中眞知事はゾンヴィーガンだった。
ヒイロゾンビを人間の一種だと捉えれば、それもまた食人だよね。
字面にするとたいしたことない感じだけど、実際には食べられている側の人間がいる。
つまり、この場合の食べられる側は野愛さん。
野愛さんは傍らに控えるように立っている。
ボクの意識では野愛さんはちょっとだけお姉さんって感じだけど、中眞知事の年齢からすれば娘といってもいいぐらい年齢が離れている。
いかがわしい関係ではないと思うんだけど、いままでにない新しい関係だ。
だってヒイロゾンビという存在がいなければ、そもそも成り立たない関係。
やっぱり少し戸惑いがあるかなぁ。少しばかり常識が破壊されるというか。倫理観や道徳感情的に混乱が生じるというか。だって、食人だよ。もぐもぐしてるんだよ。いいのかって思っちゃう。
想起されるのは生首状態になった嘉穂ちゃん。アレには意思の合致も愛もなかったと思う。
けれど、具体的な行為としてはほとんど同じだ。
ちらっと視線を上げてみてみると、野愛さんは静かに笑んだ。
「中眞様の言葉は真実ですよ。わたしはいささかも痛みを感じておりませんし。むしろその身をささげることがうれしくもあるのです」
「お姉ちゃんは本当にいいんでありますか?」
嘉穂ちゃんが素朴な疑問を発する。
もうすでに何回かしている疑問。
同意。承諾。あるいは――意志の合致。
「いいのよ。嘉穂。なんといえばいいかしら。私は尽くすことが好きなタイプなんだと思うわ。いままでわたしはあなたのことを親代わりに育ててきたけれど、私にとって救われた部分も大きいと思うのよ。わたしはあなたに救われてきたの。ありがとう嘉穂」
「お姉ちゃん……」
「もちろん……。もちろん、あなたがいなくなって、その代わりに中眞様に尽くしてきたことも否定できないかもしれない。けれど、わたしは心の底から中眞様をお慕い申し上げているの」
クール眼鏡美人が顔を赤らめる。
いままでにないタイプだったから、なんかこう男心にグっと来るな。
「野愛さん。ありがとう」
中眞知事は野愛さんの指先を軽くとり、ふたりはうるうると見つめあい。
そのままキスでもしそうな雰囲気だったけど、さすがに妹と見た目小学生なボクの前では自重したようだ。でもまあ、これで意思の合致がないなんて言えないね。
ただし、これだけは確認しておこう。
「ちなみになんですけど、具体的にどういうふうにカニバってるんですか?」
ふたりはギョっとしたように止まった。
「緋色様、それはこの場で実演して見せろということですか」
「できれば後学のために」
一応、なんというかこの後、将来的にゾンヴィーガンが増えるかもしれないし、そうなったらどういう情景が展開されるのか知りたくもある。
世の中にグロ注意な食事風景が展開されるのであれば、やっぱりそれは規制対象になるのかな。その昔、セックスと食事の価値観があべこべになったマンガとかあった気がするけど、食事もきわめてクローズドな関係になるかもしれない。
わりと失礼なことを言ってる自覚はあるけど……、正直なところ最後の検分でもあるんだ。
嘉穂ちゃんを食べたのは、本当に中眞知事じゃないのか。
少しでも情報を収集しておきたい。このファーストコンタクト時くらいしか、そういった機会はないだろう。わりと名探偵ムーブしてませんか。ふふん。
「かしこまりました。そこまでおっしゃるのでしたら。よろしいですか中眞様」
「もちろんかまいませんよ。ゾンヴィーガンが世界的に認められるチャンスですからね」
「中眞知事はゾンヴィーガンを増やしたいんですか?」とボク。
「そうですね。私は理想主義者なので、できれば誰もが痛みを覚えず……、殺される恐怖を覚えることのない世界が到来してほしいと思っております」
「でも隠してたってことは、やっぱりどう思われるか心配もあったってことですよね」
「そうですね。理解されにくいとは思います。豚や牛が殺される恐怖を覚えていると、わたしは信じていますが、豚や牛のこころがわかるのかと反論されるでしょうし、植物にも痛みを感じるこころはないのかと、ヴィーガン時代によく言われたものです。その延長上にあるゾンヴィーガンもおそらくおいそれとは受け入れられないでしょう」
「野菜はおいしいよ」
「私の考えでは、野菜のほうがダメージが少ない。野菜には全能性がありますから、一部を切り取ってもまた生えてくるでしょう。だから、ダメージの総和が少なくなるので、そちらのほうが正しいという思想だったわけです」
「豚や牛も増えるから、ダメージの総和は植物と変わらないように思えるけど」
「ですが、不安や恐怖はどうでしょうか。植物と違い、豚や牛は殺される前に自分の死を悟り、泣き叫びます。わたしには彼らが恐怖と不安を抱いていると思うのです」
「んー……、ヴィーガン的な主張はよくわからないけど、ともかく植物にも痛みがあるって仮定したから、痛みがゼロのヒイロゾンビを食するほうがいいって考えになったわけだよね」
「そうですね。究極的にはすべての人類がヒイロゾンビになり、互いを食しあう世界がよいと考えております。それは痛みのないクリーンな世界です。人類はようやく長らく目をそむけてきた残酷な行為から解放されるのですよ」
終始おだやかな調子で語る中眞知事。
言いたいこともわからないでもないけど、どうなんだろうな。
ボクは単純に豚骨ラーメンも好きだし、すまんが豚には死んでくれって考えだけど。
残酷なんだろうか。
「ご用意してまいりますね。いつもはご用意してからこの部屋に持ってくるのですが――緋色様は"現場"を見たいのでしょう?」
怪しく笑って野愛さんが知事室を出て行った。
しばらく、無言タイム。
「あの、ふと思ったんだけどさ……」
問いかけたのは対面に座る知事ではなくて、ボクの両隣に座る命ちゃんと嘉穂ちゃんに対してだ。
「ボクたちみたいにいわゆる"人気者"になったら、人気だけで食べていけるのかな」
人気を得ると、なんだか知らないけど超能力が身につくヒイロゾンビ。
百万人クラスになると普通に宙を浮けたりするわけだけど、そのエネルギー的な何かを摂取してるって考えれば食事しないでも済むような気がする。
「理論的にはそうでしょうが、水ようかんをお代わりするような先輩が食べないで暮らすなんてできるはずがないですよね」
み、命ちゃん。そのご指摘は……。
「師匠は食べることが大好きでありますからな。ちっちゃい子が一生懸命食べてる姿はかわいいであります」
嘉穂ちゃんまで……。
ボクはいつのまにやら食いしん坊ガールと化していた!?
坊なのにガールとはいったい。
☆=
「お待たせしました」
って、鉈ぁぁぁ!
野愛さんが持ってきたのは女性が持つにはあまりにも規格外なサイズ。
マチェットといってもいい、巨大な鉈で、先端がわずかに尖がっている。
わずかに内側に曲面を描いているソレは、なにかを切断するために生まれた凶器に見えた。
「いつもは調理場でおこないますが――、緋色様に実演するためにここで行うことにしました」
ひ、ひえ。ボクのせいですか。
よく使いこまれてるようで、血糊とかがついてるわけではないけれど、鈍い光を放っている。
わずかに持ち上げてニタァ(ねっちょり音)と笑う姿はちょっとしたホラーだ。
野愛さんは鉈をその場に立てかけるようにして置き、その場でビニールシートのようなものを広げ始めた。
あーね。
このままだと、殺人現場みたいに血が飛び散るからね。
もちろん、作業台になるようなところは、つまりちょうどいい高さなのはソファーのところのローテーブルではなく、知事の座っているデスクのほう。
中眞知事は大事な書類とかをどかしていた。
まるで息のあった夫婦のようだ。
青いビニールシートが敷かれた机は、やっぱりどこか異様な雰囲気で、わずかばかり物怖じしてしまう。この風景が世界中で展開されるようになるのかと考えると、やっぱり少しは抑制したほうがいいんじゃないだろうか。
ボクは自由を第一とする、本当の意味での自由主義者ではあるけれども、さすがにこの光景は――、お子様とかに見せてよいものなのかな。
しかし、イメージを除けば、その残酷で、拷問めいた光景を除けば、やってることはまるきり優しさのカタマリともいえる。
誰も傷つく人がいない。過程としては傷つくけれども結果としては誰も何も損しないという仕組。
「さて、調理を始めますが本当によろしいのですね」
「うん……」
いまさら後にはひけないし。
嘉穂ちゃんを見てみると、若干だけど顔色が悪い。
まあそりゃそうだよね。
「嘉穂ちゃん。やっぱりやめとく?」
「いえ、ここは師匠の言葉に従うであります」
ふむん。
「ではお願いします」
野愛さんは「かしこまりました」と言い、メイド服の袖ボタンを丁寧にはずしていく。
そして、左手をすっとまくり上げた。
黒を基調としたメイド服に透明な白い肌が露わになる。
なんとなく、えっちだなと思いました。
「痛みはありません。正直申し上げますと、最初はやはり恐怖や痛みもあったのですが、意志の力でコントロールできます」
「愛の力なのでありますな」嘉穂ちゃんが言う。
野愛さんは満足そうに頷く。
正しい評価なのだろう。
実際、ボクも痛みはほとんどシャットアウトしている感じ。
薄いバリアみたいなのも無意識に張ってるんだけど、それだけだと衝撃による痛みは殺しきれないはずだからな。あの空母で地面に叩きつけられたこともあったけど、ぜんぜん痛くなかったのは、まさしくダメージコントロールの結果だ。
……集中したように目を細める野愛さん。
左手を軽く知事の机に横たえ、もう片方の腕を振りかぶる。
そして、ダンっ!
人間は――ヒイロゾンビは究極的には炭素のカタマリにすぎないことを思い出させてくれる。
ゾンビ映画でよくあるような局部破壊。
野愛さんの腕はちょうど肘から十センチほど手のほうに上ったところあたりで切断された。
血が飛び散るかなと思ったけどそんなことはない。
粘土の高いスライムのように、ややゼリー状といったらいいか、血が液体ではない状態で固定されている。ヒイロゾンビがそうなのではなく、この瞬間に野愛さんがそういうふうに変質させたのだろう。
残された腕はかわいらしいピンク色と白色のコントラスト。
はい。そんなわけありません。普通にグロい絵面です。
「痛くないのでありますか?」
「まったく痛くないのよ。慣れれば蚊に刺された程度」
「でありますか」
「ええ……それに、再生力を高めることも可能なの。意識すれば――ほら」
うへっ。
まさしくそれは腕が生えるという表現が妥当だった。
野愛さんの腕はドラゴンボールのナメック星人よろしく、一気に根本から生えたんだ。
普通にしてても数十秒くらいで再生してしまう瑕ではあるけれども、意識すれば本当に数秒で回復するんだな。初めて知ったよ。
そして残されたのは、新鮮なお肉……。
というか、普通血がドバドバでるかと思ったらそんなことはなかったので、マネキンの腕が置かれているような感じだ。
グロはグロだけど、微グロかな。瑕ひとつない白い腕がそっと置かれているので、ある種の芸術品めいた感じもしなくもない。
「さて、これで素材ができました。少し早めですが、お夕飯をごいっしょなさりますか?」
つまり、中眞知事の食事風景も見るかってことだ。
「……生で食べるの?」
今は銀色のお盆のうえに置かれた腕を見て、ボクは質問する。
それに答えたのは、中眞知事。
「究極的にはそのほうがよいのでしょうが、わたしはまだ精進しきれていないのです」
「焼いたり、塩を振ったりはするんですよ」
野愛さんがうれしそうに言う。
ゾンヴィーガンとしては、調味料に植物も使われてる場合があるだろうから、それも一種の主張の緩和にあたるのかな。
それに人肉焼いたら、やっぱり独特のニオイがするんじゃなかろうか。
いやそもそも人の腕焼いていたらビックリするよね。
「そのあたりの事情は調理場を使う方には説明しております。それと意志の力である程度ですが味のほうもコントロールできるんです」
なるほど……。
なんだかすごいのかすごくないのかよくわからないな。
今日は甘いわたしを食べさせたいのみたいな?
「おぞましい行為に見えるかもしれませんが」中眞知事が愛おしそうに"素材"を見つめる。「わたしのようなゾンヴィーガンは将来的にはスタンダードになっていくでしょう」
「なっていくのかなぁ」
「世界的には人口爆発によって虫を食べたりする研究もあったのですよ。コオロギのせんべいとかご存じありませんか」
「知りませんでした」
そんなのあるんだ。
「虫は一般的には忌避対象でしょう。しかし、これもまた今後は食べられるようになるといわれておりました。そもそも日本でもイナゴを食べたりする地域もありましたしね。要するに幼いころから訓練すればさほど忌避感を抱くことなくなんでも食べられるようになるのですよ」
「同じようにゾンビーフも食べられるようになるってことですか?」
「そのとおりです」
うーん。ボクの中になんだかモヤっとしたものを感じるのは、単に幼いころからゾンビーフを食べる訓練をしていなかったせいなのかな。
人肉についていえば、プリオン異常とかが出るとかで、やめといたほうがいいって話だけど、ヒイロゾンビ肉についていえばそういうことはないだろうし。
理性的に考えれば、完全食という感じもしなくもない。
「それで――」野愛さんがニコリと笑う。「食べていかれますか。
「ひ、ひえ」
いまのボクには理解できないのでした。
☆=
一番の目標である嘉穂ちゃんのお姉さんが見つかったので、とりあえずのところ中眞知事との歓談が終わったあとは、いったん県庁内のお部屋をあてがってもらった。
部屋の広さは十畳くらい。おそらくもともと避難所として機能していたのか、会議室か何かのような何もない四角い部屋の中にツインベッドが置かれている。
もう一度言う。ツインベッドが置かれている!
ボクと命ちゃんと嘉穂ちゃん。三人なのにツイン。
ともあれ――、ボクたちは荷物をベッドの傍らに置いた。
靴脱いでポイ、靴下脱いでポイ。
考えてもしかたない。ベッドにダイブ!
ふぅ。お日様の匂いがするな。なんだか眠くなってくる。
だけど。
明日からどうするか、ボクの弟子である嘉穂ちゃんとも決めなくてはならない。
ボクはニュっと上半身を起こし、対面のベッドに座る嘉穂ちゃんを見つめる。
命ちゃんは当然の権利のようにボクの隣でした。
まあ散々っぱら同衾してるので、べつに気にはなりません。
嘉穂ちゃんは空気が読める子だしね。
「さて明日からどうしようか」
「福岡の復興状況を確認するのでは?」と嘉穂ちゃん。
さっきの知事との話ではそういうことになった。
まるでボクを政府のお偉いさんのように思っている節がある。
「まあそうなんだけどね。まずボクたちの目的は嘉穂ちゃんのお姉さんを見つけることだったでしょ。それは達成されたわけだけど、次の目的は、嘉穂ちゃんをモグモグした犯人を見つけることになるよね」
「そうでありますな」
「ただ――、行為としては同じように見えるけど、知事は犯人っぽくないよね」
「そうでありますなぁ。どう考えてもお姉ちゃんとラブラブでありますし。あんなにべらべらと自分の主義主張を話す人が嘘をついているとも思えないであります。知事の主張は痛みのない世界でありますから、誰かを殺すというのは考えにくいでありますな」
ふむ。ボクと同じ考えだな。
知事はゾンヴィーガンだけど、穏やかな人なんだろうと思う。
その考えを誰かに強いたりしない限りはね。
「ここで、今後どうするかだけどさ。例えば犯人捜しをやめるってことも考えられる」
「で……ありますか」
「嘉穂ちゃんがお姉さんの言うとおりに脱出したあと、誰かに殺されて食べられたとして、ほとんどその誰かにもう一度殺されることはないよ」
すでにボクの弟子として――100万人クラスの"人気"を集めている嘉穂ちゃん。
誰かに害されるってことはそうそうありえない。
「そうでありますな。改めてヒイロゾンビが規格外の存在だと思い知ったであります」
「まあ一応継続的に犯人捜しはしてもいいと思うけどね。駅ビル脱出時にいっしょにいたっていう那珂川勇也くんだっけ。その子が犯人かもしれないしね。どんな子だったか覚えてる?」
「うーん……。正直なところ同じクラスのほとんど話したこともない男子という感じでありますな。わたしの記憶がないなかで仲良くなってる可能性はありますが」
「つまり犯人かどうかはわからない?」
「わからないでありますな。お姉ちゃんの話を聞く限りでは、暴力的というわけではなさそうでありますが、それこそ師匠が現れる前は、人間の本性がじわじわと露わになってきたでありましょうし」
「那珂川勇也くんが見つかれば問いただしてみるのはいいかもしれないね」
でもまあ、博多の駅ビルにいた連中がどこにいったかもわからないように、正直なところ膨大な数の人がゾンビの波にのまれてしまっている。
今後見つかるかどうかはわからないだろう。
「それでさ。嘉穂ちゃんは今後どうする?」
「どうするとは?」
「お姉さんが見つかったわけだけど、いっしょに暮らしていくの?」
「いえ……」ぼそりと言う。「お姉ちゃんはお姉ちゃんの幸せを見つけたのであります」
「邪魔したらいけないって?」
「そう思うであります。全然記憶にないでありますが、駅ビル内で言われたとおり、わたしはそろそろ独り立ちをすべき時なのかもしれません」
嘉穂ちゃんの瞳の中には、不安が揺れていた。
「ボクの住んでるところに来る?」
「師匠のでありますか」
「うん。愛弟子よ。いまだ一人暮らしをするにはレベルが足りんぞ」
腕を組み、師匠ムーブを決めるボク。
「師匠~~~~~っ」
対面からダイブしてくる嘉穂ちゃん。
愛弟子を見捨てるわけにはいかないからね。
命ちゃんが微妙な表情になっていたけど、これは師弟愛です。
ノーカンです。
とりあえず次は配信で閑話する感じ?