あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル133

 はい。緋色です。

 

 艦内でゾンビが発生して、たぶんゾンビテロだってことだけど、幼女先輩がなんとかしようとがんばってくれてるみたい。

 

 大変心配です――。

 

 ヒイロウイルスの受け渡しは、順調に進んでいて、もうそろそろ終わりそう。

 

 機械的に200名近くに配るんじゃなくて、ひとりひとりに笑顔をこめてとなると、精神的にもけっこう疲れる。

 

 心のうちにはテロのことがやっぱり気になってしまって、どうにもよくない。

 

 立食パーティについては、ゾンビが発生したのが下層だから可能ではあるだろうけど、ボクは辞退したほうがいいかもしれない。

 

 ゾンビになっちゃった艦のみなさんを元に戻さないといけないし、そもそもテロリストの目標は、たぶん下層に向かっている以上、この"いんとれぴっど"を爆破して沈めることだろう。

 

 爆破オチなんてサイテー!

 

 とか思うものの、テロリストなんて、なるべく殺しなるべく破壊することしか考えていないんだから、当然の帰結だと思う。

 

 ボクを狙ってくれたほうが楽なのに――。もう戦艦の主砲が直撃しても死にそうにないくらいレベルアップしてるし……。

 

 ボクは、式典が終わったら、すぐにでも幼女先輩を助けに向かうべきかもしれない。

 助けるなんてプロに対して失礼な物言いだけど、なにかできることをやりたい。

 ただ座ってるだけの姫プのほうがもどかしい。

 

「ピンクがなんとかするから」

 

 ピンクちゃんがまっすぐ前を向いたまま、ボクのこころを見透かしたように言った。

 

 この子も、いま我慢している。

 

 本当はすぐに駆けだして言って、みんなを助けたいだろうに。

 

 ちゃんと与えられた職責を全うしようと頑張っている。

 

 ボクも年長者として落ち着かないとね。幼女先輩を信じないと。

 

 大丈夫だよな。幼女先輩強いし。

 

 

 

 ★=

 

 

 

「ごふっ。げふ。やめ」

 

 滅多打ちである。ぼろ雑巾のように久我に殴られている。

 銃は通路の先に飛ばされていて、十メートルくらいの距離が離れている。

 たった十メートル。あまりにも遠すぎる十メートル。銃メートル。

 あ、ダメだ。

 わけのわからん親父ギャグが出てくるくらいヤバい。ふひひ。

 もうだめだ。こいつ強すぎるだろ。拾いに行く暇すらない。

 将棋やチェスで言う『詰み』の状態に入っている。

 「ガッシ!ボカッ!」私は死んだ。スイーツ(笑)。

 人間って逆に絶望的すぎると笑えてくるのってどうしてだろうな。

 ヒロちゃん た す け てー。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 最後のひとりは、褐色肌の女の子だった。

 インドのサリーみたいな赤い服を着ていて、刺繍はきめ細かい。

 ボクと同じく白銀のような髪の毛をしていて、目も薄銀色。

 

――どこか左右の焦点が違うような。

 

 身なりがいい子ばかりの式典だったけど、ひときわ品が良いように見えた。

 

 品というより陰りというべきなのかな。

 なんだか年齢と比して大人びて見えるような。

 

 王族の方なんかも集まってるから、大人びてる子は多かったけど、なんだか子どものなかに大人が混じってるような感覚。見た目は小さな女の子だったけれど、その瞳が濁ってるように感じた。

 

 その子には片腕がなかった。

 

 少しばかり静止した時間が流れた。

 

 ボクがいろいろ考えていたからだ。

 ややあって、ボクは慌てて水をすくい、彼女の持ってるカップに入れた。

 

「ありがとう」と、彼女はうっすら笑う。

 

 やっと終わった。

 正直なところ、ボクはそんな気持ちだった。

 早く終わりたいという気持ちが強かったから、ほっとしたんだと思う。

 

 壇上から見下ろすと、みんなヒイロウイルスに満ち満ちたカップを握ってボクを見ている。

 

 ボクに賛同してくれるのは単純にうれしい。ボクに同化したいというこころは怖くもあるけれど、テロとか、政治的思惑とか、そういう摩擦があるから、他者を感じ取れたりもする。

 

「みんなにいきわたったか?」

 

 ピンクママさんが確認の意味をこめて言った。

 見回してみても、特にもらってないという意見はないみたい。

 ピンクママさんは頷き、ボクのほうに振り返った。

 

「それではヒロちゃんに乾杯の音頭をとってもらう」

 

 そういう段取りでしたもんね。

 

 ちなみにボディガードさんについては、代表者から緋色印の水をもらったり、もらわなかったりといろいろだ。一口でも感染させる力は十分にあるし、回し飲みに忌避がない国はそうするところもあったりといろいろ。

 

 ボディガードといっても親族親子だったりする例も多いからね。でもませた子なんかはパパと間接キスになって嫌、とか言っちゃうパターンもあるのかな。

 

 こっちが配った木のカップと違って、ボディガード側が必要な場合は職員さんが配っている。木のカップとはちがって、これはワイングラス。いちおうは乾杯って方式なのでそうなったんだろうな。

 

 あれ。さっきの子。隣にボディガードがいないみたい。

 

――それに。

 

 なんだかものものしい。

 

 その子の周りの兵士さんたちの視線が、どうにもその子にそそがれているような。

 

 油断のならない視線。そして、不敵に微笑するロリサキュバスみたいな表情の彼女。

 

 ニヤニヤと挑発的に笑う彼女に対して、兵士さんたちも余裕の笑みを崩さない。

 

 ボクはゾッとした。

 

 もしかして――ロ リ コ ン ?

 

 いや、違うか。周りの子女たちも全員ほぼロリとショタばかりだからね。

 最後の女の子は配色的に神秘的な感じはしたけど、大人びているのを除けば、普通の女の子であることは間違いない。まあ外貌とは裏腹にこころはボクよりも複雑ってことはありえると思うけどね。命ちゃんみたいな例があるからべつに驚きません。

 

 気のせいかなぁ。

 

「ヒロちゃん。こちらに」

 

 考えてる時間はなかった。

 

 ボクはピンクママさんに導かれるように演説台に向かう。

 

「えーと……」

 

 いろいろ考えていたから、考えていたセリフが吹っ飛んでしまった。

 ピンと張った糸みたいな緊張感に、手に持ったカップの水面が波立ってくる。

 

『ざわざわ』『ついにこの瞬間が訪れるのか』『オーバーシュート』『始まります』『クラスター構成しちゃうのね』『オレもヒロちゃんとクラスターを構成したい!』『わかった。オレとクラスターになろうな』『アッー!』

 

 ふふっ。

 少しノリのよい、いつものヒロ友たちの発言に、わずかながら緊張感が解けたような気がする。

 

 ボクの手の中におさまってるカップ。

 その水面の揺れが少しだけ平面に近づいた。

 

「あんまり長すぎても眠くなっちゃうんで、短く言います。みんな今日この日に集まってくれてありがとう。ゾンビ対策はいろいろと大変だと思うけど、ボクもできることはお手伝いしますから、みんながんばってください。以上です」

 

「ヒロちゃん。何に乾杯する?」

 

 ピンクママさんが絶妙なタイミングで言葉をさしこんでくる。

 何に乾杯か。

 無難な言葉がいいかな。

 

「じゃあ、新しい世界に。乾杯!」

 

「新しい世界に!」

 

 唱和する声がミルフィーユみたいに幾重にも重なった。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 立食パーティは予定通り行われるらしい。

 

 壇の下では、パイプ椅子が取り払われていて、すぐさま長机が設置されつつある。シェフたちが温冷車で運んできたのは、手によりをかけた料理の数々。

 

 世界中の料理が所せましと並べられている。日本のお寿司とかもあるよ!

 

 くっ。イカ以来の新鮮な魚料理。

 

 ボクの脳内割り当ての半分がお昼ご飯に占められてしまう。

 

 もう半分はテロについてだ。

 

 アメリカは威信をかけて、テロなどなかったということで納めたいのだろう。

 

 しかし、それは一方でほとんど不可能なことだろうとも思う。

 

 いまは目覚めたばかりのヒイロゾンビたちも、すぐにゾンビがどこにいるかぐらいはわかっちゃうだろうしね。

 

 勘のいい子はもう気づいているんじゃないかな。

 

 国のVIPでもあるから、人気度の高い王子様とか王女様だったら、すぐさま超能力が身についたりもするかもしれないし、いきなり強くてニューゲームな子たちもいるってことだ。

 

 要するに、下層でのあわただしさにはすぐに気づく可能性がある。

 

 ただ、逆にいえば貴賓ならではの空気を読む能力で、何事もなかったかのように対応してくれるかもしれないし、このあたりはわからないな。

 

 やたらと目につくのは、幼げな容姿に対して大人びた表情。

 

 ボクよりも能力的にはめちゃくちゃ高いだろうし、同じぐらいの年齢でも教育レベルがまったく異なる。

 

 なによりずっと幼いころから、政治に触れてきたのだろう。

 

 テロが起ころうがどうしようが、もはやヒイロウイルスの受け渡しは済んだわけだし、ヒイロゾンビは死ににくいから、爆破が起こっても、万が一この艦が沈んでも大丈夫だろうと思う。

 

 ピンクちゃんの手前、そんなことには絶対にさせないけどね。

 

「ヒロちゃん。まずいことになった」

 

 壇上の席にじっと座っていると、アメリカ大統領のトミーさんが話しかけてきた。

 ゾンビのことだったらすでに命ちゃんにお願いして対処済みだ。

 

「小山内くんのことだよ。実はついさっきまで通信が入ったのだが、それから連絡がない」

 

「トミーさんところの兵隊さんは?」

 

「急行させているが、間に合うかどうかはわからない」

 

 ふぅむ……。心配が膨らんでいく。

 幼女先輩の無類の強さは知っているけれど、相手はなんでもやってくるテロリストだし、現実はゲームとは異なり、乱数が多いわけだし。

 

 大丈夫だよね。

 ボクの不安はゾンビになった後に、頭を撃ちぬかれて完全に殺されてしまうことだ。

 

 そうなったらボクにもどうしようもない。

 

 どうしよう。どうしよう。

 

「ピンクがゾンビを人間に戻しながら現場に向かおうか」

 

「でも間に合わないかもしれないんだよ」

 

 思い出すのは、親友の雄大が噛まれたときだ。

 あの時のボクは、ゾンビになったあと、もうどこに行ったかもわからなくなるのかもって思ってて怖かった。

 

 もう二度と話せなくなる。

 死とは、コミュニケーションの断絶だ。

 

「ん……」

 

 そのとき。

 

 トミーさんが耳に装着している通信機から、かすかに音が聞こえた。

 

「小山内くん? 無事か!?」

 

 トミーさんが聞く。

 

 かすれるような力のない声。

 

 ボクの超人的聴力がとらえる。

 

『ヒロちゃん。た す け てー』

 

 カッ! と目の前が真っ赤に染まるような気がした。

 幼女先輩が傷つけられている。

 ボクに助けを求めている。

 

 ふざけんなよ! 敵!

 

 ボクはなりふりかまわず、緋色の翼を顕現させ、通信機を感染させる。

 電子的な侵略はコンマ数秒で済み、ボクはすぐに幼女先輩とつながった。

 

「幼女先輩。いま助けます!」

 

 

 

 ★=

 

 

 

 突然、ヒロちゃんから「助けます」と語りかけられて、ビックリした。

 腕も足も顔も青あざだらけで、意識はすでに気絶一歩手前だったが、ヒロちゃんの声で覚醒した。

 

「先輩どうしたんですかぁ? もうそろそろ死にますかぁ」

 

 久我のやろうが、歪んだ顔をしてゆっくりと近づいてくる。

 こいつはもはや自分のほうが肉体的能力では上だと確信している。

 

 つまり、銃さえなければ逆転の目はないと思っている。

 

 確かにそうだろうよ。

 

 ひとりの力ならな。

 

 久我の繰り出したパンチをオレは無造作につかんだ。

 

 久我の顔が驚愕に変わる。当たり前だ。一秒前には死にかけだった男が突然、筋肉モリモリのマッチョマンみたいになっているんだからな。

 

 傷はすっかり元通り、それどころか溢れんばかりのパワーで満ちている。

 

 見れば身体がうっすらと赤いオーラで覆われていて、ヒロちゃんの力でバフがかかっているのだとわかった。

 

 ヒロちゃん、補助魔法もできるようになったんだな。

 

「な。ぐああああああっ」

 

 そのまま久我の拳を握りしめ破壊する。

 骨が軋み、バキゴキと嫌な――いや、いまだけは痛快な音が響いた。

 

「どうした。久我。カルシウムが足りてないんじゃないか」

 

「く。ぬッ。おっさんみたいなことを言ってんじゃねえよ!」

 

 残った左手を振りまわす久我。

 

 パワーだけではなくスピードもあがっているオレは悠々とかわした。

 

「今までよくもやってくれたな久我ッ!」

 

 三下悪役のセリフを吐き、オレは久我に殴りかかる。

 

「小物すぎるだろ。おっさん」

 

「うるせえッ!」

 

 ガードが入ったがおかまいなしだ。

 

 蹴りを入れると、久我は紙っぺらのようにあっさり吹っ飛ぶ。

 明らかに人外の力を得て、べつにヒイロゾンビになったわけではないが、その力に戦慄する。

 

 これが"人気"の力か。

 

 ヒトの想いの集積がヒロちゃんの力となる。ヒイロちから。

 

「人気ものはつらいね」

 

「くそがあああッ!」

 

「おいおい語彙すくなくなってんぞ。コレはオレの分。コレもオレの分だ!」

 

 一発。一発。殴りかえされてもまったく痛みがない。

 シールドされているから、一方的だ。

 グチャ、グチャっと人体から聞こえちゃいけない音が聞こえてくる。

 

 闘争の場面では、普段オレは言葉少なに淡々と処理する傾向がある。

 FPSでは冷静にならなきゃダメだし、そうでなきゃ相手を上回れないからだ。

 今回のように、なんでもありの殺し合いだと『冷静に』なんて意味がないことがわかった。

 オレも熱くなる傾向が確かにあったんだ。自分自身も知らなかった一面だ。

 

 うずくまっている久我を見下ろすオレ。

 少しかわいそうだが、こいつはここで殺すしかない。

 なに本当に死ぬわけじゃない。ゾンビにして放置するだけだ。

 

 さすがに素手で首の骨を折ったりするコマンドー的な解決方法は勘弁してほしかったので、オレは銃を探した。

 

 遠かった十メートルほどの距離が今では近い。

 アニメの縮地のようなスピードで近づき、銃を手にする。

 

 その間、数瞬にも満たないだろう。

 

 ポイントをつけ。

 

 終わりだ。

 

「おい……幼女先輩よ」

 

「なんだ?」

 

 つい反射的に答えてしまった。

 

「It's a bit of a late Christmas present. Take it!」

 

「は?」

 

 放物線を描いてくる小さくて細長い物体をオレは馬鹿みたいに受け取ってしまった。

 見ると、義手のようだ。

 

 いや、これは――。

 

 久我がすでに駆けだしている。オレから距離を取り逃走を図っている。

 銃でポイントをつけるのも忘れて、オレは考える。

 

「どうすんだよ。これ」

 

 起動しているとすれば、止める方法は?

 

 いや、それ以前に――この部屋を丸ごと破壊するほどの威力だとすれば、どうすれば一番被害が少なくて済む?

 

 ヒロちゃんのシールドで抑えこめるのか?

 

 久我は通路の向こう側、床と操作盤だけあるエレベータのほうに向かい、そこから下の階へエレベータを飛び越して、下層へとジャンプした。

 

 もう一度、義手を見る。

 

 死の宣告と、英雄的行為を天秤にかけて、やはり死ぬのは私も怖かった。

 

 結果取ったのは実に中途半端な行為。

 

 その場に爆弾を置いてのみっともない逃走である。

 

 と、その瞬間。

 

 視界がまばやく輝き、爆音とともに、とてつもない衝撃が私の身体を吹き飛ばした。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ドォォォォォン!

 

 という爆発音が響いた。幼女先輩とのリンクも切れて、どうなったかわからない。

 たぶん、幼女先輩とつながっていた通信機も今の爆発ではずれちゃったんだろう。

 

 幼女先輩!

 

 とてつもない爆発音に"いんとれぴっど"が鳴き声をあげた。

 ギシギシと船体が歪んだ音を立てている。

 

 みんなは立食パーティの準備中で立ちあがっていて、準備ができるのを待っていたけれど、軽いパニック状態になっているみたいだ。

 

「落ち着くように!」

 

 ピンクママさんが必死に呼びかけている。

 

 しかし、みんななんだかんだいっても子どもが多いし、たったひとりの声でおとなしくできるはずもない。統制がとれた組織ではないのだから。

 

 今日はじめて会った人どうしなのだから。

 

 だから――、

 

 だからだろうか。

 

 その子が、しとやかに。

 

 しかし豪胆に。

 

 壇上に上がってきても、誰も咎めなかったのは。

 

 ボクもピンクちゃんも、誰もかれも彼女を止められなかった。

 

 いや、混乱していて止められなかったというのが正しいだろう。

 

 果たして演説台にたどり着いた彼女は慈愛の女神のような微笑みを浮かべ言った。

 

「プレッパーズ諸君。諸君らに告ぐ!」

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