あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

133 / 155
ハザードレベル132

 AM11:00

 

 私――小山内は久我を追っている。

 

 腕に装着してある時計をちらりと見る。スマホがないとこういうときに不便だよな。

 

「まずいな」

 

 時間が経ちすぎている。

 

 最初の検疫ポイントである扉を抜けたあとには、トイレ前の通路で一回だけ英語で誰何されたが、それ以外はスルーされている。

 

 当然それは久我も同じだろう。

 

 検疫ポイントを抜けたあとは、大手を振って艦内を歩いているはずだ。

 

 巨大な艦。

 

 軍属だけでなく非戦闘員も入り乱れて生活していることから、しかも私のような東洋人も少なくないことから、トロイの木馬のように敵と味方を識別できなくなってしまった。

 

 検疫の敗北。

 

 どこかに隙があったのだろう。だが、

 

――まだ負けたわけじゃない。

 

 丹田のあたりに力をこめ、足取りは止めず、脳みそもフル回転させる。

 

 広い艦内でどこに向かえばいいのか。

 

 FPSでもそうだが、相手の思考を読めばいい。相手の思考とは相手のやりたいことである。

 

 通常テロリストの目標は大別すると二つ。

 

 要人の暗殺か重要な建造物の破壊だ。

 要人はほとんど甲板にいるだろうから、おそらく艦の破壊が目標だろう。

 

 この広い艦内を人の身体と同視すれば、敵はすでに身体に侵入し、重要な器官に向かっているに違いない。さながら通路は血管のようなもので、耳をふさいだときに聞こえるような『ゴー』という音がそこかしこから聞こえてくる。

 

 クリーム色をした巨大なパイプ。壁は鉄製で、通路は"いずも"に比べると広い。

 

 居住空間を抜けて、枢要部に入るとさらに人の気配がなくなってきた。

 

――白血球になったような気分だな。

 

 と、益体もないことを考えていた時だった。

 

「キャー」という万国共通の悲鳴が先に耳に入り、それから「ヘルプ! ヘルプ! ノー! ノー!」と私でもわかる英語が通路の先から聞こえた。

 

 聞こえたのは視覚の外。

 角を曲がればすぐといった感覚だ。

 駆ける。懐から短銃を取り出し、セーフティを流れるように解除。

 カンカンカンと通路を走る音がやけに響く。

 私が角にたどり着くまでに要した時間はわずか二秒にも満たないだろう。

 

 しかし――。

 

 FPSの敗北パターンで、一瞬前に負けるということがわかることがある。

 それと同じく、絶対に間に合わないという嫌な確信があった。

 

「ごひゅ。ごぼぁ。え……ぷ」

 

 いつ聞いても聞きなれない音。

 死の音が耳朶を打つ。

 

「おいおいマジかよ。勘弁してくれよ」

 

 つい軽口になってしまうのは許してほしい。

 久我のやり口が一瞬で想像できてしまい、その後の展開に心底うんざりしたからだ。

 

 はたして想像は現実のものになった。

 

 私がちらりと角から覗くと、金髪白衣の女医(30くらいか)がエンジニア姿の男ゾンビ三匹に襲われていた。

 

 いや違うな。

 正確に言えば、襲われ終わっていたというべきか。

 

 押し倒された首元は無惨にも噛みつかれ、トマトケチャップを逆さでぶちまけたかのようになっているし、白いソフトパンのような柔肉からは、真っ赤にしたたるウインナーが生えている。

 

 まあちょっとばかし製造工程と、内容物が違うがな。

 

 さながらヒューマン・ブレイクファストか。クソったれ!

 

 死んでるのはすぐわかった。おそらく動脈を食いちぎられたというのもあるだろうが、気道のあたりを食い破られて、呼吸ができなくなったのだろう。

 

 あるいはショック死かもしれない。

 

 いずれにしろ――、野生動物のように食って腹いっぱいになったら満足して寝るようなやつらじゃない。ゾンビは次なる獲物を求め、つまりは一番近くにいる()()のにおいに気づいてゆらりと立ち上がった。

 

「わかってる。おまえの狙いはな」

 

 久我の狙いは時間稼ぎだ。

 

 ヒロちゃんというゾンビから回復できる存在がいる以上、オレはゾンビの頭を撃ちぬいて永遠に停止させることはできない。

 

 ゾンビという形で人質にとられてしまったともいえる。

 

 最大効率化を目指すなら、ゾンビをすべて駆逐してでも先に進むべきだろうが、それはゾンビを絶死させるべしというジュデッカの思想――あるいは久我の思想に敗北することを意味する。

 

 問題なのは――。

 

 久我が何人殺したかだな。

 

 いつもながら戦略も何もなく腕を突き出してゆっくり近づいてくるゾンビに、オレは回し蹴りを叩きこむ。ゾンビはよちよち歩きの赤ん坊のようなもので、つかんでくる力は強いが踏ん張る力は弱い。転べば立ち上がるのもノロノロとした動きで、数秒間は時間ができる。

 

 今度は二匹が同時に襲ってきたが、一匹の膝を撃ちぬき、ガクっと崩れたところをヤクザキックで前に吹っ飛ばした。コンマ数秒後に到達するゾンビには、あえて引き込むようにして右腕をとって、遠心力の要領でくるりと周り、足をかけて転ばした。

 

 弾がもったいないから、先を急ぐ。

 先ほど食われた女医がさっそくゾンビになって手を伸ばしてきたのをヒョイと避ける。

 

――下層部には、いったいゾンビはどれだけいるんだ?

 

 あえて説明するまでもないが、人間は例外なくゾンビウイルスに侵されており、死ねばみんなゾンビになる。ヒイロゾンビはその先の存在だから省略するとして、艦内のヒイロゾンビは聞かされているところピンクちゃんとピンクママさんしかいないはずだ。

 

 久我は道すがらトラップでも仕掛けるように、非戦闘員を手にかけたのだろう。

 

 何人かは手ずからゾンビを作成したのだろうが、ゾンビは増えれば増えるほど危険は増す。一般人でもゾンビ一匹なら抵抗できるかもしれないが、二匹、三匹と増えていけば抵抗もできなだろう。ましてや、思想的には抵抗しないほうが正しいのだから。

 

「はぁ。こんなことならヒロちゃん汁を先にもらっとくんだったな」

 

 通路を走りぬけながら、オレは心底後悔する。

 

 すでにかなりの汚染度になっているのだろう。狭い通路なうえ、次から次へゾンビが現れる。そのたびに転ばすなり、足を撃ちぬくなりして無力化したが、ヒト型の質量を持った存在を何秒かでも無力化するのはひどく手間がかかるのだ。

 

 少ない弾も使わざるを得ない場面がでてくる。マガジンは一個だけ。弾数にすれば20発程度しかない。

 

 これも久我も狙いだろう。クソっ!

 

 ポジティブなことを言えばゾンビの先にやつがいるのだろうという確信もある。

 

 通常、軍属でもゲリラ戦を知っているものであれば、後を追われないために、

 

――バックトラック法

 

 といった歩行法をしたりする。

 

 要するに、後退したりすることで追跡を逃れる方法を言うのだが、ゾンビは久我も襲うのであるから、おちおち後退なんぞしてる暇はないってことだ。

 

 時間から言えば、道すがら――まさに、すれ違うようにしか殺せないのだ。

 

 必ずゾンビの先に久我がいる。

 

「大統領閣下。まずいことになりました。ゾンビが大量発生しています」

 

 無線機を使って、私は今の状況をかいつまんで伝えることにした。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 AM11:05

 

「それでは国名、代表者を読み上げるので壇上にひとりずつ上がるように」

 

 ピンクママさんが感情の所在を感じさせない声で言った。

 

 でも――、ボクはわずかな違和感を覚えていた。

 

 いや、これは違和感じゃない。

 

 違和感というよりもっと具体的な――、ゾンビの気配だ。

 

 人間的な感覚ではないから、表現するのが難しいけれども、レーダーサイトに紅点が点在する感じだ。自分の存在が拡張されるような奇妙な感覚。

 

 甲板ばかりに目がいってたから気づかなかったけど、下のほうにゾンビがたくさんうごめいている気配がある。1、10……いっぱい。あばば。いっぱいいるよ。なんで?

 

 って、当たり前だけど、これはテロ活動だろう。

 

 百パーセントとは言えないけど、たぶんジュデッカだろうと思う。

 

 ゾンビも『ボク』だから、自分が拡大化されていくのは悪い気分じゃないけど、人間にとってはそうじゃない。人間と仲良くなるための式典でゾンビが出現するのは当然好ましいことじゃない。

 

 ボクは命ちゃんに視線を送った。

 

 命ちゃんは視線に答えるように軽く頷く。

 

 ピンクちゃんにも視線を送った。こちらも気づいているようだ。

 

 ヒイロゾンビはゾンビの気配には敏感だからね。当然、ピンクママさんも気づいているだろう。

 

 つい昨日まで艦長をしていたピンクママさんからしてみれば、艦内の人がゾンビになったのはツライだろうな。それでも気丈にふるまっているのは、賓客に過剰な不安を与えないためだ。ボクたちも気取られないようにしたい。式典を台無しにはしたくない。

 

「命ちゃん。操れる?」

 

 ボクは小さく聞いた。

 

「できます」

 

 ピンクちゃんのほうが力はあるし、ボクも当然可能なんだけど、ピンクちゃんはいまエアコンのためにヒイロちからを使ってる状態だしね。

 

 ボクもなるべく手はあけておきたい。何が起こるかわからないからだ。

 

 となると、命ちゃんが一番適していた。

 

 このあたりの意思伝達の速さはやっぱり幼馴染ならではだろう。さきほどから霞のように存在感を消していた命ちゃんなら、こっそりゾンビを停止させていても問題ない。この距離から人間に戻すのはやめておいたほうがいいだろうな。ゾンビウイルスを消す方法だと、もしも肉体的に傷ついている場合、本当に死んじゃいかねない。

 

『ヒロちゃんさっきからメッチャそわそわしてね?』『椅子の上でふわふわしてるね?』『きょどってるな。いまさらのはずだが』『あっ……(察し)』『どうした雷電』『トイレじゃね?』『こんなデカいイベントで』『ハライターイ?』『ぽんぽんぺいん?』『やべえなそれ』

 

 ちがうよ!

 

 とか言える状況でもなく。

 

 その間にもピンクママさんの読み上げは続く。一番に呼ばれたのは当然のことながら、アメリカ合衆国代表のアメリアちゃんだ。

 

 アメリアちゃんは、澄まし顔でスッと立ち上がり、壇上には右側から登る。

 身体をまっすぐとしたまま、ボクの座っているほうに一礼。

 先ほどしたような綺麗でかわいらしいカーテシーだ。

 それから、みんなに対して同じくカーテシー。

 

 壇上のボクから見て左手には木製のコップが置かれている。某宗教にかこつけた聖杯といったイメージなのかもしれないけれど、ピンクママさんにいわせると割れないような配慮ということらしい。意匠は一切なくどれも同じにしているのはそういった宗教色とは無縁のものと強調するためだ。

 

 壇上に登った代表者はそれらの中から好きなのを一つ手に取る。

 ボディガード役は壇上には上がらない。

 

 そのあと、ボクが水がめみたいなところから、柄杓のようなものを用いて、ヒロちゃん汁と化した水をカップにひとりずつ入れていく。

 壇上の左側から降りて、自分の椅子に座りなおし、乾杯の時を待つ。

 ということをやる。200名近くいるからね。流れ作業になるのは仕方ない。

 

 視線がなにそわそわしてんのよと語っていたが、この緊張感に包まれたイベント進行で口を開くわけにもいかない。わずかにほほ笑むにとどめた。

 

 続いて、江戸原首相。そのあとは金髪でエメラルドの瞳をしたプリンセス様。さっき幼女先輩の通訳をしてくれたスーツ姿の小さい眼鏡の男の子。五歳児くらいのちっちゃい女の子と続く。

 

 お子様だらけのヒイロゾンビ候補のなかで、日本だけ平均年齢をおしあげているな。

 まあべつに大人はダメって言ってないしね。

 

「ヒロちゃんありがとう。とてもかわいらしいですね」

 

 歯の浮くようなセリフを言ってくる男の子もいたりと、みんな個性を出そうと必死だ。

 けれど、ボクにはそこまで丁寧に対応できるほど、並行的に考えられない。

 

「大統領が何かやってるな」

 

 人が途切れた一瞬を見計らって、ピンクちゃんが指摘した。

 

 アメリカ大統領のトミーさんは先ほどから目立たないように耳元の通信機を指先で押している。誰かと通信中。誰と――幼女先輩と?

 

「んーむ。ピンクが少し聞いてみるか」

 

「お願いね」

 

 ピンクちゃんは振袖からスマホを取り出してポチポチとやりだした。

 もちろん、テーブルの下でこっそりと見えないようにしている。

 空調を操りながらスマホも操るとか、ピンクちゃんボクより多才だな。

 

 対するボクはピンクちゃんを見ながらだったから、コップに水をインし損ねた。

 水をコップにいれることすらできないボク。

 

 ダバ―っと水が無為に流れた。壇上がびちゃびちゃになった。

 

「あ」

 

「あ」

 

 そのときの気まずさったらない。

 

 黒人の女の子だから年齢がよくわかんなかったけど、たぶんボクの見た目年齢より明らかに年下だ。ピンクちゃんと同じくらい? まんまるの瞳にジワっと涙がたまり、泣きそうな顔になってるし。

 

 わたしもらえないのって、瞳が訴えてるし。

 

「ご、ごめんね。ちゃんとあげるからね」

 

『ヒロちゃんひどい』『気もそぞろ』『もしかして本当にトイレ我慢してない?』『ヒロちゃん汁ってそういう』『おいやめろ』『無事もらえたときの女の子の笑顔プライスレス』

 

 ふぃ。無事渡せてよかったよ。壇上に落ちた水分はヒイロ力ちからで浮かべて球体にした。

 そのままふわふわと浮かせて、海上へシュート!

 大丈夫です。ヒロちゃん汁は動物には影響ありませんからね。

 

「やっぱりゾンビがでたらしいな」

 

 また合間にピンクちゃん。

 疑念が確信に変わったという感じだ。

 

「ジュデッカなの?」

 

「おそらく。幼女先輩が対応してくれてるらしい」

 

「他の兵隊さんたちは」

 

「向かわせているようだが間に合うかはピンクもわからない」

 

 ピンクちゃんはピンクなのに青ざめていた。

 ボクもそうかもしれない。

 

 幼女先輩――、がんばって。

 

 

 

 ★=

 

 

 

 

 AM11:30

 

 ゾンビの動きがピタリと止まって、ヒロちゃんがやってくれたんだとすぐにわかった。

 孤軍奮闘などとんでもなかった。

 

 オレはひとりで戦ってるわけではない。映画ダイハードのマクレーン刑事のようにひとりでなんでも解決できるわけじゃない。ひとりの少女が応援してくれてる。

 

 それだけで無限にパワーが湧いてくるようだ。

 

 そこは、幅十メートルほどの通路が真ん中で二つに分かたれていた。

 巨大な換気扇が周り、すぐ隣から排熱された煙を吸い取っている。

 

 全体的に沈んだ青色をした鉄の空間。エンジンルーム。

 ここエンジンルームは二層構造になっているらしく、箱型ではないエレベータで下層に向かう。

 

 が、下層に至るまでもなく、そいつの姿をようやくとらえることができた。

 

 艦内のエンジンルームには不釣り合いなスーツ姿。

 

 後ろ姿に、オレは遠慮なく照準をつける。

 

「おい。こんなところで何をしている。ゆっくりとこちらを向け」

 

 しかし、逆にこいつは何事もないふうにくるりとこちらを向き、銃をつきつけられていると知って、あわてふためき撃つなというジェスチャーをしてきた。

 

「I've run away from the zombies」

 

 またかよ。アメリカ語は苦手なんだよ察しろ!

 

 しかし、そいつの顔は久我ではないし、表情には驚きと恐怖の色合いが混じっていた。

 風貌はありていに言えば東南アジア顔というべきか。

 もしかすると、久我ではないということも可能性としてはありうる。

 

 こいつが艦内を迷っているうちに、久我がどこかで暗躍し、ゾンビに襲われなんとか逃げ延びてきた。そんな可能性もなくはない。

 

――トロイの木馬だ。

 

 敵か味方か判然としない曖昧な存在。

 やつらの手口はいつもそうだった。

 

「おまえ――、小さな女の子はどうした? あー、ガール。リトルガール。ウェア?」

 

「Put the gun down, please」

 

 右手を下へ下へと下ろす動作。ガンくらいはオレにもわかる。

 銃を下ろしてくれって?

 どうする。もちろん、こいつが久我かどうかもわからない以上、そうすることはできない。

 

「NO」

 

 と短く言って、それからまた質問をする。

 

「ワッチュアネーム」

 

 さすがにこれくらいはわかるだろう。名前はなんだ。

 

「クウガ・デモリッションマン」

 

「はぁん。クウガね」

 

 こいつが久我だとしたらたいした役者だ。

 よりによって久我とクウガとか洒落がきいてる。

 

 いっそ感心するほどだ。

 事態は膠着状態に移った。オレは目の前の獲物を逃がすほど甘くはない。

 彼我の距離は十メートルほどあるが、この距離ではずすことは無い。

 時折煙が出て視界が遮られることはあっても、遮蔽物に入りこむ前に仕留めきれるだろう。

 

 もう少し近づいてもよいが、ナイフなどの近接武器を持っていたら厄介だ。

 この距離がベスト。

 

 どうする?

 このままアメリカの海兵隊がここに到着するのを待つのがベストか。

 

 いや――。

 

 冷静に考えれば、こいつを撃ち殺してゾンビにしてしまったほうがよくないか?

 

 賓客だというのは確かだろうが、全体の安全性のためにはそうしたほうがいい。

 

 久我ではなく、本当にたまたま紛れ込んだだけの被害者だとしても、

 

――でぇーじょうぶだ、ヒロちゃん汁で生き返るから。

 

 そんなドラゴンボールの鬼畜悟空のような発想がでてきてしまった。

 うん。悪くないな。

 

 そうするか。

 

 外交問題になったとしても撫子くんがなんとかしてくれるだろう。

 

 そう決意を固めたときだった。

 

「Don't shoot me. I'll show you my ID」

 

 懇願するように男が言ってきた。

 オレの決意が伝わったのか。誰だって死にたくはないよな。

 

 ドント。シュート。ミー。

 撃つなと言ってることくらいはわかる。

 

 そのあとは――、ショウは見せるだろ。IDはなんだ身分証か?

 

 身分証を見せるから撃つなと言ってるのか。

 

 そんな脳内で英語の授業を繰り広げていると、男が内側のポケットに手を入れた。

 英語からの翻訳からすればおかしくないと思い、一瞬だけこちらの動きがとまってしまった。

 

 ほとんど予感だけで、銃を首筋に持っていき、飛来する光の線から身を守る。

 投げナイフ。

 

 いやそんな専門的なものではなかったが、持っていた銃は手元から離れ、通路の向こう側に転がってしまった。

 

 と、衝撃!

 一瞬で十メートルの距離を詰めた男が、飛び膝蹴りをかましてきた。

 わずかだけ手をさしこめたが、首がふっとぶくらいの衝撃を受ける。

 

 やつの攻撃が止まらない。

 

 打突。さばく。一直線に拳が伸びる。弾丸のような素早さだ。

 これもギリギリでさばく。

 膝。お腹はやめて!

 

「ごふっ」

 

 くそったれ。三十も後半のおっさんに本気になってかかってくんなよ。

 よろめくように後退し、少しだけ距離が開いた。

 

「久我だよな。おまえいい加減にしろよ。こんなことして何になる」

 

「何になるかなんて知るかよ!」

 

 吐き捨てるように言う久我は、もはや自分が何をなしたいのかもわからないらしい。

 根拠も理念もない行動。

 

 ただ言われるがままにコマになり果ててしまっている。

 

「爆弾テロでもするつもりか」

 

「ああそうだ」

 

「おまえが嫌いなゾンビが増えるぞ。ここだけじゃない。世界中の人間が困る。ゾンビから解放される日が遠のく。それでいいのか」

 

「それでいいさ」

 

 わずかながら声に陰りがあった。

 誰かの影響を受けたのか、考えにわずかな違いがある。

 あるいは自棄を起こしているのか。

 

 剃刀のような拳。

 オレは当て勘のみでカウンターを狙う。

 

 めきっ。

 

 骨がきしむ音がした。

 身体中の神経が脱落するような虚脱感。

 鼻と口から、血が逆流する感覚を味わったが、奇妙なことに頭は痛みよりも別の考えで占められていた。

 

――こいつ、カウンターにカウンターを。

 

 認めざるを得ない。フィジカルではこいつに勝てる要素はない。

 身体能力では久我のほうが上だ。

 意思とは関係なく座りこみそうになる足を叱咤激励し、ふらふらしながらも立ったままの姿勢を保つ。

 

 銃を拾わなければ。




幼女先輩は気がたってくると『私』から『オレ』になるタイプです。
あと数話で、ようやく空母編が終わる予感がしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。