あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル145

 マンションから場所を移して、ここは福岡の郊外だけどちょっぴり中心地寄り。

 

 ぎりぎり電気が通っていて、ぎりぎりネットが通じるそんな絶妙な位置に存在するあるところ。数百メートル先には鉄骨か何かで組まれた壁が存在していて、たぶん、近々こちらのほうまで領域を伸ばしてくるのだろうなと思われるところでした。

 

 ゾンビさんが大量にたむろっていて、うろうろしているのが見えます。

 

 ここが境界域。

 

 そしてなんと、ここでは電気が使えるみたいです。

 

 電気は、別に断線しているわけではないからある程度おおざっぱになってもやむを得ないところなのだろう。ネットもしかり。

 

 適当なゾンビさんがいるお家に入りこみ、Wi-Fiとかで接続すればネットは使えた。

 

 まあ、ボクの町に帰るという方法もなくはなかったけれど、これから嘉穂ちゃんをみんなの前でデビューさせたら、おそらくたぶん――いや、絶対まちがいなく――恵美ちゃんとかピンクちゃんとか乙葉ちゃんとかが、ボクのアパートにやってきそうな気がする。

 

 佐賀に犯人がいないとも限らないわけだし帰るのは却下だ。。

 嘉穂ちゃんにヒイロちからを身に着けさせるためには、こっそりやるほうがいい。

 恵美ちゃんだって一日でファンが50万人以上ついたんだから余裕余裕。

 雄大に会う前に一人前のヒロチューバーにしてみせる!

 

「というわけで、嘉穂ちゃん。ボクはいまから君の師匠だ」

 

「師匠でありますか?」

 

「そのとおり。ボクのことは師匠と呼ぶように」

 

「わかりましたであります師匠」

 

「もっとだ」

 

「師匠! 師匠! 師匠!」

 

「もっと!」

 

「師匠うゥ~~~~~~っ!」

 

 この娘ってノリいいな。

 師匠呼びを強制させるボクも相当アレな感じだけど……。

 最近のラノベでチートキャラが師匠ポジを目指す意味がわかった。

 これは気持ちいい。

 マウントをとりつつも、相手は未熟者なのでマウントはしょうがないという感じを演出できる。

 

「よろしい弟子よ。まずは命ちゃんにアバターを作ってもらえるようお願いするのだ」

 

「わかったであります」

 

 素直なことはよいことだ。

 

 嘉穂ちゃんはボクの言を疑うこともなく、離れてスマホをポチポチしていた命ちゃんに近づいた。

 

「命殿。わたしのアバターを作ってほしいであります」

 

「作る必要はありませんよ」と、クールな声。

 

「え、そうなのでありますか」

 

「もともと先輩用に作っていたアバターですが、何種類かはパターンを変えて作成済みですからね。高校生になったらこんな感じかなというようなものも作っています」

 

 リュックからノートパソコンを取り出し、作成済みアバターを見せてくれた。

 

「おお。なんか大人になったボクみたいな感じ」

 

 ボクも初めて見たんで驚いた。

 

 嘉穂ちゃんのリアル容姿は純正日本人らしく黒髪で黒目なんだけど、画面の中にいるアバターはボクをちょうど少し大人にした感じだった。高校生くらいかな。

 

 つまり、プラチナブロンドに赤いおめめ。濃い紺色のセーラーを着ていて白っぽい髪とあわさって目立つ感じの配色。ひとことで言えば、ぴちぴちギャル(死語)だ。

 

「かわいいでありますな」

 

「うむ。弟子よ。このアバターを使うがいい」

 

 ボクは尊大に言った。

 

「わかったであります」

 

 ビシっと敬礼する嘉穂ちゃん。

 うむ、かわいいよ。ボクもビシっと答礼する。

 

「先輩、初めての師匠ポジで浮かれるのはいいですけど、本当にその立ち位置でいくんですか?」

 

「もちろん、そのつもりだけど、何か問題ある?」

 

「いえべつに。先輩みたいなちっちゃな子が、がんばって師匠面してるのも悪くないと思います」

 

「なんだか辛辣なように聞こえる……」

 

「気のせいです。後輩ポジと少し被る気がして、脅威に感じてるとかないです」

 

「大丈夫だよ。後輩ポジと弟子ポジはだいぶん違うよ」

 

 弟子と恋愛関係になることは……まあほとんどないんじゃないかな。

 そもそも嘉穂ちゃんとは出会ったばかりだし、いい子だなってのはわかるけど、恋愛感情なんて一ミリもない。それは命ちゃんもわかっているらしい。

 

 とりあえずの納得を見たところで、いよいよ配信の時間だ。

 

 お恥ずかしながらも事実として――、

 

 今のところボクは世界で一番人気なヒロチューバーだろうと思われます。

 

 まあ、それはいろんな外的要因によるもので、必ずしもボク自身が好ましい性格をしているとかそういうんじゃないだろうけど、ともあれ、現時点での現実的な数値としても、ボクの登録数を超える人はいない。

 

 数は数を呼び、力は力を呼ぶ。

 勝ち馬効果っていうんだっけ。

 

 したがって、嘉穂ちゃんの立ち位置だけど、ボクの友人としてコラボ配信するというのはちょっと不自然な感覚なんだよね。突然降ってわいたような配信友達というよりも、我が弟子ということにしておいたほうが、インパクトが強くて逆にいいんじゃないかって思ったんだ。

 

 必ずしも、女子高生を弟子にしてイキリムーブをしたかったわけではない。

 

「師匠どうすればいいのでありますか」

 

 弟子の期待に満ちた目がここちよい。

 

「ふふん。……セットアップは命ちゃんがしてくれる」

 

 丸投げではない。これは采配なのだ。

 

「わたし、先輩のお弟子さんじゃないんですが」

 

「命ちゃんはかわいい後輩ちゃんだから、全部してくれる」

 

 ちょっと焦って言うと、

 

「しかたありませんね……」

 

 やれやれという感じで、全部やってくれた。

 ボクに甘い命ちゃんのことが大好きです。

 

 

 

 ☆=

 

「ハロハロ。みんな元気してますか?」

 

 ボクはいつものように軽い調子で声をかける。

 

『あ、今日はバーチャル』『バーチャルヒロちゃんきたああああああああっ』『さっきツブヤイターに重大発表って書かれていたけどなんだろ』『福岡への旅行中だよね。空撮とかしないのかな。ネットが無理か』『今日もいいゾンビ』『おいやめろ』

 

「今日からしばらくはバーチャルなボクでいこうと思います。それと重大発表です!」

 

 ドラムロールの音を命ちゃんに流してもらう。

 

 ドララララララララッラララ、ジャン♪

 

「ボクの愛弟子を紹介します。カオリーヌ三世ちゃんです!」

 

 画面外にいた嘉穂ちゃんを招き入れる。

 

 嘉穂ちゃんはカメラの範囲に入ると、さきほどのアバターとして認識された。

 

 よくわからない謎技術だけど、顔のかたちで、ボクはボクのアバターとして、嘉穂ちゃんは嘉穂ちゃんのアバターとして認識されるみたい。

 

 嘉穂ちゃんは若干緊張しながら、まずは丁寧に頭をさげた。

 

「師匠のご紹介にあずかりました。カオリーヌ三世であります。よろしくお願いします」

 

『でっかいヒロちゃんみたいな子きたー?』『ヒロちゃんと並ぶと姉妹みたいだな』『弟子ってなんなん?』『ヒロちゃんの弟子……師弟愛編』『後輩ちゃんはどこ?』『後輩の次は弟子とか、ヒロちゃんおててを出しすぎる件』『ていうか口調』

 

「さあ、弟子よ。もっと自己紹介をしてみるのだ」

 

「ええ!? 自己紹介はこれで終わりじゃないのでありますか?」

 

「ボクのときは、かわいいポイントはどこか聞かれたり、猫さんの真似とかさせられたりしたんだからね。カオリーヌちゃんもやろうか。ボクもやったんだからさ……」

 

『同調圧力』『あたふたするお姉さんなアバターかわいい』『カオリーヌ三世って呼びにくいからさっそくカオリーヌになってるな』『カオリちゃんでいいんじゃね?」

 

「ん……。カオリちゃんか。それでいいや。カオリーヌ三世ちゃんは正式名で、あだ名はカオリちゃんでいこう」

 

「わかりましたであります。展開が早くてついていけないであります」

 

「配信はノリとライブ感が大事だからね」

 

 無い胸を張り、ボクは答える。

 

「そうなのでありますか。高速で流れるコメントをよく追えるでありますなぁ」

 

「こんなのよゆーだよ。よゆー! ふひひ」

 

『小学生イキる』『ヒロちゃんってすぐ調子に乗るタイプだから』『お姉さんみたいな女の子にマウントとって粋がる小学生がいるらしい』『まあヒロちゃんだから』『福岡でナンパしたの?』

 

「マウントじゃありませんよ! これは師匠行為なのです。それとナンパとかじゃなくて、これはスカウト! カオリちゃんの才能を見出したボクがスカウトしたのです!」

 

『ほぉぅん』『それと同じセリフを毒ピンとスカイちゃんにも言うことになりそう』『結局百合ハーレム作るってことでいいの?』『パンツはもはや置き去りにしている』『オレもまざりてー』『ガ……ガイアッッッ!』『オレくんは男の園に混ざろうな』『アッー!』

 

「師匠ど、どどど、どうすればいいでありますか」

 

 嘉穂ちゃんが慌てたような声を出す。

 荒波のような怒涛のコメントにどう対処すればいいのかわからないのだろう。

 ボクもはじめのころはわからなかった。

 

 でもいまでは余裕で対処できる。ボクだって成長してるんです。

 

「落ち着いて、まだ慌てるような時間じゃない」

 

『そうだよ。カオリちゃん落ち着いて』『初心者だからね』『カオリちゃんは自分の枠つくるんかなー』『慌てる初々しさがかわいい』『ヒロちゃんがちゃんと師匠ムーブしている!』

 

「枠つくるかだってよ? どうする」

 

「単独での配信は、まだ師匠がいないと難しいと思うであります」

 

「ふむ。それについてはおいおい考えることにしよう」

 

『時々思い出したかのように師匠口調w』『ヒロちゃんに師匠は似合わないな』『師匠に支障が生ずる』『HHEM民がいるぞ処せ』『今日はカオリちゃんの顔見せだけ?』

 

 顔見せだけ?

 そんなの面白くないよ。

 

「ふふ。実はもうカオリちゃんの枠はとってるんだ。みんな登録してあげてね」

 

『師匠の優しみを感じる』『カオリちゃんもヒイロゾンビ?』『多分ヒイロゾンビ』『いきなりスーパーヒイロゾンビを生み出すか』『これは毒ピンがすっとんでくるぞ』

 

 ピンクちゃんとかへの説明は後ですればいい。嘉穂ちゃんの顔見せだけだと、爆発的人気は得られないだろうし、やらなきゃいけない理由もある。

 

 当然、続行だ。

 

 嘉穂ちゃんに目くばせをして、家の中にあったノートパソコンで入ってもらう。今回は隣に物理的にいる状況だけど、スワイプ画面を出して、ボクの隣に配置。

 

「今日はちゃんとゲーム実況するよ。みんな知ってると思うけど、ボクはゾンビスキーでもありながら、サメスキーでもあるんだ」

 

『ざわざわ』『おいまさか』『ついにくるのか』『サメゲーはおやりにならないんですかと発言したのはオレ』『サメゲーおまえだったのか』

 

「そう、サメに転生したボクが何も知らない観光客を襲いレベルアップしていく。そのうちハンターやらとも戦い、時に撃退し、時にやられちゃう。まるで映画のようなそんなサメシミュレーションゲーム。ヒロ友のひとりが教えてくれたよ。その名も"人喰い"です」

 

『英語よわよわガールじゃなかった!』『ゾンゾンしてきた』『サメサメしてきただろ』『サメとゾンビは親戚だからな』『俺らとサメは親戚だった?』『カオリちゃんがサメやんの?』

 

「ボクはサメをやります。実はこのゲームには対戦モードがあって、サメとハンターに分かれて対戦できたりするんだよね。サメは規定人数を食べたら勝ち。ハンターは罠とか張って、それを防ぎつつ、サメを撃退したら勝ちなんだ」

 

 サメ対ハンター。

 実にそそる設定じゃありませんか。

 

『カオリちゃんがハンターすんの?』『今日、配信はじめた弟子に全力でマウントをとろうとする小学生がいるらしい』『実に小学生らしくてよいと思います』『うっそだろおまえwww』

 

「獅子は自分の子どもですら崖下へ突き落すと言われています。これは試練なのです」

 

『ヒロちゃんは獅子っつーより子猫だろ』『自らをライオン扱いしていくスタイル』『正しくマウントじゃねーか』『イキイキしてるな』『初めての弟子にうれしみを隠せないらしい』

 

「あ、師匠。準備できましたであります」

 

 隣にいる嘉穂ちゃんから声がかかった。

 ヨシっ!

 

「じゃあ、始めようか」

 

 にやりとボクは笑った。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 サメの威容。あるいはサメの異様。

 青一色の海を泳ぐ姿は、その一言に尽きた。

 なんというか、サメは海の動く要塞といっていいだろう。

 

 あふれ出てくる万能感。

 まるでチートを突然得たような感覚だ。

 サメの出現に気づいたサーファーが驚き逃げ惑う姿が見える。

 

「ふっふっふ。見ろ。人がゴミのようだ」

 

『ヒロちゃんが言ったら洒落にならない件』『ゾンビ操って人間につっこませても同じセリフが適用されるからな』『ひえ。助けてヒロちゃん』『ヒロ友だけは助けてください』

 

「しないし! ゲームの中だけの話!」

 

 とは言いつつも、ボクはサメをサーファーに向けた。

 海におけるサメのスピードは、人間とは比べ物にならない。

 陸に向かって必死に逃走を図るサーファーが哀れに思えるほどだ。

 

『いやだー助けて死にたくなーい』『ヒロちゃんの人でなし』『とはいえ、対戦だとサメは早くレベルアップしないといけないからな』『ヒロちゃん人間食べたことないよね?』『おいやめろ』

 

「人間はリアルでは食べたことないよ。ただ、ゲームでは上手に食べますよっと。はーい、カプカプカプカプ」

 

『ジョーズだけに』『やっぱりHHEM民じゃないか』『カプカプかわいいなおい』『クソデカレベルアップくん』『レベルアップするのはえーな』『対戦モードだと早い』

 

「対戦モードではハンターのほうが強いからね。レベルアップしないと瞬殺されちゃう」

 

 けれど――。

 

 定点観測するものがない海では、ハンターとサメはお互いの位置がわかりにくい。

 

 いまのところは目についた"餌"を食べることに専念するのがよい。

 

 チラリと嘉穂ちゃんを見てみると、「あう」とか「うう」とか言いながら操作していた。

 

 いまだ慣れぬか。

 しかし、手は抜かぬ。

 サメだけに手は退化しちゃってるけど。

 

 陸のところまで逃げ切った観光客を、ぴっちぴっちと飛び跳ねながら陸を進み容赦なく食べる。

 陸のままだとスリップダメージを受けるので、華麗に去るぜ。

 ぼよんぼよんと跳ねながら陸地の結構奥深くまでいっちゃうサメの姿は結構シュールだ。

 

「カオリちゃん。もうそろそろボク勝っちゃうよ~~~」

 

『いいドヤ顔してるな』『一方、カオリちゃんは……ふむ』『二窓で見るのはさすがに疲れますな』『ああ、でもこれはわりとカオリちゃんもうまくね?』『配信は初心者でもゲームは初心者じゃないんだろ』『あんまりカオリちゃんのことをヒロちゃんの枠で言うのは反則っぽいけどな』

 

 まあ今回は隣に実物がいるし、別にいいんだけどね。

 

 さて、宣言どおりボクは勝利条件である規定人数の捕食の半分ほどを終え、急速にレベルアップをしていた。このまま逃げ切れば余裕の勝利だ!

 

「人、人、人、カプカプさせろ~~~っ!」

 

 リアルでは巨大な質量を持つ小型クルーザーを見つける。

 でっぷり太ったおばさんが「ヘルプミー」とお決まりのセリフで叫んでいるのが聞こえた。

 ボクは嗜虐心たっぷりに突撃する。

 

 と、爆発。

 波しぶきが柱のように撃ちあがり、ボクのサメも跳ねるように浮き上がった。

 ダメージ。赤。

 

「機雷なんて嫌い! だいたい観光客がひっかかったらどうするんだよ!」

 

『ゲームだからそのあたりは考えたら負け』『最近の小学生っておっさんくさいのかな』『ヒロちゃんは最初から寒いギャグが個性だったよ』『個性ってなんだろうな』

 

 なんだろうなじゃないよ!

 ともかくダメージを受けたなら回復しなきゃ。

 クルーザーまでは指間の距離。ダメージを受けてスピードが落ちてるけど、海の上の人間を屠ることなんてたやすい。

 

 あっさり捕食。ヘルプミーおばさんは胃の中に納まった。

 ダメージは回復し、ボクはひとごこちつく。

 

 でも――。

 隣にいながらにして、ほとんどしゃべることの無かった嘉穂ちゃんが唐突に

 

「整ったであります」

 

 と、澄んだ声をあげた。

 

 整った?

 なんだそれ。見つけたとか。師匠強すぎでありますとか、そういうんじゃなくて。

 さながら、お題に対して解法が見つかったとかそういう類の答えのような。

 足元がぐらつくような不安定感。いや不安感を覚えた。

 海だし、サメだから足ないけど。

 

「なにが整ったのかな」

 

 お行儀が悪いけど、リアルで隣にいる嘉穂ちゃんに聞いた。

 

「師匠を倒す方法であります」

 

「弟子のくせに生意気な」

 

「べつに勝ってもかまわないであります?」

 

「やれるもんならやってるみるがいい」

 

 ボクの弟子。反抗が速すぎる。

 

『ヒロちゃんの余裕のなさよ』『ヒロちゃんって師匠ポジ向いてないんじゃ』『エイム力だけでは師匠にはなれない』『幼女先輩に戦略を教えてもらえなかったのかな』

 

「幼女先輩は最近忙しそうなので遊んでもらえません」

 

 しゅん。

 

『かわいそう』『かわいそうかわいい』『幼女先輩は泣きながら応援してくれてるさ』『先日、アメリカの大統領と楽しそうにFPS配信してたぞ』『マジかよ』

 

 マジかよ!

 

 あとで幼女先輩に連絡とろう。なんでボクとしてくれないのって抗議の電凸しよう。

 

 ともかく、いまは目の前のことに集中だ。

 

 ボクに高度な戦略なんて求められても困る。プロゲーマーじゃないんだからさ。

 

 ただ、今日配信を始めたばかりで不安いっぱいであるはずの嘉穂ちゃんに負けるなんて、師匠としてのプライドが許さないよ。

 

 ボクの戦略はただひとつ。

 人を見つけて食べる。見敵必食。これだけだ。

 

 あと残り数人食べたらボクの勝ちなんだから、もう勝利は目の前だ。

 

「師匠。もう逃げられないでありますよ」

 

 ゾワっとした。

 海の遥か向こう側から嘉穂ちゃんが操るハンターの船が見える。

 その船は鋼鉄製のごついやつで、頭には銃座がついていた。

 

 火線が伸びる。

 

「サメ防御!」

 

 サメの肌はレベルアップすると銃弾さえはじく。

 そんなか細い攻撃じゃ百万年経っても倒せないぞ。

 

 とはいえ……、ちょっぴりダメージを受けて痛い痛い。ちくちく痛い。

 なのでここは転進する。いわゆる戦略的撤退というやつだ。

 

 嘉穂ちゃんは。

 その横顔は不敵に笑っていた。

 ハンターの船が追ってくる。

 槍のように突き出された船頭で突撃されたら大ダメージは必至。

 

 逃げる。

 火線をよけながら捕食対象を探す。

 ハンターを倒すよりそっちのほうが手っ取り早い。

 いた!

 

 距離にして三百メートル。

 サメならすぐに到着する距離にヨットに乗った人間が慌てふためいてる。

 

「もらったぁぁぁぁぁぁ! ぁぁぁぁぁあああああああああ~~~~」

 

 最後のは、やっちまったという絶叫だ。

 

 ドバぁぁぁぁん!

 

 という爆裂音とともに、ボクはまた機雷につかまった。

 

 空中遊泳をしてしまうボク。

 

 シャークネードのように空を泳げるわけもなく、打ちあげられてるときには操作が一切効かない。

 つまりスタン状態になる。

 

 まさか嘉穂ちゃんはこれを狙って――。

 

「ちょ、ちょっと待って。待って!」

 

「一度言ってみたかったでありますが……、パンツァーフォーであります!」

 

「ああ~~~~~~~~~っ!!!」

 

 槍のように尖った船頭にぶっさされ、ボクはあえなくお陀仏となったのでした。

 

 敗北。

 

 敗北の二文字。

 

 弟子に負けちゃった。

 

『悲報。弟子に敗れる師匠』『師匠襲名から引退まで秒でおこなうヒロちゃん』『ヒロちゃんは一試合目は遊ぶからな』『最初から最初まで遊んでるわけですが』『涙目なヒロちゃんがかわいそうかわいい』

 

「ほんとに勝つやつがあるか!」

 

「で、でも勝ってもいいって言ったであります」

 

「そうだけど。そうだけどぉ~~~~~」

 

 ボクにもプライドというやつがあるんだよ。

 

 でも、ボクのこころの傷はどうであれ、嘉穂ちゃんはあっけなく百万人ほどの登録者数をその日のうちに獲得することになったのでした。

 

――下剋上ヒロチューバーとして。

 

 当初の目的は達成できたわけだけど、なんか納得できない。

 

 もうボクはゲームでも勝てなくなったかもしれない。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 その日の夜。

 

 ボクは雄大と電話していた。雄大と門司港で会う約束は五日後。忘れていたわけじゃない。

 

『カオリちゃんって誰?』

 

「ぼくの弟子だけど」

 

『弟子とかいたか? おまえ』

 

「今日できたんだよ」

 

「また変なことに巻き込まれてないか?」

 

「巻き込まれてないと思う……」

 

『というか、自分から頭つっこんでってないよな。今日のサメ配信みたいに』

 

「つっこんでないよ……たぶん」

 

『ほんとかよ』

 

「ほんとだよ」

 

 雄大のため息がかすかに聞こえてくる。

 

『おまえってチートを得てから、際限なく手を広げようとしてないか』

 

「そんなつもりはないけど」

 

『人類だって勝手にやってるんだから、お前もそんなに無理して助けたりする必要はないぞ』

 

「無理してるつもりはないよ」

 

『おまえはいつも無理してないって言いながら限界まで無理するタイプだからな』

 

「そうかな」

 

『そうだろ。それで、一気に気が抜けた炭酸みたいになって引きこもりになる』

 

「否定はできないかも」

 

『まあ今のおまえの力を考えたら、よっぽどのことがない限り大丈夫だとは思うんだがな』

 

「そりゃあね」

 

 ヒイロちからは累積されていく。

 ボクは際限なくレベルアップしているし、たぶんもう核ミサイルが直撃しても死なない。

 

『でも、お前の周りはそうじゃないからな』

 

「そうだね」

 

『おまえのお弟子ちゃんのことも守ろうとしてんのか?』

 

「うん。今日のゲームじゃないけど、ちょっと"人喰い"されてたっぽいからね」

 

『だからヒイロゾンビとして"人気"を手っ取り早く集めたかったわけか』

 

「そうだよ」

 

『なるほどな……』

 

 しばらく考える間。

 無言の時間だけど、親友である雄大との距離感は十分理解している。

 焦ったりすることはない。

 

 けれど。

 

 次の言葉を聞いたとき、ボクはドキリとすることになった。

 

『福岡には"人喰い"の噂があるみたいだぞ』




最近、長く続けてきた弊害でモチベーションが落ち気味なので、自分的な締め切りを設けたいと思います。宣言することで執筆スピードを速めるってやつです。

とりあえず、水・金・日の更新で行きたいな。
だいたい、週に2万文字くらい書く感じです。

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