「えっと、生首ゾンビ?」
ボクが旅先で出会ったのは、生首だけになった女の子ゾンビだった。
さっきから「あーうー」と声にならぬ声をあげているが、首だけの状態なんで弱々しい感じ。
わりと髪の毛が長くて、首より下まで伸びている。髪の色も日本人然とした黒色。ぼんやりとした白濁した眼は人間のものとは違い、思考そのものが感じられない。陶器のような色白い肌はゾンビ化のせいかもしれず、要するに普通のどこにでもいるゾンビさんだった。
しかし、謎であるのはそういった生首状態の彼女がクローゼットの奥に大事にしまわれていたことだろう。それは明らかに人為的な操作。
「これってどういうことかな」
部屋の中は電気が来てないせいか、いまいち薄暗い状態だったけれども、マンションの高層階の窓から入りこむ光は、それなりに明るい。
ボクは彼女を抱えこむと、命ちゃんに問いかけた。
「そうですね。わかりやすいのは誰かに殺されたとかでしょうか」
「それはボクも思った」
首。
それは言うまでもないけれども、人間の急所だ。
首なしで活動するといえば、デュラハンとかいうモンスターがいるけれども、人間はそういうわけにはいかないからね。急所を切断する。それはおそらくきっとほとんどの場合は他殺であり、誰かに殺されたと考えるのが自然だ。
ボクが大々的にデビューする前は、たぶん殺伐とした世界だったのだから、そういうことも起こってもおかしくはないだろう。
でも――。だからこそ変だ。
「なんで大事にしまわれたのかな。この子」
「インテリアだったのでは?」
「インテリアって……」
つまり、戯曲サロメみたいに、この子の顔だけが好きだった人がいて、インテリアのように時々飾っては"楽しんでいた"ってこと?
「危険じゃないかな」
ボクのゾンビも、もちろん首だけの状態だとほとんどなにもできない。でも、ゾンビは首だけでも動かないわけじゃない。ゾンビウイルスの受容体は人間の脳みそだと考えられるからだ。
鳥インフルエンザが鳥にしか感染しないように、ゾンビウイルスは人間の脳みそを受容体とする。
いまさらながらのおさらいだけど、ゾンビは脳みそを破壊されない限り活動を停止しない。
で、生首状態でも口はあるわけだから、噛まれたりする危険もある。
ゾンビ映画でも生首ゾンビにやられちゃった例もあるしね。
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新・死霊のはらわた
新とついているのは、名作映画と誤認させる当時の手法だったので、サム・ライミ監督の死霊のはらわたとはまったく関係がない。それを知らずに見ちゃうとがっかりしちゃうかもしれない。内容としては死ぬほど油断しまくりのキャラクター達が次々と不注意に噛まれたりするところが、もはやシュールなギャグになっている。けれど、案外スプラッター描写はよくできていていて、とくに生首ゾンビさんにかみちぎられた指が首のあたりからニュルンって出るシーンは好き。
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まあ要するに、生首だからって油断はできないわけで、人間からしてみれば、爆発物と同じ。
できるだけ遠ざけておきたいはずだろう。
「だったら、窓の外に放り投げておけばいいはずです。ここにしまわれていたということは、なんらかの固執があったのでは?」
「命ちゃんの言うとおりかもしれないね。じゃあ身体は?」
「身体ごと保存するのは大変だったんでしょう。ゾンビになったあとに切断したのか、ゾンビになる前に切断したのかはわかりませんが」
「身体も保存してたりして」
「なくはないでしょうね」
命ちゃんはあまり興味がなさげだ。
しかし、チラリと視線を寝室の外にやった。
なんとなく――命ちゃんの意図を理解する。
導かれた結論は、果たしてキッチンのあたりに鎮座する結構大きめの冷蔵庫だ。一人暮らしといったらこのサイズは必要ないだろうっていうくらいでかい。ボクの身長142センチメートルの1.5倍くらいはありそうだ。
このマンションの一室は、大きな間取りだけど、なんとなく雰囲気的には金持ちの一人暮らしだったんじゃないかなと思わせるものだった。
冷蔵庫だけに限らず家具家電類は、おそらくほとんど何も考えず、でかくて最新式をとりあえずぶちこんでみましたって感じだ。
それで、ボクは生首さんを小脇に抱えて、そっと冷蔵庫を開けてみた。
「腐ってやがる……」
早すぎたというより遅すぎたって感じか。
冷蔵庫の中ほどには"彼女だったもの"らしき残骸が残っていて、下のあたりのスペースには、電気がなくなって腐り落ちた肉がどろどろのスープみたいになっていた。
でも、容量からすると明らかに少ないかなーって感じがして、臭いもそんなにない。
他の食料とかはなんにも入っておらず、残っているのはわずかな毛と骨だけだ。
「人肉モグモグ系ですか」
「その可能性もありますね」
突然、命ちゃんがボクの肩に手を置いた。
にわかに生じた温かみにボクは少しだけ驚いて振り返る。
「あの先輩」
「なにかな」
「どうでもいいじゃありませんか」
「ん?」
「この生首がどうであろうと終わったことですし、わたしたちには関係がないことです。先輩が強いからって油断して危険に首をつっこむのはやめたほうがいいと思います」
油断しているのはボクでしたか……。
「でもさ。ボクたちはこの子の家にいわばお邪魔しているわけでしょ。このままボクしーらないってあんまりじゃないかな。ボクはこの子を見つけてしまったわけだし」
「ヒイロゾンビにでもするつもりですか?」
「それしかないよね。たぶん回復魔法じゃ追いつかないレベルだよ」
擦傷とかのレベルだったら回復できるんだろうけど、さすがに生首からうにょうにょ再生させるには、ヒイロゾンビにするしかない。この子がもしボク以外の誰かに見つかったとして、最終的に再生させられるかはよくわからない。
いやそれ以前に。
それ以上に。
めちゃくちゃ重要なことがある。
それはゾンビから人間に戻したときに、仮に殺人なんかをされていた場合に戻された側はどういう行動をとるだろうってことだ。もしかしたら復讐に走るのかもしれないし、ゾンビにされていた人が実は凶悪犯だったりするかもしれない。
ゾンビから人間への復活。思考しない存在から思考する存在への回帰は、そういったリスクも孕んでいる。
社会のことは社会に任せておけばいいとは思うものの、ボクなりの責任感から、どうなっていくかを予想したくはあった。
油断して危険に頭をつっこんでいるのは、確かにそのとおりだな。
でも、無関係でもいられないんだよ。ボクは人間が好きだから。
「せっかく、先輩とふたりきりだったのに……」
命ちゃんはしょんぼりしていた。
「ごめんね。場合によっては町に戻るなりすればいいと思うからさ」
「しかたないですね。キスしてくれたら許してあげます」
「えー」
ムードもへったくれもないんだけど。
ボク、生首抱えてるし。
「冗談ですよ」
命ちゃんも冗談を言うようになったんだね。
幼稚園の頃に素数が無限にある証明を、当時小学一年生だったボクに開陳してくれていた命ちゃんはもういないんだ。あの頃の命ちゃんはあまり感情を感じさせない女の子って感じだったからな。
ボクが昔をなつかしんでいると、
「先輩が果てしなく失礼なことを考えているような気がします」
「み、命ちゃんはかわいいなって思っただけ」
「え? かわいいですか」
「うん。かわいいよ」
「ありがとうございます……」
ほっぺたを赤く染める命ちゃん。
サイドテイルをいじいじしている。
やっぱり、命ちゃんはかわいい。
そして、変わらないなって思っていた命ちゃんも、よくよく考えてみれば、成長しているなって思います。少し寂しさを感じちゃうけど、幼女じゃなくなっちゃうのを悲しむマナさんと同じ心境なのだろうか……。哲学です。
☆=
指先を少しばかり自分で引き裂いて、出した血液をなめさせる。
それから生じた光景は、まるでショットガンか何かでぶちまけられた肉塊を巻き戻すような、ある意味グロなシーンでした。
規制されたゲームみたいに、光か影のエフェクトでも出ていればよかったんだろうけど、現実はそういうわけにはいかない。ピンク色をしたブヨブヨしたお肉が、すごい勢いで増殖していく。どういう原理かはわからないけど培養液か何かで細胞分裂させたらこうなりますって感じ。
映画AKIRAのピンク色した細胞が増殖していくような絵図だった。
けれど四散するような広がりかと思ったのは一瞬、身体の輪郭と思わしきところで増殖は止まり、一転して収斂していく。
ピンク色だったソレが、ようやく人間のカタチを取り戻してきたとき、女の子らしい柔らかな稜線と、白く輝くような肌膚があらわになってきた。若くて瑞々しい身体が、再生という儀式を経て、運動したあとみたいに汗ばんでいる。華奢な手足。それなりに膨らみのあるおっぱい。
「うにゃ」
裸と思った瞬間。
後ろから掌で目隠しされた。
当然、命ちゃんしかありえない。
「見ちゃダメです。先輩」
「わかりました」
ううーん。何も見えない。
いつまでこうしていればいいんだろう。
と、思っていたら、
その場で、くるりと回転させられてようやく手をはずしてくれた。
後ろから気配を感じるんだけど、どうなっているかはわからない。
「命ちゃん?」
「服を探してきます。先輩はこのままで」
「わかりました」
命ちゃんが遠ざかって部屋をでていく足音がする。
ドアがちょうどボクの背後にあったせいで、命ちゃんの姿も見えない。
ボク――窓を見つめます。
やぁ、いい天気だなぁ。快晴快晴。
「ん…ぅ……」
後ろから何か声が聞こえます。
でも、ボクは風景を鑑賞するだけのただの小学生女児だ。
ああ、雲のカタチがお魚さんみたい。
「え、なんで裸でありますか?」
覚醒の声色。
命ちゃんもまだ来ない。
や、やべえ。どうしたらいいんだ。
「だ、誰でありますか?」
「あー……ごほん。ボクは夜月緋色です」
ボクは窓の外を望みながら言う。
「な、なぜ、顔を見せないでありますか。わたし、謎の組織に連れ去られて、えっちな同人誌みたいなことをされるのでありますか?」
「違うよ!? ていうか覚えてないの?」
「覚えて……はっ。わたし、なにも覚えてないであります!」
「覚えてないの? 名前は?」
「謎の少女に名前を尋ねられる展開。これはきっと名前を教えたらよくないことが起こるであります。絶対に言わないであります!」
なんか変な子だな。
まあ、ボクの周りは一風変わった人たちばっかりだけどね。
「先輩。服みつかりました。あ……」
「また女の子であります! これはもしや百合の展開なのでありますか。わたし、これから百合百合されちゃうのでありますか」
「……服、着てください」
命ちゃんのうんざりした声が響いた。
五分後――。
ようやく対面で話せるような状態になる。命ちゃんに「いいですよ」とお許しの言葉をもらい、ふりかえって見てみると、生首の彼女は紺色のセーラー服を着ていた。こうしてみると、やっぱり女子高生くらいかなって思っていたボクの見立ては正しかったようだ。
「うお、恐ろしいほどに美少女であります! これだけ美少女だと、悪の首魁といわれても実は宇宙人といわれても驚かないであります! アニメの世界から飛び出してきたのでありますか?」
「それはいいから、とりあえず座ろうか」
大きめなベッドの上に腰掛け、隣に座るように促す。
いつまでも床に座らせておくのもどうかと思ったんだよね。
お尻が冷えるし、埃っぽい。
ベッドは見た目綺麗に見えました。
女の子は警戒しているのかなと思ったけど、実際にはそんなことはなく、ホイホイと導かれるままに座った。
ボクに対する視線は、どちらかといえば好奇心よりのようだ。
「えっと、さっきも言ったと思うけど、ボクは夜月緋色です。こっちの子は命ちゃん」
「命です」
これ以上なくシンプルな返しをする命ちゃん。
あとは沈黙。ぶれない子。
とりあえず、いつものように質問役はボクらしい。
「で、君の名は?」
「
「年はいくつ?」
「16であります」
「その口調って何か理由あるの?」
「戦車とアニメが好きでして」
「あー、ガルパンとか?」
「おお、緋色殿はガルパンを知っているのでありますか」
「まあそれなりには知っておりますよ」
なんせ引きこもりにとって、アニメはマストだからね。
ちなみに、ガルパンというのは、正確にはガールズ&パンツァーというアニメで、戦車に乗って戦う競技に興じる女子高生たちの姿を描いた青春熱血系の萌えアニメだ。
ご当地アニメとしても有名で、市役所の中にはガルパンコーナーがあったりします。
そのアニメのなかのキャラクターのひとりが、ちょうどこんな口調だった。
「家族の記憶とかは残ってる?」
「残っておりますよ。両親とも早世しておりますが姉がひとりおりますね」
「そうなんだ……」
ボクと同じ境遇だ。
なんとも言えない表情になってる気がする。
もちろん共感というのもあるんだろうけど、それ以上にさみしさを思い出す感じ。
「ほかに覚えていることはある?」
「わたしは近所の高校に通う、何の変哲もない学生でありますが……そういえばここはどこでありますか? こんな高級マンション見たことないであります」
「お姉ちゃんとここで住んでたりとかはしてなかったわけね」
「こんな金持ちの匂い知らないであります!」
ここはお家じゃないのか? ということはどこからか避難してきたのかな。
いや、それ以前の問題として――。
「ゾンビのこととか覚えてたりする?」
「ゾンビでありますか?」
首をかしげる嘉穂ちゃん。
どうやら死体損壊による記憶の消去は、べつに頭にダメージがいっているからではないらしい。
飯田さんが撃たれたことを覚えてなかったときみたいに、死体にダメージが入っていると、記憶も消える。どういう仕組みかはわからないが、頭部だけになっちゃってた嘉穂ちゃんの記憶の損壊は相当程度大きい。
ゾンビのことも知らないとなると、これはかなり遡って説明しないといけないな。
「えっとね。世界はゾンビ禍に見舞われました」
「映画の話でありますか?」
「映画じゃなくて現実だけどね」
立ち上がるように促し、ベランダに向かう。
階下を見下ろせば、何人かのゾンビさんの姿が見える。
高層マンションだからゾンビの姿は豆粒のようにしか見えないけど、公道に車が乱雑に置かれていることくらいはわかるだろう。
一目でわかる異常事態だ。
「え、エキストラでありますよね?」
ボクは首を振る。
「いまだに理由はわからないけど、去年の8月にゾンビが地にあふれたんだ。彗星のせいかなともいわれているけど」
「去年でありますか?」
「そう去年」
「彗星の話は聞いた覚えがあります」
「ゾンビのこと思い出した?」
「あ、いえ。彗星が降ってくるというニュースがあったような」
「そのあたりまでは覚えてるんだね」
「しかし、ゾンビとはいったいなんでありますか」
「ボクにもわからないよ。外形的に見れば、意識レベルは最低。そのへんを意味もなくうろうろして、うなってるだけの存在かな」
「ニートでありますか」
「いや、ニートとは違うと思うけど……」
「わかってるでありますよ」
嘉穂ちゃんの顔は蒼白になっていた。
どうやら冗談を言うことで、ストレスを無理やり軽減させていただけらしい。
ゾンビに対する恐怖がジワジワと忍び寄ってきてる感覚。
久しく忘れていたけど――、人間にとってゾンビは怖い存在だ。
噛まれれば死が確定するし、生命にとって少なく見積もっても死は最悪の結果だから。
いや、もしかしたら
指先からつま先まで自分の意思で自由にならないとしたら――。
それは死よりも恐ろしいことになりえる。
「ここは安全でありますか?」
「実をいうと嘉穂ちゃんはもう安全側なんだけどね」
ボクは狼狽しつつあった嘉穂ちゃんに優しく語りかけた。
「え、どういう――」
浮遊する。
ボクのような存在を一発で信じさせるには、やっぱり直接見せたほうが手っ取り早い。
百聞は一見にしかずというやつだ。
嘉穂ちゃんは見事に固まり、パクパクとお魚さんみたいに口を開けていた。
「やっぱり何かの撮影でありますか? どこかにカメラが」
再始動した嘉穂ちゃんは、きょろきょろと周りを見渡した。
「違うよ。なんといえばいいか。ボクはゾンビの上位存在らしくて、ゾンビに襲われず、超常の力が使えたりするんだ。こんなふうにね」
「うわわっ」
今度は、嘉穂ちゃんの身体をそっと浮かせた。
自分の身体だったら、ワイヤーアクションとかそういうんじゃないってわかるだろう。
「す……すごいであります」
超能力って――、ボクの場合、じわーっと画面越しに見せたのが始まりだから、なんというかみんな集団免疫みたいな感じで、驚きが緩和されていたけれども、普通は"畏れ"られる可能性もあるんだよな。ゾンビをどうにかできるという希望が化け物と同視することを許さなかったというか。
みんながみんなして自己暗示をかけてたんじゃないかって思う。
ゾンビをどうにかできるヒロちゃん。
だから、ヒロちゃんを化け物扱いするのは異端で、そういうやつはゾンビになれって考え。
多数派がゾンビみたいにモノを考えられなくなったのも、結局それが理由なんじゃないかな。
そういう世間的な知識のフィルターを取り払ったところで、ボクはどういうふうに思われるんだろう。
そんなことを考えなかったわけじゃない。
だから――、こんな説明の仕方になってしまった。
我ながらこころが弱いなと思います。
嘉穂ちゃんに怖がられるならそれもしょうがないと思ってたけど、結果としては畏れよりも好奇心が勝っているように思う。
「緋色殿は魔法少女でありますか」
「魔法少女かー。その発想はなかったな」
天使とかはよく言われたけど、みんなには配信を通じて超能力少女を標榜してしまっているから、魔法少女というコメントはなかったような気がする。
そんな世間知とのズレに、ちょっとだけうれしさを感じてしまった。
今回の要約。
主人公、何も知らない無垢な存在に対してゾンゾンさせたあとに超能力でマウントしてイキる。
この作品って、人類を奴隷少女と見立てれば、ひどい扱いをされていた奴隷少女に対してよしよしと撫でまくって、パンケーキを与えて、イチャイチャするっていう構図で、実になろう小説的だなと思います。
人類=ヒロインがさすごしゅしすぎて、人類味がなくなるのがたまにキズです。