「え?」
ジュデッカの首魁を名乗る少女から電話がかかってきたとき。
ボクにできたのは間抜けな返答だけだった。
いや誰だってそうなるって。普通、敵対関係にある人から電話はかかってこない。
暗躍というのがお似合いの謎の組織。
テロというド派手なことをしているけれど、どっちかというとそれは誰かをそそのかして、自分の意のままに操ってるって感じで、ジュデッカそのものは何もしない。
こそこそしているイメージがあった。
表だった行動はするはずがないという思いこみがあった。
それに――、なんて答えればいいのか。
答えに詰まる。
やあやあこんにちわ。先日のテロはどうもとでも答えればいいのか。
そんなわけねーだろ。人が死んでるんですよ!?
混乱の極みだったんだ。
ジュディと名乗る少女は、一方的な宣言のような挨拶のあとは無言のままボクの返答を待っている。電話口からは不気味な沈黙しかない。
「えっと……こんばんわ?」
と、ボクは超無難な答えを返してみた。
『こんばんわ。今夜は月が綺麗ですね』
「そーですね」
見上げると、まんまるのお月さまが見える。
まさかどこかから監視されているのか?
文学的表現で言えば、夏目漱石がアイラブユーの代補的な位置づけとして「月が綺麗ですね」という言葉を使ったらしいけど。まさか敵の首魁にそういう意図があるとは考えにくい。
『監視なんてしてイマセンヨ』
先回しして答えられた。
声の調子はやわらかい少女のものだったが、どことなく平均的で、なんとなく違和感を覚える。
たとえとして正しいかはわからないけど、全人類の少女の声を集めて平均化したような、そんな完璧に調律された声だった。
『緋色様のお名前が夜の月。あなた様がお美しいからそう言ったのです』
「お褒めの言葉どうも。ジュディちゃんだっけ? 女の子の声に聞こえるけど何歳?」
『13歳です』
若いというより幼いレベル。
謎の組織の首魁が13歳の少女って――。ファンタジーすぎない?
「いたずら電話ではないよね」
いちおうそういう可能性もなくはない。
例えば、ボクが電話番号を教えた人からなんらかの手段を用いて電話番号を知り、ただ興味本位で連絡してきただけの少女という線も考えられる。
ジュデッカのことは散々、配信や掲示板で話題になっていることではあるし。実態こそ不明だが名前自体は有名だ。
『そうですね。少しばかりいたずらの要素はありはしますが――、わたしはただ純粋にあなた様とお話したいと思ったのです』
「ああそう。できれば、テロ行為は金輪際やめてほしいんだけど」
『善処いたしますわ』
どこかの政治家が言ってそうなセリフだよ。
しかし、ここで電話を切るという行為もとりにくい。
たぶん、ジュディは命ちゃんやピンクちゃんみたいな天才なのだろう。
どういうタイプの天才かはわからないけど、凡人のボクじゃ太刀打ちできないというのが肌感覚でわかる。ただそれでも、なにかしら情報を得ておきたいと思った。
もしかしたら、その後の対処でプラスになるかもしれないし。
その程度の考えしか抱けないのが、凡人の哀しいところだけど。
「教えてほしい」とボクは考えをめぐらせながら言った。
『お答えできることはお答えしましょう』
「どうしてテロを起こしたの?」
『どうしてだと思います?』
こいつ、質問を質問で返すなって教わらなかったのか。
しかし、慌てることはない。
会話のキャッチボールができないパターンは幼稚園の頃の命ちゃんで学習済みだ。
「ボクのことが嫌いだったとか?」
『逆です』
「逆って?」
『わたしはあなたさまのことを好いているということですわ』
え、ええ?
好きってなんだよ。
普通、好きな子を襲ったりしないだろ。
もしかして、かわいさ余って憎さ百倍とかいうやつ?
あるいは、マナさんみたいな幼女スキーが、かわいいものをついつい襲いたくなっちゃうとか言ってた。確か、キュートアグレッションとかいう。
もしかして、ボク、キュートアグレッションされちゃってるの?
人死んでるんですが、それは……。
『もちろん、あの久我とかいう元自衛隊の男が緋色様を憎んでいたというのは事実でしょう』
「君自身は違うって? 部下が暴走したとかそんな感じ?」
『いいえ。あのテロも、自衛隊を割ったことも、まちがいなくわたしの意思でした』
「ますますわからないな。君はなにがしたいの?」
それには答えず――、しばらく沈黙が流れる。
普通に会話しているのに、どことなくズレているように感じるのは何故だろう。
それはボクが何をいうかあらかじめ予想しているかのような、会話の反応の速さによるもの。
天才だったら、そういうことはままあること。
それはわかるし、知ってる。でも、それだけじゃない。
会話のリズムが、微妙にズレている。
時々、ボクのような一般人が考えながら話すときのように、瞬間的に話すのが遅くなったりする。
そして――、続き。
『経済とは、愛だと思いませんか』
脈絡もなく。
因果関係もなく。
接続詞も関係ない。
「どういうことかな」
『経済とは交換価値を最大化させる営みです。そして人間にとって最大の価値とは己自身であるといえるでしょう。雇用関係を考えてください。雇われるほうは雇うほうに対して、自身の価値を高く見積もらせたい。つまり、自分を買ってもらいたいわけです』
「うん。まあそうかもしれないね」
『逆に他者に価値を感じ、何かと交換しようとする。それもまた愛でしょう』
「投げ銭とかスパチャのことを言っているのかな」
『そのとおりです。つけくわえさせていただければ、配信をただ見るという行為も消費という立派な経済活動ですけれども……。愛がなければそもそも見ないでしょう?』
「ふむ……」
『いずれにしても経済とは価値を交換することで成り立っています。物々交換のころから経済という概念は根本的には変わっていないのですよ』
配信が一方的供与ではないというのは確かだ。
ボクはみんなに『時間』を使ってもらってるし、ピンクちゃんもそんなことを言っていた。
「経済が愛だとして、それが?」
ジュディの言い分は正直、ボクには迂遠すぎてわからない。
ただ、テロ行為の動機をおそらくは語っているのだろう。
『わたしには愛が見えないのです』とジュディは平坦な声で言う。
「君にとっては、経済が愛とイコールなんだよね。つまり経済が見えないってこと?」
経済が見えないってなんだって話だけど。
『ヒトとヒトが価値を交換するという営みを実感として感じ取れないのです。つまり、わたしはゾンビのようなもの。あるいはわたしにとってヒトはゾンビのようなものなのです』
「独我論の話?」
おさらいだけど、独我論とは自分以外の存在に疑義を呈する思想です。
つまり、ジュディにとって、他者はいない。だから、愛が見えないって話かな。
『そのとおりです』
「独我論は思考によっては解決できない問題だと思うよ。単純に、ふれあいっていうのかな。人と接触する回数を増やしてみたり、会話することによって信じる度合いを深めるくらいしか解法はないんじゃないかな」
なんで、敵の首魁にカウンセリングみたいなことしてるんだろう……。
『緋色様はお優しいのですね』
「優しければいいってもんでもないけどね」
優しいって愚鈍って言いかえることもできるし。
マイルドに言えば、ポンコツってことじゃん。
『わたしは嫉妬したのです』
「何か嫉妬する要素あった?」
『緋色様が皆に好かれ、皆と価値を交換しあう。わたしにできないことを大々的になされていらっしゃるので、卑小なわたしは無様にも嫉妬したのですわ』
ジュディの言葉は、シンプルにまとめるとそういうことらしかった。
それが動機。
やっぱ、天才の考えてることはよくわからん!
夜空の下、ボクはため息をついた。
☆=
次の日の朝10時。
関係各位の皆様に、敵の首魁からなんかよくわからない電話があったことを伝え、いろいろ聞かれたりしたけど、ボクは元気です。
なにげに一番ショックを受けていたのは命ちゃんだったりする。
「わたしのセキュリティを突破するなんて……」
ということらしい。
確かにボクのネット関係は電話も含めて、命ちゃんにお願いしているからね。
どうしてかはわからないけど、ボクの電話番号を知っていたというのが脅威なのは確かだし、自分が構築したセキュリティが破られたのがショックだったのだろう。
ボク自身としては、案外、正体不明だった組織が、ジュディと話したことによって急に等身大になったというか、言い方が悪いけど、少女のお悩み相談になったので、内心での脅威度は薄れてしまった。
――独我論を語ったりする13歳。
完全に中二病なんだもん。あるいは上品な言い方をすれば哲学系少女か。
いずれにしても、少女臭が半端ない。
もちろん、クッソ極悪なテロリスト集団なのは変わらないけどね。
彼女自身には殺意どころか人への関心すら薄そうだったけど、実際に彼女は教唆し――、あるいは共謀し――、人を害そうとしたのは事実だ。
実際に人が死んでる。結果だけを見れば、テロリスト側の少女がひとり死んだだけともいえるけれども、場合によってはもっと多くの人が死んでいたかもしれない。
少女らしい世俗から切り離された清廉さが、ある種の酷薄さにつながったという感じだろうか。
油断しちゃいけない……。とは思うものの、昨日の彼女はいささかも感情のブレが見受けられない声だったとはいえ、言ってる内容は切実だったようにも思うんだよな。
嫉妬が動機とは言ってたけれども――みんなと仲良くなりたいなら自分も配信すればいいじゃんって思うんだけど、頭ん中ハッピーセットになってますかね。
うーん。考えすぎてもどうなるものでもないので、この件はいったん保留にしよう。
嘉穂ちゃんはそのあたりの事情はわからないので、特に伝えていない。
人喰いの噂についても同じく。
あの匿名掲示板の噂については本当に噂の域を出なかったからね。なんとなくそういうやつがいそうかもってくらいで、都市伝説と同じレベルだ。伝えて不必要に怯えさせることもない。
弟子を守る師匠ごころです。
そのかいあって、嘉穂ちゃんは今日も明るく元気な顔を見せてくれた。
「で、今日は県庁のほうに行くでありますか? 師匠」
「そうだね」
ジュデッカの奇妙な動きもあるにはあるけど、だからといって逃げかえるわけにもいかない。
ボクには弟子の希望を叶える立場にある。
「いちおう江戸原首相のほうから中眞っていう県知事さんに連絡をいれてもらうようにしたよ」
「さすが師匠。首相とお話ができるなんてすごいでありますな」
素直な驚きと称賛が述べられる。
「まあそれほどでも」
ふ……笑うな。ドヤってしまったら師匠としての威厳が崩れる。
「師匠のドヤ我慢顔、かわいいであります」
「む……」
バレてるだと。
それからボクたちはいつものように空を飛んで行くことにした。
人気度が急激に上がった嘉穂ちゃんも飛べるはずだけど、昨日の今日でいきなり飛ぶのはやはり怖いらしい。あたふたしている。
「嘉穂ちゃん。鳥のように羽ばたく必要はないんだよ」
「しかし、いままでの感覚とは勝手が違うので難しいであります」
嘉穂ちゃんはパタパタと腕を上下に必死に動かしている。
まあいままでの感覚とは異なる操作が必要だからね。
慣れるまではしかたない。
ボクが浮かせてあげてもいいけど、こういうのは自分でなんとかしたほうがいいんだ。
自転車の練習で、後ろを持ってもらうより、自分で漕ぎつづけたほうが上達が早いのといっしょ。
「先輩の教え方って、感覚派ですもんね」
「いやいやそんなことないよ」
「まあ飛び方を教えるなんて、人間に歩き方を教えるようなものですからね。言葉では説明しにくいところなんでしょうが……」
「そうだね。ボクも勉強とかだったら教える自信あるよ」
命ちゃんには勉強を教えたことはないけどね。必要なかったし!
☆=
博多駅の周辺まで来たよ。
巨大な時計が駅の真正面に張りついていて、静かに時を刻んでいる。
ここはもう人間の領域なはずだけど、人の姿はまばらにしか見えない。
本当は福岡の中心地だったらもっと人多くていいはずなんだけどな。
「そもそも経済自体がほぼ停止状態ですからね。このあたりは事務街のようですし、そういったお仕事は全滅に近いのでは?」
「そうでありますな。もともと博多駅はどこかに行くときの出発点みたいなもので、ビジネスと食べ物を食べるお店が多いであります。文化的なところで言えば、天神のほうが強いでありますな」
で、ありますか。
「じゃあ住民のみなさんは何してんの?」
「端的に言えば、畑仕事などが多いのではないでしょうか」
「いまさら一次産業?」
「お金が機能しているらしいので、完全に一次産業だけではないでしょうけどね。経済がある程度複雑でないと、三次産業は成り立ちませんし」
「経済は愛とか言ってる人もいたけど」
「先輩を経済的に養ったら、愛してるってことになるんでしょうか」
なんてことを言うんだ命ちゃん。
「それはいわゆるヒモというやつでありますな」
なんてことを言うんだ嘉穂ちゃん。
ボクはまだ経済的にはだれにも養われてないはずです。
「まあ養うのとは違うかもしれませんけど、今日、朝起きたあと、爆発していた髪の毛を丁寧に梳いてあげたりしたのは、まちがいなく愛です」
「その節は助かりました」
「スーパーサイヤ人3みたいな髪の毛になっていたでありますからな」
苦笑じみた笑いを浮かべる嘉穂ちゃん。
あれはしかたないんだよ。
髪の分量が多くて、コシがあるせいかどうしてもそうなっちゃうの。
最初、経済の話がなんで髪の毛の話になってるんだろう。
女子高生のコミュ力の高さは恐ろしい。
それから、ゆったりとしたペースでとりとめもなく会話しながら北に向かう。
何人かがボクたちの姿に気づいて、手を振ったりしてくれた。
ボクも笑顔で振り返す。いちおう配信者ですからね。
ファンサービスって大事。
県庁は博多駅から何駅か北上したところにあって、吉塚という駅から少し歩いたところにある。
そして、到着。
はっきり言って、ボクの町との経済格差を見せつけられる感じ。
建物はご立派ぁ!の一言。
町役場とは比べるのもおこがましいほど巨大な建築物。
ただただ大きいってだけで、それは力を見せつける。例えば古代のピラミッドだって、大きくなければ力を示せないだろうし。
縦にも横にも大きいことはいいことだ。
窓の一枚一枚が磨き上げられてて綺麗だし。壁面にキズもない。
「うーん。お金持ってるね」
使いどころさんなのだろうか。
そんな県庁の入り口のところで、めちゃくちゃ目立つ恰好をした女の人が待っていた。
厳格な空間に合うといえば合う。
合わないといえば合わない。
ちょうど、ロココ調というべきなのか、黒をベースに白いふりふりが使われたいわゆるメイド服だった。メイド喫茶のようなミニスカートではなく、ロングスカートなのもポイント高い。
古式ゆかしいメイド服だった。
なんで? メイドさん。なんで?
着ている女性はたぶん若い。
20歳になるかならないかくらい。
肩口までかかるくらいの黒髪かな。上から見下ろすかたちなのでなんともいえないな。
少しきつそうな顔をしているけど、かっこいい系ともいえる。
スーツ姿で眼鏡でもかけていれば、完璧キャリアウーマンだ。ただ古式ゆかしいタイプとはいえ、ファンシーさが香るメイド服なだけに、かわいらしい印象も感じた。
手を前のところで組み、静かにたたずんでいる姿はどこかの令嬢のようでもある。
――濃ゆいなぁ。
いやまあ、着る服とかがなくてとかじゃないだろうし、もしかしたら趣味なのかもしれないし、べつにいいんだけどね。
空にいるボクらに気づき、彼女が腰を折りたたむように一礼する。
ボクらも上から見下ろすばかりでは失礼にあたると考え、急いで地面に降りた。
と、ほぼ同時に彼女の眼が大きく見開かれ
「嘉穂!」
嘉穂ちゃんも驚きの声をあげる。
「お姉ちゃん! 生きていたでありますか!」
あっという間にお姉さんが見つかったらしい。
今日という日は(ry)