あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル148

 荘厳なる佇まいと言っていい県庁の建物は、現代のお城といってもいいかもしれない。

 もちろん、そんなことを考えるのは田舎者だけ。

 つまり、ボクも田舎者!?

 

 なんとなくそんなことを思ったのも――、メイド服を見かけたからだ。

 

 メイド喫茶のようなミニスカではなく、ちゃんとした時代ものの。

 わずかに末広がりしていく腕のあたりに、黒一色のベース。そして白いフリル。

 

 わが愛弟子、嘉穂ちゃんのお姉さんは、メイドさんだった。

 ここはコスプレ会場とかではなく、異世界でもないから、違和感半端ない。

 そんな姿で県庁の目の前――ガラス張りの扉の前で、すっと静かにたたずんでいた。

 

 いや、まあそれはそれとして、嘉穂ちゃんのお姉さんが見つかったのは喜ばしいことだ。

 これってもしかしなくても、ボクの連絡ミスだよね。

 

 喜びあい、抱き合う姉妹の姿は美しく――そういう感動の裏側では、ボクが首相に『バーチャルユーチューバーのカオリちゃん』としてしか、話を通してなかったことに気づいた。春日居嘉穂ちゃんという本名を伝え損ねていたんだ。

 

 確か、ピンクちゃんには本名を告げていたんで、なんとなく首相にも告げている気分になっていたというか。はい、凡ミスです。

 

 もし、伝えてたら――、お姉さんも嘉穂ちゃんもここまでサプライズな展開にはならなかっただろうから。

 

 ただ、これは考えようで、首相に本名を伝えなかったことは、ひいては県知事さんに名前が伝わらなかったことで、お姉さんも知らずに待っていたのだろうから、悪くないかもしれない。嘉穂ちゃんは生首状態で発見されたわけだけど、いっしょに暮していたらしいお姉さんもアヤシイといえばアヤシイ。犯人はお姉さんかもしれないんだ。

 

 ただ――それはうがった考え方だろうか。

 

「おねえちゃぁん」

 

 ぐりぐりと、若干控え目な胸に頭を圧しつける嘉穂ちゃん。

 そして、うるっと瞳が光っているお姉さん。

 そっと抱きしめる手元は、喜びのせいか、わずかに震えている。

 

 うーん。さすがにこの反応は、食べてませんよね?

 

 心理的動揺があるなら、おそらく普通は戸惑いのほうが大きいはずだ。損傷の激しいゾンビがどこまで記憶を保持しているかは曖昧で、けっこう個体差が激しい。

 

 つまり、犯人視点で嘉穂ちゃんが記憶を保持しているかは不明であり、当然、犯人としては記憶を保持しつづけている方向で考えるだろう。犯人であれば弾劾される恐怖こそが先んじる。

 

 復讐しにきたのか、とか考えてもおかしくない。

 

 そういう反応ではないということであれば、お姉さんは"白"ということで問題ないだろう。

 

「ところで、お姉ちゃん。眼鏡はどうしたでありますか?」

 

 なに眼鏡だと。

 確かにお姉さんの目元はちょっとキツめだから、眼鏡とかをかけたほうが似合うだろう。

 眼鏡っこの美人なお姉さんとかうらやましすぎるぞ。弟子よ。

 

「ああ、眼鏡ね」

 

 メイド服には謎のポケットがたくさんある。

 どこからともなく、銀縁の眼鏡を装着するお姉さん。

 やはり、目元が柔らかくなって似合ってるな。

 

「実をいうと、いまは伊達眼鏡なの。私もヒイロゾンビだから」

 

 なるほど、ヒイロゾンビになると、身体的な状況はわりと"人気"がなくても作り直せるからな。視力を回復させるくらいたやすい。意思の力でとどめおくことも可能だろうけど、このあたりは自由だ。

 

「嘉穂ちゃん、よかったね。お姉さんが見つかって」

 

「はいであります!」

 

 満面の笑みを浮かべる嘉穂ちゃんに対して、お姉さんのほうは薄く上品に笑んだ。

 

 仲良し姉妹だったのかな。

 性格はだいぶん異なるみたいだけど。

 

「名乗り遅れました。わたしの名前は、春日居野愛(かすがい・のあ)と申します。以後お見知りおきをくださいませ。妹のお師匠様」

 

 さすがにカーテシーではなかった。

 手を前に組んだまま、丁寧に礼をしただけだ。ただそれだけなのにものすごくサマになっている。

 本場のメイドさんを知らないボクだけど、本当にメイド業をしていたんじゃないかって思えるくらい。挨拶ひとつとってもプロっぽい感じだ。

 

「夜月緋色です。嘉穂ちゃんのお師匠になったのは、なんかノリでして……へへっ」

 

 ボクは小学生ムーブで、いつもと同じです。

 あまりに丁寧すぎても、びっくりするだろうから、これでよいと思います。

 

 それにしても――どうしようかな。

 江戸原首相にお願いして、中眞さんというまだ見ぬ県知事につないでもらったのは、嘉穂ちゃんのお姉さんを見つけるためだった。

 

 その目的が達成した以上、ほとんど会う意味はなくなったともいえるけど、昨日の夜遅くにあえて連絡をとってもらったことを考えると、いまさら会わないのも悪いな。

 

 野愛さんをここに出迎えさせてくれたのは、中眞知事の指示だろうし。

 

 それに――、犯人捜しという意味では、まだ調査は終わってない。

 

 このあたり一帯の情報に詳しいだろう知事に会うのも悪くはない選択だ。

 

「ただ、それも知事が犯人でなければの話です」

 

 ぼそっと呟くように告げたのは命ちゃんだ。

 どんな可能性だよって話だけど、まあなくはない。

 それにお姉さんとちがって、もしもしがらみとか関係ないパターンだったら、さっきみたいに相手の反応パターンでは見分けがつかないかもしれない。

 

 どういうことかというと、人間を『お食事』としてとらえているということは、人間として見てないってことかもしれなくて、そんなサイコパスな人間がわざわざひとりひとりの人間の顔を覚えているのかなってこと。

 

 つまり、あの生首状態で打ち捨てられていた状況は――単純に"飽きた"とか、そんなくだらない可能性だってあるんだ。

 

 だとしたら、嘉穂ちゃんが顔をだしたところで、まったく驚きもなく、感慨もなく、無感動に相対することだって考えられる。パンを食べる人間が、たまたま視界にパンを見かけたからって、驚きもしないのと同じだ。

 

「それでは、こちらへ」

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 中に案内しはじめる野愛さんに、ボクは待ったをかけた。

 けげんそうな表情になる野愛さん。

 

「なにか問題がございましたでしょうか」

 

「確認なんですけど、嘉穂ちゃんと野愛さんっていっしょに住んでいたんですよね」

 

「そのとおりでございますが」

 

 まさかいっしょのベッドで寝てましたかとまでは聞かないし、言えないけど、ゾンビハザードが起こったとき、日本では深夜近くだったことは間違いない。

 

 しかも、夏休み。8月1日前後のことだったはず。

 

 嘉穂ちゃんがグレてどこかに家出でもしていなければ、普通はいっしょにいたはずだ。

 

 それに女子高生の一人旅というのも、若干考えにくい。まあこれについては嘉穂ちゃんの行動力次第ではあるけれども。

 

「ゾンビハザードが起こったとき、ふたりはどうしてはぐれたのかな」

 

「そうですね。わたしと嘉穂は8月15日ころまではいっしょにいました。最後の日に立てこもったコミュニティが崩壊して離れ離れになったんですが……。嘉穂はいままでどうしていたの?」

 

 最後の言葉は、嘉穂ちゃんに投げかけるものだった。

 嘉穂ちゃんは「お姉ちゃん」とだけ言って、口をつぐんだ。

 野愛さんが犯人であるからというよりは、ボクがどう話をもっていくかわからなくて待機したんだと思う。たいした弟子だよ。

 

「嘉穂ちゃんは生首状態で見つかったんです」

 

 と、ボクは端的に事実を告げる。

 

「生首……とは?」

 

「そっくりそのまま字義どおり、首から上の状態で見つかったってことです」

 

「嘉穂はゾンビになっていたということですか」

 

「そうです。しかも、誰かに殺された可能性が高いかな」

 

「だから、わたしが殺した可能性もあるという話ですか」

 

 わずかに不快そうに顔をゆがめる野愛さん。

 誰だって妹を殺した可能性を問われれば、ひどい侮辱に違いない。

 

「野愛さんが殺したと思っているんだったら、そういう話はしないよ」

 

「それもそうですね。しかし、誰が殺したかはわかっていないと」

 

「そういうことです」

 

「中眞様のもとへ行こうとしたのを止めたのは、犯人だと疑ってらっしゃるからですか?」

 

 そこが不快の源泉らしい。

 野愛さんにとっては、中眞さんはたぶんご主人様ポジションにいる人。

 おそらくは慕っているのだろう。

 いや、これって下手すると自分のこと以上に、敬愛しまくってるパターンじゃないか。

 じっと見られると、にらまれてるようでツライ。

 

「中眞さんとは会ったこともないし犯人かそうでないかはわかりません。ただ、嘉穂ちゃんの記憶はゾンビハザード以降のやつがほとんど残ってないみたいです。だから、誰が犯人かわからないモヤモヤを抱えたままになる可能性もあるかなーって。ゾンビハザード以降の嘉穂ちゃんの動きがわかれば、犯人のめぼしもつけることができるかなって思ったんです」

 

「なるほど……もう少しわたしと嘉穂が離れ離れになる直前の話をしたほうがよいようですね。こちらへどうぞ」

 

 門の前は人の姿はほとんどなかったけれど、それでもやっぱり何人か行き交う姿がある。

 ボクを見かけると、芸能人を見るみたいに、おそるおそる覗き見る人たちがいたけれど、さすがに込み入った話を聞かせるわけにはいかないだろう。

 

 野愛さんが案内してくれたのは、事務カウンターの奥にある小さな会議室のようなところだった。

 ホワイトボード。隅においてある二重らせんを描いている観葉植物。長机。そしてパイプ椅子。

 広さは8畳くらいかな。

 

「座らさせていただきます」

 

「はい」

 

「お茶もお出しできず申しわけございません」

 

「タイミング的に難しかったと思うし大丈夫です」

 

 ボクがかき乱してるしな。

 

「それで早速ですが――当時の状況を話してみたいと思います」

 

 

 

 ★=

 

 

 

 ゾンビハザードの起こる前。

 

 当時、ふたりは絵にかいたような貧乏暮らしをしていた。その日の食べ物にも困るというほどではなかったが、明らかに一人用といったアパートにふたりで暮らしていたのである。

 

 壁は薄く、隣家の生活音が聞こえてくる。

 いつのまにやら虫が這い寄ってくるような、ボロボロのアパートである。

 

 そうなるのもやむをえない。

 

 春日居野愛は、まだ若い。今年23になったばかり。

 非正規雇用の賃金などたかが知れていた。

 

 ツライと思ったことは正直あるものの、野愛にとって嘉穂は唯一の家族だ。

 両親が早世してからは、野愛が母と父の代わりをしてきた。

 なんとか、嘉穂だけには苦労をさせまいと必死だったのである。

 

――その日。

 

 世界が変わったその日も、隣家の呻き声から始まった。

 いつも酒くさい声で、たまに深夜にカラオケ大会をひとりで開くあの独身男性。

 

 顔をあわせると、時々じっとりとした視線で野愛や嘉穂をみてくるあの未婚のおっさんの声である。こちらが見返すと、そそくさと部屋の中に入っていくような気弱なところもあるが、正直なところ、こちらはうら若い女性ふたりである。

 

 男というだけで怖い。だから、表だって抗議したことは一度としてない。

 管理会社に連絡してみてもなしのつぶて。

 つまり、引っ越すしかないのだが、金がない。完全に隣人ガチャに失敗したのだった。

 

 最初、気づいたのは野愛だった。

 呂律のまわっていない歌声よりもひどい。

 なにか獣のような、思考力のない間延びした声が隣家から聞こえてくる。

 

「またですか」

 

 もしかすると、病気か何かで苦しんでいるのかもしれないと一瞬だけ思ったものの、通報しようという気は起きなかった。

 

 死ねばよい。

 そうすれば、隣家にもう少しマシな人が入ってくるかもしれない。

 酷薄な思考であるが、野愛にとって他人は他人。

 隣人であろうと潜在的なリスクにあたる人間は、死んでしまったほうがいい。

 

――ガンっ。

 

 ビクリと身体が反応した。

 うなり声が近くなった。薄い木製のドアをガンガンと叩く音がする。

 隣に寝ている嘉穂は起きる様子がない。

 野愛は身をふるわせながら、ドアのほうにむかった。

 

 いつものようにチェーンがかかっていることを確認すると、そっと覗き穴から見てみた。

 すると、そこには茫洋とした目でこちらを見てくる男の姿があった。

 意思を感じない瞳。

 血の通っていない死蝋を感じさせる肌合い。

 そして、自分の腕の痛みなどおかまいなしに、ドアを叩きつけてくる動作。

 

――お酒に酔ってるってわけじゃなさそう。

 

 野愛は音をたてないようにあとずさりし、隣ですやすやと寝ていた嘉穂を揺り起こした。

 

「んんー。どうしたでありますか」

 

「嘉穂起きなさい。何か大変なことが起こってるみたいなの」

 

「戦争でも起こったでありますか」

 

「いいえ。あれはむしろ……」

 

「さっきからすごい音がしてるであります。なにがいるんでありますか」

 

「わからない――。けど、あれは人間じゃない」

 

 ドアからはあいかわらず猛烈な音がしてきている。

 木のきしむような音がしてきているから、そのうち破壊されるかもしれない。

 とりあえず、ふたりはパジャマ姿から着替えた。

 

――ガンっ! ガンっ! ベキ。

 

 すさまじい音が玄関のほうからしてきている。

 さすがにボロアパートとはいえ、素手で破壊できるようなものではない。

 

 野愛は焦りながらもリュックの中に飲食類と着替えを無造作につっこんだ。

 

「なんかゾンビパニックが起こってるようであります!」

 

 嘉穂はスマホで現状を検索していた。

 匿名掲示板には『ゾンビ』の文字が大半を占めている。

 

「弱点とかないの?」

 

 馬鹿なことを聞いてると思いながらも、野愛は聞いた。

 

「えっと、えと、わからないであります!」

 

「そう。逃げるわよ」

 

 幸いなことに、ここは一階だ。

 窓側には誰もいる気配がないから、そちら側から逃げられるだろう。

 玄関口にさっと向かい、走りやすい靴を履く。

 嘉穂の靴を適当に選び、靴を履いたまま部屋に戻ろうとしたときだった。

 

 後ろ手をガシっとつかまれる感触がした。

 薄白い手が、破砕した玄関ドアから伸び、野愛の手をつかんでいた。

 

「……っ!」

 

 声にならない絶叫をあげ、野愛は必死にふりほどく、幸いなことにゾンビに知能はなく、空いた穴から鍵を開けるなんて器用なことはできない。

 

 まだ完全に穴が広がっていない状況なのが幸いして、なんとか野愛はゾンビの魔の手から逃れることができた。

 

「嘉穂。靴を履きなさい!」

 

 怒号を飛ばすような言い方になってしまう。

 

「わかったであります。これからどうするでありますか」

 

「避難所はどこかわかる?」

 

「ここから一番近いのは博多駅みたいであります」

 

 実をいうと、この貧乏地区は駅から徒歩で10分程度の場所にある。

 

 周りには小学校もなく、住んでいるのは高齢者と貧困層だけだが、博多の中心的場所からさほど離れていないところに、現代のスラムともいえる場所があるのは、単純に昔からそうだったからとしか言いようがない。

 

 よく言えば、下町の風情がある場所。

 ぐねぐねと降り曲がった細い道が多い。

 ふたりは窓を開けて、アパートの塀を乗り越えて外に出た。

 

 深夜だというのに、人が何人も走っている。

 一瞬、ゾンビではないかと身構えたが違う。

 人だ。人がパニックを起こして逃げ惑っている。

 

「大丈夫であります。どうやらゾンビはオールドタイプ。走らないタイプであります。つかまれたらヤバいと思うでありますが、よく見極めて走れば追い付かれないでありますよ」

 

「そうね」

 

 野愛はさきほどつかまれた腕が、いまさらになってジンジンと痛み出すのを感じた。引っかかれたりしたわけではない。ギュっとつかまれただけなのに、骨を砕かれるかというほどに力が強かった。つかまれれば、噛まれるだろう。

 

「噛まれたら、やっぱりゾンビになるの?」

 

「そうみたいであります」

 

 嘉穂は、なぜかわからないがエヘラと笑った。

 人はどうしようもないときに、もはや笑うしかなくなるらしい。

 嘉穂は両親が死んだときも、やはり笑っていた。




今後の展開で細かい接続ができなかったので、ついに三人称に手を出す始末。
うーむ……。締め切りを守れなくてごめんなさい。
今週は遠出しなくてはならんくて、厳しいかもしれません。
できるだけ週二更新くらいは維持したいと思います。
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