あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル13

「命ちゃん?」

 

 ボクは思わず声をかけていた。

 

 豪奢な机の隣に、自分の右手を左手でかき抱くような格好で立っていたのは、ボクの後輩であり、かわいい妹分である、神埼命(かんざき・みこと)ちゃん。

 

 ちなみに神埼の「埼」は長崎の「崎」とは異なるから注意が必要です。

 書き間違えたら「ムッ。チガイマス!」と怒られること必至だ。

 

 そんな彼女は、今年で高校三年生になる女の子。亜麻色の優しい色をした髪の毛がサイドテール状になっていて、少し釣り目で、女の子らしい華奢なラインをしていて……、着ている服は濃紺のブレザー。そして灰色のプリーツスカート。 ちょっと短すぎないかっていうぐらいふとももが見えちゃってて、そんなえっちぃの、ボク許しませんよ! 足に包帯なんて巻いちゃってさ。遅れてきた中二病かな。

 って、え? なにそれ包帯? 包帯巻いてるの? なんで!?

 中二病なはずがない。

 この過酷な世界での怪我は――即座に致命傷になりうるリスクなんだ。

 ボクは血の気が引いていくのを感じた。

 

「け、怪我してるの!?」

 

「えっと……だれかな? 知り合いじゃなかったと思うんだけど」

 

「ボクだよ。緋色。忘れたの?」

 

「え、緋色……先輩?」

 

 ハテナ顔を浮かべる命ちゃん。

 って、なにやってんだボク。

 いまのボクって、男だったときはまったく別ものじゃん。女の子じゃん。女の子成分百パーセントじゃん。しかもロリだし。外見年齢ほぼ半分だし。

 わかるわけがない。

 でも、いまはそれどころじゃなくて……、怪我。怪我しちゃってるの!?

 とても痛々しい。ゾンビ的な傷ではないみたいだけど、右の足首から膝のあたりまで、包帯でグルグル巻きにされている。

 

「大丈夫なの……それ」

 

「骨折とかじゃなくて、ただの打撲だからもうしばらくしたら普通に動けるようになると思う」

 

 じーっと観察するような視線がボクに浴びせられている。

 そりゃそうだよね。

 命ちゃんの知っているボク。

 そして今のボク。

 なにひとつ同じ要素はないんだから。

 

 強いてあげれば、命ちゃんの名前を知っていたということが、ボクが緋色である証拠のひとつに挙げられるかもしれないけれど、それだけじゃ弱い。

 

 ただのストーカー女児かもしれないしね

 いや、ボクは全然ストーカーじゃないけど。妹分に欲情するような変態でもないし! 女子高生に欲情しても……変態?

 

「あとでお話しましょう」

 

 ニコリと笑う命ちゃんの顔は、なぜだかとても邪悪に見えた。

 

 逆らっちゃいけないやつだ、これ。

 

「アッハイ……」

 

 ボクは是非もなくうなずくのでした。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「知り合いみたいだが、後でいいか?」

 

 大門さんが聞き、命ちゃんはうなずく。

 

「では……まず、恭治くん。よくぞ無事に帰ってきた。オレは信じていたぞ」

 

 大門さんは立ち上がり、恭治くんの肩に手を伸ばす。

 恭治くんも照れながら「大門さんが銃を貸してくれたおかげです」などと言っている。

 なんだこの体育会系なノリ。

 いまどきの高校生ってそんな感じなの?

 ホモなの?

 

「エミちゃんを連れてきてくれたのは君か」

 

 今度は飯田さんのほうに視線を向ける大門さん。

 飯田さんは、まだエミちゃんを担いだ状態だから、肩で息をしている。飯田さんはそこらにあった椅子にエミちゃんを座らせた。エミちゃんはお行儀よく、両の手を合わせてお人形のようにじっとしている。目は伏せておいてね。

 

「オレはここを取り仕切っている大門という。君は?」

「い、飯田人吉と申します!」

「そうか。飯田くん。よろしく頼む!」

 

 グッと突き出される右手。

 握手をするときに上腕二頭筋がこれ以上なく盛り上がり、ムワっと汗が水蒸気になってるみたいな錯覚が起こる。

 飯田さんの腕がぷにぷにしてて赤ちゃんみたいだよ。

 そんな感じで、飯田さんにとっても苦手なタイプなのか、ひとしきり恐縮しているようだった。

 

「エミちゃんもあの状況の中、よくがんばったな」

「……」

 

 大門さんは膝を地面についてエミちゃんと視線を合わせようとするが、当然拒否。ボクはエミちゃんを操作して、視線を下に向かせる。

 

 こうしておけば、恐怖で心を閉じたという演出にもなるだろう。

 

「さて、最後に君だが、お名前を教えてもらえるかな?」

 

 小学生女児に対する態度は、わりと柔らかい。

 筋肉モリモリのマッチョマンという属性だけで、ひたすら圧迫感あるけど、べつにそこまで変じゃなかった。

 

「夜月緋色です」

 

「緋色ちゃん。君もよくここまでたどり着いた。あとは心配しないでもいい。オレが君達のような善良な市民は守ってあげるからな」

 

 そして、もはや定番となったナデナデ。

 というか、犬か猫みたいにワシャワシャと容赦なく撫でるのやめてー。

 せっかくお姉さんにセットしてもらった綺麗な髪がボサボサになっちゃう。

 

「さて、ではこちら側の自己紹介をしよう。オレは大門政継。ゾンビハザードが起こる前までは自衛官をやっていた。次にオレの隣にいるひょろいのが小杉だ」

 

 小杉さんは命ちゃんと同じ側のちょうど後ろのあたりに構えていた。

 大門さんが評したように、ひょろ長い印象。身長が高くて、185センチくらいはありそう。そのわりにほとんど筋肉がついていない。

 

「小杉豹太です。みんな豹太じゃなくてひょろたと呼んでました。雇われですけど、いちおう、ここの店長やってました」

 

 生気のないボソボソとした声だった。

 案外ブラックだったのかな、ここのホームセンター。雇われっていうぐらいだからそうなのかもね。

 それにしても、この人もわりとボクのことをジロジロ見てくるな。なんというかそういう視線って無意識に感じ取れると言われているけど、それって本当だね。なんというか、ボクの顔とか手足とか、ほとんどないけど胸あたりとかを値踏みされている気がする。

 小杉さん、おまえもか。まさかおまえも小児性愛者なのか。

 なんて考えるけど、たぶん自意識過剰になってるだけだよね。

 えへへ。

 

「こっちのケバイ化粧をしているのが、姫野だ」

 

「ケバイってなによ。化粧は女の武装でしょ!」

 

 わりと強く言い放ったのは20代前半くらいの女の人だ。大門さんが言ったとおり、化粧のにおいが二メートルくらい離れているボクのところまで飛んできている。いまどきのギャル系っていうのかな。ぴっちりしたスカートにふわっとした上着を着た若さの残るコーディネイトだ。

 ちょっとだけがんばってる感があるけど内緒だ。

 

「私は姫野来栖(ひめの・くるす)っていうのよろしくね」

 

 にこやかに手をさしだしてくる姫野さん。

 ボクもおずおずと手を差し出す。ゾンビなお姉さんからカウントすれば、女の人の手を握ったのはこれで二回目だ。命ちゃんはノーカンね。

 でも、あまり感動はできなかった。

 なんというか、その笑顔がどこか作り物めいて見えたからだ。

 

 それに――。

 

 口の中で小さく「ガキかぁ。まあ、ひめのんの敵じゃないかな」って、安心する声色で呟くものだから、ボクとしては複雑な気持ちです。

 

 ギスギスして、ホームセンターの中が最悪な空気になるのなんか望んでないしね。エミちゃんと命ちゃんが無事なら最悪それでいいよ。

 

「あと、恭治くんのことは知ってるな。うちの人員はまだこれだけだ。一応、町役場の人間とも交流はあるが、いまのところ合流するつもりはない」

 

 なるほど、思ったとおり人員は少なかったな。

 大門さん。小杉さん。姫野さん。命ちゃん。そして恭治くん。たった五人のコミュニティだったわけだ。そこに、ボクとエミちゃんと飯田さんをくわえても八人にしかならない。

 このくらいの人数なら、まだ統制はとれやすいのかもしれない。

 

 大門さんはしばらくみんなを見渡したあと、ゆっくりとうなずいた。

 

「いまは休んでくれ――と言いたいところだが、その前に新しいメンバーには最初の仕事をしてもらおう」

 

「へ。仕事?」

 

 飯田さんが間抜けな声をあげる。

 ヤバイかもしれない。このあとのことがボクには予想ができる。

 エミちゃんを見る。そして、隣に寄り添う恭治くんと視線があった。

 

「一応、規則だ。みんながゾンビに噛まれていないか検分させてもらう」

 

 大門さんが一方的に通告する。

 それは有無を言わせない命令だった。

 いやな気分にはなったけど、これはやむをえないことかもしれない。

 だって、コミュニティに招き入れるときに一番危険なのは、感染リスクだ。

 でも――、どうしよう。エミちゃんの身体にはカサブタになっているけど、まだバッチリ噛みあとが残ってるんだよな。

 たぶん、見られたらばれるし……。どうするか。

 

「飯田くんは、オレと小杉が診よう。エミちゃんと緋色ちゃんは姫野と神埼で診てくれ」

 

 案内されたのはバックヤードの更衣室だった。

 ボクはできるだけ不自然にならないように、エミちゃんの右手を握って歩かせた。手を引いて歩いて見えるなら、人間っぽいアピールができると思ったからだ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 さて。

 冷静っぽいアピールしているけれども、内心のボクはめちゃくちゃドキドキしていた。なにしろ、ボクの心は男である。

 

 なんか最近幼女化してきてるなって予感はあるけど、それでも男だったという意識は十分に残している。

 

 そんな中、女の人に、ましてやかわいがっていた妹分に、自分の裸をジロジロ見られるというのは、どういう気分だと思いますか!

 

 答え――、

 

 めっっっっっっっっっっっっっっっっちゃくちゃ~~~っ恥ずかしい!!

 

 白熱灯のジジジという音だけがやけに大きく聞こえる更衣室の中で、ボクは混乱の極みにある。このあと控えているエミちゃんの噛み痕問題なんか、頭の中から完全に蒸発していた。

 

 ぷしゅう。って音がでちゃいそう。

 

「緋色ちゃん。はやくしてよね」

 

 姫野さんはちょっと面倒くさそうに声を出す。

 ボクのことを捉えかねている命ちゃんは、何かを観察しそこねないように、じっくりねっとりボクを見ている。

 あ・あ・あ。

 やだこれ。はずかし。はずかし。

 

「女どうしで、なにはずかしがってんの」

 

 それは違うと思うものの、ボクの現実的な身体はあますところなく女の子であることを主張している。いままでひとりではまったく考えずにすませてきた、ボクの身体が本当にボクの所有物であるかという問題。

 

 身体に対する接続詞は必ず、ボク『の』身体となるように、本来、主体による所有が約束されている。そんな約束事が、通常の因果関係を飛び越えて、本来とは異なる所有者の存在をほのめかすようなTS的事象が伴う場合、接続詞による所有概念は破れ、つまりボクではない誰かがこの身体を所有しうるという可能性に結びつく。したがってTSという概念操作は、心身二元論的な考え方を想起させ、より単純な言説でいえば、魂という存在を信じるといった、反科学的な宗教への堕落を意味しているのである。またそれ以外にも――。あばばばああああやだぁ。恥ずかしいよ。やだよぉ。

 

「……ぱい。緋色……先輩?」

 

 気づくと、命ちゃんが心配そうにこちらを見ていた。

 ボクが混乱したままだと話が進まないよね。

 

「お着替え手伝いましょうか」

 

「あ、いや。大丈夫だよ……」

 

 このままだと何かが危険な気がして、ボクはようやく自分の洋服に手をかけた。

 

 ボクの身体はボクのもの。

 ボクの身体はボクのもの。

 念仏のように唱えながら、一枚一枚脱いでいく。

 どうしよう。うしろめたさが全開だ。

 あらわになった胸は、ダブルエーな感じで、ほんのり膨らんでいるかなぁ程度だけど、命ちゃんの凝視ともいっていい突き刺さるような視線に、なんか心もとなくなって、手ブラ状態になってしまった。

 

 これはね……しかたないんです。

 誰だってTSしたらそうなるんです。もしもオレは絶対に手ブラなんかしないという人がいたら、TSして是非その雄姿を見せてください。

 ボクには耐えられませんでした。

 

 気づくと上半身裸になったボクがいる。

 まだまだ肉付きの薄い身体だけど、ほんのりとしたなだらかな稜線は、男の身体とは似ても似つかないものだし、誰が見たって女の子だ。

 ボリュームのあるプラチナの髪の毛がいくつか肩をつたい、つるつるの肌を流れるようにさらっていく。ボクはちょっとだけ涙目になっている。

 

「……綺麗」

 

 と、つぶやいたのは命ちゃんだ。

 羞恥心がものすごい勢いで、電撃のように駆け上ってくる。

 髪の毛が邪魔して見えない背中は、命ちゃんがかきわけるようにして確かめてくれた。なんか、すごいペタペタ触ってくるのがくすぐったい。

 首のあたりも、ちょっと体温が低い手で触れられると、ひゃっこい感じがして、なんか声が漏れちゃいそうになる。

 

 あの……なんで身体くっつけてくるの?

 もう……もう……。

 

「あの……もういいよね?」

 

「え。下は?」と姫野さん。

 

「え、下……?」

 

 今のボクはかなりの軽装だ。フレアスカートにサンダル。靴下すら履いてない。

 これでも足りないの。

 

「いちおう、下も脱いでください。必要なことなんです」

 

 命ちゃんも重ねて言う。なんか目が血走ってて怖いんだけど。レイジウィルスに冒されてないよね。

 

「わかったよ……」

 

 男としてのプライドというか、それ以前に人間としての何か大事なものが失われていっている気がする今日このごろ。

 

 天国のお母さん。お父さん。ボクはまたひとつ大人になれましたよ。

 

 そんなわけで、ボクのおしりにぴったり吸いついていたパンツ。

 そしてフレアスカート。

 男らしく、すべて捨て去りました。

 

 はーっはははー。なんかもうすっきりって感じ。今ならミニマリストの気分がわかるよ。世の中、断捨離だね。

 心の中に光が溢れ、ボクは宇宙と合一するのを感じた。

 まっぱだかともいう。

 くすん。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 とりあえず、ボクは試験をパスした。

 当然だよね。ボクの身体は瑕ひとつない珠のようなお肌だし。

 心はすっかりズタボロだけどさ……。

 

 そんなわけで、次はエミちゃんの番となった。

 ボクはあえて力を貸さず、姫野さんと命ちゃんがエミちゃんをひん剥く様を眺めるだけにとどめる。

 

 えっと、なんだろう。

 小学生の美少女が、美女と美少女ふたりに無理やり脱がされていってる今の状況はなんと形容すればいいのだろう。

 

 あえて言えば、日本が世界に誇る文化。

 HENTAIかな。

 

 見た目からすると、ひたすらに背徳的というか犯罪的というか。

 児童ポル……げふんげふん。

 しかし、これは違うと主張したい。もしも、ボクのことを単に小学生女児がレズ的にあれやこれやされているのが好きなだけと勘違いする変態がいたとしたら、ボクは憤りのあまり、柱に頭を打ちつけて死ぬことを選ぶだろう。

 

 そう――、これは賢いボクなりの戦略なんだ。

 

 ボクがコントロールしない限り、エミちゃんはほとんど身体を動かせない。

 エミちゃんが身体を動かせないというのは、ある意味人間的な要素の一つなんだよ。ゾンビは『死んでいても』身体を動かしてくるものだから、身体を動かさないという時点で、その定義からはずれているということになる。

 

 それに傷痕。

 これについては見つかった。

 でも、これも言い訳がたつ。

 

「これってゾンビに噛まれたあとなんじゃ……」

 

 姫野さんが青い顔で言う。その瞬間――、

 

「あー、これってエミちゃんが自分で噛んじゃうんです」

 

「え、そうなの?」

 

「はい……。たぶん、トラウマになっちゃったんじゃないかな」

 

 ボクはエミちゃんの身体を動かして、自分の腕に甘噛みするようにした。

 

「オニイチャン……」

 

 おっと、これはファインプレー。

 エミちゃんが自発的に声を出したことで、一応、ゾンビではないと証明されたみたいだ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 甘かった。

 甘噛みだから甘かったというんじゃなくて、大門さんの判断能力を甘く見ていた。姫野さんは見たままを報告したんだけど、それを聞いた大門さんは、念のためという理由ながら、エミちゃんを監禁することにしたんだ。

 

 いずれにしろ看病が必要な状態のエミちゃんは動かせないから、実質的な行動制限は変わらないところであるけれども、そこには天と地ほどの違いがある。

 

 エミちゃんの両手両足は、無残にも、痛々しくも、大きな縞々のロープで結ばれていたのだから。

 

 恭治くんは顔を真っ赤にして、大門さんに食って掛かった。

 しかし、大門さんは動じない。

 

「恭治くんは、オレと連絡をとったときに、わずかに言いよどんだ」

 

 確かにあのとき、ゾンビに噛まれてはいないのかという問いに対して、恭治くんは真正面からは答えなかった。

 

 その疑念が、まだ残っているということなんだろう。

 

「自傷痕ということだが、エミちゃんはゾンビだらけの小学校にいたのだろう。噛まれていないというのは奇跡のように思える。それに――、どうやってゾンビだらけの小学校を突っ切って、そのまともに動けない身体でコンビニまで辿りついたんだ?」

 

「最後の力を振り絞ってコンビニまで行ったんじゃないですか」

 

 恭治くんは明らかに不満の表情だった。

 

「飯田くん達とエミちゃんが合流した日からさかのぼると、三日程度は飲まず食わずということになる。大人でも水を飲まなければ発狂するレベルだぞ」

 

「だから、あんなふうになったんだと思います……」

 

「それはオレも残念に思う。しかし、あの傷がもしもゾンビに噛まれたものなら、エミちゃんは感染しているということになる。危険だ。隔離するという判断をせざるをえない」

 

「でも、エミはゾンビじゃありませんよ。あんなにおとなしいゾンビはいないじゃないですか」

 

「それはオレもそう思う。ゾンビになりかけか。本当に心が病んでしまっただけなのか。それはわからない。これからそれを見極める時間が必要なんだ。わかるな?」

 

 いや、ぜんぜんわかんないんだけど。

 組織の理論は、個人の保護にはむかないからね。言ってみれば、組織は個人を助けてくれるということはほとんどない。

 その結果、エミちゃんは拘束されることになってしまった。

 恭治くんは悔しさに顔をにじませながらも、大門さんの提案を受け入れざるを得なかった。

 

 全体のため。

 個人がないがしろにされた。

 ありがちだよね。

 大門さんのそれが建前なのか、本音なのかはわからない。

 もしかしたら本当にみんなのためを思って、断腸の思いでエミちゃんを拘束したのかもしれないけれど、恭治くんは完全に納得しきっているわけではないようだった。

 

 うーん。チート持ちのボクとしては、そういう組織をぶっ潰してやるという方向に舵を切りたくもあるんだけど、命ちゃんも怪我している今、このコミュニティに壊れてしまっても困る。

 

 いまは静観しておくのが無難かな。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 リビングルーム兼執務室では、みんなして小さな歓迎会を開いてくれた。

 ボクもいよいよパリピの仲間入りか。

 知らない人とパーティすることに、ちょっと気疲れしたけれど、命ちゃんもいるし、月並みな言葉だけど楽しかった。

 

 そして、夜になった。歓迎会はお開きになって、みんな自分の部屋に帰っていく。

 驚くべきことに、ホームセンター内には自室があるんだ。

 パーテーションといってもほとんど壁のような仕様になっているそれは、なんとドアもついている優れもの。

 四方を完全に隔離するかたちにすれば、ワンフロアの中にいくつも部屋を作れるみたい。

 

 ボクは命ちゃんの部屋に招かれていた。

 招く……というか、拉致されていた。

 拉致というか未成年略取されていた。

 いや、冗談だけどね。

 ともかく、命ちゃんの部屋にボクは連れて行かれた。

 

――なぜか手を引かれて。

 

 そういえば、命ちゃんが小学校くらいの時はボクのことをこうして引っ張って、はやくはやくーってはしゃいでて可愛かったな。

 そのときの感覚とほとんど変わらないんだけど、今のボクはドナドナされている牛の気分だ。

 

 ドアの前に到着。

 そこで背中にからみつくように命ちゃんの腕がまわされる。

 身長差からいってしょうがないとはいえ、なぜかボクの身体はビクっと跳ねてしまった。見上げるように命ちゃんを見つめると、命ちゃんもボクのことを見つめている。わずかに微笑している顔つきは、なんだか無慈悲な月の女王めいていて怖い。なぜだろう。可愛い後輩のはずなんだけど。

 ボク、捕食される側っていうイメージから抜け出せない。

 

「いちおうここが玄関なので、履いているものを脱いでください」

 

「わかった」

 

 当然ながらワンルーム。トイレもお風呂もない部屋だけど、わりとスペースは広くて、9畳くらいはありそう。大きめのカーペットが地面に敷かれていて、ふかふかだ。

 

 部屋の中にはソファがコの字になっていて、ローテーブルが配置されている。ドアのところで、どうぞと促されたから、ボクはソファに座った。

 なぜか、鍵をかける命ちゃん。

 

「ん。なんで鍵かけるの?」

 

「女子高生ですからね。夜は危ないでしょう。クセなんです」

 

「ふぅん」

 

 ホームセンターは全体としては電気が落とされていて暗かったけれど、蛇のようにケーブルが地面を伝い、各々の部屋に電気を通している。

 ローテーブルの上にはおしゃれな電気スタンドが備えつけらられていて、淡いオレンジ色の光を放っていた。

 

「さて、あなたは何者なんですか?」

 

「ボクは……緋色だけど」

 

「私の知ってる緋色先輩ですか」

 

「うん。たぶん……」

 

 そして沈黙。

 薄明かりで灯された部屋の中は、相手の表情を幾重にも塗り替える魔性の空間だ。ボクは夜目がきくから、命ちゃんの顔もはっきり見えたけれど、でもそれでも、やっぱり何を考えているかわからなかった。

 

「なんでかわいらしい女の子になってるんですか?」

 

「朝起きたら女の子になってた」

 

「そんな……こと」

 

「だって、朝起きたらゾンビだらけになってたんだよ。そういうことが起こってもおかしくないじゃん」

 

「まあ、それはそうですけど」

 

「命ちゃんこそなんで佐賀にいるの? 福岡だったでしょ。住んでるところ」

 

「緋色先輩が心配だから、佐賀まで来たんです」

 

「どうやって?」

 

「バイクに乗って」

 

「ふわー。ゾンビハザードの中を突っ切ってきたの? 危ないよ」

 

「高速道路なら大丈夫だと思いました。鳥栖ジャンクションからはものすごい渋滞でほとんど進めなくなりましたけど……、それと私がいたのは、ちょっとの時間だったけど、福岡はたぶんもうダメですね。リアル修羅の国になってますよ」

 

 確かに日本の高速道路は、一般道からしてみれば隔離されている。

 ゾンビだらけになるのはまだ先のことだったんだろう。

 

「おじさんやおばさんは置いてきたの?」

 

「あの人たちは所詮他人ですから。どっちも一応人間のままでしたけど」

 

「ああ……そう」

 

 まあそういう闇深案件はべつにいいんだけどね。

 ボクのところに真っ先に何も考えずに来るというところが、かわいらしくもあり、呆れもあり、なんともいえない気分になってしまった。

 

「先輩のところまであと少しだったんですけどね……。一般道はやっぱり危険でした。ゾンビとか気にせず突っ込んでくるから、最後には転倒してしまって……、このザマです。スマホも落としてしまいましたし」

 

 痛々しい足の傷。

 話を聞く限りじゃ、生きているだけでも奇跡だ。

 

「見ますか?」

 

「え? 何を?」

 

「私の身体です」

 

「ふぇ、な、なにいってんの?」

 

「あ、いえ、足の傷ですよ。私が緋色先輩の身体にゾンビ痕がないのを確かめたように、先輩も私の身体を検分する権利があるかな、と」

 

「ゾンビかそうじゃないかはべつにどうでもいいよ。でも、命ちゃんが痛くないか気になるから見せて」

 

「わかりました」

 

 巻いてる包帯をしゅるりしゅるりと、丁寧にとりはずし、命ちゃんはなぜか顔を赤らめる。なにそれ、罪悪感湧くから恥ずかしがらないでよ。こっちのほうも恥ずかしくなってくる。

 

 でもそんな恥ずかしさもすぐに引っ込んだ。

 命ちゃんの女の子らしい綺麗な足は、ゾンビのように青あざに侵されていたから。もちろん、ゾンビ菌に侵されているわけじゃない。ただの怪我だというのは見てわかる。

 でも痛々しい。

 

「ようやくここ数日でまともに歩けるようになってきました」

 

「ほんとに大丈夫?」

 

「緋色お兄ちゃんが、痛いの痛いのしてくれたら治るかもしれません――」

 

「なっ……」

 

 それってものすごく恥ずかしいんですけど。

 命ちゃんってクール顔というか、感情がほとんど顔に出ないから、本気なのか冗談なのか判別がつかない。

 

 ……。

 

「痛いの痛いのとんでけー」

 

「先輩……」

 

「はい……」

 

「それって、誘ってますよね」

 

「え? なにをどうしたらそういう解釈になるの?」

 

「先輩がかわいすぎるのが悪いんですよ。そんなかわいらしい容姿で私の前に現れて、でもやっぱり先輩は先輩で……かっこよすぎるのが悪いんです」

 

「いや、その理屈はおかしい!」

 

「理屈じゃないですから!」

 

 ライオン。

 ライオンだ!

 手負いの猛獣がボクに飛び掛ってきていた。

 ヤバイ。これ。ヤバイ。

 

 ボク、なぜか後輩に押し倒されている。

 ソファのおかげで背中は痛くないけれど、両手が完全に命ちゃんの手でブロックされている。

 

 なにがどうなってるのかわからないけれど、命ちゃんはやっぱり錯乱しているのかもしれない。こんな世界になって、それでもボクを先輩だと思って頼ってきて、でもボクは頼りない女の子になってしまっていて、そんな心の中の葛藤が、こんな凶行に――。

 

 ボクはひどく冷静に命ちゃんの行動を分析し、それから徐々に腕の筋肉をこめて命ちゃんの手を押し返した。まかりまちがってキスとかされたら大惨事だからね。ボクからゾンビウィルスに感染とか洒落にならない。

 

「え、この力は……」

 

「あのね。命ちゃん。ボクはこんな格好になってしまったけど、ちゃんとボクのままだよ。命ちゃんのことも守るから。先輩として……頼れるお兄ちゃんとしてがんばるから、そんなに確かめなくてもいいんだよ」

 

 それからボクの薄い胸で、ぎゅっと命ちゃんの頭を抱きしめた。

 

「うーん。先輩が何か誤解している気がしますけど、これはこれで――」

 

 すごく吸い込まれてるんですけど。

 最近のダイソンの掃除機ってすごいみたいな感じで、めちゃくちゃ吸われてるんですけど……。

 

 最近の女子高生は何を考えているのかわからない。

 




百合タグ。
百合タグ……つけるべきなのだろうか。
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