくれたきらびやかな屏風の裏側から――。

 

「ちらっ」

 

 っと覗く。

 

『あ、かわいい子発見』『チラ見せするその姿はっ!』『なにかな。あでやかな色合い』『ちらって口でいうのかわいすぎだろ』『あ~この子、自分の可愛さを理解してますね』

 

 お次は反対側から。

 

「ちらちらっ」

 

『じらす』『じらすくじら』『袖ちらするのがいいのよ』『みやび!』『えっろ!』『えっど』

 

 さらには上から。

 

「ちらり」

 

『トイレで覗かれたときみたいだ』『おまえ幼女から覗かれた経験あるのかよ。勝ち組だな』『ああ、お花の髪飾りが綺麗』『ヒロちゃんが天使だと再認識した日』

 

 チラ見せだけで上々な反応だ。

 よーし。時間いっぱいになりました。

 お隣には、かわいい後輩の命ちゃん。うなづきあう。

 アメリカ大統領の娘。アメリアちゃん。余裕な笑み。

 天才科学者のピンクちゃん。あれ? なんかぼーっとしているけど大丈夫?

 そうか、ピンクちゃんは八歳児。まごうことなき小学校低学年。

 もうそろそろおねむの時間か。

 ピンクちゃんのことは心配だったけど、もう時間いっぱい。

 ボクはカウントダウンを始める。

 

 今年最後の十秒だ。

 

「10、9、8」

 

『あ~~』『だめだめエッチすぎます』『お前らカウントダウンで何はしゃいでるんだ』

 

「7、6、5」

 

『そういや前にもカウントダウンしたことあったよな』『確かドローンを落とした時だな』

 

「4、3、2」

 

『いよいよ年明けか~』『みんな生存おつかれ』『ゾンビ疲れしてきた今日このごろ』

 

「1」

 

『1』『1』『1』『みんないっしょにいくぞ!』『ダイナモ感覚。ダイナモ感覚』

 

「0!」

 

『ぜろ。ぜろ。ぜろ』『ああああああ!』『みんなハッピーニューイヤー!!』『ウン億円するかもしれない屏風が取り払われて……』『キター!』

 

 そう、ボクは――。屏風を念動力でさっと取り払った。国宝級の屏風なので取り扱い注意です。

 

 ボクたちは、用意してもらった畳の上に正座していた。

 

 正確には、命ちゃん。ドレス姿――、横座り。ふんわりスカートで足もとは見えない仕様。

 まるで、一輪の花みたいに綺麗。

 

 ピンクちゃん。うん。かわいい。予告したとおり振袖姿。

 正座は無理で、アヒルちゃん座りしている。なでまわしたくなるほど可愛いらしい。

 眠たげだけど、ごしごし目をこすってがんばっている。

 

 アメリアちゃん。紅いドレス。で、この子だけ畳の上に椅子を用意するというある意味、暴挙。

 でも、めちゃくちゃそれがサマになっていて、まるでお人形さんみたいだ。

 黙っていれば。そう――黙っていれば、我儘なお姫様も静かなお姫様も判別はつかない。

 

 そしてボク。正座は――。はい、ちょっと無理なので浮いてます。

 ドラえもんは数ミリ浮いているらしいけど、それと同じ要領だ。

 足がしびれないためにはしかたない。

 

 三つ指ついて、丁寧にごあいさつ。

 

「あけましておめでとうございます」

 

『あけましておめでとう』『おめでとう。振袖かわいいよ』『うむ。日本の振袖だな』『日本がドヤ顔でコメントしてやがる』『日本、大勝利やんけ』『くっ殺せ』『日本だけなんでこんなに忖度されてるんだ』『落ち着けよおまえら。明日になればみんな友達だ』『ズッ友だよ』『おう。兄弟仲良くしような』『アッ……うん』『今日はしおらしいかよ』

 

「まあ、振袖については、明日のセレモニーでも着るから事前予告だよ。ちゃんと着こなせるか心配だったしね。寝るときは脱ぐから、それも心配だけど」

 

『我が国のドレスも我が国のドレスもどうかぁ!』『国宝を送ったのですが、お気に召されませんでしたでしょうか』『ピンクちゃんのピンク振袖もかわいいな。しかし見事な迷彩というか欺瞞色だが』『毒ピンめっちゃねむそうじゃね』『アメリア様に踏まれたい』

 

「うーん。みんながボクに超特大スパチャを送ってくれたのは、本当にうれしいよ。ありがとう! でも、物理的に全部装備するのは難しかったんです」

 

『せやろな』『地球上のほとんどの国は贈り物しただろうしな』『ヒロちゃんからの贈り物に対するフライングお礼だよ』『ポストゾンビアポカリプスを考えてのことだろうな』

 

 ヒイロウイルスに対するお礼っていうのはわかっているんだ。

 でも、それでもボクのことを考えてくれてるのはうれしいし。

 悪くない気分。

 

「いまから軽く、みんなが贈ってくれたプレゼントを紹介するね」

 

『後輩ちゃんが目録を読み上げ』『ヒロちゃんが物品(国宝級)を浮かし』『アメ嬢と毒ピンが解説するって感じか』

 

 しばらく目録の読み上げが続く。

 

「続きまして、82番目。……国名は伏せてあげます。先輩の1/1スケールフィギュアです」

 

『なぜ作ったし』『ヒロちゃん微笑みがひきつってる』『これは戦犯やろどう見ても』『ストーカー国家キモイ』『でもちょっとほしいかも』『おい!』『ワンオフなのか量産型なのかそれが問題だ』

 

 そっと段ボールを開けたときの衝撃といったらなかったよ。

 なぜかボクのフィギュアが入っていたんだ。

 これを贈られてどうしろっていうんだろう。

 

「馬鹿なの?」とアメリア嬢が切り捨てました。

 

 某国の担当者は、国名を明かさなかった命ちゃんに感謝しているに違いない。

 

「続きまして、127番目。……北欧あたりのどっかの国とだけ言っておきます。剣です」

 

『宝剣か』『エクスカリバー?』『グラム?』『フラガラッハ』『ていうか刃物贈んなし』『小学生に刃物贈っちゃダメだろ』『あ~あ。ヒロちゃんが案の定キラキラしてるし』『ヒロちゃん男の子説あると思います』『ねーよw』

 

「続きまして、164番目。アメリカから贈られてきた夢の国への永久フリーパスです」

 

 命ちゃんの声に従って、ボクは七色に光る綺麗なカードをふわふわ浮かす。

 

 アメリカからの贈り物ということで、がぜんやる気になっているのはアメリアちゃんだ。

 

「まあ言うまでもないけど、わたしの国は、世界のエンタメの最前線でもあるのよ。緋色もきっと満足すると思うわ。ほら、ピンクも何か言いなさいよ」

 

「うん……うん。ピンクもそう思うぞ」

 

 ふわふわな声。

 

 本当の夢の国に旅立ちそうだ。

 

『毒ピンほんま大丈夫か』『お子様なピンクかわゆ』『小学生のころ大みそかにがんばって起きてたこと思い出したわ』『なんやこれ……父性があふれる』『父性なアクセスを検知しました!』

 

「あ、ピンクちゃん。眠たいんだったら寝ててもいいよ」

 

「ん……ピンクは大丈夫ぅ。にゅぅ」

 

『おいおいピンクついに崩れたぞ』『毒ピンがヒロちゃんに膝枕されている』『毒ピン代われ』『ヒロちゃん代わって』『てぇてぇとはこのことだ!』

 

 ついに陥落してしまったみたい。

 

 コアラか何かみたいにこっちにくっついてくる。

 ちいさなおててがボクの胴回りにまわって、安心した姿勢になったところで、寝息が穏やかになった。こ、これは――。

 

 父性なアクセス検知。

 

 ピンクちゃんのピンクな髪の毛をなでてみたり。

 そっと、ほっぺたをつっついてみたり。

 八歳児の張りのあるお肌をぷにぷにすると、跳ね返りがよくてついつい楽しんでしまう。

 

『んゆ』『ピンクちゃんねるの登録者数がなぜか爆上がりしている件』『なぜかではないが』『明日世界が救われるというのに、オレたちは幼女を愛でているだけ』『幼女を愛でて何が悪い』

 

「ピンクちゃんは今日のために一番がんばってくれたんだよ。みんな静かに見守ってあげてね」

 

『毒ピンの功績は言うまでもない』『ヒロちゃんが一番いじりたおしている件』『ピンクちゃんかわゆ』『後輩ちゃんもさすがに嫉妬めらめらではないみたいだな』『俺にはアメ嬢のほうがかまいたくてうずうずしているように思える』『はあ、オレ畳になりてえ』

 

 ピンクちゃんを起こさないように、静かに目録読み上げは続き……。

 ようやく、完了。

 

 日本だけ不均衡という事態を少しは解消できたかな。

 

『わが国の贈った杖が実にヒロちゃんに似合っていた』『儀仗とかおまえヒロちゃんの年を考えろ』『なんだと。てめえのところはたかだかコーヒーカップじゃねえか』『価値とかうんぬんじゃなくてだな。ヒロちゃんが喜んだやつが一番だろ』『ヒロちゃんは何が一番よかった?』

 

「あー、みんなよかったよ」

 

『これは八方美人』『何が一番か決められない日本人気質』『ヒロちゃんが喜んでくれたならなにより』『わが国もやはり国宝を贈っておけばよかった』『うちはめぼしいもんないから、最高クラスのメイドさん贈ろうとしたら断られた』『ヒト贈んなしw』『これにはヒロちゃんも苦笑い』

 

 いやなにしてんだよって話で。

 まあ、世界的に見れば、顕貴な人を贈るって歴史的にはありがちだったわけだけどさ。

 たとえば、人質外交みたいな感じで、それだけこちらを信頼してますよってな話なわけで。

 

 ただ、なんといえばいいか。

 民主主義国家に生まれたボクとしては、人権問題というか、奴隷というフレーズがちらついてよろしくない気がします。

 

 ピンクママさんがお断りしてくれててよかったよ、ほんと。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 配信も夜の一時くらいで切り上げて、今日はそうそうに寝ることになりました。

 明日は朝の10時くらいから式典が始まるけど、みんなはもっと早い。

 

 なぜなら、

 

――護衛ヘリ搭載艦"いずも"による検疫。

 

 つまり、余計な武器をもっていないかだとか、そういうのがあるから、朝早くから一国ずつ丁寧に見極めて、それから"いんとれぴっど"へ乗船してもらうことになっている。

 

 いうまでもないけど、集まっている人たちは超VIP。

 危険にさらすわけにはいかない。武器とかを持ち込まれて、例えば銃なんかを乱射されたり、爆弾を爆発させられたりしたら、今度こそ世界秩序の崩壊だ。

 

 ただでさえゾンビハザードで偉い人たちが死にまくってるからね。なんだかんだいっても、偉い人というか、世界の行く末を決める人は必要だという話です。

 

 ヒイロウイルスについては、町役場でしたように、血を薄めてそれを飲んでもらうという方向でいくことにした。

 

 式次第を見る限りでは、たぶんみんながヒイロゾンビになるのは、お昼頃になるだろう。

 

 というわけで――ボクが向かっているのはピンクママのいる所長室だ。アメリアちゃんとは途中でわかれ、たぶんパパさんと明日の打ち合わせでもしているのだと思う。

 

「んゆ。ヒロちゃん……」

 

 背中に感じるピンクちゃんのあったかみ。

 

 絵面的には、命ちゃんのほうが適しているかもしれないけど、パワーがあるのはボクのほうだからね。まあ命ちゃんもゾンビパワーで余裕ではあるんだけど、女の子に女の子を運ばせるってどうよって思ったわけです。お兄ちゃんこころです。

 

 なに、セクハラ? 男女同権に反する?

 残念でした~。TSしてます。

 

 そんなわけで、ピンクちゃんはボクが責任をもってピンクママさんのところに運ぶことになりました。

 

 所長室につくと、あいかわらずクールで雪女みたいな配色のピンクママさんが待っていた。

 この人って、科学者然としていて肉感的な生々しさがないんだよな。

 存在感が透明で、清楚というかなんというか。

 

「うちの娘の無垢な寝顔があいかわらずかわいらしい」

 

 つむがれる言葉は柔らかいんだけどね。

 

 椅子に座っているピンクママさんにピンクちゃんを譲渡。

 ピンクちゃん、ピンクママさんのおなかのあたりに無意識にしがみつく。

 

「ところで、ボクたちってどこで寝ればいいんでしょう」

 

「モモが説明していなかったか。艦内は安全だとは思うが、一応セキュリティ上は安全な場所がいいだろうと思っている。つまり、最も安全な場所。モモの部屋だ」

 

「ピンクちゃんのお部屋ですか」

 

 巨大なベッドがひとつしかなかったと思うんだけど。

 

 面積的には問題ないけど、女の子といっしょに寝るというところに、ほんのちょっとだけ引っ掛かりがなくはない。命ちゃんはずーっと昔から同衾してきたからいまさらって感じだけどね。

 

 ピンクちゃんは箱入り娘だからなー。朝起きたときにボクがいっしょに寝てて、いやじゃないかなみたいに勝手に考えちゃう。

 

 ピンクちゃんには、ボクが男だって言っちゃったからな。

 

 でも、ピンクママさんにはそのあたりの事情を伝えてないから、

 

「あの部屋の掃除ロボットを見ただろう。緊急時にはレーザーも撃つぞ」

 

 と、まったく関係ないことを言った。

 

 四足歩行のすごいやつね。

 

 あれってそんな機能もついてたんだ。

 

 すげえな……ピンクちゃん。

 

 でもそれはそれとして、ベッドがひとつなんだけど。

 

「ん。なにか問題ありそうな表情だな」

 

「あ、いえ。あの部屋にはベッドがひとつだけだったと思うですけど」

 

「ふむ……。同性であるし、ヒロちゃんくらいの年齢なら問題ないと思ったが……。後輩ちゃんはさすがに厳しかったか? おもりをするような感じでいけるかと思ったんだがな」

 

「いえ、わたしは別に問題ありません」

 

 命ちゃんは親しみをこめて言った。

 もう、ピンクちゃんには慣れてるからね。この子は慣れたら早いんだよな。

 セキュリティホールは強力だけど、いったん侵入したらガバガバというか。

 敵と味方がはっきりしてる子だから、いったん味方認定すると激甘なんだと思う。

 

「では問題ないな」

 

「あのぉ」ボクはおずおずと手を挙げた。「実をいうとボク、元男だったんですけど」

 

「ん? そうなのか」

 

「そうなんです」

 

「……」

 

「……」

 

 じっと観察されている。うう、少し恥ずかしいぞ。

 

「それで?」

 

「え?」

 

「それで何か問題が?」

 

「いや別にないですけど、愛娘が元男と同衾してもいいのかなって」

 

「つまりヒロちゃんは八歳児に欲情する変態だということか?」

 

「違います!」

 

 なんでロリコン認定されるんだよ。

 

 ピンクちゃんはかわいいけど、性的に興奮したりはしません。

 

「なら問題ない。わたしは娘のことを信頼している。その娘が信頼している子のこともまた信頼している。ヒロちゃんは悪い子ではないということもわかっているつもりだ」

 

 なぜか撫でられています。

 

 うーむん。この感覚にはあらがえないな。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 月明り。

 

 淡い間接光に照らされた部屋に、かしゃんかしゃんと静穏設計のロボットの足音がかすかに響いている。ピンクちゃんは振袖を丁寧に脱がされて、すでにパジャマ姿。

 

 ボクも、動きやすいオモシロTシャツに短パン姿だ。なぜか表面に『性欲を持て余す』と書かかれてある。もちろん、用意してくれたのはマナさん。

 

 思うにこれは、マナさんのこころをあらわしているのではないだろうか。

 

 それにしても振袖って着るのも脱ぐのも大変だね。

 

 あれで、トイレとか行きたくなったらどうすればいいんだろう。ヒイロ力を用いてキャストオフするしかないか。もちろん、最終手段だけどね。

 

 命ちゃんも、落ち着いたルームウェアに着替えている。

 

 ピンクちゃんはかわいらしく寝息をたてていて、完全に夢の世界だ。

 

 さて、ボクたちも寝ようか。

 

 そう言おうとしたところで、命ちゃんが口を開いた。

 

「先輩……」

 

「ん? どうしたの」

 

「ピンクさんはえらいですね」

 

「ほんとに突然どうしたの?」

 

「私はいまだに人間とか世界とか、わりとどうでもいいと思っています」

 

「うん」

 

「対してピンクさんは、先輩に寄り添える人です。こんなに小さいのに、ヒトのこと、世界のこと、他者のことを考えられる人です」

 

「ふぅむ。ピンクちゃんがいい子なのは確かだね」

 

 なんかよくわからないけど、命ちゃんはネガティブモードに入ってるらしい。

 まあ、陰キャなボクにはよくわかる。

 他人のキラキラした部分を見ると、自分の闇サイドが際立つということだろう。

 ピンクちゃんはなんといえばいいか……まあ、子どもなんだよな。

 無垢で汚れが少ないというか。

 

 確かに天才児で大人顔負けの知能と知識を有しているけれども、端的に言えば人間の善性を信じているんだと思う。

 

「私は先輩のことを一番考えて、一番寄り添おうと思ってるのに、ピンクさんは簡単に追い抜いていきます。先輩がとられそうで怖くなるんです」

 

「考えすぎだと思うよ」

 

「時々自分の醜いこころが嫌で嫌でたまらなくなるんです」

 

「命ちゃんは醜くなんかないよ」

 

 どっちかというと、命ちゃんも清廉なんだろうな。

 清濁併せのむということがうまくいかないタイプというか。

 他人と接触するのが嫌な潔癖症なところがあるんだと思う。

 

「配信をコラボしたりして、ピンクさんのほうが先輩のそばにいるのにはふさわしいって、そんなふうに思ったりもするんです。先輩もピンクさんのこと好きでしょう」

 

「恋愛的な好きではないけどね」

 

「私のことも妹的な好きでしかないんですよね」

 

「言葉にしたら固定されそうだし、今はなんとも言えないかな」

 

 命ちゃんが一瞬哀しげな顔になる。

 

 ボクはいまだに命ちゃんに答えを返せない。

 

 でも――、大事な子なのは確かだ。

 

 笑っていてほしい。

 

 そう、単純に思った。

 

 ボクは月の光みたいにそっと柔らかく命ちゃんに触れた。

 

 命ちゃんは両の手で唇をおさえている。

 

「仮差押えという解釈でよろしいのでしょうか」と命ちゃん。

 

 その顔は紅く染まっている。

 

 ボクの顔も紅いかも。

 

 答えを返す直前――。

 

「ピンクもするぞっ!」

 

 ふたりしてビクっとなった。

 もしかして今の一連の流れ見ていらっしゃったのですか。

 恐る恐る見てみると、ピンクちゃんは完全に寝入っている。

 口が半開きになってて、すやすやとした寝息が聞こえる。

 

 なんだ寝言か。

 

 ほっとしたあと緊張が弛緩に変わり、ボクと命ちゃんは声を抑えて笑った。




メインヒロインって、どう考えても空気ヒロインだよなと時々思う今日このごろ。

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