あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル153

 県庁の一室には来賓用のお風呂が用意されていて、ボクはすっかりホカホカ状態になっていた。

 

 もちろん、覗きとかそういうのには気をつけないといけないだろうけど、今のところ大丈夫。

 福岡県民はやはり都会人だねぇ。

 

 いや、佐賀だから覗かれたってわけじゃないけどさ。

 

 あ、ちなみに覗きというのは、ボクの小学生並みの貧層な身体が見たいということではないよ。

 ヒロちゃん汁……高く売れたりするだろうからね。本当はお風呂に入った出汁程度では、ヒイロウイルスは染みこまないんだけど、なぜか売れちゃったりするんだよなこれが。

 

 お風呂の水はもったいないけど、全部捨ててもらいました。

 

 で、いまは夜の七時くらい。

 そろそろお腹すいてきたし、何か食べようかな。でも動くのが億劫だ。

 着ている普段着も脱いじゃって、いまはマナさんから用意してもらったスケスケ下着というかフリルタイプのワンピースパジャマになってるから、さすがにこの格好のまま外には出たくない。

 

 痴女ならぬ痴少女になってしまう。でもまた服を着替えるの面倒だし、このまま寝ちゃおうかな。

 

 ベッドにころんと横になってたら、命ちゃんから後ろに抱えられた状態になった。

 

 首筋あたりに空気を感じ、なんだかくすぐったい。

 

 嘉穂ちゃんは目の前のベッドからこちらを見ていて、少し生暖かい視線だ。

 

「仲良しさんですな」

 

「命ちゃんが甘えん坊なんです」

 

「先輩がかわいすぎるのがよくないんです」

 

 ボクが悪いのか。

 

 それにしても、いろんな人からクンクンされてるボクだけど、そんなにいい匂いがするんですかね。甘い匂いがするとか、練乳っぽいとか、果ては女児の匂いとか、いろいろ言われてるけど。

 

 男のときとは違うのかな。

 

 まあ嫌な臭いじゃなきゃいいんだけどさ。

 

 ゾンビ世界的には、お風呂に入るのも一苦労だったりするわけだけど、いまは結構みんな身ぎれいにしている。もともと日本は水量的には豊かだ。その水を配送する仕組み――つまり、電気があればお風呂には入れる。

 

 福岡のインフラは結構回復しているんだなという印象。

 

 そうこうしているうちに、命ちゃんの手つきに遠慮がなくなってきた。

 

 ボクの銀糸のような髪の毛を、さわさわと触っている。さっきドライヤーで丁寧に乾かしているから、つやつやに光っていて、見た目的にもきれいだ。

 

 堪能されてますか?

 

「先輩が近くにいるとヒイロゾンビ的に安心するのかもしれません」

 

 命ちゃんがしみじみと言った。

 

 ピンクちゃんがボクのことインフラって言ってたしな。

 ボクの中の濃密なヒイロウイルスがヒイロゾンビには安心感を与えるとか。

 

「ゾンビの世界は危険と隣り合わせでありますから、師匠のポジションは救いの天使とか、救世主とか、そういう安心を与える存在だったのでありますかね?」

 

 嘉穂ちゃんは純粋な疑問を口にしたようだ。

 

「匿名掲示板とかではそんな感じだったかな」

 

「解剖とか実験対象になることは考えなかったでありますか?」

 

「考えなかったわけじゃないよ」

 

「ゾンビ映画ではわりとポピュラーな展開でもありますからな」

 

「そうだね」

 

「ではどうして?」

 

「どうしてみんなの前に現れたのかって?」

 

「はい。であります」

 

「んー。特に考えがあったわけじゃないけどさ。ボクも親が早くに亡くなっててね。誰かによりどころになってほしかったのかもしれない」

 

「配信の"みんな"が家族でありますか?」

 

「家族とは違うかもしれないけどさ。なんとなくつながりを求めていたっていうか」

 

「ゾンビ映画では定番でありますからな」

 

「ん。ゾンビ映画がどうしてここででてくるの」

 

「あ、いや。ゾンビ映画だとどこかにたてこもったりするでありますから、そういったところで、なんとなく共同体っぽい何かができるであります。家族みたいだなと思ったのであります」

 

「なるほどね……。そうかもしれない」

 

 ゾンビ映画スキーとしては盲点だったけど。

 たしかに――。

 無縁なボクが何かしらのよしみを求めて。

 そういった疑似的な家族関係ができるゾンビ映画が好きだった説。

 あるかもしれないなぁ。

 

「師匠は、わたしとも家族みたいになってくれるでありますか」

 

「もう身内って感じだけど」

 

 会ってまだ二日しか経ってない。

 でも、よしみってそういうもんだよね。

 なんかもうかなり馴染んでる気がするんだよな。

 

 嘉穂ちゃんはうるうると瞳を濡れさせている。

 彼女もまた両親が早世したらしい。家族に対する郷愁の念はわかるよ。

 

「しかたないですね」命ちゃんが唐突に言った。「おすそ分けしてあげます」

 

「おすそわけ?」

 

「先輩をおすそわけしてあげます」

 

 もぞもぞと動いてボクごと後退する命ちゃん。

 前衛のスペースが開いた。

 嘉穂ちゃんがうれしそうに靴を脱ぎ、ベッドにもぐりこんでくる。

 

 顔、ちかいよ。

 弟子という感覚からすると、JKの顔が近いということに興奮したりはしない。

 というか、家族が恋しいという感覚はわかるからね。

 ボクとしても何も言えなくなってしまうのです。

 

「んー。確かに師匠を近くに感じると安心するでありますな」

 

「そうでしょうそうでしょう」

 

 命ちゃんが大仰に頷く。

 

「それになんか甘くていい匂いがするでありますな」

 

「そうでしょうそうでしょう」

 

「今日はこのまま眠りたいくらいであります」

 

「そ……それはダメです。おすそわけした食べ物を全部食べちゃうぐらい行儀が悪いです」

 

 命ちゃんのたとえが必死すぎる件。

 

 本質的には命ちゃんはボクとふたりきりでいたいって気持ちも強いのかもしれない。

 

 配信の"みんな"とのつながりや疑似家族的な関係も、ボクがそう望んでいるから、我慢しているだけで、本当はいやなのかもしれないな。

 

 それは命ちゃんの愛が排他的だから。

 

 誰かを愛することは誰かを愛さないことだから。

 

「それにしても――」

 

 少し間をあけて、嘉穂ちゃんが透明な口調で話しだした。

 

「お姉ちゃんに好きな人ができてよかったであります」

 

「さみしくないの?」

 

「さみしいでありますが、家族が増えるのなら悪くないと思うであります。中眞知事は悪い人ではなさそうでありますし、少々特殊な考えをお持ちでありますが……」

 

「ゾンヴィーガンね」

 

 ヒイロゾンビの無限の再生能力に依拠した、ヒイロゾンビを食べるヒイロゾンビ。

 

 ここ数か月の間にでてきた新興の信仰(激うまギャグ)。

 

 いや、思想か。

 

「正直なところ、お姉ちゃんの腕を見たあとだと、本当にいいのかって思ったりはするのでありますが、それもお姉ちゃんの意思の問題でありますからな」

 

「まあ本人たちからしてみれば納得づくだからね」

 

 むしろ、本人たちにとってみれば、イチャイチャの部類なんじゃないか。

 なんか凄惨な光景だったけどさ。

 

「先輩としては、ゾンヴィーガンをどう思いましたか?」

 

 命ちゃんが聞いた。寝返りうってそっちを向く。

 

「本人たちに合意があるんならいいんじゃない?」

 

「本人たちに本当の合意があるかはわかりませんよ」

 

「どういうこと?」

 

「例えば、ゾンヴィーガンな権力者がいて、お金を出すから君の膵臓を食べたいと言ったとする。お金のために膵臓をえぐりだして食べさせる。合意はあるかもしれませんが、社会的な圧力で意思が捻じ曲げられてると思いませんか」

 

「ううーん。そういうこともあるかもしれないね」

 

「中眞知事は比較的穏当でしたが、なかには踊り食いしたいと考える輩もいるかもしれません。ゾンヴィーガンたちが何人かで集まって"会食"を行うということもあるかもしれないわけです」

 

「考えだすとキリがないよ」

 

「で、先輩としてはこの思想を周知させますか。させませんか。それとも封じこめますか」

 

「配信でアンケートとったりするかってこと?」

 

「そうです」

 

「自由にさせればいいんじゃない。ボクが聞くことでもないでしょ」

 

「いずれ周知度が高まってくれば、先輩の考えを聞きたいって言ってくると思いますよ」

 

「それはそうかもね」

 

 ただどうなんだろうな。

 例えば、八歳児のピンクちゃんに、ゾンヴィーガンどう思うって聞いてみる。

 なんだかそっちのほうが犯罪的だと思う。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 こんこん。

 

 突然にドアがノックされた。

 

「はーい」

 

 ボクは寝っ転がった状態から起き上がる。

 みんなはボクと違って、普段着のままだからべつに開けられても恥ずかしくない。

 ボクは小学生的なので、まあいいかという感じ。

 

「野愛です。開けてもよろしいでしょうか」

 

「どうぞー」

 

 果たして野愛さんだった。あいもかわらずメイド服で手には配膳するためのカートのようなものがある。当然、なかにはトレイがたくさん入っているのだろう。

 

 つまり、野愛さんがしてくれるのは給仕だ。

 

 メイドさんがその職務を忠実にこなして給仕してくれるなんて、ボクの人生ではメイド喫茶くらいしかないだろうと思っていたよ。行ったことないけどね。

 

「かわいらしいお姿ですね」

 

「え?」

 

 突然、そんなことを言われたんで面食らう。

 

「変かな?」

 

「いえ、幾人かに食事のご用意を手伝ってもらおうかと思いまして――、要は机の配置ですね。そのときに私以外の者に緋色様のお姿を見られてしまうのですがかまいませんか? もちろん女性ですけれども」

 

「ぜんぜん問題ないです」

 

 そもそも小学生女児がパジャマ着てたからって、たいしてセンシティブじゃないと思う。

 

「先輩を瓶に閉じこめたいとか考えるマナさんみたいな人がいるかもしれませんよ」

 

「いるのか……そんな人」

 

 実例が一名いるので、なんとも言えないけど、マナさんは例外だと思いたい。

 

 そんなわけで、幾人かの女性職員が部屋の中に折りたたみ式の机を持ちこみ、カートの中のトレイを配置していった。けっこうな量だよね。ビュッフェ方式というべきなのか。

 

 ウインナー。ハムみたいな定番から、分厚いサーロインステーキ。お刺身。ボウルいっぱいのいくら。焼き鳥とかハンバーグ。お魚の煮つけ。お魚を焼いたもの。白いご飯。かしわめし。お寿司。カレーライス。デザートも豊富。プリン。杏仁豆腐。ゼリー。変わったところではたいやきなんかもある。

 

 てか量多いよ!

 

「これ全部は食べられないと思うんですけど」

 

「もちろん、好きなものを好きな量だけお召し上がりください」

 

「知事の思想と真逆な気がするんだけど」

 

「中眞様はご自身の思想を誰かにおしつけているわけではございませんので」

 

「それならいいんだけど。すごく残るよ?」

 

 ゾンビ的世界だと、お残しは罪深い気がする。

 ゾンヴィーガンほど極端じゃないにしろ、これだけ大量に残すのはちょっとね。

 

 佐賀では、みんな結構粗食だったからなぁ。

 

 まあヒイロゾンビは、人間よりは食べないで済むっぽいから、無理して我慢してたってわけでもないんだろうけど、物流的にゾンビハザード前のようにとまではいかないから、自然と食べる量を減らしていたってのはあるかもしれない。

 

「そもそも、緋色様が現れてくださらなければ、このような食事も用意できなかったわけですから、どうぞ気兼ねなく」

 

「無理してないかなって思って」

 

「お優しいのですね。大丈夫ですよ。福岡の物流はかなりのところ回復しております。新鮮ないくらは北の海でとれたものです。福岡までは当然、船を使っています。港もですね。なのでご心配なされることはありません」

 

 つやつやの宝石のようないくら。

 ふむ。北海道産なのかロシア産なのかはわからないけれど、冷凍していたものを解凍してだしたわけじゃないのか。福岡はやっぱり本州とつながってる分、復興も早いのかもしれないな。

 

「でもお高いんでしょう?」

 

 ボクはノリでそんなことを言ってみる。

 確か、福岡はお金が復活しているという話だったからだ。

 いまの金銭的価値に換算すると、この料理がどれくらいの重みをもつのか知りたかった。

 

「緋色様がお与えになったのは命です。命よりも価値のあるものはそうそうないでしょう」

 

 野愛さんはゾンビから復活している。

 ボクがいなければ、ゾンビのままだったわけだから、ボクが命を与えたといえばそうなのかもしれない。命とは、考えることだから。思考を停止させているゾンビはやっぱり死んでいるのと同じだ。ただ、熱を帯びたまっすぐな視線を感じると――。

 

「ちょっと恥ずかしいんだけど」

 

「お食事はほかの命をいただくもの。緋色様が与えた分が巡り巡って帰ってきただけのことです。いっぱい食べても誰も責めませんよ。むしろ、緋色様にいっぱい食べさせたいという欲求が湧いてきます」

 

 食べさせたい欲求か。

 母性の一種なのかな。それとも被食欲求的なものだったりして。

 野愛さんって、ゾンヴィーガンの食べられるほうだしな。

 こっそり"自分"を入れたりしてないよね?

 

――ピコーン。ピコーン。

 

 ゾンビソナー的には大丈夫。ヒイロウイルスは付着していない。

 じーっと見つめていると、食材たちが食べて食べてと言ってるような気がしてきた。

 

「じゅるり」

 

「ふふっ」

 

 はっ。いかんいかん。野愛さんの甘言に危うく操られるところだった。

 でも、せっかく用意してくれたものだし、食べないって選択はないよね。

 

「たくさん作ってくれてありがとうございます。でも全部食べられないのはもったいないから、今度もしお料理作ってくれるなら定食みたいな様式がいいな」

 

「かしこまりました」

 

 薄く笑う野愛さんはやはり美人な印象だ。

 見た目はクールだけど、結構あったかい人って感じ。

 

「この料理でありますが、お姉ちゃんが作ったでありますか?」

 

 嘉穂ちゃんは前のめりになっている。

 

「ええそうよ」

 

「お姉ちゃん。こんな高級食材で料理できたのでありますな」

 

「嘉穂には粗食を強いてきたわね……」

 

「貧乏でありましたからなー」

 

 あっけらかんと言い放つ嘉穂ちゃん。

 悲壮的な感じはしないけど、なんだかそれなりに苦労はしてそうだ。

 さっきの野愛さんの話を聞く限り、野愛さんがひとりで家計を支えていたらしいし、大変だったんだろう。いまは――、言い方は悪いけど、権力の中枢に近いから、それなりに裕福になったんだろうな。

 

「いっぱい食べるのだ。弟子よ」

 

「わかりましたであります!」

 

 ビシ。

 敬礼する嘉穂ちゃんの顔は底抜けに明るかった。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 限界いっぱいまで食べると、すごく眠たくなって、ふわふわする。

 このまま眠ってもいいんだけど、気になったのはやっぱりさっきの命ちゃんの話。

 ボクはゾンヴィーガンについてみんなに問いかけるべきかな。

 

 うん。

 たぶんだけど、突然だとみんな驚いちゃうと思うんだよね。

 いろいろ考えたけど、やっぱり聞いてみることにしました。

 あくまで思考実験のひとつとしてならどうだろう。

 そんな感じでー。

 もちろん、命ちゃんや嘉穂ちゃんにもアドバイスはもらって、それもありかなって話になった。嘉穂ちゃんは今回はおやすみ。お姉さんのことでもあるしね。やっぱり意識しちゃうと難しいだろうからというのが、その理由です。

 

 さて――、つまりお久しぶりの単独配信です。後ろには命ちゃんも嘉穂ちゃんも控えているけれども、ボクのみが登場人物となっている配信。

 

 今日は絶賛スケスケ下着だけど恥ずかしくない。

 

 そう、バーチャルならね!

 

「はろはろ。今日もバーチャルなボクでやっていくよ」

 

『バーチャル!』『ヒロちゃん!』『ちょっとまってスケスケ下着やん』『えっっっっ!』『バーチャルでもエロい』『妖精さんみたい』『小学生がそんな恰好で配信しちゃダメれすぅ!』『生姿見せて生姿!』

 

 そんなにえちぃかな。

 命ちゃんの謎技術で、着ている物や持ってる物は即座にデータとして置換される。

 たぶん、世界でも唯一の技術。

 ボクのいま着ているシースルー気味なワンピースパジャマもみんなにお披露目することになるけど、どうせバーチャルやし、ままえやろの精神だった。

 

 というか、バーチャルなボクはやっぱり薄皮一枚でリアルなボクじゃないので、そんなに恥ずかしくない感じ。ボクもわりと女の子状態に慣れてしまったのかもしれない。

 

――ヒロちゃん。ピンクも入れてくれ。

 

 ん。ピンクちゃんだ。ボクの配信を待ってくれていたのかな。

 

「もちろん。いいよ」

 

 後方支援の命ちゃんがピンクちゃんをボクの枠に入れてくれた。

 そう――バーチャルなピンクちゃんを。

 

 おそらく人類最高峰の科学者集団『ホミニス』。その叡智を結集させて作られた、バーチャルヒロチューバーピンクちゃん誕生の瞬間だった。

 

 たぶん、バーチャルなピンクちゃんは初めてだ。

 

 ほどよくアニメ顔で、ストロベリーブロンドの髪の毛も、薄い金色のおめめも、幼げなかんばせも、チートクラスにかわいらしい。

 ていうか、生の状態で普通に美幼女だしな。

 それをアニメ顔にアレンジしてもやっぱり美幼女って感じ。

 

『バーチャルなピンク!』『毒ピンおまえだったのか』『かわヨ』『興奮しすぎてF5押しちまった』『これからVRイチャイチャするのか』『おまえら毒ピンがバーチャルになったくらいで騒ぎすぎ。ただの神回程度に興奮すんなよ』『ただの神回wwww』

 

「ピンクもおそろいになってみた」

 

「うん。かわいいかわいい」

 

 バーチャルなピンクちゃんは、スワイプ画面上に映し出されている。

 そんなピンクちゃんがそっとボクに重なる感じで、頭を傾かせてる。

 すりすりしたいの?

 

「バーチャルだとすりすりできないのが、少し寂しいぞ」

 

 ピンクちゃんを瓶詰して飼ってもいいかな。

 あ、いかん。どこかの変態お姉さんみたいな考えがよぎってしまった。

 それにしてもピンクちゃん。このごろは可愛さもいや増すばかり。

 

 今日、ピンクちゃんが配信につながってくれたのは僥倖かもしれない。

 思考実験という意味ではピンクちゃんは随一。

 科学者だからね。

 

「今日はみんなにヒイロゾンビについて考えてもらいたいことがあります」

 

「ん。ヒイロゾンビについてなら、ピンクも答えられることは答えるぞ」

 

『ヒロちゃんが知らないこと?』『考えてもらいたいことっていうと政治的なことかな』『我が国はヒイロゾンビの人権には一層の配慮をしている』『赤い国さんが人権って言葉を使ってる……』『民主主義はどうでもいいが、ヒイロゾンビをないがしろにして一斉にいなくなっちゃったら国終わるからね』

 

「あー、そんなに難しい話じゃないです。ヒイロゾンビって無限に再生するよね」

 

『するみたいだね』『無限の証明はできないけどな』『まあ素粒子とかいう話だしな』『観察する限りでは再生するよな」

 

「ピンクもいろいろ実験してみたが、脳が無事なら脳につながった部分の欠損は再生するな」

 

「例えば、ボクがいま腕を切ったら、切った腕は残るし、また生えてくるよね。つまり腕が二本ある状態になるわけだよね」

 

『まあそうなるな』『まって、ヒロちゃんを頭部だけの状態にしたらヒロちゃんの身体もらえるの? 先着何名様なの?』『すげえ変態がいやがる』『顔は――まあそうねえ』『ていうかヒイロウイルスもゾンビウイルスと同じで脳と切り離されたら散逸するんじゃないか』『つまり普通に腐るか』

 

「えーっと……この地球の資源は有限だからさ。毎日の食べるものにも苦労している人たちがいるよね」

 

「ん。ピンクもそう思う。ただ物理的に食料が足りていないのが餓えている原因ではなくて、貧困が原因だという論文がつい先日に発表されたな」

 

「貧困っていうのは物流の問題かもしれないけどさ。例えば無限の食料があれば世に溢れるわけだから誰も餓えなくなるよね」

 

「あー」ピンクちゃんが察した。

 

『あっ(察し)』『カーニバルだよ?』『ヒロちゃんがすごいこと言ってる』『だいたいわかった』『ひえええ』『考えたら当たり前のことだよな。なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか』『おまえらなんのこと言ってるの?』

 

 コメントのみんなもだいたいはわかったかな。

 

「この切った"腕"を食べたら食料問題って解決するよね」

 

『ゾンビーフっておいしいの?』『おいしいかおいしくないかが大事』『食糧問題は解決するかもしれんが、倫理的にヤバいだろww』『ヒロちゃん。カニバリズムを勧めるの巻』『栄養素とかの問題は大丈夫?』『いろいろ病気になったりしない?』

 

「あー、誤解しないでほしいのは、ボク自身はそんなこともできるよねって、ふと思いついちゃっただけです。今後、地球に優しい人とかが出てきたら、そんなことをする人もでてくるかなって」

 

『でてくるかなって、でてくるの?』『どう考えても少数派でしょ』『ピンク悩まし気な顔になる』『そらそうよ』『毒ピンとヒロちゃんが甘噛みしあうシーンを妄想した』

 

「ピンクとしては」ピンクちゃんが重々しく口を開く。「理論上は可能だろうと思う。おそらく人間が人肉を食べたときに生ずるようなプリオン異常も起こらない。ただ――人間の姿をしたものを食べるというのはちょっとだけ嫌な感じがするな」

 

「見た目の問題はあるかな。遺伝子レベルの忌避感とか」

 

『人肉はさすがにくいたくねえ』『ソイレントなグリーンですね』『共喰いはいけないと思います(素直)』『オレは、ヒロちゃんのお肉ならちょっと食べてみたいかも』『オレくんにはオレのニクを喰わせてやろうなっ!』『アッー!』

 

「ちなみに、ヒイロゾンビのみんななら知ってると思うけど、ある程度時間が経てば――訓練を積んでもいいけれど――痛みは意識的に除去できます」

 

「ふぅむ。つまり、痛みの総和を減らすべきだという話か。ヴィーガンという生き方がアナロジーとして展開できるな。彼らは動物より植物が痛みを感じるに足る証拠はないとかんがえているし、仮に植物も痛みを感じるにしろ、動物の程度よりは低いと考えている。そうなると、ヒロちゃんの言うヒイロゾンビを食べる人たちは、さしづめゾンヴィーガンか」

 

 うーむ。ピンクちゃんが天才すぎて怖い。

 中眞知事の造語をいともたやすく言い当ててしまった。

 

「そうだね。ゾンヴィーガンな人たちも増えるかなーって」

 

「動物も含めて、他者が苦しむかを考えられるのは人間特有の共感という能力だと思うが――、共感というのは時に傲慢な人間主義でもあるからな。ピンクは神様に懺悔して仔羊を食べるかな」

 

「神様に懺悔して?」

 

「人間がどうして食べなければならないかは全宇宙を眺めてみても答えは出ないかもしれない。科学者は不可知の領域についてはわからないって答えるのが正しいって思うから」

 

『ピンクって、時々宗教的よな』『某宗教なんやなって』『わからないことにはわからないって答える素直なところがかわいいと思います』

 

 ピンクちゃんは科学者として誠実だからな。

 他者の『痛み』を分かるっていうのは他者のこころがわかるというのと同義だから、こころは見えない以上、そんなの勝手にわかったような口を利く時点で論外ってことなんだろう。

 

 例えばヒイロゾンビも、なかにはメチャクチャ痛がりな人がいるかもしれないわけだし。

 

「まあ、そういうわけで――ボクもね。たまにはアンケートでもとってみようかなって」

 

 そんなわけで、ちょっとばかり作為的だけど、アンケートをとります。

 

 あなたはゾンヴィーガンをどう思いますか?

 

 1、推進していくべき。

 

 2、推進すべきではない。

 

 3、そんなことよりおうどん食べたい!

あなたはゾンヴィーガンをどう思いますか?

  • 推進していくべき。
  • 推進すべきでない。
  • そんなことよりおうどん食べたい!
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